| イタドリ沢ノ頭から前回諦めた竹ノ沢右岸のヤラシ西尾根に回り込み大日野原へ下り返す・・イタドリ沢ノ頭Top イタドリ沢ノ頭周辺の変貌ぶりに驚かされる。北面は竹ノ沢への下降地点まで広範囲は作業用と合わせ.手入れ.よいハイキングコースに変貌された。 今回のメーンコースは「やらし」西尾根から竹ノ沢の山腹道を回り込み.下端の小キレットから沢井川.中里へ。大日野原.小渕丘陵へは登り返す。 小原の孫山東尾根から吉野矢ノ音越え イタドリ沢ノ頭竹ノ沢右岸のヤラシ西尾根・・伐採から植林と壊れる自然と見栄えの良い登山道 中里.大日野原と小渕丘陵 今年の虎枝沢ノ頭(イタドリ沢ノ頭) 立派な山名柱に整地された台地.吉野山.11:16〜12:00イタドリ沢ノ頭は二等三角点標石506m.基準点は「吉野駅」. 頂の向い西方は左に回り込む南尾根・・東方からの山頂512m→505m 昨年の虎枝沢ノ頭 昨年の正月山行・・2019.01.11/.13:15昨年は荒れた原の台地だった頂. 当時は主尾根の南側に広い巻道が斜めに交差した。北側端にある「保安林」の標柱脇から栃谷への下降路を分けている。 吉野沢方面へ下る小径が綴られ.道標には「栃谷谷→陣馬ノ湯」とあり.矢ノ音に登る手前分岐にあった同じ道標「虎枝沢ノ頭」は見付けている。 それも足元は下枝の藪絡みが多く.何処が頂だか分かりずらい平坦地の脇に植物の名か.漢字で記された山名標が立つ。 昨年正月の虎枝沢ノ頭 中里の大日野原の登りからの眺め・・2019.01.11/13:55西側の中里の高みから見上げたイタドリ沢ノ頭 中里の集落から西側にイタドリ沢ノ頭を見上げる。 「翌年10月には小原宿から大久保沢左岸尾根を詰め.ハイキングコースとして変貌したイタドリ沢ノ頭に再び訪れている。 振り返ったイタドリ沢ノ頭からは竹ノ沢右岸尾根に回り込み.沢井川中里に降りて.大日野原の広大な高台の集落遺跡へと登り返す。」と日記にある。 イタドリ沢ノ頭の山頂 奥高尾の南面にひっそり聳えていたのが二等三角点峰505.88m. 点名「吉野駅」. イタドリ沢ノ頭(いとどりさわのかしら)或い虎枝沢ノ頭だった。 虎杖(イタドリ)はタデ科の多年生植物。雌雄別株で晩夏に白い花が咲く。春の若芽は食用山菜。 前回訪れてから1年10ケ月と驚くほど短い期間に藪山は開放され.丸っきり違った姿の風景に変貌され変る山頂。 整地され.人工の手が至る所に見られ.変えられていた。過っては疎らな雑木林を背負っていた頂だった。 ここまで変わってしまうとは。大地まで整備され.ハイキングコースの名らしく納まっているとも云えるが山でなく公園? 三角点標石と国土地理院の標柱以外は何もなかった台地は.冬でも下草らしき残り枯枝が乗っていた。 平坦地と云えど凸凹のコブだった。それは昨年の正月と短い間の話である。林業の方針は既に決まっていたのだろうが. 遽進んだ姿にはピクニックを含め.ここまで一変にする必要があったのどろうか? 自然保護の一環と考えているのなら尚更で.そう考えるのは私だけではあるまい。ボタンの掛け違いで済まさせる問題ではない。 出来るだけ手を付けず.頂にベンチを置くのとのは異なり.写真を見ているだけで.誰もが分かる筈。 三角点標石を挟み道標の反対側にベンチがあり.その右脇の茂みが竹ノ沢右岸尾根の取付き地点。 余りにも手が入り変貌してしまった頂を見渡しながら.脇のベンチで一人.昼食を摂ることにした。 妻の手弁当を食べながら.2年も経だずしてここまで変わるものかと。感心してよいのか.残念なのか? 人の力とは大したものである。 竹ノ沢右岸尾根口 取付きの右手にも「赤帽白柱111」が並ぶ.12:00〜12:00前回の南尾根コースを少し探ってから頂少し手前の北側に延びる竹ノ沢の源流を左回り込む尾根にり付いた。 ワクワクしながらも何かが変な頂だった。間を開けてもう一度訪れることがあれば更なる変貌に驚くのだろうか? 少し下り尾根の取付きを見上げる.12:04460m圏の南西尾根 左に寄り過ぎて南西尾根を見る.12:13このリボン類は作業用. ハイカーが付けたテープ類は入山時から殆ど落とされていた。 「赤黒プラ杭119」と「96」とが並ぶ467mで左前方へ緩く下ると直ぐ460m圏から下って来た南西尾根を見下ろした。 急勾配で落ちる尾根。落ちる尾根の方向は定かではない。北西へ下りるには時間的には少し早過ぎる。 竹ノ沢右岸尾根 453m圏.12:16下の作業道に入り.右隣に眺める尾根が主尾根で戻っている 尾根分岐 450m圏・・西と北尾根とを分けている.12:21本尾根の両側に赤帽白柱2本が続けて並ぶ。この辺も大分手が入っていたが.新たにヤラシ400m圏コブ付近まで続いていた。 この下から左へ南西尾根に回り込む。 雑木から植林帯へ.12:23 鞍部付近・・林相の境.12:27破線路はウエーブ地形図ではヤラシ400m圏手前の鞍部辺りからヤラシ山の北側の山腹を回り込み.栃谷川出合付近の落合に降りている。 ヤラシ400m圏コブ 植林に囲まれたコブならぬコブ.12:29400m圏コブは藤野町発行の津久井の地図では「ヤラシ」と記されていた。 右上はヤラシ山北尾根.12:39ヤラシ山南西尾根 ワクワクする瞬間がくる.12:33緩やかに高度差10mほど降りると台地状にでて.390m圏辺りから急激に高度が落ちる尾根 尾根の390m圏台地の左肩.12:38左手の竹ノ沢に向かい急下降する踏み跡が点けられている。目印は左の立木に巻く青テープのみ。 見た目の手探りでは降りられぬ嫌らしい傾斜を持ち.土壌は硬く滑り.危険とアイゼンを使用した。 竹ノ沢に抉るよう落ちる正面の斜面を覗き込む.12::51メーンの目指す先は真南の筈が左寄りの劇斜面から右に回り込むよう下る。 最初で最後の小沢を横切る.12:55嫌らしい山腹をトラバースして.ポイントは過ぎたかとホッとするも.延々と続く山腹.作業道? 踏み跡はなく.ずり落ちないよう注意。 南西に横切るシダの葉の被る作業道.13:00 南面の確りしてきた山腹道に入り西尾根に乗る.13:08伐採 カメラを構えている所は間々足場の確りしている山腹道。昨年の19号台風の影響かガレ落ち.足場の細い溝道が所々にある。 又奈良木の尾根筋には前回訪れて2年程の間に.点々と伐採なり,基地が造られ.奈良木峠の枝尾根にも入っている。 ただ手の入るのはイタドリ沢ノ頭の北尾根分岐までで.ここは手付かずに改修はされていなかった。 作業道分岐 333m圏.左後方に作業道を分けていた振り返る.13:10立木に赤帯が巻かれ「2」とある。地形図「与瀬」に記された破線の沢沿いを下る作業道分岐のようだった。 木留めて整った点を過ぎると浅い尾根を横切る.13:12 312m圏.切り開かれた斜面の緩い尾根.13:15右下奥に尾根が起き.直ぐ先の作業道分岐から回り込む 中腹道の分岐 260m付近で振り返り.再び南西の尾根に乗る.13:17260m付近で直進すると山腹道と分かれ.左後方の踏み跡に入る。ここからは確り踏み固められた道に変わり.再び末端の尾根に乗る。 直進は落合の集落へ,竹ノ沢出合の直ぐ上流側にでている。破線路は分岐の200mほど先まで続き.竹ノ沢に降りていた。 末端の尾根に乗る 289m? 左後方へ下る作業道.13:20恐らく落合に下る真っ直ぐの作業道を分け.右に回り込んだ踏み跡はここから確りした山道に変わっている。 安心感をもたらす山腹道は尾根筋へ.13:20ヤラシ西尾根の鞍部・・T字路の分岐 直進する山道は落合集落へ降りる.13:26更なるT字路で左に折れる所に抉られた小ギャップがあり越えている。道標類はない. 落合の集落 分岐の直進先から落合集落を見下ろしギャップに戻る.13:27小ギャップ・・ヤラシ西尾根の鞍部 220m圏・・左.小ギャップ越え竹ノ沢の河原を覗く.13:27ヤラシ尾根末端から竹ノ沢へ下り中里へ. 竹ノ沢 小ギャップを抜けて竹ノ沢の上流を望む.赤帽白柱が出口 下流側の堰堤前を渡渉し左岸へ.3:29 左岸に渡った河原に「保安林区域図」竹ノ沢右岸尾根は以前,イタドリ沢ノ頭から尾根を覗き込んだ時はある程度先が見える冬木林に覆われていた。赤テープを2ケ所で確認している。 今はまだ落葉前の茂み多い樹林帯だが.作業用に尾根筋は開かれ赤いプラ杭に作業後が幾つも見られるようなっていた。 それはヤラシ400m圏コブ辺りまで続き.却ってのハイカーが付けたテープ類を見ることはなかった。 その先の右岸尾根沿いは手付かずの状態が続いている。却って台風等の被害はそのまま改修されていない間々のようだ。 入山の孫山東尾根と同様に作業道が更に開かれてはと心配したが.少しだけでも藪絡む山腹道を歩めたことにホッとしてもいた。 中里小橋に降り.もう一つの目的地.大日野原に出向く。 沢井川の中里小橋を降りる.13:36出た所が沢井川沿いの県道522号線. jr藤野駅から路線バスが通い.終点の和田からは点線県道で陣馬街道と繋がれ八王子へ抜けている。 県道を右に折れ上流に向かうと直ぐ栃谷川の出合・落合にでる。更に一の尾根の末端を回り込むと佐野川の里が広がる「日本の里100選」が広がる。 私は左に折れ.150mほどで中里橋を渡っている。その直ぐ先から右に折れ.河岸段丘へと続く大日野原への道に入る。 県道を下り右岸に渡ると直ぐ「姫谷」と看板のある沢井川に架かる小さなクリーム色の橋がある。ここが竹ノ沢左岸尾根の取付き。 川沿いに約15m進んで右折.コンクリートの看板を登り.墓地の手前で左折すると直ぐに先の民家の細道と合わさり.ここから右上の山道を辿る。 大きなモミが林立し雑木の心地よい尾根。只今は管理地で通行止になっている。 中里橋 県道を下り沢井川中里橋で右岸に渡る.13:39右上の河段丘陵が大日野原の台地 沢井・佐野川の粘板岩 沢井隧道へと南に流れる沢井川沿いの狭い谷間の左岸沿いの山々の地質を見ると地殻変動による大きな圧力を受け全てが 破砕した粘板岩になっている。「御坂層」と呼ばれる断層の巣で.地質は極めてもろく.土砂崩れを起こしやすい箇所が多くみられる山域。 県道のT字路で右へ.大日野原の台地へ35の入口.13:50大日野原へ 中里橋を渡り70mほど進むと右手から諏訪神社に入る簡易舗装の細道が交わっている。 ここが取付きで案内板はない。道路を挟んだ反対側は畑でで作業していた方に大日野原内の道のりを尋ねる。 ここからは大きくうねる一本道.右手に諏訪神社を見て.道なりに進むと獣防止の柵ゲートにでる。 更に大日野原内も一本道. あくまでも直進すると大きく左へ回り込み.T字路にでられた。 そこは直進し.次の十字路で左に折れると右に獣柵があり.更に直ぐ獣柵がある。 後は獣柵沿いに登り.左の尾根に乗れば小渕丘陵に乗る。棒を手に持ち.畑に大きな地図を描き.何度も添えるよう丁寧に教えて頂いた。 熊にタヌキ・ハクビシン等がでると聞く. 以前鵜原から大陸棚での沖釣に10年ほど通っていた。その頃は夜半.千葉の街道で暫しタヌキに出会っている。 山では今年春先に.奥多摩湖の麦山浮橋でカモシカと対峙し.三頭山南尾根の手前でタヌキが横切った。 ハクビシンは昨年.上野原の鶴島御前山の裏側の旧矢ノ根峠で.子を咥えるハクビシンが堂々と私の足元を抜けている。 月ノ輪熊とは何度となく出遭っているが.最初に出遭ったのは北海道・日高山地の羆.エサマントッタ別川の源流で親子連れと遭遇している。 50年以上前の話. 当時は営林署の入山許可書が必要で.ヒグマについて聞いたことがある。「世の中で一番怖いのは人.ヒグマは人を見れば 逃げていく」と笑われていた。それが翌年.日高で3日間.羆に追われ数人の登山者が死亡する事故が起き.大々的に報道された。 日高全地域が入山禁止になり.当クラブも次年度として続く山行は現地に入ってから中止.急遽中央高地に変更した覚えがある。 鹿に関する言葉はなかったが今朝入山した東尾根で一頭の雌鹿と出会っている。その道中だけに鹿の糞は 多く見られたものの.他は少なかったよう思える。少し脱線してしまったがゲートの開閉はしっこく頼まれた。 扉の片側にL字の鍵があり.網の間に手を入れて閉じるタイプ。使用しずらいが簡素で確り閉められる。 小原の孫山東尾根から吉野矢ノ音越え イタドリ沢ノ頭竹ノ沢右岸のヤラシ西尾根・・伐採から植林と壊れる自然と見栄えの良い登山道 中里.大日野原と小渕丘陵 |