| 36年前に訪れた焼山林道の旧ゲート. 当時は梅雨の大雨後の改修が進まず閉鎖されたままの旧ゲート。その西脇の尾根からゲートへ下りる。 乙女高原を大きく東方まで散策し.朝方の母母峠まで戻り.フシマノターノ沢とタナ沢とに隔てられた乙女高原自然観察路を下る。 焼山林道の旧ゲートに下りてからは塩平で昼食後.ほうき窪バス停でタクシーを待つ。 ヨモギノ頭から乙女高原を大きく周回 乙女高原自然観察路から焼山林道の旧ゲートを抜け塩平。先はほうき窪で待つ ・・先月下った旧ゲートとテントウ虫3 塩平への分岐.11:06ヨモギ頭から乙女高原を南東に回り込み焼山峠を越える尾根は上流に3つのコブがある。 大らかな丘陵の1680m点コブに1630m圏コブ.それと焼山1612m。焼山峠を越えれば小樽山と結ばれる尾根。 その1680m圏コブからフシマノターノ沢とタナ沢を隔て南方に延びる尾根で鼓川に没している。地形図「川浦」には破線路が記されている。 「乙女高原自然観察路」の分岐には道標「←塩平・乙女高原→」が立ち.今朝入山したコースに戻ってきた。この尾根を選び下山することにした。 結果的には小楢山に登ればよかったものの地形図に目がも届かなかった。 1680m点峰 母母峠の鞍部より.11:081680m点峰と右・1680m圏峰との鞍部が取り付き. 乙女高原自然観察路(旧道) 取付きから1680m圏峰の山腹を左に回り込み.母母峠から大らかに延びる南尾根に乗ると確りした山道が焼山林道まで綴られていた。 地形図以上に傾斜は緩く感じられ下り易い。その上右手のフシマノターノ沢沿いには大らかな斜面が段々状を創っていた。 そこは目には穏やかな明るい感じを抱かさせている。中半で沢底に降り.右岸へ渡り返し.左岸尾根の鞍部を抜ければ程なく林道にでた。 道標はないが偶にテープのマーキングがあり.今はあまり歩かれていないようだ。 乙女高原自然観察路 贅沢に波打つ台地は沢沿いまで続く.11:14早足で歩むには勿体ないほどの長閑な変化に富むコース。のんびり周りを眺めながら下るに限る。 展望ではなく地形の巧みな流れに溶け込み.足元にも優しい土壌が広がっている。 尾根を分ける右へ折れる.11:17振り返っている。ここだけは尾根通してなく左に折れ.尾根はロープで塞がれていた。 1490m圏コブ手前の鞍部.三角点峰手前の1470m辺り.右に折れ山腹からフシマノターノ沢右俣沿いに降りている。 段違いに築かれた山腹道.11:18フシマノターノ沢タナ沢の左岸枝沢 左岸から右岸に渡り返している.11:21この小沢の源流は尾根に取り付いた鞍部に至る 初めての人工物.水汲みに使われていたようだ。ホースもあるが消耗している 山道までが大らかさに続く下流を望む.11:31 中流でも既に落葉し冬木の世界に.11:33 尾根越しから登ってきた沢底を覗き込む.11:36 1360m圏.左岸尾根を越える.11:38背は小樽山から大沢ノ頭の尾根筋 後は急下降でタナ沢沿いの林道へ.11:39焼山林道(県営林道川上牧丘線) 1280m圏.この付近は奇麗に舗装されたばかりの林道にでる.11:43観察路の尾根筋はブッキラボーで単純に思われたが大らかな尾根は植林帯から灌木が混ざりだすとフシマノターノ沢側は小さな丘陵を持つ 明るい尾根で.木洩れ日だけでなく以外な変化をもたらしていた。確りした山道の割に歩むハイカーは少なく.擦れ違うハイカーもいなかった。 楽しく観察路を下りている。林道に降りた地点から100m強遡ると滝が現れる峡谷に変わり. 林道は左岸沿いの山腹を細かく.大きくジグザグ刻み焼山峠にでている。今朝車で登った林道に降りる。 道中にあった馬頭観音?.11:46焼山林道の経緯 学生時代・1965年(s40年)5月の連休に新人養成を迎え.梓山からの2年続きで金峰山に入山していた。 その折.峰越林道の林道造りが行われ始めていた。又上梓山のT字路を直進すれば三国峠越えをし.中津川林道から彩甲斐街道へと結ばれる。 その後1973年(s48年)には新津先輩とマイカーで大弛林道から金峰.五丈岩を遠望し見上げていた。 1984年(s59年)08月には家族全員で6人分のシュラフを揃え.大弛峠に天張り.金峰山をピストンし峰越林道から信濃川上に出ている。 増富温泉へ向う筈だった。ただ既に8月になるも,春の豪雨で焼山林道は現地.塩平に入り通行止。パソコンもない時代だった。 塩山から塩平まで入りながらゲートから引き返し.急遽中央高速道に戻り.ここでも当時としては20年振りに霧ヶ峰に廻っている。 2008年(H20年)3月に杣口塩山線は廃止され.現在のルート・柳沢塩山線の県道210号線が一般県道に指定され. 2012〜18年に掛けて楠花新道・北奥千丈岳鳥ノ尾根・金峰山旧表参道と共和交通を利用し.県道219号で大弛峠に向かっている。 琴川沿いの整備された県道はアプローチ共々驚くほど変わっていた。 今の県道219号線の琴川沿いの杣口林道は昭和40年頃までは軌道が通り.否やその後も国師岳の登り下りに多く用いられていた。 又笛吹川沿いも昭和08年〜43年まで.主に西沢.東沢一帯は県有林の木材を搬出するトロッコ軌道が塩山まで敷かれている。 今回は乙女高原の焼山峠に出向くのは私一人と云うことで.昔通っていた林道を選んでくれていた。それ時以来.36年振りに初めて今朝. 塩平窪平線経由で直接.焼山峠にでた。そして今は同じ林道・街道を徒歩で下っている。何と云う運命なのだろうか。 棚沢の滝入口.11:59焼山林道下部の旧ゲード 開かれた侭の古いゲート.12:00林道の旧ゲート 乙女高原で散策した勘違いが.とんでもない方向音痴に陥されていた。迷いコースを変更.下山は乙女高原自然観察路から焼山林道を下っている。 もう55年前の昔の話だが地元の方に当時のゲート状況を色々聞いて頂き.「通行止め」で諦めていた昔のゲ゙ートの場所を改めて知ることになる。 懐かしく想い起こさせられていた。 当時は梅雨期の大雨にあい治水工事の復旧が出来ず.林道は夏休みになっても通行止めだった。林道の閉鎖が続くきもPCもない時代。 1984年08月に家族全員のキャンプ用品を揃え.大弛峠に幕営し金峰山をピストンする筈だった。大弛峠へ意気揚々と出掛けたものの 伝達方法がなく.現地に入り...この林道が通行止めであるとを知る。仕方なく戻り諦め中央..高速道で信州霧ヶ峰へ変更した覚えがある 今回.私は助手席に座り.デマンドタクシーの運転手さんとの会話から.そこ当時の旧ゲートはここだと知らされた。 一瞬だが運転手さんの配慮で.マイクロバスを止めて頂き. 下山は徒歩で改めて.旧ゲートと対面することになる。 当時は霧ケ峰でのキャンプに変更していた。記憶は飛んでいた。 ただ乙女高原への勘違いが.とんでもない方向音痴に陥されていた。。又迷い焼山林道を下っている。又もう55年前の昔の話だが地元の方に当時のゲート状況を 色々聞かせて頂き.「通行止め」で諦めている。懐かしく想い起こしていた。 当時は梅雨の崩落から林道の閉鎖が続くき.PCもない時代。キャンプ用品を揃え.大弛峠へ出向くが.伝達方法がなく.この林道で出てきて通行止め. 仕方なく戻り.高速道で霧ヶ峰へ変更した覚えがある。 1180m圏.タナ沢・石橋で右岸に渡り返し里へ.12:01ゲートから約10m程で石橋が架かり.渡った所から南西に延びる作業道に入れば.一本道で塩平尾根に乗り.小楢山の南側の1640m圏コブにでる。 塩平尾根はタナネイリノ沢と東タナ沢の分水嶺を成し.コブには御賜林標石と境界見出標があり.北東に少し下ると小楢峠。 里近しを感じさせる風景.12:02塩平の集落 塩平は焼山林道の起点の集落.12:04コブの先は一ッ木山? 1284m峰と奥に重なる一ッ木・水ケ森林道沿いの一ッ木山境界尾根. 更に左方奥には望めぬが水ケ森が聳えている。 右後方の白張沢流域 ブナヨコテノ沢とタナ沢に挟まれた塩平集落の東端.12:05右下が山梨市営.牧丘内線のバス停.終点「塩平」. 左端は自治会館で右手から焼山林道を下って来た。 中央の車道は蔵沢沿いに遡る林道で.源はソッタ頭1724.3m.三角点峰に突き上げている。 里山1284m点峰 県道塩平窪平線の右下の空地がバス停広場水ケ森林道沿いの1412m峰に繋がる南方の境界尾根 バス停の時刻表には「7:28・12:37・16:30」とある。まだ30分あると広場角の擁壁に座り.昼食を摂るが 時刻を過ぎても市営バスは来ず。よく見ると下段に日曜日は運休とある。塩平に下る予定はなく.そこまで下調べせず.落胆するのみ。 路線バスは¥200で.タクシーは¥5400。朝方通ったアプローチを気の向くまま歩み.先はその場で考えることにした。 ブナヨコテノ沢出合より.12:32塩平の集落を抜けると右手にブナヨコテノ沢が見上げられた。黒平峠から沢沿いに破線路が延び.下流で林道にでて.塩平上部に降りている。 右岸尾根は1482m峰から南東に延びる尾根。右後方から切差から綴られてきた東山中部林道の起点は集落の南端で. 県道206号線・塩平窪平線の起点でもあり.バス路線路の終点を下る。 集落の入口に祀られ.下流の牧平方面を向く石祠.12:37 如何にか望められた富嶽.12:39一ッ木山南東尾根と境界尾根? 1146m峰と2つの1100mコブ 戸谷山北東尾根を下りた1146m峰当たり.12:39塩平から離れ直ぐタナ沢を渡り.鼓川の左岸道を15分ほど歩くと右後方から市営の一ッ木林道が合わさる。 水ケ森北側の1412m峰付近の林道分岐に繋がる県道一ッ木水ケ森線. 交差するするのが塩平と切差とを南北に結ぶ東山中部林道。 ここからは市営一ッ木水ケ森線に変わり.県道206号線と結ばれていた。 林道が交差する当たりに一ッ木山1480m南東尾根が下り.水ノ森林道の「保安林」と3本の巨樹・石祠のある尾根上の地点の取付きだった。 又対岸が水ノ森北峰から南東に派生する尾根の戸谷山(戸谷観音)の北東尾根で.1146m点付近から黒線が漆川集落へ下りている。 950m圏コブの漆川集落の裏山 塩平1つ手前にあるバス停.ほうき窪.3:00鼓川の右岸沿いには防風林が長く並び.その隙間から裏側の漆川集落が点々と覗き込む。集落越の尾根は戸谷山1382.8mから 南に延びる尾根に聳える1025m点峰で.頂近くに東山中部林道の支線が横切り.左下の麓に下りれば牧平に至る。 車道歩きは1時間ほど.最初の飽きがでたところで右手に展望が開かれた。バス停名に「ほうき窪」とある。 鼓川対岸にある漆川集落への分岐で.見ずらいが鼓川対岸に大樹に囲まれる集落が望まれた。 てんとう虫 ザックを開き.休んでいると黒にオレンジ色の斑点を持つテントウ虫がザックの肩に飛び降りた。オホーと見詰めると私の肩にも飛んできた。 又目の前に3匹目が現れたと思う間もなく.開かれたザックの中に入り込む。一辺に3匹を見るのは初めて.そっと摘み上げザックから放す。 別の大きな時刻表がスタンドから外れ裏返しに落ちていた。 拾い改めて置き直す。覗き込むと昼の運休は記されていなかった? 早めにここでタクシーを呼ぶことにした。 明日.私は9時に通院の予約があり.早めに降りて.中央東線の沿線の山々を久し振り.のんびり眺め帰宅することにした。 分岐に立つ町営の巡回表板 塩山駅〜焼山峠¥1030. タクシーほうき窪〜塩山駅. 集落の入口脇に車の通行規則の看板がある。乗車したタクシーの運転手によると集落までは細い一車線の道路。 擦れ違いができぬが市営の小型車は集落まで通っているとのこと。 又帰宅して調べると対岸に漆川集落があり.生捕横手に抜け県道に出られるようだ。 その次のバス停が洞運寺・鼓川温泉になる。分かっていれば集落を抜け.そこまで歩いてもよかった。 水ケ森双耳峰と一ッ木山 jr塩山駅上り線ホームより.14:06登って初めて気が付く.塩山駅ホームからの帯那山の境界尾根 13:00ほうき窪bs牧丘タクシー¥4330=13:35jr塩山14:13=15:24高尾.中央特快:32 =16:14新宿=大江戸線・・日没16:44. 情けない山行になった。帰路も塩平窪平線を下っている。朝方通過した牧平は意気揚々と下山するべき街並みだった。 通過するも虚しさだけが残されている。リベンジする必要を痛感する。ただ交通の便を考えると土・日しかなく.来週は孫の七五三。 翌々週は連休でデマンドタクシーの予約が満杯. 再び挑むのは明年の6月まで待つことになる。 地形図「川浦」.20201102乙女高原1・高原「金峰山・甲武信」・・シリオブーツ.22.424歩.68m/分,.アイゼン・ストック. テルモス・水500cc.コーヒー1800cc.大福.菓子パン2.バナナ.ネーブル.弁当.味噌汁. 10/29・・ヤマプライニング.NEWカーボンスーパーライト(グリップウェル登山用ストックホール・赤.¥19250・通信販売で購入 11/07・・夜半.風強く今季一番の寒気が入る。山は予報が外れ風は弱く.日差しも薄いが長閑な陽気に恵まれた。 ヨモギノ頭から乙女高原を大きく周回 乙女高原自然観察路から林道の旧ゲートを抜け塩平。先はほうき窪で待つ ・・先月下った旧ゲートと旧ゲートとテントウ虫3 |