| 名郷を起点に旧白岩線と鳥首峠から続く蕨山とその背稜の山々・・奥武蔵山域Top 昔.中学の頃.同級生が集り.初めて奥武蔵伊豆ヶ岳から妻坂峠を越えて名郷に下りている。当時は正丸峠の峠名が一番人気だったと思う。 それ以来57年振りの名郷.にでて.滝入ノ頭と蕨山.藤棚山に入る。80歳近く.この歳になっても何故か「正丸峠・名郷」の地名は忘れることはなかった。 初めて企画し登った為だけではなさそうだ。その名郷から入山する。奥武蔵.有間山稜の鳥首峠にでて.滝入ノ頭.橋小屋ノ頭から逆川乗越へ。 後半は名栗川の上流.有間川流域から蕨山金毘羅尾根を下る。藤棚山.大ヨケの頭.左岸尾根からさわらびの湯まで。 2020年11月26日.松村 名郷から鳥首峠を経て橋小屋ノ頭・・旧白岩.秩父側の展望と迷い子の猟師 有間山稜から蕨山金毘羅尾根 中登坂から左岸尾根を下りさわらびの湯 名郷バス停.7:48バス停の右前方の湯ノ沢川沿いに県道53号線へ入るバス路線は山伏峠から長渕に至る旧名栗街道で.山伏峠から右道に入れば伊豆ケ岳へ向かう。 以前は小型の路線バスで正丸峠まで登り伊豆ヶ岳に立ち.武川岳を越えて妻坂峠から山中林道に入り.山中入を経て名卿に下りている。 日記で知るるのみで.殆ど忘れていた山域だった。 飯能市.横瀬町の朧な山並 高麗川の広い河川丘陵の先に聳える山並は左手から有間山.棒ノ小屋ノ頭.滝入ノ頭. 大きく窪んだ低地辺りに名郷がある。 飛んた中央から右手に回り込むと今回目指す山々が連なる。前武川岳.武川岳.蔓岩山.焼山.二子山の山域.。 当日はその昔.何十年経ったのか? 芦ケ久保駅から二子山を越え.回想の「正丸峠」に.それ以来初めて訪れている。 11月26日(木).快晴後晴 jr御徒町5:07=5:28西武池袋.準急:39=6:32飯能駅北口・ファミーマートあり.B:55バス=7:48名郷bs. 名郷bsは標高325m.スマホ初めて使用し誤差2m.その後使用不能へ? 仏子(ふし)駅付近で日の出を迎え.澄み切った晴天の夜明けを迎えている。日の出20分ほど前に車窓からその兆しを受けていた。 予報は今日まで暖かいとのこと。終点飯能駅のホームでは煌くような朝陽を浴びている。異常の暖かさは11月下旬になるも10月の陽気に戻されている。 暖かく千葉・姉ケ埼へハゼ釣りに出掛ける予定でいたが明日から冷却が極端に進むと聞き.急遽奥武蔵山域に変更していた。 飯能駅発.中の沢行路線バスは7名のハイカーが乗車. 後は通勤客でガラガラだった。名栗川上流に入ってからは小学生の通学バスに変わっている。 下山の路線バスでも又小学生の彼等と出会っている。挨拶は「又会ったね!」だった。ハイカー全員が名郷に降り.4名は直接.蕨山へ直登するようだ。 鳥首峠へは私ともう一人. 彼はウノタワへ出向くと擦れ違っていたが峠で別れている。 名郷には57年前の5月.高校の同級生と一度.正丸峠から伊豆ヶ岳・武川岳を登り.妻坂峠から中山林道へ下っていた。その時のバスの終点が名郷. 殆どがカット.カットの想い出でしかない。チロリアンハットを被り.山バッチを求め登った記憶がある。妻坂峠からは林道へ降りた記憶しか浮かばなかった。 第2次登山ブーム頃で名郷の地名は覚えていた。今回はその回想にもならぬほど多く忘れていた。その響きのよい名郷に下車した。 笑美山越えの大持山 バス停から左手の県道へ.7:54バス停から西方へ白岩林道に入る。現在の県道73号線で.路面は雨上がりの水溜りがまだ多く舗装は乾き始めている。 直ぐ右手の西山荘脇からは集落を抜けて.天狗岩から前武川岳・武川岳へと南尾根を詰める天狗岩コースを分けている。 過って前武川岳・武川岳に登ったのは大分昔の話. 行程は定かではないが吾野駅から正丸峠まで乗合バスに乗り.入山した覚えがある。 大場戸橋東詰 西名栗林道(旧白岩林道)と山中林道の分岐.8:08大場戸橋袂の林道の分岐にでる。右俣を綴る山中林道は昨年の9号台風の影響を受け.5号橋が崩落し起点から通行止め。 記憶は定かではないがひと昔前に下った林道で.私にとっては初めてとも云うべき山登りになっている。 伊豆ヶ岳・武川岳と登り.妻坂峠から武甲山を仰ぎ.その雄山を初見し.翌月には単独で武甲山へ出掛けている。山へと惹かれ始めた頃だった。 今の林道は19号台風の影響を受け.土砂くずれに橋が崩落し.歩行者を含め通行止め。最後まで詰めれば妻坂峠(地蔵峠)にでる。 左俣は白岩入沿いに綴る県道73号線(旧白岩林道)の起点でもあり.布滝を経て県営の自然公園「白岩渓流園」を途中で過ぎ.舗装の林道終点にでる。 終点は丁度石灰採石所前に当たっていた。鳥首峠越えの登山口があり.又ショウジクボノ頭を詰める三十三尋ノ滝ルートとを分けている。 左岸道から覗き込む白岩入の布滝.8:27旧白岩林道に入ると直ぐ擁壁が築かれた白岩入沿いの急山腹を綴る狭い林道に入る。直ぐ頭上高いところを送電線奥秩父線が跨いでいた。 林道には幾つかの小沢を含めた橋が架かり.谷側には別の歩道用鉄橋が架けられてもいる。車両の通行に危険を感じ.脇橋を設けたものと思われる。 上流に採石場があり.今は閉山してしまったが当時は如何に盛んだったかを物語っていた。中流・上流は林道幅が広げられ.別橋はなくなっている。 白岩ノ頭853mと採石所 8:33登山口にあった「林道通行止」の情報 JFEミネラル(株)武蔵野工業所の石灰採石所は2015年に閉山.それに伴い武蔵白岩鉱山は閉山された。 右端のガードレールのカーブする角が登山口. 各種の案内板が立ち.その右手には山中林道「全面通行止」観光課の案内板が立つ。 林道の起点標柱は分からなかった。妻坂峠やウノタワへ直接入山できるコース。 又鉄塔標柱「奥秩父線20〜22号?」が立ち.右上奥の山間に建つ鉄塔は安雲幹線。登る尾根の裏側に回り込み 有間山稜の1059m点コブの肩を越え.328号鉄塔からは奥秩父線と並行すよう秩父さくら湖へと架け.浦山の変電所と結ばれている送電線。 鳥首峠にでる間は2つの送電線と係わるコースになっている。 三十三尋ノ滝と尾根道 更に白岩入沿いに進み「工場内立入禁止」の看板の手前で左に入り.白岩入に架かる橋を渡ると三十三尋ノ滝入口の看板がある。 ショウジクボノ頭の北東尾根を登る踏み跡があり,又沢沿いにはミネラル武蔵野鉱業所を経て三十三尋ノ滝660mを見物できる。 ただ岩場があり激坂の難路.距離は短いが技術以前に体力が持ちそうもなく.今回は諦めている。「尋」は長さの単位.で約50mだが実際は約20mの滝. それどころか急の決行で考えもせず出掛けて来てしまっていた。早い日没で鳥首峠から河又へでることさえ考えさせられていた。 名郷から直登で蕨山に登り.昼寝しながらどちらかに下るか? それが好天に恵まれ.足の向くまま鳥首峠へ。名郷に下る予定は更に河又へと足を延ばす。 採石場の工場跡 鉱山跡の防護柵を回り込み見下ろす.8:48白岩の廃村・索道はs40年頃まであった模様。ここも索道が林道に変わったのだとうか? 金属音が響き渡る。3人の作業員が維持管理の為作業中?8:50. 鉄塔巡視路の分岐.8:522つの巡視路標柱 鉱山跡の南側山腹を回り込むと巡視路の分岐にでる。奥の鉄塔標柱は黒部幹線の「694号に至る」が立ち.右面には黒部幹線692号・ 安雲幹線328号」とある。奥秩父線と今は路線名が異なるも.過っては 古さが偲ばれている名称。奥秩父線と合わさる以前の送電線名で.ここでは並んで標柱が立てられていた。 安曇幹線は東京電力が長野県の梓川に建設した安曇および水殿発電所.ならびに高瀬川に建設した新高瀬川発電所の 計3ケ所の大規模揚水式水力発電所と首都圏の500KV外輪系統を結ぶ送電線で.50数年前の私の学生時代にはアルプスの入・下山で よくこれらの河川のダム建設現場を歩かせられていた。高瀬川の建設はやや遅く.北鎌尾根を訪れた時は.まだ軌道が残されていた時代だった。 その後.建設が始まりヘルメットを被され歩かさせられてもいた。手前の標柱は鳥首峠へと延びる奥秩父線の 「20号.21号.22号」と綴る赤プラ杭。 裏面には「23号・24号鉄塔に至る」巡視路とある。 モノレールと不思議な関係の消火栓.8:58モノレールが山道の左側に並行するようなると右脇に消火栓を見て.枝沢を渡っている。モノノレールはこの枝沢を登っていた。その上部には広大に広がる 旧石灰採石場がある。午後に有間山稜に乗り南へ下した時.左対岸にこの広大な鉱山跡の台地が白く固められた現場を眺めている。 旧白岩 下白岩の廃村跡でる.9:08 前方の林の奥が廃集落・・ここにも消火栓が残されていた.9:10集落のきたがわには鳥首岩(白岩)が聳えている。 廃村の真中で分けられる巡視路分岐.9:11ここには更に古い白く四角のプラ標柱が立つ 1995年頃まで人が住んでいた白岩集落跡. 1950年当時は23軒の家屋があった。この集落は古くからあったようで.平家の落ち武者伝説が残っている。 鳥首峠から秩父側に下った冠岩集落とも綿密な関係があった。冠岩は白岩より10年早く無人化した。・「首都圏日帰りさんぽ」より 鳥首峠 市界尾根(秩父市・飯能市)に乗る.9:56広川原谷沿いの白岩と冠岩・川俣と名栗を結ぶ古くからの峠路が横切る。川俣の交通機関は路線バスの廃止に伴い. jr秩父駅からの市営マイクロバスが通うも.朝方は遅く.ここからの入山はタクシーに頼るしかあるまい。 大持山西尾根を詰めるルートの登山口があり.アカシアの頃がよいようだ。 以前長沢脊稜から大クビレ峠ノ尾根を下り.5月の連休で交通渋滞か? 川俣で待ちに待たされた。バス停脇の奥さんが何度もバス会社に連絡を取り. お世話になっている。峠路を越えして川俣へ降りつのも面白いコースかも。ただアプローチは秩父になり.東京に戻るには遠過ぎている。 道標と山神様これ後挑むようなる山々・・有間山稜 大持山の分岐からの展望・・2017.04.21/13:3050年振りに武甲山に登り.大持山の分岐から東方の展望. 有間山1213mと滝ノ入ノ頭1070.9m・天神山1130m.左奥は藤棚山か? 鉄塔を背に秩父国境側の側の山稜 20号鉄塔側の秩父地区七蹴山と大平山.独標から2つの尾根に分かれ.正面の小コブから左側が峠ノ尾根へ。 右に延びる栗山.三角点峰を擁する尾根は秩父さくら湖に没している。この鉄塔から3基ほど若番の鉄塔には珍しく.懐かしい烏帽子型の鉄塔。 西上州ではよく見かけた鉄塔で.安雲幹線は烏帽子型鉄塔の代名詞的路線だった。 中央奥の広河原谷で隔てられた対岸の鉄塔は浦山川左岸沿いを綴る新秩父線の鉄塔。 鳥首峠南肩に立つ奥秩父線21号鉄塔より.10:00鳥首峠の直ぐ南側の高台に建つ奥秩父線21号鉄塔. 横切る送電線の尾根両側からは展望が開かれた。 送電線奥秩父線は秩父さくら湖の北側にある奥秩父変電所から広川原谷を遡り.鳥首峠を越え名栗川沿いへ下りている。 中東京変電所と結ばれる154KVの送電線. 1059m峰の東尾根.鳥首岩と雨包岩 背稜は山中入越えの伊豆ケ岳と古御岳横瀬二子山.焼山.蔓岩山.武川岳.前武川岳. 朧なその奥は伊豆ケ岳。 奥秩父線21号鉄塔の基部に立つと送電線の延びる先に名栗.名郷側の白岩入流域の展望が開かれる。 白岩ノ頭(背は伊豆ケ岳と古御岳.こみたけ)と白岩入を挟んでの蕨山北尾根。尾根末端は今朝歩みだした名郷に至る。 天神山1130mと1059m峰 鳥首峠から登ってきた北側を振り返る.10:05 一時.灌木帯に入り秩父側の視界が途切れる.10:22北側の展望を楽しんでから灌木帯に入り.痩せ尾根からロープが張られている急登が続く。登り切った所で右後方からの 支尾根を合わせると再び長沢背稜から続く秩父側の展望が開かれた。橋小屋ノ頭まで途中途切れる所もあるが眺めはよい。 仙元峠仙元尾根 左景・・尾根筋の右手に延々と獣柵が続く.10:28再び秩父側の長沢背稜・・仙元峠〜七蹴山.この展望を逆側から眺められるとは至福の時. 新秩父線55〜60号鉄塔・・57〜60号鉄塔までが仙元峠仙元尾根に乗る送電線。 丁度10年前に真名井沢北稜から続く鉄塔尾根から一度下り.更に鳥屋戸尾根を経て.60号鉄塔から秩父浦山の大日堂へ下りている。 師走から正月に掛けての山行で.朝方は凍えるよう寒かった覚えがある。 七蹴山と大平山の肩から延びる大クビレ峠ノ尾根 中景・・細久保沢流域日原からの秩父大平山越えは小川林道の閉鎖で大きく迂回させられ.天目山横篶尾根から入山した山。 天目山林道の大クビレにでた時の印象が強い。 新秩父線60号と61・62号鉄塔 中景の下部アップ・・細久保沢出合付近仙元峠仙元尾根と大平山峠尾根に挟まれた細久保谷. 手前の谷間.広河原谷との出合が川俣。 渡った林道の起点にバス停があった。 長沢背稜と両神山 右景・・両神山は岩稜の深い谷間の上に聳える山両神山と大持山西尾根 右景の右・・有間山稜(市界尾根)と鞍部が鳥首峠この少し先で西尾根の1142mコブ下に遠く浅間山らしきを仄かに望まれた。 滝入ノ頭 三等三角点標石1070.9m.10:46今朝登り始めてからここまで.点々と赤プラ杭を見ている。山名標には「滝入ノ頭」とあるが地形図には「滝ノ入頭」とある。 猟師 滝入ノ頭を乗り越えると派手な赤いチョッキを着た若い猟師に出会う。最初の言葉は「犬を見たか! 笛音を聞いたか!」と尋ねられた。 猟犬に逸れてしまったらしい。獲物を狙い目指す猟犬を追う猟師. 何方が逸れたのか? 猟銃を右手に持ち早足で降りてきた。 ここでは鹿がメーンで猪もいると語る。前回猪に襲われケガをした猟犬と遭っていると言葉を交わしていると途方にくれていた。 地元民らしく大丈夫.自宅に戻るだろう。互いに気お付けてと別れる。 ショウジクボノ頭 1080m圏にある「しょうじくぼの頭」山名標.11:06山名板の裏側から北東に延びる支尾根があり.三十三尋ノ滝への難路を分けている。朝方林道終点から分かれたルート。 山稜は裸林に枯葉の乗る台地を緩やかに起伏し.1100m点には「ヤシンタイノ頭」の山名標があるが通過点に過ぎず. 痩せ尾根を過ぎると再び長閑な眺望の明瞭な道.散策路に変わっている。 蕎麦粒山と鼓ケタワ 三工場谷流域.11:13蕎麦粒山から奥多摩からは裏側の北東に延びる1155m点尾根 薄の小径.11:15有間山稜は防火帯まではいかぬものの幅広い平坦な起伏を持つ自然林に被われ.下草はズッとススキの茂る台地が延び.秩父側の展望に優れている。 蕨入側は殆ど眺められず。1100m点は「ヤシンタイノ頭」とあるが地形的には語ることもなく.通過した。尾根筋は弱い日差しに恵まれ風も弱い。 橋小屋ノ頭 1100m点からの下りも薄の背稜が続く.11:17 緩い登りに入りススキから枯葉の台地へ.11:24ブナ林に囲まれ枯葉に埋め尽くされた台地は薄日が差し周りを見惚れている。先は植林帯に入る. 橋小屋ノ頭 右奥は有間山へ.左下は蕨山へ.11:26120mの上り返しで最後に植林の抜けとコブの広場を持つ橋小屋ノ頭にでる。展望はない。 ここで有間山稜は左(北)へ.蕨山への尾根を分けている。山名標が大きく標示された「有間山」はタタラノ頭・仁田山などを含めた総称であり. その下には固有名で「橋小屋ノ頭」と記されていた。 名郷から鳥首峠を経て橋小屋ノ頭・・旧白岩・秩父側の展望と猟師 有間山稜から蕨山金毘羅尾根 中登坂から左岸尾根を下りさわらびの湯 |