中谷山.醍醐周辺・・要倉峠越えで要倉へ下り.中谷山の510m圏コブ(堂所?)へ登り返す

  醍醐の古道と真峯嶺からの参詣古道を綴る。
    要倉沢二俣から要倉にで醍醐大橋から龍蔵神社. 真峯嶺峠から490m圏コブ.熊野神社.参詣古道を綴り中谷山へ。510m圏コブ.

    下案下から要倉峠越え要倉沢二俣
    二俣を下り真峯嶺峠を経て再び背稜の中谷山・堂所
    蛇ノ沢右岸尾根から古道.鉄塔巡視路を経て醍醐道.関場

   要倉沢二俣
    右俣脇に二俣小屋が建つ.10:11

     正面は左俣の要倉沢.右俣の右岸に確りした作業道が付けられていた。左俣の作業道を真っ直ぐ進むとそのまま右俣の右岸道に入る。
   左俣のバチザク出合からの中間尾根を詰めると御堂窪山(本郷山)に至る。劇尾根.

   朽れた二俣小屋・・室内を囲む長椅子は崩れ落ちている

   壊れた側壁越えの右俣の流れ

     左岸道は左俣と分かれる高みから綴られている。そして真を開けず.立派な沢沿いに変わっている。
   それに比べ両沢のも出合は何と貧弱な平凡過ぎる小沢の出合に思えた。

   部分的な雍壁・・本流左岸道より

    要倉山北尾根の末端
   左側が要倉山北尾根で正面が側枝尾根.10:20
    薄日が差し素敵の思えた小沢との出合広場。龍蔵神社の裏から詰める藪尾根よりすっきり登れそうだ。

   直ぐ下流の後側・・以前右岸に渡る橋が左脇にあった.10:21
    橋桁の抗は既に失われている

   確りした苔る桟橋
    ここが以前高度があり怖かったという桟橋か?

   右岸から渡渉し振り返る.10:27

   里に見えた要倉「くまだんご」

   民家の玄関前を通らして頂く

   醍醐大橋より下流を眺める.10:32

     左が「くまだんご」で.右上の民家から石段で里道に降りている。大橋を渡り醍醐道に入る。
   左に折れ醍醐林道を400mほど進めば.支線のニニク沢林道との分岐にでる。古道「醍醐の道しるべ」が分岐中央にある。

     「道しるべ」に従い古道をニニク沢沿いに入れば嫁取り坂から檜原へ。左に醍醐林道伝いに進めば和田から佐野川に至る。
   私は「道しるべ」のポイントまでを割愛し.右に折れ龍蔵神社から熊野神社.参詣古道へと出向く。

   今も活用されている2つある醍醐川の荷渡し場

   醍醐道から龍蔵神社の参道
    登り詰めると中央脇に神木の大杉が聳える。

     参道に通じる街道の両脇の草刈りをしていた老輩.柄を長く延ばし上部も刈っていた。する人がいないので自主的に行っているとのこと。
   「綺麗になりますね!」と堪えると笑顔が素敵だった。龍蔵神社に参拝し.広い境内の片隅でで早い昼食を摂る。二度に分けサンドイッチを。

    龍蔵神社
   10:40昼食11:15
    北尾根
     神社裏の尾根が要倉山北尾根.北西尾根は? コブを左に巻き.右下に作業小屋が見える。
   細い尾根は激坂.巨樹のモミの根元.角度を直登.3本. 要倉山北尾根に乗る。要倉山を下った時は左のクヌギの樹が目印.二又折れ.
   快適だが急坂の北尾根を上がる。頂には黄色いプラ杭あり。

     549m地点から功刀沢林道の下降点.竹林は行き過ぎ.白帯は南南西側に下る。踏み跡はほとんど消えているので尾根を外さぬこと。
   左から林道が延び.更に道なき道を下って.先程の林道の下部へ下りる。

     前回訪れた時から既に6年目を迎えていた。師走で寒かった覚えがある。今回は給水吸タオルを首に巻き付けていた。
   社殿奥から北尾根を詰めれば要倉山にでられる。繋げればコースは幾らでも取ることができるだろう。ここでお会いしたのが
   山越先で農業を営む方. 写真が趣味でコロナで遠方に行けず.久し振りに訪れたとか。カメラを4つも首に.肩にかけていた。

    六地蔵
   真峯領峠(まみね)への山道より.11:20

     軽く昼食を摂り.醍醐道を下って大丸,左岸からナロシ沢が入り込む。向かいから小橋を渡って旧道から真峯嶺峠へ至る。
   確りした旧道で.左後方から六地蔵ノ沢が接すると右手に六地蔵が祀られていた。6年目の対面で苔が更に増しているような気がした。

    真峯嶺峠
   山神宮より真峯嶺峠340mと鳥居を見下ろす

     六地蔵ノ沢を木橋で渡り.過ってのガレ場を過ぎると直ぐ真峯嶺峠にでる。懐かしい質素な境内.
   峠に素朴な鳥居があり.その奥に木祠が祀られている。杉林の透し上流側(左)に振宿の集落が樹間絡みに見下ろされた。

    真峯嶺の住吉神社
   立派な囲い小屋の中にある木祠.11:30

     明治5年10月.龍蔵神社に合社されましたが.昭和5年頃には非公式に元の真峰嶺に戻されている。
   そのためでしょうか.龍蔵神社には両社の祭神が祀られていることになっているとか。醍醐川に沿った森久保・振宿.醍醐と
   三集落の鎮守として.永享12年庚申(1439)の創建と言い伝えられている。・・「nobikitのブログ」氏より.

    山神宮
   明るい向かいの小尾根脇の台地で.11:33

     峠路を挟んだ向かいの尾根筋の右脇から,住吉神社を見下ろ所に「山神宮」の小さな祠が祀られている。前回気になっていた小さな祠と尾根.
   囲む小屋が普通の祠サイズ.その中に小さな祠が祀られ.東方を向き.紙垂は尾根を横切り.潜って登るようなる。祭神は大山祇命.

   山神宮が祀られていた小尾根に乗る

   441m圏.小さなオレンジ頭の素板杭・・藪絡みに突き当たる.11:47

     小尾根は以外と切り開かれていた。このまま490m圏コブまで詰められると心は弾む。ただ山神宮から15分ほどで.
   猛烈な藪絡みにぶち当たる。前進は不能に.左に逃げる荒れた踏み跡を見付け.左隣りの尾根に移っている。

   左隣りの尾根.11:51
    左尾根の430m圏にでる。下れば真峯嶺峠口の藪に下りるが不可. 尾根を登ればは左前方の尾根から参詣古道と合わさった。

    弾左衛門ノ峰南尾根
   尾根459m圏から醍醐沢を隔て見上げる.11:59
    尾根筋に入り樹間の隙間を透し.醍醐川対岸に弾左衛門ノ峰南尾根の新多摩線の鉄塔群が大きく望まれた。・・80号〜紅白の82号鉄塔.

   細長い台形の490m圏コブの東肩.12:05

     尾根筋を更に10分ほど登ると490m圏コブの肩にでて.東尾根と合わさる。この尾根筋には熊野神社.参詣古道が綴られ.
   木材搬出場跡からその間々尾根を下れば.巡視路を経て醍醐川.月見橋にでる古道と繋がれている。

     又木材搬出場跡から北支尾根に乗り下れば.下端で79号鉄塔にでられる。
   490m圏コブの肩からは中谷山尾根へと参詣古道を綴り.510m圏コブにでることにした。中谷山に立つ。

   490m圏コブからの展望・・背稜の510m圏コブ
   南西方・・左が蛇ノ沢.右側が六地蔵ノ沢
    頂には赤帽黒杭2ケ・プラ杭「24」・古い

    双耳峰の要倉山
   西方・・六地蔵ノ沢を隔て要倉山北尾根群

    中谷山と北高尾山稜・蛇ノ沢流域
   南東方・・以外と藪絡みの多い鞍部.12:30
    鞍部へ下りるのは幾つもの踏み跡あり.冬木時用と思われ.左々へと巻いた方が歩き易かった。

    八王子方面
   東方・・北浅川流域・八王子方面

    中谷山尾根
   510m圏コブの直前

    510m圏コブ(堂所)
   12:20(510m圏コブ):35・・標高510m←507m.

     要倉山の東寄りの510m圏付近の起伏を「中谷山」と地元で呼ばれていたことから「中谷山尾根」とも称されている。
   要倉山尾根・猪通り尾根。過って2月に来た時はこの立木の右奥の木杭に作業用ヘルメットが乗せられていた。
   多分忘れて気が付いた人が目立つようこの地点に置いたのだろう。山仕事の作業員なら伝言で直ぐ分かる場所。今ないのは当然だが。

    490m圏コブ
   今綴ってきた北側の尾根を振り返る

    下案下から要倉峠越え要倉沢二俣
    二俣から真峯嶺峠を経て中谷山・・堂所と参詣古道
    中谷山から78号鉄塔巡視路をへて関場