ヌカザス尾根からムロクボ尾根に移り「ツネの泣坂」を抜け.変化に富む地形から末端の大丸尾根へ回り込む。
     ムロクボ尾根.大丸尾根を経て.昔のロープウェイの駅遺構がる旧「みとうさんくち」に寄り.奥多摩周遊Pには東屋.旧支柱ある。

    県道.前原から神楽入尾根
    三頭山北側の水平歩道からヌカザス尾根
    ムロクボ尾根.丸山尾根から旧「みとうくち駅」・・三頭橋=深山橋.国道

   糖指尾根・ムロクボ尾根
   三頭山ナメリ沢を下った折.圧ノ指地区からの遠望・・2018.09.08/16:03

     小菅川左岸沿いの旧青梅街道を下流に進めば三頭橋が架かり.突き上げる尾根の正面がムロクボ尾根。
   正面から登り詰める支尾根は.右の三頭沢と左のショウ沢とに隔てられた三頭沢ショウ沢中間尾根で.ムロクボ尾根の1070m圏分岐にでて.
   更に登るとヌカザス山に突き上げている。ここはヌカザス尾根とムロクボ尾根の分岐点でもある。三頭沢側からの取付きは危険とある。

     当時は石原小屋窪左岸尾根を経てハチザス沢ノ頭東尾根に立ち.日陰三頭ノ沢を横切り大沢山東尾根から
   三頭山西峰にでてからナメリ沢を下っている。山を下りてからは玉川バス停から路線バスの待つ時間が長く.その上途中の俄雨は本降りになる。
   深山橋で雨宿り.最終的には空を見つつ.峰谷橋まで歩んでいた。

    ムロクボ尾根の1097m圏
   「ツネの泣坂」の急斜面を終え.14:33
    「保安林」の裏看板と「山火事注意」・・コンクリート柱にピックのテープが目立つ。

    1085mの広い台地
   尾根幅が広がり緩やかな平坦地にでる.14:35

     一見長閑な台地にでて.直ぐ左先に1006m点を擁する三頭沢ショウ底沢(塩沢)中間尾根を分けている。ページのトップの写真の支尾根.
   対岸が庄ノ指で直ぐ脇が都県境になる。右手に回る本尾根の明るく開かれた林層の境の台地を更に北上した。

   久しく薄日を浴びる台地を抜ける.14:36

   尾根らしくなると再び日の閉ざされた植林帯へ.14:28
    赤帽白柱が現れ次第に立木の白帯は失われている.

   逆になった林相の境を抜ける。1017m→999m.14:48

    910m圏峰
   再び尾根の二又.14:54
    左側にはショウ沢右岸尾根が延び.右前方が本尾根へ急下降する。

    860m圏峰.右尾根肩
   尾根の肩860m圏小コブで.支尾根を左前方に分けている.15:03

     左裏側に支尾根が延び.コブには林班界標柱「奥多摩区分−74」が立つ。右に手は「奥多摩湖」の道標が点々と続く本尾根になる。
   古い道標に真新しい「奥多摩湖→」が針金で結び付けられていた。小コブの割には広い台地で.迷いよけのロープが長く行き先を示している。

   813m点コブの南端
     15:12
    道標は判読できなかった。支柱の根元には旧尾根名か? 落ちた鉄板には「橋沢尾根」とある。

   813m点の道標と肩の林班界標柱「74ー」・・枝尾根はない.15:14

   一時の痩せ尾根.15:19
    尾根の後半はコンクリート柱・立木の白帯から赤帽黒杭・水道局の白帽黒柱に変わり.点々と占めるようなる。

    丸山765m
   山名標に「丸山山頂」と書かれている.15:22
    頂と云うより尾根二又の感が強い地形の760m肩. 左の丸山尾根がジグザグに下りている。

    丸山尾根を下る
   右尾根は橋沢の出合に没している.15:29

    旧ロープェイからの旧登山道分岐?
   分岐の折れた先を見詰める.15:31
    左尾根を下ると尾根筋の右下に.630m点の赤テープ2本あり.

     右後方は遺構へと続き.広い山道を斜下して北東へ進み.広い小尾根をに乗ってからは尾根との南側斜面をジグザグに大きく下り返す。
   広く手の入っている所。3度目の尾根越しが奥多摩ロープウェイの施設.廃墟に繋がり.途中に古い赤プラ杭があった。
   立木に黄色いテープが巻かれているのは今の作業道。古いのは旧ロープウェイ時代の三頭山への山道だったのかも知れない。

   この小尾根越しに廃墟の旧駅舎がある。

    奥多摩湖ロープウェイの駅の遺構
   560m圏の地図の赤い四角地点に下り着く.15:38

     小尾根を下り廃墟化した「みとうさんくち駅舎」の2階の遺構に下りる。
   この遺構があるのを知ったのは丁度10年前.三頭山を北側から登ろうと境ノ尾根(シンナシ尾根)の資料を集めていた折,
   ムロクボ尾根末端に築かれていた「奥多摩湖ロープウェイ」を知り.尋ねる切っ掛けを求めていたのも確かだった。

     呆け始めた割に憶えていたのは凄い。当時は奥多摩湖々畔からバスの乗車は私独り.小菅川の河原は凍り付いていた覚えがある。
   寒かった。玉川に降り.運転手から何処に行くか質問され.足元の尾根末端を指し.ここを登ると答えた覚えがある。

   ホームにあった年期の入った駅名板

     奥多摩湖ロープウェイは昭和32年11月に小河内ダムは完成. 5年後の37年に奥多摩湖の観光開発の一環として
   小河内観光開発株式会社によって開業。奥多摩湖北岸の川野駅(現在の中奥多摩湖バス停付近)と南岸の三頭山口駅。
   (旧奥多摩有料道路料金所付)を湖上で跨ぎ約600mを結んでいた。

     しかし営業実績は振るわなかったようで.開業から5年の経たない昭和41年12月に運行は停止し.
   以後50年以上に渡って一度も再開されることなく.又廃止の手続きがされないまま現在に至っている。
   上記のような休止の経緯から駅舎や車両などの施設は手付かずのまま放置されていた。

     これらの遺構は東京近郊の廃墟スポットとして指折りの人気を誇っているようです。私が訪れた時も東京田畑の不動産屋の
   仲間だと云う中国人グループが廃墟を訪れている。・・HP「三頭山口駅/廃線隧道・BLOG版」氏より記載.

    

     同2階にあるプラットホームと「みとう号」.奥多摩湖対岸の川野駅には「くもとり号」が留車されていた。
   2駅で構成された支柱は2基.最大36人乗りを3m/sのスピードで当時は運行されている。

   プラットホームの先端からの深山橋

    
    3階は「機械室 係員以外立入禁?」とあり歯車でロープを支えている

   正門側から2階のプラットホームを見上げる

   ロープウェイの2つある支柱の三頭山駅口側の支柱

     支柱は今は奥多摩周遊道路のP内に建つ。もう1つの支柱は「かわの」駅前にある。
   場所は対岸の川野集落に位置し.川野トンネルの西詰.右側がPで向いの高みに「かわの駅」がある。

   「みとうさんくち」駅の取付き地点.15:47

     旧ロープウェイの駅から直進し奥多摩周遊道路の駐車場544mに降りる。P内には東屋があり.旧ロープウェイの支柱が残されていた。
   この右先はヌカザス沢の小沢を渡るとヌカザス登山口にでる。その又先が湖畔から左岸の峰谷へ渡る麦山浮橋の入口。
   奥多摩周遊道路に降りた斜西側中央が旧奥多摩有料道路料金所跡で.現在は夜間通行止めの際のゲートとしてブースが残されている。

   西詰左脇にムロクボ尾根の登山口があり通過.5:51

     周遊道路を左に折れると左脇にムロクボ尾根登山口にでる。旧ロープウェイの駅に回り込まず.直接尾根の登山道を下った時の取り付き地点。
   足元の真向かいが三頭橋.

   三頭橋より橋中央の左手.南面を望む.小菅川側
   右手が旧青梅街道

   登り尾根と赤指尾根
   三頭橋東詰から深山橋と北面を望む.15:52

    背稜は小焼山からオマキ平への尾根.右上は大寺山
   深山橋バス停より.三頭橋(左)と深山橋

     深山橋を渡った右脇が陣屋bsで大寺山北東尾根の登山口。正面左の三頭橋の右詰が小菅川出合. 出合に対岸上(右上)は三頭山に突き上げる市界尾根.
   谷間奥がヌカザス尾根と合わさるヌカザス山.更なる奥は都県界尾根に聳える入小沢ノ峰だろう。頂点は三頭山西峰.

     ロープウェイの運行停止と奥多摩周遊道路との因果完成はなく.三頭橋はロープウェイが休止してから3年後の昭和44年に完成。
   奥多摩有料道路は(開通の全線開通は48年)し.平成2年に無料開放されている。又深山橋はロープウェイの開業前の昭和32年に開通した。

     国道139号線・青梅街道は丹波川沿いに直進し柳沢峠を越えている。深山橋から街道と分かれ.
   左へ三頭橋を渡らず右に直進すれば旧小菅街道に入る。・・小菅川沿いに遡る旧道.

    ムロクボ尾根末端の813m峰
   ビールの呑みながら振り返る.16:20

     深山橋を渡り振り変えると丸山に頭に夕日が照り付けていた。ムロクボ尾根に乗る糠指山・入小沢ノ頭・神楽沢ノ頭
   対岸の湖畔.白い点辺りが駐車場.

     深山橋手前の蕎麦屋「陣屋」右横の駐車場側から入り.ビールを購入し洗顔をお願いしている。
   三頭山ナメリ沢を下降した時は隣りの「矢久亭」だったと思う。土曜日だがシーズンオフ? 前回と同様にどの店も閉められていた。
   運よく「陣屋」の店内に人を見付け助かっている。残り弁当を摘みにバス停の角広場で喉を潤した。

     HP「日本山岳会,東京多摩支部」氏によると趣きのある建物で奥多摩湖ができたとき.湖底に沈む場所にあったものを
   移築したのだそうだ。当時は湖底に沈んだ集落は数多く.ただ1つ峰谷の集落が高台にあったので助かっている。

     その中には八ケ岳山麓に移住した人もいたと云う。又「陣屋」の裏側に入ると直ぐ大寺山へ至る登山道口があった。
   奥へ続く南岸の湖畔道は諸畑橋へ至る。游歩道で.登山明細図「奥多摩西編」では崩落して危険.「通行止」とある。

   深山橋北橋詰からの右頭上には大寺山の尾根越し.漸く白雲が棚引く

   深山橋バス停と青梅街道の川野方面.46:22

     街道の左側に覗まれる旅館「こまどり荘」は.過って三頭山西峰のナメリ沢を下降した折.駐車場で雨宿りさせて頂いた。
   休業中の食堂「矢久亭西」で缶ビールを購入.呑みながらの雨宿り。バス待ちが長く.小雨に変わって峰谷橋まで街道を歩んでもいた。

    深山橋bs16:37=17:10jr奥多摩:18=17:54青梅:55=18:25立川:26=三鷹.中央特快18:45=18:59新宿=大江戸線.

     山を下り山麓のバス停に降り着くと天空には青空が広がり.街道も明るさを取り戻している。朝方.前原から入山した時の明るさを取り戻していた。
   私が乗った路線バスには中国人グループと小河内神社バス停からは彼女達と再会した。そして奥多摩駅前に入り日没を迎えている。

     青梅行電車の出発直前に反対側のホームにリゾート「やまどり」が入線する。多くの鉄マンがカメラを向け連射していた。
   聞く処の「青梅線・五日市線」観光キャンペーン用の青梅行の臨時列車。スタイルは見るからにスマートな新車で乗り心地もよさそうだ。
   何時もよいホームは人が多く目立つ。全席売れきれで当日は買えないとのこと。逆に青梅行電車が出てしまうと促されている。

   麦茶・紅茶-1各500cc.コーヒー100cc.妻の弁当.バナナ半.オレンジ.豆大福
   今回の概念図

   10/06日.大雪山初冠雪
   10/17日.全国的に今年一番の冷え込み.各地で初雪・初冠雪
   10/20日.九州阿蘇山が噴火

    県道.前原から神楽入尾根
    三頭山北側の水平歩道からヌカザス尾根
    ムロクボ尾根.丸山尾根から旧「みとうくち駅」・・三頭橋=深山橋bs.甲州街道