背稜の小菅川左岸尾根は里道を歩むような長閑な牧歌的な尾根!
    大寺山から緩やかな高原状の起伏を小春日和の暖かい日差しを浴びながら歩む。タナグチ山・鹿倉山・シロヨシから大丹波峠へ

   留浦浮橋→深山橋から大寺山
   鹿倉山の尾根から大丹波峠・・交差し続ける林道と作業道
   北面のマリコ沢の支流から丹波役場前

   大寺山からは何処までも緩やかな起伏が続く.10:12

   雑木に覆われた紅葉.10:16

    大成峠
   大成分岐.10:17

     地形図には北面のシンゾウ沢沿いに破線路が綴られている。シンゾウ沢出合の取付きには登山詳細図(西編)には「両側通行止」とあるが解消されていた。
   ただルート的には資料が見つからず不明。又200mほど先は大成分岐の大成峠(おおなり)とあり.この先の頂からの経路と合わさる旧仏舎利塔遊歩道がある。
   大成川は地形的には南面に流れ.電子国土Webで探すも破線路は見付けられなかった。

   林班界標柱「奥多摩区分「-/21」.10:21

   林班界標柱「奥多摩区分「21/―」が立つ.10:23
    狭い範囲に立てられた林班界標区の境

    再び大成峠
   場所は異なるがこの1030m圏コブにも大成峠・・鴨沢分岐.10:25
    道標に「←仏舎利塔.鹿倉山→丹波村鴨沢↓・鹿倉山ハイキングコース」とある。

     大成分岐から200mほどで道標のある鴨沢分岐.大成峠にでる。北面のシンゾウ沢と滝ノ沢を隔てているのがシンゾウ沢左岸尾根.
   北北東方に延び湖畔の遊歩道にで没している。仏舎利遊歩道が綴られ昔の登山道らしい。

     登山道と云うより踏み跡の尾根道。大成峠から下ると1030m圏コブから急坂で.940m付近で肩からの山道と合わさり.下部は2つの支尾根を分けている。
   左尾根を下るが急坂で.右尾根から回り込んでいる。湖畔にでて滝ノ沢橋を渡り.左に折れ諸畑橋から青梅街道.諸畑橋バス停にでられる。

    1071m点コブ
   何もない1071m点小コブを越える.10:42
    1030m圏コブは南側を巻いている。1071m点コブは地形の盛り上がりにすぎず.長い平坦地が続く。

    1100m圏の小コブ
   2つの都水道局の赤い標石.10:53

     大寺山の境界線を越してからも.山梨県側に「東京都水道局地境界」の赤い標石が一番目立つよう幾つも埋設されて立ていた。
   経緯は1889年7月(m22)に町村制が施行され.一部の山野を国から買い取って再び入会権を獲得している。

     ただ多摩川上流の山林が乱伐され荒廃すると東京府は水源涵養林確保の為. 1901年に丹波山御料林の払い下げが宮内省に申請され.
   一定の補償を条件に入会権を放棄している。御料林は東京府に移管され,営林事業を開始している。

     そして1910年.営林事業は東京府から東京市に移管され.その後も山林は水道水源林経営の為,東京市は買収された。
   現在,都県境越えの山林は東京都水道局の水源涵養林(東京都水源林)として管理されている。都の水道の利権を管理を任されてた標石類。
   この小コブから右斜面を緩やかに下っている。落葉樹は殆どが落ちたが.まだ先の展望までは透けていなかった。

    三頭山東峰の西尾根
   1140m圏からの小菅川を隔てての展望.11:10

     大寺山を眺める一番の展望は.今まで眺めた中では小菅川越えの三頭山境ノ尾根の伐採地からだった。
   振り返ると鹿倉山・大マトイ山・大寺山が小菅川の川底から聳えるよう競り上がり.高山として望まれている。
   又タナグチ山の南山腹を横切る林道大寺山線もよく眺められていた。ナメリ沢に下降した時はやはり全く何も見られなかった。

    タナグチ山(大マトイ山・大ヤマト山・タナグチ沢ノ頭)
   平坦な台地.11:13

     1178m点コブのタナグチ山には立木に小さな山名板がネジで留められていた。
   道標「←鹿倉山約30分」と腕木は支えを残し.「仏舎利塔→」が落ちている。木柱には「鹿倉山ハイキングコース」とある。

     私の中学・高校時代の第2次登山ブームだった頃の名残だろう。場所によっては以外と残されている。ただ何処もが裏道のような寂れたコースにある。
   尾根筋はここで大きく右に回り込んで.右手に伐採地を囲む猪柵を見ている。

   1250m圏コブ手前の北側の広い伐採地と猪柵.11:29
    左手は植林に変わる。そう云えはこの周辺は猪の掘り起こしを多く見ていた。

    オオヤマト2500m圏峰
   左景・・1250m圏コブの伐採地上部より

    奥多摩湖の遠望・・六ッ石山と御前山
     小さくなった奥多摩湖を囲むように奥に六ッ石山の山並が延び.御前山からは村町界尾根が三頭山へと延びている。
   六ッ石山の手前に並行するのが水根山から榧ノ木山・倉戸山へと連なる尾根。右手は御前山から三頭山に至る町村界尾根が延びる。
   幾つもの北支尾根を湖畔に落としていた。又御前山の右下に白く見える小さな点は先程通過した仏舎利塔の頭。

    三頭山
   右景・・大山戸川の源流
    左に斜下する境ノ尾根を詰め.振り返り眺めた大寺山の写真が下.

     三頭山の手前に延びる境ノ尾根からは反対に大寺山・鹿倉山が大きな山容で眺められていた。
   もう10年を越す昔だが三頭山の裏側へ越え牛飼尾根を下っていた。雪面に幾つもの獣の踏み跡を見付けている。その中に熊跡を見付け怯えてもいた。
   その左隣りのムロクボ尾根は先月.神楽入尾根から三頭山を越えた下った尾根.末端でロープウェイの廃墟に寄っていた。

    振り返る鹿倉山タナグチ山・・大寺山南尾根
   境ノ尾根の伐採跡地上部から高くなった背山で・・2011.02.02/9:27.
   左下が余沢の集落.

   タナグチ山南山腹
   林道棚沢大成線と右下が余沢の集落・・同

    伐採跡地
     798m点を越えると前方が開け.越す2つの小コブの間から右下へ再び小径を分けている。
   尾根幅が広がり.石柱「122」のある小広い所880m圏で左後方から都県境界尾根が合わさると右手は伐採跡地.広い空間と展望が開かれた。
   孤を描きながら玉川源流を巻き込んだ対岸のアシ沢尾根は広い沢沿いを隔ててアオキ平まで見渡せられた。


     尾根・1109m点を擁する尾根で.大山戸川出合の湖畔に没し.脇に坂本橋がある。
   更に駐車場から諸畑橋を渡れば右脇の諸畑橋バス停5にでる。この街道の上流側が鴨沢西バス停だった。

    林道造成工事
   鹿倉山の直ぐ手前,左手に切り開かれた台地.11:46

      鹿倉山に東肩1240m付近の尾根.南側に広がるのが工事用の空地. 林道はここから鹿倉山の北側を大きく回り込み大丹波峠と繋がれている。
   施工場所は空地から更に東方が造成されるのだろう。重機の唸る音を聞くも.地図を見るまでは何処だか分らなかった。

   現場に掲げられていた造成地の地図
    赤丸の緊急避難場所が私が立つここらしい。大きく掲示されている割には単純過ぎる地図。

   鹿倉山の北側を回り込む林道

     2台目の中型シヨベルカーが鹿倉山の北側を回り込む林道を唸り近づいて来た。
   足元には小さな起伏の尾根が起き.林道と分かれて登れば直ぐ先が鹿倉山の頂だった。

    小広い鹿倉山
    
    標高1300m→山頂1288mに訂正.今回は気圧と高度が安定し作動している。12:00〜12:50

     道標に,立木には山名板が各々2組ずつ小さな頂の片方に並び.少し離れた真向い側には三等三角点標石1288.2mがポッンと埋められている。
   基準点は「獅子倉」. 以前は鹿倉山を「獅子倉山」と呼ばれていたことから「獅子倉」と表示されるのか?
   「しし」とは地崩れが起こりやすい土地.「倉」は岩でなはなく.奈良倉山と同様に「大きいこと」を意味している。松浦本.

     ここで昼食を摂っている。今回はコンロを持参した。柔らかい日差しの木漏れ日を受け.頂にドンと座り.コンロを点ける。
   炎はゴーゴーと響き渡り.よい音色を放ち静かさを破っている。静かだ.もう小鳥達の囀りもなく.語る相手も必要としない静けさが保たれていた。

     耳を澄ますとシーンと静けさだけが支配していた。暖く体が丸まることもなく足をも伸ばしている。
   風がはないにもかかわらず.動くものは枝に残された枯葉. ゆるりと舞い降りている。

     即席のアルミ鍋の天ぷらうどん。これに鶏肉.野菜.生卵を加え.沸騰すれば出来上がる。溢れるこぼれるまで待ち.フーフー云いながら食べる。
   雑な炊事だが素材が多く.熱さも増し.食欲は旺盛だった。久し振りのコンロ.手間が掛ったのかゴロゴロしていただけで時間だけが早くも過ぎて行く。

   向い奥が鹿倉山南尾根

    鹿倉山南尾根
     宮川右俣と棚沢とを隔てる鹿倉山南尾根は1160m圏と1130mは左尾根.1110mで適当に南西へ.920mは左から棚沢・今川林道を横切りる。55分.
   後の国道はもみじ橋Pの東端の落石防護網の切れ目25分. か長い垂直の階段のみ。田元橋バス停にでられる。
   ・・ブログ「奥多摩.山歩き」氏によると.下りに枝分かれが多く.林道を含めてだが国道の防護網を抜けられるかがポイントになる。

    石尾根
   1250m圏北尾根の林道分岐.13:01

     北尾根の細長い1250m圏コブの台地でて林道に合わさると午後の日差しがサンサンと照り付けている。正面の明るい尾根を少し覗き込む。
   切り開かれた台地からは遥か彼方の石尾根まで.冬の柔らかい日差しが照り付け.その日差しを自分も浴びる贅沢さ。
   時間を気にしながら左の林道に入る。

   周りは枯れ落ちる灌木林.13:03

   L字のコブ・・ヒロヨシ1257m点を越える.13:09

   斜陽し始めた台地.13:10

   1150m圏の広い杉林の平坦地.13:23
    左端に峠への分岐ある。林道はこの広い平坦地の右端にあり.過ぎて再び戻っている。

     村村界線と林道・・植林に被われた1150m圏の広い平坦地から尾根筋は左に折れ.南側の大らかな斜面から再び尾根らしくなり.
   ウズモ山との鞍部の大丹波峠に降りている。

     それに控え尾根筋を綴ってきた村村界線は更に北西の支尾根へと綴り.高度にして1000m付近で支尾根とを分けている。
   ほぼ直角に南西に急斜面を直下しイチ沢を下り返し.ウズモ山の頂を越え.再び尾根伝いに戻った村村界線は中指山へと延びている。

     私は尾根伝いから峠に下りず.村村界線手前の地図にない林道を下り.峠分岐からの経路が林道口に出る分岐と合わさるまで.
   西山腹を下る積りでいた。それ故尾根筋は左端を通り.林道は右端を抜けている。
   そして支尾根から離れ.林道伝いに山腹を左へ下りだした所で.スマホが鳴りだし踏み留まっている。

     そのまま下っても何もなかったと思う。戻ったことが更に迷いを生む。以外と時間をロス.休みを長く取ったため.
   15時台のバスに乗り遅れるかが心配だった。間に合わなければ丹波山温泉に寄ればよいが釣べ落としは早く.路線バスに乗る前に真っ暗闇になるだろう。

    飛竜山2077mか?
   分岐を過ぎ支尾根から.13:26

    1150m圏の平坦に戻る
     大丹波峠への細道の分岐を過ぎ.寄らずに林道沿いを更に北西の尾根筋へと歩んでいた。
   13時20分.1120mで林道伝いに尾根を折れ下り始めている。峠分岐からの経路から林道に降りる地点に合流するため。
   ただ確りした幅広い林道だが地図には記さていないしっかりした林道。

     推測のコースとしては980mと雑に決めたのが,スマホの位置情報を狂わせ肝を冷やしている。
   林道はあり.林道を下っている筈だが.先が読めなくなった。戻った方が早いと峠への分岐を目指すが.今度は峠の分岐を確認せず.
   林道に入ったため.1150m圏の平坦の分岐が読めずにいた。

   大丹波峠への分岐に戻る.13:57

     1150m圏の平坦地に戻りウロウロするもポイントとなるべきものが見つからず。地図を読み南側の尾根を下るのに気が付き.
   まずは平坦地の南縁の台地にる。尾根を探す間もなく出た左30mほど先に尾根が下りていた。近づくと分岐の道標にぶつかっている。
   後は老齢の体に鞭を打ち早足でダッシュした。

   大丹波峠へと南尾根を下る.13:57
    分岐から南へ植林帯の細い破線路を右に回り込むとメーンの林道に合わさる。

   経路から林道へ.14:03

     恐らく先程下り掛けた林道だろう。ここを重機が通っていた筈である。
   林道に入ると殆どが杉の植林帯.林道のジグザグカーブを丁寧に回り込まず.殆ど直下し横切っている。時には確りした昔の経路? もあった。

    大丹波峠927m
   旧峠名.大田和峠(おおだわ)から大丹波峠に・・14:14

     明治43年測図の大日本帝国陸地測量部1/5万分地図「丹波」においては「大田和峠」と指してる。恐らく聞き違いによる誤記で
   昭和四年の要部修正では「大丹波峠」に修正されている。「旧大田和峠」は今の県道18号線の最高点の峠名で.今川峠の名称の方が一般的。

     傾斜が緩み直進すると大丹波峠921mにでる。大丹波峠にある丸い小さなお山は古墳とのこと。登ると首が落ちた石仏が祀られていた。
   「甲斐国志」には「大田和峠」とある。峠の道標には「←丹波山村・小菅村(川久保)→」・「鹿倉山↑」とあり.木柱には「小菅村」と記されていた。

     十字路から右奥の北側に入るのが丹波村への道. 北面のイチ沢を下ると丹波山温泉「のめこい湯」にでられ.「道の駅」バス停にでる。
   左中央奥の幅広い作業道は直ぐ山道に変わり.1040m圏のNHKの鉄塔からウズモ山1066mを登り返し.その先で県道の今川峠を横切っている。
   更なる先は中指山・追分と旧大菩薩道からノーメダワを経て旧大菩薩峠に至る。

     左下に折れる南面の大丹波峠林道を下れば今川にでて.県道18号・上野原丹波山線と合わさり,宮川沿いを下っている。
   右に林道橋立線.直ぐ左に短い林道コアラシ線を合わせ.更に右に林道棚沢今川線の各終点を合わせて.旧青梅街道の川久保に降りている。
   過っては林道橋立線を横切り.中指山南東尾根を詰め大菩薩嶺にでていた。

     旧青梅街道を左折し小菅村役場を過ぎれば「田元橋」バス停があり.旧青梅街道からjr奥多摩駅に戻れる。又傍には「小菅ノ湯」がある。
   「大菩薩登山口」経由の富士急バスに乗れば鶴峠からjr上野原駅にでられ.更に「小菅ノ湯」からは最近.松姫トンネルの開通に伴い大月にも出られる。
   交通の便は至極便利になっている。又大菩薩登山口(旧小菅・橋立下)バス停の1つ奥の「橋立上」までは村営バスが通っている。

   マリコ沢の支流イチ沢の破線下降地点

     早くなった日没にウズモ山越えは時間的に無理だった。地図に新たに赤線を引くと中指山(小栃山)と大丹波峠間の尾根筋が抜けた形で残された。
   繋がれば大菩薩嶺から鶏冠山.倉掛山.乾徳山.奥千丈岳から金峰山と繋がる筈だった。今回は飽きらめ大人しく丹波村へ降りている。

    留浦浮橋→深山橋から大寺山
    鹿倉山の尾根から大丹波峠・・交差し続ける林道
    北面のマリコ沢の支流から丹波役場前