| 矢沢から熊倉沢に入り.大ツイジを南北に横断し.芦沢山から下伏にでて黒田川へ 熊倉沢右俣二俣から広河原沢源頭へ千ケ尾沢右岸尾根. 815m点東北東尾根から大ツイジにでて.栗坂峠を下り下伏集落へ 南郷から熊倉沢林道と右俣右沢 千ケ尾沢右岸尾根.815m点北東支尾根を詰め栗坂峠から下伏 下伏から棡原藤野線.間道.旧道から新井 広河原沢源頭の千ケ尾沢右岸尾根 815m点北東支尾根の末端.9:22諦め戻るか考えた末.過って歩んだことのある上流側の千ケ尾沢右岸尾根を再び詰め.大ツイジの広河原沢源頭に立つことにした。 前回は右俣右沢の陸軍ノ滝に寄ってから右俣右沢の出合に戻り.千ケ尾沢右岸の北東尾根の815m点を頂点とする北西支尾根から 笹尾根の860m圏小コブにでている。 熊倉沢右俣右沢のほぼ中間地点の右岸から北東支尾根に取り組み. 又右俣の末端からの支尾根は頂直下の850m圏の平坦な台地は北側で矢ケ沢左岸尾根と合わさってもいた。 千ケ尾沢右岸尾根 一息し落ち着くも下部は見えず.9:53まずは河原の500m圏から千ケ尾沢右岸の北東尾根の815m点へと東北東尾根を末端から詰める。 所謂.熊倉沢右俣の二俣から西南西に尾根を詰め.笹尾根の860m圏小コブにでている。 安とした斜面にでて.9:54登り始めの30分が勝負. 劇勾配にやや柔らかい土壌の壁.足場が取れずにずり落ちる。 小枝でも立木の根元を探ることが出来れば申し分ないが疎ら過ぎる間隔に足を踏み込めば崩れる斜面。 狭い範囲だが硬ければ石面で踏み込めなかった。ストックでバランスを取るにも足場は不安定。 このような場合はアイゼンを使用するに限る。緩ければステップを切り.硬ければフラットに置いて出来るだけ大股で移動した。 細かい動作は却って道中の動きを長くするばかり.手間ばかり掛かることになる。何時も持参しているがアイゼンを用いるのは何年ぶりになるのだろうか? 傾斜は緩むも踏み跡はなく馬力がいる.9:54 560m圏・・ふあふあの斜面.9:59倒木帯を見付けては近づき.伐採地を見付けては境を抜けるよう気を付ける。枝木の下枝藪の激しい所にでる。 もし踏み跡を見付けても.覆い被さる枝木で.焦らず直進するに限る。停まったらお仕舞とゆっくりでも進む。 一度傾斜が緩み安全圏にでる.10:05まずは踏み跡を見付けねばと周りを時折探るも.それ以上に山腹は広く統一的に続く斜面が続いている。 更なる急登は814m点までの中半で.薄い踏み跡を見付けてもいる。あった知るだけで先に安心感をもたらしていた。 植林と疎らな途切れ.10:24向いはトヤド浅間か? 朧で不明.10:36814m点 尾根二又が近づく.10:36 二又にでて一時の痩せ尾根.10:39 振り返る熊倉沢を隔てるトヤド浅間.10:43820m圏の平坦地 大らかな細長い平坦な台地.10:44栗坂丸北東尾根? 西隣りの尾根を振り返る.10:50街道から歩き始めた時はあんなに碧かった空は谷間の樹林覆う林道を抜け.谷底に降りても.狭い空間から天空の碧さが仰がれていた。 それが尾根に取り付くと陽射しは閉ざされ全く見られなくなった。そして頂稜直下からの展望は霞み.薄日に変わっている。 又この地点は尾根沿いではなく.過っては左(東)側から熊倉沢右俣左沢. 奥の西沢に通じる作業道が綴られていた。今は廃道だろう。 大ツイジ860m圏小コブ 笹尾根のJPS点.10:58815m点コブへと前回は北支尾根.今回は北東支尾根から枝尾根を詰めてきた。私の好む850m圏の秘密の台地から860m圏の小コブに立つ。 前回と同じくポールが1本立ち.石杭のある道標裏から笹尾根にでている。 登ってきた千ケ尾沢右岸尾根を振り返る.10:50以前はなかった都有林の看板と最後のツメ10mは藪漕ぎしたと勘違いした.緩やかな登り。 山での出会い 笹尾根にでて偶然.朝方路線バスでお会いした単独の彼女と出会う。彼女から「バスでお会いしましたね!」の言葉から少し話し込む。 中学生の時.棒ノ嶺に登り始めてから黙々と登っていると。又小学生では集団登山で伊豆ケ岳に登ったとも。 私が中学の時.自分で企画し.初めて登ったのが伊豆ケ岳だった。チロリアンハットに登山バッチを買い求め.同級生と登っている。 そして翌月には妻坂峠から見た武甲山へ挑んでいる。。今年は春先にもう一度訪れてみたいと考えていた。 彼女からコースが沢山あるから選べ.大丈夫とお墨付けを頂いた。元気のよい彼女.私も見習い頑張られば。 笹尾根大ツイジ 右(西)に折れ大ツイジを西方へ進む.10:55大ツイジに乗る「栗坂ノ丸」と背陵の反対側.南に延びる栗坂ノ尾根 10:57.最初はここ栗坂ノ丸879m点から尾根を直下する積もりでいたものの.前半の計画が中途半端になってしまったため. 「栗坂峠」850m圏まで先を進み..旧峠路から改めて下伏の集落へと旧道を下ることにした。 遥か遠く三頭山と土俵山南尾根 栗坂峠から笹尾根.西側の山並.11:13栗坂峠 登山地図では「休憩所のある浅間峠」と「881m点と879m点の間の栗坂」を区別して表示している。一方.「甲斐國志」.「新編武蔵風土記稿」などに 明記されているように.元々は小祠のある峠は浅間峠でなく.栗坂峠であったようだ。「奥多摩」宮内敏雄著や「甲斐の山山」小林経雄著も これらを引用しながら二者同一説を採っている。どちらも「栗坂峠」と。 栗坂峠 旧峠路848mの分岐.11:16道標には「浅間峠0.5km」.JPS点とあり.その間にも「浅間峠0.3km」884m点の道標があった。 道標の裏から左に回り込み.若干戻り気味に.旧道から栗沢(芦沢)ノ尾根を下る。 大枝が置かれた通行止の印.11:17尾根筋にでるまでの山腹道が崩落し.トラバース道がやや危険とのこと。 崩れ気味の山腹道を振り返る.11:24足蹴りをすれば越えられるが.やや気を配ってよい斜面. 尾根筋の赤帽黒杭は正番で点々と下り付けられていた.11:28栗坂ノ尾根 780m圏・・旧道が栗坂ノ尾根に乗る.11:32左側が旧峠路.右が栗坂丸からの尾根筋. 尾根幅が広がり.ジグザグに作業道を下る.11:34笹尾根土俵山と877m点峰からの南尾根 浅間峠越えの谷間.11:38栗坂ノ尾根の鞍部750m圏 鞍部から振り返る倒れた馬頭観世音.11:40下藪もなく土壌は硬く歩き易い山道。細長い510m圏コブを越した芦沢山との鞍部で.四方に分かれる分岐にでる。 振り返り下っていく道標と思ったら「馬頭観音→」とあり.直ぐ脇に石仏が転がっていた。直すも直ぐ転びそうで元に戻している。 天保二卵年 馬頭観世音」と彫られ.約190年前ももののようだ。高さは50cmほど。 左下に続く踏み跡は旧峠路だろう。今は芦沢沿いに神庭入林道が綴られている。又反対側に下っても.真っ直ぐ尾根道を下っても. 三二山川と浅間峠を結ぶ破線路に降りられる。 芦沢山774m こんもりした頂の植林の中で全く展望はない。先は穏やかな大らかで緩やかな斜面が続く. 立木に鹿害予防のための網が巻かれている.12:00穏やかな尾根筋の角で. 750m圏尾根の二又を右支(南西)尾根に取り.下り坂を過ぎると.更なる平坦台地を進む。 標高710m点 南西に延びる痩せた全く平坦になった尾根.12:11尾根の二又 栗坂ノ尾根710m点の肩で南西と南東に2つの支尾根を分けている。南西尾根は浅間峠を源とする三二山川沿いで. 鶴川の左岸に合わす.出合では県道.上野原丹波山線の新山王橋バス停にでる。jr上野原駅までは30分ほど。 南西尾根は短い支尾根だが.この尾根の上部から右寄りに山腹を回り込み.右隣の尾根を絡んで.破線路から小伏の集落に降りている。 又小伏の上部から三二山川沿いに下る里道が横切るも.私は山道を直下するコースを選び.棡原藤野線の下伏八幡神社にでた。 後は里道を少しか? 歩みむ。繋ぎは上野原あきる野線の対岸の旧道から荒井バス停にでることにした。 作業道を塞ぐ倒木類.12:22 最初に出た林道は.710m点肩にでる.12:24左に回り込むこの林道は神庭入線. U字の上流側に回り込む北東に向う林道に入ってしまうのでパスして通過。 一度少し戻るもマーイングも途切れ.再び林道を横断して下部に下りている。 林道を右よりに横切る直進する樹間の隙間から下流に下りる林道が見下ろされた。又林道に降りたら林道伝いに左に回り込みむと広く展望が開かれた。 再び林道にでると里は近い.12:39下伏を見下ろす大展望 左景・・林道東端角からの展望.12:41北東側に741m点コブを擁する尾根を見上げ.右遠方は熊倉山南西尾根 尾根道と云っても今まで閉ざされていたので素晴らしい憩いの場が開かれた。里を見下ろし降りるも.薄日はまだ残されていた。 下伏の集落が見下ろせ.薄日が又よい山村の風景を創り出している。だた遠方は更に霞み強くなる。 三郎岳・八重山・能岳 中景・・八重散策コースの下は上野原CC.南西尾根の乗る能岳.八重山の山並。帰路は裏側の鶴川沿いをを歩み.上野原丘陵端.新井にでている。 途切れる右上が聖武連山(しょうむれいやま) 右下景・・足元はレイク相模CC真下に見下ろされる下伏の集落へは林道沿いに左に戻り気味に巻いてから原野のような薄原を急U字で折り返している。 そして後は一直線の林道を下れば最奥の一軒屋に導きられた。 南郷から熊倉沢林道と右俣右沢 千ケ尾沢右岸尾根.815m点北東支尾根を詰め栗坂峠から下伏 下伏から棡原藤野線・間道.旧道から新井 |