| 和田峠にでて北面の案下川を取り囲む中谷山尾根に回り歩む 醍醐林道からメシモリ岩山. 本宮山から中谷山尾根を横切る形で.650m圏小コブの北西支尾根を横断し.主尾根と分かれ三ッ沢林道の起点へ 南郷林道から南郷山北東尾根と陣馬山 背稜から陣馬山を越え.和田峠から中谷尾根.本宮山 本宮山北西支尾根から醍醐林道を下り.醍醐道から夕焼け小焼け 本宮山南西尾根の600m圏の山道道を分け.東枝尾根を下ると裾野にに熊野神社が祭られている。正面の谷間.出合付近. 陣馬街道の上案下で少し右上の高みを見上げながら今朝は通過している。この先が上浄水所で.本宮山への参道口を分けている。 和田峠(案下峠) 醍醐林道の終点起点.687.0m.11:45和田峠の4差路 頂から和田峠へ階段で降りるとまず陣馬街道が横切る。右(東側)は上浅川方面に下り.上案下では路線バス終点..陣馬高原下バス停にでる。 先は関場.八王子方面。都道521号線は和田峠で県道521号線と繋がれ..左(西)の陣馬街道から和田.鎌沢を経て上野原へ。 甲州裏街道でもある。又沢井川の対岸には旧道も繋がっている。 醍醐林道は関場から醍醐道を綴り.林道の起点を過ぎるとニニク沢林道.三ノ沢林道を分け.中谷山尾根のツメの鞍部を越え和田峠にでている。 陣馬山までは子供達.家族で何度か訪れているが和田峠から先.の醍醐林道の上部に入るのは.2008年2月の笹尾根の縦走以来初めて。 稲荷山尾根から入山し.和田峠から関場へ抜ける林道を気持ち齧り笹尾根を綴っていた。 閑散とし残雪と薄日差す小広い和田峠に下りると.峠より封鎖されている和田林道を横切り.北側にはやや狭い車巾の林道醍醐線が繋がれていた。 林道の新設工事が行われていた。醍醐丸直下までの延伸工事のようだ。終点先は山道となり.吊尾根との登山道.道標裏に合流する。 この積雪の中.融雪を待てば何時始まるか分からず.除雪しながらの工事。 その左脇を抜けて笹尾根を辿る。峠を越えると尾根径は残雪を深め.古いトレースは歩む人もいず.改めて雪面にトレースを刻むようになった。 鷹岩山を過ぎ醍醐峠(篠窪峠)にでたのが1時.急に足が重くなってきた。午後の疲れが現れだしたようだ。この辺は深い山陰に辺り.積雪深く. 残雪が一番多く残されていた。醍醐峠は道標も登山道も埋まり.雪面も白さを増している。尾根沿いにトレースは見付けられなかった。 笹尾根から初めて見下ろされた醍醐林道は残雪に一面覆われ.大きく右回りに下って行くのが分かる。醍醐道から上浅川へ下る林道。 又峠口から逆.左側の街道は和田浄水所を過ぎて.終点の和田バス停に繋がる西側の陣馬街道。 又階段を降りて右後方に延びる.和田峠トラバースの長い階段を迂回する巻道コースは奥高尾縦走路の陣馬新道分岐に合わさる。 今朝の陣馬山に登って来た手前の分岐. 頂から陣馬街道に突き当たり左に折れれればPと右真向いに醍醐林道の起点がある。 林道に入れば直ぐ左手に笹尾根の縦走路に乗る取付きがあった。懐かしさに.何となく外見の分ってきた和田峠。 笹尾根の登山道と分かれ.その間々醍醐林道ゲートを通過.11:53陣馬街道.案下川を隔て.午前中綴った奥高尾山稜 右上に登る尾根の1つが南郷山北東尾根.12:00笹尾根の登山道口を左に分けると400mほどで右側の案下川沿いの展望が開かれる。 堂所山西尾根.七窪ノ頭中間尾根.富士小屋山北東尾根.そして今朝登ってきた南郷北東尾根が並び。右の枠切れが陣馬山。 中谷山尾根(猪通り尾根)の入口 醍醐林道を分ける鞍部に立つカーブミラー.736mがある.12:00左の尾根筋の作業道に入れば中谷山尾根の頂点とも云える笹尾根の高岩山にでる。 所謂.高岩山東尾根と中谷山尾根とが繋がる鞍部で和田峠からは醍醐林道が横切っている。高度差があり過ぎるが高岩山とメシモリ岩山の鞍部。 目印はバックミラーで道標類はない。標高は740.0m. まずは案下川の左岸沿いにとメシモリ岩山に立つ。 北方の戸倉三山方面 北側の林道からの切り開き.12:01左端は醍醐丸からの吊尾根と旧醍醐峠. メシモリ岩山々頂と本宮山 12:05林道と分かれ中谷山尾根に取付いて.直ぐ現れる小コブがメシモリ岩山750.0m。背は本宮山. 「高留沢ノ頭」とも呼ばれ.私製の山名標を見るのみで.他の私製物は全てが外されていた。昨年夏に比べ更に質素になった感じを受けている。 又少々迷うが昨年は熊倉山北尾根から三国峠を越え.高岩山東尾根からメシモリ岩山南西尾根を降りている。 歩き易い所を綴り.その前とも違ったコースだった。気にせぬ性質のあるが.「ひるくぼ林道」から上案下浄水所脇に降りられる。 本宮山 屈曲点の720m圏に立ち.左肩を望む.12:09立木の道標から本山を望む 三ッ沢左岸尾根・・中間尾根の天辺 少し北側奥の台地で.登ってきた方面を望む.12:102021年の春先には連続して本宮山周辺の支尾根を歩んでいる。まずは本宮跡.南東尾根から510m圏東尾根を下り熊野神社へ。 椚沢林道からは本宮山北西尾根を下り漆ケ谷ノ頭南東尾根を詰めている。更に中谷山尾根を2度横断したのは.本郷山北東尾根から 三ノ沢中間尾根を詰めメシモリ岩山南西尾根を下りている。今回は650m圏肩北西尾根を横切る。 南東面の山腹から東よりの尾根へ.12:12この屈曲点から本宮山までの間が未踏の背稜で劇斜面の下降から始まっている。 南東側を回り込む.12:15 痩せ尾根に乗り.670m圏小コブ.12:21 背丈の短いススタケの原.久し振りササ原にホッとする.12:30本宮山732m 小さい山名標「高茶山」ですが.今は本宮山と呼ばれている.12:36山名・・別名「高茶山」.732.0m 慶長14年(1609年)の山火事によって.山頂にあったという熊野三社大権現が消失したため.それを山麓の案下に移設した。 高茶山にあったことを記憶に留めておけるよう.里人が一般名刺として「本宮」を使ったに過ぎないとか。 山頂から南東に60m小平地に熊野神社の本殿跡と氏子建碑者名が刻んだ石碑.熊野神社の由来記が立てられていた。 左景・・本宮山の西側肩より南面を望む峰見通り 右景・・右脇が本宮山北西尾根 本宮山北西尾根.12:49本宮山の支尾根を逸脱し.更に北西尾根に回り込み.ルートを失っている。更に探索するも先が読めず.再び本宮山の頂に戻っていた。 ワーデングしてしまった感じで.前回訪れた時の感覚も失わてていた。JPSから地図と磁石を掴み.改めて探索する。 一斜面のルートのみを探り.尾根伝いの斜面を見失っていたらしい。1本右寄りの尾根筋に新たなルートを見出した。 もう何度も放射するよう登っている頂に.随分時間を費やしていた。それでいて不安を抱かないのが年寄には怖い。 北東尾根 前回の登りルート.13:16北進し.直ぐ先で東側に回り込めば熊野神社.本宮跡にでる。直進は本宮山の東尾根分岐を過ぎ.椚沢源流の伐採地跡にでる。 中谷山尾根の末端 左下.左岸側の700m圏.伐採地跡からの展望.13:21要倉山越えの中谷山の平坦な山稜で.中谷山尾根末端の下流側からは椚沢左岸沿いにU字に上流側へ回り込んだ展望。 間の対岸を対岸には弾左衛門ノ峰南尾根に数基の鉄塔が建ち.送電線が尾根を越え横切っている。 新秦野変電所から新多摩変電所まで繋がる超高圧ネットワーク500KVの新多摩線。 醍醐.戸倉の山域を越え鉄塔91基で綴っている。中谷山尾根には78号.79号鉄塔が建つ。 本郷山北西尾根 左中.本宮山から伐採地に入り.望んだ本郷山尾根筋中央から少し北寄りにずれた本郷山。右奥の窪みが要倉峠. 本郷山 左上.650m圏肩より本郷山手前の650m圏. 小コブの北西支尾根から背稜を外れ.醍醐川本流へ下る。 椚沢の源流から北高尾山稜と本宮山肩の東尾根 右.右岸側上部・・650m圏肩の真向いの伐採地.13:29最初はこの尾根を下ることも考えていた。尾根の末端は案下川の椚沢出合で.案下道とも繋がる椚沢林道の起点にある。 ただ案下川を取り囲む尾根だけでは時間的に短すぎる。それ故.中谷山尾根を横切り.醍醐林道から陣馬街道にでることにし.夕焼け小焼けにでる。 600m圏肩より下ってきた本宮山を顧みる.13:31 背稜の林相の境.13:32南側は伐採地跡で小コブと云うより肩。肩から北面を望む植林帯. 南西方にはほぼ一直線に骨太の大らかな尾根が広がり.頂から裾までびっしり杉の植林に被われていた。 600m圏北西支尾根 左寄りに尾根は一直線に下る.13:31下藪の辛味もない.下れば早足になる柔らかな土壌が気を楽にもしていた。 南郷林道から南郷山北東尾根と陣馬山 背稜から陣馬山を越え.和田峠から中谷尾根.本宮山 本宮山北西支尾根から醍醐林道を下り.醍醐道から夕焼け小焼け |