上越赤谷川流域の山々                           .
真夏の平標山赤谷川笹穴沢

明るくナメ多き谷

ヒッチハイクで下山して酸欠に

          金山沢出合付近    .
              盛夏の赤谷川小出俣沢左俣.金山川笹穴沢
                  s46年(1971年)08月07〜08日. L松村.sL和田(43卒).m八端(法2)
      笹穴沢
   金山川笹穴沢は学生2年の時.1966年06月に法学部の同期木村と平標山から谷川岳まで国境稜線を縦走している。
     その時以来.気に留めていた沢だった。ガスの掛かった最初の頂.平標山からは幾重にも重なり合うよう草原が見下ろされていた。
     ここが平標に突き上げる笹穴沢の源流だと知る。当時はまだ入渓する裾野のアプローチも全く分からぬ山域だった。

   昨年5月.吾作新道を詰め赤谷川源流より小出俣山周辺歩んでいる。ドウドウノセンに裏越ノセンは残雪の中.大きなクレパスを開けていた。
     歩むと云うより雪山の藪を漕いでいる。ドウドウノセン口から1542m峰東側の尾根に乗り.1621m峰北側鞍部からユーノクボ沢を下っていた。
     ゴルジュに挟まれた雪壁を下ると赤谷川にでた。笹穴沢出合.1つ上流側の左岸出合にでて.ここから林道が川古温泉へ続いていた。

   そして小出俣川左俣.金山沢笹穴沢出合を知る。笹穴沢の素晴らしい滑沢は前から知っていた。謳い文句は遡行の後のツメは壮大な草原にでる。
     アプローチさえ分かれば愉しい遡行を味わえる。一日半の行程.その機会を和田と八端君を誘い成し遂げるてい。


    笹穴沢概念図
   赤谷川流域概念図 上越国境周辺全体地形図
    赤谷川小出俣川左俣.金山沢笹穴沢

     8月09日.  上野=後閑.東武バス=赤谷温泉一
笹穴沢出合bs
        8日晴.bs6:00一8:50金山沢出合9:05一12:20.120mノ滝12:30一16:30平標山一17:00平標小屋一元橋.トH=後閑

    元橋下山
  
   現在の平標山ウォッ地図



s41年06月.三国峠―平標山―谷川岳―天神尾根



赤谷川本谷阿弥陀沢




s45年05月.赤谷本谷よりイクラボ沢下降

赤谷川林道←川古温泉←赤谷温泉入山


      金山沢出合
   川古温泉から4kほど歩くと林道は小径となり左岸の高みを行く。そして毛渡乗越への径を分け赤谷川本流を渡渉した。
     ここまでは昨年5月.赤谷川本谷を下った時の林道。
     本流の水深は膝ほどでエビス大黒への径を右に見送り野宿した。

    
    笹穴沢出合                           金山沢出合

      集合
   上野駅.午後集合だが和田が早めに我が家にくる。仕度をしている処,デカイ図体でゴロゴロし飯をと煩う。
     テレビ映画を鑑賞して出発したが.それなら早く山へ出掛ければよかった。
     彼の意見を聞き.土曜は半ドンだと出発を遅くらしていた。

   八端君とは私がOB後の後輩である。昨年正月に爺ケ岳南尾根に登った仲間でもある。
     素朴でぶっきらそうだが一つ返事で返す東北の好青年だった。

      野宿
   野宿は楽しい。況して夏の沢は天候に左右されず.何処でも寝転び.又燃料も自由に手に入る。
     明日の凱歌に期待を寄せ.我々だけで焚き火を囲む炎は雑談にも心を弾ませていた。
     酒が交わればなお更私の好む段取りができ.ついに酒宴らしき構図に変わっていく。

   私の野宿には一つの決まりがある。献立以外に季節のものを一品用意し.後はその場の野草を採ることにある。
     あまり知識のない私に.今回はフキもなかった。それでも野宿の焚火は楽しい。

      金山沢
   朝の清々しい陽差しを浴びる。風もなく暑い一日になりそうだ。
     沢登りを始めると直ぐ瀞となり.続いて3つばかり大きな釜を持つ小滝が続く。ここは左側のバンドを利用して通過した。
     金山沢出合まで赤谷川から2時間弱.単調な遡行で金山沢出合もゴーロで単調だった。ここからは金山沢上部の岩峰が望まれた。

   初めての左岸.窪地を攀じる
 ,     ,
   二俣を左へ笹穴沢に入ると直ぐゴルジュに。初めは左を中程から右を巻くようなる。
     小滝を幾つか過ぎ漸く笹穴沢のもつ.ナメ滝と明るい雰囲気の沢相になってきた。

   左からこの沢一番の支流が入り込む。
     その左手には150〜200m位の大岩峰があり.ルンゼが2本.黒々と正面を割って壮観な姿を現している。

   その基部にナメ滝7mがあり.本流は右に折れ岩峰を左上に仰ぎつつ快適な遡行になった。
     岩床は10mの滝が3本続くがどれも問題はない。

  

  

  

      核心
   暫くゴーロが続いた後.30mの滝が現れる。右手の草付きリッジを取るが否らしい場所だった。巻いても厄介な場所になる。
     続く左15m幅広い滝は一見右側が登れそうだが上部が悪い。更に右の窪状を攀じる。
     続いて小滝.ナメ滝.10m滝.トロ状の滝と連続し目と気を楽します。次の8mの滝は小さいながら右を高巻いた。


   うっそうと樹葉に被われた出合と異なり.核心部には空の蒼さが広がっている。
     典型的にV字の沢はゴルジュ帯がない為かも知れない。
     陽射しの明るさは流心だけではなく.水流の隅々まで差し込んでいた。遡るにはこの上もなく快適で楽だった。


   核心120mナメ滝前に2つの滝が現れた。40mの滝は右手リッジ状,続いて60mの滝は右壁クラックを快適に登れた。
     ただ上部の草付きはやや悪く.右よりに抜けて滝口にトラバースした。高度感がありやや脆い所がある。


    , 120mの大滑
   振り返ると大源太山も眼の高さになっていた。沢も大分上流らしくなり.沢の中をジャブジャブ行くと眼前に大きなナメ滝が現れた。

      大ナメ
   笹穴沢の最大のポイント.難度には乏しいがスケールは大きい。
     ここは右側草付きスラブを登る。ドンドン高度を稼ぎ.上部は水流に一度寄り右に張り出した壁をへずる。
     簡単で一気に登ってしまった。

   明るい大ナメに乾いた沢床.草鞋も要らぬほど苔もない。それに広い沢幅は見る見る高度を上げ.水が音もなく滑り落ち足元に当たる。
     笹穴沢一番の大きな滝であり.笹穴沢の明るい沢を象徴していた。


   

     
     大ナメを越え頂の肩で一本

    大ナメ上部より

      滑滝
   大ナメを越えるともう満足感が満ちだしていた。
     左岸の石棚に腰を降ろし一本取る。今まで遡って来た河原のナメ底を広く覗かしている。
     水が岩床に吸い付き舐めるよう流れてゆく。落ちると云うより.這うよう帯のよう流れ落ちた。

   苔もなくビブラムの吸い付く快い沢だった。
     登山靴に流れる沢水は跳ね練って下ってゆく。上流はナメに満ちた明かるい沢が続く。


       , 上部はナメの連続
   下流を見下ろして高度感に自分ながら驚く。
     この先.20m滝はやや手前から右側草付き岩場を巻き気味に登る。

   ここを過ぎると沢は開け明朗な気分に変わる。後は岩床の小滝のナメが続き.源流に導かれていた。
     そして続く小滝を越え最後に15m程の滝に出会う。左の岩稜を越せば.沢は広い源流地帯に入り.広々とした草原にでた。

      笹穴沢
   笹穴沢は全体的に谷自体が広く明るいナメを構成していた。特に中流より上部はナメの連続になる。
     技術的には少し乏しい遡行になるが夏空の下.飛びな寝る水流を分け登り愉しさはこの上もなく愉しかった。
     ただ入渓には少し不便なアプローチ。早めに入渓し野宿を楽しむ渓谷だった。


        30m滝上部
      源流
   ツメの涸れ沢から草原の緩やかな大地にになり.ここに限らず赤谷川側の頂稜は草原で被われている。
     昔.平標山から谷川岳へ頂稜を縦走した時は梅雨前線が真上に居座り.ガスに被われ.視界もなく暗いイメージに潰されていた。

   天候にも因るが今は沢を詰め.草原にでた喜びは明るく伸び伸びした気持を抱かさせていた。
     草原の上に更に広い頂があった。金山沢出合より7時間半費やしている。


           ツメの草原帯
              s41年06月.平標山〜谷川岳

   元橋への林道,2時間
    平標山の広い懐の草原を下り.松手山を経て元橋にでる。

      酸欠
   元橋で運よくジュラルミン運送車に拾われる。和田は助手席に移り.私と八端君がジュラルミンの箱に入る。
     薄く暗いが車内は如何にか目を凝らせば分かる薄い灯が漏れるよう点いていた。

   三国峠のつづらを道を下るに連れ.空のトラックはよく尻を振り.支える所もなく不安定な体を躍らさせられていた。
     居心地は悪いがバス代ただを考えると我慢する価値はある。

   急に車が停まる。運転手が「大丈夫か!」と扉を開けると曇天にも係らず眩い日差しが射し込んだ。
     闇から開放され.一時分からなかった。頷く僕等にその後とんでもないことが起きる。

   「もう直ぐだ!」と再び走りだしたはよいが,運転手が心配した密閉されたジュラルミン車を私は気づかずにいた。
     「直ぐだ!」と云う言葉に.2人で汗で濡れた衣類を着替えたのが悪かった。

   急に体を動かし酸素を大量に消費したようだ。息苦しさが自然と口をパクパクさせ治まらず。
     寝転びゼイゼイしだした。後.何処くらい我慢せけばならないのだどうか? 揺れる震動に負かせ耐えている。

   全てが朦朧としてきた時,車は停まった。扉が開くと同時.外へ転げ落ちる。
     唖然と見る和田と運転手。後閑駅前の広場で地面にへばり付く2人がいた。ジュラルミン箱の酸欠の恐ろしさを身をもって体験する。


    仲間
   同期和田

   八端君

   この翌年.理由は判らぬが八端君は退部する。私がOBになってからの後輩である。
     私がOB指導員を引き受け.多くの仲間に恵まれていた。よく一緒に山行を共にした。正月の北アルプスも共に登っている。

   翌年03月に西吾妻にツァーにで出掛けた折.列車で偶然でくわした。声を掛けられ退部したと一言語っていた。
     独り蔵王に出掛け郷土の秋田へ帰るとこと。法学部後輩のよき青年だった。
     執行部になり辞めている。理由は分からぬがクラブとしても大きな損失だったと思う。残念この上もない。

     山の経歴.経過Top