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霧雨
平標山〜谷川岳

草原のような山稜と両側に隔たる深い谷
侘しい避難小屋

         , 平標.頂の草原  .
              上越国境稜線.平標山から谷川岳天神尾根・・s41年(1966年)06月19〜21日 L松村.m木村.

     法学部の同期.木村から谷川岳に登りたいと希望を聞き.三国峠から平標山を越え.毛渡乗越に宿る国境稜線を訪れる。
       そして出来れば谷川温泉で露天風呂に浸かる願望も。

          三国峠―平標山―毛渡乗越―万太郎山―谷川岳―天神尾根

        6月19日.上野23:58学¥460=
         20日.3:57後閑7:30.東武バス¥140+半額70=8:22三国峠:39一9:05三国峠.鳥居:08一9:28小:30
             一10:05小:07一10:41浅貝への分岐一10:45(水場50m下):53一11:29平標小屋.
      乗合バス
   上野発ガラガラの最終夜行列車に乗り後閑で下車.待合室で仮眠を取り三国峠に至る始発のバスを待つ。
     朝方からの雨は本降りとなり止みそうになかった。

   学生の通学に合わせた始発の路線バス. 出る前に押し合い.鮨詰め状態になる。
     何時もの風景だろう。気にもせず.発車するまでに押し込まれ.バス停に停まる毎に押し合いが続いている。

   僕等は座席を確保し超満員で如何なることかと見守る立場だったが.学校まではバス停で幾番目と近く.
     学生が降りると直ぐ疎らになった。後はバスの乗客は1人,2人と減って行く。

   街を離れ田園に入ると乗客は僕等2人の他.1人しか居なくなっていた。これも何時ものことだろう。
     乗合バスは小雨降る三国峠へと登って行く。

      三国峠
   降雨は弱まり三国トンネル南詰口バス停から三国峠に立つ枝尾根上へと辿る。
     大源太山は知らずして巻いてしまったが行く径々.250m置きに道標があり.500m置きに肩ノ小屋からの距離が示されていた。

   6月ともなると春先より却って曇天が続き.4月.5月のような天候の大きな荒れ具合は少ないようだ。
     梅雨を思わす薄暗いジメジメした感じを抱かさせている。天候がよければ視界が開け.素晴らしい草原が望められる筈だ。

   水場からそう掛からずして平標小屋にでる。
     平標小屋は収容50名.2食¥650.素泊¥400.(5月中旬〜10月中旬)

     幅広い頂稜
   , 仙ノ倉山
          平標山〜谷川岳概念図                                
,  
    11:29平標小屋12:3一平標山13:14一13:45小:56一14:44仙ノ倉山一14:52エビス大黒避難小屋hc

      霧雨
   一時止んだ雨はガスに変わっている。
     気付けのウィスキーを蓋一杯を呑み.今日の寝床を求め平標小屋を飛び出した。

   平標山からは思ったより長くシャクナゲ.リンドウ.それに名の知らぬ小さな白い花のお花畑が広がりだす。
     乳白色のガスに包また朧な風景は凄く幻想的な視角で望まれる。

   濃霧の流れが大きく小さく動き.その霧粒の塊は又.得たいの知れぬ生き物のよう大きく形を変えていた。
     濃さを増したガスが流れるにつれ.複雑に動く黒いガスは霧影を獣のよう創り.生き物のよう動かしている。

   南面の上越側は時折,越えてきたガスが途切れだす。すると足元の谷間は草原のような緩やかな起伏を描き.赤谷川源流が広がり望まれた。
     稜線に平行するよう窪んだ大らかな源流の台地は新緑の絨毯が敷き占めるよう描かれる。

     s46年08月.赤谷川左俣笹穴沢遡行

      仙ノ倉へ
   霧粒は次第にその大きな増し強い南風が吹き付け.加えて雨に叩かれ額が痛い。顔を背け飛びそうになる体を支えての行動。
     真向いになり息苦しい。ただ平標山から仙ノ倉山の稜線は駄々広く上下の起伏も少なく.一気に進むことができた。
     仙ノ倉の山頂は広い笹原で2等三角点があり.標高は2026.17m.基準点は「仙倉山」。

      風道
   ただ気象と地形の関連か,国境線上に1ヶ所,恐ろしさを感じさせられる窪んだ風道があった。
     今までの強い南風が急に止んだと思う間もなく.逆側の強い北風に変わり.あっと言う間に元の南風に戻っている。

   平標山からは常に魚野側の強風が国境稜線を襲っていた。それが上州.赤谷川側の強風に変っている。
     僕の知恵では理解に苦しむ極端さ。潮戻りと同じような現象か? 何故だか分からな.い。

   昨年冬,谷川岳から蓬峠へ抜けた折.茂倉山付近で同じような風道に遭っている。ピッケルを支えに休むことなく通り過ぎている。
     全く同じ現象と思われる。一方的に流れる風が.溢れるかのよう狭い空間を縫い.その場所のみ逆方向に烈風の流れが起きていた。
     昨年,先輩が吐いた言葉は「止まるな!」と.彼にも同じ言葉で叫んでいる。

      エビス大黒避難小屋
   仙ノ倉山と大黒ノ頭との鞍部にある避難小屋には以外と早く着く。
     エビス大黒避難小屋は古ぼけたドラム缶型の4mにも満たない小さな小屋だった。
     高さもなく潜り込むと膝上の高さ。立つこともできず.コンロを挟み寝転べば2人で満杯になる。

   床は見るからにゴミだらけで清潔感は0。ここ何ヶ月も掃除をしていないようだ。
     夏は悪臭にみまわれ.緊急時以外は入れたものではない。ただ床が濡れていなかったことだけが幸いしていた。

   それでも風雨に見舞われた外の自然とは別世界を築いていた。
     動きを止めると急に体が冷えてきた。朝からの霧雨と汗が絡んで体は濡れぱなしだった。

   着替え整理した狭いドラムカンでコンロを点ければ一瞬にして暖かさが伝わってきた。直ぐ袖を捲くるようなる。
     住めば都の心境で狭さは諦める。残雪はまだ幾らでも消えずにある。炎を見詰めながらの炊事するのも楽しい。アルコールもある。

   外は荒れ始めていた。コンロを消すと再びもとの静けさが戻り.風が吹き抜ける音のみが聞こえてくる。
     そして直ぐ冷え込む小屋。シュラフに入らなければ寒くやりきれなかった。

   その後エビス大黒避難小屋は2000年に一回り大きな7uの鉄製ドーム型.収容7人に建て替えられた。
     扉には窓が付き.土間の上にすのこが敷かれてる。中で立てる高さだが宿泊は3人入れば満杯に。07年には既に雨漏りあり.

      03:15.曇(後閑)
      04:00.小雨(後閑)
      07:30.雨(後閑)
      08:33.霧雨(三国峠)
      10:41.霧雨(浅貝への分岐)
      13:14.強い南風(平標山)
      14:44.   々  (仙ノ倉)

      高層天気図.20日18時.視界.良い時で10〜15m.悪い時で10m

         仰ぐ岳.谷川岳
            , 谷川岳天神尾根より
    6月21日.曇
       避難小屋6:04一6:25大黒ノ頭:29一7:03毛渡沢乗越一7:20越後小屋:34一8:06万太郎山:30
       一9:11大障子小屋:44一10:18昼食:55一11:45肩ノ小屋⇔谷川岳

      越後避難小屋
   下調べが悪く.毛渡沢乗越の直ぐ先には立派な避難小屋が建てられていた。
     比べるのも馬鹿らしい程の違いがある。大きく明るくまだ建てられてばかりの小屋は歩いて1時間と距離も近かった。

   通り過ぎてがっかりさせられた。空しさばかり滲み出て.思えば思うほど残念で上もない。
     早く素通りする以外諦める方法はなかった。泊するにはこの小屋に限る。時折霧雨が舞っては上がる。

   昨夜.唸っていた風も弱まると視界が広がった。
     万太郎山から昨日歩んで来た連山がはっきり見留められ苗場山も大きく望まれる。

   北側の谷間を見下ろすと以外に近く土樽の停車場が見下ろされた。谷間にへばり付く小さな停車場が可愛らしい。
     そこから川沿いに蓬峠へと目を移すと遠く地の果てまで見えそうな視界が開けらしている。
     峠で隔てられた上越の谷間に魚野川がうねり.谷間を挟む支流からは柔らかい丸み山肌が幾十にも重なり合う姿が.映し出されている。

   それに比べ南面の山容には里谷のようなおおらかさはない。
     赤谷川の源流こそ.本谷上部を残雪で被い.稜線が重なり合うよう二重山稜に平行するよう源流の広がりを見せていた。
     それに比べ中流は深い谷に包まれ.赤谷川の核心を築き.幾重にも藪岩稜が絡み.盛り上がる山稜からは里谷を望むことはできなかった。


           赤谷川の穏やかな源流
     , 赤谷川.源流
      赤谷川源流
   この新緑に覆われた沢沿いの源流を眺めていると遡行するのは楽しいだらう。
     雪解けの沢底は次第に残雪で埋め尽くされるようなり.春になるとゴルジュ帯に雪渓が延々と築かれる。

   国境稜線を東に向かい進むと漸く目の前に.赤谷川源流の雪原が広がり.残雪とクレパスが絡み合い渓谷の深さを示している。
     眺めながらの国境尾根の縦走路を歩みながら.あるき日の遡行を連想するだけでも楽しい。

     s45年05月.吾策新道より赤谷川本谷下降
     s48年08月.赤谷川小出俣沢右俣.生津俣川遡行〜谷川左俣下降

   昨日から今まで4リッターの水でまかわなければならなかった為.大障子の雪渓で水を補給。
     再び越後から湧き上がるガスの中.肩ノ小屋にでる。
     オジカ沢ノ頭から肩ノ小屋に掛けて稜線は狭く.中ゴー尾根が首を落とすよう急稜を描き落している。


ガスの谷川岳.    ,
      ガスの谷川岳
   木村が゙可愛そうだ゙った。ガツクリ頭をうなだれている。あんなにも自分の目で確かめたかった谷川岳。
     マチガ沢も一ノ倉沢も見えず.ガスは濃くなるばかりで.今日は諦めざる得なかった。
     谷川岳Top


     下界へ
   肩より天神尾根.高倉山と天狗平

    肩ノ小屋12:11一13:35ケイブル乗場:50一14:48河原15:28一15:40土合16:48¥510=21:09上野

   下りは天神尾根を選び.ロッジより西黒沢の右尾根.田尻尾根を下る。
     下流の沢沿うにはフキが多く見受けられた。

       01:15.雨.強風
       03:00.小雨,強風
       04:20.風弱む
       05:50.風止む.視界20m
       07:03.視界良くなる(大黒ノ頭)
       07:20.遠く南方に雨雲の堤あり.北〜北西,雲海
       08:06.北西風.視界完全に良くなる(万太郎山)
       09;00.層雲(大障子ノ頭)
       13:00.薄日
       15:40.晴

   計画では晴天ならば中尾根を雨でも天神尾根からイワオ新道を経て.谷川温泉へ下る予定でいた。
     結局,露天風呂にも入れず.木村の心の動揺と彼が明日早朝.農大事件の裁判に出廷せねばならない為.ロープウェーで降りることにした。
     しかしロッジに着くも肝心のロープウェーは動いていず.運悪く土合まで天神沢を歩く破目になる。

   昨年s40年.東京農大ワンダーフャーゲル部のシゴキ事件で新入部員1名が死亡。
     更に今年6月には東京農大山岳部のシゴキが「アサヒクラブ」に記載され.部活動登山の在り方が提起されていた。

     20日夕.炊き込みご飯(ニンジン,.油揚げ),.コンソメスープ(玉ネギ,.ジャガイモ,素).米2合.
     21日朝.コンソメスープ.餅. 昼.食パン,チーズ.ソーセイジ.(粉末ジュース及びジャムが必要)
        茶2回分.紅茶1.コンデンスミルク2

   仙ノ倉避難小屋は他人に勧めるには失礼になる程汚れ.狭い。ドラム缶の筒Tを連想してしまう。
     一泊するには越後避難小屋が良い。水には不便だが.この時期なら少し探せば残雪が得られよう。

     平標小屋.      水場はまだなし。小屋に涌き水あり.番人在.
     エビス大黒避難小屋. 仙ノ倉,エビス大黒ノ頭との鞍部.縦走路.越後側,カマボコ型3人用.水場なし.
     越後避難小屋.   毛渡沢乗越より万太郎側.東俣ノ頭手前20分.カマボコ型.かなり大きいが水場なし
     大障子避難小屋.   大障子ノ頭と小障子ノ頭.鞍部.         〃 水場は群馬側
     オジカ沢ノ頭避難小屋. オジカ沢直下南面.かなり大きく水に漬かっていた。