越後三山Top 越後スキーツァーTop                          .
                                               
残雪の越後,魚野川水無川

包容欲のある大きな谷とスキー.デトノアイソメ

荒廃する水無川圏谷・・幕営地から動けず
荒天で登攀中止.遊び

        
オカメノゾキを望む

    水無川の裾より望むカネクリ山.アオリ.池ノ塔.フキギ.駒ヶ岳
      越後三山,残雪の水無川流域・・攀じりとスキー遊び
        s47年(1972年)05月03〜07日. L松村進sL田沼栄一(43卒)m見城寿雄.保坂洋(41卒)

   田子倉湖から只見を経て浅草岳.鬼ヶ面岳東面を冒もうとした私達,
     後から保坂先輩が合流することになり,場所は東京からより近い山域に変更.幕営はベースキャンプ方式に変更する。
     スキーを楽しみ岩を攀じれる越後水無川デトノアイソメにベースを設けた。

      5月03日. 上野=六日町.西山温泉h
         4日. h1=高倉沢出合一デトノアイソメbc2.3.4
         5日. Bc2,停滞
         6日. Bc3,停滞・・上部スラブ.滝ノ沢
         7日. Bc4一高倉沢出合=大倉口=浦佐=石打=上野

        5月03日.上野18:19=21:12六日町.魚ノ川ホテルh1
      西山温泉
   食糧買出しを済ました見城先輩.田沼に迎えられ,上越線六日町にでる。久振りの山に心は弾んでいた。
     西山温泉で一泊.遅れて入山する保坂さんを残し春山の水無川デトノアイソメへ入る。
      宿
   六日町駅,駅員の斡旋で西山温泉「魚ノ川ホテル」に宿る。宿は本通りを抜け,魚野川を渡った西山温泉郷の河畔に在った。
     駅から10数分しか歩かぬ距離だが,肩に食い込む重荷に足をガタガタさせていた。
     冬天一式に登攀用具.スキーを持ち,宿までが大変だった。なのに明日は越後水無川中流までボッカせねばならない。

   駅員の暖かみある紹介と我々の談判が実のり,素泊まり800円.浴衣.歯ブラシ,.タオルまでサービスが付く。
     気は爽快そのものだったが.ちょっと交わした酒にプレミアを付けられた。宿代以上の支払いをが残されていた。


        入山
   
       真夏のような蒸す暑さ.午後の入山          左は撤収の朝.強い陽差しとなる           .

         5月04日晴. 魚ノ川ホテル.タ\2200=林道終点,高倉沢出合8:20一15:30デトノアイソメBc2.3.4
      山間の林道
   以外と少なく見えた八海山の残雪に見惚れている内.国道大倉を過ぎ.里道はやがて畑の中を抜けて行く。
     中型タクシーが漸く通れる程の狭い林道を勢いよく遡る。

   何時.通行止めになるか.分からぬ先の見えぬ細い林道は意外と確りした轍を残され踏み固められていた。
     初めてここを通ると云う運転手.聞かなければよかったと思うほど,無鉄砲過ぎる運転に恐怖心を増さしせていた。
     この先.扇状に広がる大地の先.部落があると思っていたのだろうか? 先にも気にせず運転手はむやみに走り続けている。

   小幅の道と交差する所からは両側は背丈を越すススキを掻き分けていた。スピードを上げ脇見も見ずに小道を突っ切り進んでいた。
     広い河原状の大地を横切る。この道幅狭い林道は奥へ奥へと進み.金山橋を右岸に渡り.改めて立派に築かれた林道が現れた。
     ここは大きなアーチ型のバリケートで塞がれてた。通行止めを示すオオ沢の出合だった。

   対岸はもう目の前には越後水無川特有の急渓が驚く程真近に迫っている。
     谷間が急に狭まり山奥に入った感じを受けるものの車がこんな奥まで入れるとは思いもしていなかった。
     下車した足元には深い谷が押し開かれたよう谷間深くまで掘り下げられていた。出合に鋭い岩壁を覗き見る。

    修理・・目差す岳を望み.入山早々針金とタコ糸で
      入渓
   歩き始めて直ぐ,私の背負子の柄が切れた。何故かマタのザックもそれに連鎖するよう切れた。
     不思議な切れ方に不吉さを感じるもものの,仲が良いと先輩は茶化し笑うのみ。針金を用いて応急処理を取る。
     ザックに重なる荷が重た過ぎる。この後切れぬことを願い.気にしながら盛夏を思わす蒸し暑い渓谷に入り込む。

   強い陽差しを浴びての登高
     汗ばみ出した体に.汗はもう留まることなく流れ出していた。

   右岸.枝沢に架かる永久橋を渡ると郡界尾根を鋭く割る.ねじれの大きな渦滝が本流に落ち込んでいる。
     林道を離れて2本目.モチガハマ沢出合の吊橋にでる。本流は大きな廊下の渓谷を築いていた。

   如何にも抗の抜け落ちそうな斜めに傾いた吊橋は太い針金2本で如何にか支え張られていた。
     どう見ても渡れそうもない。足場の橋床もかなり崩れ落ちている。

   万一.落ちても背負っているスキー板が支えてくれると,冗談は出るものの.やはり渡渉して尾根上を巻くことにした。
     流心の流れは強い。渡渉するのに時間を甚だしくロスする。

   例年なら.もうとっくに雪渓に被われる筈の本流は所々に残雪が見られるものの心もとなかった。
     その先笹穴沢出合はデブリで埋め尽くされていた。ただデトノアイソメまで十分な残雪を踏み続けることなくデトノアイソメに至る。


           デトノアイソメ,Bc
 
    1張のテント
      Bc
   雪渓末端とも云うべきデトノアイソメは一面の雪原状をなしている。
     道中.残雪を期待していたわりには余りにも少ない残雪のせいか.大きく構える雪原は驚きの感を覚え込まされていた。

   駒ケ岳.中ノ岳.八海山と越後三山を囲む渓谷の中心に水無川があり.その谷底にデトノアイソメがある。
     4つの沢を合わせる河原の出合は見渡す限り雪の原で埋め尽くされていた。

   私達は兎も角.人気の全くないスキーと登攀を楽しめる台地に辿り着く。
     雪白き雪原と若葉の青さ。残雪のはび込む山肌と岩稜。大きなスラブの上には深い空がある。
     その中.黄色い冬天が艶やかに冴え立てられた。

           不動沢
     1本板スキー

    雨の束の間.Bc周りで見城氏と遊ぶ

      スキー板を折る
   飯前に西不動沢でひと滑りするつもりだったが,初日にして早くもスキー板を折る。
     転倒することもなく呆気ない折れ方に.拍子抜けも甚だしい。

   雪質は堅いデブリで雪表は荒れているものの.理解しえぬ折れ方だった。背負ってきた努力も空しい。     
     責めて一日.滑らしてくれれば良いものの。まだ慣らし滑りで.谷上流からの滑降もしていなかった。
     残念だが明日は1本スキーでも試してみようか? 無意味な言葉がでる。

   雨上がりのBcより
    5月05日Bc3.雨午後強し. デトノアイソメ停滞.保坂さん入山

      雨漏り
   昨夜は薪が湿く燃え出すまで奮闘した焚火に水を刺された格好で雨が降りだしている。
     慌ててテントに飛び込んでから丸一晩.雨は降り続いていた。

   今朝も小雨が降り注いでいる。目覚めに「雨だ!」との声を聞き,再びシュラフに潜り込む。
     今日予定のの登攀は無理かも知れない。雨が切れば直ぐ乾く岩肌。その雪と岩の御殿がテントを囲んでいるものの。
     目の前に吊り下がる内幕が見ていても重そうだった。雨は飽きることなく降り注いでいる。

   雪ではなく雨が降り.内幕に広がるシミは次第にその領分を広げている。
     冬天の張り綱を張り直すも.それ程気安めにならなかった。

   今日は保坂先輩がテントを訪れる。遅い先輩の到来に焼きもちしている内,又雨は更に激しさを増していた。
     デトノアイソメは入山と共に重い雨雲に覆われ.流れ込む霧は春のうす汚れた雪渓を更に変えてもいた。
     昨日までの白く煌く残雪は消え伏せ.小鳥のさえずりさえもなくなっている。

   午後より霧雨混じりになった。
     時折止んで外に出るも.又待つてましたと雨雫が天から落ちてきた。

   外は雪崩で削られた大岩壁に被るようガスが放徊し薄暗い陰を落としている。白糸の如く幾条も雨滝を生んでいた。
     ガスは暗さを増し放射状に広がった厚みが岩肌を這い回り,私のテントに落ちてきた。
     そして灰色びいた雪渓をも包み込む。デトノアイソメの全体像は入山当日しか望められなかった。

   悲壮な保坂先輩の入山
     3時.保坂先輩が全身びしょ濡れで現れた。
     一人の入山者がガタガタ体を振るえながら遣ってきた。

   渡渉に一代決心し胆を冷やし吊橋を渡ったと云う。そして今にも滑りそうだった草付を越えてきた。
     頼んでおいた食糧の肉があればこそ.やって来なくてばならなかったと,先輩は語る。

   誰にも当たることがだきず.着いた途端に喋りだした先輩。皆.黙って聞いている。
     語る顔は悲壮だった。確かに荒れれば一人では不安きわまるルートだろう。

   仲間に会った歓びと安堵が緊張感を解し,語らせている。
     それでも喋り捲くると次第に落ち付き.溢れ出す充実感に酔い始めていた。

   コンロを点けテント内を温めると紅茶を旨そうに飲みだす先輩。時間と共に漸く笑い顔が出始める。
     「ご苦労さん!」.「先輩だからこそ来れたのだ。」,同期見城さんは「頼んだ肉は!」.「吊り橋を渡ったって!」,
     段々と普通の会話になってきた。茶化す会話に安とと満足感が漂っている。

   保坂先輩と滝ノ沢

   夕方.小雨を抜って1本スキーに興じたが馬鹿らしく岩壁に座り込む。
     保坂さんが顔をだし.見城さんに田沼は不動沢に入り.スキーに興じている。


      ,  デブリを登る
    5月06日快晴. bc4.滝ノ沢出合から東不動沢1つ上流左岸のスラブへ

      夜明けのテント
   びしょ濡れで着替えしたものの保坂さんとマタは雨に浸かりだしたエァーマットに寝転んでいた。
     テントは新聞の貼られた内幕まで漏れだしている。雨に叩かれると冬天は侘しい。
     雫は次第に衣服を濡らし.全てがもうジメジメしていた。

   幾らかだけでも濡れを防ごうと起きだし.マットへ空気を吹き込んでは雨と戦っている。
     その脇では見城さんが軽やかなイビキを掻いていた。とうとう保坂さんが我慢できずにラジを点ける。

   ラジはゴーゴーと音色を立て周りを温める。それに比べ私はシュラフに入り.コンロの音色を聞いていた。
     朝ではの格別な調べである。起きるにはまだ早過ぎる。
     朝の冷え切った冷たさは次第に暖かさを増し.うつろな眠りが又何とも云えぬ心地を抱かせている。

   起こされることもなくシュラフのぬく篭もりに包まれ.幸わせな時を過ごしていた。
     先輩の侘しさも気にせず.うとうとしている。我ながら大した者になった。

      雨上がり
   雨が止むと共に西側の雨雲が切れ,吹き上げる霧粒が次第に岳へと昇って行く。窮屈なテントを逃れ.背伸びしようと外へでた。
     ふらふらと雪渓を歩み.一人々が気ままにピッケルを持ち.滝ノ沢出合を過ぎ本谷の雪渓を登りだす。

   重い雲は薄れ.陽差しの切れ目から蒼空が覗まれる。雪渓は煌めき.照り付け明るい谷に変えだしていた。
     春特有の薄汚れた残雪は以外な程煌き.雪溶けの流れが側壁の白糸をも輝やかしている。

   濡れた岩肌は強い陽差しを受け.雪の割れたフランクフルトにも日が漏れ込んだ。
     そして喉を出す奥沢は若葉に冴え.雪白い残雪に紺碧の空に染め始めていた。


                  スラブで遊ぶ
            , マタ      .
      一枚岩
   真川を右に別け.更に下真川の出合から雪渓沿いに北沢に入り込む。
     右岸デブリを集めた一枚岩が這い上がっている所にでた。既に乾いたスラブが蒼空に突き上げている。
     馬鹿でかいスラブにマタが攀じりだす。ビブラムにぴったり吸い付く岩肌が快い。

   私はいい所があったのでスラブの真中に座り込む。乾いた程好い感触にちょうど腰を据える場所があった。
     もう岩肌は暖かみを持ち明るい谷間に変えていた。十二平から望むと,ここは沢を1/3ほど登った所になる。

   更に頂稜まで続く雪渓はこの直ぐ上で空に切れ覗めなかった。余程急になっているのだろう。
     雨で断念した登攀が今ではトカゲする場所になっている。


         デトノアイソメ上部
      Bc付近
   グリで下りながらデブリの山を越えベースに戻る。
     マタがスキーを始めたので.その間々滝ノ沢出合まで本谷を遡ってみた。

   乾き切った中岳北面の岩場が素晴らしい。殆ど雪を付けず本谷へ落ち込んでいる。
     マタと先輩が小さく豆粒の如く見下ろされた。でかい谷の雪渓に蟻の如く小さく見える。

      1本スキー
   ゼンマイ.フキと山菜採りをして.夕方まで1本スキーに興じる。
     皆が滑りまくる中.滑らないことも頭にくる。せっかく背負ってきた折れたスキーを。

   1本スキーのコツも如何にか分かってきた。滑る派手さはないが現実に滑る楽しさはある。
     ただバランスを崩すと大変なことになる。エッジを立てても不安定さが体中がボロボロにした。
     他の者が滑っている姿を見るともっと頭に血が昇ってくる。

      焚火
   谷間いっぱいに星座の群が埋め尽くされる。今日はよく乾いた枯木が勢いよく燃えている。
     太い倒木を投げ込むと炎はより強く夜空に昇ってゆく。昼間まで3日間.降り続いた雨が嘘のようだった。

   入山以来誰一人会わぬデトノアイソメと水無川の谷。
     雪渓に映る焚火の炎があわゆく揺れ.テントの張り具合も立派に見える。


       , 春の水無川
    5月07日快晴.雪と岩と紺碧の空
      Bc8:30一林道終点ト=大倉口.越後交通13:12=13:30浦佐14:03=14:28石打:35.臨時=大宮=19:15御徒町.

      真っ青な朝
   日増しに強くなる陽差しを浴び,入山と同じ真夏の下山日和になる。雨が雪になることを願い続けた山だった。
     不動沢の眩い雪渓.乾いた頂稜の岩.左岸に若葉のコブシの花が遠くからでも臨まれる。
     春山の空の下.ランニング1枚で荷作りをする。

   テントも乾き出し食糧もよく食った。食べないと保坂先輩に怒鳴られそうだった。
     それ以上に昨夜の焚火が利いている。

   スキーは折れた間々背負うことになる。ツァー用バッケンが勿体無い。工具は持参していなかった。
     又登攀用具は触れぬ間々残されている。やはり来た時と同じ背負子は一杯になる。

      下山
   遡った径を下る。
     雨と強い陽差しに削り取られた雪渓は何処も大きな口を開け.その都度大きく高巻かねばならなかった。

      底雪崩
   30分程下って目の前のブナツルネ沢に底雪崩が起きる。
     重く圧するような轟音が一瞬.空気を割り.地響きを立て我が身を踊らせた。

   ツメにはび込んでいた最後の雪渓がどす黒い岩泥を呑み込み濁流の如く落下した。
     そして小滝だった中程は怒号の渦に埋まり.下流を一面のデブリ・デルタで埋め尽す。
     空気を割る稲妻と数十秒の一瞬を呆気に取られ見詰めていた。もうここを抜ければ吊橋へでる。

   メンバー
      ガッツのある見城先輩

      後から肉を持参した保坂先輩

      様になりだしたマタ

   下山.水無川を取り囲む山々を遠くに望み
      大倉へ
   モチカハナ沢出合の吊橋を補強修理に来た,大倉のトラックに運良く拾われた。帰りの渡渉もなく.ダブルの幸運を受けている。
     次第に遠ざかる山々に車は畑を縫い.入山とは反対側の右寄りの里道を駆け下りる。

   軽トラの荷台から望む水無川の山々が見る々遠ざかっ行く。
     歩いては大変な距離.国道に沿ったバス停.大倉口まで走って頂いた。

   閑散とした八海山スキー場が初夏を思わす春の強い陽差しを浴びている。
     国道端の里には一面の菜の花が又艶やかに黄色く咲き競っていた。


    水無川上流概念図
   越後三山概念図
     デトノアイソメ 八海山 中ノ岳 越後駒ヶ岳ウォッ地図

     周辺の山々
      s43年07月. 荒天と猛暑の越後三山
      s44年08月. 八海山神社と盛夏の八海山,同期会
      s47年05月. 残雪の越後水無川.デトノアイソメ

    水無川上流地形図
    拡大図

   2002.10の北沢と真沢