魚野川流域の山スキー
  s43年04月. 熊狩りと巻機山の宿.山スキー
  s44年05月. 連日藪を漕ぐ守門山ツァー
  s45年01月. 壊れたバッケンと栄太郎峠越え
  s45年02月. 霧中の飯士山越え飯士沢ツァー
  s45年03月. 素朴な峠名.中越十二峠ツァー
  s46年05月. 割引沢雪洞bcと割引山スキー
  s47年05月. 越後中岳水無川デトノアイソメbc

             新潟中越地方Top 巻機山山塊地形図
巻機山山塊
  s43年04月. 巻機山と対岸牧場スキー・・清水「雲天」
  s46年05月. 雪雫の雪洞と真夏のような割引岳スキー・・聖平対岸割引沢
  s49年秋. 野宿で望むユーホ-と巻機山米子沢・・栂ノ沢出合

  h26年10月. 割引沢本谷から割引岳天狗尾根.巻機山井戸尾根・・巻機山麓キャンプ場
         割引岳.巻機山南面地形図

  h23年06月. 前線を見つつ藪絡む金城山・・雲洞コース
巻機山.対岸牧場の春スキー


眩いばかりの陽を浴び.酒に酔う

熊の解体
           巻機山の家.聖平より  
天狗岩と割引岳 割引沢本谷と右が巻機山井戸尾根     .
            雪多き巻機山の酒とスキー
                s43年(1968年)04月13〜15日, L松村進(4).m中川保.新崎啓一.冨田幸男(2),

        4月13日.晴後曇  上野15:30=18:50六日町19:15タ.¥1160.=20:40清水部落.「雲天」h1.2
      坂東を抜け
   姉の結婚披露宴を終え急ぎ上野駅に向かう。
     先発している筈の2年生がこれから列車に乗り込もうとホームに待っていた。
     それ故.後から追う手筈が結局一緒に乗車することになる。

   東京を離れると程好い酔いに寝む気を誘う日差しが車窓一杯に入り込んできた。
     僕はこれから越後の山々に向かう。シールを持ち,スキーを担ぎ.越後の山に入り込む。

   列車は中越へと奥利根流域を遡り,越後の国境脊稜を潜り,魚野のグリーンベルト地帯へ抜けて行く。
     水上.湯檜曽と過ぎると線路の周りの大地は次第に残雪で埋められるようなる。

   清水トンネルを潜る。越後に入り.シーズンを終えたばかりの岩原スキー場を抜ける。夕陽を浴び.斜陽した日差しは向かいの山に落ちようとしていた。
     閑散として.もう誰も居ない忘れられたスキー場はゴースト化し.リフトや休憩所が赤く焼けた落陽に映され.車窓に飛んできた。

      買い出し
   六日町駅下車.今晩はスキヤキの為の食料の買出しをした。
     道角の裸電球に照らされた八百屋で.あれもこれも持って行こうっと買い込む。
     サブなみの荷にしろと云いながら.4人分の食料はキスらしい荷に.更に重みを増している。

   清水部落まで交通の便はタクシーのみ。闇道をタクシーは飛はした。登川を遡り.長崎の狭い軒並をヘットライトの灯かりに導かれ飛ばす。
     道路はもう雪道に変わり.車の高さを越す雪掻きの残骸が道の両側をうず高く塞いでいた。
     そこをジェットコスターの如く走り.清水集落の民宿「雲天」に宿る。

       巻機山スキー
登川左岸.清水集落と物見平                 .
            井戸尾根五合目付近
登川左岸尾根(1020m圏コブと無果山)と右上が飯士山東面の舞子ゲレンテ       .
         4月14日.快晴 清水部落⇔巻機山
      「雲天」
   昨夜宿で.中川の恩師.金子先生と偶然出会い.酒を交し賑やかさを増した。
     そして,ここ「雲天」の女将から酒.肴の差し入れがあり.時計の針が0時を回っても,呑め食えの大騒ぎになる。

         清水部落8:30⇔9:10薪機山家.桜坂:25一10:35井戸のカベ11:00一11:52ブナ限界12:25
         一13:38前巻機山15:40.一17:20清水「雲天」h2
      朝
   朝方.熊を撃ちにいかないかとオヤジさんに誘われた。
     猟場は登川を遡り.清水峠付近.残念だが僕等はスキーを持ってきた。巻機山の大斜面を滑らなくてば。

      濃紺の空
   眠い目を押さえ「雲天」をでる。もう陽は高く昇り.僕等は銀世界の眩い陽差しに包まれている。
     登りだす前から汗は滴り.サングラスを透す強い陽差しも瞼には適わぬほど強い。

   歩き出すと直ぐ.疎らなぬかるみだした日当たりの残雪もブナの森に入ると硬雪に被われた。半ば凍る滑り難き雪径を踏むようになる。
     ブナの森は根元の周りは硬いスノーカップで被われていた。
     氷った湿雪が森を一面に埋め尽くしている。そして陽当たりになればベタ雪になる。

   数日間.降雪はなかったようだ。
     女将さんに頼まれた弁当を金子先生の山ノ家に届け.井戸尾根に取付く。山ノ家は聖平の雪原の中にあった。


       井戸ノ壁で森林限界
  
 
      井戸ノ壁
   雪に覆われた雪原を壺足で通り抜けると緩やかな登りとなり桜坂にでる。正面に偽巻機山.割引岳を望んむ。
     春先の陽差しは思いのほか強い。1枚.2枚と上着を脱ぐ登行が僕等を楽します。急な斜面を小さくジグザグに切った。

   井戸ノ壁は吾妻山に比喩すればガンチャンとも云えようか。
     ただ時期が時期だけに所々雪溶けで.もう裸土には野草が顔をだしていた。


         井戸ノ壁を越え雪原で
割引岳と御機屋                     .
日向ぼっこ織姫池付近で大休止   
   
強い陽差しで上着もバラバラである   

   井戸ノ壁. 少し痩せ気味になると森林限界.広々した雪原を思わす尾根になる。
     尾根幅が広がり.後から続く後輩達が点々と雪面に散らばり.登ってくる。スキーには絶好の登山日和になった。否腐りだし.何処でも滑れよう。


         巻機肩より頂へ
     割引岳と御機屋
   前巻機山より
      頂
   ニセ巻機山.別名前巻機山.ブザノ頭とも云う。
     広い雪原状の尾根を.
皆思い思いの格好で登っている。X字に背負い気間々な道中.
眩い陽を受けていた。

   ニセ巻機山.雪解けの這松で

    西側は這松帯は地肌を現し.東側には大雪庇を構え.このコントラストの頂で大休止する。
      残雪と新芽の香りが漂い.又蒸した草枯れのような香りも混ざり.よく見ると陽炎が立ちトカゲが快い。


    巻機山.キザ?

      滑降
   滑降は登りと同じ斜面を思い思いのスタイルで滑る。
     初めは大きな谷間の斜面を目一杯取り.斜滑降のスタイルで谷を横切る。
     後輩には人工のゲレンデと違い.ここには桁違いの自然のゲレンデがある。そこを冥一杯使えと諭す。

   僕はクリスチャン気味にタウーンを繰り返しては斜滑降を切る。後から威勢のよい後輩の奇声が聞こえてきた。
     一度転ぶと傾斜が強く.転がりに任せ落ちて行く。それは間を待つほど落ちる。そして雪まみれとなった笑い顔を覗かせていた。
     そして雪面に刻まれた大きなシュプールが.谷間の大斜面に自ら築く芸術を描き出している。

   里が近くなると強い陽差しに重く湿ったザラメ. 傾斜が落ちテールの摩擦も強くなる。
     後は直滑降のみ,ストックで加速を付け.スケーテングでブナの森へと流れ込む。木蔭を抜ける風が何とも云えぬ快さを引き立てていた。。
     全員.息揚々と下り.集落に戻った。

      熊の解体
   宿に着くとオヤジさんは約束通り.大きな熊を仕留めて戻っていた。
     宿の玄関前に証拠の大熊がデンと横たわっている。どう運んだのか大き過ぎる図体がデンと横たわっていた。

   村人が集まり.目の前で解体が始まった。手捌きよく皮が剥がされ肉塊りが分けられていく。
     「美味いぞ!」と言いいながら.どんどん細かい肉片に変わっていく。
     僕はサンダルに両手をポケットに突っ込み.見る見るなくなる熊の肉塊りを見詰めていた。


    巻機の落葉松の裸林を滑る
       五合目付近
      宿 「雲天」
   月曜日なので「雲天」の宿も今日はすっかり静かさを取り戻していた。
     女将が昨日の騒々しさを何度も何度も詫びていた。急に静まり返った宿。宿は僕等だけとなる。

   囲炉裏を囲むと子供達が集まってきた。客慣れしている子供達は.まだ少しはにかんでいた。
     それでも昨夜遅く.宿を頼み囲炉裏を独占し.子供達と戯れたせいか? 今日は傍から離れない。

   僕等と,この家族以外誰も居ない昼下がり.囲炉裏に居ると次第に近ずく子供達。とうとう末っ子が僕のヒザに乗った。
     何故か人気がでて,お姉ちゃんも傍にくる。長閑な昼下がりの一時を過ごす。

      熊の肉
   オヤジさんが熊のマタギナベをご馳走してくれた。
     食べるのも最初の一口が大変だった。なかなか口に入らない。メンバーの誰もが口に入れようとは.しなかった。
     肉切れを鼻先に近づけると凄い悪に悩まされる。直ぐ拒絶する強い刺激に襲われた。

   オヤジさんの食え々と云う言葉に拒むも,狩してきたばかりの身に拒み切れず.鼻を摘むよう一口,口に入れた。
     強烈なアクの後.筋もなく思いのほか柔らかい肉に出会う。ニンニクと同じで一口食べれば悪は薄れ美味かった。

   特産でしか食れない特上の馬刺しの感触が口の中に広がり.今度は幾らでも飽きずに食べられた。
     一口で熊の悪は無くなった。主人が一番良いところを出してくれたのも事実だが。

   酒がでた。5合徳利に肝を冷やすのも面白い。
     又酒を注文すれば一升ビンを持ってくる。それ程.豪酒メンバーに思えるのだろうか。

   姉夫婦からの結婚披露宴でのケーキを切れば又話は弾み.子供も集まりだした。
     酒を呑む私のヒザに.もう何も言わずに末っ子がちょこんと座っている。
     そして酒宴は終わることなく.今夜も夜遅くまでなされた。

      囲炉裏
   今日の疲れが1人減り.2人減り,とうとう僕1人になった。囲炉裏端には僕と女将だけになる。
     子供を混え陽気に騒ぎ.急にしっそりした為か.女将が自分の出家を語りだす。

   今でも残る村八分. それは血縁で固められた部落の.他人に対する嫁入りの哀しい話だった。
     女将は普段.誰にも云えぬ言葉を発散するよう静かに語っていた。それは侘しい素朴な深みを含んでいる。

   重たい言葉だった。無言で頷くのみ。今の時代でも.まだ残っている現実を。
     都会育ちの僕.素朴な感情に飢えている。だが現実は本人にしか判らぬ.きつい厳しさを持っていた。
     僕は慰める言葉もなく聞くのみでいた。そしてパチパチ跳ね上がる薪の音だけが妙に響いていた。


         牧場上部
前日登った巻機山                           .
                 牧場を越え無果山側の斜面より
               黒岩峰.割引岳.御機屋井戸尾根.牛ケ岳                                   .
登川左岸西谷後沢・・牧場より右端上流側の清水部落             .
       4月15日.快晴 
           清水部落⇔対岸牧場・・「雲天」11:00⇔12:00牧場14:00.一14:20.
      牧場スキー
   今日も朝早くオジさんは峠の監視所へ.鉄砲を持って出掛けて行った。
     僕等は帰京を前に対岸の登川左岸の奥へ入ってみる。分校を過ぎた所で対岸に渡り.1292.5m峰の北面の谷を遡る。

   広い河口一杯に広がる牧場の雪原を横切り.地形図を読みながら1時間程で適当な斜面を見出した。
     燃え上がる陽光は雪解けの音を増し.ギラギラ波立つ雪面の輝きに裸スキーで狂う。

   パーマンこと新崎がスキー板を木の枝にしっ掛けた。
     分解されたスキーより1本スキーに興じている方が.面白いらしい。頑張り滑り続けている。


         西谷後沢上流斜面を滑る
       
     対岸牧場上部.裸スキー          
          無黒山の裏西側が奥添地川と飯士山

      雲天の囲炉裏
   部落に帰り.ひと段落すると仲間は一人,二人部屋に戻り.今日も僕だけが囲炉裏端に身を寄せている。
     薪の弾く音と何となく薄暗い囲炉裏端が僕は好きだ。いる居心地は贅沢さを超えていた。

   今でも叔父の家,信州伊那に出向くと囲炉裏端を一人で締めしている。叔母によく子供のようだと云われるが。
     何もせず居るだけでよい。勿論.ナベの管理なり豆の皮むきなど.扱き使われる事もしばしばであるが.それも又嬉しいことである。
     信州に出向くと囲炉裏の管理と薪割りが常に僕の仕事になっていた。

   女将さんが可愛がっている娘さんが六日町から遊びに来た。僕より2.3才歳上で顔の整った気立ての良い人だった。
     女将は僕が席を立つ事を許さず。囲炉裏端で紹介された時.こちらが赤面し喋る言葉も失う程だった。
     正座し硬くなった僕に.笑う彼女は眩しく清らかだった。

      清水部落14:05一15:00沢口:05.関越交通=15:32六日町15:57=上野.

   遅い昼食をご馳走になり街へでる。
     女将は素泊り.¥400の約束だったからと,お金を受け取らず.1日4食.間食に酒まで出してくれた事さえ気にしていない。

   それどころか米も食料も持って帰れと言う。
     そして宿を離れる時.手の中一杯にリンゴを押し込んでくれた。そのリンゴを1個を齧りながら登川沿いの沢口まで歩む。
     里は強い陽差しを受け.残雪は随分溶けだしていた。泥んことなった道.脇にはまだ雪多く除雪の雪積みが見られる。

   三日間の晴天が沢口の旧街道を泥道にさせ.残雪が随分溶けだしていた。
     明日からは清水部落まで六日町からの路線バスが開通する。

     清水集落へ
       桜坂付近
           割引岳と巻機山
      
                                           「スキー旅行案内」山と渓谷社.s34.12
   左ルート.    雪洞によるスキー.割引沢本谷から割引沢下降. s46年05月.雪洞と割引岳スキー
   左中央ルート.本谷から割引岳天狗尾根.巻機山井戸尾根.h26年10月.巻機山麓キャンプ場より周回
   中ルート.    清水の民宿からスキー.米子沢源流から井戸尾根下降. s43年04月.酒と巻機山スキー

   右ルート.    野宿で米子沢遡行. s49年秋.紅葉の巻機山米子沢  

      1970,05
                            割引岳.卷機山〜柄沢山・・飯士山東コブより
   初心者向ツァーに最適. 山頂を踏むまでに一度鞍部を越さなければならないが.ヴァライテーに富んだダイナミックなコースを滑る事ができる。
     陽がよく割引沢に落ちる雪崩が望まれた

      巻機山
   スキーツァーをするため、上越の巻機山へ行く。
     春半ばの日よりなのに、残雪は大変多く宿を出てすぐにシールを付けての登りとなる。

   雪は重く.スキーをはいての登行は時間を食いすぎるので途中からかついで行く。
     尾根をかなりの高さまで来ると、ゆったりした尾根になり、ピークまでは大きなブッシュもないスッキリしたコースになる。

   天気は快晴で、目のさめるような青空、周りの山々の景色や村がハッキリと望まれる。
     ニセ巻機山から巻機山の間は、ゆったりした大きな谷になっており、相当のスピードを満喫できて素晴らしい。
     この日は日曜日のためか、ピークはちょっとしたスキー客で混雑を呈し、にぎやかであった。

   下りは雪が腐って重いためボーゲン系統のスベリは全く通用せず、横をウエーデルでスイスイと滑って下る途中を、
     雪をかぶりながら、横目で羨望しながら、眺めるのが常であった。

   この山行で泊った民宿では、宿の人から山菜料理,クマの肉の料理などを大いにサービスしてもらい、
     土地の人との酒を飲みながらの会話に、人情味もあふれ楽しかった。    新崎啓一

    その後の「雲天」
       一人ぼっちの反乱・・「雲天」の親父の物語

   「おれたちの山と里を壊してはなんねえ!」と日本百名山の1つでもある上越国境の巻機山のリゾート開発にたった1人で反対。
     貴重な故郷の自然と暮らしを守った山の宿「雲天」の親父の物語。新潟県南魚沼郡塩谷町清水,

   新潟・群馬県境にある巻機山を舞台にスキー場開発計画が浮上した。度重なる開発計画に地元集落で唯一反対した民宿がでる。
     民宿の名は「雲天」.ムラ社会のなかで開発計画に反対するということは村八分を意味していた。
     開発企業の雇ったヤクザにも脅された。

   それにも負けず.スキー場反対を貫いた雲天のとうちゃん.かあちゃんの生き方は地域振興の美辞麗句で開発に踊らされる
     安易な風潮に対して、鋭い一撃となるに違いない。「ひとりぼっちの反乱」山と渓谷社豊田 和弘,内容(「BOOK」データーベースより)

   2013年1月,「雲天」の大女将.小野塚久子氏が交通事故で死去(享年81歳).お悔や申し上げます。
     新築24年を迎え家屋は傷つき.ホクビシンにやられ建物の改修工事を行い翌春に完成。「雲天友の会」が立ち,資金を出資し,返済も順調のようだ。
     両親の意思を継ぎ,息子さん夫婦が家業を継いでいる。

   雲天パンフレットには「いろりを囲んで語り合う山里の懐かしい宿」,「四季折々の田舎料理と風景を味わって下さい」と謳っていた。
     バス停は六日町より南越後交通.清水行バスで西谷後下車, 宿泊は¥8.500,
     「雲天通信」を半年に1度発行.2014年04月25日で第42号になる。叉1964年夏には桜坂台地にTWVの巻機山荘」が竣工。2014,10,0

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