上州武尊山とその周辺
 上州武尊山周辺 
   1974年(s49年)03月. 山寺.弥勅寺と豪雪の前衛迦葉山ツァー・・厳冬最悪の副門で野宿
   1974年(s49年)12月. 雪氷に被われた薄根川川場谷遡行・・中退
   2008年(h20年)06月. 奥白根山を終え.幡谷温泉から大ブナの玉原高原を探索
   2013年(h25年)10月. 「奥利根水源の森」をベースに田代湿原から武尊山ピストン
   
利根沼田ロマンチック街道.裏街道

   八木原の黒岩邸前より2012.11

     上州八木原は渋川の南側の丘の上にあり.上越線の駅で云うと渋川の1つ手前になる。
   遠望に優れ.榛名山に大持.小持山. 赤城山とそれぞれの独立した山塊に囲まれれている。
   又その間には谷川岳の本邦が望め大持.小持山と赤城山との間には少し奥に控えた上州武尊山の山並が長く裾野を広げている。

     写真から高檜山1315m.尼ケ禿山1466m..離れて鹿俣山1637m.獅子ケ鼻山1875m.武尊山2158m.前武尊山2040m
   尼ケ禿山から続く尾根の手前に前衛の迦葉山1322mがあり.中央の谷間が川場谷になる。左下が子持山の裾.


        四阿山の帰路.上州八木原.黒岩邸前よりの遠望
          2016年にはここ渋川有馬に見城邸を新築された。鹿沢温泉.春季親睦会の後私達.山仲間を迎え頂いている。

上州迦葉山スキー

豪雪に独り.最悪の野宿・・不登

ツァーより修業に誘われる

ドカ雪と淡雪に阻まれた山

         山寺の弥勅寺
            ドカ雪の上州迦葉山スキーs49年(1974年)03月豪雪.単独
                        沼田.タ=山寺弥勅寺b.⇔迦葉山中退. 舟木バス停=沼田

   雪降る中.沼田駅に降りる。舞う細かな粉雪がタクシーを拾う間に肩や腕に白い雪粒を積もらしている。
     今回は雪降る迦葉山へ.のんびり1人で登ろうとスキーを担いできた。

   迦葉山は上州武尊山の南西に位置し.武尊山からの長い尾根上にあり.途中には昼尚暗いブナの深い森を持つ玉原高原ある。
     その尾根末端には迦葉山が聳え.その裾野に山寺の弥勅寺が建立されている。
     西高東低の冬型を迎え.その境内で野宿して雪降る山をシールで登ろうと。

   沼田駅からチェーンのカチャカチャ鳴る音を絡ませながらタクシーは発知川沿いの県道上発知材木町線を殆ど真北に北上する。
     車内には私ただ1人.これから弥勅寺へ向かい.スキーのトップの先に夢を描きながら.ラッセルし.頂に立とうとの願望に想いひたっていた。
     それが大変な一夜を明かすことになる。

      弥勅寺
   迦葉山は沼田市街地から北約6kmに位置する天狗の霊峰とも云われる霊山。
     その中腹にある弥勅寺は嘉祥元年848年に天台宗比叡山座主慈覚大師を招いて開創された。
     室町末期に曹洞宗に改宗ののち.江戸時代には徳川初代家康の祈願所として許された寺院。

   中峯堂には顔の丈6.7m,鼻の高さ2.7mの日本一の天狗が安置されていた。
     又正門から左横門外には天狗が並び.中央にひときわ大きな大天狗が被い被さっている。その下のタタキで野宿した。

   タクシーを捨てて.正門から除雪されたばかりの参道に入る。
     両脇には肩を越す除雪された積り雪が肩を並べ.この参道だけが雪壁の廊下を作りだしていた。夕方.つい先ほどまで境内に除雪を済ましたようだ。
     既に除雪した参道は既に薄っすら積もらせ.雪粒舞う降雪は途切れることなく降り続けている。

   日が落ち音もなく.しんしんと降り注ぐ雪粒は.これからも大分積もりそうだった。弥勅寺.横門前の軒下をお借りし野宿した。
     綺麗に除雪されているが雪は見る々白さを増している。

   弥勅寺正門玄関前で板は3代目西沢ヒッコリー

      弥勅寺,左横門前
   中峰尊者を拝する人々の天狗が数多く奉納され,その中でひときは大きな大天狗が.ツエルトを被った私の真上に被い被さっている。
     そして足元には雑然と投げ放り込まれた小銭が散らばっていた。

   その隅を借り身を丸めているものの,淡雪はシンシンと降り注ぎ.庇はあるにはあるが.石畳の下からは冷気が忍よう湧き出していた。
     気温がドッと落ち.足先が震えだす。体を丸めちじこまるも,これで寝ることができようか?

   持参した全ての衣類を身に付け.靴下に手袋のオーバー手も履いている。それでも寒さが.じわりじわり忍び込んできた。
     厳冬の冷え込みは更に隙間風が寒気を注っている。ザックに突っ込んだ両足の膝は震え止まらなくなった。

   寝るどころではなかった。大天狗を仰ぎ不気味な雰囲気の中.侘しく夜明けを待っことになる。
     普段の野宿とも異なり.人工のコンクリート床が更に寒さを誘うっている。ちょっとした計算違いは雪穴より.寒過ぎていた。耐えるしかあるまい。


    迦葉山ウォッ地図

      山寺での野宿
   殆ど眠れず朝を迎える。雪穴の野宿とは違い,家屋があり軒下があるも露営の野宿は気をずぼらにさせていた。
     その上.石敷のタタキは自然以上の厳しい冷たさを持っていた。周りは雪の壁.綺麗に除雪された玄関脇に宿っている。

   周りより地ベタから忍び込む冷気,それが体全体を包むよう襲い.私の体を凍らせようと浸み込んでくる。
     ジッツとしていると体が固まり.寒さで更に体を硬く丸くさせた。
     足どうしは互いに叩き手を擦る。頭には目出帽を被り.フードを深く差し息を殺していた。

   石床の石畳からジワジワ体に忍び寄ってきた。体を蝕む寒さに襲われ.身は拒むことすらできなくなっている。
     睡魔は壊れていた。動けば風となり.動けぬ体が自然と振え.時計の針は進まずにいる。
     闇夜は飽きることなく意地悪く長かった。

   ほころぶ日が夜明けを待ち.崩すよう微かに白みが漂いだすのを待ち,仄かに近づきだす。
     猛烈な寒気が夜明けの最後に襲ってきた。やはり訪れたかと体を丸め耐えるしかなかった。足を動かし叩くも我慢できぬ寒さに襲われた。

   石床からの寒気の流れに堪えられなくなる。
     足の震えが停まらず最後だと思い耐えるも.又止めれば震えが遣ってきた。

   余裕を持ち見上げられなくなった大天狗。漸く天狗を覗き込めた時,夜が明ける白みが漂い始めている。
     耐え切った自分に明るさが増してくと夜明けを迎えた。もう少しの我慢で朝がくる。闇が薄れ.おぼろな明るさが幾らか増し漂いだしていた。

      山寺弥勅寺
   明け方.坊さんが顔を出し朝食に誘われた。案内され壁なき裸の渡り廊下を渡る。
     暗闇から急に朝の明るさをもろに受けたせいか.外は眩く光が放されていた。
     その上.廊下両側に壁のよう積った新雪が反射し.一層目を眩まさせている。雪はまだシンシンと降り注いでいた。

      朝食
   廊下を渡ると小部屋に通された。外廊下と障子1枚で隔てただけの部屋は炭火鉢1つでも暖かい。
     僧衣に素足の僧人達と私.合わせて8名で朝食の膳につく。無言の動作に私一人が「頂きます!」と声を出す。

   お粥に山菜を主にした惣菜は質素だが美味かった。
     惣菜と云っても梅漬け.昆布.お新香と数は小皿に並ぶが.全員で少しずつお粥に乗せるだけ。
     それが物凄く美味い。温かく遠慮がてら御代りさせて頂いた。

      座禅
   ここ弥勅寺は曹道宗の関東総本山.夏には1日に桁の違う修行者が通よう宿坊になっている。
     迦葉山に登りに来たと告げると雪嵐に登るものではないと忠告を受ける。
     仕舞には朝の修行があるから一緒に座禅するよう薦められた。

   部屋に入る時.途中の渡り廊下を渡った所で,廊下の壁沿いに1人ずつ向かうような座禅場が延々と続いていた。
     雪明りで一層明るくなったのを幸い丁寧に辞退し山へ入る。


    天狗の裏山よりツァーが始まる

      淡雪
   山中は初めから厳しかった。スキーにシールを付け登るも淡雪の増す積雪は最初の一歩から急登となる。
     野宿した脇の大天狗を右手から裏山に回り込むようにでて.尾根筋を詰める積りでいた。

   尾根にでる一歩が泡雪の急斜面。
     一歩登っては半歩下がり.崩れるトレースをジグザグに登るが.ちょっと力を抜けば,隙を狙うよう摺り落ちる。腕力のみの登行が続く。

   スキーを履いても膝を越す積雪が続いている。滑りだすよりスキーを持ち上げての重い登りになる。
     淡雪でもこれだけ積れば重い。

   天気雨ならぬ雪粒が舞い.それも途切れなく降り続いている。一時陽射しは強くなった。
     最後の急斜面のツメは.息切れした顔が雪面間近まで寄るせいか.雪面が鏡のよう煌きが眩しい。何処を見ても雪の粒が光輝いている。

   尾根筋はやがて雑木林にブナが混ざりだした。飽きることなく雪は降り続いている。
     降雪ではなかった。ただ進まぬ重い湿雪が壁になっている。陰気な風雪でもなく,明るく煌め差し込むも私を阻んでいる。

   夜通し起きていたせいだろうか? 雪表の反射で一層明るくなるも,頂に登り着く前に疲れ果ててしまている。
     敗北感もない。雪面に腰を降ろし,休みながらゆっくり下ることを考える。
     残念と云えば頂は近いがと思われるが.山が見えなかったことだった。下りは呆気なかった。

   来たトレースを戻り.僧領に挨拶して沼田の街へでる。昨日夕方訪れた時.除雪していた参道も大分積っている。
     坂がある限り郡道を滑ることにした。車の通れなくなった舗装された雪道は捗るも.発知川に出ると,県道止まりになる。
     透門橋を渡り県道へ.その先100m程下流に舟木のバス停を見い出し.沼田駅に戻っている。

   無積雪期の場合は迦葉山龍華院弥勅寺(かしょうぜんりゅうげんいんみろくじ)の中峰堂(日本一の天狗面がある)と
     本堂間の渡り廊下の下を潜って山道に入る。道標に従い右の開山堂脇からが登山道に。太鼓橋より山頂まで約1時間.
     発知川→薄根川→利根川

  
    赤城SAから・・HP「ひらさんのhighトレッキング」より.中央に見えるのが迦葉山。

   上州武尊周辺・・利根沼田ロマンチック街道.湯けむり裏街道

     1967年10月. 尾瀬口から平ケ岳→尾瀬沼. 大清水.沼田街道=沼田.東武バス
     1969年09月. 富士見峠から鳩待峠→燧裏林道. 沼田.沼田街道=富士見下.東武バス
     1973年05月. 燧ヶ岳.会津駒ヶ岳スキーツァー. 沼田.沼田街道=大清水.東武バス. 帰路新津氏「迎い車」で桧枝岐=自宅.マイカー
     1973年05月. 至仏山スキー. 沼田.沼田街道⇔鳩待峠.=上野.マイカー
     1974年03月. 迦葉山ツァー.沼田.上発知材木線⇔弥勅寺.タクシーと東武バス
     1984年05月. 1886m峰散策. 沼田,沼田街道⇔鳩待峠.=自宅.マイカー
     1974年12月. 薄根川川場谷遡行. 沼田⇔平川沼田線.東武バス
     2004年10月. 日光杉並木本街道=日塩もみじライン=湯の香ライン(会津東街道)=上三衣.会津西街道=川俣温泉川治線
               =奥鬼怒林道(山王林道)=戦場原.ロマンチック街道=金精峠=白沢.沼田大間々線=渡良瀬川下降
               =伊勢崎IC.マイカー
     2006年06月. 尾瀬ケ原. 新宿⇔沼田街道=戸倉=鳩待峠.夜行山岳バス
     2007年07月. 苗場山の帰路. 三国街道から猿ケ京.沼田赤城道路R252から大胡赤城線=前橋IC.マイカー
     2007年10月. 奥鬼怒歩道から奥鬼怒山. 大清水.沼田街道=沼田.東武今季最終バス
     2008年06月. 日本ロマンチック街道を菅沼から奥白根山. 翌日幡谷温泉.平川沼田線で沼田吉祥寺.望郷ラインからコスモス街道
               玉原高原散策=渋川IC.マイカー 
     2009年07月. 新宿=滝沢橋登山口.山岳バス,夜行山岳バス,⇔会津駒ヶ岳,尾瀬沼, =沼山峠=桧枝岐=jr宇都宮.マイカー
     2010年05月. 谷川岳の帰路. 大峰山南麓「見晴荘」=後閑より玉泉寺.利根沼田望郷ライン=道の駅「田園プラザ川場」
               =沼田IC.マイカー 
     2010年10月. 会津浅草岳の帰路. 三国街道=猿ケ京より吾妻耶山北麓から水上.奥利根湯けむり街道=戸倉.沼田街道
               =幡谷.平川沼田線=渋川IC.マイカー
     2011年06月. 湯沢IC=沼田IC=赤城山黒檜山一大沼湖畔「みやま荘」=渋川IC.マイカー
     2011年10月. 沼田IC⇔「田園プラザ川場」=吹割ノ滝=老神温泉「吟松亭あわしま」=桑原農園,リンゴ狩り.町会日帰り旅行
     2013年10月. 沼田IC=「田園プラザ川場」=奥利根湯けむり街道.幡谷=沼田街道.戸倉=坤六峠=奥利根「水源の森」⇔上州武尊山
               =宝川温泉=水上17号線=長井食堂=「やなぎやラーメン」=新塚農産=渋川IC=坂戸西IC.マイカー

     猿ケ京から奥利根湯けむり街道・・2010.10  
     武尊山復路とゆけむり街道.宝川温泉・・2013.10