南会津の山々          尾瀬ヶ原地形図,山行表

富山先輩と裏尾瀬大杉岳スキー


只見より金山町.桧枝岐への旅
冷雨の岳
帰路.春雪に崩壊した安ヶ森林道に苦戦
           桧枝岐.残雪とブナの森
           焼津の富山先輩とスキーとピッケルを持ち幕営し会津大杉岳
             s50年(1975年)05月連休.小出から会津に抜け.最後は残雪に阻まれる・・m富山貞男(38卒).松村進(43卒)

    東京御徒町=小出R252=六十里越トンネル=田子倉湖=只見.沼田街道(→只見川)=金町町川口(←野尻川)=新鳥居峠
    =堺.沼田街道(←伊南川)=会津山口=内川(←桧枝岐川)=桧枝岐=御池c


   只見・叶津川の出合から望む浅草岳

   叶津川の土手より浅草岳の東面

   三条から遥か彼方に岳を

   会津川口にての絵地図

   河原に咲く山桜

   フキノトウ
   連休を利用して裏尾瀬に入る。

   車を使いテントから山道具.スキーと何でも詰め込み.食糧は富山さんに頼り.海の幸を十分持ち込んだ。
     初めての車山行は如何になろうか?

   雪多し御池の林道へ
    再び富山先輩と会津の雪山で遊ぶも.最後は悲惨な安ケ森林道を下ることになる。

   Cs付近の林道脇で遊ぶ

      Cs
   林道脇の小高い森にキャンプ地を設ける。
     ブナの生い茂る森に残雪は絞まっていた。
     赤いテントの周りにはピッケルにスキーが立ち並べられ.これからの山行に気がはしゃいでいた。

   コンロを囲み天婦羅の贅沢な食事にありついた。
     先輩の富山さんとは何度となく.山を共にしている。
     正月の富士.後立に始まり上越.安達太良スキーと何時も雪山に纏わっていた。

   夜半より雨激しくなる。冬テンでは堪え切れず車に逃げ込んだ。  
     車がなければ工夫しただろうがテントを畳んだ方が早かった。

             里に下りて最後のフィニッシュ
       御池Cs⇔大杉岳.雨
     ブナの森
   実川の源頭からブナの森は御池周辺の台地へ広がり.会津駒ケ岳を挟むよう桧枝岐川.只見川の流域へと広大なブナの森を築いている。
     その只見川高石沢の源流と伊南川桧枝岐川モーカケ沢の源流との突き上げた台地,御池から大杉岳1921.5mに取付いた。
     大杉沢と七入沢とのを分ける大杉岳から南に延びる尾根を詰める。無雪期には大杉林道(小径)が綴られている。

   その末端から詰め尾根にでて.ブナの疎林に覆われた平坦な雪原にでた所で霧雨で治まっていた天候は再び本降りになった。
     期待していた新雪も.昨夜は夕暮れから夜半に掛け強い雨に叩かれ.降り続く雨に諦めていた。

   霧雨か,又は切れることを願い登るもるも.一面に覆う残雪の斜面をシールを付けてのスキーは似つかわしくなかった。それに風もでてきている。
     滑る距離は短いがもどかしさの中,諦め下山した。
      それでも樹海を縫ってのスキーは楽しい。自分だけのシュプールが車を置いた路肩まで築かれた。

     御池cs(桧枝岐川→)=内川(←舘岩川)=新田原.安ヶ森林道=(鱒沢川←葡萄沢←峠沢←安ヶ森峠→ユナゴ沢→ウツルギ沢)
       =湯西川→五十里湖.男鹿川→鬼怒川=川治=

    背は会津駒ヶ岳

   帰路沼田街道の安ヶ森林道起点付近.
   完全に路面が現れ.乾いた桧枝岐川を下る。この後.悲惨な雪の冒険を受ける。

      下山路

   桧枝岐から雪が遠のいた沼田街道を下り.伊南川に入る手前で.内川から舘岩川を遡る。
     本来は山王峠から男鹿川を下るつもりでいた。

   松戸原で湯ノ岐川への道と別れ鱒沢川沿いに湯西川へ抜けることにした。
     御池から帰路.山間を抜けようとしたのが災難を生む。積雪は少ないと思われたが.安ヶ森林道の峠越えは意外な苦戦を強いらされた。

    安ヶ森峠
   峠でて安堵した笑い顔・・安ヶ森林道ウォッ地図

      安ヶ森林道
   林道に入ると峠手前で,積雪のため荒れに荒れた道中になる。
     軽トラが山から下りて来たことに安心し.安易な考えが大変なことになった。峠越えしたのが悪かった。

   国道から村道へ,無鉄砲な行動を取る。安ヶ森峠への峠ノ沢の道.北面の谷は再び全てを深い積雪で閉ざしていた。
     所々.林道は崩れ砕けている。残雪の塊とガレの雪道を入るが先は苦難に閉ざされる。

   軽トラのトレースだけが残り.登山と異なる雪山の異常な経験を体験した。
     この峠への道は無雪期でも幅員はごく狭く.普通車が漸く通れる程度だった。雪多く裸土はまだ現れていなかった。
     1つの障害物が通行を不能とし.車を放棄せねばならない条件を備えていた。

   吹き溜りには雪道を積もらせ.林道に入ってからはUターンできないのが最大の欠点になる。
     路肩はぬかるみ,吹き溜りではタイヤをめり込まさせられた。アクセルを踏めば更にタイヤは埋まり.暫しスコップを持つようなった。

   その上.まだ多くの雪が路肩に被っている。時には歩いて車を先導する事が暫し続いた。ここでもスコップが活躍した。
     軽トラのタイヤ跡が崖淵に付いている。先程の軽トラックの後だった。ただ私の車と車幅が合わず.身を引き締めさせられた。

   先輩は運転を拒み.先を歩み車輪の幅と道幅を目測し.崖淵との隙間を考える。車体が谷に出ている。もう一人の私は運転と。
     戻る事のできない蟻地獄に入り込んでいた。

   二人で岩を動かし雪塊を堀返し.タイヤに板も敷いた。それが延々と続き気の休まる暇がない。
     下山してから山との長い戦いが始まっていた。
     足元には深い渓谷がアイスバーンとデブリで何処までも埋まり待ち構えていた。

   湯西川上流ウツルギ沢と雪解け水で荒れる林道

      安ヶ森林道の峠越え
   安ヶ森峠を抜けると周りの風景はガラッと変わった。南面は明るい陽差しを浴びている。
     道幅も幾らか広くなり.路肩の残雪は見る見る溶けていた。
     ウツルギ沢沿いになると広い林道に変わり.雨が降らぬのに水溜りが路面に続き.岩石は除けられるようなる。

   湯西川温泉に出て緊張がほずれたせいか.疲労は頂点に達していた。
     どっと出た疲れ,谷へ落ちてばと長い緊張が全神経を費やし.貴重な馬鹿なような体験をさせられた。
     後は湯西川林道沿いに男鹿川をR121線に出れば川治も近い。

   思いのほか時間を費やした下山。帰宅して妻を脅かすことになった。
     泥だらけの車体に2人のやつれた顔.何が起きたかと。

   想い出すと湯西川温泉へでるルートは登山道だが4年前にも嫌な経験をしていた。
     馬坂川を遡行し田代山にでて.本降りの藪絡む径を綴り.三河沢林道から湯西川温泉に至っている。

   藪尾根の下りで.更なる豪雨に遭遇. 帳を迎え湯西川林道にでて運よくトラックに拾われ,湯西川温泉にでている。
     川治までの路線バスは翌日昼過ぎまで.豪雨で足止めになっている。

   栗山舘岩線(土呂部〜南会津町舘岩地区間)・安ヶ森林道(湯西川〜南会津町舘岩地区間)は冬期間積雪の為.通行止め。
     山王林道(川俣温泉〜日光光徳牧場間)は復旧工事の為.通行止め。金精道路は連休前に開通できず。

      湯西川林道
   s46年10月.田代山馬坂川を遡行.三河川林道から湯西川林道を抜け豪雨の中下山した。闇に包まれ厳しい山行だった。
     又,この林道はH17年10月.帝釈山の帰り田代山林道より下っている。
     当時の凸凹道は県道に昇格され.完全に舗装された立派な道路となっていた。

     南会津への鉄道,街道経緯