春期ツァー合宿U.吾妻東北部.その3. 高倉山.初めての東吾妻山
                                  春期ツァー合宿.吾妻東北部.1. 東大嶺偵察.五色
                                  春期ツァー合宿.吾妻東北部.2. 縦走.家形〜東大嶺

                                  春期ツァー合宿.吾妻東北部.3. 高倉山.東吾妻山
       3月03日.五色温泉.停滞ゲレンデ

   お節句の為ではないが縦走の慰労を兼ね休息となる。
     ツァーに出掛けるパーティを1隊ずつ見送り.炬燵に入りながら読むでもなく雑誌に精をだす。
     何かと用を促す先輩もいず.少し薄く暗い部屋の灯りが.夢うつらな気を起こさせ心地よい。

   今日は食当の故.炊事以外することはなかった。目的もなく留守を頼まれているような.ゆっくりした時間が流れてゆく。
     昨年とは違い.全てにゆとりが感じられ.主を失った錆びれた部屋に居ること事態が楽しく思われた。
     米1人.2升2合(不足する)

          高倉山
           高倉山.手前のコフ

    紺碧の空へ

      高倉山頂
   3パーティの仲間達

   

    雪の吹き飛ばされた高倉山頂.

     3月04日快晴. 五色温泉bc⇔高倉山.
         L西村.sL日吉.m本多.吉永.保坂.和田.松本.野中.鈴木.松村.山田.赤嶺

   男子10名.女子2名.計3パーティが合流して高倉に登る。皆気侭な格好でスキーを持ち高倉分岐より立教ルートを登った。
     強い陽差しを浴び賑やかな山行だ。連日の好天で頂は一面地肌を現している。

   頂上でのんびり日向ぼっこをしていると.賽ノ河原を横切る東吾妻パーティの姿が見えた。
     目差すはBパーティ. スキーを付けた。



          高倉山より賽の河原へ
   高倉山より慶応ルートを下る。
     斜滑降を大きく取り.クリスチャニァらしき滑降で賽ノ河原にでる。

   誤魔化しの利かぬ大斜面に自分はウィデルと思い.ただ転ばずダイナミックに滑った。
     ルートは五色の裏山.弾丸滑降を滑り落ちた。
     高倉山は五色の裏山でもあり.雪質は締りロスなく下りも早かった。

     五色温泉7:10⇔9:15高倉山10:05.一11:15五色温泉.

     s41年03月. Rルートから高倉山
     s42年03月. 縦走を終え高倉山へ
     s43年03月. シールを付けて高倉山

    五色に戻り3パーティ全員集合

      納会
   式辞通り納会は進み.酒に酔いが回ったところで雪落しが始まった。
     送る先輩を一人ずつ担ぎ上げ.宿の玄関前の淡雪の吹き溜まりに放り込む。
     二年が先導し一年と共に輪となり.今までの指導とうっぷんを晴す。

   田中先輩に始まり.見城.保坂.長谷川.本多.池田先輩と。
     助けるどころか逃げる先輩を追っ掛け.集団で担ぎ揚げる。

   OBへの洗礼は玄関前の淡雪の急斜面に放り投げることが慣例となっている。
     僕は先頭に立ち.同輩.後輩を導いて突進した。感謝と憎き? 心を持って。
     嫌がる先輩に雪が舞い.玄関の灯りがおぼろに雪山を映している。

   外は小雪が舞っていた。戯れの後.先輩と共に温い風呂に飛び込むのも慣例だった。
     凍える五感に湯は暖かい。ジーンと体に沁み込み暖かさが増す。それも一時である。
   間を空けぬ間々.温く出られなくなった。それ故.出ては又酒を浴びる事になる。皆笑い惚けている。
     そして1人消え.2人消え.宴席は輪が小さくなって夜が更けるまで続いた。

      下山
   今回も何度が通った板谷への径。だが今度は少しだけ違っていた。昨年初めての入山から見ると慣れだした径になる。
     昨年はボッカの往復から始まり.栂森.鉢森へと通いなれだした径。
     今年も全ての日程を終え.先輩を送り板谷まで続く今年度最後のけじめの径を下る。

   背負うキスも軽く気はもっと軽やかに踊っていた。昨年はおどおど下ったアイルパーンを同じような気持ちで一年生が下って行く。
     自由な2年の立場のせいか? 女将への挨拶も済んだ。心も軽く仲間の声を聞き板谷へとスキーを蹴る。

      スキー合板
   合宿前.スキーバッケンを山スキー用.セフティビーテング@1800.に替える。スキー靴より登山靴へ。s40年秋.「山幸」で溝入り登山靴を購入した。
     今までのスキー靴用板をその間々使用する。板は少し長く幅も狭いが登山靴でも利用できる前革を使うバッケンでワイヤー式に替えた。
     ストックはリングが大きく丈夫な和竹が最適だが贅沢はできない.今までのスチール製を使用する。

   微妙な滑降には不向きだが.極端な軽量化と大胆な滑降が楽しめた。
     この長所は絶大である。以外とかさばる靴1つ分の荷をなくし.ピノキオ的なスキー靴での歩行からも開放された。
     それ故.行動範囲が広がり山スキーに対する意欲は更にゲレンデからツァーへと流れた。

      初の東吾妻山々行
       3月02日晴後曇. L割田.sL大川.m工藤.高橋.田中.池田

   明日は東吾妻山に全力をそそがなければならないので.今日のうちに一切経.家形山を取って行こうと考え.五色を早めに出発する。
     キスリングを背負っているが.ペースは思いのほか快調で.10時前に青木小屋に到着する。
     1本とっていると.Dパーティが下ってきた。彼等の激励を受けて上へと進む。昼前にヒュッテに到着。

   昼食後.一切経.家形山をとるべく.又もっとも大事な明日の東吾妻のルートの取り方を偵察すべく.身軽なサブザックで出発する。
     今までの天気とうって変わり.一切経のピークではガスって何も見えず.東吾妻山ルート偵察は.とてもおぼつかないので引き返すことにする。
     夜は我々だけかと思っていたが.慶大.三嶺会とよらも泊った。

      3月03日.晴
         五色温泉6:40一9:45青木小屋10:00一11:40ヒュッテ12:45⇔14:00一切経:10一14:45家形山15:15一.  

   今日は一番の目的である。東吾妻のピークをねらう。ヒュッテを早めに出発し.一切経.前大嶺の鞍部で東吾妻を確認する。
     ピークでけを残し.後は樹林帯の山である。いろいろルートはあると思うが.ともかく初めてなので直進することにする。
   鎌沼.姥ケ原を突切って進む。思ったとうりの.いやそれ以上の樹林帯である。
     どんどん登って行くと.樹林帯が開けたと思うと.そこはピークのほんの手前であった。

   展望は申し分なく.我々はここでガンバレ節を歌った。
     下りは又.樹林帯を四苦八苦して下った。天気が良く.小屋に早く帰るのがもったいないので.五色沼を眺めたらしく.しばし休憩した。
     夜は又.三嶺会と一緒であった。割田秀夫.

     s44年02月28日.荒れた東吾妻山

                                        春期ツァー合宿.吾妻東北部.1. 東大嶺偵察.五色
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