|
春期ツァー合宿.吾妻東北部.2 |
昭元山より一切径を望む |
| 2月28日風強く雪後曇. 五色―家形ヒュッテh1⇔兵子の鞍部偵察 五色温泉bc7:20一10:05賽ノ河原出口:25一13:? 家形ヒュッテhc1 今日からツァーが始まる。 僕等は偵察を終え.待ちに待った縦走の日を向かいる。 昨夜遅くまでパッキングした荷が背に乗っている。外の吹雪もなんのその。2日間の休息が爆発するようだった。 弾丸滑降裏の径.血のみなぎる登行に足も軽く.共に出た根岸パーティをグングン離して行く。 ガスの賽ノ河原左から保坂先輩と私.鈴木.田沼 分岐の急斜面を下り.賽ノ河原にでる。標識に導かれると河原は雲も切れ出した。適当に汗ばむ快い登行が続く。 緑樹山荘まではラッセルされ楽に進む。東海大WCに感謝しながら幾つか沢を越した。 リーダーの捻挫 硫黄けの強い沢筋で保坂さんが右手を捻る。かなり痛いそうだが応急処置後.片手の登行でヒュッテまで行くこととなった。 緑樹山荘を過ぎ深くなったラッセルは急登も加わり.トップの交代も激しくなった。 保坂さんの手が痛々しいが馬力にものをいわせヒュッテへと。 ヒュッテでは秋に入山した山小屋隊のおかげで.充分用意された薪がある。暖かいストーブがある。・・家形ヒュッテ修理Top 偵察.家形ヒュッテ⇔家形山.樹氷帯 |
藤十郎手前の樹氷を潜る |
| 偵察.家形山―兵子 一休みして家形山〜兵子間の偵察に行く。保坂さんと滝島さんに僕だ。 保坂さんは我慢から決断の顔に変り.痛みを堪え笑い顔を見せてた。 赤旗.ベンガラを持ち.ガンチャンの急登が続く。舞う雪に粉雪が足元をサラサラ落ちていた。 ルート工作 屋根を思わす家形山の北端からルート工作が始まった。樹氷の中の雪コブを細かく激しく縫い距離を伸ばして行く。 時には北側を抜け.再び樹氷に入ったりもした。閉ざす樹海を被うスノーモンスターが行く手を塞いでいた。 直角に折れたと思えば積雪.樹氷の悪戯.スノーモンスターで起伏が激しく..その都度,赤旗,ベンガラが活躍した。 全体的には西側を絡めるが.殆ど直すぐ進めることはなかった。樹氷の隔たりが多く.細かいジグザクのルートが続く。 樹氷の密生がまさにスノーモンスターとなり.難渋を起こし.ルート偵察も時間切れとなった。兵子の鞍部.少し手前である。 ここまで来れば兵子の迷路はほとんど片付けたことになる。 樹氷 樹氷は八甲田.八幡平.蔵王山域が名を知れているものの.吾妻連峰東北部にもある。兵子岳周辺.ここもトド松帯が集中している。 日本海に霧状のモヤが湧き.顕著な西高東低が風と共に過冷水滴を吾妻に運ぶ。 そのマイナスの凍らぬ小さな水粒は樹林の枝々に当たると氷付き.樹氷の根を造る。そして膨らみと共に雪がまつわり付く。 そして1月末に吾妻ではアイスからスノーモンスターに成長し山を被い.樹氷は3月末には消滅する運命を持っている。 僕等はその迷路を綴るよう縦走した。 3月01日.家形ヒュッテ―明月荘hc2 アップ |
烏帽子を越え返り見る |
| 3月01日.風雪後曇 家形ヒュッテ7:20一8:35家形山:50一11:15烏帽子.昭元山の鞍部12:00一13:30東大嶺 夜も明けぬ内,ストーブに仲間が集まった。 冷え込みが強く1人起き.2人起き.ついに全員が起床時間前に起きた。 赤々と燃える薪を尻目に.吹雪が隙間を見付けては小屋に舞い込んでいた。 僕は眠らなければ云う意識より.先への希望に満ちていた。馬力のみの体だが縦走への憧れに満ちていた。 縦走 2尺2寸のザックを背に再びガンチャンにでる。ツボ足から雪が舞い.粉雪が風に飛ばされて行く。 雪の締まった家形の肩は風に追われ.あっ気なく頂稜に達した。これからが本番である。 大きなやぐらのある頂を横目で流し.吹雪を避けるよう西へ進路を取る。 森の静けさは樹氷に覆われ,今までの外の荒れ狂いとは異にし.風も途切れがちとなっていた。 静かだが淡雪の吹き溜まりが凄い。昨日.偵察した折の赤旗.ベンガラは.もう霞み掛けているものもある。一つずつ過ぎて行く。 赤旗は風にたなびき.時には吹き溜まりに押され.傾いて先を示し.ベンガラはピンクに染まる印になっていた。 鞍部に降り立つと疎らな樹林が雪帽子を被い現れた。兵子は稜線からは少し北へ外れていた。 烏帽子岳より東大嶺. 昭元山を越え鞍部より昭元山を前に右へ巻き始めると再びラッセルも深まり,スキーを履くも膝まで潜る。 ここは斜面は横切る形で詰めるが転んだら大変だった。 沢側へズルズル落ち.体中が泡雪に埋められる。起き上がるにも馬力がいた。もう少しで深雪帯も過ぎる。 疎林を縫い兜を左へ巻けば.広い雪原にでる。 |
惣八郎平と一切経.東吾妻. . |
, 東大嶺東大嶺. 風に逆らいガスの被う広い頂が.ガスの切れ目から覗まれる。だが又直ぐ隠れ.薄暗さが漂いだしているた。 ここは吹きさらしの雪原で雪表は潜らなくなるが.ガスが曲者になる。僕等はその中を直ぐ頂へ登って行く。 頂には古い赤旗が風にたなびき.強風で布はほぐされ.字らしい跡が残されていた。 紛れもなく.かって先輩達が登った時のものだった。 下山.東大嶺―栂森 |
頂稜より中央奥.明月荘 |
| 東大嶺13:35一14:00明月荘hc2 弥兵衛平を抜け.頂でガナり.僕等はシールを付けた間々.早々に明月荘へ降りた。 見る間に視界が遠ざかり重くなりつつある雪原に.見付けた明月荘はガスに包まれた中にある。 荒れだした今.見ていた明月荘が雲の流れと共に巻き込まれ.風が唸りだす。 目出帽にフードを被り.最後の一歩を歩みだした。突風は連続的となり.目は開けられず下を向くようになる。 乾雪は咄嗟に氷り付いた。厚い雲が視界を闇へ変え.地表をガリガリの氷に変えている。 目指す小屋も見え隠れし.ついに見えなくなった。 明月荘 漸くこじ開けた小屋は雪粒に埋り.床ばかりではなく小屋を半分を吹き溜まりで埋め尽くしていた。 それでも小屋は小屋である。弥兵衛平の雪原にぽつんとある肩の小屋である。 荒れ始めた天候の中.雪の中にぽっんとある小さな小屋ほどありがたいものはない。 積雪でうず込まれた小屋も.入ると以外と雪明かりがあり明るかった。 早速.除雪と炊事に精をだす。小さな小屋で寝仕度も始まった。 ひと息付き.ここで僕は熱いしゅる粉のナベをこぼすことになった。袖に引っ掛け.被らなかっただけが幸いだった。 楽しみにしていたしゅる粉。コッヘルを落とし.しゅる粉の実は全てをこぼれてしまった。何も言わぬ仲間の気持が嬉しい。 皆に悪く謝るしかない自分に.言葉もなくなっていた。 自分に侘しく.優しい仲間。又風に揺れ動く小さな小屋が頼もしかった。 |
北面からの東大嶺 |
| 東大嶺への山名類? 家形山の南面を斜めに西に登る。この際あまり南側を横切ると藪が酷いので注意を要した。 兵子.ニセエボシ.烏帽子山とも南を巻いて昭元山との鞍部にでる。昭元山は北側を少しずつ登りながら巻いて. 地図上の無名のなだらかな高地を進むと東大嶺の東端にでる。この付近の雪質はきわめてよく.樹氷群もまた素晴らしい。 新しい五万分の一地図では我々が西烏帽子と呼んでいる山は昭元山.昭元山と記されておた。 山はカブトと記入されているから注意を要する。大ていのガイドブックや地図は殆どが我々の呼んでいる名で記されていた。 即ち家形山.兵子.ニセエボシ.烏帽子山.昭元山(1892.6m).東大嶺の順になっている。 2月02日風雪後晴. 明月荘―峠 明月荘8:05一10:40栂森一13:20(1000m地点):35一14:05峠15:04=12:09板谷:40一16:45五色bc. 一晩中.荒れ放題で唸りに唸った。軋む処か揺れ強く.半分雪に埋まった掘っ建て小屋が潰れそになる。 頂稜の原っぱに明月荘と云う.1軒の小さな小屋があり.烈風は周りの樹木も低い。そこを絶え間なく這い上がり襲っていた。 西風の考えられぬ力が小屋を潰す。軋み壊れそうな小屋に僕等は身を丸め.夜の明けるのを待っている。 余りにも強い風圧は気をも縮込ましていた。風は唸る轟音と共に小屋ばかりか.大地を揺るがしている。 それも地震を思わす横揺れとは異なり戻らず.身を丸め耐え忍んだいる。 完全装備に身を固め小屋をでた。目出い帽にフードを被り.全てを身に付け完全装備で外にでる。 天候は朝になっても回復せず.ここ東大嶺の裾肩を吹き荒れていた。 僕等はここを逃れるよう小屋をでる。スキーのバッケンに足を固定し.地吹雪の荒れ狂う中.待望の滑降が始まった。 栂森を下り.雲切れる左から田沼.滝島先輩.私.鈴木 嵐から陽差しを浴びての下山 栂森 暫らくの間,斜滑降気味の直滑降が続く。風で谷間へ滑り落とされないよう.ツルツルのアイスバーンを滑る。 明るく思えた外は慣れるに従い.様子も分かり帳を思わす暗いガスの渦が更に視界を閉ざしていた。 風も雪上より這い上がるよう巻き上げ.地吹雪となり身に襲ってくる。 眉毛に氷柱が垂れ.バタバタはためくフォードを縮め.息するも耐え耐えになる。 テールは雪面の薄氷をバリバリ割った。頬を叩く暴風を避け.下を向き々々下る。 偵察の折.立てた赤旗が見えだした。 高度は見る見る落ち.明るさが幾らか持ち直し.目が開けられるようなる。 風が治まりだした。降雪も落ち付いてくる。そしてガスは切れ.陽さえ差しだした。 絶好の下山日和になる。振り見れば国境の峰々が顔を現わす。 そしてガスを切り,輝く白稜が次第に姿を見せ.僕等を山の凱歌に酔わせだす。 小栂森で保坂さんを心配して根岸さんパーティが三浦.三田と共に姿を現わした。 迎えに来てくれた仲間と僕等。顔がほころび.たった3日間の別行動でも友との再会は嬉しかった。 偵察時.世話になった雪洞は半分ほど壊れ残骸をさらしている。その雪洞を横目で見ながら彼等の後を追う。 締まった雪面が.キスの荷をも軽くし飛ぶよう滑る。なめらかに滑るテールが腰に乗り.心も弾んていだ。 落ち始めた雪庇を越え峠のスキー場へ。スキー場は名ばかりで.今日も1人のスキーヤーも居なかった。そして峠の駅へと滑り込む。 板谷の叔母さん 板谷.駅前の連絡所では何時も叔母さが茶を差し出してくれる。 温い湯だが何故か心が落ち着く。入山前のお茶1杯や.ツァーを終え迎えの1杯,優しいお茶である。 又明月荘でしゅる粉をこぼした手前.僕は保坂さんにうどんのご馳走を催促する訳には往かなかった。全員が黙っている。 誰もが頼むでもなく呑む。安いお茶が以外と上手い。 それでいて顔が知れているせいか呑まぬと怒る。笑いながら,8そんなに時間がないのか!」と。今日は久し振り.お茶の御代りを頼んだ。 外が寒いせいもあるが.お茶より叔母さんの誠意が篭もっている。 それ故.その都度常に寄る事になる。 高倉山より栂森前川源流を隔て東面の栂森 s42年02月.栂森山偵察.縦走 s43年03月.栂森山 前々年度40年.偵察. 五色⇔家形ヒュッテ一兵子 前年度41年.偵察.縦走隊報告. 家形山〜東大嶺 本年度42年.偵察.縦走隊報告. 家形山〜東大嶺 翌年度43年.偵察.縦走隊報告. 家形山〜東大嶺 春期ツァー合宿.吾妻東北部.1. 偵察.峠⇔東大嶺肩. 春期ツァー合宿.吾妻東北部.2. 縦走本隊.家形〜東大嶺 春期ツァー合宿.吾妻東北部.3. 高倉山 |