| 春期ツァー合宿Top . 吾妻連峰.春合宿U 栂森〜東大嶺偵察 家形山〜東大嶺.縦走.高倉山 東吾妻山 ![]() 一切経山から西吾妻への広がり |
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| 吾妻連峰東北部.春期ツァー合宿.U s42年(1967年)02月21〜03月06日. cL西村.sL根岸.他29名.ob新津.中山. 春期ツァー合宿.吾妻東北部1.偵察.峠⇔東大嶺肩 春期ツァー合宿.吾妻東北部2.縦走本隊.家形〜東大嶺 春期ツァー合宿.吾妻東北部3.高倉山 春期合宿 今年で吾妻に於けるツァー合宿は6度目となるが.例年通り五色をベースに吾妻東北部で行われた。 一切経.高倉山.鉢森.栂森.昨年初めて成功した家形ヒュッテ一東大嶺一栂森間の縦走の他に.東吾妻山を新たにコースに取り入れた。 小栂森の雪洞をベースにした栂森一明月荘間の偵察と並行して. 合宿をより充実させる為.荷上げ隊を編成し高湯から家形ヒュッテへ燃料等の荷上げ.薪作りを行った。 年間研究目標であるビバークの研究としては五色温泉の他に賽ノ河原に雪洞を掘り. 一歩研究を進めると共に合宿の安全を計った。 今年は天気に恵まれ.積雪も少なかった為,のんびりスキーを楽しむことが出来た。その反面,ラッセルの苦しみや吹雪の中の滑行. 寒さに震えながらツエルトの中で飲む紅茶の味と云うようなツァーの醍醐味を経験でいなかったのが残念。 不運にも負傷者が続出したが.ツァースキーを甘く見ることなく.常に緊張した気持で望んでもらいたい。 西村記. 吾妻東北部.頂稜概念図 吾妻連峰東北部地形図.山行表緑ルートは偵察時.赤は本隊ルート 前年10月.家形ヒュッテ偵察 11月.2度に渡り家形ヒュッテ修理及び春合宿に備える。
偵察.峠〜東大嶺 上野駅集合.20:00. 山小屋隊と共に.22:40=7:15峠 まだ夜も明け切らぬ福島駅にて山小屋隊と別れる。 2月22日晴 福島路,盆地から山間に入った奥羽本線は.それを機に白銀に包まれ狭い谷間を縫って行く。 山腹を埋める雪が眩ゆい。 今年しは裾野を見る限り幾らか積雪が少ないかも。 赤岩が近ずくと松川との距離も狭まり積雪は多くなる。山肌とヘチに挟まれ.峠へのトンネルが続いた。 この辺は30年代前半.以前は毎年のよう雪崩で閉ざされていたようだ。崖渕のような所を線路がうねる。 峠駅 板谷を過ぎトンネルを潜りスイッチバックして.優しい響きをもたらす「峠」の駅に降り立った。 峠駅の周りには数件の人家が軒を並べるだけの小さな停車所だった。 改札には駅員は居なかった。切符を缶に入れ抜けると薄暗い待合室となる。 板谷駅より随分小陣まりしているが駅舎は同じような構造になっていた。 廊下を隔て暗い二重扉を造り.待合室への風と寒さを塞いでいた。 ただ乗降客が殆どないせいか.待合室は薄暗く灯りは消されていた。 駅員はポイントの仕事で忙しいかも知れない。山形へ下る小さな小さな峠の駅だった。 閑散とした駅周辺. 改札口前の原っぱには家が1軒もなく.目の前に雪の原が広がっている。 昨年,栂森に雪洞を掘り初めて成功した縦走。家形山一東大嶺一栂森間. その一歩を.更に確実にするべき踏みだした。 峠一小栂森下sh |
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![]() 栂森.尾根に出て.これから東大嶺偵察へ |
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峠駅7:50一8:55スキー場9:10一9:45小:55一10:30熊岩上:40一11:00シール付ける一11:35(1120m):50 一12:25(1250m):45一13:25s1.2 栂森から東大嶺.概念図 合宿パンフレットより |
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栂森へ 偵察に不必要な物を駅に預け.凍った廊下を外へ飛び出す。眼が闇から慣れない為か青空が眩い。 雲1つない.かろやかな朝だ。疎らに生い茂る裸林を抜けるとスキー場にでた。 小さなリフト1つない場所である。今はもう忘れられたスキー場かも知れない。漠然とした斜面に雪が被っていた。 締まった雪にツボ足は雪に馴染み歩き易かった。ボッカの身.蒼い空.これからの偵察に心が踊る。 右手厳石沢の対岸に雪崩が起きる。南向きの為.暫し雪崩れ単調な登行に変化を現していた。 熊岩を過ぎ尾根はなだらかになった。緩んだ積雪に足が潜りだす。一歩毎に深まるヒザは枝が絡み馬力を要した。 巾広い尾根上にでてスキーに格好の雪質となる。シールに食い込むベタ雪も.それ程沈まなかった。 快適に高度を上げ視野が広がった。 汗だくの痩せ尾根は真白い山脈を十二分に現わした。 これから挑む吾妻の国境稜線が。栂森の肩には大雪原を持つ東大嶺が横たわっている。 そして顕著なピラミットの姿で薬師森が聳えていた。 眺望に酔う程に栂森は大きさを増し.小栂森がそこを隠すよう押し上げていた。 雪洞,偵察bc1.2 今は2月.強い日差しを受け裸の小栂森下雪洞造り.14:10〜17:30 小栂森sh 雪洞予定地小栂森直下.疎らな林の中。スコップ1本で5人が充分安らげるL状の雪洞ができた。 時間は十分にあるも雪は締まるが積雪が少なかった。コブの吹き溜まりを利用したが藪に絡まれた。 それ故.鋸が以外と活躍した。入口に土間も造り.見た目は豪勢そこものである。ただ余りにも暑かった。 5月のような強い陽差しを浴び.汗だくで濡れたシャツを干す。 風もなく蒸す暑さに.体ともども裸の心に気ははしゃいでいた。 生暖かい帳を迎え居心地は良いが.コンロは雪洞の中では使えなかった。雨の如く落ちる雫で雪洞が崩れそうだ。 寒くない日没に万点の星を仰ぐ。風さえ気を付ければのどかな炊事を楽しめた。2月なのに今日ばかりは外の方が気持がよい。 頭上高く夜空を縫って星座が広がっている。 以外と近い大きなオリオン座を囲み北斗七星にシリウスがある。 そして隣り子熊座にぼやけて北極星も.その先にはカシオペアも輝いている。 |
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![]() 1100m付近より栂森.東側稜線 |
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この晴天が荒れる2月23日曇後ガス. 小栂森sh⇔明月荘. 起床5:00. 小栂森sh8:00⇔9:05栂森一10:20第2ピーク:40一11:45195地点.昼食 13:00一15:00s2 昨日の登山日和と打って変わり.曇天で夜が明けた。相変わらず生暖かい風が吹いている。 もし行けたら東大嶺まで登り.赤布を縦走の折り持ち帰ろうと.息揚々と雪洞をでた。 明月荘へ 家形山一東大嶺間.縦走のポイントは東大嶺の天候と栂森の下りに掛かっている。 今.その安全を尽くすべく明月荘に向かう。 疎らな樹木を抜い栂森を直登する。右手トラバースルートに幾つも雪崩の跡が見止められた為である。 急斜面の直登は雪にスキーを取られ登り難い。漸く土手のような所を越え栂森の頂に立つ。栂も消えタンネの緩斜面が続いた。 ルート工作 栂森から早速ルート工作が行われた。みぞれ気味の雪が舞い始め.西風が強まった。 ヤッケを被り赤旗.ベンガラが活躍する。僕は小まめに記録を手帳に綴っていく。 コブを1つ.2つと越して行くと視界が怪しくなった。東大嶺はずっと前にガスに包まれてしまっている。 さして潜らないが重い雪.交互にラッセルを繰り返す。天候は完全に崩れる。 それでも僕等は,明月荘までは行って確かめておこうと突進した。もう標識さえ探しずらくなる。 滑川側の雪庇に気を付け風に逆らい進む。もう東大嶺の裾の中だ。明月荘も近い。 195地点僕等がこの日.知り得た最後の標識番号である。 100m先には小屋があろう。なぶりつける風に顔を上げられず.前進不能となった。東大嶺どころか明月荘までも届かず. ヤッケは羽ばたき頬は刺す痛さが増した。僕等はここ195地点でツエルトを被り下ることにした。 偵察を終え明るくなった栂森再び雪洞へ 下りの滑降は楽しい。ベンガラ.赤旗に導かれ枝木を潜りタンネを抜け.斜滑降.山回り.谷回りが続く。 時には背を縮め木を跨ぎ.栂森を大きく回って雪洞に降りた。 雪まみれで着いた雪洞に皆ガックリする。 数層しかない天井は重みで深く落ち込み,雨水は天井をろ過し床いっぱいに溜まっていた。 氷った床上はプール状になっていた。 その為.整地にも苦労する。腰を下ろす場所を造るにも時間を費した。 もうひと晩.ここで夜を明かせねばならないとは。焚火で気やすめ乾かすも寢袋は濡れ.天井からは雫が落ちてくる。 全員.ポンチョをまとり眠りについた。 小栂森shより下山2月24日ガス.小栂森一五色(下山) 小栂森s2 9:00一11:25熊岩:35一12:30峠15:04=板谷一17:10五色bc. 冷えに冷えた朝.うつらうつらで夜が明けた。もうここに留まる必要はなく早く下山することだった。 キスの重荷にあげき強引な滑降が始まる。痩せ尾根の疎木帯は直滑降で飛ばした。 途中.ガスが掛かり.その下の痩せ尾根は雪庇が切れ胆を冷やす。 昨日の暖気で落ちに落ちた雪庇.落とし穴は眼下.谷底400mの底にあった。 雪庇が幾つも大きく切れ落ちた雪稜を跨ぐよう滑り込む。 気の引き締まった後の緩斜面は面白いほど滑る。 自分でも関心するほど凄く上達した気になり.至ご機嫌であった。 こうなるともっと滑りたくなるが.気とは裏はらに峠の停車場はもう直ぐだった。 ザックも背にぴったり乗っている。体とT対となり,駅前まで滑り込む。 峠駅.入山も下山も乗客は我々だけだった。 偵察隊後記 昨年の春宿にて家形山〜栂森山間完走の結果.未知であった東大嶺〜栂森間のコースも問題がない事が確認された。 更に本年も.吾妻山塊に.より深く.より広くクラブの足跡を印し布石すべく.縦走の計画が立てられ. 偵察も昨年同様に峠より入山.雪洞使用という計画に沿って行われた。 計画にあたりコースの全容は昨年によって明らかにされたが.今回の偵察行きで.初めて栂森山に行く者も多く, 栂森山までの雪庇.雪の状態等を合わせて.メンバー全員のコース確認に重きを置き.又行動の余裕を持たすべく予備日が考慮された。 入山は好天下.さして困難もなく順調に進められたが.今後の積雪状態,又は天候によっては, 小栂森下での雪洞掘りを含めた時間的余裕と.スピーディな行動が望まれる。 又2月下旬の吾妻山域に於いて.雪洞使用はクラブの雪洞経験からしても充分可能であったが. 今回の偵察に於いては好天後霧雨に会い.天井沈下と共に激しい流水は雪洞生活を余り快適なものとはさせなかった。 しかし明月荘〜栂森間の偵察を考える時.小栂森直下での雪洞をベースすることは有効.確実であり. 気象条件に伴う雪洞生活は工夫と研究によって充分解決できる問題だろう。 年々雪洞経験も豊富となり.クラブの記録が.やがて吾妻の貴重な資料となり, 更に今後の雪山にいかされて行ってもらいらいものである。 今回の偵察は明月荘を確実に認めるに至らなかったが.縦走の下準備,又悪条件の下でキスリングを背負っての滑行を含め, 縦走を余裕あるものにするのではないかと思う。 保坂 洋 五色温泉 |
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, 五色ゲレンデ脇の雪洞掘り |
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| 2月25日晴後曇.合宿を前に 宿先の原でスキーに熱中していたらボッカ隊が上がってきた。 ふうふう言いながら炭俵を担ぎ.段ボールを幾つも積み重ね.スキーを2本背負っている者も居る。 初めて入る一年生.宿が見えてからが長かっただろう。去年我々が行った事を今.後輩が感じ経験している。 彼等は再び残りの荷を取りに板谷まで降りて行く。 夕方には家形ヒュッテの荷揚げ隊も五色に合流し賑やかさを増した。明日は本隊も入山する。 2月26日.合宿始まる 本隊も揃い急に活気ついた宿は最後の各種点検.確認で大慌てだった。 各係のリーダーが汗だくになって動き回っている。食糧は食糧.装備は装備と一ヶ所に集め.食糧部屋もできた。 部屋は昨年と同じ場所.一番奥の高台である。 これからの合宿を思う者.個人装備の整理に余念のない者も居る。 僕は気象係.サブとして記録と午後7時の短波で天気図を作成.ミーテング毎に予報する役目がある。 昼食後.雪洞講習が行われ和田は高倉まで足を伸ばし.僕は一年と組んで五色に2つの雪洞を掘った。 横穴のかなり大きな雪洞である。ここで合宿中.全員が一度は寝る事となる。 高倉分岐の雪洞はL根岸.sL日吉.m和田.三浦が担当.残り僕らは五色にて. 2月27日.ゲレンデ 宿前の一本しかないリフトを利用してスキーに興じた。 体が漸くスキーに乗るようなり.思うよう滑るが転ぶことも多い。 ちょっと調子に乗ると腰が疎かになり尻もちを着く。又格好ばかり気にすれば同じ如くなる。 それでも夕暮れまで.くたくたになるまでスキーで滑りまくる。 リフト リフトには勿論チケットはある。リフトを動かすよう頼むと源ちゃんが現れるが.寒さでそう長く留まる事はない。 何しろ番小屋にはコンロもなく適当で消えて行く。時折.戻るも用事ができ消えて行く。 源ちゃんは.いわゆるここの主人である。体は人一倍大きいが気が弱い。人の前で話す事が苦手である。 気は優しく力持ち以上に気が弱い。それ故大事な事は女将が登場する。 僕はその女将が大好きである。そっと汁粉を御馳走になったからではない。常に優しい。 気質は強い人である。でも常に下級生の僕に優しく接してくれている。誰でもそうであろうが僕は思っている。 昨年は初めての事であり.チケットは自分で切り自己申告していた。今年は居ないのに馬鹿らしくなった。 集合が掛かり途中リフトから飛び降りる事もあるが.他かが知れている。 源ちゃんも知っている。諦めているのか? 全員でゲレンデに出る時は催促してリフトを動かしに現われるが.常に何処かに居なくなる。 それでいて時たま泊る客が現れると真面目に番小屋に留まって居る。 採算が合わぬのは分かっている。 それ故.1パーティでのゲレンデではリフトを要請することはない。皆.チケットは持っているが。 春期ツァー合宿.吾妻東北部1.偵察.峠⇔東大嶺肩 春期ツァー合宿.吾妻東北部2.縦走本隊.家形〜東大嶺 春期ツァー合宿.吾妻東北部3.高倉山 |