晩
秋の後立山連峰.白馬大雪渓から針ノ木雪渓を結ぶ・・後立山連峰Top
     白沢カールから更に後立を南下し五龍岳.鹿島槍ケ岳.爺ケ岳から鳴沢岳.針ノ木峠から蓮華岳をピストンし針ノ木雪渓を下る

      秋の後立山連峰1.白馬大雪渓―唐松岳―白沢カール
      秋の後立山連峰2.白沢カール―針ノ木雪渓.蓮華岳

  白沢カール―冷池c4  南肩と五龍岳          .

        9月24日晴後曇. 白沢カール―五龍岳―鹿島槍ヶ岳―冷池
            白沢カールTs3. 5:50一7:30五龍岳:30一8:30(G6):45一10:00コル:20一10:40キレット一11:15大:55
            一12:35鹿島槍ヶ岳15:30一15:52北峰一16:45冷池c4.
      山上の眺望
   素晴らしい好天が続き.振り返ると見渡す限りの岳々が重なり合い歩んできた頂稜を築いている。
     入山時.白馬岳の頂点から針ノ木岳が遥か彼方に覗き見た岳々を越えてきた。

   昨日.踏破した唐松岳から白馬の山並が天空とコンタクトラインを創り.その蒼さが無限に広がり綴られている。
     この晴天も今朝から次第に崩れだ始めている。陽は陰り高曇が大きな岳の頭上に覆いだしていた。

   五龍岳の雄大なスケールも,登って知る大きさをここで知ることになる。頂稜はそこ南肩を綴っている。
     北側のどっしりした岩稜は登り尽きぬ登りになった。頂への最後の砦が山の上に.又岩塊の台地を築いていた。

            五龍岳北面の山々

                     振り返る綴ってきた唐松岳への頂稜・・唐松岳は中央に重なる手前の岳
五龍岳南面の山々                                                  .
                           落ち込む八峰キレットと鹿島槍ヶ岳, 南峰右が牛首尾根.右奥は立山
      五龍岳
   白馬岳から憧れ見詰めていた遠望も.針ノ木峠への山並の距離にして半分近くに達していた。
     キレットを越えれば鹿島槍ケ岳にでる。

   山頂で唐松岳を振り返りながら美味そうにポリの水を口にする大川の顔。飯田.鈴木.松本の笑い顔が又僕を楽します。
     幾枚もカメラに収め.残りおしい五龍岳を後にした。向うは鹿島槍ケ岳. 雄大な山容を誇る岳の前に深く抉れたキレットがある。

      鹿島槍ヶ岳へ
    八峰キレット前で中休止

       八峰キレット
       鹿島槍北峰
     五龍岳を背に                        手前初めがG4.信州側に寄るのがG5

    キレットへ最後の小径

      キレット
   五龍岳,鹿島槍ケ岳間は距離の割り時間を費やしていた。細かく抉る尾根道から八ッ峰キレッツトを過ぎれば直ぐ鹿島槍ケ岳にでる。
     キレット小屋は早くも無人小屋で屋根の上には.ジャガイモがかなりの糧.干しさらしにされていた。収納するのを忘れてしまったようだ。

   キレットは後立のメンルートらしく.登山道は狭く.巾60cm近くの所もあり,難所は鎖で従繋ぎに綺麗に整備されている。
     後輩達は昨日の不帰ず越えで.既に恐怖心はなくなっていた。

   キレットの窓から剣岳を覗く印象的な画像には忘れられぬ姿を現していた。
     霞を割り飛び込んできた剣岳は垂直な岩稜の山肌を現わし.深く東谷に食い込み望まれる。

   岳として岩稜帯の占める割合が多く.ここからは黒くくすんだ屏風のような山容に思われた。
     鋭い岩峰の尾根を幾つも構える剣岳の東面には.数年前に真砂沢をベースに毎日通い続けていた。そこは強い陽差しを受け輝いている。


   南峰と後立後半の山々                                               .

                              鹿島槍吊り尾根南峰と爺ヶ岳. 蓮華岳と餓鬼岳
      大休止.鹿島槍ヶ岳
   昼食は北峰手前.最後のツメで北壁を眼前に仰ぎながら摂る。
     足元からスパット切れ落ちた側壁の前でゆっくり大休止した。ただ食事は散々だった。

   石油混じりのお茶漬けに変わり情けない。
     ちょっとした不注意で.石油の入ったタッシュと間違え.食器に油が付いてしまっていた。
     怒るが捨てる分けにもいかず.微妙な味は食べるにも苦労する。

   北壁と云えば明大の同期.友から過って.この足元で起きた明大の遭難事故を聞かされていた。
     無線機で事故を知らせるも連絡は警察ではなく.新潟の航空自衛隊に届き.ヘリで救助されている。
     その時はタバコ1箱も受け取らず帰隊したと云う。遭難者と共に凄い運に恵まれていた。

   私にとって鹿島槍ヶ岳は剣岳熊岩から黒部川を隔て真向かいに見た双耳峰が印象に強く残っている。
     連なる後立の山稜はそれぞれ大きな岳の山波を示している。その中央に目立つ双耳を抱き望まれるのが鹿島槍ヶ岳だった。
     八ッ峰からチンネに回り込み.雪渓をグリで下り.途中で1本取り休んだ長次郎から望んでいた。

   もう今日の泊まり場も直ぐだ。吊り尾根の残雪を利用し.時間を掛け水ポリ全部に詰め込んだ。
     食糧と云えばスパゲティを分けて貰い.ついでに吊り尾根の残雪を利用し作ったものの.これは散々たるものだった。

   作った水をケチッたばかりに.うどん粉のようなスパゲティができ上る。不味過ぎ,口に入る代物ではなかった。
     今日の食事は全く付いていなかった。又水を造るのに時間が掛かり,やけくそになりザックを広げゴロゴロ横になってもいた。

   ここから眺める針ノ木峠は.爺ケ岳を1つ越えた先に程よい遠さで遠望された。ここからは如何に鹿島槍ケ岳が後立でも高いかが伺える。
     縦走し幾つも峰々を越え先を見定めるも,鹿島槍が山蔭となり.先はコブの一部しか見下ろされていなかった。
     手前には今日宿る冷池の赤い屋根がマッチ箱のように小さく見下ろされた。曇天から風が出始め.周りは薄く暗さを増し.漸く腰を上げている。

    爺ケ岳三山
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 鹿島槍ヶ岳から南下し籠川流域流域に入る

   常念岳,大天井岳.前穂高岳.奥穂高岳.槍ヶ岳
   餓鬼岳.燕岳
   蓮華岳と針ノ木岳
   爺ヶ岳三峰. 右上が岩小屋沢岳


   遥か先に槍穂連峰を遠望
   爺ヶ岳北峰より針ノ木岳から穂高に綴られる山
    手前が高瀬川左岸沿いの北葛岳と三角錐形の七倉岳.左後から餓鬼岳と唐沢岳

       最悪のテントサイド
   降雪ではなく雨となる。冷たい雫が落ちるも雪粒には至らなかった。本降りの雨が落ちてきた。風もうなり始めている。
     小屋に泊まらない為か.幕営には厳しく.荒天でも臨機応変的な親切さが.冷池小屋には欠けていた。
     国立公園一点張りで.小屋周辺の広い平地を使わせず.我ばかりを押し通す。

   小屋には登山者が1人も居なかった。我々を期待していたのか.幕営すると聞き.態度が急変する。
     実際.天気は荒れ模様で.風雨に向かい立てぬ程.風も出てきていた。小屋番は最後まで.ここは駄目と言うのみだった。

   小屋裏の樹林帯.小さな窪地に天張るが.尾心地悪く虐められているようだった。風は更に強くなり.近くに他の場所はなく.ここに張る以外なかった。
     窪地は風を遮るには良いが雨水に弱い。時間が立つに従い雨強く,共にテント底はプール化した。
     代替地を教える訳でもなく.全員に怒鳴り当たり散らしていた。慰め会う仲間が居るのは心強いが.ただ当然雨水は飲水にも利用している。

   荒天の場合.小屋北側を10分程歩いた所にある樹林帯が望ましい。ここは小屋番も知っている筈であるが教えて呉れなかった。
     今日はパーティの中に天子いなかった。全員が全てに呪われたような夜を迎えている。

    冷池―種池c5.
   爺ヶ岳を望む.友より提供
     9月25日霧.風強し 冷池―種池
       冷池Ts4. 8:35一9:45爺ヶ岳南峰10:00一10:15種池一11:30種池c5

      雨と霧
   朝方より酷い濃霧で.外に出ると直ぐ衣類がビショ濡れになった。少し明るくなるのを待ち.8時半テントを飛びだす。
     昨夜の洪水は床を漬し.狭い窪地を硬く踏み固めた大地は.溝も掘れぬ状態だった。
     これなら一層外へ飛び出し.居心地良い幕営地を探した方が良かったかも。何時も結果論になるが。

   東沢岳より中岳と爺ヶ岳

      視界のない山々
   水は8リッター残されているが.今日は種池を宛てにする以外方法はなかった。森林帯を抜け冷乗越から主稜沿いに這松帯に入る。
     巻くとは云っても.殆ど稜線通しで.オオシラビソの雑然たる林が広がっている。

   霧雨は重い雫を垂らし.稜線は乳白色の薄暗い闇に包まれていた。僕の襟.袖.膝は全て雨粒に濡れ.重く防寒具の下も侵されていた。

   ケルンの乱立する爺南峰は鹿島ケ岳から南下すると.あっけないほどの尾根通しの頂だった。
     岩峰とは云えコブをい抱かせた山頂からは北側の山腹を回り込んでいる。視界は灰色の雲の下に閉ざされていた。
     僕等は落ち付く暇もなく棒小屋乗越へ降りる。何も見えぬ頂稜を駈け下りる。水場は15分程.越中側に下った所にあった。

     種池―針ノ木峠h6 
   鳴沢岳を越え赤岩沢岳

   濃霧と風雨舞う背稜

     9月26日雨. 種池―針ノ木峠
       種池Ts5. 10:00一10:55岩小屋沢岳一11:27新越乗越:35一12:15鳴沢岳一12:52赤沢岳一13:15鞍部:30
       一14:25スバリ岳一15:30針ノ木峠hc6.

   今山行中.最高のペースで種池Csから2本で鉢ノ木小屋にでる。道中はダラダラの惰性だけの上り下りが続いている。

      新築工事
   新越乗越では新しく建て替えられる小屋の為.土台造りに精を出している小屋番に出偶わしす。
     彼等は降雪を迎える前に土台だけは築きたいと語っていた。

   傘やポンチョを被りザックに腰を下ろしているだけでは.彼等の仕事ぶりを見て申し訳なかった。
     僕等の休む目の前で雨が途切れなく降り注ぐ中.人夫が2人が黙々と何度も砂利を運び整地している。僕等も出掛けよう。

   蓮華岳より夜明けの鹿島槍と爺ヶ岳

  赤沢岳を越え2494m峰付近東面の岩稜

    蓮華岳以南.針ノ木谷左岸を囲む山々
                                 蓮華岳
                               1968年09月.猿倉から白馬雪渓―針ノ木雪渓⇔蓮華岳・・扇沢
                               2010年08月.扇沢から針ノ木雪渓―烏帽子岳ブナ立ち尾根・・高瀬ダム
    蓮華岳の天下り
   北葛乗越に七倉乗越

    
    針ノ木小屋より七倉山と船窪乗越           船窪岳と第二ピーク.後方は不動岳.右肩奥が南沢岳

   雨は霧雨となり明るさを増すと周りは白味を帯び.モヤが漂うようになる。
     赤沢岳付近で時たま.モヤを切り谷間が開けだす。そのモヤの中に黒部湖が部分的に見下ろされ.覗き込んでいる。
     今までずっと眺めつつやって来た剣岳は眼前にありながら.まだガスの中だった。

     針ノ木岳
   鞍部,鋭く切れた痩せ尾根は最後のスバリ岳.鉢ノ木岳へと続いている。岩屑を積み重ねた脆いガラ場のスバリを越え,針ノ木の岳に立つ。
     白馬岳で望んだ小さな窪み.その峠に沿った脇の針ノ木岳。そのガスの垂れ込んだ頂で素手の硬い握手。
     もう真下が針ノ木峠の窪みになる。赤い屋根が薄れて見下ろされた。

   針ノ木小屋は既に閉鎖されていた。関西の登山者パーティと一夜を共にしたが広い小屋.我々だけの砦を作ることができた。
     水は雨水を利用する。

    9月27日晴後曇. 針ノ木峠⇔蓮華岳.―扇沢
       針ノ木小屋hc6. 10:35⇔11:05蓮華岳:55
       12:17針ノ木小屋13:20一14:10大沢一14:50扇沢15:10=15:45信濃大町・・針ノ木雪渓地形図

   針ノ木峠⇔蓮華岳.
     蓮華岳より針ノ木岳.立山
    蓮華岳肩から同風景の写真2010.08.

   針ノ木峠小屋から蓮華岳をピストンする。
     雨滴は落ちぬが朝方から雨雲が重く垂れ込み.灰色の空が蓮華岳に連なる頂を覆っている。

   白馬岳から縦走してきた後立山の山々は残念だが望めなかった。
     後立山最南の針ノ木谷を囲む山々はやや低山になるが.波立つ雲上に頭をもたげ.浮き沈みする姿を現している。

    ガスに沈む南面の北葛岳山群
   蓮華岳山頂より
    前日針ノ木岳から見下ろした後立山末端の山塊が沈む

   穂高,裏銀,船窪連山は雲上に重々しく黒屏風を掲げ.僕等を隔てる谷間は雲海の下に隠れ落ちている。
     その後立南部の風景を何時かは登らねばと写真に撮る。
     2010年08月.蓮華岳から烏帽子岳間を繋ぎ当時は築かれていなかった高瀬ダムへ下っている。針ノ木峠から後立後半の山々.写真

    最後の頂,蓮華岳で寛ぐ仲間
    
   剣岳を背に大川と 

     飯田君と松本君

   鈴木君

                     蓮華岳より針ノ木峠と山小屋

     針ノ木岳と針ノ木峠

   今日中に東京の土を踏むとは思えなかった。
     最後の頂.蓮華岳からバラバラに針ノ木峠へ降りる。

   後半は展望もない山中をさ迷う形になってしまったが山行が長ければ長い程.山だけではなく軽やかな下山の気持を持つ。
     ただ今4年として.何か云いようもない淋しさも片隅に持つようなっていた。

               針ノ木雪渓―扇沢

                                 籠沢の谷より蓮華岳
      籠川谷
   針ノ木雪渓は白馬雪渓とは比べようもない傾斜を持ている。
     その為.雪渓自体ズタズタで.しかも霧に包まれると.更に陰惨な谷を思わさせていた。

   白馬岳から針ノ木雪渓を結ぶ.後立山の縦走は今終えようとしている。
     大川は2年前.夏合宿の入山を想い出し.大沢の幕営地を懐かしんでいた。昔の古道.針ノ木新道を下っている。

      針ノ木新道
   現在の大町市野口から富山市原(旧大山町)まで針ノ木峠とザラ峠を結ぶ山岳地帯に開削された難路。
     針ノ木新道は信州側の呼び名で.富山県側では立山新道と呼び.信越連帯新道とも呼ばれていた。明治11年(1878年)の夏に完成。

   明治12年.13年の道銭収入記録が残されている。日本初の有料でもあった。
     ただ天候による新道の崩壊は激しく予想外の維持費を必要とし.通行料収入も少なく間もなくは廃道化した。

   この新道は黒部ダムの完成後.アルペンルートとして開放されるまで.登山者には後々まで利用された山道にもなっている。
     2008年.船窪小屋の主人.松沢宗洋氏により南沢出合から針ノ木沢.船窪沢出合までの巻道が復旧され.
   ダム完成後の平渡しは関西電力が負担.無料になる。しかしザラ峠から立山温泉への新道は1969年の水害以来廃道となっている。

     s42年(1967年)08月.追分小屋―常願寺川.立山温泉分岐―ザラ峠⇔五色ケ原.―(立山.蔵之助平―平)
                   (常願寺川.立山温泉分岐⇔立山温泉―採石事務所.水谷診療所)
     s42年(1967年)08月.平―針ノ木谷南沢出合.(平―薬師岳―大喰岳)
     s43年(1968年)09月.針ノ木峠―扇沢.(白馬雪渓―針ノ木雪渓.蓮華岳)
     h22年(2010年)08月.扇沢―針ノ木峠.(針ノ木雪渓.蓮華岳―烏帽子岳)

     蓮華岳と針ノ木岳
   扇沢.東電道路にでての遠望

   針ノ木岳とスバリ岳
   扇沢15:10=15:45国鉄信濃大町16:16=17:29松本「アルプス7」18:00=22:39新宿

      今回の山行
   後立山縦走の企画は2年前に実行する予定だったが.当時は同時となり.悩んだ末剣岳に向かっている。
     今回は針ノ木の雪渓を踏みたい希望と.この先春山登山の為.五龍.鹿島槍の主峰に爺ケ岳を一度踏む必要があり.その縦走が実のっていた。

   今回は4年と1年生の組み合わせ山行。今までは必ず間に入る.3年なり2年生が参加していたが1年生3名と云うことで.遇えて参加を募らなかった。
     大川は夏合宿に不参加だった為.最後の合宿だと名付け.1年生を引っ張ってきた。その甲斐あって.面白い山行で終えている。

   飲水は山小屋では何処でも売ってをり.秋山には無いよう思われ勝ちだが意外な形で残雪は残されていた。
     この時期得ることができたのは白馬雪渓.天狗小屋の残雪.五龍では日岳沢を20分下ると鹿島槍吊尾根に残雪ある。
     種池は棒小屋沢沿いは15分程で水場があった。冷池と針ノ木峠は雨水を利用した。


   s44年より残雪期に後立山に入山し.45年正月には餓鬼岳南尾根に挑む。
     46年からは毎年正月を後立山で過ごしている。爺ヶ岳を始め.その後は籠川谷をベースに設け.時の人として我がクラブが1人占めしていた。
     そして岩小屋沢岳.鳴沢岳へと。尾根を1本づつ綴っていた。

      大雪渓にて
   どんより曇ったうっとおしい天気だった。   飯田哲夫

   第T日目,猿倉でバスを降り.いつものように準備体操をしてから出発する。
     1時間半程.樹林帯と沢沿いの比較的良い道を進むと.前方の の中に雪渓が見えてくる。
     思わず足どりも軽くなり.雪渓下の沢の音が私たちの歩行にリズムを与えてくれている。

   次第に霧も晴れ.周囲に視野が開かれると.目の前に大雪渓が現れた。野球をしても十分な広さだ。思わず歓喜を上げる。
     やはり日本三大雪渓にふさわしい威容と大きなである。

   おそらくこの威圧するような巨大な雪渓には登山者ならずとも.誰もが驚き,感激するだろう。
     雪渓上での昼食は格別であった。気が付いてみると.空が非常に青かった。

   そしてその空との境を成して.黄色く変色した草木が.強い日ざしに照らされ.目の前に入る。
     そしてそれらの下には真っ白な雪渓が横たわっている。この青.黄.白のコントラストは.何とも言えなかった。

   カラー写真も,絵画も,肉眼で見たこれには何とも言えなかった。
     おそらくこれは自然を愛する者のみ与えられた特権かもしれない。

   そろそろ雪渓にも別れも告げ.最後と思われる苦しい登りを.休み休み,体をなだめるようして登りつめる。
     もうそこには直ぐ上に稜線が見えていた.。

   今日のテントサイドはその稜線直下の岩陰だ。一休みしてみると.もう夕暮れであった。
     そして明日からの苦しい.長い縦走の安全と明日の好天を祈りながら眠りにつく。

     秋の後立山連峰1.白馬雪渓―唐松岳―白沢カール
     秋の後立山連峰2.白沢カール―針ノ木雪渓.蓮華