・・後立連峰Top 北アルプス中部概念図
      盛夏の北アルプス.後立山連峰南部. 針ノ木雪渓から南下して烏帽子岳.ブナ立ち尾根を高瀬ダムへ下る。

    針ノ木雪渓から後立山連峰を南下し高瀬ダム。
      針ノ木雪渓から蓮華岳.北葛岳.七倉岳.船窪岳.不動岳.南沢岳.烏帽子岳.ブナ立ち尾根を南下.高瀬ダムへ  2010年08月19〜23日.単独

     後立山南部T.扇沢から針ノ木雪渓・・鮨詰の小屋
     後立山南部U.蓮華岳天下りと七倉岳
     後立山南部V.船窪岳〜烏帽子岳ブナ立ち尾根・・高瀬ダム

    穂高岳から針ノ木雪渓へ変更
     焼岳〜奥穂高岳間の縦走は出掛ける数日前にK先輩が不安を抱き.夜行バスの予約を解約し山行は中止した。
   その後の連絡もなく.誘っていいものか? 単独では山行も考えたが場所を針ノ木雪渓に変更し.ゆっくり後立.南部の山々を目指すことにした。

     1人で行くことで雪渓と後立山南部の静かな山並を選んでいる。蓮華岳から南沢岳への間は距離の割.高低差が激しく.歩む人の少ないのがポイント。
   そう云えば昔.南沢を詰めた時は最後に南沢尾根の藪漕ぎをして南沢岳を越えている。高瀬川は千丈沢から下山してから既に40年の月日が経っていた。

   旧関西電力の専用道路.今は県に譲渡管理されている.5:35
    ダム建設当時は黒四ホテルまでダム工事の道路が延伸され.保全は二の次の道路だった。

     ダム工事で川底を歩んだ昔を想い.今は幾つものダムに高瀬川は堰き止められている河原に降りることを目的としている。
   タクシー代¥8000で大町にでるのも忍びず.山を下りてからは高瀬ダムから大町ダムまで歩む積りでいた。時間は十分ある。
   猛暑が又もう1つのポイントになるだろう。

     その為.下山日はエネルギー博物館まで大町市営バスが通る月曜日を選ぶ。又今回の蓮華岳〜南沢岳間を縦走することで.
   親不知から上高地まで北アルプスを綴る空白線がもう1つ繋がり.地形図には赤線が加わり結ばれる。

     猛暑を伴う太平洋高気圧が本州から西日本.九州へと強い勢力で張り出し.東京では連日熱帯夜が続いている。
   長野地方では18日頃から午後には雷雨が伴うようなった。今回は2400mから2800m峰が群がる山々を越える。森林限界付近の峰々も多い。
   強過ぎる陽射しに蒸す暑さを如何に抑えられるだろうか。17日の東京は37℃.

    歩む前に既に望まれた針ノ木岳とスバリ岳
   扇沢東電管理道路ヘリポートより.5:52
    8月19日木.快晴 入山
     大江戸線新御徒町=新宿西口.都庁大型バスP「さわやか信州号」¥6000. 22:30=
    8月20日金.快晴 扇沢〜針ノ木峠.
     5:05扇沢:30一6:30苔川:40一6:55大沢小屋一7:40雪渓末端一8:50雪渓上部一9:15蓮華沢.大:55一10:40針ノ木峠h1.

    東西に大きく延びる蓮華岳
   籠沢左岸の高台より.6:10
    左手前が蓮華岳東尾根末端

     夜行バスの車窓から左手に鹿島槍・爺ケ岳の大きな裾野が見られるようなると扇沢にでる。
   呑水は途中の苔沢に求めることにして.扇沢バスターミナルから関電管理道路を幾度となく横切り.籠沢左岸の小径を遡る。
   笹覆うブナ林はスズタケではなく.日本海側から北国に広がるチシマザサが生い茂っている。強い陽射しにもめげず.木陰を求め綴る入山を楽しんでいる。

   苔沢の湧き水を給水.6:33

     この籠川沿いのルートは昔正月に数年通っている。真夏とは全く異なり.河原は雪原化し.出合を過ぎれば視界も開かれていた。
   トレースは当時.常に何時もなかったと記憶している。と云うより正月の時期は穂高.白馬に偏り.籠川に入るものはまず居なかった。
   扇沢を中心にした我々の独占場になっていた。そして上流に向かい.後立の支尾根を1本ずつ詰め.頂に立つ。

     蒼空のキャンパスに描かれた後立山の岳々. 鳴沢岳の支稜は望める筈だが朝霧が湧き.その部分だけが見えず隠れさせられている。
   昔トラバースするのに裕著した頂直下のガリーは同じように見え隠れしていた。当時はザイルを1本しか持参せず.諦め下山した岳にだった。

    針ノ木雪渓
   7:17

    大沢小屋
     鳴沢のガレたゴーロを横切り.苔沢で美味い水を飲み.赤沢の吊橋を渡ると大沢小屋にでる。
   小屋の主人によると雪渓末端の取付き口は直ぐ判るとのこと。左寄りに登り詰めればよく.雪渓を抜けた上部に水場があるのを確認している。
   ただしこの水は雪解け水。白馬雪渓から針ノ木雪渓に抜けたのが42年前.雪渓を駆け下りたことしか想い出せなかった。

     又今日は登山者が多いと聞く。大沢小屋の管理は峠小屋と同じ系列の山小屋だった。布団は2人用を3人で使用する混み方。
   間違いなく予約しているか問われた。3日前に予約し.間々の予約で空いていると確認し出向いている。

     詰め込まれた山小屋は子供達と富士山に出掛けた折.本八合小屋以外しか経験したことはなかった。今回も電話で確認した。
   不満か募るが如何にしたものか? どちらにしても焦っても始まらない。ゆっくり楽しまなければ。

     大沢小屋,針ノ木小屋の開設者であり.初めてガイド組織を設立した大町生まれ。百瀬慎太郎氏は明治期に北アルプスを開拓している。
   彼の詠歌として代表作に.「山思えば人恋し 人を思えば山恋し」がある。毎年6月の第1日曜日に針ノ木雪渓で慎太郎祭が行われている。1949年没.

    雪渓から湧き上がるガス
   スノーカップとの感触が懐かしい.7:52

     針ノ木雪渓の雪質は盆を過ぎたにも拘らず.盛夏の装いを示していた。雪解けが大きなカップを凍らせ.朝方は固くさせている。
   白馬大雪渓より傾斜は強い。又2年前の飯豊山の梅花皮沢石転び沢雪渓では例年になく豊富だった。長い雪渓を踏み.強弱有する傾斜を楽しみ詰めていた。
   スノーカップを蹴ると靴底が雪面に密着し.緩んだ雪質の斜面に高度を稼いでゆく。ただ軽アイゼンを履いた方がフラットに置け楽だろう。

   汚れた夏雪にも心は躍る.8:00

     足元の汚れた残雪も.やや遠目から眺めれば白い。森林限界に続く緑の樹海が岳々を包み.その山肌を切る白い雪溝が白く煌めきアルプスを強調していた。
   雪渓を覆う朝霧が流れ切り開かれれば.頂稜へ延びるアルペン的な岩峰が仰がれ.蒼く染められた天空に突き上げる姿も.見上げられるだろう。
   そうなれば深い色合いの天空には白雲を湧き上がり.正に真夏の雪渓景観が望められる。

    「のど」を過ぎ
   両岸が狭まり放徊するガス.8:08

     今は陽光を閉ざす谷間に雪渓に朝霧が湧き.雪表は大分気温を落としている。蒸す暑さも閉ざされていた。
   雪渓半ばを過ぎ.ガスが濃さを増している。下流を振り返るも.バックに聳え立つ爺ケ岳の勇峰もガスに被われ見受けられなかった。

     鳴沢岳を手前に岩小屋沢尾根.爺ヶ岳南尾根を振り返ると左手から重なり合うよう谷間に延び.デンとピラミット形に構える爺ケ岳本峰が
   正面に望める筈だった。大きなガスの塊に包まれ薄暗くい。停まっていると肌寒さを感じていた。登るには都合がよいが.
   今は眺めは閉ざされている。若さに燃えていた大昔.正月になると仕事を工夫して毎年挑んだ籠川周辺の山々に今.戻ってきた。

    ガスの切れ目と大きな塊
     8:54

     まだ少々早いが雪渓の途中で小沢の入り込む所を見付け.コンロを出し雪渓で遊ぶ気を起させている。
   1/3程詰めた所でガスが流れ込んでいた。急に陽射しが閉ざされ.肌寒さを感ずるも心地よかった。ガスの徨徊する姿が岳を更に大きく見せている。

     歩調も順調で,上部に入る所で右手にクレパスを見る。露岩するモーレンから古い赤ベラが左上へ付けられていた。
   ここまで来ると夏道より.最後まで雪渓を詰めた方がよさそうだ。マサクボ沢出合手前で雪渓は切れる。

    雪渓末端
   左岸がマサクボ沢出合.8:41

    大休止
     蓮華沢を少し登った所で右岸から小沢が入り込み.雪解け水が落ちていた。その脇でコンロを点す。
   湯立つと日清カップメンを茹で.半ばでインゲン.ニンジン.ピーマン.ネギのコマ切れを入れ.更に餅に生卵を落とした。
   待つこと2分半.もう一流のラーメンができあがる。食器に移さずコッヘルからその間々食べた。作るのが早ければ食べるのも早かった。

     ガスが切れ.時折強い陽射しを受けるようなった。満腹の為か.休んでいても汗が滲みでいる。
   改めて洗顔に食器を洗い.1500tの水を紙パックに満タンにした。これで今日は山小屋で1000tが使用できる。
   ウィスキーは900t持ち込んでいる。自慢することではないが酒を呑む計算があるのは確かである。

   雪渓の末端から赤沢岳を振り返る.10:05
   後1時間のガラ場歩き.ザラつく砂礫の斜面に移り.ジグザクに丸太道を辿れば針ノ木峠にでる。

   針ノ木峠に建つ巨大な針ノ木小屋.10:30

    旧針ノ木小屋
     昔の針ノ木小屋は今建つ小屋とは方向が異なり.峠を塞ぐよう南北に細長く築かれ.長方形の2階建てで.蓮華岳側に玄関があった。
   そして中央に土間が通る赤い屋根の小屋だったと想う。白馬から縦走して南下すると本降りとなり.最終日は小屋の世話になっている。
   時期外で解放され.その当時も大きな小屋だった。炊事は雨水を利用している。

     小屋の広い空間にポッンと我がパーティが陣取り.ガラんとした室内にはしんやりした空気が漂っていた気がする。
   乾かぬ濡れものを壁じゅうに干した憶えがある。当時としては今の半分もないが大きな小屋だった。40年前.もっと前になろうか。

    8月20日正午.針ノ木峠より
   11:04
    ガスが湧き始めたスバル岳.赤沢岳.鳴沢岳

     今回は針ノ木峠からの眺望は素晴らしく利いていた。昔冬山に備え.山の概念を掴もうとこの峠に立った時.秋霖は豪雨になり景色どころでなかった。
   ここ針ノ木峠の無人小屋に宿っている。当時は秋山行でも残雪があり.残雪に水を求め,無くなれば.雨水で自炊し助かった想い出がある。

    8月21日朝方の後立山
   06:16

     蓮華の登りでスバリ岳と赤沢岳.鳴沢岳との間に別山.剣岳を望む.アップ写真は2段下。
   1973年01月.鳴沢岳右肩のガリーのトラバースにザイルが足りず登頂を断念した。

   針ノ木小屋
     峠の針ノ木谷側の台地には東西に細長く四角いオレンジ色の木造小屋が建てられていた。昔と同じ場所だと思う。
   大きな山小屋だったが.今はそのふた回り以上大きな山小屋になっていた。小屋の南面に広場を持ち,その右角が玄関口。
   玄関を潜った土間の正面が受付.左側は8畳ほどの食堂兼居間になっていた。その奥が炊事場になる。

     居間からも.2階の寝床からも.明日登る蓮華岳から繋がる天下りの大斜面とや北葛岳.七倉岳と南部の山波が大きな窓越に望められる。
   そして明日・明後日に続くルートは船窪岳や不動岳.南沢岳へと。奥へ奥へと南遠方に大きくアップダンを繰り返し連なっていた。

     2階の寝床は受付右.トイレへの通路との間にあるコの字階段で登れば.3つに区切られた寝床がある。
   中間は個室のよう壁に囲まれた日当たりのよい寝床だった。既に寝床には2つの布団に3人で寝るよう準備がされていた。

     その奥端が私の寝床になる。1畳に私1人.そのうえ柱の関係から20p程の幅の板の間があり.私1人で占有できる場所となっていた。
   主人に案内され私だけが3日前の予約した条件を満たしていた。それ程.今日は大きな団体が2つ入ったらしい。

     後から思えばこの部屋の登山者は皆.船窪山への径を選んでいた。後に時間が経つにつれ,互いに見慣れ.親しい顔になっている。
   後日.私1人が針ノ木小屋で優雅に寝ていた人だと.指図を受けることにもなった。

    団体ツァー
     団体ツァーが急に2つ入ったらしい。何度も連絡するのが煩わしく.確かな参加者が決まってから申し込んだとのこと。
   急に人で膨れ上がった山小屋。最近避難小屋でもツァー客が占拠し非難されている中.ここでも同じようなトラブルの基で起きている。
   営利の山小屋としては上得意だろう。ただ早く知らせるに越したことはな.い。人数の変更はできる筈。如何にかならぬものだろうか?

     この山小屋の朝食は早い者順に摂るようなっていた。遅く入居した団体はリーダーが4時45分に早く並ぶよう伝えている。
   我々の選択はその前か.後になる。山の鉄則は早立ちで.早く目的地に着くのが当たり前だった。超満員の小屋では遅く着いた者が早く小屋を出る。
   山の鉄則は利に適っていないようだ。余りにも身勝手な行動に.この鉄則も崩れつつあるのかも?

     殆どの登山者は爺ケ岳へ向かうと聞くが.この大勢さは先も変わらぬ状態に陥るだろう。
   私は船窪へ。明日は何人のハイカーが訪れるのだろうか? 少ないに越したことはないが。午前中早く着き.小屋の従業員を追い出す形で.
   居間を占拠する形になった私。ウィスキーの水割りを呑み.煙草を吸い.外へ出れば景色を堪能し.又呑んだ。

     主人の顔を見てビールを頼まなければとスーパードライ360ml.@600.(発泡酒500ml.@800)を選び.その後口直しのコーヒーを淹れ.再び呑む。
   まだ明るい日差しの下.久し振り誰も居ない寝床で昼寝をもした。2食付き¥9000.湧き水1000t無料.トイレはバイオ式.

   21日夜明け.針ノ木峠から北方の後立山連峰を望む
   4:53

     山蔭は赤沢岳.鳴沢岳.岩小屋沢岳と爺ケ岳U峰に鹿島槍ケ岳. 遠く白馬三山.旭岳.
   夜が明けた蓮華岳の登りでは鹿島槍ケ岳吊尾根に今年も残雪がはっきり白く望まれた。

    蓮華の登りで針ノ木岳
   右下のグループは後で現れる3人娘.6:15
    針ノ木岳とスバリ岳の間から望む立山連峰・・獅子岳.鬼岳.龍王岳

    後立越しの立山.剣岳
   籠沢.黒部川を隔でて.6:34

    剣岳東面
   剣岳アップ.6:26
   武蔵雪渓.前剣尾根.平蔵雪渓.源次郎尾根.源次郎雪渓.八ッ峰.三ノ窓雪渓.小窓雪渓

    白馬岳から南下する後立山連峰
   蓮華岳の登りで籠沢を隔て.6:34
    かたまる白馬山.天狗ノ頭.唐松岳に五龍岳.鹿島槍ケ岳.爺ケ岳.手前が岩小屋沢岳
    岩小屋沢岳岩小屋沢尾根と爺ケ岳南峰南尾根. 稜鞍部が棒小屋乗越

    やや間延びした後立山連山
   蓮華岳の頂より.6:47
    白馬岳〜岩小屋沢岳間
      手前中央左が岩小屋沢岳.中央へは岩小屋沢尾根が落ちる.1972.01.爺ケ岳への鞍部に種池山荘がある。
      清水尾根の旭岳と白馬三山.不帰ノ剣から唐松岳.五龍.鹿島槍ケ岳.

    鹿島槍ケ岳北峰と爺ケ岳中峰・南峰
   左端の尾根が南峰南尾根.7:13

     爺ケ岳南峰南尾根1971.01. 中峰白沢天狗尾根の白沢天狗山2036m.s1969年.03月
   中央左のジャンクションから東尾根が裏側の鹿島川へ延びている.1969.03.
   鹿島槍ケ岳と爺ケ岳間遠方は焼山.火打山.爺ケ岳東尾根上と高妻山.2009.10.

     後立山.針ノ木谷概念図
     後立山南部T.扇沢より針ノ木雪渓・・鮨詰小屋
     後立山南部U.蓮華岳天下りと七倉岳
     後立山南部V.船窪岳〜烏帽子岳ブナ立ち尾根・・高瀬ダム