| 日光国立公園Top . 寂峰の鬼怒沼山 独りぼっちの鬼怒沼山 鬼怒川日光澤温泉から片品川大清水 鬼怒沼と鬼怒沼山・・高層湿原 |
| 華麗な紅葉の鬼怒川の秘境から片品川の黄金帯に変わる黄葉の山並みへ 晩秋の幽寂たる紅葉に飾り立てられ流域の中でも.もう1つ奥まった所に日光澤温泉から鬼怒沼.尾瀬のウコンに染まる里山を一人占めした山行 2007年10月29〜30日 女夫淵〜日光澤温泉の里は繊細たる華麗な紅葉美に飾られ.翌日は索漠とした山上湿原.鬼怒沼山を訪れる. 物見山から根羽沢出合と大清水の里山 鬼怒沼から尾瀬へ抜ける奥鬼怒温泉郷からの入山は卒業後に幾度となく頭にひらめいていた山域だった。 子供達と東京から日光白根山まで繋ぎ繋ぎ歩んだ折も.金精峠から鬼怒沼へ抜けることを考えていた。 それから子供達の中学校受験頃までは職場に専念し. 20年近い月日が経ってしまっていた。今回湯宿での一泊を試みる。 私には長い〜 考えある山域だった。それも単独で.又この紅葉真っ盛りを迎え.私一人が宿る奥山になっていた。 奥鬼怒の山 日光白根山から金精峠.湯沢峠を越えると奥鬼怒の背稜にでる。 四郎山.燕巣山から物見山までは藪山で.鬼怒沼から鬼怒沼山,黒岩山へと続き.更に赤安山,小淵沢田代から尾瀬.三平峠へと綴られていた。 一方黒岩山(三方境)からの背稜は沼山峠を越え帝釈,田代山へと続き.尾瀬に入る西方の稜は燧ヶ岳に至っている。 静かな山並だった。頂に広い湿原を持ち.最近尾瀬へと繋がる確りした山径が整備されていた。ただ観光地としては真近まで迫るものの. 最奥の温泉宿が山小屋の形を取り.中途半端な距離にあることが.今でも静けさが保たれていた。 アプローチ 過って川俣温泉に入るには鬼怒川温泉から東武バスに乗り.川治温泉で乗換え.2時間半を費やし終点川俣温泉にでている。 38年も前であるが馬坂沢を遡行した折.川治から白タクを拾い2時間ほどで川畔にでた覚えがある。 5年前の秋には妻とマイカーで川俣温泉「上人一休の湯」を訪ね.大間々へと戦場ケ原から金精峠を越えている。 東武夜行列車は季節列車のため.浅草発の始発列車に乗車しても.女夫淵に至るまでは9時を過ぎている。鬼怒沼山の日帰り山行は無理だった。 今はもう2週間早ければ沼田経由の夜行バスがあった。逆のjr沼田駅始発からでも大清水へ入るには10時着と遅く諦めかけていた。 諦め又来年の秋と思うも.山頂で野宿する決心ができず.長閑な一泊山行を試みる。 現在は東武鬼怒川温泉駅から町営バスが川俣の先.女夫淵まで鬼怒川沿いに奥深く遡っている。 今回はそこから2時間半程歩いた最奥の宿.「日光澤温泉」に予約した。 台風20号と睨めっこ.台風後の日本晴れは一日しかもたなかった。海は大荒れの時化続き.翌日は薄日が差す山行になる。 私は東武浅草からゆっくり列車の旅を味わいながら尾瀬口へ登り返すことにした。 女夫淵から尾瀬沼へ ![]() 鬼怒川.女夫淵より片品川へ 女夫淵(みょうというふち→めおとぶち)バス停.12:1110月29日曇一時晴. 浅草7:10.快速¥1500,=9:31鬼怒川温泉10:15市営バス(栗山村営バス)¥1500=11:50女夫淵. 浅草駅から快速.会津田島行に乗車し鬼怒川温泉へ。昔は考えられなかったた線路バスの繋がりで女夫淵にでている。 春日部を過ぎると通勤.通学の人々でホームは溢れるも.下りの快速に乗る者は少なく座席は空いている。 会津への鉄道経緯 電車は新大平下の手前で強いモヤに差し掛かる。それも今市に入ると途切れ.待望の晴天に恵まれた。 眺め出した男体山・女峰山の峰々は紺碧の蒼空に抜けだし.頂には僅かながら10日前の初冠雪が残されていた。 旅行や渓流釣りで何度となく通っている鬼怒川温泉. 今は山へと新たな気持で望んでいる。 満杯の中型バスは2004年に妻と遡った鬼怒川本流を川俣へ。道路は以前と比べと随分綺麗に整備されている。 当時は工事の所が多く.一方通行も多かったが見違えるほどに道路幅も落石棚柵も整備されていた。 近い将来には戦場ヶ原と結ぶ山王峠への林道が観光道路化されるに違いない。路線バスは栗山の青柳平で一度休憩し女夫淵へ。 女夫淵12:00一13:05二ッ岩橋:15一13:50八丁ノ湯一14:10日光澤温泉h. 川俣温泉川治線 艶やかに紅葉する林道.12:24落石で鬼怒川左岸.黒川出合の林道は通行禁止。散策路へは吊橋まで川俣温泉川治線を迂回していた。 奥鬼怒歩道 鬼怒川左岸を綴る径.12:48八丁ノ湯手前 八丁ノ湯から右岸へ.13:34ブナやトチ.サクグルミなどの茂る明るい鬼怒川左岸の径. ウルシやカエデ類も多く.赤に・黄に・橙と.殆ど原色に彩られた濶葉樹林が清流に映え.ゆく秋を深めてもいる。 遊歩道の小径はよく整備されていた。森は鮮やかな色彩の葉層を集め.溢れる木漏れの温もりが気も体をも和らげている。 やがて河原の中の遊歩道を辿るとロングハウス風の八丁ノ湯が建ち湯煙を上げ迎えられた。奥鬼怒温泉郷に入る。 その奥には鉄筋造りの加仁湯が建ち.更に歩めば遊歩道の終点にある毛白澤温泉が少し外れて建てられていた。 その奥の本流最上流に日光澤温泉がある。いずれも一軒宿で日光澤温泉だけが赤い屋根の山小屋風の館だった。 1匹釣ればよい渓流釣り.時間は十分あるが鬼怒川は9月20日で禁漁となっている。宿のポスターを見て竿を出す訳にもいかず諦める。 この宿は他の温泉宿とは異なり.桁違いの大きく長い館を構え.又主人の宿に対するポリシー伺える山小屋風の館だった。 日光澤温泉 奥鬼怒歩道の最奥.突き当り.14:08左下が水場.正面2階中央に宿る 日光澤温泉玄関日光澤温泉 館は日光沢右岸の河畔にあり,山小屋風の2階建て木造建築。沢沿いを登ってくると正面が玄関となり.戸口の右脇には立派な鐘が吊るされていた。 それは尋ねてくる人の合図の為で.濃霧の時には場所を示すものではなかった。透けたガラス戸を開けると土間に入る。 家屋は表玄関から囲むようロの字に渡し廊下と部屋があり.中庭にはニジマスの養殖池がある。 左手前に延びる東側の棟は増築に増築を重ねているようだった。長い棟の先.一番東端に真新しく築かれた館が延びている。 鬼怒沼への登山口はこの東棟の中間にある渡り廊下の下を潜り入山していた。脇に湧水の水場あり.又ビールの自動販売機が置かれている。 今日はこの大きな館に私独りだけが宿る。 案内された部屋は2階5号室. 裸電球の4畳半.小さな炬燵の上にお茶のセットと灰皿が嬉しい。脇に浴衣と丹前があった。 後で判ったことだが管理はご両親が若夫婦に任せ.主人以外はチラッと顔を合わせただけだった。 男湯・・右岸にあり.湯殿の裏側が鬼怒川内風呂 部屋より左の廊下を下れば玄関脇居間へ.右の階段を降り.更にT字路の廊下があり右下へ, トンネルのような階段を下ると内風呂に突き当たる。左が女湯,右が男湯になっていた。 若主人は客は1人.私に「女湯もどうぞ!」と誘っている。4つも湯殿があるのに女湯とは。 入口の案内紙には「どんどん水を加えてください。」とのこと。やはり少々熱い。湯の花が香る。硫化水素泉. 淡い乳白色の湯は穂のかな香りに円やかな湯.否やもっと軽い感じの癒しの湯だった。 私1人の為,着いた2時には宿全体に電気が点き.湯殿の窓は何処も目一杯開かれていた。 窓の外,日光沢を挟んだ左岸南斜面に陽が当り.紅葉した樹々の山肌は強い色彩に飾られ,これまでもかと燃え上っている。 バランスよく紅と黄色が混ざり.緑との三原色が大きな額縁の絵のような風景をかもち出していた。 2つの露天風呂 男風呂を抜けると外の河畔には2つの露天風呂がある。1つは長方形のコンクリートで固められ.湯船底は切り石をモザイク状に敷いた風呂。 やや乳白色を含んだ少し温い湯だが露天ゆえ.長く浸かるには丁度よい。東京から持参したビールはやはり外で露天風呂に浸かりながら ?むに尽きる。昼から1人と云うのが何とも落ち着かず。紅葉の被る景観だけは素晴らしい。 ここから更に7.8段登ると上に別の露天風呂があった。外から直接入れるこの湯殿は.透明度が高く.鉱泉に近い硬い温い湯だった。 今までの湯の花とは歴然と違った源泉だった。冷た過ぎ.足湯のみで下湯へ戻っている。炭酸水素塩泉. 内湯の上湯に温泉水を利用していると記してあった。それはこの湯のことだと思われる。 2つの源泉を持ち.再び内湯に浸かる贅沢さ。一日中.私1人で独占することになった。 露天風呂より陽を浴びたる対岸の色鮮やかな紅葉.14:10干された布団が今晩の寝床 女夫淵では満員のバス.湯治の個人客が多かった。多くの人が奥鬼怒の湯を訪ねるも.日光澤温泉まで足を伸ばす湯人は居ない。 八丁湯から歩んで15分の距離にある。自らの宣伝を嫌い.雑誌の記載も断り続けている。まさに秘湯の色合いを濃く残している。 豊富な湯と古びた檜風呂。温泉ありの山小屋は主人のポリシーが伺える。 一人旅.相部屋を覚悟していた私。逆に語る人も居ず.宿に客一人。 主人に謝ると.とんでもない「ありがとうございます!」の声が返ってきた。 早い西陽がゆっくり紅葉の山肌を谷間へと落とし始めている。贅沢過ぎる黄昏前の夕日.焼け上がる山肌に囲まれ湯煙が昇る。 2階5号室 今個室にいる。湯上りで体は火照ってをり.炬燵の中では足が熱がっている。寒い筈が障子もガラス戸も開けぱなし.陽は陰りだしていた。 東京では今だ呑んだことのない栃木の地酒「鬼ころし」を炬燵に向かい呑む。 風呂上りで冷酒は心地よいがにごりの絡みがあり後まで残る。日光戦場ヶ原のネーミングがあるも量を呑む酒ではなさそうだ。 やや肌寒くなるもガラス戸は閉めずにいた。直ぐ熱くなる調整の利かぬ炬燵はスイッチを小まめに切り点ければよかった。 16時.1階の居間からの煙が窓の外の紅葉に這い上がるよう昇りだす。陽陰になった玄関脇から弱い風に乗り. 煙が木のぬくごもりを持ち伝わってきた。炊事が始まったらしい。きっと私の為の煙でだろう。 張り紙 部屋の入口.右側に「羽アリ注意」の張り紙が張ってある。 内容は「7.8月の夜に年に3.4回大発生する日があります。7時から9時でピークは8時頃。灯油のような臭いがする。 羽アリが部屋に入った場合は窓を開け電気を消すように。窓を開けておく場合は電気を消すように」とある。 又「温度が高く晴れていて雨の降らない日.風のない日が注意。」とも。 食事処 食事は居間で摂った。正面玄関の土間を抜け再び奥のガラス戸を開けると大きな囲炉裏のある居間がある。 部屋中央にあった囲炉裏にデンと薪ストーブが部屋に似つかわしくない程の大きさで置かれていた。 入った第一印象はその圧迫感に押されていた。先程私の部屋から臨んだ揺らぐ煙はここからだった。 入ると蒸す暑さ。ドテラを脱ぎ浴衣だけになる。膳との対面に大きく威圧するストーブがある。 若主人が何か飲物はと問うも一人宿. 断るわけにもいかず熱燗を注文した。対話する人も居ず.膳は煮込みなど保存食がメーン. お数は10種類以上と糧も多い。又言葉は同じになるが一人故.私には多すぎ我慢しての完食となった。 まだ6時,寝るには早く炬燵は熱い。調整がなく小まめに切っては寝転んでいる。 酒を呑みながら今日の日記を付けていたが.日記も呑むのも馬鹿らしく嫌になった。 就寝 夜の冷えを心配して寝る前に湯殿に飛び込む。今日.三度湯舟に浸かるもなかなか寝らつかずにいる。 何時ものことだが今回は少し違っていた。 外とはガラス戸と障子で部屋を隔でているものの.それだけでは寒く心もとない。 布団を敷き.足元には座布団と.もう1枚引き布を足した。上布団の上には掻い巻き布団のドテラも。熟睡するには万全であったと思う。 着慣れない浴衣が悪いのか.何処となく隙間風が忍び込み.1時間置きに目を覚ます。 切っ掛けにと用をたし.ドテラを内側に変え.足には追加した布団を縦に回し.重い布団は筒のよう初めから型を作り寝る準備を改める。 1階の時計が12時を告げ.風が強くなってきたようだ。寝床の左脇にはガラス戸と障子があり.ガラス戸は常にカタコトと鳴っている。 古い年輪の入った宿. 外窓側の音には馴染んできたものの.今度は部屋の反対側からも,1階からも.更には中庭からも窓の戸を叩く音が聞こえだす。 リズムはない,バラバラになり四方から聞こえ気になるも.増した温かさが眠りを誘いだしていた。 宿泊料¥7500.酒@400.入湯料¥150.炬燵¥400.=計¥8.845 鬼怒沼山 |
10月30日曇. 日光澤温泉h6:45一6:55ノシ滝一7:25オロオソロシの滝展望台:30一8:50木道.鬼怒沼湿原一9:05鬼怒沼巡視監視小屋 ⇔9:30鬼怒沼山. 一9:50分岐10:10一10:30物見山(毘沙門山)11:30. 根名草山に突き上げている対岸オロオソロシ沢と同滝.7:25鬼怒沼山へ 例の渡り廊下の下を潜り宿と離れる。沢沿いのぬかるむ枯葉径を辿るとはっきりした下ッてきた踏み跡を見付けている。 今日はここからピストンする登山者は居ないかも知れない。 そうなれば私だけの独占した山になり.湿原の原を独り占めすることになる。大清水からの入山者はまず居ない筈。 鉄橋を渡り分岐より右に折れ.枯葉が敷き締められた急登の径.尾根上に乗り.ひと汗流するとオロオソロシ滝展望台にでる。 又分けた分岐を左に折れれば間近にオロオソロシ滝展望台ある。ここから破線路で湯沢峠を越えれば丸沼温泉にでられた。 朝の冷たい風が頬を打ち,谷間の日陰は休むとドット汗が冷え込んだ。曇天の上.樹林は陰り,まだ夜明けのように薄暗い。 樹間から垂直に落ちるオロオソロシ滝の全貌が対岸に望められると展望台になっていた。県境.鬼怒沼湿原までは小径が整備されていた。 幅広くなった尾根を大きくジグザグに切れば左後方に冠雪した奥白根山が望まれた。やはり大きな山だ。 ゴロ石を綴る浅い窪溝の登山道.樹葉を緩やかな流れのよう一葉.一葉落とす岳樺帯に入り熊笹に覆われだす。 雨が降れば川になろう柳橋川を詰め.穏やかな斜面になると直ぐ平坦になり.明るく開かれた高層湿原の末端の木道にでた。 鬼怒沼湿原 湿原中央からただ独り.顧みる根名草山から奥白根山.8:56温泉ヶ岳(ゆぜんだけ)と奥白根山 右奥アップ.鬼怒沼山ウォッ地図初夏には大小の池塘に高山植物が咲き競う山上の楽園は今は重苦しい雲が垂れ忍ぶような湿原になっていた。 草紅葉が山頂大地に扇状に広がり.振り返ると登ってきた対岸の山々が大きな形で頭をもたげていた。 湿原中央からは木道が極端に変わり.整備された山径はここまでになる。先は昔の朽ちる幅狭い木道が走り.踏めば崩れそうな木道に変っていた。 不安定な木道に休む場所もない。湿原が県境の管轄する境になっているのだろう。肌寒く頂稜の巡視小屋で昼食を摂ることにした。 鬼怒沼山 鬼怒沼湿原の境界線側より.9:57鬼怒沼巡視小屋 兼避難小屋. 周りは木材で板張りでされ内側はブロック造り。小屋の中心には囲炉裏があり,囲む周りは壁伝えにベンチがある。 窓はなく小屋内は暗く.戸を閉めれば真っ暗闇になる。覗くだけにして.まず鬼怒沼山をピストンする。 黒岩山への尾根の径は確りしていた。歩き易い熊笹の枯葉径が続く。樹林に囲まれ視界は四方全くなし。 半ば熊笹帯が切れると落葉を落とした枯木帯に入る。針葉樹が多くなり周りは緑の原色へと変えるも.展望はここでも期待できなかった。 燧ヶ岳 左奥が平ヶ岳.9:56鬼怒沼山ピストン後.巡視小屋を通過し再び湿原に戻っている。 ただ木道の休場は崩れ.抜かるんだ湿原に小幅の木道で炊事するには落ち着かず.物見山へ向かっていた。 女夫淵〜日光澤温泉の里は繊細たる華麗な紅葉美に飾られ.翌日は索漠とした山上湿原.鬼怒沼山を訪れる. 物見山から根羽沢出合と大清水の里山 |