| 下野国から物見山新道で奥上州へ 鬼怒沼から物見山に立ち大清水へ 冬木の山並を越え再び錦絨の蒔絵模様の根羽沢林道へ・・最終バスに私一人.突然ウコンに染まる黄金の世界に導かれる。 女夫淵〜日光澤温泉の里は繊細たる華麗な紅葉美に飾られ.翌日は索漠とした山上湿原.鬼怒沼山を訪れる. 物見山から根羽沢出合と大清水・・沼田への里山はウコン色一色の黄葉の世界 物見山山頂 樹間を縫っての燧ヶ岳と熊沢田代.0:331973.05.燧.会津駒ヶ岳ツァー 鬼怒沼の北西肩に聳える物見山2112mは毘沙門山とも呼ばれ.地形図にも紀されているところから古くから呼ばれていたらしい。 それにしても展望は薄かった。物見山と云う言葉に期待したものの山名ばかりで.頂からの展望は冬木に覆われるも得られなかった。 過ってツァーした燧ヶ岳から桧枝岐への尾根や会津駒の姿はここから望められなかった。上のスナップ写真が漸く見えた範囲. 又燧ヶ岳と同様に平ヶ岳から至仏の山尾根も.ここからは確認できず。樹林が育ちすぎとも思えぬ物見山に立つ。1973.05.燧,会津駒ヶ岳ツァー 奥白根山 物見山付近から如何にか望められた奥白根山裏陰の燧ヶ岳 同・・尾瀬方面は更に霞み強く朧すぎる頂昼食 湿原脇の薄暗い小さいな巡視小屋で昼食を摂るには忍びず物見山に向かう。先日.昔の本当に古い大きなコンロ(初代キャンピングコンロ)を 自宅の屋根裏で見付けだていた。テナガ釣りに出掛けた水元公園で試すと確りした炎をだし今回持参した。コッヘルも3人用と大きく単独では不向き. サブザックでは中途半端の為,大きなザックを背負うことになった。一度使わなければ可愛そうに思え.頂まで担ぎ上げている。 キャンピングガス200 1955年.3人のガスエンジェニアによりフランスで生まれた会社。当初からキャンピング用カートリッジ式.ガスストーブを作っているパイオニヤ的存在だった。 余熱が不要である点と安全性が優れ.ヨーロッパアルプスでは盛んに使われた。ただ火力では灯油やガソリンに及ばず.大々的に普及するまでに至らなかった。 その後.キャンピングガス社はコールマン(米国)に買収されている。欠点は初代のコンロはボンベを使い終わるまで.ボンベを切り離すことはできなかった。 その後切り離しのカセットに改良されている。我が家では両方を使用していた。子供達とキャンプを始めた1980年代初め頃だったと思う。 そして高原へと共に歩きだすとプリズム製のカトリッジ型のコンロに変わっている。今はそれも3台目になる。 ザックをフード代わりにして.炎は快調に湯を沸かす。2.3人用のコッヘルの中には妻の用意してくたラーメンの具が多く添えられていた。 玉葱.長ネギ.モヤシ.豚肉に生卵もある。ラーメンを加えると溢れるばかりになり.大丼のような具は2食近くなり.それを感謝して頑張り食べている。 少し肌寒く鼻水がでそうなところで.熱いラーメンは美味かった。四川風中華三味.味噌に豆板醤入り 物見山新道 鉄砲尾根から見下ろす取付き.11:36根羽根沢二俣中間尾根を下る・・10:30物見山.大11:30一13:05物見橋:30一14:00大清水15:05. 片品川支流の根羽根沢の中間尾根で.物見山の西へ延びる尾根。北湯沢と湯沢に隔てられている。 又尾根筋には物見山新道が築かれていた。尾根のツメは両手を使う激斜面. ツメの急斜面より.11:54北湯沢を隔てた燧の頭から尾瀬前衛の山々と沼田街道 遠く至仏から平ヶ岳の山稜 物見山新道より手前が景鶴山 物見山から燕巣山への頂稜は全く踏み跡はなかった。又北側に下る尾根径が1本あるも.大清水までの道標はない。 物見新道の下山2時間50分は甘くないか? 昨日宿の主人に問うも.はっきりした答えは得られなかった。 一人旅なら少々縮まるのではと霞んだ言葉が返っている。 物見山新道 物見山より凄い下りになる。落ち込むような鉄砲尾根. 登りの半分の時間で下れるダイレクト尾根の踏み跡を取る。 傾斜は荒れた階段状を延々と下り.登る尾根ではなかった。フルに両手を使う下り径.小枝も伸び.木の曲根もあり. 何でも掴んでは全身を引き降ろす。急な斜面を登るのと同様.下るにも3点確保の体制が効果を発揮させている。 手で支える下りが30分ほど続くアゴの出る登り尾根だった。その上.視界は枝木に被われ殆ど望めず。やや湯沢側がよく.一時燧ヶ岳やその奥に 平ヶ岳からの頂稜が樹間越に朧に望めただけで.それも遠望になる。ここは晴天なら素晴らしい眺めが得られ.急激に高度を落としていた。 尾瀬を越える景鶴山 尾根末端と中央が根羽沢出合の大清水.12:06尾根径 落葉溢れる下り径.12:31その後は平坦な歩き易い落葉径になるものの再び傾斜を抱き下り尾根は新しい枯葉がぬかるむ径を隠し. 歩むのに苦労させられている。うわずく乾いた落ち葉に気を抜くと.滑るひっぺ返しが付いてきた。 山全体に云えることだが4日前には台風20号が時速70km超える超スピードで関東南岸を駆け抜け.一昨日の夜中に太平洋に抜けていた。 台風を待っての入山. その後の快晴に恵まれているがぬかるむ大地は落葉だけを乾かしている。 枯葉径.12:35 モミ系の落葉径.12:55落葉径 漸くモミ系の枯葉に変わりと尾根筋は這い根の浮石に変わり.ペースが上がるも再び落葉に被われた。 今度は古い枯葉の領域になる。もう足は重く腿の筋肉は張り.体力の消耗は甚だしい。 尾根末端にでて,広い山腹を綴る尾根伝いは緩やかでジグザク径になっている。すると今度は被う枯葉で径が分からなくなってきた。 この時期は初めての山行だったら暗い闇での行動は慎むべきだ場所だった。下るルートは沢の音と樹林の間隔を見定め. 広そうな場所を探すのがポイントになる。判らず直進すれば藪に絡まれた。 湯沢は増水していた。浅く水に浸かる覚悟があれば何ともない流れだが.ただ登山靴が浸かればこの時期は寒過ぎる。 沢に大きな倒木が架かり横たわりホッとするも.苔に被われた部分が多く.更に上流側に回り込み浮石伝えに越えている。 湯沢出合下左岸.13:04湯川左岸を出合まで下り1本で.物見橋にでる。ここは大薙沢出合でもあり.広い草地の空地になっていた。 昔は荒川鉱山があり軌道が奥まで延びていた所。ここでコーヒータイムとする。 後日,釣り仲間の山崎氏に聞いたところ.昔夜行列車で岩魚釣りに来たことがあるようだ。15cm程の小さな岩魚だが数多く釣れたらしい。 趣味はそれぞれ異なるがよくこの鉱山跡を見付け.出向いたと感服した。マイカー時代前の頃である。 根羽沢林道 大薙沢出合下.愁傷おびる林道の始まり.13:36 根羽沢右岸林道と落葉松林 抜けて里への林道が続く.13:43湯沢左岸を下り物見橋からは右岸林道になる。林道はぬかるむも根羽沢に発する陽射しが秋の妖気に紅葉の踊る舞台を造っている。 里への道.午後の陽が早くも陽光は西方へ傾きださせている。 山肌を紅に染めた夕陽が棚引くススキの穂に当り.大きな落葉松林を染め.時折漏れる陽差しは真向かいを歩む私をも照らしている。 もう陽も弱くなり.山を下りと共に.哀愁の侘しさをも導きだしていた。 片品川本流に架かる大清水橋のゲートに至る。鎖を潜れば大清水にでた。橋詰で振り返ると霞む物見山が綺麗な三角錐で見上げられている。 物見新道.昭文社(山と高原地図)では2時間55分を2時間で下ったことになる。 大清水橋より物見山を振り返る 沼田街道バス停「大清水」.14:19人影のない大清水と見えぬが無数のトクサの群団が舞う・・沼田街道バス停.14:19 14:00大清水15:05.関越交通¥2200.=16:50jr沼田¥2520. 17:05=17:50高崎(手動ドア)18:03=19:50上野. トクサ 大清水の大通りにでた所でタイミング悪く乗客0の路線バスが目の前を横切った。1時間程待つが染まり行く山肌に酔い,それ程苦にならなかった。 バス停付近はトクサ(カメムシの一種)が大繁殖。唖然とするほどの数がいる。道路には潰されたトクサが点々と跡を残し.数える間もなく体にまつわり付く。 絞めたザックの口の中にもいた。何時ものことか? 地元の人達は誰も全く気にしていなかった。 バスの運転手は冬眠前の準備で大繁殖.「潰すと臭いぞ!」と声を掛けてくれた。秋の晴れた日に一斉に飛び冬眠の所に移ると云う。 潰すと凄いやな臭いを発していた。 黄金の海 尾瀬口側の方が鬼怒川側より山の黄葉は深く早い。 大清水より戸倉までの片品川右岸の車道。山を越え原色一色の黄葉美に酔う。 片品川が流れる左側の山腹道は明るく視界が開け.物見山から連なる南西に延びる尾根筋が大きく開かれた青空のキャンパスに描き出されていた。 四次郎岳.唐沢山と.その黄金色に棚引く山肌は天高い秋の陽差しを冥一杯浴び煌いている。 沼田街道沿いは山肌とは云わず紅.黄色に燃え.溢れる枝木が街道をも染め被い尽くしている。華麗なる紅葉と溢れるばかりの黄葉。 黄色一色に変わり黄金色に燃えさかる木々。黄葉の大波が山並みを越え.見渡す限りに視界を無限に広がさせている。 怒涛の如く押し寄せる一色の黄葉は雲1つない澄み切った蒼空をも.狭く感じさせてていた。 擦れ違う車はない。バスの乗客は私一人だった。昨日の鬼怒川から女夫淵に抜けた満員の路線バスは立席の乗客も多かった。 それが嘘のよう山を越え.今日最後のバスは私一人を運んでいる。 唖然とするばかりの驚きの世界. 錦秋の大地は満ち「凄い! 凄い!」と独り言のよう連発する私。 バスの運転手はそれを聞き.自慢するようなハンドルさばきで黄葉の樹海を走らせる。 恐らく今年一番の黄葉美を山々は飾らし占めているのだろう。透き通った陽射しも明日には霜が下り.樹葉は色焦せくすずみだす筈だ。 山並は黄葉のピークを迎えていた。最後の煌めきに満ちている。この艶やかさはウコン色と言われいるが私には如何でもよい言葉だった。 きっとこの絶頂を迎え.染まりくる樹葉達をそう呼ばせるのだろう。 黄葉深い県境の中山を歩み.ゆっくりと時の流れに浸り.静寂に満ちた孤高の旅を味わった。 山に入り下山するまで宿の主人以外に誰と語ることもなく.忍び込む哀愁と晩秋の最後を飾る黄葉の謳歌を味わっている。 昨年は梅雨時に妻とひとひと雨の尾瀬ヶ原に入り.この時も殆ど擦れ違う人もいず静寂に満ちた湿原を散策していた。 その下山した戸倉バス停からは1組の男女ハイカーが乗車する。路線バスは鎌田で休憩しjr沼田駅へと。 後4日.11月03日をもって今年の大清水バス路線は運行を停止する。 奥鬼怒地形図 尾瀬ヶ原地形図 高層天気図10月28日9時.29日9時.30日9時 女夫淵〜日光澤温泉の里は繊細たる華麗な紅葉美に飾られ.翌日は索漠とした山上湿原.鬼怒沼山を訪れる. 物見山から根羽沢出合と大清水・・沼田への里山はウコン色一色の黄葉の世界 |