北秩父最奥の山.両神山U・・北秩父両神山Top 両神山ルート図

  両神山と大鹿野の宿・・西沢渓谷とほったらかし温泉
      中津川神流川の金山沢右俣左沢から右岸杣道を経て八丁尾根を周回. 翌日西沢渓谷を散策周回  2008年04月29〜30日.L松村m見城.滝島.鈴木

    4.29. 落合橋より両神山八丁尾根を周回・・大鹿野町「須崎旅館」
    4.30. 西沢渓谷から「ほったらかし温泉」

      両神山金山沢二俣
   見城先輩の希望により那須「三斗小屋」に入る企画を立てたものの20日現在.宿は閉鎖され.開業は連休前になる予定。
     大変な混雑になる見込み.又以前訪れた鬼怒川「日光澤温泉」は残雪に埋まり冬山装備一式が必要とのなる。

   滝さんの提案で昨年に続き両神山へ出向く。北秩父山域は秩父市の北.荒川左岸の山々を呼び.「北武蔵山域」とも呼ばれている。
     前回は東面の小森川薄川沿いの昔からの参道(登山道)を歩んでいた。それ故.今回は新たなコースを模索する。
     マイカーで入る以上は西側の裏からのか入山をわざわざ選び.神流川金山沢右岸の杣道の直ルートを取り.八丁尾根をヴァティケーに周回することにした。

   己ながらよい企画ができたと思っていたものの.下山アプローチでは崩壊した林道に出遭い工事中で通行止で大鹿野町の宿まで周回できず.
     再び往路を戻ることになったのが残念だった。

    4月29日.晴霞み強し
      西武池袋¥750. 6:05=6:25所沢.特急¥510. 6:37=7:45西武秩父.集合8:00=滝沢ダム=9:00神流川金山沢.落合橋:15.
      アプローチ
   西武秩父駅で待ち合わせ.高校の時以来40年振りに新宿から西武秩父線に乗車する。懐かしい響きの吾野・正丸峠を抜け秩父に入る。
     2005年08月に妻とマイカーで両神の山湯に浸かろうと出向いている。その折は滝沢ダムは施工中だったが.水瓶は既に満たされ完成した姿を見せていた。

   湖畔道も中津川沿いのダム工事を終え.3年前に妻と訪れた時に比べると見違えるほどゆとりのある立派な道路に変貌させていた。
     秩父市道大滝幹線(通称.旧中津川林道)として県境の三国峠へと綴られている。
     秩父多摩甲斐国立公園内の秩父側の市道で.埼玉県と長野県と結ぶ唯一の車道。峠を越えれば信州梓山へ。

   越えると千曲川の源流で信濃川上にでる。昔新人養成で幾度か出向いた山域. 林道の大改修がなされれば国道の昇格もあるだろう。
     我々は右折して中津川支流の神流川源流へ向かう。中津川林道の起点.神流川出合を直進すれば中津川三国峠の終点に至る。

    日窒鉱山跡地
   長く連なる巨大な旧鉱夫の集合住宅宿舎跡.15:25

      林道金山志賀坂線
   路線バスの下車地点.神流川出合で中津川本流と分かれ.右折して急に狭まった林道上野大滝線を走る。
     同期鈴木のマイカーが2時間強の車道歩きを省かしてくれている。

   この林道上野大滝線は広河原沢沿いに上武国境の天丸山東側の隧道を潜り.西上州へ抜ける予定の工事中の広域基幹林道へ。
     又荒川神流川は中津川支流の1つだが同名の河川が直ぐ傍の西上州側にも流れている。
     上信国境の十石峠を源にした神流川が上野村を横切り利根川に流入.三国山からの上武国境尾根を分けている。

   神流川を遡り.左に再び上野大滝線を分ければコンクリートを吹き付けた昔のままの手堀りを残す雁掛隧道を潜り.最後の支流大倉沢にでる。
     直ぐ日窒鉱山秩父鉱業所があり通称金山にでていた。昭和40年代の鉱山全盛期は別名「鉱山道路」とも呼ばれていた。

   中津川小倉沢(日窒秩父鉱山内)を起点に林道金山志賀坂線に変わり.林道は両神山の北西に続く西岳の稜線下.八丁隧道を潜ると
     上武国境にある諏訪山の埼玉県側の山腹を横切って.国道299号線の志賀坂隧道口と結ばれていた。完全舗装の林道.

     左に折れれば峠越えして天丸山を回り込み神流町へでて.次を右折すれば小鹿野から秩父にでる。
   この林道の途中には今回目指す両神山の西側の経路の取付きに当たる落合橋にでる。又その先を登れば八丁峠に立てる。
   そして下山はこの林道を完抜し小鹿野の宿に向かう予定でいたが丁度土砂崩れの改修工事に突き当り戻っている。延長14.420m.

      秩父鉱山
   戦国時代.武田氏の金鉱開発が初めとされ.昭和に入って最盛期には金.銀.胴.鉛.亜鉛.鉄などを採掘されている。
     古い面影を残す鉱山宿舎跡は馬鹿でかい。崩壊寸前のガレ崩れる木造宿舎が沢沿いに建ち.脇に小学校校舎と広い校庭があった。
     校舎は山の中とは思えぬほど大きい。当時大勢の家族がここで暮らしていたのだろう。古き時代の繁栄していた面影が随所に望まれた。

   日窒鉱山はまだ一部開鉱されている。現在は主に大理石を採石し石灰岩も見られ.最盛期には1200人近くが石灰・マンガンなどの採掘をしていた。
     車道脇には白岩の細かく裂かれた岩屑の山がうず高く積まれていた。その脇に懐かしさを注る郵便局が昔のまま残されている。

    金山沢二俣を起点に両神山八丁尾根をピストン
   中津川神流川の小倉沢金山沢の二俣・落合橋.9:07

    神流川金山沢.落合橋:15一9:40(1389mピーク一):50一10:40作業道分岐:50一9:55剣ヶ峰.両神山一前東岳
    一11:25東岳:55一12:20龍頭山一風穴一12:40西岳一12:55行蔵坊ノ頭(峠)一13:30八丁峠:45一14:15落合橋.

   狩倉岳を大きく回り込み.赤岩峠への赤岩橋を渡ると小倉沢と沢名を変えた上落合橋にでた。
     昨年6月に東面の日向大谷から薄川を遡ったが今回は正反対の西面金山沢から入山した。

   金山沢の八丁沢出合の杣道に取付く.9:14

      入山
   落合橋付近は車が10台ほど置け.その向かいには芽を膨らませたアカツツジが新緑をひときは目立させている。
     車をフルに活用し.前回の小森川薄川を南から巻き込むよう裏側に出て.反対の西側からの登りで八丁尾根を綴る。
     取付きは金山沢右俣と左俣八丁沢とを挟む前東岳北側から派出する中間尾根を直登した。

    狩倉尾根
   東岳の西尾根1389mピークより.9:47
    金山沢右俣を隔てた大笹から延びる狩倉山

   この杣道は崩壊が進み今は赤ペンキで「通行止」と記されている。警告の通行止ロープを跨ぐと初めから急登になった。
     確りした歩き易い山径. 喘ぎ登れば高度は見る見る稼ぎ.1389mの桧林のコブを越える。

    金山沢右俣左沢の右岸ルート
   注意は大雨のみ.10:05

   尾根から前東岳の中腹を巻く。枝沢を横切っては斜め上へと巻き上げ.進む先は赤布があり踏み跡を示してる。
     この経路は下ることはない八丁峠にでる。左沢右岸の杣道は常に同じような傾斜を保ちながら登っていた。

       ガラ場を横切る
    
    見上げる残雪は八丁尾根の取付き.

   残された枝沢の残り雪

    杣道から北面を望む赤岩尾根
   金山沢対岸の右の窪地が八丁峠.10:19

   小倉沢の対岸を望み赤岩尾根とも肩を並べている。トップのSから枝沢で残雪を踏んだと声が掛かる。ほんの残り雪,
     道標がなくとも赤布を頼れば踏み跡に迷う心配はなかった。金山沢右俣左沢の巻き径のような踏み跡.ほぼ平行するかのように綴っている。

      残雪を踏むと頂稜は真近.10:05

    両神尾根にでての1本.前回とは反対側の剣ヶ峰の肩
   

   左沢本流の剣ヶ峰東面とは異なり.小滝.ナメが連続し続けるがザイルなしで遡行ができそうだった。
     陽射しと気温の上昇が激しい中.森の枝沢を横切りつつ綴る径は木漏れのルートとも居心地よい。呆気なく剣ヶ峰の肩に立つ。
     ・・金山沢右俣左沢右岸杣道

    東岳山頂
   背は前東岳北面.11:33

      八丁尾根
   昨年06月に訪れた頂は狭い上に人多く剣ヶ峰を通過. 八丁尾根に入ると東側七滝沢側の源流がスパッと切れ落ちていた。
     尾根を覆う岩盤と激しい上下稜。七滝沢側に根こそぎ倒れた倒木を見る。根の重さだけで支えられ.幹は谷へと頭を落としていた。
     岩盤に這え伸びえぬ根の深みはないようだ。浅く岩盤に乗る厳しい山稜を物語っていた。

    金山沢左俣八丁沢ツメ
   左上は登ってきた西尾根1389mピーク.12:01

    西上州の山々・・赤岩尾根
   三国山からの上武国境稜線.11:39

   右肩が龍頭山.風穴を下り返し西岳と行蔵坊ノ頭. 先の八丁峠を抜ければ赤岩尾根に至る。
     顕著なキレットを登り返すと1583m峰.後ろに隠れるは大ナゲシ
     赤岩岳から宗四郎山へ巻き込むよう下ると赤岩岳に隠れた大山.天丸山がある。・・忘年会山行・天丸山とシラケ山,烏帽子

   岩混じりの樹林帯と非対称の頂稜.東岳で大休止する。都合よく頂にベンチがあった。
     陽射しはあるも霞みは強く.狩倉尾根も赤岩尾根もおぼろに立つ姿を見るのみで観測するよう眺めることはできなかった。
     ただ頭上を見上げれば蒼空が広がっている。

    龍頭山のツメ
   東岳鞍部より.12:01

    龍頭山北面の下り
   アゴのでる鎖場が続く.12:08

   風穴.12:27

   稜は狭まり両峡に続く尾根筋は鎖場の連続になる。急に落ち込んだ痩せ尾根。ただ足場は確りしホールドは数多くある。
     K氏は奇声を上げながら龍頭山を登る。又下りで叫ぶT氏。S氏は黙々と鎖をさばき風穴(かぜあな)を抜ける。
     深い窪溝が谷間へと走るも.ガス濃く谷底を覗き込むことはできなかった。尾ノ内沢から吹き上げる風が心地よい。

   西岳の登り.12:28

    おぼろに見える龍頭山と東岳
   顧みる西岳より.12:29

    金山川の上流流域
  
                                               金山岳西側から.12:41
    左上部は金山沢右俣を隔て大笹から延びる狩倉尾根. 横八丁.槍ヶ岳と狩倉岳
    左中央は金山岳西尾根. 前東岳北側から派生し二俣に没する。中央左に1389m圏コブがあり.コブから右俣右岸沿いにトラバースした。
    神流川に沿って中央が南天.遠く十文字峠からの白泰山尾根.右端は赤岩尾根。

      春霞
   視界は隣峰の西岳さえ.いまだ霞み全体像が望められず。時折墨絵の如く現われるも春の霞は強い。
     両神の山稜からは狩倉尾根へと連ねる岩屏の風がおぼろな輪郭を現しては消えて行く。ただ足元に金山沢二俣だけが見下ろされる。

   まだ岩稜に絡む落葉樹は若葉と言うより裸林に近かった。
     アカヤシオの芽はまだ大きく膨らまず.忘れた頃に咲き始めたか濃い赤桃色の花を見付けてもいる。

    赤岩稜と八丁峠
   裏側が西上州になる.13:22

   八丁峠にでて向いは金山沢方面.13:35

   行蔵坊ノ頭は頂の道標に「行蔵坊峠」と示されていた。北へ延びる尾根筋はあるものの.まだ鎖場は多い。
     上部だけを見ていると何故峠なのか理解に苦しむ。尾根の鞍部だけではなくコブに名付けた所も多かった。
     何か歴史的な因果関係があるのかも知れない。

   八丁峠は天理岳に続く奈良尾峠.赤岩岳に続く赤岩峠などは古くから秩父と上州を結ぶ生活の道だったようだ。
     又峠路には昔.板張りの避難小屋があったとか? 今は見る面影もなくなっている。

     鎖場を終え.立木に包まれた八丁峠に出も遠方の双子山は見えず。
   峠反対側の金山志賀坂林道が中津川へ.山腹を切りうねりながら下りていた。

    南側下山路
   シダ茂る柔らかい陽溜まりの斜面.13:48

      八丁峠
   古い鉱山用ケーブルやカッシャが茂みに隠れるよう置き去りにされていた。それ索道跡は落合橋への下山路でも見受けられた。
     峠路を下ると一時なだらかな傾斜となる。落葉を踏みイボシの群生を抜けると割れ落ちた岩片が疎らに平均的に散らばれているのが見られる。
     この石を叩くと「キーン!キーン!」と金属音の甲高い音が聞こえた。スパッと切り裂けたような岩片が転がり.下山路では何処でも見られていた。

    再び落合橋に戻り                                行蔵坊ノ頭と西岳
      再び落合橋から望めた前東岳.14:33
     層状チャートの断層.14:20

   地質は層状チャートと呼ばれ火打石にも使われてい仲間。非常に硬く風化に強く角岩とも呼ばれている。
     隆起した両神山は長い年月の侵食を受け.八丁尾根のような急峡な岩稜を築き深い谷を形成していた。

   両神山はナメを多くもち.八丁沢出合付近で岩盤の層が荒々しく何層にも重なった断層面を見ている。左は出合付近左岸に重なるチャート.
     私には硬いが故.岩盤と岩盤の間はガラス細工にも似た硬過ぎるが故.却って脆い層に思われる。

    金山志賀坂林道
     14:15落合橋=落合橋.金山志賀坂林道14:20⇔八丁トンネル. =路肩崩れ通行止
     落合橋15:00=滝沢ダム=16:00大鹿野温泉「須崎旅館」.

    北側からの八丁尾根
  
    諏訪山南面の金山志賀坂林道より.14:48

   手前に横切るのが三川入り沢で並行して金山志賀坂林道が山腹を巻きながら北上し.志賀坂峠から志賀坂林道に下りている。
     キレットに至る尾ノ内沢. 剣ケ峰に至る七滝沢.
      一位ケタワ(この裏が清滝小屋).塊のなる剣ケ峰.前東岳.東岳. 風穴のあるキレットから西岳.行蔵坊ノ頭.下って八丁峠,
     奥多野花街道志賀坂峠手前からの全景

      林道
   大鹿野へ下る林道は八丁トンネルで通行止になっていた。
     T氏がタクシー運転手から落石を避ければどうにか通れると聞き.簡単な通行止の標識板を移動させ抜けることにした。
     幅広い林道は落石を避けられるだけのウネリを持ち下っている。

   北面から右後方に眺められた八丁尾根は湧き上がる霧を切り奇峰を幾つも突き上げていた。そこは直ぐ確認出来ぬ岩峰群を築かれていた。
     今回は見詰めても複雑すぎる奇峰群にはっきり見定められるだけの知識は持っていなかった。
     北側からの奥秩父背稜.西上州の山々と初めて眺められた場所に居た。残念この上もなし。

   南へ大きくカーブした地点.土砂崩れ改修現場.4月29日.14:59

      街道崩壊
   車で15分ほど下り枝沢を横切った所でガラ場が崩れ路肩が崩壊していた。大分前より改修工事が行っていたようだ。
     確りしたブロックで固められた路肩.今路面を整地する為.大型シャベルカーが土砂を掘り起こしている。

   現場付近には侵食された白味のある粗い岩屑に被われていた。
     埼玉県側の荒川各河川上流.特に両神山東面は侵食作用による崩壊は激しい。
     諦め落合橋に戻り.再び滝沢ダムを抜け大鹿野温泉へ。時間のロスが丁度よい宿着きになっていた。

      須崎旅館
   宿はT氏の勤めた先輩の弟さんが経営していた。大鹿野町の真ん中.大通りに位置する。
     月初めは大鹿野大祭が行われ.「大鹿野歌舞伎」の屋台歌舞伎も再盛されている。今日は町議員の会合がこの宿で催されるらしい。
     庭には赤い藤やシャクナゲが植えられ広い部屋を用意して頂いた。源泉は澄み石鹸の泡たちは悪いが柔らかい湯になる。

   食事は山菜が主でヤマメに鹿の肉.五穀米と間々手が入り美味い。酒を呑み。ビールに源作秩父赤ワインから始まった。
     冷酒の秩父錦と秩父錦の生.骨酒にバーボンと4人で六酒混合の呑み会に変わっている。

   珍しくK氏は早寝。再び湯船に浸かり.ビールを追加して飲み会は終了した。宿代¥11900
     明日は笛吹川西沢渓谷に向かう。

  両神山を越え笛吹川西沢渓谷を探索―ほったらかし温泉から青梅街道を綴り青梅 L滝島.m見城.鈴木.松村

    4.29.落合橋より両神山八丁尾根
    4.30.西沢渓谷から「ほったらかし温泉」・・カモシカ・青梅街道.柳沢峠から青梅

      笛吹川西沢・・笛吹川流域Top

   古来悪場と云われた西沢下流は二俣から不動ノ滝まで華麗な滝場と美しい深淵に磨かれ.岩壁の間を縫う秘める渓谷美を誇っている。
     昭和39年06月.三富奥秩父観光協会の手によってここに桟道が設けられ.容易に核心に入り渓谷美に触れることができるようなった。
     現在は登山者のみでなく.下流部分は西沢渓谷と唄い.更なる散策路の新設は多くの観光客の集まる名所に変貌している。

   中流はゴーロと倒木多き流域をもち.更に上流は東沢と比べると登行意欲を注る魅力さには欠けていた。
     奥へ奥へと森林軌道が延々と延び.今の笛吹川西沢を秘渓とも呼ぶ西沢の上流は荒涼とし無惨な姿に変わり.今も崩壊を続けている。

   昭和の初めより伐採事業が始まり.特に終戦後は林業が栄え.塩山まで源流から軌道が敷かれていた。既に廃道となっているが軌道は笛吹川右岸沿いの
     高い裾を綴って塩山盆地まで下っていた。今も現実的に奥も伐採のため醜い坊主流域が国立公園内にある。

     4月30日.晴霞み強し.大鹿野温泉「須崎旅館」9:00=西沢渓谷入口10:15一11:30七ッ釜:45一旧三塩軌道一13:15入口.
    鶏冠山
   西沢渓谷入口より.4月30日10:15
    西沢渓谷→笛吹川→富士川

   T氏の大菩薩嶺一周と山梨「ほったらかし温泉」の入浴計画は私が初めてのことと知り.笛吹川西沢渓谷の散策に変っている。
     私は傍まで来る機会が何度かあったがチャンスに巡り会わず.今回の配慮で初めて訪れられた渓谷になる。
     散策と聞き散歩道を思わせたがT氏の忠告通り.皆ズックから登山靴に履き替え渓谷を辿っている。

    西沢渓谷の始まり
   三重の滝.10:15

   左岸沿いに続く西沢渓谷の遊歩道. 西沢山荘を過ぎると林道は狭まり山径になる。針葉樹の中を登り.やや高みの山腹を巻いていた。
     徒歩2時間ほどの行程だが核心部に入る。コバルトブルーに染まる大小の釜.荒れた瀬に深いトロ.くびれた淵が岩を削る。

   その間も変化に富む美滝が繋がれ.沢全体が1つの美渓を築いている。木漏れの陽射しに流れ煌く流心.滝から弾ける水滴も美しい。
     又トロの緩やかに流れる川面は新緑の若葉を映し.その上に被さる枝々が溢れるばかりの青葉を付け谷間を染め尽くしている。
     目には潤いを与え.見る美渓で楽しませ.若葉が更に癒す場所を造っていた。

   竜神の滝.11:07

   西沢渓谷の地質は主として花崗岩で.山径脇の岩石は両神山と同じく清流の浸食が進んでいる。脆くなった岩は強く触れるボロボロ岩屑に変わる。
     S氏は語る。これらが風雨に削られ.今の渓谷を造っている。

   正に周りの沢とは比べようもないここだけの箱庭的美しさを築いていた。東沢は登山では滑滝で飽きぬが鑑賞としては比べようもないほど
     平凡で.西沢本流も七ッ釜五段の滝から上流もとてつもなく荒涼としている。

   渓流奥の軌道が廃道となり手を加えられなくなると,人工の手が入っているだけにより荒廃した醜さだけが残されていた。
     又本流の水は上流部から鉱毒が入っている為.飲用は不可。

   11:13

    七ッ釜より下流の木橋.11:14
     

   七ッ釜五段の滝.11:36
    
   濃いエメラルドグリーンと釜淵が上手い構成をなし.次から次へと現われる。東沢出合を過ぎると山径となり.なるほどと思う景観が続く。

   遊歩道は木橋を渡り右岸に移る。大きく高巻きしながら残雪埋まる枝沢にでている。
     七ッ釜五ッ淵の全容が探勝できる所では陽射しが強く.1本取ったレモンの味も.酸っぱさが日差しが強く今日も美味かった。

    遊歩道終点分岐
   旧三塩軌道跡地に登り眺望が開ける.12:03

   西沢の渓谷美はここまでで.この先は荒涼たる河原を辿るようなり.右岸沿いの軌道跡を辿っている。
     七ッ釜上の右岸に入る川胡桃沢出合からは黒金道を辿って旧森林軌道.遊歩道終点分岐にでる。

   沢沿いに山腹道を綴れば上流右岸に残された軌道跡廃軌道に入ることができる。又尾根沿いに詰めれば牛首ノタルから黒金山に至る。
     ここ辺はシャクナゲの季節になると登り斜面から次第に鮮やかなシャクナゲの群落が見られるらしい。

      事故?
   旧三塩森林軌道の山腹を巻く径に入り.ヘリコプターの騒音がうるさくなった。
     木賊山と鶏冠山の中腹から鶏冠山東面を集中的に飛び回っている。10分程してヘリのマイクからの声が風に乗って伝ってきた。

   互いに耳を澄ますも,「ヘリから・・・」.「〜さん」と名前を呼んでいるようだった。下ること40分.漸くヘリは目的の人を見付けたらしい。
     東面の空中1点に停まりホーリングをしながら盛んに何かを伝えていた。断片的な言葉で意味は判らなかった。ヘリは去り.我々は登山口の散策路へ。

   前方より遭難対策車と名を付けた車とパトカー.救援車が通行止の散策路を登ってきた。
     道脇に避けると再びヘリも戻ってきたが事故だろうか? 何も判らず下山した。

    奥秩父背稜
   12:26
    軌道跡より鶏冠山(隠れる甲武信ヶ岳).破風山.雁坂嶺. 右が雁坂峠
    左端の尾根が紅葉台から牛首.黒金山への尾根・・2012年09月乾徳山から北上している.

   鶏冠山.木賊山.破風山に続く奥秩父山稜が.まだ裸林の樹間を抜けだし,雲1つない青空に突き上げるよう望まれた。特に鶏冠山は鋭い岩峰になる。
     雁坂峠への林道が殆ど峠近くまで綴られ.中腹で久渡沢を渡る白い橋が遠く目立つ形ではっきり眺められている。
     そこからの入山は天国へ行くよう見た目は楽である。下調べなくして楽な入山口を見い出していた。

   下りはレールから外された森林軌道跡の径。場所によっては昔のレールがその間々利用されていた。
     谷の窪みに残った軌道も今は保存の為管理されていた。

   大久保沢で旧軌道の山道でカモシカに出会う.12:35

   森林軌道跡の中間ほどに大きな枝沢の大久保沢を横切る。その沢に食い込む子酉橋。後に知った話だが美味い水が飲めるらしい。
     そこでカモシカと出会っている。傍でカメラを構えても動かぬカモシカ。堂々とした姿が毛並みのよさを示していた。

    13:15西沢渓谷入口=雁坂トンネル=笛吹川フルーツ公園上「ほったらかし温泉」=塩山=青梅街道柳沢峠=奥多摩湖
     =16:00jr青梅解散.青梅特快:14=17:28神田.

      ほったらかし温泉
   渓谷入口では山桜混じりの桜が満開となり.山を下りてからは「ほったらかし温泉」でひと風呂浴びている。
     この湯は笛吹川フルーツ公園の中を通り抜けた上の高台にある。富士望む甲府盆地を見下ろす眺望と星空の天井の夜景が好評だそうだ。
     又この先西側2km強にある棚山への登山道の取付きでもあった。下りに取れれば温泉と結ぶこともできよう。

   平成11年に開湯した元湯「こっちの湯」と15年に新たな深度1500mから湧き出した「あっちの湯」の2つの源泉を持つ。
     それ以外は何もないただの高台だった。施設を最低限に留め.広い空地に簡素な湯殿と売店があるだけで.
     「ほったらかしの湯」はその間々のずぼらさが以外と計算されている。改めて行くこともないが.立ち寄ってみる気楽さはある。

   甲府盆地とそこを囲む山々の眺望は素晴らしい。ただここでも春霞は相変わらず強かった。
     山波は深みを失い乳白色の淡い墨絵となり描かれている。K氏.T氏は露天風呂でノミ傘を被るほど陽射しは強かった。
     それだけ霞んでいることになる。透明で温くぬくみがあるアルカリ性単純温泉.日の出1時間前〜22時まで.「あっちの湯」入浴料各¥600

      青梅街道
   帰路は塩山より大菩薩嶺北端の柳沢峠越をし奥多摩へ抜けることにした。勿体無いほど立派に舗装された青梅街道の峠道に入る。
     ここにはもっと贅沢な直線的な広い街道が造られつつあり工事中。

   通った人は判るはず.理由は判らぬが甲州街道の2次的要素として.急ピッチで工事が行われていた。
     一ノ瀬林道.丹波林道は昔奥秩父の沢遡行の為.よく歩いた街道だった。凸凹で荒れた道だった。その時の先輩が私の隣りに座ている。
     車は丹波を抜け.先々月の雲取山へ通った鴨沢から青梅へでる。

      国道橋梁改築事業
   国道411号は八王子市を起点とし丹波山村.甲州市などを経由して甲府市に至る幹線道路。
     第一次緊急輸送道路にも指定されており.災害などの緊急時の避難・救助道路としても重要な路線になる。
     特に甲州市塩山上萩原地内においては道路線形が悪く未改良区間が続いていた。

   2005年07月の土砂崩落により45日間全面通行止めとなり.急きょ危険箇所を回避するバイパスが整備される。
     上萩原T期バイパス3.060m.一之瀬バイパス460m

   上萩原U期は事業を巡る社会経済情勢等の変化に伴い.延長を4.5qから2.6qに変更し2009年度までに完施。
     橋梁工への新工法採用.工事用道路の構造や盛土法面の処理方法を見直し.トンネル型枠の共有化などを実施する。再評価調書1.2.

    旧三塩軌道
   上流右岸に残された軌道跡.HP「廃線踏査」より
    地図には記入されていない荒廃とした軌道

      三塩軌道
   三塩軌道とは三富と塩山駅を結ぶトロッコ軌道で昭和08年〜43年まで.主に西沢,東沢一帯の県有林の木材を搬出するトロッコ軌道。
     全長36kmで自然勾配をせび(ブレーキ)だけで塩山駅まで下り.登りは馬で引き上げていた。
     昭和20年頃からディーゼル機関車に替わり.広瀬ダムの中土場まで運び.奥16kmは馬に頼っている。

   又軌道使用料条例により切符を発行しあらゆる生活物資の搬入にも利用されていた。
     やがて国道が整備されと昭和41年には中土場=塩山駅間の軌道は撤去された。

   鶏冠山から採掘された硅石の運搬は最後まで行われていたが昭和43年に軌道としての役目を終え.
     その一部が散策路として復活されていた。

      西沢上流部
   不動滝上部の森林軌道は黒金山登山道分岐から西沢渓谷上流部.国師ヶ岳方面へと西沢右岸を遡上し今も残されている。
     先には素堀隧道やプレハブ小屋があるものの崩壊等が激しく.廃軌道らしきレールも砕かれ難所となってもいた。
     入口には通行不能の表示あり.

   奥に延びている軌道は七ッ釜上から西沢橋で左岸に渡り.アザミ沢橋,京沢橋へと。
     軌道は確りしていれば1時間程で辿れる。ただ荒廃した軌道に今は倍以上の時間を費やすようだ。

   河原を歩み30分。京ノ沢を遡ると岩塊や巨大な流木との散乱し.白く剥ぎ出した沢身は歩き難いので左岸に残る軌道伝いに行く。
     錆びた軌道を埋める岩屑の山を幾度か乗り越え.草に埋もれながれ進むと.やがて軌道は電光形を描くようなる。
     そして荒れた京沢小屋にでる。ここは天狗尾根末端で国師岳の登り径。軌道はここで扇状に広がり笛吹川源流を網羅していた。

      現在の1/2万5千地形図
   2008年国土地理院「1/2万5千地形図」によると帰路の旧三塩森林軌道はレールも外され山道として記してある。
     又七ッ釜上からの軌道はアザミ沢出合までで消滅されていた。レールは取り除かれていないが.崩壊が激しいためか?
     その先西沢谷は網の目の如く軌道が記入されてをり.塩山駅まで繋がっていた長大な構図が地図に描かれていた。

   アザミ沢を渡り右岸にでて.軌道は二分化し一方はその間々アザミ沢上流へ。そして営林関係の廃屋が数件ある台地にでる。
     軌道は京沢左岸を高巻くよう平行に走り.天狗尾根末端.京沢小屋で更に南北二方に分かれている。
     このまでの西沢アプローチを考えると国師岳への登山道はあるものの獣道化している筈である。

   分かれた軌道の北方側は高度2000m下の裾を巻くよう石塔尾根を横断し.東沢金山沢に伸びている。硅石の運搬用か?
     又南方側は更に二方向に分かれ.本谷.大南窪の源流を扇状に南へ横切っている。

   別軌道は奥千丈岳南側.2150m地点から稜を越え反対側.西の荒川桜沢から剣ヶ峰を左回りに巻き込んでいた。
     稜を越えた軌道は知るのは初めてで.驚きでもある。

   アザミ沢から下るもう一方の軌道は京ノ沢を左岸より渡り.本谷を遡った所で山径に変わっていた。
     源流の軌道状況は全く判らない。ただ現在の1/2万5千地形図には上記の如く記されている。
     歩んでみたい気はあるものの時間的ロスがどれ程かも掴めず.渡渉を含めザックでの軽量化が必要と思われる。

   不動ノ滝から上の谷は全て丸裸に伐採され.そして今も手入もされず放置された間々になっている。2006年12月.

     西沢三塩軌道地図
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