同期会山行Top 尾瀬ヶ原を横断.桧枝岐への概念図
   前日会津駒ケ岳に登り.裏尾瀬桧枝岐に集合・懐かしい御池からシャトルバスで沼山峠から尾瀬沼を周遊

     7.19.高層湿原の会津駒ヶ岳・中門岳・・午後は同期会
     7.20.桧枝岐から真夏の陽射しを浴び尾瀬沼を周回・・同期会山行・救援ヘリ.ジョウゴ2

      民宿「裏尾瀬」・・湯殿
   まず湯に浸かり体の疲れを癒す。桧枝岐は宿全てに引湯されている湯処.単純泉の澄んだ柔らかい湯。
     ただやや熱かった。55〜65℃. 民宿「裏尾瀬」では湯殿を岩風呂と呼び.道路側の外階段を降りた隣りにある。

   多分日帰り旅行者の便を狙ったものと思われる。24時間入浴できるが露天風呂であるわけでもなく.外湯はやはり寂しい。
     況して今日のように雨が本降りの場合は鉄階段で繋がれているも尚更億劫になる。ただ釣師にはよいプレゼントだろう。

   宿は舟岐川出合下流2ッ目の橋角にあり.桧枝岐川本流沿いの左岸に建てられている。
     夕飯時裏側の窓を開けると雨の中.釣人が日没前の最後のアユを狙い.手前の瀬の下に竿をだし落ち込みを流していた。

   今日はアユ釣りの解禁日.3日間は入漁料1日券¥3.500.その後は¥2.000.年券¥15.000といい値の入渓料だ。
     明日の明け方は更に大勢の太公望が自分が狙ったポイントに竿をだすだろう。
     中町会Y氏に云わせるとここは東京からの日帰り圏内で.先週もここ桧枝岐へアユ釣りに来ていた。

    
   夕御膳                             山で久し振りのマタと宿裏が桧枝岐川.18:23

   「奥尾瀬」の自慢料理はソバ.キノコ.山菜料理。「はっとう」は地元の料理,材料はソバ粉.ほのかに甘くもちもちの食感があり
     菓子のような味。「裁ソバ」は繋ぎを使用しない生ソバを2mm程の厚さに伸ばし.何枚か重ねて裁つよう切る。
     ボロボロ感はないが私には繋ぎをもう少し欲しかった。

   自家製か分からぬが桧枝岐温泉の民宿は共通の食材を出しているよう思えた。私には同じ淡白さの味が多く.保存食類は甘過ぎる感がある。
     先月鳥甲山,屋敷温泉で夕膳を頂いたせいだろうか?
     比べる気はもうとうないが何かが違い,統一した一つ味に思えた。夜はアユの塩焼き,朝はサンショウウオの甘露煮が食卓に並ぶ。

   食事が済むとOは直ぐ私に寝ろと言う。言葉数は少ない。意味深長な言葉だった。よく言えば山越えで疲れているからだろう。
     悪く言えば違う意味になる。もめるより従った方がよさそうだ。深く考えるだけ馬鹿を見る。疲れた。明日の予報は好天を示していた。

   冬の掛け布団に大げさを感じるも.夜半は以外と冷え込んだ。厚い布団が丁度よい。
     宿前の国道を深夜にも拘らず.尾瀬へ登る車の音を暫し聞く。宿は4室.今日は13人のみ.¥7.000+湯税¥100・・飲物.弁当?

                                       
     三度尾瀬沼へ.真夏の尾瀬沼を周遊. L大川m鈴木.田沼.松村・・尾瀬原地形図.山行表

      7月20日曇後晴
    桧枝岐「裏尾瀬」7:00=7:15御池P¥1.000.満杯の場合七入駐車場(無料).シャトルバス¥500×2.=沼山峠休憩所8:00.

   昨日の激しい雨も治まり.3日間続いた雨は朝方より青空がその領分を広げだしている。
     北日本に大雨をもたらした低気圧は東へ遠ざかり.奥州から北海道に掛け朝から気持ちのいい青空が広がっている。

   一方梅雨前線は九州北部まで北上し.活動が活発化させていた。

     桧枝岐は朝方から強い陽射しが照り付け.尾瀬御池の大地を暖め.昨日とは違った猛暑の兆しを示している。

      御池
   登山口の広い駐車場には怒気を抜く.広大な駐車場が裏燧林道の入口に建てられていた。
     昔丁度40年前に訪れた時は今より一回り小さいが大きな尾瀬御池ロッジが.ただ一軒ポツンとブナの森に建てられ.その前にバス停のスタンドだけがあった。

   広い空地には木道用の集材場が設けられ.木材を運搬するヘリコプターが爆音を轟かせ頻繁に飛行ていた。
     売店もなくバスの販売所もなかった。昼過ぎ会津バスに乗車したものの私と同期田沼だけで.運転手と車掌4名が乗り.
     途中で拾うスタイルだった。天高く中秋の陽射しを浴びながらのんびりバスを待ち.バスが会津田島にでた時は既に日没を迎えていた。

   その前となると更に前になるが1973年5月に保坂先輩とスキーで三平峠から氷結した尾瀬沼を横断し.燧ヶ岳を越えモーモーカケノノ滝.にでて.
     マイカーで後から到着した新津先輩と御池で合流し.会津駒ヶ岳をピストンしている。


   今朝は御池より尾瀬沼をピストンする。沼山峠休憩所(道の駅.以前の黒鍬清水)まで.今はシャトルバスに乗り換え.ブナの森を抜ける。
     桧枝岐流域に広がる広大なブナの森。行きはボランテァの尾瀬解説ガイドが付いていた。ブナ平の素晴らしさをとうとうと述べている。

      ブナの森
   実川の源頭からブナの森は御池周辺の台地へと広がり.会津駒ケ岳を挟むよう桧枝岐川,只見川の流域へと延び広大なブナの森を築いている。
     ここは白神山地に劣らぬ山域とされ,道は整備され越後からも入り込めるよさもある。
     ブナ平はうつくしま.緑の百景にも選ばれていた。黄葉期は10月中旬

   バス終点.尾瀬沼ビジターセンター前は凄い人ごみだった。渋谷の交差点のような広場には溢れる登山者が行き通っている。
     その中に私達もいた。以前に妻と立山アルペンラインに出向いた時に似ていた。例えはそれしかなかった位多い。
     それでも昨日は雨天にも係らず.この時刻に2.400人が入山していた。今日は500名弱で静かな山旅を味わえるそうだ。

   その上湿原の女王.ニッコウキスゲも満開だと指導員が話して下さった。
     この沼田桧枝岐線の最終便は17時10分.バスを逃すと3時間程歩いて戻らねばならない距離になる。

      群馬県道・福島県道1号沼田桧枝岐線
   起点は群馬県沼田.終点は福島県南会津郡桧枝岐村御池(国道352号交差点)の間を結ぶ県道。途中にある尾瀬の区間
     沼山峠休憩所〜岩清水〜一ノ瀬間は環境問題の高まりを受け.岩清水〜一ノ瀬間の車道が建設されたところで中断された。
     1971年07月.平野長蔵の子孫長靖が環境庁長官.大石武一に建設中止を直訴,共に視察し.沼山峠休憩所〜岩清水間の建設が中止される。

   竣工した岩清水〜一ノ瀬休憩所間の車道も地滑りによる崩壊が多く.1998年までに廃道となる。
     廃道となった区間は県道沼田桧枝岐線植生回復事業として2000年.2001年にブナの植林が行われた。
     現在使われている岩清水〜一ノ瀬間の山径は.車道とは全く違った経路を取っている。

   このルートは群馬県の沼田市から尾瀬沼を通って福島県の会津若松へ至る道でもあり.群馬側からは会津街道.福島側からは沼田街道と呼ばれ.
     その昔会津と上州を結ぶ交易路で.この区間だけが現在も国の特別保護地区に指定された。車の通らぬ山径になった。
     (七入から沢沿いに御池への道を分け.沼山休憩所から大江湿原.尾瀬沼を抜けて一ノ瀬間)

   沼山峠への径.8:24

    尾瀬沼周遊
     沼山峠休憩所8:00⇔小渕沢田代分岐8:50平野長蔵墓地9:05一10:05沼尻小屋:20一10:40曲がり田代
     一10:50富士見峠分岐(南岸分岐)一11:35三平下大12:25一12:45長蔵小屋13:00
     一13:30小:35一13:45小:55一14:10沼山峠休憩所.
      入山
   右側1列歩行の山径に入る。ここから沼田街道が尾瀬沼を抜け.大清水から沼田へ延びている。
     その中.七入から一ノ瀬間が昔からの道,山径であり,途中にシャトルバスから下車した沼山峠登山口がある。尾瀬沼への最短コース
     この山径は自然環境保全の為.林道計画が中止され残されたルートになる。

   沼山峠周辺はオオシラビソの大木が多く.樹林の中には驚くほど太いナナカマドもあった。
     木道が延々と続き沼山峠脇の展望台からは.樹間を透し尾瀬沼が望められる。50年前には手前の湿原も望めたと言う。
     周りの樹林の成長が今は湿原の眺めを閉ざしていた。又沼上には皿伏山.荷鞍山の頂が姿を現している。

    大江湿原
   広がりだした湿原.8:50

      湿原
   下りきると突然樹海が切れ.明るく開かれた大江湿原の北端にでる。燧ヶ岳の裾野と中央に尾瀬沼が位置し.
     左には高石山から延びる大江山の裾に挟まれ囲まれた湿原にでる。そこを縫う木道が柔らかくうねりアクセントを付けていた。
     真夏の陽射しが帰ってきた。頭に突き刺さる陽射しは眩い。時折汗をぬぐい.首には清涼布にタオルを巻いた。

   咲きこぼれる満開のニッコウキスゲと燧ヶ岳
   
    大江湿原よりお花畑の燧ヶ岳と尾瀬沼.9:30

   大江湿原のニッコウキツゲは昨年は遅霜やニホンジカの食害などがあり.殆どと言っていいほど咲かなかったらしい。
     今年は当り年.木道の足元には小さな白い花を咲かせたワタズケに混ざりニッコウキスゲの大群を見る。
     又木道脇には頭花を上に向けているノアザミや紫のヒオウギアヤメが色を重ねていた。

   正に真夏を現わす尾瀬の原.一色に染まった青空と遠くに白雲が浮か風景が広がりを見せている。
     積雲は白さを増し大きく膨張し始めている。久し振りに積乱雲の姿が見られそうだ。
     尾瀬へ出向いた価値はこの一見でもう報われていた。これ程人多い尾瀬は初めてだが.それを感じさせぬ広さがある。

   正面の森に長蔵小屋あり.右回りに周遊.9:50

   尾瀬沼の入江の奥.小川を渡ると周遊の散策路が綴られ.木橋の足元には小魚の泳ぐ群を見る。
     以前尾瀬ヶ原では毎年のようイワナやヤマメを数万匹も放流していた。それが現在では尺程のものに成長したらしい。
     同じように尾瀬沼でもマスを放流し.その子孫が勢いよく小川に魚影を映してだしていた。

      仲間
   一昨年妻と歩んだ尾瀬ヶ原は霧雨滴る閑散とした原が広がり.しっそりした情緒的な梅雨期の風物詩を創っていた。
     今回はガラッとこれでもかとストレートな夏雲浮かぶ尾瀬が姿を現していた。

   久し振りのT.彼とは卒業して直ぐ晩秋の尾瀬を西から東へ.山ノ鼻から御池までのんびり歩んでいる。
     寂びの利いたような尾瀬を夜行で入山.尾瀬ケ原から桧枝岐に抜け.夜行で東京に戻っていた。
     彼とは3年前の同期会山行でSの故郷.武蔵野の里山を歩いて以来の山だった。彼の体に活力になればと思っている。

   Oとは彼の実家に暫し遊びに行き.「まだ雪があるぞ!」と登山靴だけを持ち.腐った雪の中,至仏山1887m峰で遊んでいる。
     以外と尾瀬はこの時だけだが.最近では再び山を登り始めて.2人で帝釈山へも出向いている。

   Sとは2人で組んで学生時代秋合宿を平ヶ岳〜尾瀬沼間の藪山と湿原を題材として縦走したことがある。
     ノコとナタが大分活用した山であり時代だった。もう全てが古い昔の話であるが.尾瀬でも繋がっている仲間達がいる。

   入江を被うヨシの群.10:15

      池畔右岸
   尾瀬沼右岸は燧ヶ岳南西の裾.大きなブナ林の池畔を綴る径にでた。陽光を遮り漏れる森。溢れる樹葉と湖畔の水面が風を呼ぶ。
     入り込む入江から臨むヨシの水面も変化に富み.見る目の美しさが潤いを生み出していた。

   木道脇には食虫植物にも思える色濃い小さなザゼンソウの花びらを見る。昔は重荷を背負い黙々と歩んだ径である。
     今は早足でもなく歩むのがよい。

    左岸の皿伏山
   池畔右岸より.10:25

    小沼湿原
   池畔左岸.12:47
   日向にでると空気がまとわりつき暑い。それでいて時折流れ込む風が心地よかった。

    曲り田代
   左岸より強い陽射しを受ける燧ヶ岳.12:46

   この風景も昔残雪期に見ている。ここから氷結した尾瀬沼をスキーで横断し.燧ヶ岳から昨日の会津駒ケ岳へ抜けていた。
     山で野宿せず七入へ滑る込み.T先輩と合流して.会津駒をピストンしていた。よく野宿した若き時代だった。

    
    南岸分岐付近.林道が切れ泥濡れ径に.2:58              白い妖精ギンリョウソウ

      池畔左岸
   左岸の径.曲り田代からの燧ヶ岳の眺めがよい。池畔にニッコウキスゲの群生とヨシ.調和が好く.駅に掲げる尾瀬のポスターにも思える。
     ただその先が行けなかった。泥水滴るぬっ駆るんだ径となる。木道は殆どなくなった。

   木道から外れると木蔭はぬかるんだ径になる。
     擦れ違う子供達の運動靴は泥だらけになり.新調したばかりの初めて履く靴もあった。よそ見するとズボンの裾も泥まみれになる。
     皿伏山経由富士見峠への分岐(南岸分岐)を過ぎても悪路は続いていた。

   急病人を吊り上げる救援ヘリ.11:45

   三平下手前でヘリの騒音が煩く登山道は通行止となった。仰ぐと樹冠の間から大型ヘリが空中に留まり.機体の窓を全開し.
     2人の救助員が病人を吊り上げていた。山に来て病気とは悲しいことになる。2度ほど旋回を繰り返し大空へ戻って行く。

   昔剣岳で転落事故があり.設営したテントの真上に大型ヘリが降りたことがある。高千穂大パーティと共にテントを撤収させられた。
     飛ばされる思いで足元に降りてきた。寒く両手をズボンのホケットに突っ込んで見守っていたことを想い出す。

   尾瀬沼山荘前の広場で昼食.12:10

      昼食・・・ジョウゴ3
   三平下.尾瀬沼山荘前で昼食にした。宿で作って頂いた弁当はご飯は美味いものの大き過ぎる結飯。チソと海苔に梅が入っている。
     どう見てもひと結飯.1合はあった。添えてあるシャケとゴボウ巻き.登山者の為かチーズも加えてある。
     私には美味いも食べられぬ量だった。

   吸い物は豚汁とシジミ汁,具の付いたインスタントを試してみたが全員の賞賛はよい。来月入る北アルプスの食材に加えることにした。
     食後のデザートはないが紅茶を飲む。トワァイニングの香りが心地よい。日陰がなく暑い所だったが食欲はあった。

   S考案の斜めに切った新しく改良された漏斗が仲間達の前で披露される筈だった。だが不発に終わる。
     残念ながらコーヒーをドリップする場が失われていた。コーヒーより紅茶を選び.代用することもできず,次回の持参を期待する。
     ちらっと私に見せた漏斗.何度も失敗したアルファー米の水調合には我々には絶対必要なものだった。

   再び大江湿原と沼山峠へ.13:29

   長蔵小屋まで至ると尾根沼を一周したことになる。再び大江湿原を縦断
     改めて顧みるに燧ヶ岳の斜陽した光が新たな深みを岳に与え.入山の時とは違った感覚で臨まれた。
     緑深い草原のような湿原は.短いコースだったが夏尾瀬を満喫させてくれた山行になる。

    14:10尾瀬沼山峠=御池P=15:00桧枝岐上の原「燧の湯」=アルザ尾瀬:16:00=19:00jr宇都宮¥1.890. 19:08=20:54上野

   帰路は源泉かけ流しの桧枝岐「燧ノ湯」¥500に入湯
     舟岐川出合右岸の上の原に日帰り風呂「燧ノ湯」があり.直ぐ上の川俣桧枝岐林道を遡れば馬坂峠へでる。

   出合本流下流側の最初に架かる橋手前の左岸が昨日宿った民宿「裏尾瀬」の往路を戻る。
     中間のR352.沼田街道を桧枝岐川沿いに下ると直ぐ右岸より見通川沿いに林道が入り込んでいた。

      飯豊桧枝岐大規模林道
   この林道は小峠より館岩川支流を下り飯豊桧枝岐大規模林道として,起点の飯豊町まで続く。
     昨年夏飯豊山石転び沢から山都へ下った林道である。2年掛け大規模林道の両端を見詰めたことになる。

   館岩村に入りR352を少々入った分岐路から東側に入口がある。
     以外とその先がさっぱり不明。ここまでは林道としては立派で道幅もやや広く舗装され.直線的な道が多い。冬期は通行止

   北会津では高速道路並みの立派な県営林道.大霊山線のような所もあるが.飯豊山塊の山都区間は自然破壊と完成した林道の崩壊が続き.
     福島県側では税金の無駄遣いだと指摘され.小国区間は工事が中止されている。
     ここ以外の区間も最上/会津区間は工事がもっとも遅れている大規模林道。

   本流は右岸出合から大きな確りしたスノーシェルターが続いている。車は更に左岸.右岸と伊南川内川に下り.館岩川本流を遡る。
     当たり前のことだが40年をも昔.裸土の凸凹の国道を路線バスに揺られ.駒止峠を越え.会津山口では車庫で休み.会津田島にでていた。
     今は何処までも道幅は広く.路肩も確り変わり.風景までが違った気を起こさせていた。

   館岩村に入り.如何いうわけか道標は茶色板に変わっていた。木賊,湯の花温泉への道を分け.中山峠より早坂.西街道にでる。
     上三衣の三差路.市場は今日も開いていた。ここを過ぎると何時も会津を抜けた気を起こさせていた。
     40年前から通い.妻ともロマンチック街道を赤城へ抜けた交差点である。

   そして尾頭隧道を潜れば塩原へでる。東北高速道が連休で混雑との情報を得.下の道を走り宇都宮でOと別れ解散した。
     今回はOに全てを任し幹事をお願いした。色々気を使っていただき感謝に耐えない。

   jr宇都宮からは出発時刻が中途半端徒になり.鈍行に3人が乗り込む。
     Sは大宮から川越.飯能へ。Tは浦和から目白.私は終着駅上野か御徒町にでて帰宅した。・・山と高原「尾瀬.燧ヶ岳.至仏山」
     「尾瀬の風」・・田沼. 部報「峠」18号

     7.19.高層湿原の会津駒ヶ岳・中門岳・・午後は同期会
     7.20.桧枝岐から尾瀬沼周回・・同期会山行・救援ヘリ.ジョウゴ2