| 奥武蔵丘陵の南部と都県界尾根周辺 棒ノ嶺 2010年04月. 名栗ダムから白谷沢を詰め棒ノ嶺―都界尾根を南下し黒岳を経て岩茸石山から惣岳山神塚尾根 2019年10月. 清東橋bsから槙ノ尾沢左俣右岸尾根を経て都県尾根を綴り棒ノ嶺・黒山―常磐尾根から岩茸石山・馬仏山沼沢尾根 2022年10月. 清東橋bsから槙ノ尾沢南尾根を詰め.長沢脊稜を綴り棒ノ嶺を横断―北東尾根から名栗湖の湖畔.有間ダムを繋ぐ・・ノーラ名栗さわらびの湯 名栗ダムから棒ノ折山に立ち.春雪残る都県界尾根越えるW.更に黒山山稜から神塚尾根を下る・・棒ノ折山.黒山.岩茸石山.惣岳山 名栗川白谷沢渓谷から都県界尾根越え.棒ノ折山黒山山稜.惣岳山神塚尾根から多摩川.丹縄に下りてjr御嶽駅。 黒山・常磐尾根から岩茸石山を経て惣岳山神塚尾根に丹縄と奥多摩左岸旧道. 2010年04月18日.L松村m見城 名栗ダムから権次入峠から棒ノ折山をピストンし.興越山を越え名坂峠・・湖畔の取付きでワカサギ・ヤマメ釣り 岩茸石山から惣岳山神塚尾根と多摩川左岸旧道 昨年暮れの西上州忘年会山行では高水三山案がだされ.この処何度が登り続けている高水三山を敬遠し.町界尾根の大岳山に変更させて頂いていた。 そのことから滝島先輩と同期鈴木は改めて高水三山に出向いている。見城先輩も入山したいと願っていたと後に知る。 最初から云って頂ければ拒む積りもなかった。2月に入り2度計画を練り直し.荒天と私事.k氏と交互に都合が合わず. 4月の桜満開を迎えて漸く奥武蔵.名栗の棒ノ折山から都県界尾根へ乗り移り.奥多摩の高水二山へと出向く。 高校の頃.奥武蔵伊豆ケ岳.武川岳を登り.その時の懐かしい地名として名郷・名栗を想いだし.棒ノ折山から入り南下する形を取ってみた。 今年1月に奥多摩.真名井沢北稜から仙元尾根を下り秩父に降りたことで.奥武蔵南面の概念も少しずつであるが知る知識を持ち始めていた。 秩父さくら湖から東方の名栗湖に変わり.今回は名栗湖々畔から「関東ふれあいの道」へと綴り.岩茸石山.惣岳山を南下した。 ダム堤高から白谷沢を詰め.棒ノ折山の広い台地から春雪の雪白き都県界尾根を黒山で分け.常磐尾根から奥多摩の山懐に入る。 上成木を望む岩茸石山から縦走路を分け.惣岳山から神塚尾根に乗り移り.新秩父線鉄塔基部を抜け丹縄へ降りようとと思っている。 今まで辿ってきた大丹波川対岸の鉄塔尾根群も眼前に見下ろされるだろう。 又一昨年は池田先輩の下見山行で高水三山を訪れている。その時寄った古い宿「五門館」の女将との再会も楽しみだった。 有間山々稜 名栗湖々畔より.8:174月18日(sun)晴後曇 jr御徒町5:18=5:38西武池袋.準急¥450. 6:00=6:55飯能.国際興業バス¥600. 7:10=8:00さわらび湯bs 一8:35白谷沢出合一9:05白孔雀ノ滝:20一9:35林道一9:45岩茸石一10:05権次入峠:10⇔10:30棒ノ折山:45. 入山 西武飯能駅南口から名栗行路線バスに乗り込む。柔らかい朝の陽差しが車窓に飛び込み.温室のような温みに浸かっていた。 50分程で「さわらびの湯」に下車。バス停からさわらび湯まで歩むも道標がなく.ダム下のルートが判らずに10分程ロスした。 何を勘違いしたのか先輩の言葉を聞き.舗装された広河原逆川線を辿り名栗ダムの堤頂上に立っている。 外は強い陽射しに恵まれた。路肩に咲く満開のアカヤシオ. 湖畔沿いの山々は隅々まで春の明るい潤いに満ち,花の香りを運んでいる。 一昨日は東京でも季節外れの雪が降り.その前線が周りの山々の山肌を雪白く輝く台地に変えていた。 路線バスの車窓からは道中.満開の桜に混ざりヤシオツツジの鮮やかなピンクの花も見られ.春の到来を告げていた。 南岸の桜並木より有間川上流棒ノ嶺北東尾根と金毘羅尾根に挟まれた間から望むバラ尾根 名栗湖 ロックダムのダム堤を横断し南岸にある変わった形の発電用入水口脇を抜け.名栗湖に流れ込む白谷沢から取付いた。 登山口横でコンロを囲みホルモン焼でご機嫌にビールを呑む人達と出会っている。彼等はマス釣りに来たらしい。 少し離れた場所に置き竿が5本添えられていた。岩魚も釣れると言う太公望達は前祝いに忙しい。ただまだ釣れていないようだった。 入山の予備知識を持たなかった私は釣人が気になり? 登山口右脇にある清水「白谷の泉」を見過ごし通過している。 ここは名だる名水らしい。後日.図書館で昨年の5月号の雑誌「山と渓谷」のメーンタイトルに「おいしい水を求めて.新緑の山へ!」を見付けている。 その中にこの「白谷の泉」が記載されていた。「この水を求め.棒ノ折山へ登ろう!」と写真を何枚も撮り.紀行文が載せられていた。 読めば読むほど残念でしょうがない。どんな所でも山へ入る前に.下準備は必要であることを痛感させられた。 白谷沢 変化に富んだ白谷沢の廊下「牢門」.8:53地図だけを持ち.コースの詳細を調べず入山している。先週は相州鹿留山に登り.下山時では友の希望で急きょ「不動ノ湯」に寄っている。 その時は地図を頼りに悩みながら里の富士急下吉田駅まで歩んでいた。街に入っても地図を広げている。それが又面白いのだが。 枝打ちされた檜や杉林の左岸の緩やかな山径は歩き始めが気持よく.入山としての体慣らしと合わせ.この上もない緩い登りが続いている。 「関東ふれあいの道」で.体が馴染む頃,谷間は狭まり小滝が多くなる。高度を稼ぐと両側の岩壁が谷間に被さるよう競り上がっていた。 天狗ノ滝・白孔雀ノ滝が現われ.ここはちょっとした渓谷を思わす雰囲気をか持ちだしている。 有間ダム 有間ダムは荒川水系有間川にあり.有間川総合開発事業の一環として建設された県営第1号の多目的ダム。 埼玉県が1969年着工.1985年に竣工.ロックフィル形式としては県内唯一のダム。堤高83.5m.堤頂長260m.堤体積:1.690千m3 入水口は自然越流式の洪水吐でゲートを設けていない構造になっている。洪水吐導入部は地形の制約からトンネル式を採用させていた。 NATM工法で施工されたものとしては日本最初のトンネル式洪水吐。 白谷沢中流ゴルジュを抜け.9:24岩場を離れると谷底は広がり.明るい雑木が茂る森に囲まれる。斑な雪が歩む先に被い始めていた。 4月も中旬を過ぎ暖かい陽射しに恵まれる筈が不安定な天候が続いていた。一昨日の前線が中部関東地方の山々を春雪で埋め尽くしていた。 東京でも夜半から雪が舞い.一日経った今朝の路肩には少し汚れた残土に雪塊を残していた。その後冷たい雨が降り注いでいる。 そして今朝.飯能までの沿線沿いの街並で.平地では珍しく広い範囲で濃霧に覆われていた。 先の見えぬ視野に陽が出てばと思うも厚い層雲に覆われ.不安定な気持ちを掻き立てている。それも切れれば陽が射し蒼空を描きだしていた。 大名栗林道を横切る.9:33上流の流水がなくなる辺りは「本窪」と呼ばれている。白水沢の本流で水が涸れているからだろう。 林道大名栗線を横切ると疎らな残り雪は次第にカール状の土壌を埋め尽くし.残雪が大地を覆うようなった。 この辺は何時もならカタクリの群落が白い華麗な花を咲かせ.山肌は埋め尽くされているという。今年はまだ残雪の下になる。 林道大名栗線は県道53号線沿いにある名栗温泉.大松閣の入り口が.その間々林道の起点になっている。 名栗湖を取り巻く尾根の南東から北西にかけての境界尾根沿いを綴り.ここ棒ノ折山からの北東尾根を横断し.ほぼ等高線に縫うよう源流へ綴っている。 名栗湖に流入する有間谷白岩沢に下ると支線の有間線と北上する西名栗線とに分かれる。西名栗線は有間山東腹を縦断し広河原逆川線と繋がり 秩父さくら湖と結ばれる。この林道は1月に蕎麦粒山から浦山の集落へ下りた地点でもある。 奥武蔵の山々・・右景 権次入峠より.10:33蕨山から続く金比羅尾根の大ヨケノ頭と金比羅山. 右下が名栗湖と白谷沢 登り詰めた所が岩茸石で尾根上に乗る。大岩が先を塞ぎ.左側の植林との林相の境がよい。 道はで十字路に分かれ.左に折れれば滝ノ平尾根から河又.名栗湖口に下りている。直進すれば湯基入(とうぎり)林道から名栗温泉の 「大松閣」への小径と合わさる。ひと頑張りで権次入峠(ごんじり)にでた。この辺に古道の巻き道があったらしい。 平頂の広大な台地に出ると頂の解放感を味わえられる。見晴らしよく遡ってきた麓の名栗湖々畔が望まれた。天気は如何にかもちそうだ。 ここから望む奥武蔵の山並みは途切ることなく重なり合い.遠方へと深みを持つ山並に蒼空も広がりを見せている。 雪径に変わる。 権次入峠を右手に折れるとぬかるむ踏み跡が春雪を溶かし.泥土混ざりの滑り易い登山道に変わる。 そして棒ノ折山の頂まで続く丸太の階段にでると新雪を思わす煌く残雪に覆われた。輪を掛け滑り易い雪道を詰めている。 奥武蔵の山々・・左景 10:24棒ノ嶺(棒ノ折山)の山頂からの展望。大持山と武甲山の頭を遠望する。窪み出て武川山 有間山と逆川乗越.右に上がって蕨山と藤蕨山.下って大ヨケノ頭.その右下に名栗湖が広がる。 棒ノ折山 真っ直ぐ1本のトレースが棒ノ嶺の頂まで続いていた。その最後の階段を登れば東屋あり.草原のような広い平坦な台地にでる。 昔は茅の原だった棒ノ折山は西多摩郡奥多摩町と埼玉県飯能市の境を成し.標高は969m.奥多摩と奥武蔵の境界尾根(長沢脊稜)にある。 山名の由来は「山腹に折れた石棒が祭られていた」とされている。棒ノ折山以外にも棒ノ嶺.棒ノ折嶺.棒ノ峰.坊主ノ尾根等と多くの別名を持っていた。 名栗地区では山頂が丸型でお坊さんの頭を連想することから「坊の山」が転じたと云われている。南大菩薩稜のお坊山や鶴川を遡った 奈良倉山も坊の山の名からきたものと云われていた。地形図「原市場」には「棒ノ峰」と表示されているが道標は棒ノ折山。 『多摩郡村誌』には棒ノ折山.『武蔵通志(山岳編)』は棒折山と記入されてをり.奥多摩方面では「棒ノ折山」が正しいかも。 北側に広がる広い有間川の丘陵を隔てて奥武蔵の山々が一望される。強く霞む山並みが入間川と西武秩父線沿いの高麗川を隔て, 二重に奥武蔵の山波が重なり合い.奥武蔵の末端は高麗丘陵へと落ちている。その先は広大な板東平野. ベンチに腰を降ろす。私にとって山名の全く判らぬ山並が奥武蔵の山々に連ね.望む奥武蔵の長い山並みに酔い始めていた。 尾根末端の日和田山は数年前.再び山を登り始めた折に同期鈴木の里山で同期会として散策した山である。 顕著に里へ下っているのが印象的だった。 東端いっぱいの死角に西武ドームの広い屋根が煌いていた。 頂から無線で観天望気を打電している人がをり.その人の声を借りると「強く霞むもドームまで30k.反射して確認できた!」と。 なるほど広く開かれた街並は霞み呆ける中.ポツンと屋根が反射し光り煌いている。 都県界尾根を南下 再び権次入峠より南下.10:45残雪を踏みしめ再び「関東ふれあいの道」から黒山へ 大丹波川左岸尾根を南下 10:30棒ノ折山:45一11:05黒岳一11:25逆川ノ丸一12:00小:10一12:30名坂峠一12:40岩茸石岳.大13:50. 広い平頂には2.3パーティがいたものの疎ら。権次入峠に戻り.登って来た白谷沢への道を左に分け.黒山へと境界尾根に入る。 南下し始めると山は更に静けさを増し擦れ違う人も居なくなる。陽光は層雲に隠されると残雪の植林帯でも薄暗く陰げ縫う登山道が綴られていた。 質素なトレースされた雪溝を歩む。左下の雪斜面から谷風が這い上り冷たさを誘っていた。 黒山 黒山842.3mへ.11:02 黒木の陰る尾根筋.11:14小沢峠への径を左に分け.黒山を過ぎると更に擦れ違う人は全くいなくなった。高水三山方面の展望が得られ.先輩はアゼビが増えてきたと言う。 今日は山の上より.少し下った谷間で谷風をよく受けている。天空を仰げば探す端に蒼空が小さく望められるのの.大空は雲に覆われていた。 歩めば汗がでるが休めば肌寒い。額から汗が流れている。メガネを外し顔を拭き.登りとなると又汗がでた。 長沢脊稜と秩父の山々 右後方を振り返り.蕎麦粒山と桂谷ノ峰.重なる日向沢ノ峰.11:21樹林の途切れ途切れに大丹波川左岸沿いの山々が望められた。真名井沢ノ頭北稜から続く川苔山。回り込んだ都県界尾根の曲ケ谷南峰と北峰。 1つコブを越し日向沢ノ峰南峰と北峰の間に蕎麦粒山が聳え写真では中央に1つの塊りに眺められた。右端が長尾ノ丸。 手前の間の立木の裏が奥武蔵側の仁田山.秩父側の山域で額外に有間山を望む。その裏側が正月に都境を越えた浦山大日堂がある広河原川。 都県尾根を東に長尾ノ丸から槙ノ尾山へ.更に東側に回り込めば先程登頂した棒ノ折山にでる。 町村界尾根 右景・・逆川ノ丸841mより.11:25二級基準点の黒山の次の小コブが雨沢山842m。手前に「逆川ノ丸」の道標があった。 植林帯の尾根道を少しづつ下って行くと右前方に多摩川沿いの山並が視界一杯に開かれる。 又その下の足元には対岸に挟むよう赤杭尾根と真名井北稜の末端が広がり.眼下には大丹波川流域の集落が見下ろされていた。 赤杭尾根末端の送電線新秩父線の鉄塔群 左景・・逆川ノ丸直ぐ先の展望台より.11:32大丹波川沿いの空を飛ぶ送電線が意外と真近に望められ.眼下には大丹波川沿いの集落が見下ろされる 額からはみ出した左上が霞む岩茸石山。赤杭尾根を越えた先に朧む大岳山から御前山に掛かる町界尾根が広く見渡せられた。 大岳山手前の大塚山から北西に延びる尾根には鉄五郎道が尾根筋に付けられている。 中景の双耳山は川乗山から派生する赤杭尾根の末端に乗る頭窓山(ずまどやま)と北峰(右)。 右手前にあるのが730m点コブセン沢左岸尾根が河原から競り上がり.右上に聳えるのが三ノ戸山(峰戸)809m 赤杭尾根と真名井北稜が扇状に広がり.よく見ると送電線鉄塔が幾つも見下ろされた。見るからに大きな500KVの超高圧鉄塔群 今年の冬は送電線新秩父線沿いの尾根を選び.奥多摩東北部の山域へと続けて歩んでいる。 歩み続けた鉄塔尾根を対岸の黒岳から眺める楽しさ。 今回も最後に若番号の33号鉄塔がある神塚尾根を下る積りでいる。霞む遠近感は肉眼ではっきり判るが写真では霞が強い。 左端が川井の送電線地区. 惣岳山南麓を回り込んできた送電線新秩父線はこれから下る予定の神塚尾根・沼沢尾根を越え, 赤杭尾根末端の山腹を回り込み真名井沢北稜に渡っている。地上高く架かる鉄塔群(35号.36号.37号鉄塔)が真近に望まれた。 朝方は日本晴であったがこの時間になると春霞は更に強くなってきた。 又沼沢尾根の取付きはこの直ぐ先の登山道を左に巻く馬仏山から尾根伝いに南下し.710m圏から南西に入っていた。 登り返すと岩茸石山 この先の鞍部は名坂峠.12:15名坂峠・・点線都道 地形的には峠の肩にある名坂峠.12:25輿越山を越し次の750m圏の鋭峰から対峙する南側の頂が岩茸石山。ここまで来ると春の残り雪も途切れた。 この下の鞍部が名坂峠.成木川と大丹波川とを結ぶ.東西に下れる十字路がある。道標には「左.升ガ滝・上成木バス停」と「東西に惣岳山1.6k・ 後方は黒山3.3k・棒ノ折山4.5k」とあり.この峠路は川井か.成木か.それとも登り返せば岩茸石山にでる。 空腹感を持ち始めていた。峠から最後のツメをひと喘ぎし登れば岩茸石山の頭にでる。 名栗ダムから権次入峠から棒ノ折山をピストンし.興越山を越え名坂峠・・湖畔の取付きでワカサギ・ヤマメ釣り 岩茸石山から惣岳山神塚尾根と多摩川左岸旧道・・jr御嶽駅 |