| 高水三山Top RHCV2010年〜 同期会山行 OB親睦山行 2010年11月. 高水三山W―軍畑駅から御嶽.3種類の送電線鉄塔を綴る・・11名.御岳「玉川蕎麦屋」 2012年02月. 鹿沢温泉行T―上信越高原.地蔵峠から湯ノ丸山と烏帽子岳・・10名.北軽S邸と鹿沢高原「「休暇村」 2013年02月. 連日降雪の鹿沢温泉行U―上信越高原周辺. 村上山と池ノ平湿原・・18名.北軽S邸と鹿沢高原「「休暇村」 2013年09月. 西武武蔵横手駅から奥武蔵日和田山と高麗峠.飯能にでる。・・12名.飯能.蕎麦「ゆきやなぎ」 2014年02月. 鹿沢温泉行V―豪雪で東京周辺の列車.高速道不通になり中止 2014年09月. 五色温泉「宗川旅館」.6日17時集合・・男性21名.女性3名 2015年02月. 46年振りの戸狩温泉メーブルハイム(旧二十一番荘)―牧峠と鬼ブナ散策・・17名 2015年10月. 天城高原ゴルフ場から万二郎岳.万三郎岳を周回・・16名.伊東温泉「ホテル.ラヴィエ川良」 2016年02月. 泡雪と湿雪の鹿沢温泉V―湯尻川流域をスノーシュで桟敷山と鹿沢温泉「紅葉館」と角間山・・20名.北軽S邸と鹿沢高原「「休暇村」 2016年10月. 表参道から御岳山―境界尾根を日の出山から高峰.梅ノ木峠を下り返し三室山へ綴り.梅郷の日向和田へ.帰宅・・15名 2017年02月. スノーシュで草津高原ゴルフ場とバラギ湖周回・・スパックス草津.パルコール嬬恋スキーリゾート・・20名.新見城邸 RHCOB会親睦ハイク・・高水三山W 新たに見城氏が会長に就任. jr軍畑駅からr御嶽駅へ高水三山のハイキングコースを綴り.駅脇の蕎麦屋で反省会. 2010年11月13日 m見城.滝島.松村.鈴木.工藤.田島.小原親子.石戸.剣持.青山嬢 OB会親睦ハイク OB会主催の山行に初めて参加する。田中氏からOB会々長が見城氏に交代. 陣頭指揮を執るようなると滝島先輩に同期鈴木と私が加わる。 そして愉しい山行になるよう途中の演出も少し変えている。まず気軽に出掛けられるよう.交通の便がよい所を選び.日帰り山行に変更した。 又ピクニック的要素に加え.終えてからの一席をも設けることになった。コースは私的には高水三山は四度同じコースを歩むことになる。 高水三山には今まで何度も訪れているものの自分の為に登った山行は1つもなかったよう思える。 初めは小学校に入学した末っ子の為.ドングリを拾いに訪れている。2度目は池田,田中先輩の怪我後の体慣らしに。3度目は忘年会山行と。 日帰りに変更したことから再度要望があり入山する。今回は幹事になり.親睦ハイクとして手頃な山として自分が押した山行になっていた。 覆う層雲 車窓から見上げる青梅の天空は視界が開け.見渡す限り透けるような薄い膜に似た.おぼろな層雲に包まれていた。 その層雲の薄れる隙間の切れ目から蒼空が望められ.それは次第に疎らかな広がりから,その隙間を透し陽光が漏れ始めていた。 切れそうで切れぬ雲. 予報は外れて透き通るような深い紺碧の秋空は望められずにいる。 ラッシュ並の青梅線の車窓からは狭ままりつつ多摩川上流の谷間を見上げていた。 OB会親睦ハイクが行われる。何処となく初冬を漂わす雲行きだった。ただ低空は風もなく.気持ち暖かい陽気に恵まれる。 翌日の新聞では今日の黄砂観測を告げている。黄砂は春の風物詩として知られ.都心で観測されたのは28年振りになるらしい。 気象庁によると中国のゴヒ砂漠付近で巻き上がった細かい砂塵が低気圧の東進に伴い日本列島に運ばれたとみている。 関東を含め東日本と西日本の広い範囲に飛来し.視程は都心でも15kmに落ち.山間に至る青梅でも秋空は薄らぎ.遠くは黄ばみ霞まされている。 11月13日.高曇 新御徒町6:45=7:08jr新宿.「ホリデー快速おくたま1」¥1060. :45=8:42青梅:56=9:12軍畑一9:45高源寺:55一10:20小:25 一10:55高水山一11:20岩茸石山12:25一13:00惣岳山一13:30小:40一14:25御岳「玉川蕎麦屋」. 高源寺前で出発前の挨拶.9:45駅前広場 通勤列車を思わすハイカーで鮨詰め状態の車内は身動きが取れぬほどのラッシュだった。 高水三山と青梅丘陵を隔てる平溝川に架かる軍畑鉄橋を渡る心地よい響きの中.電車は軍畑駅ホームに滑り込む。 そして他の乗客と共にホームに塊となり吐き出される。現地集合はjr青梅線の軍畑駅. 小さな駅舎の狭い改札口を抜けると.これ又狭い駅前広場には多くのハイカーがうずくよう集っている。 何度となく通った駅舎ホームだがこのように混み会いは初めての経験だった。最近ブームになった山ガールの姿も多い。 若い子が山に入るのは素晴らしいこと。女性の進出は都会から自然にも輪を広げだしている。この上もなく嬉しい。 軍畑鉄橋と鎧塚 軍畑鉄橋(奥沢橋梁)は奥多摩線の延伸に伴い昭和4年に架橋された長さ10.55mの青梅線内最長の赤く塗られた鉄橋。 規模では比べようもないほど異なるが山陰本線余部鉄塔と同様の国内では数少ない鋼製トレックス構造の橋脚になっている。 その渡った右岸直ぐ下流側に「軍畑」の由来に係る鎧塚がある。永禄6年(1563m)辛垣城に拠る三田氏と滝山城主の北条氏が激戦した。 「辛垣の合戦」の折に戦死者の鎧や兜を埋めるための鎧塚が築かれた。直径約30m.高さ約9mの小高い塚で.上に社が祀られている。 里の送電線 軍畑駅から青梅方面に戻るよう踏切を渡ると直ぐ.二俣尾からの道と合わさり旧鎌倉街道にでる。 平溝橋手前のY字路を左手に入り.右岸沿いに広くなった舗装道路を登っている。何時もの風景だった。三度目になる高水山への登山口. 直ぐjr古里線の送電線が東西に横切り.足元よりかなり高いところを跨いでいる。 この送電線鉄塔群の老番は惣岳山南裾の枝尾根を跨ぎ.点々と多摩川沿いに綴られていた。 そして下山路の惣岳山南尾根にはここから続く古里線29号鉄塔基部が尾根を乗り.渡っている。 平溝川沿いに瀬々らぎを聞きながら歩む。上成木への道.右手の登り坂角にある高源寺前で.参加者全員が陣を構え.挨拶を交わし山に入る。 頭上には更に高く500KVの超高圧送電線新所沢線が南北に横切り.再び潜るも高過ぎ知らず過ぎるハイカーが多い。 この送電線は新奥多摩変電所から新所沢変電所までを鉄塔88基で結び.奥武蔵日和田方面から古里線の24号鉄塔付近で交差する。 右岸の山腹を北上し.31号と32号鉄塔の間の高源寺上空に架かり.成木尾根を越え所沢の新所沢変電所と結ばれている。 高水山へ沢から尾根へ.10:35細くなった舗装道路から奥の集落を抜け登山口へ。 車道沿いの左側に1軒の民家があった。今年も縁側にはお盆に柚が無造作に置かれ売られていた。 平溝川本流沿いの平溝林道を左手に分けると直く枝沢を塞ぐ高い砂防ダムに出合い.右岸縁の石階段から山道に入る。 小沢を辿り詰めれば尾根に乗る。出る汗が心地よい。杉.檜木林の植林帯を綴る小径 高水山 山門を潜ると常福院不動堂へ.10:46 馴染みの顔に久し振りの顔.不動堂境内で.10:46常福院とは上成木にある本堂と標高759の高水山々頂にある不動堂をいう。 成木山安楽寺の末寺と言われ.高水山不動堂の別当所でもある。高水山不動堂への参道は上成木の常福院が始点になっている。 ここが表参道として示され.山と高原地図「奥多摩」では難路として記載されていた。 高水山々頂.10:55初めてOB親睦ハイクに参加。役員が多い中.久し振り仲間と山を共にした。 直ぐ下の後輩工藤君を始め.卒業してからの後輩田島君や石戸君に剣持君。小原親子に青山女史。それに見城先輩軍団がいる。 s41年卒〜48年卒の仲間達が集っている。定年と定年真近が多い。昨年の50周年記念パーティで出会った仲間達だった。 都会とは又違った顔になっている。これから山に登る清々しい顔々が朝早くからある。 左は杉林.右は明るい雑木林の森紅葉に染めぞられた落葉径を歩む 仲間達 トップは同期鈴木が先導し,その次ぎに見城先輩.工藤.田島君と続く。工藤君は登る隊列が昔のパーティと逆で年齢順だと語る。 なるほど裾野ではバラバラだった列が巧みな配列になっていた。昨年までは1泊ハイクで参加者も多く.列は長く伸び.2組3組と別れ統制が大変だったらしい。 工藤君は又ゴルフには卓越していた。久し振りの山登りだが足元は確りしている。下りてから分からぬ山名に地図を貰っている。私は自然と後に付く。 田島君は学生時代を考えるとひと回り以上離れていた後輩だが私が卒業してから共に幾度か登っている。 今は地元の自治会長として.連合の代表として連日忙しく動き回っているようだ。今日は下山後,会合が詰っているとのこと。 下山後は急ぎ足で帰宅していた。彼こそ,これから先は山登りなり.ゴルフを忘れべからず。 剣持君はお母さんへの土産にと布袋を持ち.色付いた枯葉を集めながら歩んでいる。そして誰ともなく彼に近づき摘んだ落葉を渡していた。 塵も積もれば山になる。「ありがとう!」と云い貰えと茶化す。 又石戸君は生真面目な事務屋。何事も段取りよく勧められる人.気のよい人だ。低く優しい言葉が又魅力的でよい。 それでも帰りの酒宴ではとうとうと商売の保険に関し.とうとうと語り始めていた。 青山嬢とは現役時代に学校で会っていると思うが山では初めてだった。小学校の教諭をしている彼女.足取りも確りし歩むのも愉しそう。 OB会の女性ホープとして今後も期待されるだろう。 元気でよく動くのはやはり長老? グループ。私を含め見城・滝島先輩に鈴木のメンバー達。行動中も食事時もよく動き.よく喋る。 又皆声も周りよりひときは大きい。 岩茸石山へ最後のツメ.11:16昨年の至仏山以来1年振りと云うのは小原親子. 親子で参加できる気持ちが嬉しい。 今年も電源開発関係に勤めている息子さんと一緒に参加した。 息子さんが学生時代に立川の居酒屋でバイトをしていたのを聞き.下山してから皆で押し掛けることになる。 黒山山稜から棒ノ嶺と黒山 手前鞍部が名坂峠・・岩茸石山より.12:20杉林の登りを終え.北側に広がる山並みの端に飯能の街並が望まれたというより見下ろされた。 手前の黒山から続く棒ノ嶺の山稜は今年の4月に歩んだばかりの尾根。時折薄日が差すも黄砂で霞み気味。 それでも頂稜は雑木林との境をなし.眺望と共に紅葉に飾られた色それぞれの色合いが秋色美を描きだしている。 そして斑に広がる常葉樹の緑が一層華やかな色彩を添えていた。 今年の4月.K先輩の誘いで棒ノ嶺から岩茸山.惣岳山神塚尾根を歩んでいる。その折はまだ春雪に覆われていた。 山々には裸林が広く被い.黒岳の北側手前の名坂峠はまだまだ斑に雪残る春山との雪線だった。今年4月の同じ眺望 岩茸石山 血色のよい元気な仲間達.11:20 昼食風景岩茸石山で昼食.滝島氏が缶ビール大6本を持ち込んだ。まだ冷えており喉越は申し分ない。 見城先輩が紅茶用に持参したウィスキーも,出せば呑んでしまう始末。氷水をだした後輩工藤君が悪い。悪いと言いながら私も呑む。 コンロ3に湯を沸かし味噌汁とコーヒーが食事に付く。生味噌に気をよくしてくれた仲間達。長ネギは滝島先輩の畑から1本持ってきて頂いた。 食後のコーヒーもよかった。石戸君が旨そうに煙草を吸いだした。私は我慢し煙の昇る行方を見定めていた。 惣岳山へ登り返し惣岳山 頂は杉の森の台地.13:00少し岩ゴロ混ざりの露岩帯を登り返し.馬仏山のコブを左手に巻き込めば杉林に囲まれた惣岳山に立つ。 山頂は薄暗い樹林帯の中.少し明るさが増し片隅の樹葉は煌めく色合いに染まり柔らかい日差しに包まれる。 季節がらか? 杉林でも幾らか風通しがよく明るさが増しているよう思われた。 網に囲まれた青渭神社.その奥まで斜陽した日差しに照らされ.彫刻で飾り立てられた奥殿は何時もより見透しがよい。 今年の春には関東ふれあいの南尾根と並行して延びる西側の神塚尾根を見城先輩と丹縄の集落へ下りていた。 人静かな落葉溢れる小径だった。その後.8月の猛暑に対岸の日の出山北尾根を下り.jr御嶽駅には今年3度目の下山になる。 3年前に池田先輩の下見山行で田中先輩とお世話になった御岳駅前本通り沿いの旅館「五洲館」は今年5月に訪れたが. 街道沿いと間違えし分からなかった。御嶽駅まで探し歩くも諦め寄らずに乗車していた。 8月の鞘口山から北尾根の下りでは多摩川の吊橋で渡り.駅近くの青梅街道路でスーパーを見付けビールを買い求めていた。 今回は駅の東側に中華店と蕎麦屋を見付けている。そして先頭3名が席を確保にと走り.蕎麦屋でご苦労さん会を催す。 何も云わず走るのは勿論酒好きの長老達だった。 南尾根の3つの送電線鉄塔 上部の鉄塔・・送電線jr古里線29号鉄塔(2回線.東電.).13:37jr古里線 惣岳山から御岳の集落へ.南へ下る関東ふれあいの尾根には3種類の異なる大きさの送電線が惣岳山の南尾根を横断している。 送電鉄塔が尾根上に建ち.上部から送電線jr古里線.新秩父線.多摩川第三線の送電線鉄塔が建つ。 jr古里線はjr青梅線を動かす為の送電線で.線路沿いに並行して綴られている。 その一支点の29号鉄塔基部に立つ。基部からの眺望は今一つ。左側の若番27号鉄塔は多摩川第三発電所からの送電線との分岐鉄塔。 尾根末端に立つ3番目に通る鉄塔がこの送電線多摩川第三線の5号鉄塔になる。 古里線の終番鉄塔は今年の5月に下った神塚尾根の32号鉄塔基部を通り.古里駅東端の変電所と結ばれている。 多摩川第一発電所.氷川発電所で発電された電力が送電線多摩川線に乗り.赤杭尾根末端の分岐でjr古里線と接続されていた。 中間の鉄塔・・送電線新秩父線31号鉄塔.(500KV.4回線) ![]() 背は多摩川対岸の尾根を登る新秩父線.13:47 新秩父線 新多摩変電所一新秩父開閉所間の49kmを結ぶ送電線。信州黒部川第四発電所などから東京.京浜地区へ送電されている幹線。 左写真鉄塔下.遠方の鉄塔群は日の出山から吉野梅郷へ下る尾根上にある新秩父線と新所沢線各鉄塔群。 反面.神塚尾根にある33号鉄塔は途中でjr古里線と交差して.川苔山赤杭(あかぐな)尾根末端から秩父の新山梨変電所と結ばれている。 今私の横には好青年の小原君の息子さんと歩んでいる。彼は現地出向で水力電源開発関係(パワー)の仕事を担っていた。 私は今,意識的に東京近郊の藪径や鉄塔巡視路を歩んでいる。当然電源開発関係の巡視路や発電所も。 下部の鉄塔・・送電線多摩川第三線5号鉄塔.(10基.1回線) 3:58多摩川第三発電所一送電線jr古里線間 多摩川第三発電所で発電された電力は送電線多摩川第三線として.この5号鉄塔から分岐して送電線jr古里線に入線されている。 今年の8月.北アルプスへの猛暑トレーニングで九竜山.江戸小屋尾根から大岳山を登り.日の出山北尾根を下山した。 その折は都営多摩川第三発電所上の高圧鋼管を渡り.jr御嶽駅に下りている。又.多摩川第三線の1号鉄塔を真近から覗き込んでいた。 ・・惣岳山南の尾根と送電線群 慈恩寺境内 何度このお寺の境内を抜け事か.14:18右側に司の防御堰を見送ると径は慈恩寺の境内を抜け.尾根末端の南斜面に広がる御岳の集落に入る。 ![]() 御岳駅を通り過ぎた隣りにある「玉川蕎麦屋」.14:32 1年振りの山登りや腰を痛める者もいる。下山すれば皆元気.慰労を兼ねてと云うより酒を呑みたく蕎麦屋に入る。 蕎麦は美味い。又生ビールを頼むと昔の大ジョッキーが出てきたのには驚かされた。¥1500 ほろ酔い加減で.皆さんお疲れさまでした.15:32跨ぐ送電線新秩父線 満員のjr御岳ホーム上り線.15:33jr御岳.「ホリデー快速おくたま」15:41=16;30立川.「北の家族」.特快19:04=19:45神田 送電線鉄塔 駅ホームから見上げるとjr奥多摩線の架線の上を跨いでいるのが先程の新秩父線31号鉄塔へ続く送電線。 沢井に落ちる正面の築瀬尾根(ちくぜおね)上の27号鉄塔から境界尾根の梅ノ木峠脇にある25号鉄塔を越え.新多摩変電所へ降りている。 裏側は青梅吉野の郷. 三室山からは尾根伝いに西進すると高峰.日の出山.御岳山へと次第に高度を上げ.奥多摩三山へと登っている。 ほろ酔い加減で御嶽駅ホームへ。山は秋の行楽シーズンを迎え陽気もよく.駅ホームは山へ繰り出したハイカーで溢れていた。 帰りの「ホリデー快速おくたま号」を皆で待っている。座るどころか山を下りてからラッシュ並の混雑に往路と同様.久し振り又味わうことになる。 そして勧められるまま立川駅前の繁華街に繰りだした。「北の家族」 11月15日.日光男体山初冠雪. 写真は滝島氏と私・・地形図「武蔵日原」「原市場」.山と高原07「奥多摩」 |