本厚木から路線バスの終点「宮ケ瀬」に初めて下車. 鍋嵐西方の丹沢三峰へ.栂立尾根.に乗り本間ノ頭に立つ. ・・東丹沢の山々Top

   湖畔園地から宮ケ瀬鐘沢(金沢)を取り囲む栂立尾根.金沢右岸尾根を綴る。往路は宮ケ瀬から冬木に覆われた鹿柵多き鐘沢左岸の栂立尾根.
     復路は本間ノ頭から金沢右岸尾根伝いに末端の春ノ木丸へ至る送電線が跨ぐ両尾根を周回. 2010年12月18日.松村

    宮ケ瀬から本間ノ頭栂立尾根・・逆光と鹿棚・並ぶ鉄塔尾根
    金沢右岸尾根と末端の春ノ木丸

   金沢を取り囲む2つの尾根と宮ケ瀬
   ゴジラの背より

     中津川を隔て本間ノ頭栂立尾根(左岸尾根)と宮ヶ瀬湖より高畑山.丹沢三峰に通じる宮ヶ瀬金沢の右岸尾根に挟まれた流域。
   中央右が茨菰山(いばつきやま)の斜め左は石老山。その奥に霞み繋がる尾根が三頭山笹尾根・・鍋嵐ゴジラ尾根からの遠望写真・・2009.03.15/10:00

    本間ノ頭栂立尾根
     丹沢三峰(東峰.中峰.西峰)は別名.本間ノ頭・円山木ノ頭・太礼ノ頭と呼ばれ.冬になると三峰山や嵐鍋周辺からよく望めるられる連山。
   今まで登り詰めてきた鍋嵐と相州大山との間に聳える大山三峰とは「三峰」の頭に「丹沢」と言葉をを付けることで分けられている。

     今までの山域は宮ケ瀬湖に入り込む中津川右岸沿いの山々で.今回登るのは左岸沿いに連なる山域になる。
   今年の春先には鍋嵐の春雪残る鍋嵐ゴジラ尾根や滝ノ沢左岸尾根からも望んでいた尾根。
   栂立尾根を更に登り詰めれば丹沢山へ至る。丹沢主脈の山々に囲まれてをり.私にとってこの周辺はまだ空白の山域だった。

     三峰はそれぞれが北側に同名の沢を持ち.その一番北側の東峰.本間ノ頭から北東に派生させている境界尾根(相模原市と清川村)は宮ケ瀬湖に没し.
   鳥屋金沢(六百沢)と宮ケ瀬金沢との水分嶺をなしている。別名の栂立尾根と呼ばれ.尾根末端の金沢橋を渡った所から取付く。

     金沢橋から早戸川橋への林道支線で共にゲートがあり.尾根の前半は蜜る鹿柵群に囲まれ閉口するも.そこは丹沢山域の縮図のようなもの。
   古くから鹿害の保護に力を入れていた山域になり.丹沢の鹿害に対する対策の大変さを知ることができる。
   後半はこの季節ではの自然林に恵まれた木洩れ日を受けている。その温もりを感じながら尾根筋を園地へ下りている。

     湖畔園地から栂立尾根を経て本間ノ頭に立ち.下山は宮ケ瀬金沢を隔てる南側の金山沢右岸沿いの本間ノ頭南東尾根を下る予定でいた。
   塩水川を下山路に選ぶことで大山・鍋嵐の東山域と丹沢本峰とを分けている空白地帯が少しは埋められると考えていた。

     ただ本間ノ頭への到着が遅れ.山懐の早い日没に狭い秦野清川線の歩行は山間を抜ける車の往来を考えると危険に思われた。
   それ為後半は宮ケ世金沢を取り囲む尾根を最後まで下り.金冷し.高畑山.春ノ本丸を擁する金沢右岸尾根を下り.再び宮ケ瀬園地に戻ることにした。
   丁度日没を迎えた園地では朝方では考えられぬほどの賑やかさ。盛大にクリスマスフェスティバルが催され,その人の多さの中に私は下山した。

     栂立尾根の下半の植林帯は猛烈な植生の保護棚が絡み合っている。又上半は冬木覆う自然林に恵まれていた。
   冬木に弱い日差しを受けての登行.栂立尾根では擦れ違うハイカーとも会わずにいる。又金沢右岸尾根では陽溜りの長閑な登山道を歩んでもいた。
   ただ贅沢を云えば冬木になるも眺望は今一つ恵まれず.早い日没は直ぐさま黄昏を迎えるようなった。

     ルートを取り囲む谷間は両岸共に「金」の沢名を持ち.昔は金貨が出たと伝承されていた山域で.周りには鳥屋金沢.金山沢.金冷し.
   御殿森ノ頭(長者の森)等の金に纏わる山名.沢名を多く持つ山行になった。

    早戸川林道支線ゲート
   左手に春ノ木丸への登山口があり.右奥は園地Pへ入る.7:47.

     2010年12月18日(sut).快晴
       jr御徒町4:44=神田5:00=5:21新宿.小田急線.宮ケ瀬周遊券:31=6:22本厚木:55=7:45宮ケ瀬bs.
    アプローチ
     小田急本厚木駅をでた路線バスはもう何度か三峰大山・鍋嵐の下りに利用した煤ヶ谷バス停を過ぎ.土上峠で辺室山登山口・仏果山登山口・
   三又路では丹沢山へとそれぞれにハイカーを降ろし.終点宮ケ瀬には私を含め2人が残り降りている。彼は早戸川上流へと遡っている。

     三又路バス停には鍋嵐へ入る為何度か通っていた。今回は初めてバス終点.宮ケ瀬で下車した。
   広い園地は施設が整い.色々な施設が建てられていた。ただ誰も居ぬ湖畔.閑散とした設備だけが残されているような朝方の風景を創っている。

     ビジターセンター脇の早戸川林道支線(宮ケ瀬=早戸川橋間.ダム湖南岸の管理道)起点.終点ゲートは閉鎖されていた。
   管理道路(幅員3.6m.延長3.268m)で.ここから早戸川橋まで約2kmは新多摩川線の鉄塔建設の為できたようだ。一般車通行止.
   金沢橋から早戸川橋を渡ると西岸からの一般林道と合わさり.左岸沿いの上流と早戸川林道が延びている。

     ここから丹沢観光センター先の魚止橋までは宮ケ瀬北岸からの林道荒井線を利用すれば車で乗り入れられる。
   1980年前半に2度ほど家族で早戸川国際マス釣場へ出掛けていた。釣場は鳥屋金沢出合と六百沢出合の間にあり.松茸山の真南にあたる。
   その時は延べ竿と投網でヤマメ.ニジマスに混ざりメダカや錦虹鱒を獲っている。

   汁垂隧道(しゅるたれ)

      本間ノ頭栂立尾根
       7:45宮ケ瀬bs一8:40金沢橋一9:05新多摩線32号鉄塔一10:00六百沢ノ頭一10:30栂立ノ頭:40一11:15(1000m地点):25
       一11:50ブナ林1043m峰一12:15丹沢観光センター分岐一12:30本間ノ頭.

     宮ケ瀬ダム湖畔の南詰め湖畔園地の西岸へ歩み.左方の早戸川林道に入り,垂隧橋から汁垂隧道を潜ると対岸に朝陽を浴びる松茸山が望まれる。
   手前の枝尾根には送電線新多摩線の巨大鉄塔が飛び抜けた大きさで.蒼空を切るよう陽光を跳ね返し点々と煌めいていた。

     早戸川林道はこの先でト字路にでる。金沢林道の起点でもあり.直進すると林道は宮ケ瀬鐘沢を遡る。
   右折すると直ぐ宮ケ瀬金沢(早戸川宮ケ瀬鐘沢)を跨ぐ金沢橋にでた。
   宮ケ瀬金沢は早戸川の支流だったが現在は宮ケ瀬ダムができてから湖水に直接注がれている。

     ここは野鳥の宝庫.橋上には既に野鳥を求め大型望遠レンズを抱きかかえる2人組は準備に余念がなかった。ワカサギ釣りを楽しむ2人組もいた。
   既に7㎝前後30匹程のワカサギがバケツに入っている。食いが悪いと嘆く彼等は自転車で来ているところを見ると地元の人のようだ。
   又途中で私を追い越したランナーは早戸川橋から荒井林道を通り.虹の大橋から戻る一周のジョキングを50分強で回ると云っていた。

    484m点峰
   左景・・落ちる左下に早戸川が流れている

    450m点コブと松茸山
   右景・・鞍部からは水沢川の枝沢が落ちている.8:14
    水沢川出合(上の写真の左脇外.早戸川出合と共に送電線新多摩線33~34号鉄塔の間)

    松茸山
     汁垂隧道を潜ると明るく視界が開け宮ケ瀬湖畔南西岸端のほとりにでた。左は早戸川河口が続き対岸には松茸山が聳え.
   この山は御林山(おはやしやま).江戸幕府直轄であったが明治に入り官林の山となり.その後鳥屋村に有償で払い下げられている。
   裾野には栂立尾根から横断してきた新多摩線34号.35号鉄塔の巨塔が頭上高く見上げられた。これからは何度も送電線を見て潜ることになる。

    相模導水
     相模ダム(相模湖).城山ダム(津久井湖)に道志ダム(奥相模湖)が宮ケ瀬ダム(宮ケ瀬湖)と連携して.管理運営を図ることにより.
   無駄になる無効放流を宮ケ瀬湖に貯水し水資源を確保するシステム。

     道志ダムは堤高32.8m.堤頂長74.0m.重力式コンクリートダムで.1974年(s54年)には奥相模湖(道志川調整池)の水を
   電動ポンプで導水管に上げ.宮ケ瀬湖へ導水させている。

     2006年(h18年)12月には自然流下方式に改良し.併せて落差を利用して最大出力50KWの小水力の道志発電所が建設された。
   そこで放水された水は焼山の南から松茸山北側を潜り.宮ケ瀬湖西岸に導水され結ばれているた。
   西岸にある荒井林道の水沢川出合.その直ぐ下流側の所に排入口がある。

   金沢橋を渡った西詰左角が栂立尾根末端の取付き地点.8:22

     林道のT字路を右折し金沢橋を渡った西詰左が栂立尾根の末端の取付きで.直ぐ急登の藪から始まっている。
   背丈以上もある笹原の踏み跡を追い.笹房を掴み掴み.立木を利用して這い上がる。短いながら途中から踏み跡が薄く強引に尾根に乗る。
   コブまでが藪。右寄りに尾根に乗れば笹が除かれ確りした踏み跡が綴られていた。

     バラ科の立木も多いが皆枝は枯れ落ち.茎のみ残されていた。黄プラスチック杭,コンクリート杭が続き.赤帽黒杭の清川村境界抗も暫し見る。
   右後方下の早戸川下流側から遠く響くチェンソーの音を聞きながら.高度をゆっくり稼いでゆく。

     前半は鹿棚の境界尾根
   初めて見るの鹿棚とこの後延々と綴られる尾根の境界杭.黒赤帽杭と黄色いプラ杭.9:00

      480m圏コフに登り込むと正面に古い半ば崩れ落ちた鹿棚にぶち当たる。
   尾根は左右に分かれ.右(南西)に回りこむと新多摩線32号鉄塔の展望の開かれた高台にでる。

     新多摩線32号鉄塔.9:08
    32号鉄塔下の脚立からの棚越えが始まる.9:04

     宮ケ瀬湖西北面の津久井の山並
   32号鉄塔基部基部より.9:06

     タコベエ峰532mの東肩に建つ新多摩線32号鉄塔基部から北上する送電線。34号・35号・36号~
   北上する送電線は早戸川を架け.34号鉄塔を過ぎると左手に松茸山70.6mを見て.484m点コブの東側を抜けている。更に37号鉄塔は388m点コブに建つ。

     鉄塔群が群がる中央奥に茨苽山(ほおづき)511m。右奥が415m点コブと仙洞寺山583m。
   更に絡みこしだが宮ケ瀬湖を取り巻く南山・高取山・仏果山の山々が一望された。

     宮ケ瀬湖西岸の山間には県道.伊勢原津久井線が走り.送電線新多摩線がそこを綴り縫うよう横切っている。
   茨苽山手前右のコブが津久井町鳥屋南側の湖畔に聳える339mで.中央の丸い鍋を逆さにしたような山容が392m点コブ。

     新多摩線33号鉄塔は左下のタコベエ峰の支尾根に建ち.目の前に見えるのは34号鉄塔。
   老番で綴られ.ほぼ北側に茨苽山の東脇を抜け.津久井から裏高尾と抜け.jr武蔵五日市駅近くの新多摩変電所へ繋がれている。
   右側奥の小さな鉄塔群は佐久間東幹線で新多摩線と茨苽山の東脇で交差する形で横切り.又南山を横切るのは宮ケ瀬ダムからの宮ケ瀬線。

     佐久間東幹線は南信佐久間から西丹沢の新富士変電所を経由し道志川沿いを下っている。
   宮ケ瀬湖畔北側からは北相模変電所経由.西東京変電所へ。275KV.2回線.電源開発



   尾根に絡み合う鹿棚網
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   鹿棚メモ
    クロベエ490m手前で
  
    
32号鉄塔基部から30mほど北側の鹿棚越え.9:17

    588m圏点で
  
   
尾根にT字に交わる鹿棚と脚立越え.9:28

   .9:33

    六百沢ノ頭732m.9:42
  

   谷間を見る倒木がネットを潰し.右側の枝尾根を下るT字の鹿棚.9:57

    750m圏点
   門扉が半分壊れて潜る.10:10

    栂立ノ頭
   栂立ノ頭849mピークの鹿棚・・最後の脚立を越え.10:26

    鹿棚
     少し感傷的に鹿棚を見詰め.歩むのに気を配り.時間を少し多めに費やしている。尾根の前半は鹿棚が絡み目一杯に設置されていた。
   土台の鹿棚は何処も古く.倒され壊され落葉に埋まった棚も多い。補強は要領よく丁寧に行われていた。

     480mの二俣に派生するコブ上から栂立ノ頭までの尾根伝いは.栂立尾根とその支尾根を絡むパズルのよう鹿棚が組み合わされている。
   脚立を乗り越えや潜るルートは多い。何時も感ずることだが鹿の保護には膨大な資金と労力が加わり成り立っている。
   熊の数と比べると日本に存在する鹿は無限に近く多いと云われている。直ぐ有限だと怒られそうだが。

    遠く湖畔越えの高取山と仏果山
   宮ケ瀬湖の対岸.東北面の遠望.10:43

    権現平568.5m~南山544m
   足元の宮ケ瀬湖「虹の大橋」.11:08
    宮ケ瀬北岸を架かる幾つもの小さな鉄塔は佐久間東幹線

    栂立ノ頭849m
   大らかな尾根が続.11:41

    鐘沢ノ頭1108m
   「k122」の赤抗と黄色いテープのある広い山頂.12:03

     雑然とした鹿棚の尾根を抜け植林帯から脱出するとすっきりした明るい自然林の尾根に覆われた。
   裸林と落葉の踏み跡径。生い茂る樹林は枝木を絡らめ.眺望は望めぬが時折.山の輪郭だけは漠然と掴めるようなった。

     ただ特徴ある山容もなく.時折地図と磁石で丁寧に見詰めねばその場の地形が呑み込めないでいた。
   一時宮ケ瀬湖方面の眺望が望めただけで遠望はまず皆無だった。ただ確りした尾根で迷う心配はない。
   頭上の空が近づき大きく開けだしている。灌木帯が覆い.仰ぐ蒼空が広がりだす。冷たい西風も治まり.上着もチョッキに替えている。

   ブナの巨木立つコブ.12:07

     汗が余り出ぬゆったりしたペースで歩む。時間が気に掛かりだすも.正午に本間ノ頭に立つ予定が大分遅れてしまっていた。
   それなら谷に下りず.金沢対岸の尾根を下ろうか? 尾根筋は大山三峰.鍋嵐山塊の眺望を眺める楽しみもある。
   谷間とは異なり尾根沿いは西陽を受け.日没まで明るい尾根径を歩むことができよう。

   早戸川上流本間橋へ下る登山道.丹沢観光センターとの分岐.逆方向から.12:16

     1250m.ロープを潜り登山道にでる。左側崩壊地の細尾根を登り.アセビの茂る二重尾根の窪溝径を行く。
   一般道だがやや径は悪い。最後は左の尾根を急登して本間ノ頭にでている。

    本間ノ頭
   丹沢三峰の一角にでる。だが眺望は薄鳥い.12:35
   本間ノ頭(丹沢三峰)は三等三角点標石1345m.境界点名は「鳥屋村」で.津久井町と清川村の境.

    風に負ける陽
     頂に立つまで陽光を真ともに受けての登りが続いていた。朝方の栂立尾根末端のコブから始まった登りは逆光を浴び続けている。
   鹿棚を抜け.植林帯から冬木の自然林に入り.向かう尾根上にも.光芒の中の山並と向かい合わせても.見上げれば陽の光があった。
   今日はここ頂に立つも吹く風は肌寒いが煌めく陽差しを受けている。真向かいに受けて続けての登りは珍しい。

     尾根筋の肩の二重山稜の小平地を抜け霜柱立つ頂にでた。「この先一般登山者通行禁止」の看板の裏に飛びだしいる。
   本間ノ頭に立つ。アセビ茂る脇にベンチを兼ねた野外卓があり.向かいには本間ノ頭(1345.4m)と立派な山名標が立てられていた。
   百間水ノ頭とも呼ばれてをり.東側に下った所に過っては水場があり.湧水が凍るよう冷たく.冷水(ひゃっけい水)と呼んでいた。転訛がある。

    弁当箱
     先日妻が昔の弁当箱を見付けだした。大きなジャーは幾つかの器がセットされてをり.釣り用に何度か使用したことがある。
   又小さな2つのジャーのようなものも出てきた。子供用のようだ。つい先月.妻はもっと保温性ある大小の円筒型の弁当箱を仕入れている。
   それ故弁当箱持参の山行になった。

     昔正月に北アルプスを歩き回っていた時.普通の弁当箱を持参したことがある。保温にはセイターで丁寧に包んでキスのサブザックに入れていた。
   晴天の雪台地で腹もちがよく.あっと言う間に食べた想い出を持っている。

     大の器には炊き込みご飯を詰め.小の方は豆腐と若芽の味噌汁を。湯は彼女専用の魔法ビンに入れ.今回は頂で3つの魔法ビンを開けている。
   ご飯はよいが味噌汁は冷めた過ぎ.保温はもたなかった。4時に詰め8時間後に食べるには時間が掛かり過ぎていた。
   沸騰した湯を入れたポットは一番の保温が保たれている。量としてはコンロと食器を準備すると同じ量になった。

     1番悪い味噌汁は器の利用をもう一度.1から考え直す必要がある。ただ炊事時間を考えると断トツによかったのは確かである。
   私より妻の方が冒険家かも知れない。反省し次回の山行を考えると。彼女は彼女なりに献立等を含め愉しんでいるようだ。
   私は彼女のレールに乗っているだけかも。

     本間ノ頭栂立尾根ルート図
     宮ケ瀬から本間ノ頭栂立尾根・・逆光と鹿棚・鉄塔尾根
     金沢右岸尾根と末端の春ノ木