| 広大な山火事跡が今でも続く山稜と朝方からバテイケーに歩んできた南大菩薩連山の大展望 深沢川右岸尾根から甲州高尾山を経て勝沼ぶどう郷駅 源頭の境沢ノ頭から深沢峠を越え.大滝山.山火事跡の棚横手.富士見台.甲州高尾山.剣ケ峰から880m圏コブ北西尾根を下降 古部から徳並山.古部山.境沢ノ頭 境沢ノ頭から甲州高尾山の880m圏コブを下降・・菱山の果樹園 境沢ノ頭と宮宕山 嵯峨塩への分岐より南面を望む大菩薩重川左岸尾根の日川尾根から源次郎岳の取付きで・・2010.05/12:34 境沢ノ頭―880mコブ 12:00境沢ノ頭:10一12:40嵯峨塩深沢林道一12:45深沢峠一13:15大滝山一13:35棚横手山一13:50林道横断 一04:35甲州高尾山:45一880m圏コブ北西尾根15:20. 境沢ノ頭 ![]() 2つの標石がある小平 頂から梢越しに大滝山越しの八ケ岳連峰.12:05 境沢ノ頭 境沢ノ頭1460mの頂には4等三角点標石と御料局の2つの標石が最初に登り詰めた徳並ノ沢ノ頭と同様に頂に標柱が並び設けられていた。 周りは藪に囲まれた小さな空間のある頂で.北西面は赤松の中木林に被われている。 枝藪の隙間越しに八ケ岳方面が望めるものの.絡む自然林に囲まれ眺望は薄い。 又塩山市と勝沼町の境界尾根が東側の境沢からこの頂を越え.西方の深沢峠を経て宮宕山へと連なり綴られている。 頂には朽くれ壊れた「三角コンパ」.「かくれっ窪」.「深沢峠」と3つの方向を示す腕木が赤テープで確り固定され修理されている。 真新しいテープ.前回は黄色テープで直していたらしい。見栄えの丁寧さから制作者が修理したのではないだろうか? 深沢峠へ下るルートは今までは源次郎岳方面へ北東尾根に少し乗り.左へ境沢ノ頭の北側をトラバースして西尾根に乗っている。 そのまま尾根を下るには猛烈な藪漕ぎがある。頂に立つまでは私も同じルートを考えていた。 羊羹を食べながら小さな道標を見て考える。深沢峠への道標が新たに修理されていた。腕木は北側の小尾根を指している。 尾根沿いは藪を漕ぐようなる。その方が正しく思われ従ってみることにした。 大滝山 蘇我塩深沢林道に降りた地点より.12:20大滝山(宮宕山)・・先の窪地には嵯峨塩深沢林道と繋がる菱山深沢林道(大滝林道)が横切っている。左奥は甲州高尾山 深沢峠へ 地形図「大菩薩峠」を見ると頂からの西側は極端な抉り落ちる傾斜で沢沿いに落ちている。その藪に入り込む。今日初めて軍手がフルに活躍した。 頂から離れ.両手で樹林の扉を開くと先は藪の世界に一面被われた。灌木の枝木の絡みが激しく.太い立木でも触れるとボリボリ枯れ折れる。 急傾斜で両手を灌木から放せば滑り落ち.体当たりで藪絡みを抜けて足先から前進させて支える腕にも腕力がいた。 今日一番の藪.時間としては大した距離でない。尾根のやや西側から北方へ沿うよう下っている。視界は閉ざされている。 灌木の絡みは濃いが頭上からの陽射しは周りを明るくさせている。少し盛り上がった斜面を外さぬよう強引に下るのみ。 一瞬切れた段違いの所で踏み跡が横切っていた。 立木が薄れよく見ると踏み跡を右に折れれば.左に大きく回り込み.北西の尾根に乗れそうだ。 この踏み跡はやや下ってぐるりと回り込んでいる。昔の仕事道ではあるまいか? 峰を踏まずに往来できるが南西側の藪は酷かった。 そこを下りている。右手へ少し先を偵察する。はっきりした踏み跡を確認するまでは決断に悠著したものの改めて尾根に乗っている。 次第に確りしだした踏み跡は北側を下り.作業道らしくなる。又北側に回り過ぎぬかと不安を募らせてもいた。 林道にでるまで落ち付かず。径筋は通り易く伐採されている。ただ枝落ちされた残骸はそのまま真下の作業道で放置され.踏み跡を閉ざしている。 足首に藪が暫し引っ掛け倒れそうになる。そして舗装された嵯峨塩深沢林道にでた。そこは最初に下る時予定していた地点だった。 境沢ノ頭からの藪を抜け深沢峠へ 大滝山と回り込む林道を横断.12:48カーブ上に大滝山(宮宕山)との鞍部の深沢峠が見下ろされた 嵯峨塩深沢林道 一度林道にでるも山肌にカーブして刻まれた林道を横切るルートは藪濃く判らなかった。裸木になっても樹海の枝絡みは醜く.うねり下の林道が判らない。 林道の右手に入り源次郎岳側に少し進むとカーブが右に曲がり込むのが足元にチラッと見下ろされる場所にでた。ガードレールらしき白い物体の一片か? 樹海の下に望まれるも定かには判らなかった。この下にも綴られた林道があるのだろうか? 深沢林道は嵯峨塩から日川尾根に登り.深沢峠に下る手前で.境沢ノ頭から北西に延びる尾根の山腹を大きく北側から西側に回り込んでいる。 そして極端にU字のカーブを描き峠にでていた。そこを林道伝いでなく.最短距離で横切りたい願望があった。その為のルート探し。 林道沿いに少し戻り.次に下の林道へ下る踏み跡を探しだす。深く抉れたカーブを綴り林道伝いに真ともに下るには時間が余りにも掛かり過ぎる。 ガードレールの切れたバックミラーとの間には尾根の続きと思われる所だがやや土砂が崩れている。 ここはマーキングもなく.踏み跡らしくもなかった。道形はないが意を決し先へ踏み込むと,直ぐ下で林道を再び見下ろしていた。 ガードレールが曲線を描き臨まれる。泥土の灌木の斜面はぬかるみ.足元は崩れ適当に下り易い所を見付け見付け下の林道にでた。 ホッとすると同時.時計を見ると沢ノ頭から30分程の距離だった。少し林道を進むと大滝山と境沢ノ頭の鞍部の深沢峠にでた。 境沢ノ頭には深沢峠への道標があるものの.林道までの途中は短いながら踏み跡どころか獣道もなかった。 道標があること自体が不親切な標識になっている。方位と道標とは違う。薄い踏み跡でもあればよいがなければ返って不必要。 藪を漕ぎ下れば何処かで作業道にでられるだろう。ただ今は危険な道標になている。 深沢峠(四ッコンパ) 季節外れの暖かさ.今月下旬の陽気に今日はなっている。午後には西北西の強い風(風力5)が吹くと予報がされていた。 まだ風もなく陽溜りの林道をトボトボ歩いている。藪を抜けての林道に何時もと変わらぬ何とも言えぬ心地よさを味わう。 晴れ上がった空は何処までも蒼く.その光は谷間の樹林を隅々まで照らして大地を明らめている。日は暖かく陽春に包まれた大地. 午後になるも.まだ風もなく頭上高くからストレートの陽差しを浴び.陽溜りの林道を気侭に歩む私。腕を捲り背を伸している。 後一息で林道を跨げば大滝山の登山道にでる。予定の時間にも追い付いた。ゆっくり林道の温もりを味う。 低山でも大滝山にでれば眺望に恵まれる。大滝山からはもう下調べのいらない縦走路が続いていた。 深沢峠にでると右手から黄色いゲートで閉ざされた復旧治山工事用の林道が合わさり.大滝山(宮宕山)の北側を巻いている。 その大滝山に立つには深沢峠から林道を50m程下って.今度は右手の右岸尾根に取り付いた。 林道 そのまま林道を下ると先は大滝山から高尾山の東面山腹を並行して走り.新しく繋げられた大滝線や 深沢川へ下る林道深沢等々力線で高尾山の末を回り込む菱山深沢林道に結ばれている。 県営嵯峨塩深沢線は起点甲州市勝沼町大字深沢の菱山深沢線から終点の塩山大字牛奥で大菩薩初鹿野線に接続している。 延長8.941m.完全舗装.幅員4.0m. 大菩薩初鹿野線は塩山市裂石と大和村景徳院とを結ぶ林道で最近.県道に昇格した。 県営菱山深沢線は起点甲州市勝沼町大字菱山.終点甲州市勝沼町大字深沢で結ばれ延長12.607m.完全舗装幅員3.6〜4.0m 又この林道から分岐する林道大滝線は延長約1.0000m.幅員3〜3.6mを分け.山越えし深沢川上道沢に下りている。 沢沿いは下る林道深沢等々力線と分岐して嵯峨塩深沢線として遡った林道は.深沢峠を越え.源次郎岳南裾を抜け牛奥にでている。 又深沢峠にはゲートで閉ざされた大滝山北側を巻き込む作業道がある。 深沢川右岸尾根 宮宕山(大滝山)の大らかな平頂1362m.13:14宮宕山 峠から50mほど進むと護岸用の石垣とも途切れ.右に薄い踏み跡があり.こちらは何処からでも宮宕山と峠を結ぶ尾根に乗ることができる。 あっと言う間にやや荒れた尾根上にでた。南側は赤松林.北側は落葉松の若木帯。右手奥にに垣間見るのは源次郎岳キリガ尾根。 キリガ尾根と肩を並べ並行して延び.北洞沢を隔てた先へと連なるのが昨年春訪れた恩若ノ峰に至る重川左岸尾根になる。 尾根筋は途中で作業道らしき小径を左手から入り込む。はっきりした踏み跡で歩き易い。 傾斜が落ち平坦になると尾根から離れだしたので右寄りにに直登した。ほどなく灌木で被われ眺望の利かぬ小広い頂に立つ。 宮宕山はツガの高木が多く.北側は落葉松から檜林へ.南は落葉松林に被われた頂だった。大滝山北面地形図 大滝山西尾根 大滝山から西側に派生する境界尾根の登り口は地形図に表示された「髪櫛川」(びんくしかわ)の「髪」の付近で.左岸に渡り尾根末端にでる。 破線ルートがあり.コンクリート杭が続く。・・2時間. 菱山深沢林道からは838.2m点にでて藪のない雑木の尾根を登高していた。 又この境界尾根984m点で南下すれば支尾根を下れば大滝不動にでられた。 東面に続く山火事跡・・幾たびの山火事で棚横手山から甲州高尾山の間は草地化し大変貌する。 ![]() 東側が落葉松林.西側がツガ.檜混ざる雑木林.13:22 火気厳禁を伝える掲示板.13:35 宮宕山の境界尾根から分かれ.南下し宮宕山を越えると落葉の深い平尾根になり.登山道に変わっている。 東側が落葉松林.西側がツガ.檜混ざる雑木林で.やはり確り踏み固められた登山道は歩き易く.距離を稼いでもいる。 急坂を下り2つのコブを越える頃.過っての山火事の跡地にでた。棚横手山の間近まで炎は迫ったていたようだ。 焼け跡は延々と剣ケ峰下まで続いている。悲惨な現場を見ながら下るようになる。ただこの間は視界を遮るものがなく. 眺望はパノラマの如く大きく開かれ.今は荒地から草原化した台地が続く。 山火事跡地は途切れることなく棚横手山まで続き.明るい頂には「山梨百名山」.「富士見台」と示された山名標が立ち. 3等三角点標石が設けられている。東から南方へ描かれた幾つものピークが何処からでも眺められるようなった。 今朝綴ってきた山々が眼前に迫る姿で望まれている。 棚横手山から甲州高尾山の先に至るまで視界を遮る立木は1本も見当たらず.大地は緩やかに波打ち開かれている。 そこに横手道と呼ばれる作業道が山腹に何本も付けられいた。作業道との絡みが大きな棚田のようにも眺められた。 山火事 棚横手山(大滝山)から宮宕山.甲州高尾山の南斜面一帯は何度も発生した山火事の影響で悲惨な姿を現わしていた。 昨年暮れにも笹子沢川北面のお坊山南東尾根で無残に残る山火事の爪痕を見ている。炭化した黒ずむ立木が印象的だった。 その反面展望はよい。朝方から歩んできた徳並沢ノ頭から境沢ノ頭への山並を始め.御坂山地や富嶽が鮮明な姿で望まれている。 1997年(h09年)03月11日に発生した山火事は高尾山から富士見台間の東面の樹林を広範囲に渡り焼き尽くしていた。 その後三度山火事に襲われ.山梨県では戦後最大の山火事になる。南斜面の樹林は焼失され.裸になった山肌は立木を失っている。 .焼け焦げた跡は表皮を炭化させた。 「火気厳禁.たばこ厳禁」の掲示板から深沢地区における過去の山林火災を顧みると「h05年04月.75ヘクタール消失. h 09年03月.375ヘクタール消失。h19年04月.20ヘクタール消失. h21年04月.92ヘクタール消失」とある。・・山梨県峡東林務環境事務所 ここまで歩んできた深沢川左岸の山並 ![]() 富士見台から富嶽を含め.13:29 日川尾根末端の峰々・・馬蹄形に歩いてきた山波 ![]() 山火事跡より境沢ノ頭から日川尾根末端へ続く.日川右岸尾根.13:56 今朝前半に歩んだ峰々を一望する。 徳並沢ノ頭から境沢ノ頭.緑の斜面が植林帯. 中央右奥は笹子沢川北面の山. 右奥は御坂山地の北部 中央が古部山西尾根と1413.6m三角点峰から並行して延びる尾根で深沢川に没している。 手前は山火事の跡の山肌 甲州高尾山まではカヤトの原に変化させられた丸坊主の斜面が続いている。そこに小さな苗木が植えられていた。 スナップの右端の山々から深沢川を取り囲むよう馬蹄形に歩んできた山並みの風景. 奥中央左奥に滝子山の円錐峰が望まれる。 その奥の笹子沢川北面の山稜はお坊山方面の展望。昨年の暮れに訪れている。 境沢ノ頭から三角コンパ.1413m三角点峰西尾根 大滝不動尊分岐を過ぎ坊主山の先を.13:33大滝不動尊は菱山深沢林道にあり.元慶4年(西暦880年)に金界坊が三光寺南堂の不動明王を移し.草創されたと伝えられています。 近世は羽黒派の修験道場があったという。昭和56年秋.火災で不動尊を失ったが僅か2年で再建に漕ぎついていた。 真南に当たる富嶽の霞む遠望 右景・・棚横手山より.13:21笹子雁ケ腹摺山と手前の大菩薩連嶺と笹子峠を境に.越えての御坂山地最北部 笹子沢川南岸の本社ケ丸から清八峠を越え.最後まで南方に詰めれば三ッ峠山へ。清八山から折れ.御坂峠を越えれば富嶽の右下.黒岳へと連なる。 中央左から右へ延びる山並は笹子沢川北岸を取り囲む山々で.笹子雁ケ腹摺山に至り.笹子峠を越えれば御坂山地の京戸山へ。 手前は日川に没する日川尾根末端の起伏激しい尾根で.徳並山から無名の山々が連なる勝沼尾根。 西大志山北西尾根 左景.13:57古部山西尾根と勝沼尾根に挟まれた流域 奥は笹子川を隔てた御坂山地最北東部の山々. 更なる奥は富士五湖周辺に至り.湖畔を隔てての富嶽。 中央は笹子川左岸沿いの南大菩薩連嶺南部の山々.お坊山の左奥が高川山東尾根で御坂山地の最北東部になる。 手前は笛吹川の支流日川で隔てられた日川尾根右岸。・・大菩薩最南端の山々で深沢川左岸の上道沢・下道沢流域。 左岸の上道沢からは林道を経て.1413.6m三角点峰や古部山への踏み跡が延びている。 西大志山・徳並沢ノ頭と勝沼尾根・・下道沢流域 左景アップ・・入山した徳並沢ノ頭の裏側アップ.14:11西側から望む古部山から徳並沢ノ頭の稜.末端は勝沼尾根へと綴られている。 裾は深沢川の支流,中道沢と下道沢. 林道は深沢等々力線の分線 背は笹子川北岸の大菩薩山塊末端の稜.その奥が御坂に繋がる鶴ケ鳥屋山。 深沢川を隔て 棚横手山まで続く山火事の痕跡.13:321413m三角点峰の西尾根と古部山 棚横手山から高尾山への尾根道は真新しくできたばかりの大滝林道で遮断されていた。コンクリートで固めた山腹階段が備えられている。 大滝不動尊,展望台への砂利道を横切り.改めて尾根沿いの小径を踏む。又焼失した周辺の大地は様相を一変させていた。 山火事で黒く焼きただれた上部の山肌跡は見るも心苦しい。ただ棚横手山を過ぎるとそこから続く山並の風景は牧歌的で明るく長閑な風景。 度重なる山火事で焼き尽くされた森林の消失が.皮肉にも展望のよい山に変貌させていた。 陽が射しだした苗木の台地は枯草に覆われ見渡す限り広がる展望は初めてのことで.又尾根歩きの楽しみをも生んでいる。 高尾山にでても新たに植林された幼い苗木の台地. 午後の柔らかい日差しを浴びている。まるで別世界のようだった。 林道が幾つも造られ.多くの人の手が加えられている。 勝沼の盆地に向かい真っ直ぐ下る尾根。南面を見る限り.尾根筋は見渡しのよい草原台地がここまでもと思うほど続く。 勝沼南西尾根 山火事で焼けた南側のカヤトの斜面から.14:34手前が徳並ノ頭勝沼尾根で末端は柏尾. 甲州高尾山の尾根筋と深沢川を隔て合わさり.日川の河川は広大な甲府盆地に入る。 徳並ノ頭の山裏が日川の谷.スナップのほぼ中央下が入山時の古部集落。 お坊山.トクモリ.米沢山.右端が笹子雁ケ腹摺山. 小路沢ノ頭北尾根が手前に延びている。 スナップを拡大すると米沢山北尾根.笹子雁ケ腹摺山北尾根の鉄塔を支えに西群馬幹線が横断しているのが見受けられた。 甲州高尾山から宮宕山東面掛けれの眺望写真・・米沢山付近より 大きくなった3つのコブ・・甲州高尾山 コブを越した先は2つので伝説を持つ高尾山.13:45甲州高尾山 高尾山には予定より30分程早く着く。ゆっくり1本取り,誰も居ない頂で下るべき尾根を地形図で追っていた。 今日は先程.真新しい林道の所で一眼レフを持ち.霞む富士を撮り続けていた単独行者に出会っただけだった。 地元で高尾山という山名の呼び名はないそうだ。県が観光目的で「甲州高尾山」と改名したらしい。 手前が東峰1120m圏で中央が1110m圏の「甲州高尾山」。三角点標石のあるが「剣ケ峰」は1091.9mで別称は宮宕山。 三山で高尾山と総称して呼ぶ名もある。又宮宕山とも呼ばれ地元では今でも大滝山を指す複雑さ。 国土地理院1/2.5万地図「大菩薩峠」では1091.9mを「宮宕山」と記し.他は無名にしている。北側にある1362mの宮宕山は「大滝山」と 表示されていた。この地区は連続のように山火事が起き.それを含め多くの林道が造られている。今日も新しい林道を横切っていた。 地図に記載されていない林道が多く.山名の変わらぬものも多い。間際らしい県の対応と地元。 奥多摩の西原峠のような2つの同名の峠名を作るのも不思議である。国土地理院として巧く更新されることを願うのみ。 日川甲府盆地口 柏尾と中央高速道を見下ろす・・尾根末端は柏尾山.14:52展望 高尾山の南面にも草付きが広がり.大展望が開かれている。ただ御坂黒岳が立つ県界尾根から富士.南アルプス北端に至る遠望はガス濃く望めなかった。 足元の日川対岸に広がる御坂の山並は京戸山から達沢山1358mの北西尾根(二本松1078m.大沢山1042m.茶臼山948.3m)と並ぶ旭山の尾根。 左足元下は勝沼尾根末端で深沢川出合に下りている。甲州街道とT字路に交わり.ここに林道深沢等々力線の起点がある。 甲府盆地口には中央高速道と勝沼IC。甲州街道から左に大きく膨らむ勝沼バイパス。 柏尾山北側にあたる盆地に南側高台には広域農道が走っている。遥か北方は御坂みち(鎌倉往還)が御坂峠越えをし.芦川北側の山稜へ。 足元には甲州街道が見下ろされている。尾根末端の柏尾山(送電線笛駒線鉄塔がある)を経て大善寺へ下る南西尾根が延びていた。 馬ノ背の地肌が現れる地点が880mコブ. 私が下山する分岐になっている。このコブから右手に北西の枝尾根に入り.塩山の菱山へ直接下りる。 下山ルート 高尾山三角点峰からは右の展望台から大滝不動への径を分け.先程の「富士見台」からでも同方向に山道を分けている。 左手に折れれば地形図「大菩薩峠」に表示されている破線にでて深沢分坑尾根を下り.昔の参道で林道深沢等々力線の御所三社権現の鳥居に下りる。 又jr勝沼ぶそう郷駅への近道として大日影隧道の遊歩道で抜けられた。 高尾山から尾根通しに直進して菱山深沢林道を横切る。右手へ林道沿いに下るとここからも少し戻り大滝不動尊にでられる。 立木に「深沢分校(難)」のテープがあった。林道を150mほどで左に戻れば先程の高尾山から南のルートに入っている。 少し遠回りだが.安全を考え.日没が近ければ南西尾根伝いに下り柏尾山から甲州街道にでる。 そこも考えはしたが今回は880m圏コブから延びる北西の藪支尾根を下り.真っしぐらに勝沼ぶとう郷駅を目指すことにした。 880m圏コブ 930m圏から勝沼盆地を見下ろす.15:01高尾山から南西に延びる尾根を「柏尾山.大善寺」の道標に導かれ.舗装された鉢巻き林道.菱山深沢林道を横切っている。 そして直進し雑木被う南西尾根に入り.急坂を下れば930mのコブにでた。地形図では緩やかに見えるコブも急勾配の下坂からは 峰らしく立派に臨まれた。又この峰は甲府盆地を背負うと写真のように独立峰の如く思えた。 今回は気が付かなかったがコブの手前鞍部には菱山へ下る薄い踏み跡があったらしい。 最初は源流地帯を思わす湿った草付きの斜面に入り.それがひと下りせぬ間に流水が現れ.露岩から早々に沢筋を離れ.尾根筋に回り込む。 又880m圏下寄りとjr新大日影トンネル真上付近にも.北西側のブドウ畑に下る踏み跡が未確認だがあるようだ。 880m圏コブ北西尾根 880m圏コブ北西尾根15:20一16:00菱山の果樹園一県道一16:16jr勝沼ぶどう郷. コブ西肩に落葉が積もる小平地.15:24北西尾根取付き 930m点を過ぎ.緩やかに下った880m圏のコブを登り返すと更に小さな起伏を持つ帯状にでて.西側に下るなだらか尾根にでる。 「静かな尾根歩き」松浦隆康著のコースに習い勝沼ぶどう郷駅まで近道をさせて頂いた。 この尾根下にはjr新大日影トンネルが並行して潜っている。 ただ参照するも「保安林改良施行地」の看板が見当たらず。その脇から細い踏み跡が北西に下っているらしい。 左手に真新しい「保安林」の菱形の標識を2ケ所で見ているが往復するも判らかった。 谷間が幾らか望められたのが930m点から派生する北西の尾根。取付きから茂み.ここを下れば裾の枝沢に入ってしまうだろう。 少し戻り登山道から外れ,目印はないが北西の尾根中央部分と思われる灌木帯に入り込む。扉を開けるよう樹間のカーテンを潜ると 北側は巨樹のブナ林で覆われた明るい肩にでる。林床はスッキリした落葉積もる小平地。尾根形が見下ろされた。 50m程下り.880m圏コブを少し下ってから北西に起きる枝尾根にルートを取ることにした。 菱山の果樹園を見下ろす 大分高度を落とし菱山の里が見下ろされた.15:44北西尾根 登山道脇から適当に灌木帯の枝絡む藪を抜けると直ぐ立派なブナ林にでる。短いがここを直ぐ抜けると深い枯葉が積もる斜面になる。藪はない。 尾根筋の斜面は巾広く尾根らしくなかった。尾根北側縁を見詰めつつ尾根筋を外さぬよう下る。源次郎岳キリガ尾根が樹間の絡みから見渡された。 傾斜が一気に増し落葉に埋められた急斜面を枯葉と共に摺り滑る。スタイルとしては落葉の深みを探し探し下る。 落葉の積もらない所は地表が硬く凍り.立木との間隔もやや広く,滑り落ちる危険が多い。 急斜面で落ちる落葉松林に赤松混ざる樹林帯.15:50尾根中半でも尾根巾は広がりを見せる植林帯に入る。黒木が増してきた。右手の枝沢に入り込むのを恐れ.西北西に進路を取る。 広がった尾根の中央に小さな起伏が起きているのを見付ける。そこを伝いに下ると枝落ちされた枝木が地面に散乱する急斜面になった。 枝絡みから一見.見え出した集落が再び密なる灌木で視界が閉ざされた。こういう所は必ず一度は通ることになる。 中盤 時折銀頭黒杭の境界杭を見るようなると,藪の切れ目が見下ろされ.集落の家屋は次第にその大きさを増してきた。 あるか,ないかの踏み跡に高度がドンドン落ちてゆく。最後は出口の鹿棚扉を考え.境界杭を外さぬよう枝藪を抜けている。 果樹園へ.15:58すると突然果樹園を囲む舗装された農道が見下ろされた。 菱山の果樹園から見下ろすと県道の先に長い駅ホームが街並を切るよう望め.手前にはJRの変電所が霞む夕陽に逆光して煌めいている。 果樹園で仕事をしている夫婦に出会い.勝沼ぶどう郷駅が見下ろされるも.下る道を尋ねている。 農夫は傍に見える県道を進み.最初のバックミラーがある橙色の家屋の左角を折れれば自ずと駅脇のガードを潜る。と教えて頂いた。 近道してもジグザグに切るだけで時間は少ししか変わらないと教えて頂いた。歩くこと7分.下って高台にあるjr勝沼ぶどう郷に着く。 ぶどうの園と果樹園 菱山の果樹園からは県道と勝沼ぶどう郷駅への里.16:01歩んだルート この北西尾根を調べている内.下る切っ掛けにもなったのが下調べの必要としない尾根だった。 880m地点と下山口.果樹園の棚扉が同じ地点でなければならいと云うことだけで.道中は何処でも下れる尾根になる。 山のコースは厳しく長い行程を覚悟していた割に楽なルートにだった。激しい藪はあるものの短く.悩む先は自ら開かれた。 自然林豊かな尾根が続き.道理に適した山行になっている。 徳並沢ノ頭から大滝山に掛けては自然林が尾根を覆い.裾の植林帯とを分けている。愉しい尾根歩きになっていた。 藪ルートは境沢ノ頭から嵯峨塩深沢林道までと甲州高尾山下の880m圏コブから勝沼ぶどうの丘までの区間のみ。 登山道は大滝山から880m圏コブまでの間の尾根道だった。 880m圏コブ北西尾根 園地から下って来た尾根を振り返る甲府盆地北側の山並・・奥秩父連山から南に延びる尾根と勝沼ぶどうの丘周辺 16:08中央北の方に連なる奥秩父南面の山稜・・右寄りは背稜になる・・金峰山.北甲武信岳,国師岳. 乾徳山。その手前は黒金山から小樽山。 左奥は南アルプス北部. 重川左岸尾根(源次郎岳〜恩若ノ峰南西尾根)と中原の集落.1020.05 中央ぶどうの丘は塩山市内. 左がjr変電所.その右中央は「jr勝沼ぶどう郷駅舎とホーム。右の橙色の家屋を左折すると駅にでる。・・ぶどうの丘より. 16:16jr勝沼ぶどう郷:36=高尾.快速17:50=18:59神田. jr勝沼駅発の列車は20分待ち。その時間を利用して駅舎前のベンチで遅くなったお茶漬の食事を摂っている。 腹の調子が悪く間食で我慢していたものの安心したのか終えて空腹感を覚えてる。魔法ビンに入れられたご飯にシャケの切り身.梅干しにジャコを乗せ. お茶漬の素と少々温くなった湯を注ぐ。熱くないが美味いお茶漬ができあがる。又残りの湯300tも大月に着く前に飲み干した。 JRのトンネル 勝沼ぶどう郷駅.4時16分発.鈍行高尾行がホームに入線した。ガラガラの車内の右側のボックス席を取る。 そして直ぐゴー音を巻き上げ列車は新大日影トンネルを潜る。この上には勝沼ぶどう園を目指して下った藪尾根が乗っいる。 先程下った880m圏コブから派出した北西尾根である。あっと言う間に尾根を縦断し.列車は新深沢トンネルを抜けた。 次の駅は朝方下車した甲斐大和駅. 再び笹子トンネルを潜れば県境を越え関東の山並に入る。 この駅ホーム前方を覆う山は小路沢ノ頭北尾根にあたり.昨年暮れに登った笹子雁ケ腹摺山の鉄橋と隧道口が臨まれ.車窓から1枚のスナップ写真を撮っている 列車は再びゴー音を巻き上げ笹子トンネルに入いり.郡内からは更に小仏トンネルを潜り新宿に戻っている。 現在旧jr大日影トンネルは遊歩道に. 勝沼トンネルはワインカーヴとして活用されている。勝沼ぶどう郷駅側口・・2014.01 携帯電話.新ラクラクホンを購入.その歩数計により,ザックに入れた歩行数は30.039歩.19.3q.消費量33.5Ex.消費カロリー1434kcal.脂肪燃焼稜102g ・・地形図「笹子」「大菩薩峠」.山と高原08「大菩薩嶺」 翌3月07日.寒の戻りがあり東京は積雪5pを記録 3月11日.東北関東大地震 3月12日.長野地震 3月11日(fri).東北関東大地震. 午後2時46分.震源は三陸沖でマグニチュード9.0を記録する巨大地震が発生。東京台東区震度5弱 震源域は岩手県沖から茨城県沖.南北500km.東西200kmの広範囲で5分前後を掛け.3つの地震が連動して発生.断層の積量は20mに達した。 余震が続き.地震による大規模な津波が発生する。三陸沖180×60kuの面積で海底が隆起し津波を大きくした。 津波により被害は甚大でその悲惨さは云い知れぬほどの大勢の死者.行方不明者をだしている。 海岸沿えは地盤沈下が起こり陸羽高田では最高87p沈下. 満潮の都度街も水田にも冠水をもたらしている。 そして入江により最高38mの高い所でも津波が観測されている。 福島第一原子力発電所の損傷による放射線の漏れが発生し被害が拡大。 東北地方.北関東を中心に甚大な被害をもたらしている。輪番計画節電及び水道規制を決行.野菜.牛乳から食糧は出荷を規制を受ける。 震源地から遠く東京近辺では埋立地の浦安を中心に海岸沿いに液状化現象が起こり.上下水道,ガスが寸断される。 東京湾奥の木更津では潮見川河口で高波2mを記録し.ヨットハバー等が流され.潮干狩りの木更津沖で海底が30p程沈下している。 翌3月12日.長野地震が発生. 東北関東大地震の翌日.午後3時59分.新潟県中越地方と長野県北信濃地区.栄町でマグニチュード6.7。 震源の深さは約8km.3/12.3時59分の後.4時32分.5時42分にも栄町で震度6の揺れが襲い全村民の避難指示が出された。 飯山線は寸断され.鳥甲山の麓.秋山郷は今シーズンの顧みた豪雪に加え.悲惨な状況に陥っている。 大滝山の南西尾根・・柏尾山間.西面写真 ・・恩若ノ峰南西尾根伐採跡地より 古部から徳並山・古部山・境沢ノ頭 境沢ノ頭から甲州高尾山の880m圏コブを下降・・菱山の果樹園 |