重川左岸尾根後半V. 恩若ノ峰から改めて重川左岸尾根の末端の恩若ノ峰南西尾根と繋ぐ ・・武田氏陣営の御前山Top
      早春の森の台地から若葉で萌える恩若ノ峰南西尾根を下り.夕陽を浴びた左岸尾根の末端の髪櫛川にでる。

    上日川峠から冬木の日川尾根を南下
    寂峰の源次郎岳と恩若ノ峰
    若葉萌える恩若ノ峰南西尾根・・瑞々しい新緑溢れる台地とjr勝沼ぶどう郷.

   恩若ノ峰南西尾根
   南東側より重川左岸尾根

     上日川峠から日川尾根を南下し.恩若ノ峰南西尾根を下る・・重川左岸尾根2011.03
   恩若ノ峰南西尾根の背の山稜は重川と笛吹川に挟まれた下流丘陵上の山並・・坂脇峠.鈴庫山,高芝山.柳沢山
   右手前が源次郎岳キリガ尾根末端で.フルーツラインの2度目の高台駐車場よりの展望・・2014.01.12/16:06

   恩若ノ峰の西尾根と南西尾根
   日曜でも閑散としたjr塩山駅北口より・・2016.06.26/15:13
   高芝山を登り終え.正面に没するのが西尾根で.右に延びる頂稜が南西尾根。間を横切る重川は塩山盆地を抜け.笛吹川と合わさっている。西側より

    恩若ノ峰南西尾根の取付き地点
   塩山市街地との西尾根の分岐.14:49

    若葉萌える恩若ノ峰南西尾根
     14:25恩若ノ峰:50一15:05ミツ沢乗越南東下コル一15:15迷い石抗435補1へ一15:25(440標石)一15:35(445標石)
     一16:10伐採場跡:20一16:45jrトンネル上一17:00金刀比羅宮一17:05髪櫛川橋一17:30jr勝沼ぶどう郷.

     恩若ノ峰南西尾根は2日前に届いた「静かなる尾根歩き」松浦隆康著の「日だまりの尾根」を拝読し.コースを急遽追加し.塩山へ下るところ勝沼ぶどう郷駅へ。
   左側が綴ってきた恩若ノ峰の頂への径. この間々右手の西尾根を突っ切れば稜線を巻いて果樹園から塩山駅へでられる。中央の赤ペンキ脇が勝沼へ
   下りる南西尾根だった。ここを下れば更に重川左岸尾根を南下することになる。これから先は青葉溢れる瑞々しい藪尾根が待っていた。

    下り始めて直ぐ小さな鞍部にでる
   ・・取付きが早過ぎたか? 14:52
    藪を抜けたこの右奥に三ッ沢乗越がある

     恩若ノ峰から西尾根を下ると直ぐ赤テープのマーキングが幾つも集まる所にでた。尾根と別れ.南手にルートを取ると次第に藪絡みになる。
   一歩脇に逸れると踏み込む土壌はソフトな根床に一変した。ふわふわのクッションに乗る感じを抱かされる。ただ飛び枝も多くなる。
   踏み跡ならぬ地床を歩み.10分程で三ッ沢乗越南東よりの小さな鞍部にでている。木洩れ日溢れる小さな鞍部.倒木にブッシュが多くなる。

     西尾根を少し早めに下ったかも? 目立つ取付きのマーキングの割に.入ると直ぐ藪に覆われた。地床は深く柔らかい。
   同じような小さな窪地にでるも.人の通る藪径とは違っていた。深く枯れ枝がボリボリ折れ.目の前に被う枝木も煩過ぎている。

     恩若ノ峰から西方へ下った鞍部が三ッ沢乗越。私の取った南西尾根の取付きの塩山への分岐をも.う少し先から取り付ける地点があるらしい。
   周りを探しまわり.やや南側で刈り払われた歩き易い踏み跡を見付けている。

    深いクッションの藪山
   藪に閉ざされ径はない。足元に小さな小枝が絡む.14:55

    先の緩い起伏が南西尾根の始まり
     戻ってきた440標石.15:21

     既に空を仰げば若葉萌える森の中にいた。木々は芽吹き.暖かな陽光も春の時めきを知らせる季節になりだした。
   踏み跡は浅く.落葉に枝の絡みが多い。910m圏.440標石で尾根は2つに分れ.楽な真南の方向の小尾根を進み.ここでは戻っている。
   真っ直ぐこの尾根を下れば.末端は680m付近の北洞沢の枝沢出合に没していた。

     踏み跡が見付けられず.間違いと判ったものの.直進する方向の方が幅広く.先は平坦地が延び,木洩れ日も多かった。
   人は自然の中では素直になり過ぎる。気にするも下藪の少ない方向へ歩きだしていた。ある程度歩めば可笑しいと判るものの.咄嗟の判断は難しい。
   戻り西側に小尾根を見付け.石抗435南補1を見い出した。ここは三ッ沢乗越から直ぐ南に当たる小尾根になる。

   広い尾根だが足元の絡みが可笑しく戻る.15:23

     ここからは尾根らしくなり刈り払われた穏やかな下りになっていた。
   まだ山野草は現われぬものの.地床は小径が続いていた。周りは若草色に燃える雑木の木々.新緑の清々しさが漂っている。

    今回最大のポイント地点
    
    中央右の赤テープから尾根を分けるよう入る      短いが急斜面を下る.5:30

    藪の二又
     442標石からは1つ1つ標石を確認して下った。標高870m付近にある445標石地点まで6つの標石を見る。
   445標石地点5m先が.この尾根を下る一番のポントとなる所だった。正道ルートの方は藪に閉ざされていた。

     まず予備知識がなければ間違えるだろう。
   そのまま開けた尾根上を真っ直ぐ進めば下った所で枝藪に絡み.尾根巾が広がる為.踏み跡を探るのは苦労が付きまとう。

     踏み跡は尾根上を右(西側)へ極端に外れ.藪の急斜面を強引にジグザクに切り.平坦になった所で南側に折れている。
   そして少し膨らんだ尾根の右縁を歩むようなった。尾根中央を歩めば藪又藪で視界は閉ざされ.尾根巾が更に広がるも方向が見定められなっている。

    キリガ尾根と大滝山北面
   上伐採地跡から.15:・53

    小樽山の双耳峰と境沢ノ頭(嵯峨深沢林道).右手前には大滝山(復旧治山工事用の林道).棚横手山
    源次郎岳を下り返したコブから派生したキリガ尾根.上半部が望まれた。

    一時の明瞭な枯葉径
   野草に覆われるのはまだまだ先のようだ.15:57

   自然林に囲まれ奇形の幹.16:03

     浅い踏み跡が続き赤い恩標石や小さな木片sりは枯葉に埋まるよう立て掛けられ.赤テープ等も先へ先へと踏み跡を導いてくれている。
   まだ小さく芽吹き始めた若葉が生い茂る森。若葉が深くなるにつれ.尾根筋の小径は淡く繊細な色合いに染まり尽くされていた。
   瑞々しいまでの清々しさが尾根筋を被っている。

     上日川峠から源次郎岳西尾根に入り.1050m圏までは山々は裸林の乾いた土壌だった。それが高度を下げるに従い.緑の色合いを深め.
   広葉樹の樹葉が山を被うようになる。それもほんの少しずつ増えてきた。恩若ノ峰南西尾根に入り.更に樹葉は新緑の鮮やかさを増しだしている。
   850m圏内からは若葉が尾根を一面に被うようなった。新緑の漂う眩い林の中に入っている。

     再び伐採跡地に
      16:06

     伐採した丸太の運搬用に造られた主ロープの上部固定基盤が伐採地の一番上にその間々残されていた。
   一昨年春,生藤山の下りで林道にでた所で.下の基盤を造っていた木こり達に出逢っている。
   太い杉の幹に鉄網ロープを絡め引力機で飴のよう絡まし固定していた。冗談でも木こりにならないか誘われ.等々と語ってくれたことを想いだす。

    転倒
     4時.750m付近.東側が広く開けた伐採跡にでた所でトゲが首袖に刺さり.取ろうと手を入れたところで伐採で絡む枝に足元を取られ転倒した。
   それも宙を舞う一回転で左手首を捻じる。一瞬その間々動けず。空中を舞った時の記憶がない。

     咄嗟に骨折が気に掛かり.折れてなかったことに安心すも,暫くはじっと動けないでいた。
   下り斜面で足場の一番不安定な場所. 目は足元でなく首袖を見ていた。間の抜けた行動に立つ瀬がない。

     左腿上と左手肘下.左肩.肩裏と右手の甲に少々の傷ができた。ザックを背負った背中から落ち.やや左肩からずり落ちた。
   痛みは左手首に少々ある。バンテリンクリームを何度か塗..駅にでて腫れも弱く安心させられている。

     遠いい昔の記憶として山スキーでの転倒以外でも.何かあった気もするが何時.何処だったかは今となっては定かではない。
   不幸中の幸いとは言え.否な不始末を味わう。

  源次郎平キリガ尾根と大滝山から南西に派生した長大な尾根

   恩若ノ峰南西尾根・・下部の伐採場より.16:11

     棚横手山から宮宕山(甲州高尾山).急激に落ち930m圏コブ。798m圏コブ. 最後は柏尾山を越え甲府盆地の東端.日川に没する尾根。
   2011年03月.日川尾根末端を馬蹄形に歩む。その時は880m圏コブから派出した北西尾根を下り.jr勝沼ぶどう郷駅に直接降りている。

     遠く陰る稜は笹子峠の南方の山々.京戸山付近. 霞む奥は御坂黒岳か?
   手前はキリガ尾根の下端に広がる勝沼ゴルフコースと果樹園のある中原・菱山の地区。

    伐採地端より菱山の街並
   右奥がぶどうの丘で左脇がjr勝沼ぶどう郷駅.16:14
    背は御坂山地・・手前がボッコノ頭に右奥の帽子形が釈迦ケ岳

    勝沼町中原と菱山の集落
   日川下流と支流髪櫛川の合流地域.16:12
    髪櫛川大滝川流域で左奥に勝沼ゴルフ場がある。
    2011年03月に左端の上斜め尾根の880m圏コブの北西尾根から直接.jr勝沼ぶどう郷駅を目指し菱山の果樹園に下りている。

    南西尾根末端
   尾根末端の604.2m峰と620m圏のコブ.16:24

     左手先が勝沼ぶどう丘
   写真中央左が県道. 620m圏下で牛奥隧道を潜り.恩若ノ峰北尾根の下山口である重川沿いの塩山下萩原と結んでいる。
   JRの新岩戸トンネルは尾根末端の604.2mコブ先をカーブしながら潜り.勝沼ぶどう郷駅へ抜ける。

    ジョイントの音色
     650m圏になると青葉の一葉.一葉が陽射しに反射し.当たる光が織りをなし煌き輝きだしていた。
   牛奥隧道の上を過ぎると620m圏辺りにでる。右手前方奥から列車の車輪がレールを弾く音が「ガタコト!」響き,次第に大きさを増し聞こえてきた。
   塩山から走りくる列車だろう。安らぎを与える長閑な響きだった。

     この音は1本25m程の定尺レールと呼ばれているレールが線路として敷かれ.温度差による膨張を考えた継目の隙間を通過する時に起きる。
   レールから弾ける音は誰もが知るところ.遠くから響く音色は哀愁を呼び起こす。況して下山を前にして聞く響きは又格別だった。

     最近では継目を減らすことで安定走行.騒音の低減.乗り心地の改善が図られ.定尺レールを溶接可能としてた繋いだレールが現れだしている。
   枕木に固く締結したロングレール区間ではレールの間に樹脂製の絶縁物を挟んで接着した接着絶縁レールを用いてる。

     25m以上200m未満のレールを「長尺レール」,200m以上のレールを「ロングレール」と呼び.地下鉄やトンネル.新幹線に用いられている。
   ちなみ青函トンネルでは全長52.6kmのスーパーロングレールが使われている。東北新幹線では60km以上のスーパーロングレールが採用されているという。

     蒸気機関車からディーデル機関車.電気機関車.電車と変わりつつある流れに何時も常に携わってきたレールも新たな改善が始まっていた。
   「ガタ.コト!」の響きを聞くのも昔話になるのであろうか? この音はもう里に近いことを示していた。

   尾根末端で径はT字路に突き当たる.16:26
    今年は遅れている新緑も尾根末端では若葉が萌える

    里への尾根道
     688mコブから下った鞍部.610m付近で林道が横断している所にでる。右後方から登ってきた道はゲートが閉ざされていた。
   左へは中原への林道。峠と呼ぶよりは小さな窪地の十字路.地形図の表示では北洞川右岸の破線路が十字路になっている部分にあたる。
   そこだけが地形図で黒1本線で記されている。

     この下には牛奥隧道が潜っていた。直進しやや登り返すのは尾根末端へ続く道。
   その左横から檜の樹林帯の頭越しに.甲州高尾山の山々が最後の展望として広く望まれた。

     交差口の道中央には長い赤テープが枝杭に巻き付けられていた。
   このマーキングは再び直ぐ山径になり狭くなるも.尾根末端まで丁寧に付けられている。ここからは迷う心配はない。

     確りした径となり.目の届く範囲に又現われる。打ち木の為抜け倒れているものも多い。この印しは道路管理者が付けたようだ。
   最後を登り返し.604m圏の平頂にでる。見納めの如く.髪櫛川(妻櫛川).大滝川が扇状に広がる下流の集落が見下ろされ.遠巻きに山々が望まれる。

     更に中央本線の新岩戸トンネルの上を過ぎると西陽が強まり.斜陽した陽射しを顔面に受けた。
   照らされた尾根の西斜面は.まだ明るく新緑の青さを枝々に残している。だが西陽と離れると山陰との明暗をはっきりさせていた。

    尾根末端の金刀比羅宮
   境内の赤テープ右の壁を攀じ下る.17:00
    右の雍壁を落ちるよう下る

     5時,金刀比羅宮の境内に下り着く。尾根末端で突き当たる分岐を右手へ入ったのが災難を呼んだ。
   直下を下るには本堂の裏壁を攀じり下るようなる。短いながら裸土の壁に枝が絡み肝を冷やす嫌な処だった。

     左手に折れる小径は尾根筋から外れ.緩やかに蛇行し墓場横に下りているものと思われた。
   右手に確りした小径を見て.末端まで進めると思い込んでしまった。

   参道から髪櫛川・深沢川を渡りjr勝沼ぶどう郷駅へ

    604.2m峰
   綴ってきた山々を振り返る。右手前に連なるのは源次郎平キリガ尾根.17:13
    恩若ノ峰南西尾根の604.2m峰と源次郎平でキリガ尾根源次郎を分けている。右下の麓が勝沼ゴルフコース

    恩若ノ峰南西尾根を望む
   jr勝沼ぶどう郷駅上り線のホームより.17:15
    尾根末端の604.2m峰と620m圏のコブ

      17:30jr勝沼ぶどう郷¥1.890. :57=19:04高尾.快速:05=20:12神田.
    勝沼ぶとう郷駅
     参道から県道にでている。右手に折れれば「ぶどうの丘」へ.左手に向えば中原から勝沼ゴルフコースの脇を通り,牛奥隧道を潜る。
   左手に折れ直ぐ源次郎岳を源とする髪櫛川を渡り.右手へ線路沿いの道を歩む。今日は朝から寒暖の差もなく暖かい陽射しに恵まれた。
   黒橋鉄橋から再び線路を渡り直し.左折すると線路沿いからjr勝沼ぶとう郷駅にでた。

     南西尾根末端にでて甲府盆地の東脇端に下りた。駅前広場の高台からはぶどうの丘を見下ろし.甲府盆地を一望する。
   向かいには霞む南アルプスの山波がおぼろに遠望され.夕陽に焼けている。

     開かれた重川河口の広い大地の先は既に裾野を闇で閉ざしだし,暗さが黄昏から帳を迎えようとしていた。
   盆地の隅々まで赤らめていた陽射しが斜陽し抜けた。オレンジ色の光は仄かに白光を残し山陰に落陽した。

    大日影信号場→勝沼駅→勝沼ぶどう郷駅。1903年(明治36年)開通した中央本線はぶどうやワインの輸送に流通革命をもたらしていた。
   出荷は東京まで馬の背に乗せ3日から6日掛かっていたものが.僅か半日で大量に運ぶことになる。

     中央本線開通当時は勝沼駅は開設されていず.1913年(大正02年)に請願駅として大日影信号場を昇格し勝沼駅が開業した。
   通過可能なスイッチバック駅として運行されていたが.その後で複線化に伴い近代化され.廃止されてた中央東線の高速化は更に進んでいる。

     1993年.駅名は勝沼ぶどう郷に改修。
   又新大日影トンネルの完成は旧大日影隧道と深沢隧道を2005年旧勝沼町に観光等の為に無償譲渡された。

    ぶどうの丘
   駅前の台地から重川対岸を越え洛陽を迎える.17:47

    重川左岸尾根
     日川尾根の山々は何処も寂峰に満ち.裸木の疎林に覆われるも眺望は閉ざされ.擦れ違う人もいなかった。時折磁石と地図を読む悦びを持つ。
   上日川峠から綴られた源次郎岳.恩若ノ峰は更なる奥深さを現わしていた。ただ踏み跡は日川尾根より確り踏み固められ.迷う心配はない。

     恩若ノ峰南西尾根にでて初めて深い地床の藪絡む踏み跡を歩む。そして下る先には若葉萌える里への尾根筋が続いていた。
   今年は春の到来が少し遅い。もう少し経てば野草も生い茂り,青葉溢れる里への径として.更に魅了された尾根になろう。
   数は少ないが難しいポイントもあった。・・地形図は「大菩薩峠」・「塩山」

   今回の山行で三ッ峠山から奥秩父飛龍山間が踏破され.地図上は1つの赤線で結ばれる。
     河口湖―カチカチ山
     カチカチ山―清八峠
     清八峠―国鉄笹子
     jr笹子―甲斐大和
     甲斐大和―勝沼ぶどう郷
     
勝沼ぶどう郷―上日川峠
     上日川峠―裂石
     裂石―三条新橋
     三条橋―大常木山.飛龍山
2008年12月. 富士急河口湖―カチカチ山
1964年04月. カチカチ山―三ッ峠府戸尾根―国鉄笹子
1963年12月. 国鉄笹子⇔清八峠
2010年12月. jr甲斐大和―小路沢ノ頭北尾根―笹子雁ケ腹摺山―お坊山東南尾根―jr笹子
2011年03月. jr甲斐大和―徳並沢ノ頭―境沢ノ頭―棚横手山―甲州高尾山―880mコブ―jr勝沼ぶどう郷
2010年05月. 裂石bs―上日川峠重川左岸尾根―jr勝沼ぶどう郷
1964年03月. 裂石bs―大菩薩峠―石丸峠―小金沢連嶺―湯ノ沢峠―国鉄初狩
2009年09月. 裂石bs―大菩薩嶺北尾根―青梅街道三条新橋―丹波bs
1963年07月. 丹波bs―三新橋―飛龍山一ノ瀬川大常木谷丹波bs
 

    重川左岸尾根.源次郎岳〜恩若ノ峰南西尾根図
    上日川峠から冬木の日川尾根を南下
    寂峰の源次郎岳と恩若ノ峰
    若葉萌える恩若ノ峰南西尾根・・瑞々しい新緑溢れる台地とjr勝沼ぶどう郷