南大菩連薩南西部. 日川尾根末端の深沢川を取り囲む尾根・・笛吹川日川流域To

   古部の果樹園から徳並沢ノ頭にでて境沢ノ頭の頂点に立ち.甲州高尾山へとヴァテイケーに回り込む。
     徳並沢ノ頭を経て古部山・三角コンパ・境沢ノ頭―大滝山・甲州高尾山と綴り.880m圏コブ北西尾根を下り.菱山の果樹園へ 2011年03月06日.松村

      古部から徳並沢ノ頭・古部山・境沢ノ頭・・古部のすもも園
      境沢ノ頭から甲州高尾山の880m圏コブを下降・菱山

     暮れに笹子雁ケ腹摺山に入山. 1/2.5万地形図「笹子」を読むと地形図の両隅と前回綴った笹子沢川北面の尾根に赤線が描かれているだけだった。
   今だ南大菩薩連嶺の日川両岸の主尾根周辺は空白地帯をなし.源次郎岳からの日川尾根末端や小金沢連嶺南部.湯ノ沢峠以南の山域に
   楢ノ木尾根南部.湯ノ沢以東の山域も残されている。

     前回の赤線は小路沢ノ頭北尾根を詰め.取付き対岸の日川尾根末端の山々を眺めつつ登り.笹子雁ケ腹摺山に立っている。
   シーズンオフの今.その末端の山々を徳並沢ノ頭から北上し境沢ノ頭に立ち.甲州高尾山へと馬蹄形に綴り.880m圏から直接jr勝沼ぶどう郷駅に下ることにした。
   この時期は前回と同様に駅から直接登り下りするコースを選んでいる。そのよさもある。

     3月06日(sun)快晴
      jr御徒町.始発4:36=神田4:41=5:57高尾.松本行6:14=7:12甲斐大和.

     jr高尾駅付近で夜が明ける。日の出は層雲が覆う雲の中だった。淀み霞む日差しが車窓に射し込むと層雲が切れ始めている。
   朝の明るさが増すにつれ西方の層雲も次第に薄れ.切れだした先に蒼空がその領分を広げだしている。

     遠望される秀麗たる富士はみだれ笠の雲から東半分だけ顔をだしていた。風の強い日になることを示している。
   すっきりした富士の姿は最後まで望めなかったものの.午後になると紺碧の蒼空に白く湧くレンズ曇を成長させていた。最高14℃

     列車がホームに入線し扉が開く都度.吹く込んでくる冷気の塊りも,漸く小さな固まりになり.春の陽差しは押さえられてきた。
   羽毛の防寒具は要らぬ陽気になっている。それでもハイカーが訪れるシーズンにはまだ早い。

     甲斐大和駅には暮れに私独りが降りている。今回も習うよう乗降者は私一人だけだった。
   私には嬉しいことだが捻くり者とは云われたくない。ただ誰にも干渉されず.マイペースで歩めるのがよい。それに合った尾根に出合っている。
   時間があれば先に進み.寄り道がそのコースを変更させたり.時には黄昏だす前に小尾根を下りることもある。

     徳並沢ノ頭は日川尾根最南端に位置し.昔は大和村と勝沼町との境界山稜の一角にある4等三角点標石が設置されている小さなコブ。
   現在は塩山市と合併し甲州市に含まれている。日川に流れ込む徳波沢の源流部にある1116.7mの低山。徳並山.徳波沢ノ頭とも呼ばれている。
   その裾野の古部から入山する。 古部の集落から南ルートの写真・・水野田山の南西尾根547m圏点付近より

    古部地区
   日川対岸の小路沢左岸尾根末端の伐採帯より.2012,03
    右上が笛駒線鉄塔.カーブが甲州街道.左下の茂みにjr甲斐大和駅がある

     徳並沢ノ頭南尾根―境沢ノ頭
       7:12jr甲斐大和一7:40尾根取付き一8:00(900mコブ)一8;15伐採跡地一8:40徳並沢ノ頭9:00一9:07(1140mコブ)
       一9:25東大志山一9:50(1230mコブ)10:00一10:35古部山:40一11:05(1413.6m三角点峰):40一三角コンパ11:56
       ⇔(休猟区の標識地点.肩). 一12:00境沢ノ頭:10.
    古部の集落
     今回はアプローチとして古部の集落を抜けるルートを定めず.まず西光寺を目指してその先はその場の判断し進むことにした。
   前回はjr甲斐大和駅の改札口から左に折れ笹子御殿を越えてている。今回は右に跨線橋を渡り.向かいの大和中学校前を右折して線路沿いを歩む。
   ウインドブレーカーで歩む暖かさ. 国道20号線,甲州街道に出る手前の酒屋角で.左手から合わさる一車線の里道に折れている。

     坂上に登ると十字路にでる。右角に「古部地区」と記された地元産出の甲州鞍馬石碑が観光用にか?幾つか立てられていた。
   jr甲斐大和駅ホームにも甲州鞍馬石の記念石が設けられ展示されていた。

     狭い古部の集落はどちらからでも西光寺にでられるが真っ直ぐの道を選んでみた。
   この道は村道中道舟郷線で簡易保険.郵便年金の積立金の融資を受け建設されていた。右の石垣壁に看板で示されている。

    送電線笛駒線
     歩む天空高い所に気が付きずらいが送電線(笛駒線と日川線の共用線)が横切り.古部集落の中心部付近に架け潜っている。
   そして坂道の右に折れる土手下に大きな墓地が見下ろされた。T字路で左坂を登り.その上に送電線が走っていた。

     この送電線は下山に利用しようと思っている甲州高尾山から延びる尾根の末端の柏尾山に建つ鉄塔から笛吹川日川右岸沿いを遡ってきた。
   柏尾発電所からは共用線で甲斐大和駅の北側の丘を抜け.初鹿野発電所と結ばれている。

     初鹿野発電所(水圧鉄管1本.落差177.67m)で発電された放流用水と余水吐は勝沼尾根末端にある柏尾発電所に導水され.
   そして水圧鉄管1本.落差188.24mで発電された電力は日川線22KV(終番の柏尾発電所)で送電され.途中で笛駒線と共用線になっている。
   柏尾発電所で発電された電力は初鹿野発電所で66KVに昇圧され.笛駒線56号鉄塔に入電される。

     2つの発電所では水力をフルサイクルに利用している凄い効率で運用されていた。
   私の頭上.古部の集落を架け.大鹿峠を越えて駒橋発電所へと結ばれ.東京方面に送電される66KV2回線送電線。
   前回の山行ではお坊山東峰南東尾根を下り.笛駒線が大鹿川を下った所で.公団笹子線へ分岐している。その鉄塔尾根から藪を漕ぎ下山した。

    古部の集落
   西光寺の鐘桜と赤布被るお地蔵の間の階段を上がる.7:23
    向かいの坂下が墓地. 日川を隔てた御坂山地の大沢山方面. 頭上に送電線笛駒線が走る

     坂道を登ると左手の一段と高い所に西光寺の梵鐘を見る。石垣下にお地蔵さんや石仏群が並び.その脇の小道から目指し登る。
   狭い簡易舗装の小道を進むと正面に火の見櫓を見上げ.再び車道にでてその右脇を歩む。左側には白い手摺のある細い階段があった。
   この階段は徳並山南尾根の登山口。そこを登れば三島神社にでて.そのまま北西に孤を描きながら827mコブに乗る。私はそのまま右手にルートを取っている。

    小路沢ノ頭北尾根
   古部上部の果樹畑から振り返る.7:28

     笹子雁ケ腹摺山の右肩に西群馬幹線209号鉄塔が建つ。昨年師走に小路沢ノ頭北尾根からお坊山東南尾根を辿っているた。
   対岸の小路沢ノ頭北尾根は800m付近から撮った古部の集落。・・徳並沢ノ頭南尾根と南東尾根が聳えるその下に古部の集落が広がる。

     小路沢ノ頭への登りは手前の870mコブから右上に登り.1044m峰から更に真南に向かい.右端の頂点が1066m圏コブ。
   その裏山陰に小路沢ノ頭が聳える。笹子雁ケ腹摺山北尾根は日川の甲斐大和に没し.この下には笹子峠を潜る3本の幹線トンネルが潜っていた。

   農道を歩き.すもも畑の中央二又

    入山はすもも畑から前方の尾根に乗り.下山は菱山の果樹園へ.
     手摺階段を過ぎた所で最後の家屋に住む地元の人と出会っている。「徳並山へは?」と尋ねると庭先から道沿いに行けば果樹園にでる。
   登山口の棚は猪.鹿.熊となんでもでる土地柄.獣柵は確りしていると。私はお礼を述べ.素直に言葉通り.足を運ぶことにした。

     人家と離れ.うねる農道は右手から竹林を大きく回り込み.抜けると果樹園のすもも畑の中央二又にでる。
   左手が主道と思われた。大きく左手に高巻き扇状に開かれた尾根の末端へ.左手から右に大きく横切り登山道にでていた。

     見て馬鹿らしく右に直線しる農道を選び尾根筋から登っている。二又からの距離は短く直ぐ尾根に突き当たる。
   足元は尾根末端とも思えるほど抉り落ち尾根. ここから下部は谷間へストレートに抉るよう落ちていた

                   京戸山・・小路沢.笹子沢川流域
    
   農道終点の古い標柱     徳並沢ノ頭南尾根右尾根の崖縁より.7:44

    大らかなに延びる御坂山地・京戸山の山稜
     中央に落ちる左尾根が笹子峠の北側から延びる小路沢左岸尾根(鉄塔尾根)。2012年03月に尾根末端.伐採地(中央空地)に下っている。
   手前の尾根は小路沢ノ頭北尾根の枝尾根で.中央の谷間は笛吹川日川
   右手の下っている尾根が徳並沢ノ頭南尾根. 手前がすももの畑を囲む南尾根の右尾根。

     簡易舗装の農道は尾根の取付きに突き当たり.呆気なく南尾根右枝尾根に乗る農道の終点にでる。840m付近
   「農道金久保線」の終点の古い標柱が右枝尾根の左脇に立てられていた。突き当たり正面は道路が切れ.獣棚で塞がれていた。

    獣棚
     確りした有害獣対策用の棚は熊にも対応した確りした網柵。似たような獣柵は昨年東丹沢.宮ケ瀬に下った折.見しているが私としては珍しい。
   山を下り集落に入ると鹿柵や畑を囲む低い猪柵はよく見ている。

     猪は犬と同じくらい鼻が非常に敏感で神経質な動物。雑食性.基本的には昼行性で人による二次的な習性で夜行性をも示す。
   猪は昨年だけでも全国で30万頭が捕獲され.平均すると1日800頭を楽に超すと云われている。それでも猪は増え続けている。

     以前は冬場の餌不足で頭数的には頭打ちの状態に並んでいたものの.近年は農村に常時出現し畑を荒らている。
   又餌付けする人も多く.街にも現れるようなった。冬でも太る猪。神戸市では餌付け禁止の条例があるほど。

    徳並沢ノ頭南尾根右尾根
     南尾根900mコブから南東に派生する枝尾根に乗る。この尾根末端はここから急激な傾斜で里へ落ちていた。
   棚扉脇には古く括れた白柱が立ち「農道.金久保線」と如何にか読み取れた。ここが簡易舗装された軽車道の終点で果樹園の東端.ここから尾根に取付く。

     笹子川右岸尾根の北面
   果樹園最上部から.7:37
    笹子雁ケ腹摺山北面の尾根を綴る送電線鉄塔群

     笹子川左岸尾根・・お坊山からトクモリ.米沢山. 右に離れ笹子雁ケ腹摺山(笹子御殿)。越えた先は笹子峠を境とする御坂山地へ。
   左手から送電線群馬西幹線207号鉄塔のある米沢山北尾根. 南西に向かい笹子雁ケ腹摺山と同北尾根に重なる尾根には208号鉄塔がある。
   右端は笹子沢川の東山梨変電所へ下る頂稜に建つのが209号鉄塔. その下の中央に落ちるのが小路沢ノ頭北尾根になる。

     もう足元の集落は望めぬが見下ろすと果樹園が扇状に広がり.日川を挟んだ対岸の山々が開けだす。
   笹子峠周辺の山々が各支尾根を扇状に広げ.立派過ぎる姿で望まれる。笹子峠越えのし京戸山はここからでも大きな山容で構え望まれた。

     暮れに登った小路沢ノ頭北尾根も驚くほど近に大きく望まれている。この尾根の高みの奥側には笹子雁ケ腹摺山が均等とれた山容で聳えている。
   米沢山.お坊山への連山も鋸の歯の如くよく特徴ある形で遠望されていた。又手前の各北尾根間を繋ぐのは西群馬幹線の鉄塔群。

     以前.登り綴った幾つもの山々が目の前に停まり悠然と開かれていた。改めて違う方向から眺める山並が懐かしく又興味をそそっていた。
   何時までも見詰めていたい風景だった。飽きることはない。ただ今日は登り始まっばかりだった。
   反面・・その時対岸から望んだ徳並沢ノ頭は小さな山波の1つのコブにしか思えず.今目指しているとは言え威勢は乏しい。

   尾根伝いの山道.7:53
    尾根上にでて直ぐ「公社分収造林地」の標識

    北西から望んだ笹子川北側の山々
   南尾根右尾根上から.8:06
    左に大きく窪む大鹿峠から大鹿山と重なるお坊山。
    中央左の米沢山からは湾曲に大きく窪み.右手に寄れば笹子雁ケ腹摺山。続くお皿のような頂が小路沢ノ頭

     徳並沢ノ頭南尾根の南東に分かれた枝尾根から登っている。
   赤テープがある荒れた踏み跡の取付き地点を過ぎると赤頭の木片にsり杭が尾根筋に点々と立ち綴られていた。

     尾根に登り始め10分も経たずして.左手から踏み跡が合さっている。この踏み跡は先程の果樹園分岐から左回りのコースと思われる。
   そこからは判り易い確りした踏み跡に変わっている。樹間を抜け朝の陽射しが東面を明るく照り続けていた。

     900mコブで先程の三島神社からの尾根径とも合わさり.南東面の切り開きから小金沢連嶺南部の山々が改めて開かれる。
   今日は陽春の暖かさは度を越していた。風もなく陽溜りは暑い。強い陽射しは逆光で程よい展望も霞まさせている。
   途中で上着を脱ぎ.チョッキ姿で歩むも登ると汗がでる。汗が滴り拭く汗.袖を捲いては登っている。

    手前が水野田山(音沢ノ頭)南西尾根
   左景・・大蔵沢を隔て.8:09
    徳並山の南尾根900m付近から東北東方面を望む

     手前が徳並山の南東尾根. その奥が白蛇沢を隔て延びている古部山南東尾根の大天狗1231.3m峰
   日川で隔てられた奥山は大蔵高の南西尾根。破魔射場丸(ハマイバ丸)はその山陰になる。背稜の右上が天下岩と1620圏コブ・・南大菩薩連嶺
   その右手の大らかな弛みが米背負峠.下り返せば登って大谷ケ丸に至る。

     仰げば空は一色に染まり.深い紺碧の天空になっている。雲1つない蒼空に雲は何処へ行ってしまったのだろう?
   あれだけ覆っていた層雲は消え伏せている。陽光に吸い取られてしまったのだろうか。雲を探し又仰ぐ。

    南大菩薩連嶺
   右景・・もろに逆光を浴びて.8:09

    中央が徳並沢ノ頭
   手前伐採地跡から右手が1140mコブ8:11

   倒木が尾根を塞ぐ.8:24

     痩せ尾根になり右手に伐採跡地を見て.尾根筋は大きな倒木に足元から塞がれた。
   そこを越え露岩や岩塊の間を縫い高度を稼いでゆく。すると左前方にまず勝沼尾根が延びているのが分かる。
   急登を喘ぎ登り.緩やかになって西ノ肩が近づき肩を並べと西肩ではなく直接.徳並沢ノ頭にでられた。

    寂峰の徳並沢ノ頭
   2つの標石が並ぶ小さな慎ましい頂.8:43

    山頂
     雑木に囲まれた狭い空間の小平地1116.7mのコブ. 真中には4等三角点標石と御料局三角点標石が並ぶよう置かれていた。
   その脇の立木に「徳並山」の山名標が掲げられている。視界は閉ざされているが今日初めての頂で静かな心休まる小さなコブだった。

     登ってきた南尾根からの山径を含め,頂には3つのはっきりした踏み跡が入り込んでいる。西側が勝沼尾根への小径は西ノ肩にある。
   頂西から延びる尾根は日川と深沢川を隔てる勝沼尾根で大菩薩連嶺最南端に位置し.尾根末端のコブには柏原発電所がある。

     東側からも確りした小径が登り詰めていた。古部山からの南西支稜? 又古部山から見ると勝沼尾根を含めた南東尾根になる。
   何を勘違いしたか西ノ肩にでて大志山へ巻くと思い込み.頂で少々トンチンカンになった。

    殴り印
     頂で3つのルートを見て,おや? と思うも下調べした踏み跡は西ノ肩まで下る。だが大志山への北側を巻く踏み跡は見当たらず戻っている。
   勝沼尾根は境界杭と赤ペンキで大きく幹に殴り塗られるような印と3桁のbェこれもまた大きく赤く塗られていた。コースを示している。
   時折このマ‐キングが無作法にあり.先の三角コンパまで殴り綴られていた。

     昔は東北の山々で時折見たような気がする。又熊を撃った印に傍の大木の幹に刻んだ跡や区分を現す彫跡をも見ている。
   それに比べ道標類は以外と小さく少ない。この殴り塗りのマーキングは程ほどしかなかった記憶がある。

    古部山南西支稜に入る
   明るく開けた東大志山方面・・背は南大菩薩連嶺.9:07

     徳並沢ノ頭の頂に戻り15分ロスする。地図を読めば直ぐ分かる筈。初歩的な間違いをしている。
   東側の踏み跡を追い歩めば呆気ないほど距離は捗り.古部山南西支稜が延びる北側の尾根へ.軽い足取りで歩を進めていた。
   尾根筋は赤く塗られた恩賜林のコンクリート杭や境界見出標が点々と綴られている。

    次第にレンズ雲の富士に成長していく
   白蛇沢側に巻く根曲の尾根より.9:32
    富嶽の被るレンズ雲を眺め.これから日川尾根の二又.境沢ノ頭に立ち.深沢川の源頭を跨ぎ対岸の展望台地に至る。

    水野田山(音沢ノ頭1030.8m)
   垣間見られた白蛇沢流域.9:33
   背稜は大菩薩連嶺最南端の山並
   日川本流対岸の笹子川左岸尾根. 飛び出した裏側の山々は御坂山地の北面の山並になる。

   上写真アップ・・1110m小岩峰より飛行機雲.9:32
    笹子川上流を取り囲む北岸の山々を望む

   東大志山.その先のくの字の赤松.9:34

     1115m点の東大志山から露岩の小コブを2つ越え.北への尾根に乗ると雑木になり小部山西尾根にぶつかり乗っている。
   右に雑木と露岩の尾根をたどればそれほど経たず小部山に立つ。

    大滝山から甲州高尾山へ延びる尾根
   馬蹄形山行の終着は深沢川右岸岸の尾根
    背底は塩山盆地, 奥は奥秩父から延びる笛吹川右岸尾根沿いの尾根. 手前の尾根はこれからバテイケイーに回り込む山々・・10:29

     日川尾根の境沢ノ頭は又深沢川の源とし.境沢ノ頭から西側に派生する深沢川右岸尾根。
   大滝山(宮宕山)から棚横手へと延び.甲州高尾山へと延びている。そして末端の柏尾山を越え日川下流に没している。
   今回は高尾山から柏尾山を越え下山する予定でいたがズルして880m圏コブの北西尾根を下り.菱山の果樹園に降りている。

     丁度写真の切れ目辺りがjr勝沼ぶどう郷だろう。
   奥になる背の山稜は日川尾根源次郎岳から綴られて恩若峰南西尾根と重川右岸の奥秩父から延びる尾根とが重なっている。

    古部山
   山頂の山名標.10:36

     明るい雑木の古部山々頂は尾根伝いに登り切ったとは言え.頂らしからぬ台地で疎らになった立木群に囲まれていた。
   赤く塗られた石柱があり.立木には単純に山名だけが「古部山」と板に書かれていた。
   小広い平頂で遠望するには煩い枝木の先に甲州高尾山方面の尾根や奥秩父の山々を隠れ見る。

     傾斜も緩み殆ど起伏のない穏やかで幅広い尾根が帯のよう広がり始めている。歩む歩調も和み.膨らみ色ずいた新芽がちらほら現れだしていた。
   微々たるも春の香りが忍びだし.藪を漕ぎを抜けてこそ.知ることができるそのプロムナードができあがっていた。

     ここは快い自然林に覆われている。索漠とした風景も春雨に打たたれば春陽の光に踊らされる季節になってきた。
   徳並沢ノ頭から古部山までの展望ルート・・前岩崎山上部より

     古部山から南東に延びる支尾根は大天狗山(4等三角点1231.8m)で.再び2つに尾根を分けている。
   大天狗を経て東側は茶湯山(ちゃとうさん)957mへ. 西側は水野田山(音沢ノ頭)1030.8mから初鹿野発電所に至る尾根。
   又古部山西尾根と東大志戸山北西尾根から派生する2つの尾根は共に中道沢に下り.嵯峨塩深沢線林道の枝線と結ばれていた。

     徳並沢ノ頭を詰めた南尾根を登った折は右手に大志沢を隔て望んだ尾根筋になる。
   この峰は西側が檜の若木帯に覆われ眺望がよい。南方に下ると岩上金比羅を祀る石祠.続いて建設省の無線反射板があった。

     10:59
    白樺林が目に付くようなる.10:56        根元に朽された道標「三角コンバ・古部山」が寄りかけてある

     細尾根から尾根幅が広がり.傾斜もゆったり登りに変わると枯葉を綴るようなる。明るい優しい日差しを頭上に浴びている。
   長閑なたたずまいだ。登り切った1360m圏の尾根肩は「本古部山」と呼ぶらしい。ほぼ北方へ傾斜を失った水平な台地が延びている。
   右後方から南東に落ちる尾根筋が合わさり.左に巻き込んで登りだすと1413.5mの三角点峰に立つ。

    1413.6m点峰
   1413.6m点三角点標石と根元に崩れ寄り掛けられた道標.11:04

     古部山を北上し尾根伝いに左に折れると1413.5m点三角点峰の点名「守屋」を持つ峰にでた。
   他に何かあるかと周りを探すも標石のみで.古い朽れた歯切れのような道標が置かれていた。「三角コンパ」とある。
   ここまで最南端の日川尾根に南端に位置する徳並沢ノ頭から北側に幾つものコブを乗り越えてきた。

     少々荒れ気味の倒木や雑木の森がが広がる台地状の頂は北側に回り込む。一度狭まった尾根幅が再び広がる尾根筋の左手に展望が開かれた。
   今までとは違った西側の視点で棚横手山から甲州高尾山へと視界を遮るものがなく.雄大な台地が眺められた。
   こっから西尾根を下れば等々力林道の中道沢の支線にでられる。古部山西尾根から上流二俣下る場合も同じ枝線と結ばれている。

   「←三角コンバ・古部山→.YHC」.11:14

    三角コンパへ
     1413.6mピークから道標に従って北側へ。三角コンパへ向かい直角に折れる。周りは老樹が幾つも妙な造形を造っていた。
   幅広い平坦な尾根を北上した。踏み跡径は深い枯葉のクッションに埋もれ.カサカサ踏む音が響きく。
   静寂に満ちていた。ここは直ぐ下山できぬ徒然の踏み跡が続く。

    三角コンパの小コブから深沢川越えの山並
   11:17

      対岸正面が大滝山(宮宕山). 一度下り返し深沢峠から登って境沢ノ頭。霞む背の長い尾根が日川峠からの重川左岸尾根。
   左下の深沢川側には谷間を深く刻み込む嵯峨塩深沢林道が延び.その上にこれから訪れる大滝山(宮宕山)から棚横手山続く尾根が望まれる。

     北側にたわんでいるのは深沢峠らしい。そして右に登る斜面は境沢ノ頭だろう。
   垣間見る反対側の右手にも小金沢連嶺.黒岳から大蔵高丸へ続く山々が高い蒼空を切り望まれていた。

    三角コンバ
   直進せず右に回り込み.三角コンパ1430m圏に再び戻っている.11:54

    間違い
     古部山から三角コンパのルートはやや通う人が多いと聞く。確りしている径と思えば粗雑な場所もある。ただ迷う心配はなくなった。
   それが仇となる。ふと! 他のことを思い歩んでいた。三角コンパを見過ごし.東の尾根に入り込む。

     嵯峨塩への作業道に入り.日川境沢橋に向い下っていた。1400m地点の尾根肩で可笑しいと気が付く。
   まず左側にない筈の境沢ノ頭が2つがあるのに驚いた。磁石を充てると.とんでもなく東尾根を歩んでいた。
   北側が落葉松林.南側が赤松林で.北側には渡るべき尾根が見当たらなかった。

     ボーと3,4歩先を見詰め歩んでいたようだ。樹間を透し望めた山の輪郭は境沢ノ頭と1373m峰になる。
   唖然として探し求めた先が.否や戻った所が三角コンパ(木場)だった。

     コンパとは岩科小一郎著「大菩薩連嶺」によると「コパと発音され伐材を山降ろしに便利な位置に集めておく所」と意味するとあるが。
   小林経雄著の「甲斐の山山」では本来の意味を失い.休み場の意味でも使われていた」と補足している。

    
    まだ冬木に包まれた境沢ノ頭を見上げる.11:56               途中にあった古い林班界標「85/87」.12:00

     道標を見て改めて不思議に思う。道標「境沢ノ頭」の指す方位は真っ直ぐ北の尾根を指していた。
   戻って右に直角に折れると目の前に境沢ノ頭が大きく望まれていた。自然林に囲まれた明るく広がる尾根にでる。
   ミズナラ.シラカバにクリと自然林に囲まれた冬木の尾根筋を歩む。驚くことに距離感覚が判らず.辿ること6分ほどで頂に立っていた。

     徳並沢ノ頭→境沢ノ頭.深沢峠間ルート図
     古部から徳並沢ノ頭・古部山・境沢ノ頭・・古部のすもも園
     境沢ノ頭から甲州高尾山の880m圏コブを下降・菱山