| 石尾根の最下部とも云える狩倉山の2つの北支尾根を繋ぐ ・・雲取山と石尾根Top 狩倉山2 2011年08月. 小菅集落から狩倉山神尾根を経て六ッ石山―榛ノ木尾根と小中沢右岸道・・鹿棚のジャングルに囲まれ旧道から境集落へ 2016年07月. 大沢から狩倉山日陰指尾根を経て三ノ木戸山―十二天.見通し尾根と新林道・・将門神社の参道.峰畑沢左岸道から寺沢 六ッ石山を南北に横断.狩倉山北尾根. 山ノ神尾根から榛ノ木尾根を下り.小中沢右岸尾根中腹道 霧雨が舞う狩倉山北面の神々しさが漂う尾根は六ッ石山にでて本降りに見舞われた。木陰で雨宿るも土砂降りの雨で榛ノ木尾根から 小中沢の右岸中腹道へ逃げている。一時小雨になるも小中沢右岸で鹿棚に囲まれ迷い難渋し.三木戸むかし道から境集落へ直下。 2011年08月01日.単独 小菅の山上集落から山の神尾根・・濃霧と神々しい尾根 六ッ石山から榛ノ木尾根・小中沢右岸道・・本降り 梅雨明けはしたものの今年は太平洋高気圧気団が非常に弱く.北方気団とに挟まれた低気圧帯が長く日本上空に留まっている。 朝鮮半島から延びる前線は韓国を始め.日本本土の各地に局地的な豪雨をもたらした。このところ関東では30℃を超さぬ.盛夏を忘れた日々が続く。 この合間を縫い.石尾根六ッ石山を南北に横断する積りが一日中.雨に叩かれる。六ッ石山から石尾根を少し下った防火帯の高みに狩倉山のピークがあり 狩倉山から北東に派生する日原川右岸の支流の楢沢と狩鞍沢とを隔てるのが山ノ神尾根。この北尾根から入山した。 尾根筋の下端には小菅の山上集落があり.麓の大沢には今は閉鎖されている大増鍾乳洞(廃坑)と釣堀がある。 又狩倉山の西北西側には大沢に向う.もう1つの支尾根・狩倉山の日陰指尾根が狩倉沢の対岸に延び日原川へ落ちている。 家入林道からの山ノ神尾根は濃霧が舞う神秘的な支尾根を現わし.露払いから本降り変わった六ッ石山は榛ノ木尾根の防火帯へと続き.境のむかし道へと続く。 榛ノ木尾根から尾根筋を外れ小中沢右岸沿いの三ノ木戸のむかし道に入り.その薄い踏み跡で鹿棚群の餌食に私自身が突き落とされていた。 夕暮れが迫る頃.降り続く雨は霧雨に変わり.一度は野宿も考えたが日没を迎える直前に境の集落に無事辿り着く。 狩倉山山ノ神尾根と日陰指尾根 川苔谷の右俣ツメより・・2016.10.06/14:02右上奥が鷹ノ巣山稲村岩尾根. 左手前の斜面は平石尾根の1190m圏北東尾根 ウスバ林道逆沢合流点より.平石尾根の支尾根とウスバ尾根に挟まれた逆沢の谷間を望む. 日原川右岸沿いの遠望・・2016.10.06 狩倉山の正面は狩倉沢を隔てる日陰指尾根.右に斜下し日原川へ没するのが山ノ神尾根になる。尾根末端は大沢と小菅の集落 8月01日(man)霧雨 jr御徒町5:27=神田5:35=立川6:34=7:05青梅:28=8:02jr奥多摩.西東京バス:10=8:20大沢bs. 路線バス 曇天で雲行きは悪く.立川で青梅線に乗り換えると行く先々の駅ホームは既に雨雫に濡れ.次第に水溜りが多く見受けられるようなった。 御嶽駅を過ぎると小雨が降りだしている。ガランとした車内には.傍に2人の幼い兄弟がいた。 兄らしき中学生はゲームに夢中.邪見にするも小学生の弟は兄の周りを歩いては付きまとっていた。 振り返った折.弟の右腰に小さなテルテル坊主がブル下がっているのが見える。懐かしい風景だ。弟の気持ちが目に見えて判る。 兄は何の気も掛けていなかった。いらだつ気持ちに迷う弟。それを察したのか自然の方から空を明らめ.終着.奥多摩駅に着く頃に雨は治まっている。 小菅の集落を背に狩倉山(不老山)山ノ神尾根末端・・狩倉山北面の神々しい尾根を詰める 小菅の山上集落全景 日原街道の大沢地区.大沢バス停より.8:22Y字路の平石橋南詰・・左手の家入沢大沢橋を渡り家入林道を綴り.見上げる小菅の山上集落に入る。 右折する日原街道は日原川平石橋を渡り.そのまま街道を終点まで綴り日原鍾乳洞へ。 小菅の山上集落 家入林道から見上げる.8:31日原街道大沢バス停より.見上げる小菅の山上集落。正面右手が街道を綴る日原川平石橋. 二俣左手は小幅になる小菅集落へ入る林道。 家入林道(いやいり)は迂回するよう集落を大きくS字にカーブを繰り返しながら登っている。 山ノ神尾根の取付きは集落の左上.一番高い所に伽藍神社が祭られている。そこから入山した。集落の真中を突っ切り.細道から高みへ抜けている。 大沢散策マップ 大沢バス停前で.8:23 保安林区域図狩倉山山の神尾根 8:20大沢一9:00伽藍神社:10一9:25作業道横断一9:45杉林間伐帯.赤布.青テープ一9:55取付き一10:00作業道横切る:10 一10:30小菅山一11:15(1286m上):25一12:04狩倉山一12:20石尾根縦走路:30. 小菅の集落 それ程待つこともなく奥多摩駅前から日原鍾乳洞行の路線バスが出る。 地元では「狩倉山に黒い雲が掛かればにわか雨になる」と云い伝えられ.車窓から仰ぐと山は重い雲の覆われていた。 雨上がりの空. その間々雨雲の切れることを願むが回復の兆しは見当たらなかった。 乗客は7人.その一人が私で最初に大沢バス停に一人降りている。 路線バスのフロントガラス越しに日原街道を分ける左正面を見上げると目の前に小菅の集落が飛び込み.家屋群が小さな塊りになり見上げられた。 集落への道を尋ねると同乗していた女性車掌から林道を綴らなくとも集落の中を縫り.高みを目指せば上部に抜けられると教えて頂いた。 日原川に架かる平石橋を右手に分け.て右岸沿いに狩鞍沢を渡り.家入林道がU字にカーブした先のガードレール地点にでる。 ここは日陰指尾根末端の取付きで登り詰めると狩倉山にでる。山の神尾根と同じ頂に立つ。 更に進み集落の下外れで.車掌に教えて頂いた集落の入口を見付けている。 左岸に踏み跡があり.何の印もない所だった。続く林道は集落の山裾を大きく回り込み登っている。 バス停から15分程.カーブを繰り返した左手に車掌から教わった石積みの小さな階段を見付け.家屋の庭先を失礼して高みへと登って行く。 急斜面にへばり付く集落。パズルのような細いジグザク路を上へ上へと進めば高度は直ぐ稼げた。 上部で一度.更に狭くなった林道にでる。抉るような縁のガードレースから路面に首を出す。すると途端に.突然目の前で白肌の中犬と鉢合わせした。 吠えだした犬にビックリするも大人しい犬。直ぐ飼い主が現れ.謝り何処へ行くのか尋ねられる。 伽藍神社は林道沿いに更に右手に回り込み.高みを目指せば直ぐだと云う。又山は1人で来るぐらいだから大丈夫だろう。 ただ尾根筋に入る前で右手に回り過ぎないよう注意を受けた。多分小管山手前の作業道を指しているらしい。 日原街道と大沢地区 小菅集落580m付近から大沢地区を見下ろす.8:50写真には見えない遥か先.多摩川に日原川が合わさる出合で南氷川に石尾根の末端が落ちている。 写真の上部から下るのが日原川。左岸に平石山日陰指尾根.対岸の右岸には三ノ木戸山十二天尾根が延びてをり .向かい合わせに日原川に没している。この谷間を抜ければ氷川の街.奥多摩の街並に入る。 ここ山上集落から見下ろされる日原川沿いは海抜400m前後を流れている。遥か先には大沢地区の平石橋が見下ろされた。 北詰(手前)が394m点.で大沢の集落は400〜450mに掛けての急斜面に広がっている。 又その上の小菅集落の一部は600mに達し.典型的な山上集落を構成していた。 大きく左端をUターンして高みを戻る林道.その上部にでる集落の細道から直接登る積りで林道を目指したが登れ切れず。 右手に茂る棘の枝を避け.左手に逃げたが今度は擁壁が築かれ登れなかった。 林道へは改めて更に右手の踏み跡をトラバースして.墓地から民家裏を抜け登っている。出た所は山側に民家が軒を並べる林道。 林道を左に入り60mほど進むと人家はなくなり.林道は裸土になる。元に戻り.右手に入ると一軒目向いに伽藍神社の石階段.参道があった。 脇に井戸がある。別の入山ルートとしては写真の手前の尾根との間.小菅の集落からの車道終点Pより狩鞍沢を遡り.伏流帯を越えている。 800m付近から真西に幅広い山ノ神尾根に取り付く。詰めると1220m付近にでて.1230mから岩陵の急斜面が続く手前になる。 途中に廃東屋があり踏み跡が綴られている。 伽藍神社参道 日原地区南面の谷と尾根保安林区域図 右脇に井戸あり.9:12右の古い保管林区域図の看板を見るとカラ沢.ネズミサス尾根.タル沢尾根.山ノ神尾根が描かれ.平石橋からの道は「イヤ入林道」とある。 ・・西多摩経済事務所林務科 目薬に防虫シートを塗り身支度を整え.80段ほどの石段を登る。雨上がりに瑞々しく,清々しさが足を速め一気に境内に立つ。 伽藍神社を目指し集落を抜けてきた。樹林に被われた狭い境内からは集落の全体像が見下ろせた。 素朴な名で古きを忍ぶ伽藍神社は最も高い所に祀られ.集落を見守っている。 社の左側奥の細道から土手を攀じれば直ぐ都水道局の貯水槽にでられ.その右寄りの杉の植林帯を北進した。 薄い踏み跡が幾つもあり.何処もがルートに思える。間伐.枝打ちされた古い杉林。歩き易い所を詰めればよい。 山の神尾根 尾根と作業道との分岐.9:34取付きは薄く.印を見失うと迷う恐れあり 踏み跡を見付け綴ること15分ほどで.標高700mの確りした作業道が横切る。作業道は尾根の山腹を左側に回り込んでいた。 その作業道に入り込むと山腹と並行するよう綴られていた。立木に「二社分収育林地境界林」の白いプレートが吊り下がれているのを見て. 740m地点から左前方へと直角に幾らか登り気味の山腹水平道を目指した。道標類はない。直進は採石場方面か? モヤからガスへ変わりだす尾根筋.9:45尾根幅がやや広がり.適当に間伐混じりの植林帯を高みへと詰めている。ルートは歩き易そうな所を歩めばよかった。 西北西に巻き込みだすと更に尾根幅が開け.杉の美林から緩やかな歩き易い作業道にでている。 右前方下の日原の谷間からはパワーシャベルを動かす騒音が木霊のよう響き聞こえてきた。3月の地震で崩壊した小川谷の改修作業だろうか? 3月11日の東日本大震災で小川林道.倉沢林道は崩落し当分の間危険な状況の為.日原鐘乳洞入で歩行者.車両全面通行止に。 酉谷避難小屋も土台が崩壊し使用禁止の処置が取られていた。 小菅山付近の間伐帯の高木林.10:07小菅山付近 緩やかな起伏の間伐帯に入ると.左手に浅焼けた赤布がぶら垂れ下がり.杉の幹には青テープを巻き付けられている地点にでる。 ここが小菅山の取付きにだろう。左直角に折れ.作業道より薄いが確りした踏み跡が綴られていた。 直進した場合は小菅山の北尾根に入る恐れあり。尾根末端は鉄柵で塞がれ.足元は絶壁になっている。 倉沢谷の対岸伝えには奥多摩工業の日原鉱床.「トボウ岩」があり.露天掘りで石灰岩を採石していた。 分岐を左手に折れて15分程緩斜面の大らかに広がる尾根筋を直進すると新たな作業道が横切る所で1本取った。 霧雨が舞う中.湧き上がる白霧が樹林の隙間に流れ込み.その幽徊する揺れ動く様が幻想的な神秘さを漂わしている。 蒸す湿気はなかった。半袖に半ズボン.立ち止まれば涼しくもあるが真夏とは思えぬ天候に心地よさは増している。 ここからの踏み跡は確りし始めている。それでいて土壌のクッションは反ってソフトな感触に戻されだしていた。 道形薄く幅広い尾根を進む.10:17鹿害の幹 ![]() 木の根.蜘蛛の巣に掛かる霧粒.10:27 鹿に新たにむし取られた樹皮.10:28 小菅山 自然林に覆われた八六ノタワ.986m.10:30大らかな大地の上のコブ.小菅山989mにでる。立木に結ばれた手彫りの手製の山名標は読み取れなかった。 小さくゆったりしたコブの上に立つ。上から下ってくれば通り過ぎてしまいそうな小さなコブ。ここまではズッと杉の植林帯の中だった。 神々の主が棲む山 1286m付近.10:38視界が開かれば長沢脊稜や棒ノ嶺が見渡せる頂。今は幻想的な世界が広がりを見せている。 右手は自然林に覆われだし.尾根の林相は左の植林と分けだしている。明るさは雑木の方が勝るもモヤ強く.明るさまでが放浪し漂っていた。 そして仄かな明るさと共に尾根上は次第に雑木林が領分を広げるようになった。 白霧も自然の造形物になる.10:481230〜1250m岩陵の続く場所.ここは大岩はなく露岩状の灰色に包まれる尾根が続く。 尾根を巻く白霧が生い茂る青葉と重なり.淡い白みが仄かなグリーン色に染まりだしていた。すると尾根はその色一色に包まれた。 尾根に立ち白く浮き出された灌木林が先を覆い.そこに映し出された樹林の造形は神々しいまでに描かれ.山ノ神の尾根を示していた。 無音に降る雨足が白霧に流れ込み.益々深みを膨らましている。その幻想的な姿に私も酔いしれていた。 地元では「狩倉山に黒い雲が掛かればにわか雨のなる」と云い伝えられているが山の神尾根を詰めると.まず幻想的な霧雨から始まっている。 この後.石尾根から六ッ石山を越え本降りの雨に叩かれている。木陰でも土砂降りの雨.弁当はお茶漬に変わり流し込む。 榛ノ木尾根に入り一時治まるも.更なるトラブル続きの山行になった。まずは前触れの神々しさを味わっていた。 神々の主が宿る稜.10:51 無限に広がる白霧.10:52 形を変え現れだした小コブ.11:13 防火看板あり.朧に石尾根が望まれる.11:28狩倉山山頂 狩倉山1452m.(狩鞍山.不老山.小松ケタワ峰).12:05尾根巾が広がると右手から日陰指尾根が競り上がり.合わされば防火帯のような広がりを見せるのが狩倉山。その上に立つ。 日陰指尾根の取付きは大沢集落への家入林道に入り.左手にUターン.次に右手にUターンした角にバックミラーがあり. その地点が取付きだった。途中3つの岩場がある。 1420m圏の狩倉山北峰は左手が植林.右手が雑木に覆われ.狩倉山へは鞍部.窪地から防火帯になっている。 その防火帯を尾根伝いに辿れば頂に立つ。又左手の防火帯は狩倉山の巻道として石尾根の下部にでられる。横切れば小中沢上流の経路に入る。 山頂脇に農大の石標が立つ.12:04狩倉山は別名「不老山.狩鞍山.小松ケタワ.小松ケタワノ峰」と呼ばれ.狩倉は狩倉沢(家入沢).不老は集落名と北麓から由来している。 山頂1452mには「東京農業大学演習林」の白いブレードが立木に掛かり.足元には農大と掘られた傾く石標があった。 農大の管理する境界線で三ノ木戸山に繋がる東北面の広い範囲に跨っている。 又狩倉山を挟んで西側に石尾根城山.東側には三ノ木戸山(さぬきど)が位置し.いずれも南麓の城.三ノ木戸の集落名に由来している。 集落の位置と山の位置は狩倉山とは逆になっている。 三ノ木戸林道裏側のコブ 石尾根縦走路の小松ケタワまで綴る短い防火帯.12:09狩倉山の南面からは2つの防火帯に分かれ.左方の農大側の防火帯は三ノ木戸山方面に下り高度差500m強で石尾根の縦走路に合わせる。 直進の防火帯は六ッ石山分岐へと延び.日原川楢沢と小中沢に隔てる小松ケタワで巻き道の石尾根縦走路の分岐にでていた。 石尾根縦走路.小松ケタワ 狩倉山の巻道の防火帯と合流.12:28狩倉山から南西の防火帯を下って巻くと石尾根縦走路にでる。 コブで方向を見定めず登山道を見付け巻き込み方向を見失う。ガスと藪で一時100m程の距離をトンチンカンな形で下りている。 そして左手に三ノ木戸(さぬきど)山.或いは林道の縦走路を分けて右手の縦走路を六ッ石山の分岐に向っている。石尾根東側. 下端近くの山域は初めて入った領域になる。最近日原川流域に関心を持ち始めたばかりで.石尾根と支尾根もこれから探索する山になろう。 狩倉山山の神尾根ルート図 小菅の山上集落から山の神尾根・・濃霧 六ッ石山から榛ハ木尾根・小中沢右岸道 |