| 「青春きっぷ」第2弾. 45年経ち再び朝日連峰へ. 鶴岡から山形へ過っての逆縦走で南下を試みる・・朝日連峰Top 鶴岡.東大島川から左沢の最上川へ 以前下山した泡滝ダムから三角峰.以東岳.寒江山.竜門山.大朝日岳と南下し.古寺山から小寺鉱泉と左沢.テルメ柏陵 =胎内からは越後川口にでて埼玉の鶴島IC・・新たな会員バスと廃線の路線バス・・2011年08月20〜24日 L松村.m見城.鈴木.(滝島). 21日.大鳥登山口=泡滝ダムから大鳥池トキタロウ山荘・・赤サンショウオ 22日.大鳥池から狐穴小屋 23日.狐穴小屋から朝日小屋 24日.朝日小屋から古寺鉱泉=小国街道・・T氏の迎い車 朝日連峰 朝日連峰は越後山脈の北端に位置し.その東側には羽黒山.月山が聳え.更に東遠方には蔵王連山を含む奥羽山脈が連なる。 朝日連峰の南側には飯豊連峰.吾妻連峰と各連山が朝日連峰を取り囲むように連なり最上川.荒川の大河がそれらの山域とを隔てさせている。 又西側日本海沿いの山地は朝日岳の背稜から幾つもの支尾根を延ばす白神山地は日本有数のブナ樹林が広大な大地に広がりをみせていた。 南北に長い朝日連峰の核心は北部.以東岳からは西側に延びる桝形山まで真北に延々と支尾根を派生させている。 又荒沢湖西側には摩耶山が構え.尾根末端には庄内平野が広がり.鶴岡市内まで至っている。所謂長く連なる赤川大鳥川左岸尾根を綴る。 今年の夏山はこの大鳥川にアプローチを取り.過って入山した朝日連峰の逆縦走を試みることにした。 庄内あさひ付近 庄内バスは赤川左俣の東大鳥川の右岸を遡る現在はその東側面を流れる大鳥川沿いの長い林道は大島止まりで.その先は大分昔だが.下山した折泡滝ダムから延々と歩かされていた。 今回は会員制の小型バスを確保し奥深く入って頂いた。長大な連峰の割にはアプローチは大分短縮され.思いの外早く背稜に立つことができた。 背稜南部に位置する朝日岳から南・南西に延びる荒川の尾根を下れば五味沢の集落から小国街道.米沢線で小国にでる。 朝日の登山口であると共に一昨年入山した飯豊の石転び沢への登山口。 又祝瓶山を隔てた南西の尾根を下れば葉山の広大なブナの樹林帯から米沢に下りられる。 昔上杉景勝の家臣.直江義続によって開削され朝日軍道と呼ばれるのがこのルートだった。 朝日軍道 草岡から御影森山を越え,朝日の背稜に入り.三角峰(みすみ)から北上して尾根伝いに下ると戸立山.茶畑山.芝倉山. 葛城山.高安山.兜岩へと綴り今回入山の折.経由した荒川湖の東辺にある鱒淵に至る。 この尾根は以東岳からの東大鳥川右岸尾根にあたり.現在は大鳥川に山道は東大鳥川沿いには林道が築かれていた。 上流二俣の泡滝ダムからは新たに右岸沿いに登山道が築かれる。昔大鳥池から下山した折はその沢沿い上部の山腹を巻く 登山道を下っていた。今は廃道化されていた。 主尾根も今は廃道,藪に被われている所が多く.所々に朝日軍道の跡が当時の面影として残されている。 その思いを込め鶴岡から路線バス.繋いで繁岡からは会員バスを利用し.45年前は泡滝ダムから12kmの林道を歩んでいたが 今回は会員バスを利用した。そして初めての大鳥川沿いの新道から当時の逆縦走を試みた。 8月20日(sat).曇 jr新宿上越線「快速ムーンライトえちご」青春18キップ(¥11.500+指定¥500).23:10 8月21日(sun).小雨 =4:51新潟.日新線快速:56=5:19新発田.羽越本線快速=5:25村上.羽越線:56=7:35鶴岡.大鳥行¥1.360 7:42=8:35大鳥登山口(会員バス¥1.200)9:00=9:30泡滝ダム(鶴岡駅よりタクシー¥15.000位). 青春キップの応用 飯豊山に続き新宿発「ムーンライトえちご」に乗る。今回は羽越線坂田より更に北上し鶴岡にでている。新潟から鶴岡まで運賃は¥2500. 青春キップでは各々1枚分の切符が不足するため.車内で清算する形を取っている。車内で新たに高崎までの切符を切る。 運賃は¥1890. 0時過ぎてから初めて停車する駅は午前1時到着の高崎駅。高崎まで1人分購入することにより¥610の徳していた。 なるほど知恵比べか? 青春キップ利用法の本が出版されていたのには頷けられた。 登山口の登山コース図 ![]() 朝日連峰概略図 東大鳥川泡滝ダム.左が登山口 羽越本線 今日は日曜日と重なり何か行事があるのか? 羽越線は鉄道マニアに車内は溢れていた。 誰もが大きなカメラを構え.海岸線の左ボックスをひとり1人が陣取り独占していた。雨上がりの海岸線は重い雲が垂れ込んでいる。 山側は荒れた藪山が線路に平行するかのよう被い茂る。坂田を過ぎると何処も人を寄せつけぬ自然の間々の荒い起伏の地形が続いてている。 アプローチ 以外と質素な鶴岡駅前で路線バスを拾う。始発のバスの乗客は我々を含め4名.彼も終点まで行くようだ。 駅舎を外れると碁盤の目の商店街を抜けて.広い庄内平野を北上した。一直線に赤川大鳥川沿いへと街並を抜けて行く。 庄内あさひに入って湯ノ沢岳登山口のバス停をみ見る。その先に「大鳥池38km」の道標があった。 緩やかに緩やかに登る先への車道は下ることはなく.倉沢口あたりで前方を走る小型マイクロバスに追い付いた。 そして荒沢湖右岸沿いから大鳥川二俣にでれば終点大鳥にでる。前を走っていたバスはこの先.泡滝ダムに向かう会員制バスだった。 宿泊者は登山口まで送迎. あさひ交通.7/16〜8/21日間で会員バス運行. 逆縦走 バス停前の旅館「朝日屋」で会員切符を購入。昔歩んで下った林道を進む。今日はこの会員バスの最終日になっていた。 西大鳥川沿いから朝日スーパー林道への道を分け.同じ4名が東大鳥川沿いに入り込む。ここからは泡滝ダムまで細い林道が綴られていた。 直ぐ対岸に発電所を見ている。泡滝ダムから引かれた導水路がここで落ちていた。 ダートの林道でワラビ田の河原を過ぎると美しい雑木の森に入る。そして右岸沿いの道は狭まり道幅2m強になった。 ガレ場で護岸工事が行われていた。車体幅に迫る林道が続き.右縁の崖下は抉られるよう谷底に落ちている。 胆を冷やされながら昔下山したゴウラ沢出合を過ぎると泡滝ダムにでた。 アプローチは入山も下山も年と共に変貌していた。下山ルートの古寺温泉からは今は宮宿経由ではなく.少し迂回する国道を通っている。 昔は山辺町と朝日町の間では車の擦れ違いがなかなかできず.冬期は又厳しい所だった。 山交バスの運賃を負けさせた国鉄山形駅からの川辺街道ルートは鳥海山付近に隧道ができ立派に改修されたが路線バスは廃線となりる。 山辺町営バスも途中までで通う車は少なくなっているようだ。 今回も飯豊山行の時と同じようにT氏の迎い車が組み込まれている。嬉しいことである。好意に甘え.下山は温泉回りで左沢で入浴した。 帰路は再びR287を小国街道へと飯豊連峰に入山したをりの街道を抜けている。それから新潟経由で関越道を南下した。 大鳥川右岸の径泡滝ダム一大鳥池 9:30泡滝ダム:45一10:20ブナ小:35一11:25七滝沢吊橋:35一12:55大鳥池.タキタロウ山荘(旧大鳥小屋)hc1. 入山 大鳥川出合右岸沿いの新しい道は確りして道幅も広く歩き易い径だった。 昔は冷水沢から沢を高巻きしつつ山側の枝尾根を越え.横松峠から黒淵小沢出合に下り林道にでていた。 東大鳥川本流まで大鳥川右岸をトラバースしつつ下った山腹は径幅が狭く足場は斜めの傾斜で.谷へ落ちる滑り易い径が続いていた。 雪解けでぬかるんだ斜面を後輩を励ましつつ.ボンボン下った思いがある。 林道は長かった。泡滝ダムまで4時間を費やし.全て橋は落ち藪漕ぎを強いられ.又林道を3時間掛け二俣の繁岡(大鳥)まで歩んでいる。 それが泡滝ダムまで車が入り.3時間程の登りで今は大鳥池の池畔ににでられるようなった。 ブナの広い森が続く 初めの1歩からブナ林の径最初からブナ林を綴っての登りになる。ガスが湧き対岸さえ.望めぬ視界だが霧雨が心地よい。 ましてブナの深い森. 森雫の溜まる樹葉に霧粒が乗り青々しさが新緑の色合いにも思えた。盛夏を過ぎても瑞々しさが溢れている。 秋霖前線がドンと乗ってしまったような天候の山並の中.入山した。初っ端から霧雨が舞い,途切れては小雨が落ちる動作を繰り返している。 今日はそんな中途半端な陽気でカッパを着ては脱いでいた。ここは焼けた樹葉の色合いを示す蒸す暑さは消え伏せている。 右岸道の枝沢を渡る.11:00 確りした径が続いている 冷水沢吊橋を渡って1本の.朝食.11:20買い出しのバナナ 先輩に朝の一口にと朝食兼副食にとバナナを一房を先輩に初めて頼んだものの手荷物にせず.ザックに無理やり押し込み雑に扱ったのか? 傷みが酷く.殆どが痛み食べられず。自炊していると自慢している割になすことなし。炊事も雑過ぎ米を炊くにも水分は適当.多くすると増えるからと。 故.全コースの企画のみならず.食料の買い出しから会計も.お金をポンと出すのみ。もう慣れたとはいえ諦めるしかなかった。 ブナの巨木林の幹も曲る小屋番 途中で「タキタロウ山荘」の管理人.清隆氏に出会う。40日目の下山だと云っていた。 上品で体はか細く.小屋番と思えぬ語りの優しい人だった。 山荘には堰堤脇に小さな水力発電所があり.庭先にはソーラーパネルが設置され.併せてトイレの電気は通年使用可能とのこと。 換気扇は点けぱなしで電灯は不必要な時は節電するよう促された。 そして火の注意と確り最後に宿泊料1人.¥1.500をお願いしますと頼まれる。 ![]() 七滝沢源流を覆う小ブナ林 七曲り上の読めぬ絵地図付き道標七ッ滝沢からの急登を七曲りで一汗掻けば大鳥池の湖畔にでる。途中で面白い絵地図付きの道標があった。珍しく1枚撮る。 大鳥池・・タキタロウ伝説 大鳥池は以東岳の北西麓にあり.水深66m.山形県内では一番大きい。岩魚や幻の魚「タキタロウ伝説」があり. それを狙う釣人も多い。・・禁漁期間10/末〜5/末. 九十九頭の竜神がこの湖の主であると云われている。古くは女人禁制の地であり,里のものが近ずくと雨が降るという言い伝えがある。 伝説の巨大魚「タキタロウ」もまた.大鳥池の謎の1つ。「池の中に怪魚が棲み.その大なるは五尺.口は兎に似て.味は鯨の如し」と伝えられてきた。 ・・旅館「朝日屋」パンフレットより 昭和53年朝日村が企画した以東岳登山のグループが直登尾根.標高1250m地点で湖面を泳ぐ大型の魚群を発見した。 背面は黒くぬれて光って見えて10匹前後が行動してをり.魚野頭部と尾部を入れて2m前後あると推定された。 これが切っ掛けになり昭和58年に大鳥池の淡水魚育成環境調査が朝日村と民間学者グループとが合同で行われた。 残念ながらタキタロウは発見されなかったが今でも神秘の湖.大鳥池に棲んでいるだろう。・・鶴岡市朝日地域登山ガイドマップ 大鳥池々畔 「タキタロウ山荘」玄関前から大鳥池々畔 昔来た時は今より大分小さな大鳥小屋だった。余りにも汚く少し離れた湖畔にテントを張っている。 当時はまだ一面の残雪に覆われていた。早い到着にホットケーキを食べては湖上にボートを付け釣りをした覚えがある。 ただ餌がなく.何を餌にしたか覚えてはいない。糸と針を持参した手釣りの岩魚釣り.釣果は0だったと思ふ。 赤い斑点を持つ小さなサンショウオが川辺には何処にもいた。最後の一泊と云うことで食糧を総ザラいし食べている。 湖畔は積雪に埋もれ何処でもテントが張れたが山荘から見る限り.それらしき場所は見当たらなかった。 当時はブナの巨木林のみで.背丈の低い灌木は全てが残雪に埋もれていた。 霞む以東岳のダイレクト尾根 右肩は小法師山へ対岸の東沢と中ノ沢に挟まれた尾根 タキタロウ山荘 新しい山荘の収容人数は100名.2階建てでほぼ正方形の大きな山小屋だった。湖畔に向かい玄関があり土間も広い。 二重扉を開けると正面中央に幅広い階段がある。その裏側の一階は左側に管理人室があり.他は広い寝床になっていた。 一面にアルミシートが敷かれていた。 その広い空間の正面奥が流し場で蛇口の数は多い。外にでず直接利用でき.左脇から奥に入ると綺麗な水洗トイレが並んでいる。 北ア.三俣蓮華山荘や八ケ岳の硫黄小屋で見たような立派さ。山の中とは思えぬ洋式のトイレだった。トイレットペーパーの備えもある。 2階へ階段を上がると板の間が左右に横切り.ステンレス調理台があり棚に整然とナベが並ばれている。 右に折れると小部屋が1つあった。小部屋と云っても16畳程あり広い。我々はそこを陣取り.まず寝床を作る。 広いと隅に集まるのは人の習性か? ここは玄関の右上にあたる。そして柱を除けた少し離れた中央に調理台を2つ並べ炊事場とした。 広い小部屋の一角を占拠 「タキタロウ山荘」2F.18:23独占した山荘 今日は先程お会いした小屋番も山を下り.我々3人だけの小屋になる。ウィスキーをチビチビやりながら広間の中央に集まりゴロゴロする。 外は次第に薄暗差を増しヘッツドランプを頭に付けるようなる。照らされた食膳を見て.ローソクを忘れてきたことに気付く。 誰もが忘れ.ローソクの炎を見詰めながら語るすでを失っていた。無人の避難小屋. 大事な夜の風情が1つ失われた気がした。 ライトに照らされた無洗米のカレーライスを摂る。生味噌も美味かった。体が温まる。 ローソク1本があれば又違った山小屋生の活を楽しめただろう。 底冷え 夜が更けるに従い着替えしても肌寒くなる。一昨日東京では今年初めての最高気温36℃を記録し熱帯夜になっている。 今まで電力不足で我慢していた体も冷房が入らねば寝られなくなっていた。 そして昨日前線が太平洋沿岸に南下.北東の風が冷気を運び20℃近くになる。それ故体の慣れぬまま今日を迎えていた。 無人小屋で人気もなく.室内の気温は落ちてきた。その上寒気を伴った雨が夜半はうなり屋根を叩いでいる。 シュラフカバーと云っても私は薄いナイロン製の袋のみ。寝床の床下から上がる冷気に2度.3度と目を覚ます。 体を丸く縮こませ.大きな部屋の片隅で3人が夜を過ごした。起きていた方が暖かったかも知れない。ただ我慢し暫し時計を見る。 明日.明後日も冷雨に叩かれ続けるだろう。高度も上がる。今回は厳しい山行が夜になると訪れる。Sがももしきを忘れたとぼやく。 我々も甘くみた。私はフリース類を持参しなかった。半ズボンに雨具で行動中はまだよいが寝ることが苦になりだしていた。 21日.大鳥登山口=泡滝ダム〜大鳥池タキタロウ山荘 22日.大鳥池〜狐穴小屋 23日.狐穴小屋〜朝日小屋 24日.朝日小屋〜古寺鉱泉=小国街道・・T氏の迎い車 |