宮地山
     2012年01月.冬木に覆われたセイメイバン南東尾根から大垈山―宮地山・・田無瀬bsから葛野川右岸用沢川を周回
     2013年12月.林沢戸から宮地山タカズス右岸尾根から野脇ノ頭東尾根―吹切尾根鳥屋ノ丸.巡視路から桑西bs・・
葛野川線鉄塔全線

   田無瀬を起点に冬木の明るく広がる大垈山.宮地山の二重山稜の枯葉で埋まる台地を一人占めする。
      晴明盤から深城線鉄塔尾根を北上―木洩れ日の大垈山から宮地山を経て用沢から林沢戸.宝鏡寺

     小和田からセイメイバン南東尾根
     晴明盤から北上し大垈山東尾根から宮地山・・用沢.林沢戸.林.そして田無瀬

    セイメイバン山頂
   南面・百蔵山と遠方は道志山々.10:30

     セイメイバン―大垈山
       10:27セイメイバン一10:34深城線15号鉄塔:45一11:16宮地山への分岐大.12:15⇔11:46大垈山.
    セイメイバン
     小平地の確り踏み固められた台地がセイメイバン。頂はモミの大木の下に三角点標石が埋まる平坦地で.疎らな冬木に囲まれていた。
   古い小さな山名板に混ざり.幾つもの真新しい道標が立てられている。
   セイメイバンは大垈山から岩殿山に繋がる尾根の中程のあり.東側に2つの支尾根を派生させていなければ只の小さなコブのようだった。

     三等三角点標石は土川の崖縁にあり.沢底から見上げれば立派だが綴ってきた尾根通しから見れば目立たぬ頂だった。
   左手に折れて南下すれば桜沢峠.葛籠峠.笹平から筑坂峠を経てjr大月駅前の岩殿山に至る。大月駅まで歩む魅力はある尾根だが今回は北上した。
   山頂で休まずTの字を極端に右に折.セイメイバンの主尾根に乗り大垈山への分岐を詰める。途中の展望よい鉄塔基部で休む積りでいた。

    伝説
     セイメイバン(セーメーバン)は清明盤.晴明盤.清明磐と呼ばれ.変わった山名だが民話が幾つかあるとのこと。
   金鉱脈を探す山師達や陰陽師の安倍清明がこの山に係っていたのではないか? との諸説が残されている。

     又ハンドルネームかず氏のHP「悠遊趣味」によると「奥秩父と大菩薩の山々」実業之日本社では諸国歴遊の途にあった阿倍晴明は
   この広い平地を何故に拓かれぬのか尋ね。山から水を沢山に引いてくれるよう頼まれる。晴明は岱山(1180m)へと道を急ぎ.
   向こう側の菅沢の水を山越しに引こうと考える。しかし岩殿山の鬼が晴明の仕事を妬んでいたずらをする。

     阿倍晴明は鬼に欺かされたのを恥じて.近くの峰の頂で憤死していたという。それ以来その峰をセイメイバンと呼ぶようになり.
   晴明が掘った場所は大岱山(本沢頭とも)の内にホリガネ(堀兼)として薬研状の大きな窪地となって残されている。

     この伝説には後日談がある。戦後賑岡町では畑の田地化が盛んとなり.浅利川沿いに実施された。
   だが畑倉の地では水利に不便で金山峠あたりに隧道を掘り.菅沢の水を引くことに成功し新田の灌漑用水に使用されている。

    遠く黒岳を望む
   北面・手前の二峰は姥子山,右奥が大垈山

     針葉樹に雑木が混ざり.ここから宮地山分岐まではふこやかなゆったりした尾根筋になる。
   送電線が尾根の頭上を跨ぎ離れるでもなく綴っている。北上すると4基の鉄塔群はどれも尾根上か.右脇筋に臨むようなる。

   落葉松林が時折尾根径を覆い.その中を縫う.10:32

    セイメイバンから2本目の15号鉄塔基部
   右上は用沢川ツメの宮地山.10:36

    送電線深城線
     この大垈山へ北上する送電線は裾野のjr大月駅前で笛駒線120号鉄塔から分岐し.岩殿山を越え深城線が尾根伝いに並行していた。
   葛野川揚水式発電所と結ばれている。普通は山の上で発電された電力は街に送電されるものだが逆流するが如く山へ登っている。

     それ故送電線番号も山へ入るほど老番になる。発電所には変電設備がないのだろうか?
   ここで生まれた巨大な電力は新設された送電線葛野川線で新山梨変電所構内の西群馬幹線202号鉄塔と結ばれている。
   そして今後のリニアモーターカーにも利用される。

     宮地山分岐まで4基の鉄塔が枝尾根の東側にそれぞれあり.最初の14号鉄塔は中途半端な茂みの中だった。
   登山道右脇の15号鉄塔基部で休む。ここも藪絡みで仄かな遠望しか望められなかった。
   葛野川と鶴川とを隔てる山波が望まれた。冬木の樹間を透して遠く牛寝通りの幾つものコブの起伏から権現.扇山へと連ねている。

    笹子川上流両岸の山々
   浅利川.真木川を隔てた先の山々.10:40
    笹子川対岸の鶴ケ鳥屋山.暮れに訪れた本社ケ丸,清八山. 右端が滝子山東尾根

    宮地山と熊棚
   左上高くに熊棚が見える.10:45

    熊棚
     仰ぐよう見上げる樹冠の高さに熊棚が小さく見上げられる。見る限り本当に熊があそこまで攀じり.食の場としているのだろうか?
   ナラ.ミズナラ.栗などの実を枝ごと折り取り.木登りして陣地を築き食べる姿は想像できるものでなかった。
   食べ終えた枝を尻の下に敷き.重ねることで結果的に上に棚状のものができあがる。その残る姿はまだ大きな食の場になるのだろうか?

     冬眠前に食べている。山ノ神平付近でも幾つもの熊棚を仰ぎ見る。熊の生息が多いことを示している。
   又熊の黒い糞はどの尾根でも認められ.どれでもが堂々とやや広い山道の真中に盛り残されていた。

   尾根上に建つ16号鉄塔.10:34
    尾根筋は雑木林.右は落葉松帯

    同定する浅川右岸の権現山稜
   16号鉄塔基部より.10:57
    大寺山から権現尾根

     3本目の16号鉄塔は尾根筋にあり.基部下を通り抜けることができた。
   左が雑木林.右は中木の檜の植林帯に覆われ.緩い傾斜の尾根が続いていた。
   この天空は自然林の空間の続くも.周りは雑木絡みで視界は閉ざされている。

     尾根筋の左側に並行する吹切尾根も裸木の絡みが強く.樹林の途切れる所はない。その全体の造形を見ることはなかった。
   17号鉄塔は東側の枝尾根上にあり.送電線は尾根筋から離れて.その先は小俣川を跨ぎ北上している。

    雑木の日向尾根
   尾根に乗る17号鉄塔

    宮地山への分岐
   右手前に二方を示す巡視路の分岐標柱.11:17

    尾根分岐
     やや視野が広がりだすと強化プラの階段を詰めれば,空は広がり.宮地山の分岐にでて大休止する。
   「↑18号に至る. 17号に至る→」のL字巡視路標柱が立ち.T字状に突き出した痩せ尾根からの台地は木洩れ日の少しある場所だった。

     日向を求め腰場の良い所を選び.ジャケットを被り1本取った。今回の昼食はお茶漬け三昧.贅沢な具になる。
   弁当箱にはシャケにタラコを焼き.野沢菜茶漬け。そこに何故か芋の天婦羅が乗せてある。まず天婦羅を肴にビールで1人乾杯した。
   そして熱い茶を注げばでき上がる。丁度空腹感を感じ.美味くアッと言う間に器を空にした。

     食後分岐北側を覗くと伐採地が開かれ.植生の為の苗木が広い段々畑のよう植えられている台地。
   そこからの眺望は素晴らしい。東側の権現山.扇山に至る台地が開かれる。又意外と遠く離れて望めるのが楢ノ木尾根。

    大垈山
     大垈山は東肩で尾根をL字に2つに分けている。東方へ延びるのは宮地山。
   南東に下るのが今綴ってきたセイメイバンへの尾根。ここはその分岐.食後大垈山(おおぬた.本沢ノ頭)をピストンする。

     尾根は二重山稜のような広がりを見せている。緩やかな起伏を丘陵は疎らにならないほどに冬木が木蔭を創り.その映像が長閑に見えた。
   落葉が厚く積りる起伏. 登山靴を埋らせる蹴る快さ。その丘の大地に小径がうねり綴られている。風は弱い。
   山上とは思えぬ丘状の枯葉積る斜面が小春日和の日差しを受け.明るく開かれていた。

   以外と立派に望まれた大垈山
   14号基部より遠いい展望.・・2013.12.03/14:10

     左霞む影が泣坂ノ頭と大峰.右遠方は権現山稜  
   鉄塔基部の脚から覗き込めるのが土沢右岸尾根に乗る12号巨大鉄塔. その奥に送電線深城線が大月駅前まで走る鉄塔尾根.

     1180m圏峰を登り返す鞍部に「14号.15号に至る」の送電線標柱が立つ。そして200mほどで下ると14号鉄塔基部にでた。
   吹切尾根を下りだした時はまだ十分陽を浴びていた。それが40分程しか経たぬ間に.周りの薄暗さは度を越し暗さに変わり果てていた。
   肌寒さが加わり.侘しさも募りだしている。

     鉄塔基部から北東側の眺望がすこぶるよい。ここまで綴ってきた大岱の山々が望まれる。
   ここでしか望めぬ眺望が開かれていた。左斜上遠くに残照を浴び霞むのは楢ノ木尾根の山々だろう。

   大垈の台地
   空洞の幹に生きる老樹

   白ブナ

    白ブナ
     2つの小さなコブの鞍部から北側のコブに向うと「白ブナ.300年樹齢」と銘木標が立てられた老樹に出会った。
   太い枝が捩じれながら蒼空に突き上げるよう.翼の枝を伸ばし広げている。又その直ぐ脇にはブナの幹が空洞化された朽された老木があった。
   この北側の頂は棚沢山とも呼ばれ.太いコナラなどの疎林に覆われた平らな起伏の中にあった。

     西のコブ.大垈山
   2つ目の北コブの大垈山.11:51

   南面の日向と滝子山.11:50
    二重山稜のような尾根筋

     頂には北側を指す道標に「大垈山.金山民宿群」とある。
   南西隣の小コブから南方に下る土川左岸尾根沿いの道は金山鉱泉へ。又金山峠(ドウミ)からは土川沿いに下れば金山鉱泉へでる。

     峠の手前には西側の小コブ裏手に送電線葛野川線の巨大11号鉄塔が建てられている。
   その脇を抜け金山峠から百間干場を経てノボリ尾を登れば姥子山を越え雁ケ腹摺山の頂に立つ。

    奈良子川の源流2つの沢
     奈良子川の源流は大きく本沢と小沢の2つに分かれている。本沢は姥子山の北側を回り込み.雁ケ腹摺山ノボリ尾を境に南東面を源としているのに対し
   支流になる小沢(管沢)は百間干場から金山峠の間を抜け.ノボリ尾西側流域を源としている。名からしても.支流の方が長いのが気に掛かる。

     林道・・金山峠へ詰めるキホリノ沢沿いの林道は奈良川本沢沿いに綴る奈良川林道から枝分かれしている林道船窪線。
   金山峠の北側.百間干場で尾根に乗り.本線の奈良子林道に合流している。又県営金山林道は起点.終点が賑岡町大字金山になる。

     金山鉱泉・・戦国時代.武田信玄は軍資金の調達に各地で金山を開れ,金山鉱泉も武田金山の名残りで.ここに採掘する人達を療養されていた。
   現在は「山口館」だけが営業し.明治の終わりに湯治湯として開業。現在は3代目

    東コブの大垈山
   12:00

     戻り南のコブに寄るとここにも大垈山の道標がある。ここは大空の明るさが足元まで広がり.違った意味で山頂らしかった。
   頂は太いコナラなどの疎林の立つ細長い平頂。ただ眺望は樹間越えで.その上逆光の光は私の両目を強く刺激した。

    垈
     「静かな尾根歩き」松浦隆康著によると大垈山の「ぬた」という漢字であるが.大部分の印刷物は「岱」という字を当てて.
   「日本山名事典」は和製漢字の「垈」を当てている。
   「岱」は「大きいさま,はじめ」という意味を持ち.垈は「ぬかった土地」(日本語大辞典)を意味している。

     大岱山が正しいとするなら「大きい」という漢字が2つ続くことになる。山容から見てもそこまで大きいと強調するのは不自然な場所。
   むしろぬた場や湿った地面を意味する大垈山の方がここでは適している。

     南斜面の開かれた浅利川沿い
   南の小コブ.大垈山より
     富士山と三ッ峠山.南大菩薩連嶺東面. 南大菩薩連嶺・・頭の見えぬ滝子山東稜と大谷ケ丸.破魔射場丸
     吹切尾根・・御前ノ頭953.8mと鳥屋ノ丸 土川右岸尾根

     富嶽と三ッ峠山
   綺麗に重なる尾根並.12:00
     三ッ峠山.大久保山.東尾根.鶴ケ鳥屋山.滝子山東尾根

    鳥屋ノ丸に重なる大谷ケ丸
   南のコブ.大垈山より
    吹切尾根に乗る鳥屋ノ丸1205m・・北脇に建つ葛野川線14号鉄塔. 手前は土川右岸尾根

    北側の大垈山からの二重山稜
   東に帯のよう広がるの冬木の森.11:56

     丘のような大地の北側は雑木林. もう冬期の斜陽した日差しが根元まで差し込んでいる。
   少し日が傾き赤みを含んだ陽光が.更に明るくさせ大地を温めていた。
   一方尾根筋の南面に広がる松林は暗く陰り気味。その中ほどの小径を大股で.落葉を蹴り宮地山分岐へ戻っていた。

    楢ノ木尾根と瀬戸境
   苗畑より.12:09
    右下が18号鉄塔

    三ッ森北峰から権現山と扇山への吊尾根
   伐採地跡の植生地より

     左の権現山稜は下の写真にアップされている。
   浅川地獄谷出合から右半分を丁度1年後歩んでいる。・・曽倉山西尾根から扇山.800m圏コブの地獄谷に落ちる北尾根
   中央の窪みは浅川峠.奥に頭を指すのが高指山と不老山。左端のコブはナラ立. 鉄塔は送電線深城線18号鉄塔

    苗木畑
     戻る途中で分岐北側に広がるの苗木の畑による。
   尾根が2つに派生する分岐の緩やかな北斜面には幅広い尾根を利用して丘陵台地に畑が作られていた。
   枝打ち.伐採された立木は程よい間隔で並行して並べられ.段違いの間には苗木が育てられている。その規模は山上としては以外に広い。

     又畑中央に立つと眺望は一変し開かれていた。根株に乗り.倒木の山に乗り.この絶景をカメラに収める。
   かたまる権現山稜と扇山を結ぶ山波が大きな弧を描き.浅川の源流の広がりが真近に迫り.望めるのが印象的だった。ここではの眺望になる。

    牛ノ寝通りに繋がる権現尾根
   東面は檜林
    尾根上に建つ18号鉄塔の頭
    山の向こうは鶴川になる。北峰鋸尾根と麻生山長尾根が宮地山に繋がるよう見えるが.間の渓谷は葛野川の支流小俣川。

      大垈山―宮地山―田無瀬
        11:16宮地山分岐,大12:15一18号鉄塔一13:05ショウジ峠一13:15宮地山:25一山ノ神碑13:50一14:20廃屋
        一14:37用沢集落一薬師堂一14:55林沢戸入口一15:05林入口一15:13奈良子入口一15:25田無瀬bs:28.
    18号鉄塔
     宮地山への分岐.ここからは地形図では破線路で表示されている。「18号に至る.17号に至る」のL字鋼鉄塔標柱脇を通り
   強化プラの階段を下ると7.8分で深城線18号鉄塔基部にでた。送電線は一度小俣川に降り.登り返して楢ノ木尾根を越えている。

     楢ノ木尾根の1409m峰左側に29号鉄塔が天高く鉄塔を突き上げている。
   そして左側に聳える唐松立1597mには葛野川線5号の更に巨大な鉄塔がこれも又天を突き横切っていた。

     共に並行して走る送電線.電圧の違いが2つの鉄塔の大きさや間隔の長さの違い.それが目に取るよう判り描かれていた。
   葛野川線鉄塔は深城線鉄塔とは比べものにならぬ巨大な超高圧の500KV鉄塔で開設されている。
   上りと下りと逆の送電線で.葛野川揚水発電所と結ばれている。それを知ると不思議な感覚になり暫く見詰めていた。

    扇山と重なる百蔵山
   遠方は丹沢.道志連山
    右側がセイメイバン東尾根.手前が用沢川

    ショウジ峠
   境界標石と「官行造林」の標柱.1:06

    ショウジ峠
     この峠からの尾根幅は再び広がり.二重山稜的な地形を見せていた。その南側の幾つものコブを越え.広い鞍部のショウジ峠にでる。
   1055mの鞍部.「官行造林」の標柱があるだけの大らかな殺風景な十字路の鞍部だった。右後方から径が上がっている。
   この南方に延びるショウジ坂を下れば用沢沿いに用沢集落にでる。北面は姥子林道に通じる径. 雑木の生い茂る幾らか薄暗い峠だった。

    最後の楢ノ木尾根を望む
   泣坂ノ頭.大峰.西沢ノ頭

   宮地山への径.13:13

    頂の蒼さ
  
   東面に望む水無山.坪山.尾越山への尾根.末端は奈良子入口に没する

   小俣川の右俣の奈良子川の下流流域
   西沢ノ頭より右景.左下アップ・・2014.06.27/13:01

     宮地山からの展望は得られなかった。宮地山を隔てた奈良沢対岸の瀬戸境.西沢ノ頭から眺められた展望。
  谷間の奈良川左岸が瀬戸境と奈良子川沿いの集落。・・宮地山から南東側の風景.

    奈良子川下流
     手前よりは奈良子川流域にはび込むようある矢竹.奈良子.林沢戸.林の集落。突き当たりは葛野川本流に合わさっている。
   この数年で各々の集落から山に取り付いていた。清明盤東尾根に東南尾根。宮地山東南尾根を下り.タカザス沢右岸尾根から大岱山へ。
   支流の奈良子川に入れば泣坂ノ頭南尾根から姥子山へと。今回は奈良子川左岸の大峰から瀬戸境を下り.葛野川本流の上平に下りている。

   奈良子川を取り囲む大きな山並
   手前は浅川川
    宮地山から楢ノ木尾根上半を綴り.瀬戸境から尾越山・・宮地山.雁ケ腹摺山.大樺ノ頭.唐松立.泣坂ノ頭.尾越山

     位置としては宮地山から北西側の風景で.セイメイバンは宮地山に向かって左方の尾根を登ってきた。大垈山は真後ろの蔭山.
   曽倉山西尾根末端の山道に入る手前の墓地より撮影・・2013.01.26/7:26

   宮地山々頂.
   小広い台地の肩.13:17

    宮地山
     1つコブを越え緩やかな登りになる。南側は雑木林だが北側は檜の中木林帯。
   北側の楢ノ木尾根は常に見えるものの.すっきりした眺望は利かぬ灌木絡む尾根径が続いていた。樹葉が付けば全く見えぬ尾根になろう。
   緩やかな登りが続き喘ぎ登る前に傾斜は落ち.平坦で細長い宮地山(宮路山.指平三角点)の頂に立つ。

     平頂の面が長く広過ぎるせいか.三角点標がなければ通り過ぎてしまう頂だった。明るい所の割に眺望は殆ど得られない。
   宮地山はこの山麓一帯が神社領であったことから付けられた山名。東の肩.山神平には石碑が祀られている。

     1本取り羊羹を齧りながら天空を見詰める。やや肌寒いが最後の頂として.風は弱く暖かい陽気に恵まれた。
   何もない紺碧の蒼空。目の端に冬木の枝が入り込み.見詰める空に斜陽する陽差しが横切るも空は蒼い。蒼過ぎるほど蒼い。

    大峰から南下した御越山.クジケ峠付近
   北尾根取付きより.13:51
    見ずらいが真下が奈良子の奥にある矢竹の集落

    山ノ神碑
     幅広い緩やかな尾根を下ると宮地山の東肩.1080mの山ノ神平にでる。「山神大権現」と刻まれた石碑があった。
   この平地を北東に進んだ山ノ神平の肩からは北尾根と東に延びる2つの尾根を派生させている。

     松浦氏が下ってみる積りだったと聞き.藪を漕ぎを考え赤帽61木片がある支点まで歩んでみた。
   丁度中程に石抗があり「右境・・東京一條材」とあった。個人委託の立木か? 踏み跡らしきものはない。

     東尾根は尾根幅広く左側が雑木で.取り付きはぼうぼうと閉ざされている。北尾根はやや西側から回り込んでいた。
   その間の隙間から沢沿いに.ちらっと小さく矢竹の集落が小俣川沿いの河原に見下ろされた。
   先は地図を読むと藪だけの尾根と思われる。メガネを探す億劫が先に立ち.眺めるだけの道のりになっる。

    登山靴
     戻り風強くなる。靴紐を締め直す。今回は雪山に備え,ゴアテックスの補強とビブラム張替したハングワ製の皮製登山靴を修理後初めて使用した。
   5ケ月ぶりに履いた山靴に不安はあったが直ぐ馴染んでいる。自分の靴だと改めて感心させられた。
   新しい靴より倍以上重い。それが又藪に無造作に踏み込める力にもなっている。

     改めて南東に足を向け.露岩混ざりの落葉被る急坂を下る。落葉と共にズリ落ち.枝木でバランスを取りながら又ズリ落ちる。
   尾根の左側は檜林.右側は落葉松林の急斜面。斜陽した陽差しが大地に入り込む。日向の尾根筋がこの時期は下る心を豊かにさせていた。

    暫くは落葉に埋もれる急下降が続く。880m地点で尾根を南側に取り.760mで南西の尾根に折れると傾斜は落ち径らしくなった。
   セイメイバン南東尾根と重なる東尾根が垣間見られるようなると歩幅も広くなる。

    用沢と林沢戸の分岐
   道標に「林沢戸」と黒マジックの訂正あり.14:10

     右後方から入る用沢への分岐を過ぎ.テレビアンテナの横を抜けるとやや大きな廃屋を右下に見る。
   その下で管沼と用沢の集落を結ぶ林道が横切っていた。右後方に延びる道は荒れた車道.左は薄い踏み跡径だった。
   横断し直下すれば尾根末端の宝鏡寺薬師堂裏にでる。久し振り山を早く下りた。時間もたっぷりあり用沢の集落を回ることにした。

    用沢奥の牛舎
   用沢の集落.最上部にある牛小舎跡.14:21

     最奥の民家が急斜面の山腹に刻まれた林道終点にある。それも牛小舎の廃屋。放牧する場所もない所だった。
   その前牛小舎前を通ると簡易舗装から続く道路沿いに5.6軒の家屋が軒を並べている。

     その3軒目の日当たりのよい玄関先で女将さんが何本ものダイコンの皮を剥いている。流れる蛇口を見て喉を潤させて頂いた。
   あっさりしているが美味い水。「美味い!」と云えばポットの水を入れ替えるよう促される。

     用沢の集落まではここから500m程.山腹沿いを西下へ下り.用沢川に至る場所にでる。
   そのほぼ中間の道路の少し捩じれる所で.沢は崩れていた。舗装された路面の半分は大きく剃り落されていた。

     地形図でもはっきり判る沢沿いである。回り込んだ下の林道まで鋭く500m近くガレ落ちている。
   上方には何軒もの住居があるが当分車での移動は難しく不便になっていた。

    奈良子川の用沢川流域
   用沢の集落手前の高台からの遠望
    左から楢ノ木尾根が南下した尾根末端672m圏コブになる。右上がセイメイバン南東尾根上の田無瀬山. 手前が東尾根

    道志山地
   14:29
    集落に入る手前の絶好ポイント

    用沢の上集落
   1番奥が牛牧舎.狭い空地に何故かある? 14:30

   正月のお飾り

    用沢
     集落に入ると集落のほぼ真ん中に.何にもない小川の縁に正月のお飾りが掲げてある。
   大きな白い四角い紙2枚を傘替わりにするよう,大きな蜜柑は1つずつ挟まれ.松の葉の小枝が1つ.柳のようなつばを伸ばし飾られていた。
   尋ねようと思うも擦れ違う人はいず.判らなかった。

   岩戸ノ峰.ブドウ岩ノ峰.菜畑山
   右陰はセイメイバン東尾根

    宮地山と林沢戸地区
   右奥は瀬戸境・・水無山と欠けた尾越山.14:55
    頂から延びるカタガサス沢右岸尾根と正面が主尾根の末端

      尾根末端に直接下りられるが.今回は左手の谷間奥,用沢の集落から下山した。
    集落から用沢川沿いに出合に下ると林沢戸地区の家並みが見下ろされ.中央右奥に宝鏡寺薬師堂も気が付いた。

     その向かいの道路側は真新しく擁壁され.その登り口の石段が宮地山の登山口だろう。
   正面先の右奥に見える白いガードレールが奈良子線. その手前が小俣川奈良子川になる。右下のガードは集落を抜けバス停林沢戸入口にでる。

    林沢戸宝鏡寺薬師堂
     用沢の集落からの道のりは傾斜も落ち.用沢川左岸沿いの林道から緩やかにうねる河原を下ってゆく。
   そして林沢戸の集落が見えるとカーブ付近で薬師堂が見下ろされた。現在は廃寺となり薬師堂だけがひっそり唯ずんでいる。

     大月市最古のお堂.大月市指定文化財第1号の有形文化財として.今改修工事が行われていた。
   地元では「戸沢のお薬師さん」と呼ばれ.大同年間(806〜809年)に創建され.「雲沢山」と号し,古くは真言宗の寺院であった。
   尾根末端の登山口はお堂の裏側にあたり.車路を隔てた石段からになる。まだ道標はない。

     小俣川の対岸.奈良子線の袂では広く護岸工事が行われていた。その上の竹林の斜面だけが風に大きく揺さぶられている。
   ここでは殆ど風の声は感じなかった。その山腹上が楢ノ木尾根が南下した瀬戸境末端の672m圏コブになる。

     又手前では薬師堂改修を含む周りには新たな道路拡張工事も行われていた。
   2年越しの大規模な工事.資材やブルが村道にも置かれ.工事が終われば全てが新たに変貌する姿になるだろう。

     直ぐ手前の工事現場を右折し.資材を避けながら集落の中をを抜け.奈良子線林沢戸入口にでる。
   振り返ると宮地山の山容が蒼空に大きくアップされ望まれた。周りの山々に比べ.ひときは大きく君臨する山が紺碧の蒼空に望まれる。
   それに対し左手のセイメイバン東尾根は山陰に落ち.早くも黒ずんだ夕暮れの映像を見せていた。

    セイメイバン東尾根末端と林地区
   帰路バス停林入口より.15:05
    真正面の起伏末端が2014年01月の取付き地点.左の窪地縁を回り込んでいる

     中央が灰焼場と867m圏峰. 左端窪みが林地区から東奥野への峠越え付近
   右下端が愛郷橋.中央右に如何にか火の見櫓が見える。そのを左折し突き当たりが東尾根の取付きになる。

     まだ幾らか日差しの残る谷間のバス路線道を歩み.その下流の林入口バス停にでる。セイメイバン東尾根への登山口。
   最初入山しようとした尾根で七保町林の集落が見下ろされ.小俣川の流れとバックには東尾根末端が扇状に広がっていた。

     東尾根の取付きはバス停の先.右側に「林入口」の標示があり.小俣川に架かる愛郷橋を渡る。
   そしてゆっくり舗装道路沿いに登り.火の見櫓の角を左に折れると東尾根に登る2つのルートがある。

    国道139
     瀬戸境の末端.葛野川の支流.小俣川の出合にある.谷間の日陰にある奈良子入口バス停にでる。
   自宅に電話.早い電話に驚く妻。バスが来るまで20分ある。それではとセンメイバン東尾根の末端を回り込み.今朝の田無瀬バス停まで
   再び国道139を綴り.朝方の取付きまで戻ることにした。

     田無瀬では上りのバス停が分からず.丁度来た回送のバスを停め訪ねる。
   下りのバス停で手を上げれば停まってくれるようだ。国道の真ん中にバスを停め.丁寧に言葉を返して頂いた。
   そして3分待ち.猿橋回り大月行の路線バスが現れた。

   戻った田無瀬バス停
   松姫峠を越え小菅村に入る国道139号.5:30
   右側の赤い電光板には奈良子と同様.大月市駅伝大会の案内が「開催日15日.予備日22日」と電光されていた。

     15:25田無瀬bs:28=15:45jr猿橋.高尾行:50=16:31高尾特快:34=17:32神田.
    路線バス
     バスに乗客は居なかった。スカイカードを当て乗車した。バスは直ぐ七俣橋を渡り葛野川左岸沿いを.今朝来た街道を下る。
   運賃表の電源が入っていなかったらしい。運転の片手間でバスの行先を探っているようだ。

     電光板がカチャカチャ変わり.葛野を過ぎた辺りでバスは停車した。追い付いたバスが通り過ぎてゆく。
   正規の料金表が出たらしく.再びスイカの入力を求められた。

     車窓からは今日周回した尾根が重なり合い.山陰になった裾野の集落を引き連れ望められた。そして遠のいてゆく。
   再び市営グランド入口を通過.猿橋駅へ。乗客は最後まで私1人だった。

     タイミングよく駅改札口を通ったころで.列車の入線の案内が放送された。駆け上がったホームでは中央本線に人身事故があり
   特急.普通列車が途中で打ち切りになったと告げていた。再開最初の列車がこれから入線する15時50分発の高尾行。
   久し振り,まだ昼間のように明るい日差しの車内にいた。接続3分の高尾駅には特快がホームに入線している。

     今朝猿橋駅前のバス停に貼ってあった案内書には百蔵山登山の会員タクシーの参加を募っていた。
   今年こそ大月駅から大峠への会員タクシーが企画されれば願っていた楢ノ木尾根や吹切尾根に入れるのだが。

   魔法ビン400cc(300cc使用).水500cc(250cc使用).朝食ハムサンド.昼食お茶漬け.間食蜜柑2.羊羹
   地形図「大月」「七保」.山と高原08「大菩薩嶺」. スカパ登山靴・・31.342歩

     三ツ森北峰から宮地山写真・・2013.01
     三ッ森北峰から今回のルート全景写真・・2013.05

     小和田からセイメイバン南東尾根
     晴明盤から北上し大垈山東尾根から宮地山・・用沢から林沢戸.林.そして田無瀬