| 大菩薩連稜南部. 浅利川左岸尾根の晴明盤1・・浅利川流域Top 桂川葛野川流域Top 2012年01月.冬木のセイメイバン南東尾根を経て大垈山東尾根から宮地山・・田無瀬bsから葛野川右岸用沢川を周回 2014年01月.林沢戸からセイメイバン東尾根を経て深城線鉄塔尾根に乗り.さくら峠.高ノ丸から葛籠峠―浅利川左岸尾根下端の稚児落としと岩殿山 ・・奈良子川流域の青年学級・絵図 晴明盤は吹切尾根にある野脇ノ峰東尾根の大垈山から南方に延びる尾根に位置し.葛野川左岸沿いの大月市にある標高1.006.2mの山。 セイメイバン.清明盤.晴明盤とも表記されている。清明は重要事を占う時必ず用いた「式盤」を初めて復元し.陰陽道占術を決定せしめている。 又陰陽師の安倍晴明が麓の村に水を引こうとしたが失敗して死亡したと云う伝説が残されていた。 南大菩薩連嶺.東面に連ねる深城線鉄塔尾根・・セイメイバンを北上し.野脇ノ峰東尾根に乗り.東方の大垈山から尾根末端の宮地山に立ち.里は用沢にでる。 葛野川支流水俣川二俣の用沢川を取り囲む尾根を周回 田無瀬を起点にセイメイバン南東尾根から大垈山―宮地山から用沢・林沢戸に下り.奈良子入口から田無瀬 2012年01月13日.単独 小和田からセイメイバン南東尾根・・道志と葛野川流域の景観 北上し大垈山東尾根から宮地山.用沢 今回は暮れの30日に本社ケ丸を訪れた帰路.列車で知り合った単独行の方から最近の山行ではセイメイバンがよかったと耳にし. 楢ノ木尾根の南面に位置するセイメイバン南東尾根を小和田から詰め.深城線の鉄塔尾根に乗り北上し.大垈山へ。 吹切尾根の野脇東尾根の二重山稜の分岐.大垈山東尾根の肩にある宮地山に立ち用沢に下り田無瀬に戻る形で周回した。 南大菩薩連稜東面の山並みと前衛に並ぶ深城線鉄塔尾根 三ッ森北峰よりの展望・・2013.05.17/11:35セイメイバン南東尾根から大垈山―宮地山を周回.したルート写真。 左上が御坂山地・・三ッ峠山.鶴ケ鳥屋山と本社ケ丸. 左下が草木の集落. 晴明盤南東尾根南面と南面に開かれた畑倉地区 日影地区下り.右端が百蔵山右奥が権現山稜で.右端が百蔵山の長ぞうり沢の大ガレ 日影地区より撮影・・2015.03.22/14:46 ムジナ御前西尾根から葛籠峠越えし日影の集落入り.並行する大沢川を隔て.晴明盤南東尾根が横切るのがつぶさに観察できる。 斜陽した薄日を浴び.里山の長閑な風景に思われる。裏山として幾つもの山道が綴られている。 東尾根と合わさる灰焼場のツメまでは殆どが平坦な尾根.細かな起伏が波打ち綴られていた。尾根下端の裏側が小和田の集落になる。 大菩薩山連嶺の東面に位置する牛寝通り.長峰は数年前に歩んでいる。 南大菩薩連嶺の支尾根を主に歩み.東部の山域はまだ私には未知の領域が多い。吹切尾根・楢ノ木尾根の林道は冬季通行止. 又大峠まで1人で入るにはタクシー代¥9000が馬鹿らしく.入山の機会を失っていた。 この山域は大垈山が中心をなし.地形的には吹切尾根の野脇を頂点して.浅利川源流を横切る野脇東尾根を追い.金山峠を越え大垈山に至る。 ここ大垈山で東側と南側に2つの大きな尾根を分けている。南方は浅利川左岸尾根で深城線の鉄塔が連なり.晴明盤を越え桂川に没している。 主尾根の小コブに見えるセイメイバンは東側に東尾根と南東尾根とに2つの支尾根を派生させている。南下すれば高ノ丸.笹平を経て 稚児落しから桂川末端の岩殿山に至り.末端からは桂川を隔てた大展望が得られ.南方に道志・御坂山地へと広く開かれる。 この深城線の鉄塔尾根をサクラ沢峠・トヅラ峠へと更に下るとjr大月駅に直接下りられる。送電線は尾根の殆ど真上に並行して延びている。 前回暮れに本社ケ丸を囲む幾つもの鉄塔巡視路尾根を綴っている。その為同じような鉄塔を綴る尾根を今回は出来るだけ敬遠し.北回りを選んでいた。 そして用沢川を周回する形で.大垈山から宮地山へ回り込むことにした。 大垈から東側へ延びる尾根は用沢川左岸尾根に当たり東端は宮路山. ここから派生する尾根末端は小俣川の左俣用沢川沿いに用沢へ下りている。 右俣の奈良子川沿いには矢竹・奈良子集落があり.小俣川沿いの扇状に広がる丘陵には林沢戸の集落があり.薬師堂がある。 又その下流にはセイメイバン東尾根に取付きになる林集落があった。 滝子山と下弦少し前の月 夜明けのjr猿橋駅北口広場より.6:551月13日(金).快晴 jr御徒町¥1450. 4:36=4:39神田:41=5:42豊田快速:48=(5:59高尾.大月行6:01) =6:34猿橋.富士急山梨バス浅川行¥270. :53=7:10田無瀬bs. jr中央本線 jr環状線の御徒町駅で始発の次に乗車したことから今回の山へのアプローチが始まっている。 中央線東京始発に乗ると豊田発大月行の中央本線の始発に接続され.もう馴染みの電車になっている。 JRのシステムでは同一列車だが豊田~高尾間は中央線快速電車。時刻表を見ると中央本線は新宿ではなく.高尾駅発になっている。 大月以西は次の松本行鈍行が中央本線の始発になり.兎も角猿橋駅で下車した。 富士急山梨の路線バスは大月駅発浅川行に接続されている。ひと電車の違いがバスと接続する場合.更に現地でも30分の違いとなる。 すると合計1時間近くなり.低山でも日暮れの時間を考えると早出は貴重になっている。 フロントガラスから望めたセイメイバンの山々 葛野川左岸沿いの県道.小和田猿橋線より.7:07黄色い道標は左折すれば賑岡町岩殿へ。西奥は畑倉.更に奥が奥山から葛籠峠に至る。 右折すれば大月総合グランドへ。百蔵山の登山口がある。 路線バス上和田線 笹子駅北口広場で路線バスを待つ間に夜が明ける。仕切りなしに通勤.通学の送り車が広場に現れ.次第に西の空も明るくなる。 下弦にはまだ早いがふっくらした月が.雲1つない滝子山の頂の左上の高みに白みを帯び仰がれた。 今朝は大寒波でジャケットを身に着けても肌寒い。駆けつける乗客は皆.厚い羽毛やコート類を身に着けていた。 大月発.空身のバスにここで私を含めた4人が乗車した。5分も経たず名勝猿橋で女学生2人が降り.残る2人は間を開けて席に居座っている。 田無瀬バス停に至るまでには大月から直接入る葛野川右岸からのルートと猿橋に迂回して左岸沿いに回り込むルートがある。 右岸ルートは国道139号通称大月線で日影行。田無瀬で左岸からの県道505号小和田猿橋線と合わせ松姫峠を越え東京都奥多摩町と結ばれている。 数年前牛寝通りを下り.松姫鉱泉から岩殿山に寄って.大月駅に直接下る積りでいた。 それが何故か迂回ルートの路線バスに乗り.百蔵山へ変更せざる得なかった。直接ルートの便はない。その時歩んだコースをバスは今.走り抜けている。 懐かしい名の市営グランドバス停.そこを過ぎ葛野川沿いに右岸に七俣橋を渡る。大月に直接入る国道の分岐.バス停「田無瀬」で下車する。 猿橋駅からの県道は路線バスの田無瀬のバス停で国道139号線に合流地点左後方から登ってきた.国道奥が小和田地区で.小和田山やイメイバン南東尾根の取り付きがある。国道の先は畑倉から大月市街地へ。 小和田からセイメイバン南東尾根 7:10田無瀬bs一7:30小和田入口一7:30東光寺一7:36石祠835.7m高台一7:55小和田山?一8:13田無瀬山 一8:22ユルギ一8:30東奥山分岐鞍部一9:40灰焼場:50一10:27セイメイバン. 葛野山に乗る大同山と奥が百蔵山 小和田集落入口の高台に立ち.7:28葛野川の手前には国道が横切り.小和田地区に入る。左端の橋西詰めに田無瀬バス停があった。 対岸の川岸段丘は国道が通る七久保町葛野地区. 上流側には左岸沿いに葛野川左岸古道があり.抜ければコタラ尾根の取付きになる。 路線バスで走ってきた葛野川を挟む葛野の集落.その北端から百蔵山の山腹を左へ巻き込むように葛野地区を抜けてきた。 朝陽が昇り赤味を帯びた南面の山里は眩い陽光を浴び.手前の小和田地区をも照らし始めている。 小和田 葛野川を右岸に渡った西端が田無瀬のバス停. 県道は国道139号に吸収されて葛野川沿いを遡っている。 独り左に折れ逆側の岩殿方面への国道に入り.国道にある「一時停止」の標識から県道505号線に入ってる。 葛野川をUターンするが如く坂道を登り.再び県道を分け小和田(こわた)地区の高台へと里道を選び歩む。 ここは既にセイメイバン南東尾根の末端に当り.15分程で「小和田入口」の小さな木片を道路左脇に見付けている。県道とも分かれ右後方へ入ると 里道から左手に葛野川を隔て800.1m点峰の葛野山と輪を重なるよう描かれた百蔵山が大きな山容で望まれた。点名は葛野. カーブ地点で右手上の丘陵へ続く細い舗装を歩み行き止まる。簡易舗装でないので集落の中心へ抜けられると考えていた。 地図を見ず目測で歩む癖が又でてしまっている。戻り道を分け.左へ回り込み東光寺を目指す。目印になる赤い屋根は見当たらなかった。 朝陽に溢れる小和田山 左前方の若草色の真新しい屋根が東光寺.7:30小和田の最奥集落とメーンの里道 お寺は1軒で直ぐ真新しく改修された東光寺にでられた。若草色の屋根に変わり.真新しい本殿と社殿が立派に改修されている。 境内を小学生の男の子が1人通り過ぎる。小学校は何処にあるか尋ねると「小学校は大月です!」と直ぐ返事が返ってきた。 見下ろす真近な葛野にも小学校はある。ここからだと大月の方が交通の便はよいのか? 子供達も地区分けで通学も変えられ大変のようだ。 本堂の左脇が登山口. 道標があり裏山への小径に入いる。直ぐ陽当たりのよい南面の墓地を右下に見て.尾根沿いを左へ回り込む。 対岸には葛野の家並みが見下ろされ.その上に大きく被さるのが葛野山。 和田の地名 地形図「大月」を読むと葛野川流域には和田と呼ばれる地名が七保町管轄では幾つも読み取れることができる。 上流楢ノ木尾根の取付き付近には上和田の地区があり.下流を見ると右岸の大沢川出合付近に小和田地区がある。 又河口には左岸.百蔵山の西裾野に下和田地区があった。山に係り各地区を歩んで気が付いた。広い範囲.その由来はまだ判らないでいる。 朝日を浴びる葛野川下流流域 7:36徳岩山と岩殿山 葛野川のを挟む徳岩山と岩殿山・・出合正面に遠く連なる山々は道志の山並.右側に突き出しているのが九鬼山北尾根 徳岩山の裏側が下和田地区になり.手前が葛野川を挟んで葛野と畑倉地区.支流の大沢川手前が小和田地区 更なる高台から陽光を浴びる小和田地区 石祠のある高台535.7mより.7:38右に窪地状の小径を分けて合わさり.右手に尾根らしき起伏を見て.登り続けると左手に入り尾根らしくなる。 七保町と賑岡町との境界尾根. ひと登りする間もなく535.7m地点,四等三角点標のある高台にでた。 確りした大きな基礎に乗る真新しい石祠が祀られ.小和田の集落を見下ろしていた。この祠も里の東光寺に合わせ改修されたのだろう。 向ウ山・白岩と奥は葛籠峠へ 同尾根より.7:55大沢川の上流を望む・・上流左端が笹平.手前が日影地区 向ウ山の裏側は天神山.岩殿山へと綴る.葛籠峠から先はセイメイバンに至る 伐採された南面からは解放的な眺望が開けている。葛野川右岸に深く入り込む盆地は畑倉の地区で.広く田園で埋め尽くされていた。 昔大垈山付近から敷いたと云う伝説の水路は水田の美しい姿に変わっていた。ここを囲む山々は逆光の朝日で煌めく岩殿山や笹平.向ウ山。 その右奥を追った所に葛籠峠(トズラ.天神峠)がある。生臭い地名だった。吹切尾根はこの山陰に隠れ望めないでいる。 林道 奥山林道は国道大月線から畑倉地区を抜け.七保奥山から葛籠峠越えをして金山林道.賑岡町奥山に入る。 浅利川下流へは賑岡町奥山から遅能戸林道を下っている。県営金山林道は起点.終点が賑岡町大字金山 又枝分かれした林道橋倉線は橋倉鉱泉を抜けると真木小金沢林道の上真木にでている。1.767m幅員3.6~4.0mの舗装林道. ![]() 三角点標石と並んで置かれた標柱.7:56 この先西側の茂みの作業道は山腹を綴る樹林帯の中になった。左手にある植生の低い保護棚は猪棚か? 猪棚沿いに進むと右手から薄い踏み跡が入り込み.今までの確りした径と分けている。 やや傾斜が増し再び左後方からの径を合わせ.そのまま登り詰めると今度は右後方から踏み跡が合わさり.1本の尾根道になっている。 次第に尾根らしくなる。痩せて左へ巻き込む所で石標の脇に「国土地理院」の朽され捥ぎれた木片が置かれ添えてある。 裏に「番号・・年・・月」とあった。ここが小和田集落北側の三角点峰で小和田山(こたわさん)と呼ばれている。 小和田山々頂? 石祠と「甲斐国 金刀比羅宮 小和田」の石碑が並ぶ.8:13直ぐ先で大沢川沿いの展望が開かれる 緩やかな登りで次第に傾斜が増すと尾根の左手(南面)は伐採地跡のため展望がよく.真新しい石祠のある高台にでている。 小和田山からの低い灌木越えに展望が開かれる。 道志山塊と富嶽 ![]() 又もや道志の大展望と葛野川出合流域の景観が壮大に見下ろされている。 手前の山陰は深城線の鉄塔尾根. 東電の大月変電所から葛野川揚水発電所を結ぶ送電線が連なる。 見山.8:14陽が差し始めた道志の山々 岩殿山の頭から背に連なる連山・・馬立山.九鬼山.二十六夜山.杓子山 岩殿山と畑倉の集落 右景・・岩殿山の拡大写真.8:11岩殿山の裏(南)側は重なる菊花山と馬立山田野倉尾根.九鬼山東尾根.二十六夜山西尾根.杓子山西尾根 葛野川と岩殿地区 左景・・徳岩山と岩殿山に挟まれた流域.8:21前道志西半の山並 上部山域葛野川は桂川と合わさり.更に笹子川との出合を迎える・・葛野川流域より 田無瀬山? 尾根が広がり浅い起伏を2つほど越える。この辺が田無瀬山らしい。視界は全くなく檜の樹林に遮られていた。 赤松林.8:27メガネ 破線路が小さなコブを巻くようなり.600m圏で北側を分け.痩せ尾根の鞍部の№3赤帽ペンキの木片に辿り着く。8:35 599m地点ユルギのようだ。やや北側に下ると巻き径だろう.右後方からの踏み跡が合わさっている。 この辺で辿ってきた作業道が怪しくなる。笹子駅でバスの時刻を確認した時はメガネがあったが何処かに仕舞い込み判らなくなっていた。 上着を脱ぎ,羽毛のチョッキから着替え,陽気と登りとに合わせ.ここまで何度も着替えをしている。 楢ノ木尾根大峰から南下する瀬戸境の末端710m峰と672m峰 小俣川を隔て.8:32前面がセイメイバン東尾根. 中央は瀬戸境.小俣川出合と葛野川の合流地点に没している。奥は麻生山長尾根 8:32雑木の茂みは強いが低灌木帯に覆われ.冬木の絡み越に.ここからは富士山や奥野の集落が如何にか望まれた。 東奥野 大沢川出合に広がる小和田. 遡ると東奥山の集落があり.舗装された奥山林道を辿るとセイメイバンから南に延びる尾根の葛籠峠に立つ。 越えた西の谷が奥山.西奥山になる。その上流に聳えるのが大垈山。そこに登る。頂の西肩は金山峠 大寺山からの権現尾根 田無瀬山590m圏手前コルより.8:36右下が朝方バスを降りた田無瀬地区.その奥が浅川出合に没するコタラ山西尾根 左手から没する尾根は大峰から南下する瀬戸境末端の672m峰から扇状に広がり.背には権現尾根が奥を塞ぎ.下瀬戸の集落を囲んでいる。 先の谷間は小俣川と葛野川. 右中央がコタラ山西尾根.下に並行する尾根は葛野山から北西側に落ちる尾根。 対岸反対側の下瀬戸の集落を覆っていた。左下がセイメイバン東尾根になる。 歩む尾根上のルートは判り易く地図を見る必要はなかった。現地点の確認にメガネは必要だがザックの何処かで不明になった。 巻くこの先の鞍部が奥野の分岐になる。違っていたら探せねばよく眺望は薄くなる。小径を塞ぐ大きく盛られた熊の糞は今日2度目になった。 作業道鞍部.東奥山分岐 巻き径と合わさり.8:56奥野分岐 北側を巻き斜面が緩むと尾根に戻り.小さな判りずらい分岐にでる。 尾根筋の踏み跡以外に右後方と左先方に細い踏み跡が交わり.更に10m程先では右前方から入り込む踏み跡と合わさっていた。 巻き径と林地区への作業道.どの山道も枯葉で溢れ.枝が張りだす細い踏み跡となり綴られていた。 手前で藪の隙間からちらっと東奥野らしい集落を覗き込む。左前方に入る踏み跡は東奥野へ綴っていると思われた。 葛籠峠(かんぞ)と高丸 西高東低の天候らしき日向の斜面.9:08大垈山から南方に延び.桂川に没する深城線も鉄塔尾根 綺麗に枯れ立つ背丈のススタケの通路.9:14左手は雑木林が詰まり.右手は檜の密林で林層の境の幹には点々と赤テープが巻かれていた。間伐か? 何にか調整の印と思われる。 尾根が北側から北西に回り込むと尾根幅が広くなった所で再び熊の糞を見る。頂点に立つ熊は何処でも目立つ所の上径の中央に残す。 深い落葉に剥き出しになった栗の実.樫類にドングリも以外に多く.熊の好物とするものが足元に散らばり広がっていた。 ミズナラ下の赤い祠 葛籠峠下にも同種の赤い祠あり.9:30登りだした尾根は急に傾斜を増し.一度緩むが再び急登になった。 南西の尾根伝いに登ってきた東奥野のからの細い踏み跡が左後方から入り込むと傾斜は落ち.尾根筋は極端にくの字に北側に回っている。 この右側の檜の植林帯の中木林には幹々に営林署の赤テープが再び巻かれ目立ち多くなる。 分岐手前では大きなミズナラの木の下に赤い祠が祀られていた。 この赤い祠と丸っきり似たのがカンゾの峠(桜沢峠)にもあるらしい。セイメイバンの伝説か? その由来かは判らない。 そして強化プラの階段が現れだすと830m灰焼場にでる。主尾根から東尾根と南西尾根を合わせる分岐になっていた。 灰焼場1890m圏 東尾根と南東尾根の合流点.9:39自然林に覆われた丸みを持つ大らかな台地.東尾根と南東尾根が合わさる地点にでる。 尾根取付きの石祠のある高台から初めて空らしい空を仰ぎ.疎林になり尾根筋も明るさを増してきた。 東尾根に下る取付きは幅広くジャングルのよう雑木が絡み合っていた。 その脇から遠く東尾根の左下に.ちらっと覗き見下ろされたのは用沢の集落らしい。 灰焼場の台地 コンクリート杭.境界柱と枝に結ばれた赤テープあり.9:40 若い芽.9:40大月近郊の尾根ということで少々軽んじていたが私好みのルートになっている。 これからは冬木で覆われた尾根筋を歩む。空が扇状に肩幅一杯に広がり蒼さが増してきた。 ここで残りのハムサンドと蜜柑を食べている。大地に直接座り体を伸ばす。靴先には枯葉を分けるよう.大地から小さな芽が顔をだしていた。 樹林越しの富士山 中央は真木の集落.9:57左花咲山(梅久保山)と殿平とに挟まれた真木川の谷間と真木の集落 セイメイバン東尾根 冬木覆うセイメイバンへの径.10:18幅広くなったセイメイバンへの尾根伝いを歩む。仰ぐことなく冬木の背景も蒼空に染まり.開かれている。 疎林になった雑木の枝々は陽光を浴び輝き.登るともなく登る尾根。朝方は氷点下4℃に下がるも陽差しは暖かい。 緩やかな伸び伸びとした冬木林の尾根筋は風もなく私の周りに広がりを見せていた。 尾根幅は広がる.10:201つのコブを巻き気味に進むと次第に尾根筋は扇状に広がる斜面になり.やや傾斜が増し落葉深い灌木帯に入いる。 踏み跡らしき所は枯葉に埋められていた。靴が潜る堀割状の深い落葉径.吹き飛ばされた起伏の裸土の場所を探し探し踏む方が楽になる。 尾根は起伏を失い,急斜面から山の肩へ広がる斜面に移ると小さなコブ. 左肩に深城線13号鉄塔が建ち.その鉄塔に向かい深い落葉径を漕げば右へ巻き気味に進むとコブの上にでる。セイメイバンにでる。 三ッ森北峰から見るセイメイバン南東尾根 小和田からセイメイバン南東尾根・・道志と葛野川流域の景観 北上し大垈山東尾根から宮地山.用沢 |