| 奥多摩三山の1つ御前山3を南北に横断する。多摩川むかし道からシゲクラ沢右岸尾根と尾根通しを経て北秋川の小岩・・奥多摩御前山Top 「惣岳の荒」と呼ばれる渓谷を知り.奥多摩むかし道.惣岳バス停から雪白く積もる御前山へ取り付く 多摩川からの惣岳山シゲクラ沢右岸尾根はトレースされていた。御前山湯久保尾根・尾根通りはラッセルし.北秋川に至る 2012年01月30日.単独 シゲクラ沢右岸尾根から惣岳山.御前山・・駅前の「丸花」と新雪をトレース 湯久保尾根.湯久保山南西尾根から尾根通し・・久し振りの春雪をラッセルで刻む 35年ほど前.子供達と数回,.奥多摩に入っている。それから長い年月を経て.この数年で再び奥多摩山域に入山するようなった。 5年ほど前にまず低山とは云え川苔山に登り.頂からの展望を楽しむ。ただ殆どの山々は山名も分からず.そこで奥多摩三山を教えて頂いている。 それほど奥多摩の山々は音痴だった。私が次に選んだのが川乗山の頂で教わった御前山。 jr奥多摩駅から鋸尾根を詰め御前山からは小河内峠にでて天平尾根を下り.少しでも地形を知ろうと考え.尾根歩きを続けていた。 その後.丹沢・道志・奥多摩に大菩薩とバラバラと云うほど点々と登り.始め.まずは山域の概念を掴むことに専念している。 そして御前山からは周りの山々を次第に取り囲むよう眺められるようなると今回は2度目の山行は縦走ではなく.町界尾根を南北に横断する形を取っている。 今回は「惣岳の荒」と呼ばれる渓谷を知り.御前山から北秋川流域へと繋ぐことを思い付く。惣岳山シゲクラ沢右岸尾根を詰め 御前山湯久保尾根の南面に派生する支尾根. 山上集落が点在する「尾根通」ををラッセルし.雪解けの尾根へと北秋川へ下っている。 ただ前回の大月北面の宮地山と同様に早い山越えになるかも知れない。その折は北秋川林道も初めてのこと。少し里道を歩こうかと考える。 今回一番の心配は取付きのシゲクラ沢の渡渉にある。靴が潜るようなら裸足で渡ればよいが。 ![]() ただ水深のある所では渡れず.朝方は初鼻とは言えは少し重い気持を抱いていた。それも沢底に降り.水量の少なさにホッとした。 春雪に覆われる山は久し振り.新たな芽ばえが生まれればよいが。 惣岳山シゲクラ沢右岸尾根 ![]() 右下が栃寄沢沿いの栃寄の集落と右端は小河内ダム。猛暑トレーニングで九竜山の伐採跡地からのの展望・・2010.08.05/9:24 惣岳山シゲクラ沢両岸尾根 本仁田山々頂から南東面・・2016.03.18/11:50根岩越えをし本仁田から平岩山尾根・妙指尾根と綴った折の頂から展望。 手前の右岸尾根の右下から二又の枝尾根が分かれ.西側の枝支尾根から詰めている。鉄塔を過ぎると810m圏で主尾根に乗っている。 惣岳山シダクラ沢右岸尾根 三ノ木戸林道(小中沢林道)の展望台より・・2016.03.04/9:00城・三ノ木戸から小中沢下段径路を経て榛ノ木尾根から「奥多摩むかし道」を歩んだ折.林道の林道から望む。 この時は城山南尾根の旧道で30頭近い雌鹿の大集団と出遭っている。背稜は鞘口山に御前山と惣岳山. 春雪 相模・武州・甲斐地方に雪が積もるのは冬型の気圧配置が崩れ.南岸低気圧が太平洋沿岸を通過するときに起きている。 又この低気圧の動きが規則的に移動するようなると春が訪れ.今回の二つ玉低気圧は大荒れを起こし.それが過ぎれば春の暖気を呼び込むようなる。 先週来の大寒波が裏日本沿岸を襲い,典型的な冬型になり.各地で豪雪をもたらしていた。 週半ばにはその偏西風が一度大陸へ北上し.太平洋沿岸沿に接近した移動性低気圧の影響をもろに受け.表日本にも大雪をもたらした。 関東でも氷点下の冬日が続き.その後は再び厳しい西高東低に変わり.奥多摩でも−6℃を記録した。 東京でも日陰はまだまだ除雪した雪塊が街の至る所で見受けられていた。 奥多摩御前山 御前山の左肩に聳える惣岳山から北面に流れる多摩川に向かい.シダクラ沢を隔てる2つの支尾根を延ばし.共に多摩川沿いに没している。 その1つのシダクラ沢右岸尾根は栃寄り沢とシダクラ沢との分水嶺を成し.尾根末端の812m点の右支尾根はむかし道の吊橋.シダクラ橋に没している。 左岸尾根は大ブナ尾根の名称で尾根伝いに登山道が綴られ,1010m圏点からサス沢山を雍する尾根を分け.852m点から左支尾根を下ればシダクラ橋。 右支尾根のむかし道は進所橋にでいる。サス沢山越えは奥多摩湖東岸に没していた。今回は足元から新雪被る右岸尾根を詰めることにした。 青梅街道から久し振り御前山を詰め.湯久保尾根通から北秋川林道に下りる。春雪の積った御前山の山陰になる北面では氷点下に落ちている。 シゲクラ沢右岸尾根は短い距離ではあるが雪尾根に覆われ.膝上のトレースが続く。午後には御前山を越え.念願の木洩れ日の湯久保尾根に乗っている。 春雪を自ら掻き分けながらラッセルし.雪の感触を味わいながら尾根通しから小岩へ下りる。 1月30日(月).快晴後曇 jr御徒町5:00=神田5:12=5:57武蔵小金井.青梅行快速6:05=6:49青梅:55 =7:28奥多摩.西東京バス小菅行:31=4:44惣岳bs. 夜明け 日の出は大分早くなった。青梅の街並に入る前に夜明けを迎えている。前回の山行は暮れの30日.笹子駅前広場にでて夜が明けるのを待っていた。 一日に1分程早くなる日の出. 丁度1ケ月経ち.30分ほど夜明けの時間が縮まっている。 立川駅から青梅線に乗り換えると線路沿いは雪白く埋まり.ホームの片隅にも残り雪が見られるようなった。 電車が多摩川沿いを遡るにつれ残雪は益々白さを増している。 薄く帯状に広がる層雲に朝焼けが見られたものの.昇る陽光はまだ山陰に隠れている。朝の明るさだけが空に増している。 川井を過ぎる頃,朝陽が顔をだし車内にも差し込んできた。押し出された雲の塊が次第に薄れ,蒼き空が広がりだしている。 見る見る蒼く染まる空. 御嶽駅で擦れ違う単線を待つ頃には.重なり合う山肌は何処も雪白く煌めく新雪に覆われていた。 春雪の朝焼け・・九竜山.江戸小屋尾根 氷川.jr奥多摩駅前広場より.7:32駅前広場・・左奥の遥かなる山並みの奥が御前山。九竜山.江戸小屋尾根の右隣の尾根が御前山シゲクラ尾根。 残雪に揉まれながら町界尾根を横断し.裏側の御前山湯久保尾根をラッセルし北秋川へ下りる。 駅広場の正面左端に「丸花」の看板が目立ち目に付く.その右脇に入る細い路地は「狐小路」.氷川大橋東詰に繋がる飲み屋街。 奥多摩駅 奥多摩駅と改名する前の「氷川駅」だった頃は国鉄の時代で.当時から奥多摩の登山口として,沢登りに幾度か通っていた終着駅だった。 氷川から塩山まで路線バスが開業した頃で.それまではデトロ調のオンボロ乗合バスに揺られ.終点丹波に出向いている。 確か奇数日だけが柳沢峠を越えて運行していた。タイミング悪く街道沿いで野宿したことある。沢登りをしていた頃で軽トラにヒッチハイクしたこともあった。 その後,再び廃線となり.終着が丹波に戻ってから大分時間が経っている。 食堂「丸花」 駅前広場を挟んだ角に食堂「丸花」が今も残されていた。左半分は土産店で「丸」の文字が看板に大きく書かれ残されている。 学生時代,小常木谷を遡行した時だと思うが女将さんには大分世話になった。2日間雨に打たれての野宿.下山して里でも大雨に遭っていた。 懐かしい店構えに奥多摩駅に下車する都度.気にはしていたが.まだあったとホッとするも「休業」の貼り紙が暫く戸口に貼られていた。 具合が悪いのか? 大分年を取っている筈である。元気にしていればよいが。 右角の裏道をたどる狐小路で.右に離れてバス停と車庫広場は相変わらず変わらずにあった。 駅前の何時も変わらぬ風景が今回は少し変わった感じを抱かせていた。見上げる山肌は何処も雪白く覆い,路肩にも雪塊りを見せている。 駅前の商店街の上に大きく広がる山並みは九鬼,江戸小屋尾根。 奥多摩の支流右岸の大沢と栃寄沢とに隔てられ鞘口山に突き上げている。一昨年の夏.猛暑の体慣らしに登った山。 前回と云っても昨年だがここから望んだ時は小中沢右岸山腹道から下山した時で.日がとっぷり暮れ.駅前からの眺望は得られなかった。 尾根を踏んだことで改めて駅前の山を知ることになる。用を足し戻ると小菅行路線バスがタイミングよくバス停に現れた。 シゲクラ沢左岸尾根 青梅街道.惣岳バス停前から.7:48左岸尾根は1010m圏で大ブナ尾根に合わさり惣岳山に突き上げている。右奥が奥多摩湖に没する大ブナ尾根. 惣岳山シダクラ沢右岸尾根 4:44惣岳bs一8:05奥多摩むかし道一8:13L字鋼柱一9:25テレビアンテナ610m地点:35一10:00しげくら峠 一10:40(1052m圏)一11:07アセビの広場:15一12:05御前山.大:50. 思いのほか残雪は多い。日陰の谷間を縫うよう綴る路線バス。3人の登山者を乗せ.青梅街道はを下り境橋で多摩川左岸に渡っている。 ここは栃寄経由の御前山登山口で御前山南肩の十字路にでる。前回は山ノ神尾根から入り.このバス停に少し悲壮な雰囲気で下りていた。 境橋で左岸に渡ると直ぐバス停惣岳に着き下車した。 惣岳隧道の東詰が「惣岳」バス停. バス停前の隙間から惣岳山シゲクラ沢左岸尾根が大きく望まれる。 右岸尾根の末端だけは樹林に塞がれ覗き込めなかった。連絡がよすぎて休む間もなかったアプローチ.ここで一休みし.登るべき尾根を眺め山に入る。 かんどうの馬頭観音 ここのむかし道は境旧道以前の旧道・・奥多摩むかし道脇で.7:57旧青梅街道 バス停のガードレールの切れ目に沢底へ下る小径があった。 下って石段から鳥居を潜ると道幅1mほどの奥多摩むかし道(火氷川村から小河内村に達する旧街道)にでる。 旧青梅街道は青梅から多摩川の北岸を西方に延び.奥多摩町の氷川,境,小河内を過ぎ.小菅から大菩薩峠を越えて甲府に至っている。 このことから甲州裏街道と呼ばれていた。 その後小河内の物産は氷川の厳しい山道14kmを避け.歩き易い五日市20kmに運ばれ.岫沢(くぎさわ)から風張峠にでて, 浅間尾根を下り本宿から五日市に向かう道に変わっている。現在の青梅街道は柳沢峠を越え塩山にでる明治11年に開通した街道。 松浦隆康著「バリエションルートを楽しむ」によると奥多摩地方は江戸城の築城の為.堰石や江戸屋敷の漆喰壁の原料である石灰を 多く産出した場所であり.又木材や生活品を運ぶ重要な街道だった。その中.氷川から小河内の間は特に峻険で道幅も狭かったため 明治32年に改修されている。住民の生活道路とて利用されたのは昭和に入ってからである。 その後国道411号の開通により.昔を偲ぶこの旧街道を鮮らそうという動きが地元で起き.水根から氷川までの旧街道は 「奥多摩むかし道」として最近整備されている。 「惣岳の荒」 シゲクラ橋手前に立てられている「惣岳の荒」の由来案内板によると「太古以来の大洪水と寛保2年(1942年)や明治40年(1907年) の奥多摩一帯を襲った未曾有の大水害によって.多摩川南岸しげくら谷より押し出された多数の巨岩.奇岩が累々として「惣岳の荒」と 呼ばれ渓谷美となっている。奥多摩町教育委員会.」 多摩川に流れ込むシゲクラ沢は荒れた川と知られ出合は「惣岳の荒」と呼ばれる難所だった。急峻な暴れ川と知られ. ここでは材木は1本流しであったが「荒」ができてからは難渋することが多くなり.街道に水流鎮護を祈って水神様が祀られている。 又街道の難所に当たり.不動明噂やがんどうの馬頭観音.牛頭観音.縁結び地蔵等が街道脇に立てられ祀られていた。 シゲクラ沢出合 多摩川シゲクラ橋の対岸脇の祠から川底へ降りている.8:04尾根の取付き この吊橋は以前は直径20p程の杉の丸太を4.5本ずつ藤蔓で結ばれ吊橋だったらしい。今は現代的な架橋に変わっている。 むかし道には2本の吊橋が架かってをり.それぞれシダクラ沢右岸尾根と左岸尾根に取り付けられている。 左岸尾根はこの先で昭和51年完成の道所橋を渡って取付き.尾根のツメでは広葉樹が広がる大ブナ尾根に合わさり惣岳山に至る。 吊橋を渡ると左足元に小さな祠の祀られていた。その脇から沢ベリをシゲクラ沢の沢底へ下っている。 対岸から取付きを探すが樹林の下地は雪面に埋まり.ルートを見定めることが出来なかった。 古い丸太橋は形だけが残されているも崩れている。一番心配だった渡渉は素足にならずして.沢口から飛び石伝えに渡れまず一安心。 流心に負けぬゴロ石が多くある。 対岸の林班界標から尾根に取り付く沢底で改めてルートを探すと中腹の雪面に目立つ黒い板盤らしきものを見付け.強引に直登する。「平成18年度の間伐表示板」だった。 その右3m程離れぬ所にL字鋼「6号鉄塔に至る.東京都交通局」の巡視路標柱が立ち.そこから薄い踏み跡を綴って尾根上にでる。 又雪積もりはっきりしないものの.少し直進し右にトラバースする巡視路があるらしい。5号鉄塔にでればシゲクラ沢左岸尾根に乗る。 体が温まり羽毛のチョッキを着替える。積雪は登山靴.足首程の深さでやや肌寒い。 610m圏峰にでれば山陰からも外れて.日差しを現わすだろう。トレースは登りの足跡として残されている。昨日か.一昨日に登山者が入ったようだ。 多摩川線6号鉄塔基部 季節風の降雪を避け鉄塔は川沿いの南肩に架けられていた.8:26九竜江戸小屋尾根を越える送電線の鉄塔窪 多摩川右岸にはカテナリー曲線が描かれていた.8:28左上は本仁田山(ほにたやま)ゴンザス尾根, 左手前は榛ノ木尾根からのイソツネ山南尾根。 送電線多摩川線(小河内ダム.都営多摩川第一発電所〜白丸.関電氷川発電所間) 一汗掻く前に小さな東京都交通局の6号鉄塔が現れた。 頭上高くに送電線が架かり.東面の谷間を覗き込むと3つの鉄塔を繋ぎ.栃寄沢を跨ぎ山ヒコ尾根に乗る9号鉄塔が望まれた。 九竜江戸小屋尾根の末端にはU字に綺麗に伐採された10号鉄塔基部が望まれた。その基部の向こう裾が小留浦の集落になる。 九竜山と九竜江戸小屋尾根 しげくら峠への登りで.8:44そのまま急登が続く。より尾根らしくなり檜の樹林帯を縫いトレースが綴られている。中途半端な積雪は浅い。ただ外すとやはり馬力を要した。 滑り易くなる。又踏み跡の雪穴の間隔が狭過ぎ.時には省いて渡ろうとすると足に力が掛かり過ぎ又滑る。 立木には赤テープ.赤プラの境界杭が所々で頭を出している。幹に塗られた帯のような赤ペンキは白色に変わる。 右に巻き過ぎ直ぐ修正し.大きく露岩した所にでると610m圏峰は真近になっていた。 テレビアンテナ810m圏峰 陽光が差し出した尾根分岐.9:24810m圏峰 傾斜が緩み左後方の尾根と合わさり.古いテレビアンテナの立つ810m圏峰にでて.一汗掻き倒木に腰を降ろし1本取った。 山蔭の日陰をを抜け漸く陽が差しだし.坐ると雪面が近ずき尚更眩しくなる。雪質は以外とサラサラしている。雪粒の冷たさだけが伝わってきた。 休む最初の1本はこのところバナナを常に口にしていた。別に心かげて決めたことではないが.目に付き食べている。 冷蔵庫から持ち出しただけだが.何となく落ち着き今日も1本頂いた。 テレビアンテナはここから10m程先に建てられていた。左後方から入り込む「栃寄森の家」からの神社分岐コースにトレースはなかった。 やや疎林になったコブ。頭上は真っ青さが天空に突き上げ.トレースは急に腿と深くなる。 猪 登り坂の尾根の中央に2m四方ほどの少し高めの小平地がある。ここだけは積雪が除かれ.落葉が敷き占められていた。 不思議な状況で覗き込むと土を掘り起こした跡がある。咄嗟に猪に仕業だと分かった。柔らかい土壌でミミズを捕った跡が残されていた。 この一角を外れると上方の雪面に続くよう.深く2つのツメを示す足跡が点々と残されていた。 何故ここだけが雪もなく掘り起こされているかは謎である。まだ積雪が浅いうちに掘り起こされ.日に照らされた為だろうか? しげくら峠 振り返り檜の中木帯の先は六ッ石山.9:59意気揚々と傾斜の落ちた尾根を歩みだす。ただ日差しが当たりだしたものの,樹林に閉ざされ陰の所も多い。 冬木の日溜りは見るだけでも暖かさが伝わってくる。高度を上げるにつれ樹間を透し南面に広がる尾根が見渡せられている。 しげくら峠 軽く鞍部を下り返し,やや急な斜面を越すと立木に掲げられた「しげくら峠」の木片がポツンと立てられていた。 峠には赤い鳥獣保護区のブレードがあり.その傍に赤プラの境界杭もある。 中途半端に所,雪面に隠れているかも知れぬが.交わる枝径は雪に埋まり分からなかった。 関東でも降雪の後の冬日が続き,今日は乾燥注意報がでている。ルートは膝辺りまで潜る深みのトレースで踏み固まられていた。 その足穴に体重を乗せると周りの静寂さを破り「ピーッ!.ピーッ!」と締まった音色が伝わってきた。規則正しい響く. 枝から落ちる雪片に足を止めると野鳥の囀りも聞こえてくる。雪積もる森に共鳴する野鳥の声が静かな協奏曲を奏でている。 鳥音痴の私でも素敵な囀りだ。何という野鳥だろう? それも一羽でないのがよい。 ただこの静かな調和を壊したのは樹冠高くから横切るジェット機の爆音だった。北陸への航路か? 間を掛けて再び頭上を横切っている。 爆音の方向を見定めて東京発の旅客機か? ここからは樹冠が狭く機体は望めぬが飛行機音は高くも低くもないところを飛んでいた。 再び急登となり心地よくステップを切る。小石混ざりの斜面や草付きは雪上の方が歩くには楽だった。 雪階段を登るよう一歩一歩高度を上げて行く。トレースと共に綺麗な春雪が純白を示し積もっている。 先程の810mからは登山靴は潜り.腿前後の積雪になっていた。時間も労力も無雪期とは異なり.費やすばかりだが.気分は壮快そのものになる。 低山でも雪山気分を贅沢に味わうことができる。目の前に巨岩が現れ.1062mの小コブにも鳥獣保護区のプレードがあり, トレースはやや尾根の南南東側に向っている。尾根筋も南側に寄りだしている。10時40分. ラッセル跡に並行するよう尾根筋の高みに獣の足跡が続いている。鹿の足跡か? ツメが2本認められる。 2ケ所で小さな実のような鹿の糞を見る。斜上して登っているのは兎らしい。 アセビの広場 1280m付近の雪原.11:07アセビの広場 眺望が更に広がり,登り切るとアセビの広場にでる。雪原を遠まきに檜林が囲んでいる。 小さな倒木を見付け.上に積もる雪を取り払い昼食を摂る。今回もサンドイッチ・・間食でもある。 暮れに本社ケ丸へ出掛ける前.コンロからテルモスに替えている。下準備で整理したコンロを家の何処かに紛失した。 間抜けで時折思い出そうと考えるが狭い部屋でも.まだ見付けられずにいる。情けないがそれ故今回もテルモスを用意した。 それも後半に必要とまだ手を付けずにいる。ハムサンドを2切食べ腰を上げている。 逆光のトレース.11:35ここからは雪原が広がり樹林の先を覗き込むと南西に小さな雪の起伏が見え.巻き込めば惣岳山にでる。 残りの岩尾根を辿ってもよいがトレースはなく.「あけびの森. 御前山」の道標のある巻きの登山道を選んでいる。 左後方から登ってきた栃寄林道の径を分けるとトレースの足穴がやや硬くなった気がする。跨ぐよう一歩一歩前進するのみ。 周りは明かるさから煌きに変わり.蒼空が広く開けだした。西側には枝越えに奥多摩湖全景が見下ろされた。すると大ブナ尾根の分岐にでる。 樹間を縫う綺麗な踏み跡惣岳山 御前山の肩,惣岳山(水窪山)と落葉松林.11:56大ブナ尾根合流点 幾つもの標識があり.鳥獣保護区のプレードや「御前山.シゲクラの道」.「奥多摩湖」や「山道」と道標がある。 「山道」には黒のマジックで「アセビの広場. シゲクラ尾根」と小さく付け加えらられていた。 又道標には「小河内峠1.7k.大ブナ尾根・奥多摩バス停.御前山」と腕木が方面を示していた。 落葉松林の樹間を縫い.12:00右下の小河内峠からのトレースと合わさるとトレースは足型の穴の組み立てでなく.ここからは1本のトレースとして確りしたラッセル跡が続いていた。 惣岳山から御前山に続く平坦な落葉松林。葉を落とした冬木の枝々の隙間から蒼空が開かれ. 仰げば大樹の太い枝の絡み合いの先に深い天空が望められる。透ける日に兎が飛び出してきそうだった。 御前山 十文字に重なり合うトレース跡.12:32御前山 雪原化した頂きに立つ。ラッセル跡が縦横に幾何学的に描かれ.週末からの登山者が頂きに立った印が刻まれている。 積雪が多いせいかトレースの跡が確り臨まれ.汚れもなく純白そのものの白さを表している。 空には小さな積雲が湧き始め.大分大きくなってきた。背景は蒼空と雲量とが五分五分になる。 日差しが当たれば更にトレースに立体感を生み.雪質の新鮮さを現していた。 御前山1405mからの展望 富嶽を仰ぐ南西方面 左景.12:20富士山と三ッ峠山. 右奥が大菩薩連嶺. 中央が三頭山.左は浅間尾根と笹尾根.右側は三頭山御堂指尾根とスカザス尾根. 三頭山方面 右景・・三頭山中尾根を望む奥多摩北西部 ![]() 石尾根六ッ石山と長沢背稜 ![]() 長沢山酉谷山.天目山.蕎麦粒山 笹尾根と浅間尾根 休息のベンチから笹尾根・・陣馬山.生籐山,熊倉山.浅間峠.土俵山.丸山. 遠方は表道志 檜原街道沿い・・下川乗〜上川乗 浅間尾根・・松生山〜浅間嶺間 ここの眺望は2度目の頂になる。数年前だが再び山に登り始め.川苔山で御前山と教えて頂き.その月の内に望んだ頂だった。 石尾根を越える奥多摩北部の山々を望み.三頭山を背にすればは富嶽を囲む前衛の御坂の山々から大菩薩の高峰に掛け 壮大な山並を連ねるパノラマを描き望まれた。 又雪を取り除き座ったベンチからは南面に広がる浅間尾根.笹尾根の山々が樹間越しに眺められる。 中木のブナ林が囲む頂 山頂ベンチ脇のブナ林.12:25ベンチの1つが1/3程が乾き始めている。後はどのベンチも雪多く半ば凍っていた。 ここで誰とも会わぬとは今日も一人占めの山行になるだろう。時折日が差しだし一人占めをする贅沢さ。後半の雪尾根が面白そうだ。 前半で少し時間を費やしてしまったが後のルートはトレースがあるまい。 藪は雪下に埋まり.閉さすガスもない。ルートは間違っても.戻れる印が残されることになる。時折日が差てくれれば申し分ないが。 昼食 正月の大菩薩山稜.大垈山登山ではビールで祝したが今回はハイリキでハムサンドを肴にした。 持参した小型テルモルは万一の事を考え.手を付けず後半に残す。私に宝袋にはチーズにチョコ.ビスにチクワがある。手を入れると出てきた。 シゲクラ沢右岸尾根略ルート図 シゲクラ沢右岸尾根から惣岳山・御前山・・駅前の「丸花」と新雪のトレース 湯久保尾根.湯久保山南西尾根から尾根通し・・久し振りの春雪をラッセルで刻む |