・・川苔山周辺絵図 都県界尾根Top 奥多摩.奥秩父東部概念図.山行表
       川苔山東南面の山々

   川苔山周辺
     2007年03月. お彼岸の川乗谷百尋ノ滝から足毛岩肩を経て川苔山―舟井戸から大根ノ山ノ神を経てjr鳩の巣・・再び山へ初めての奥多摩
     2016年03月. jr白丸から根岩越えして本仁田山―平石尾根.妙指尾根から向寺地にでてjr奥多摩駅
     2025年09月. jr奥多摩―屏風岩尾根―権指尾根―花折戸尾根―本仁田山―大休場尾根―安寺沢―除ケ野の黒線―町立小学校裏―jr奥多摩
     2025年10月. 大岳鍾乳洞入口からサルギ尾根を詰め上高岩山.中沢ノ頭から鍋割山北尾根に乗り大檜峠を越え.城山北尾根からjr鳩ノ巣

   赤杭尾根
     2016年10月. 大丹波川・雁掛林道から雁掛ノ峰を経て川苔山肩―鋸尾根を南下しウスバ林道.ウスバ尾根南面下段の旧経路から川乗林道
     2019年10月. jr鳩ノ巣から峰歩道を経て入川谷を横切り.エビ小屋山南南西尾根―赤杭尾根から曲ケ谷沢を下り林道・県道‥清東橋bs
     2020年07月. 清東橋bsから大丹波林道.44号鉄塔尾根を経て真名井沢ノ頭―赤杭尾根.赤杭山東尾根から越沢へ・・真名井林道・左岸道.上日向bs
     2020年08月. jr川井駅を起点に蝉沢左岸尾根から峰三ノ戸山―頭窓山から570m圏南尾根を下り.崩壊地から鉄塔尾根の御伊勢山に立つ。

   大丹波川右岸流域
     2009年12月. 真名井沢ノ頭北尾根から蕎麦粒山―桂谷より桂谷林道.川乗林道と日原街道を経てjr奥多摩へ
     2016年10月. 清東橋bsから大丹波・雁掛林道.曲り尾根.真名井北稜雁掛ノ頭―鋸尾根大ダワを経て.ウスバ尾根下段径路と林道・・川乗橋bs
     2019年10月. jr鳩ノ巣から峰歩道を経て入川谷を横切りエビ小屋山南南西尾根―赤杭尾根から曲ケ谷沢を下り林道・県道‥清東橋bs
     2020年07月. 清東橋bsから大丹波林道.44号鉄塔尾根を経て真名井沢ノ頭―赤杭尾根.赤杭山東尾根を下り真名井・熊沢林道・・上日向bs
     2020年08月. jr川井駅を起点に蝉沢左岸尾根から峰三ノ戸山―頭窓山から570m圏南尾根を下り.崩壊地から鉄塔尾根の御伊勢山に立つ。

   入沢谷・・入川谷流域絵図
     2018年06月. jr古里駅から周回.古里附.入川林道を経てトキの倉骨.布滝―オキの倉骨から巡視路を経て旧峰集落・・林道終点に戻りjr古里
     2018年07月. 杉ノ殿尾根末端から旧峰集落を経て入川谷―布滝沢径路からエビ小屋山南尾根.そして向ウ山を経て末端に至る・・林道起点から周遊
     2019年08月. 入川谷布滝から峰歩道の作業道? 旧峰集落―大根山ノ神から杉ノ尾根を経て荏ノ久保山南尾根・・jr鳩ノ巣
     2019年10月. jr鳩ノ巣から峰歩道を経て入川谷を横切りエビ小屋山南南西尾根―赤杭尾根から曲ケ谷沢を下り林道・県道‥清東橋bs

   清里.清泉寮周辺の清掃ハイクが切っ掛けとなり.再び山登り始める。手軽な日帰りの東京近郊の山々へと。

    初めての奥多摩.川苔山・・予備知識に地図も持たず.登った早春の独り旅
        川乗谷林道から百尋の滝を尋ね.足毛岩分岐から川苔山―舟井戸.大根山ノ神コースからjr鳩ノ巣駅. 2007年03月21日.単独
     再び山へ
   清里・清泉寮の立教清掃ハイクが切っ掛けとなり.再び始めた山登り。まずは27年振りに子供達と歩んだ奥多摩に入る。
     川苔山は高尾山と同様.名の知れ渡る山名から出掛ければ如何にかなるだろうと云う安易な考えは最初から甘かった。

   地図を持たず.地形も分からぬ間々川苔山の名前だけで頂を目指している。又川苔山には高尾山と同様に売店があると思い込んでいた。
     着いた川苔山の山頂は以外と閑散とし.寒風が寄りそえている。奥多摩三山の山名を教わり.道標に頼ねば登れぬ山だった。
     翌月には地形図を購入し.川苔山の向かいに眺められた御前山に改めて出向いている。

   8時前に青梅線奥多摩駅に到着するには列車の連絡が悪く.御徒町駅から3時間弱費やしている。新宿発7時44分「ホリデー号」に乗れば
     2時間弱のアプローチ。本当に久し振りの1人旅. のんびり春の陽差しを浴びながら奥多摩の山を散策しとうと早めに出向いたのはよかった。
     子供達と奥多摩にキャンプやハイキング.釣りにと出向いてから27年振りになる。今日は川苔山に登る。

    03月21日.晴後曇
      jr新宿.「快速おくたま1」7:44.¥1250=9:14奥多摩.西東京バス.¥250=川乗橋9:50一ウスバ尾根
      一13:00川苔山13:45一舟井戸一大ダワ一大根山ノ神一15:44jr鳩ノ巣駅:45.

   jr立川駅ホームに列車が入線するとハイカーが急に増え.車内は飽和状態になるも.途中の日向和田駅で殆どの乗客が降りている。
     青梅の吉野梅郷? 里は梅まつりのシーズンを迎えていた。

   急に閑散とした車内の大きなガラス窓から抜け出した明るい陽光が差し込み.陽の妖精達が弾けるよう車内を踊り回る。
     車内にはもう数える程のハイカーしか居なかった。祭日なのに御嶽駅を過ぎると更に拍子抜けさせられるほど.乗客は少なくなっていた。
     又下山してからはjr鳩ノ巣駅で切符発売機の故障からトラブルを起こすも.無事解決した。

      jr奥多摩駅
   昔の終着駅「氷川駅」は「奥多摩駅」と改名されている。奥多摩駅は1944年(s19年)に御嶽駅から延伸された青梅線の終着駅として開業した。
     開業当時は氷川町の町名から付けられていた。その後奥多摩町に変わり.1976年に奥多摩駅に改名されている。

   だが駅前広場の細道に繋がるT字路は40年前と殆ど変わらぬ風景が保たれ懐かしい。駅舎前の広場も.向いの雑貨屋・食堂も.
     バスの事務所と停車場と昔の間々の姿形で残されていた。見覚えのある広い駅舎前の広場にでる。
     どの店も殆どが同じ店舗で構え.廃業せず続けているのが嬉しかった。

    川苔林道と川乗谷
   川苔谷→日原川→多摩川

   当然.日原行の乗合バスは全員が座れた。日原川沿いの狭い日原街道をバスは遡り.15分程で川乗林道起点の川乗橋バス停にでる。
     ここで半分程のハイカーが降りている。私も林道川乗線の入口ゲートを跨ぎ.誰も居なくなったのを確かめてから一番最後に歩みだす。
     暖かくなった陽差しはキルデングの上着をザック底に押し込ませ.ウインドヤッケを被る。仄かに当たるそよ風は冷たくなかった。

   日陰の林道から眩い朝方の陽射し

      川苔林道
   植林された杉林が右岸沿いの長く続く舗装林道を被う。綺麗に枝打ちされ真っ直ぐ伸びる杉林には朝の陽差しが逆光に漏れていた。
     蒼空と枯れた茶褐色の山肌.そこに杉の緑葉が冴え.木洩れ日の林道を歩む。

   瀬々らぎの音色が高々に聞こえ.澄み切った流れの響きが心地よい。真新しいガードレールが深い谷との境を庇っている。
     白いガードレールとは異なり.初めて見る黒褐色のレールも.自然と合う色柄で.よく目にも馴染まさせていた。

   30分程して左岸に聖滝を見上げ.逆川出合を過ぎると前を歩む2人連れがザックから虫タモを取り出した。既に陽は高く昇っている。
     遅い渓流釣り.釣果が気に掛かる。この先のカーブで倒木が多いが谷間へ下れる所にでる。看板が立ち「入漁料を忘れずに!」と読めた。

   川乗沢の右岸から遡る

      川乗谷線歩道
   植林された杉林を抜けると細倉橋でる。林道を左に分け.川乗谷の谷底を遡る。左岸に渡り.ヘチ沿いの細い谷間へ川苔山登山道の土道に入る。
     樹相は広葉樹に変わり.アスファルトから裸土の木洩れ日を受ける落葉の谷底を縫い遡る。
     柔らかい陽差しを受け沢幅も狭まった谷沿いを左岸.右岸へと綴って行く。足元の赤土と落葉の絡みが快い。

   谷底から両手を大地に付き這い上がってきた釣人に出会う。竿3間を持ち.谷底から上がるも釣果は0だった。
     顔を横に振り諦め顔の彼.日は高く昇っている。谷底には小滝淵.釜を幾つも連ねる流心の強さが伺える。

   竿の長さとのバランスが難しい。私には竿が長過ぎるよう思える。穏やかな左岸の山腹を巻くにつれ.沢底から離れ高巻くようなった。
     渓谷深まる清々しい歩みの登りが続く。

   塩地谷.百尋の滝

      百尋(しゃくひろ)の滝
   右手に回って山腹を巻き.支尾根の南側を乗り越し.百尋の滝分岐道標に従い.川苔山への登山道を分けると広い川乗谷の沢底に降りている。
     今までの小滝とは比べものにならぬ圧倒的なスケールを持つ百尋ノ滝に突き当たる。

   落差30mほど.奥多摩では超弩級の名漠と呼ばれているものの渇水期で水量は乏しい。期待が大きかっただけに見た目は貧弱に思えた。
     真近でも舞う飛粒ではなく.ただ静かに白糸を引き流れ落ちている。

   昔は大きな釜が構えていたらしい。1997年春に右岸沿いの川乗林道側が崩落し.滝壺の底部分は全て埋尽くされた。
     その滝口から改めて覗き込むと足元や浅い釜脇に疎らな残り雪が見られた。まだ歩きだして間もないがここで空腹感を感じている。
     妻の握った結飯を1つ摂る。大きな梅干入り.梅が大きいのか甘酸っぱさだけが口に残された。

      陰る日差し
   500m弱で巻道から登山道に戻り火打石沢を横切る。小さな横ヶ谷を渡渉すると足毛岩分岐にでる。
     どちらに行くべきか思案していると後から来たハイカー達は悠著することなく.北側の横ヶ沢へ回り込んでいた。自分は天邪鬼か?
     1人反対側南の山径を選んでいた。道標には「足毛岩の肩0.7km.川苔山1.8lm」とある。先程の分岐からは川苔山の小屋跡にでるようだ。

   南側の山腹を横切ると足毛岩の肩へでる。ウスバ乗越方面への山腹道は所々にロープが張られている。
     南東に延びる尾根伝いを進むと水平道に入り,小径は雑木の落葉径.歩む。土壌が厚くソフトなクッションを生み心地よい。

   途中の枝沢のツメは凍り.沢溝沿いの流れは全てが凍結していた。一日中陽が当らない所だろう。
     そして回り込むとウスバ乗越からの尾根と合わさり.尾根の取付では立派に成長した霜柱を踏む。気持よい響きでバリバリ割っていた。

    川苔山
   背稜は都県界尾根・長沢脊稜
    広い山頂の一角に二等三角点標石1363.26mがあり.基準点は「火打石」.

      川苔山(横ケ谷ノ頭)
   川苔山西側に延びるウスバ尾根に乗る。確りした幅広い防火帯は尾根筋に登山道が付けられていた。人の踏み跡は少ないようだ。
     ゴロ石と落葉が被う硬い土壌の冬の径. 大地は硬く凍っているのだろう。蹴ると弾ける感じを持っていた。先に小さなコブが幾つか現れた。
     幅広い防火帯になるも眺望もなく.落葉松が覆い.暫くは足元の大地を踏みしめ登っている。

   それに膝が笑い始めてきた。足を庇いながら歩幅を変えずゆっくり歩む。
     昔は呆気なく登れたようね山径. 5ケ月振りの山でもあり. 同期Sの里で同期会が催され.仲間達と奥武蔵の日和田山をハイキングしていた。
     一昨年還暦を迎え.夏に立教学院八ヶ岳環境の清掃ハイクに参加.それを機会に再び山を登り始めている。それも年に3.4回程度だった。

   今回はそれ以来の単独行.川苔山の頂を目の前にして視界のない何の変哲もないゴロ径が足を更に重くしていた。
     2つ目のコブの手前で人の話声を聞き.頂近いと知る。以外と広い頂の小平地には何人かのハイカーがいた。

   もう既に陽は翳り風の冷たい頂に立つ。頂に生い茂る裸木の枝々の芽はまだ硬く.春の兆しは先のようだ。冷たい風に枝木が揺れ動かされていた。
     天気は予想より早く崩れだしている。層雲が低く沈み始め更に暗さを増し.視界は閉ざれかちになる。

   頂の北面・東面は樹林に遮られ.日向沢ノ峰へ続く山容は隠されている。川乗谷を隔てた鳥屋戸尾根の遠方には石尾根と長沢背稜が重なり合い.
     曇天に春特有の霞空が望め.その中央の小さな尖っ付きには雲取山が遠望された。

   南側を見ては多摩川を隔てた山並に.大きな起伏をもつ奥多摩三山が聳え大岳山・御前山.三頭山だと知る。
     傍にいた中年夫妻に四方に見える山並み全てを教えて頂いた。

   子供達と訪れたことのある奥多摩の山々は高水三山と御岳山.後は大丹波のキャンプになる。殆ど歩んでいない山域だった。
     下調べもせず.列車で1/5万地図を広げ.ここまで歩んできた。初めての山域は1/2万5千地図でないと難しい。
     来月は教えて頂いた御前山を.翌年3月には三頭山笹尾根を歩むことになる。

   山頂に売店はなかった。直ぐ下の川苔茶屋は崩壊激しく.今ではよく残っていると思うほど廃墟した小屋だった。
     高尾山を連想しての山. 山名だけは知っていると訪れたが茶屋のような施設は何処にも見当たらず。

   聞くと笑われる始末.次回から真面目に山と向かえねばと悟らされた。
     寒くテルモスを開け.コーヒーとコンソメスープを続けてさまに飲む。同期大川に勧められたアンパンも美味かった。

   頂でのトカゲはなくなった。まだ時間はあるものの陽はもう陰り疎らだった人影もなく.私1人が頂に残されていた。
     索莫とした侘しい頂に長居する必要はなかった。肩で今にも崩壊する寸前の廃屋前でる。ここは朝方の分岐から続く登山道らしい。
     単純に見付けた道標から舟井戸越えの鳩ノ巣駅へ下る径を選んでいた。

   後で思えば幾らかだけでも眺望に恵まれた赤杭尾根から川井へ下ればよかった。
     発想以前にコースどころか何の考えもなく頂に立っている。下りも如何にかなると安易な考えで入山していた。

   逆沢.源流ツメ

   川苔山は人工林が多い。特に鳩ノ巣への下り道は途切れ途切れに落葉帯はあるものの植林の薄暗い杉林に被われている。
     伸び育った杉の森は根元を翳らせ.上部では土壌がカチカチに凍り.霜柱の感覚もなかった。硬すぎる土を叩けば氷を覗かせてもいた。

    杉ノ殿尾根
   植林した杉の森

   低い層雲が覆うような杉の針葉樹林帯に入ると相陰の森の日差しは更に陰る。うっそうとした森はもう早い黄昏が近ずくような.
     錯覚をも覚えさせられていた。深く木陰に閉ざされた山道を辿る植林帯を延々と下っている。

   本仁田山(ほにたやま)分岐付近
    尾根筋は日が通さないため.気分的には暗いが山道は歩き易い。

   山腹中道はいささか単調な緩い下りが続く

   綺麗に間引された明るい倒木林帯を抜け

   中半を過ぎると程好い間隔で間伐された太い倒木が転がり.中流から下流の裾尾根は入るに従い杉林は若くなっている。
     間伐は下流側でも行われていたが.密度と立木の高さの関係か? 大・小木林の植林帯を潜る山道は常に陰りを漂わしている。
     大ダワから大根ノ山ノ神へ下る径と合わさり.暗い杉林の長い登山道が続いていた。やはり展望の利く大休場尾根や赤杭尾根がよかろう。

   峰入川谷を隔てた赤抗尾根

   植林の切れた雑木の落葉帯に入ると曇天の中でも自然の明るさが実り.日を透す解放感に救われる。
     まだ昼下がりであることを示している。鳩ノ巣の集落にでて周りは更に明るさを増していた。

    多摩川南岸の山々
   棚沢の集落に降りた右下がjr鳩ノ巣駅

     途切れた右奥の頂が城山で三頭三角点759.7mがある。左斜め下の城山北東尾根を背にしているのが坂下の集落.
   左側の越沢を隔てて聳えるのが広葉山の.山陰になる大塚山からは広葉山の肩に長い尾根を派生させているのが分かる。
   右寄りの越沢の谷間の奥に聳えるのが町村界尾根の鍋割山と奥の院.

      鳩ノ巣
   この登山道は最後まで尾根通しで出た所で棚沢の慈恩寺境内に入る。庭先の1本の早桜が満開に咲き溢れてさせていた。
     棚沢の集落から外れ,軒を並べる家屋を縫い急坂の里道を下れば数分でjr鳩ノ巣駅にでられた。
     電車の警笛が谷底から響いてきた。間一髪の遅れが駅舎で1時間待たねばならないと思い.久し振りダッシュした。

   アスファルトの急坂を下ると踏み切りの50m手前で電車が横切った。万事休す。諦めるも単線と気付き咄嗟に又走る。
     駅前右側の踏み切りを越え.南側に回り込み改札口へとダッシュした。発車1分前に下りの電車もホームに入線する。

       15:44jr鳩ノ巣:45.¥1250=青梅=立川.快速=三鷹.特快=神田=5:50御徒町.
      乗車券
   駅員は私に切符を買うよう指図した。発売機に咄嗟に200円入れ.お釣り70円は出たが肝心の切符が出てこない。
     何故か分からぬが切符がでない。故障を告げるもトンチンカンな会話になる。駅員は訳が判らぬとふけん顔。
     自動券売機の前に立たせ.切符が出ないと告げる。もう下り電車はホームを離れ発車した。

   駅員は70円を受け取り.自分の財布から私に200円を立替え.切符なしで乗れと云う。ホームから見えるか見えない車掌に手を振りダッシュする。
     上り線ホームは登り階段を跨がなくてはならなかった。飛ぶように階段を登り.降りた気がする。
     車掌は知ってか.知らぬか.乗った途端に電車の扉は閉ざされた。

   帰りもガラガラの車内になる。一両に数人しか乗客はいなかった。山まで運んだビールをザックから出し.自分に祝杯をした。
     乗換えた青梅駅も..川駅からも神業で繋がれ乗り換えられただけでなく.待つことなく神田駅まで座り続けられた。

   奥多摩での例年の積雪は判からないが周りの今日の眺めからは全く残雪の斜面は見られなかったが,心ばかりの残り雪と霜柱・凍氷を踏む。
     先日11日には芦安の御勅使川へ岩魚釣りに出向いている。例年の釣行だが今年は今月上旬から残雪が少なく夜叉神峠まで車が入っていた。
     降雪の中の釣りでなく.残雪が全く見られず竿を出す異常な暖冬に今年はなっている。

   中高年の登山ブームに.お彼岸が幸いしたようだ。短いながら静かな山旅を味わう。
     入山では足の後ろ下筋を軽く痛め,頂直下では腿と膝が重く固まりだし庇い登っている。下山して足先と膝の皿が痛烈に痛かった。
     翌日は腿も上腿も腰さえ痛み.如何に体を動かしていないか証明したようなもの。気分だけは爽快で程好い疲労感を十分味わっていた。

   鳩ノ巣の由来は江戸期にこの辺に上流から1本流しの丸太の貯水場があり.飯場小屋があった。今の雲仙橋の上流側,魚留滝(なるたき)の上に
     飯場を祭った水神社の森があり.その境内に2羽の鳩が仲まじく巣を営み.その様子が人々の心を和ませていたようだ。

   いつしか鳩ノ巣の飯場と呼ぶようなり.この地名になったという。魚留滝は江戸末期の大洪水で崩壊している。
     川苔山から見た翌月の山行は鋸尾根からカタクリの御前山へと。小河内峠から天平尾根を下り小河内ダムにでている。

     形図「奥多摩湖」「武蔵日原」.山と高原「奥多摩
     地名「川乗」の由来 早春の川苔山Top



               ・・奥多摩三山Top 奥多摩湖畔道Top
        奥多摩三山・・御前山
     2007年04月15日. jr奥多摩駅から直接登る鋸尾根と御前山―午後は小河内峠に出て.水窪山天平尾根(小河内尾根)と湖畔の南岸遊歩道.ダム
     2010年08月05日. 奥多摩病院裏から江戸小屋尾根を詰め.鞘口山から東進し大岳山―御岳山から日の出山北尾根を下りjr御嶽駅
     2012年01月30日. トレースされた惣岳山シゲクラ沢右岸尾根から.ラッセルで進む御前山湯久保尾根.尾根通
     2022年09月26日. 橋詰bsから山ビコ尾根を乗り九竜尾根と合流し.江戸小屋尾根を詰め鞘口山.膝の故障からクロノ尾山中尾根を下り神戸へ

      川苔山から続き.対峙する市界尾根の鋸岳.御前山から水窪山天平尾根を経て奥多摩湖.小河内ダムに下る 
                                           2007年04月15日.単独

    町界尾根の鋸尾根から御前山に立ち.小河内峠で1本.水窪山天平尾根を下り奥多摩湖々畔へ。
     jr奥多摩駅から鋸尾根を経て.まだ早々のカタクリの花を求め御前山―小河内峠の水窪山天平尾根を下り.都水道局の湖畔遊歩道から小河内ダム

   当日.勝浦鵜原の船頭が私用で出船できなくなり.大陸棚釣りは中止.山歩きに変わっている。
     先月.川苔山の頂で教えて頂いた多摩川対岸の奥多摩三山. その1つの御前山に出向き.静かな町会界尾根を歩んで来ようと思っている。

   御前山は三頭山.大岳山と共に奥多摩三山と呼ばれ.奥多摩湖の東側に位置し.南北に支尾根を張り出す三角錐の風格ある山容を抱く山。
     大岳山と三頭山を結ぶ奥多摩主尾根のほぼ中に位置し.奥多摩町と桧原村の境界尾根の背稜にある。
     又御前山の名は神前に供える飯を盛ったような山容から由来するとか。

   頂西側の月夜見山との間には古くからの昔道が繋がり.現在は点線都道として越える峠路には小河内峠があり.眼下には奥多摩湖が見下ろされる。
     小学校の時.小河内ダムへ遠足で来た覚えがある。jr奥多摩駅近くの鋸尾根から御前山に至り.そこを繋ぐ山道を歩む。
     「山と高原地図」を購入し赤破線で示されている水窪山大平尾根を下り.奥多摩湖畔々畔遊歩道からダムサイドに回り込む。

    鋸尾根末端の愛宕山と御前山
   jr奥多摩駅前広場より・・2015.04.27/7:37
    愛宕山から鋸尾根を詰め町村境界尾根にでてからは写真中間に延びる九竜山江戸小屋尾根のツメ.鞘口山を越え御前山から奥多摩湖の小河内峠へ

    多摩川.氷川昭和橋の真下
   甲州街道を横断し右岸から愛宕山こ取付く
    多摩川のアユ解禁で渓流釣りを楽しむ釣人達で.直ぐ上流側左岸が日原川出合になる。上流には先月登った川苔山の登山口.川苔林道がある。

    4月15日高曇
      jr御徒町.ホリデーパス¥2300. 4:36=神田=立川=拝島=青梅=7:17jr奥多摩:30.

   奥多摩駅から鋸山鋸尾根に直接入り.人触れぬ山径を求め.jr御徒町駅から始発の電車を乗り継ぐ。
     立川で青梅線に乗り換え初めて女性車掌と出会い.一車両に20名程の乗客が乗り込んでいた。のんびり足を伸ば揺れる電車に身を委ねている。
     今朝も前回と同様.暖かい朝の陽射しが車内で踊っていた。単線.青梅線は途中.鳩ノ巣駅で時間待ちホームに立つとは以外と外は暖かい。

   彼岸の時はまだ咲き始めたばかりだった改札口横の立派な桜は葉桜となり.ホームは若葉の淡い緑の枝々を広げていた。
     川苔山々行から3週間経ち.満開から散った桜の枝々。春の強い陽射しを浴びている。日はドンドン伸びている。

      7:17奥多摩駅:30一9:35鋸尾根.三角点上一大ダワ一10:30蛸口山一11:30御前山12:20.

   乗り継ぎに乗り継いで奥多摩駅に着く。高曇だが以外と疎らに厚い層雲が山々や麓を覆い.曇がちになっている。
     駅から歩む道.多摩川昭和橋を渡る。多摩川の河原は早朝から渓流釣りで賑い.淵を狙う何人もの釣人を橋上から覗き込んでいた。

   結構釣人は多く一人ぐらいは釣り上げると暫く見詰め見守っていたが釣果は見られなかった。
     ヤマメはいるだろうが釣人の間隔が狭過ぎている。広過ぎる河原では却って逃げてしまうかも。釜や落ち込みならまだしも仲間意識が強過ぎるようだ。
     もう大分前になるが子供達が幼い頃.日原川上流側の氷川国際マス釣場に2度ほど訪れている。釣掘りだが間々の釣果があった憶えがある。

      鋸尾根
   大岳山から延びる鋸尾根(楢尾尾根)の末端が登山口.右岸に渡った町営の氷川キャンプ場から取付き.急な石段から山道に変わる。
     学生時代に奥秩父小常谷を遡行の折.丹波への最終バスを逃し.仕方なく野宿からバンガロに変え.泊まったことがある。
     明日入渓するというのに始発は遅く.酒を仕入れローソクの炎を囲みながら.狭いバンガロで夜遅くまで酒を交わしていた。

   急登の石階段は最初から息が上がった。初っ端からあごの出る階段が長く続き愛宕山にでている。後に188段と聞く.
     先月川苔山から下った登山道の脇に聳えていた本仁田山は圧するよう聳え.既に同じ高さに.喘ぐ登りは最初が肝心と真面目に足を運んでいる。

    1280m峰と御前山.惣岳山
   鋸尾根の樹冠から大沢を挟み.九竜江戸小屋尾根2010.08
    奥が惣岳山シゲクラ沢右岸尾根2012.01

      高台
   この高台には靖国の塔があり.戦没者慰霊塔の朱の五重塔が祀られていた。その直ぐ上には愛宕神社がある。
     山の上の神社は登計峠側に表門があり.本殿裏から登り着く形になった。右前方斜め下に登計の集落が見下ろされている。

   表門には舗装された登計林道が尾根を横切り.登計峠の先は大加林道と繋がれ全線がダート。近くに氷川発電所の貯め池があり.付近はカタクリの群生地.
     氷川発電所の南側は海谷集落(うなざわ)になり.林道から園地にでれば海沢谷に入り.鋸尾根の東側の渓谷になる。

   幅広くなった尾根は植林され,杉林に入ると小径を辿るようなった。
     水保全の為07年度に間伐したと登山道脇に大きく目立つ標識板があった。1本取ってから露岩が現れ.梯子や鎖場で高度を稼いでゆく。

   樹間の隙間から左後方下に樹林に囲まれた海沢の集落が見下ろされた。裾野の深い谷間に集まる集落.
     歩みを一歩留め.海沢の下流流域を覗き込むと谷間にへばり付くよう.幾つもの家屋が寄り添い見下ろされた。・2009.12
     登りを考えなければ長閑な風景だ。擦れ違う人も居ず.時折木洩れ日の陽射しを迎えるようになった。

    長沢脊稜蕎麦粒山と本仁田山と川苔山
   鋸尾根を抜け稜にでて.先月登った川苔山と鋸尾根の土手
    日原川出合対岸は本仁田山.平石尾根と手前に没する大休場尾根

   尾根も半ばを過ぎ.頂近くになると樹間を透し右下の真近に鋸山林道が見下ろせるようになる。そして天地山の小さな道標を見る。
     そう意識する山ではないようなコブのような山の尾根。山道はその西側を巻いていた。
     昔は鋸山と混同して呼ばれたこともあり.その由来は判らぬがその位置は時として幾度も移し変えられていた。

      鋸山林道
   鋸山林道は起点が大川出合で奥多摩から檜原に抜ける唯一の林道は全線舗装され支線の何本かが支線として分かれている。
     支線井戸入線はダートで2.3kmの距離. 九竜山・江戸小屋尾根を横断し.栃寄林道へ完抜きしていた。
     大ダワを越えた先には赤井沢線のダート2kmのピストン林道がクロノ尾山へ突き上げ.檜原側では林道大沢入り線・神戸線と呼ばれていた。

    奥多摩駅から九竜山.江戸小屋尾根と鋸尾根
  
     至小河内峠                          





雲取山石尾根からJR奥多摩


→多摩川

氷川発電所
   送電線多摩川線(氷川発電所〜奥多摩第三発電所)
   送電線奥多摩線(奥多摩第一発電所〜氷川発電所)

鋸尾根では林道登計大加線が愛宕神社で尾根を横断
九竜山.江戸小屋尾根では
         鋸山林道支線井戸入線が鉄塔前で横断


天地山から海沢谷中野へ


鋸山から右に折れ大ダワから御前山へ
         左に折れれば大岳山へ至る

背稜大ダワでは鋸尾根が小留浦と神戸を結んでいる
 
 2007.04.鋸尾根から御前山―水窪山天平尾根
     対岸倉戸集落から水窪山天平尾根の写真・2012.04
  2010.08.九竜山.江戸小屋尾根から大岳山―日の出山北尾根
     奥多摩駅前広場から九竜山,江戸小屋尾根末端からの写真・2012.01
  2011.08.石尾根狩倉山山の神尾根から六ッ石山―ハンノ木尾根
  2012.02.シゲクラ沢右岸尾根―湯久保尾根,尾根通
     鷹ノ巣山からシゲクラ沢右岸尾根北側からの写真,・2012.04
     九竜山伐採地からシゲクラ沢右岸尾根東隣りの写真・2010.08
  2012.10.鴨沢から雲取山石尾根―JR奥多摩

      天地山
   天地山の位置は国土地理院1/5万図での表記でも複雑のようだ。古くは現在の標高1109m峰が「天地山」と表記され.
     昭和47年発行の地図では981m峰に「天地山」の表記がなされていた。又ガイドブックには1047m峰の三角点の場所に「天地山」としたものがある。

   実際今の現地での位置では鋸山の北の1046.7m三角点の場所に「天地山」の標識があった。
     そして天地山へ向かう径は「行き止まり」の標識が立てられている。・「奥多摩.秩父」津波克明著より.

   その「行き止まり」先の674m峰は古い地図に天地山を経て.海沢方面への径が記載されていた。
     近年地元の集落にある「東京多摩学園」により尾根からのルートが赤テープでマーキングされたと聞くも.整備はまだまだのようだ。
     沢沿いは更に深く落葉がヒザ近くまで埋まり廃道化し残されている。

   2009年11月海沢谷を遡った折は真新しい確りした道標は幾つもあるも先は不透明。
     探勝路さえ.頂側の取り付き地点には道標がなく.枝尾根は未知のバリエイションの領域になっている。

   山腹を巻くと大岳山(鍋冠山)との町界尾根にでる。
     南側の赤岩沢側から常に心地よい風を受けるようなり.ここからは登計から綴られる大沢沿いの鋸林道を横断すれば大ダワは近い。

   山陰に入り山腹を巻き込むと明るい陽差しを浴びたログハウス風の鋸山避難小屋が現れる。大ダワである。
     この峠路は北側から赤井沢沿いから登る大入林道の終点でもあり.峠上で鋸山林道と結ばれている。
     10台程の駐車場が確保され.半分程が埋まっていた。ここ峠に風はないが一汗掻いた体には心地よい。

    鋸山と北側に落ちる鋸尾根
   蛸口山寄りから大ダワを越えの鋸山

      特訓
   落葉松交じりの明るい雑木林を抜けると鞘口山1142mへの登りが続き.傾斜が増すと岩混じりで山道らしくなる。
     この上で以外な特訓を受けていた。千葉の高校生90名の団体が登山大会の為.鞘口山1の頂から下りてきた。

   擦れ違うさま.「今日は!」と丁寧な挨拶で.私が登り擦れ違う道を上方で.待ち構えていた。それも延々と待ち構え.それにしても譲るメンバーは多く長い。
     一団が抜け.間を空けると又もや一団が現れ.待ち構える姿で.「どうぞ!」の声。仕方なく頑張るが列はその都度長く繰り返されていた。
     途切れのない列に休む暇なく登る私。見守られての登りで汗は滴り.腿はき付く。

   漸くは通り抜けるまで休む暇もなく.見守られながらのトレーイングになる。そして今度は中年夫婦に前を薦められた。
     彼女は強い。「先にどうぞ!」と言って.夫と離れ私の後にピッタリ付いてくる。追われるような登りがクロノ尾山まで続いた。

   クロノ尾山少し上部で.今が盛りのカタクリの群落地を抜ける。
     まだ疎らだが登山道の両脇に競い.泡紫色の長い花びらを少しひねり気味に巻き込みよう咲き誇る。

   華麗ではあるが群生とは云えず.今年は例年以上に遅い花咲付きのようだった。
     万葉の昔から人気の高い多年草. 今日も大勢のハイカーが鑑賞しに訪れている。

   一度傾斜が落ち,再び登りだすと落葉松林が目立ちだし.最後のツメでは木道からロープの柵道になる。登ると変形十字路にでた。
     南.左手の湯久保尾根と北側の「奥多摩都民の森」を結び尾根を横切る登山道を下れば栃寄へでて.この十字路を横切れば直ぐ頂に立つ。

    御前山々頂
   改めて驚く頂の凄いハイカーの群
    小広い平坦な山頂の石積の中に三等三角点標石1404.98mがある。基準点も同じ「御前山」.

      御前山
   多摩川沿いの栃寄から奥多摩都民の森を抜け.直接登ってきた幾つものハイカーグループで.頂は既に驚くほどのハイカーで満ち溢れていた。
     まるで高尾山と変わらなかった。雑木に覆われ視界は悪い。日本勤労者山岳会のメンバーにカタクリの保護と環境保全を訴え.アンケートを頼まれる。
     内容は「ゴミを捨てるか? 沢水を飲むか? カタクリの花を大切に等」とある。

   ついでに小河内峠から奥多摩湖のへの下るコースを尋ねる。彼等は難路.廃道と云うのみ。下山は人多い大ブナ尾根を勧められた。
     人のいない所を歩きたいと始発の列車に乗り.時間は倍取って.ここまでやって来た。藪漕ぎの覚悟もできている。
     替わったチーフに所々踏み跡はあると助言を受け.ホッとして下ることにした。

    季節を感じる低山の破線ルート
      11:30御前山12:20一13:00小河内峠:15一北尾根一13:45奥多摩湖一14:35大河内ダム14:52.
    御前山
   青梅街道.湖畔の熱海付近より・・2015.10.丹波牛首の帰路

     左がシダクラ沢左岸尾根. 正面が御前山手前肩の惣岳山から派生する大ブナ尾根。サス沢山を擁し末端はダムサイド脇に没している。
   惣岳山からは町村界尾根が三頭山へと延びていっる。背稜の右端の尖っ突きが小河内峠で.浅間尾根が延び風間峠.鞘口峠から三頭山の頂へと結ばれている。

     小河内峠の四辻は南側の陣馬尾根を下れば藤倉にでて.逆のこれから私が下る北側の大平尾根は奥多摩湖々畔へ没している。
   国道甲州街道.水根から小河内ダムを渡り.小河内峠越えをし陣馬尾根から県道.藤倉に下りる点線都道。

    三頭山への頂稜
   ソーヤの丸デッコより西進・・上写真の右上

     惣岳山より小河内峠への尾根. 遠く先に月夜見山が聳える。・・私は小河内峠から奥多摩湖の湖畔に延びる防火帯を下る。
   大きな1200m圏コブで左に延びるのが陣馬尾根。大コブを越えた鞍部が小河内峠.先の水窪山1040mから奥多摩に没するのが天平尾根(小河内尾根)になる。

       惣岳山(ソーヤの丸デッコ)
   視界の利く惣岳山1260m圏の高台まで下り.眺望を楽しんだ後.大ブナ尾根を右手に直角に分け.雑木帯からガラ場の幅広い尾根を下り小河内峠にでる。
     下るコースは奥多摩湖南岸の山々を綴り三頭山に至る町村界尾根。月夜見山.三頭山への主尾根であるにも係らずメーンコースから外れている。

   足元は奥多摩湖に入り込む水窪沢オキ沢と北秋川へ下る惣岳沢ツチヤノ窪を分けていた。
     まだ足の体力は下りだけは予想タイムを縮めることができた。走るよう下った小河内峠。人影も疎らとなり.小河内峠にでて.破線道を偵察する。

      小河内峠(檜原峠.板田和峠)
   秋川街道の藤原.日向平から登ってきた陣場尾根の山道を左手から合わせて.小高い小平地のT字に閉ざされた静かな小河内峠.1040mにでる。
     この南面コースを下れば1200m圏コブの肩から南に延びる陣場尾根990m圏の山腹を巻き.陣場尾根に乗り.登山道に藤原に下りている。
     又トラバースせず.起きた小尾根を更に下れば.高岩沢沿いに下れ.猿江でモノレール軌道沿いに藤倉にでて秋川街道にでられる。

   又北面の奥多摩湖の湖畔へ下るべき道標の腕木は作られていなかった。昔の通いなれた古道は何処に?
     小河内峠の峠路は古くから檜原と奥多摩の間を繋ぎ.馬荷も通う立派な山道だった。旧小河内村から五日市に向かう「いちみち」で.
     小桧原街道とも呼ばれていた。峠の桧原側950m付近には「中之平遺跡」が発掘され.東京都の最高所の遺跡がある。桧原の峠道

   現在このルートは水窪山大平尾根と小河内峠陣馬尾根を結ぶ都道205号線の点線都道になっている。
     起点は奥多摩町の小河内ダム近くの国道411号線.青梅街道交点.水根になり.終点は檜原村役場近くの本宿.都道33号線と繋がれている。

   小河内ダム手前の施設で車両通行止になり.ダムの堰頂を渡り湖畔散策路からは山道に変わり.小河内峠越えをして登山道を北秋川,藤原まで下るルート。
     藤倉からは再び舗装された2車線の車道に変わっている。この都道.水根本宿線の頂点から北側のルートを下りダムサイドにでることにした。

   眼下に奥多摩湖が真近に見下ろされている。水窪沢の踏み跡は藪で塞がれ.山道がありそうだが判らない不思議な場所だった。
     ハイカーも多い.何処かに別の踏み跡がありそうだが。

       湖畔に飛び込むよう大平尾根から清八新道を下る
    奥多摩湖下流の南東岸
   ソーヤの丸デッコより

   写真.左手の尾根は小河内峠より北北西に延びる水窪山大平尾根。中央の沢が水窪沢(水久保沢)オキ沢で.上部の径は藪で廃道化していた。
     右側が大ブナ尾根とサス沢山940m.右端がシダクラ沢背は榧ノ木山から延びる倉戸山東尾根で末端は岬となり.青梅街道が北岸に回り込んでいる。

   水窪山大平尾根・・点線都道205号線は大平尾根に綴られている清八新道を下る。
     奥多摩湖北岸から水窪山と西峰と左肩が小河内峠
     榧ノ木山から倉戸尾根を下り.倉戸の山上集落に立っての展望・・2010.08.20/17:04

    左.水久保沢と右.ヘビ沢川(天神沢)に挟まれた大平尾根。右隣り尾根が月夜見山眞光寺尾根。
    正面の大平尾根上に都道205号線の点線都道が乗り.湖畔へと下り.小河内ダムを渡った水根」が起点.国道の甲州街道にでる。

   大平尾根・・奥多摩湖々畔の南岸の中央の尾根
   バス停.奥多摩湖前より・・2023.11.02/8:00

   左端から大ブナ尾根.上流側は水窪山大平尾根.月夜見山真水寺尾根(しんこうじおね).大ムソ山の北東尾根と大ムゾソ尾根.
     月夜見山北西尾根の右端に乗るのが三頭山.

   当時は小河内ダムから点線都道を通り入山し.月夜見山に跨る奥多摩湖の南岸に延びる2つの尾根. 東方の湖畔から眞光寺尾根を詰め.
     西方の湖畔に没する大ムゾ尾根と両頂をV字に結び月夜見山に立つ。そして湖畔南岸の岬にでて..麦山浮橋から北岸の峰谷橋にでていた。

   更にアップした湖畔を隔てての水窪山大平尾根
   対岸の倉戸尾根の山上集落より・・2012.04.08/15:06

   御前山の頂稜から下る惣岳山から風張峠への奥多摩湖南岸山稜. 右端には小コブの小河内峠と水窪山.
     水窪山664mには大平尾根が下りている。尾根末端には664m圏コフがあり.手前の鞍部からは左の入江に下り込む山道がある。


     大平尾根
   小河内峠周辺を探し回ると月夜見山への尾根と合わさる300mほど先に小コブがあり.そこから湖畔に下る小径が綴られていた。
     派生の頭は直ぐ傍の小コブ.水久保山(水ノクボ.水ノ越ノタル)1040mになり.古くから清八新道と名乗る山道が尾根に付けられていた。
     左の入江は大久保沢右俣の一本車沢.入り江の隠れた右はヘビ沢(天神沢)。

   大平尾根(小河内尾根)は水窪沢1本車沢とヘビ沢川(天神沢)滝沢とを隔て.奥多摩湖南岸に突き出すよう延び没する幅広い尾根。
     踏み込むと.その東側の1050m圏小コブを北側に巻くよう小径が綴られ.合わさると思いのほか広く狐に包まれたような歩き易い防火帯に変わる。
     大らかな尾根が真っ直ぐ湖畔に向い北北東に延び.末端は没している。道標は周りを探しても見当たらなかった。

   昔の切り開かれた小径は入ると直ぐ.巾広い尾根上の防火帯をなし.囲む雑木は綺麗に切り開かれている。
     急勾配の防火帯.よく見ると急斜面の幅広い尾根に細かくジグザクに切る薄い小径が伺えた。贅沢な径が綴られている。
     途中も下山口までは道標らしきものはなかった。探すと右よりに点々と赤布のマーキングがあった。

    大平尾根(北尾根の中半)
   下降し緩やかな台地から中腹部を巻く
    人影は全くなくない。ここが難路?

   丘のような防火帯の尾根が続き.突端は奥多摩湖の湖水.

      贅沢な小径
   次第に傾斜が落ち.「奥多摩区分67/68」の林斑界標の立つ所まで来ると作業道を横切っている。更に傾斜は落ち.土壌は藻を含めた枯葉が被い.
     程好いクッションが踵を深く潜らていた。これ程心地よい径も少ないだろう。又通う人が少ないことを示している。

   下りは自然と坂に合わせ小走りにさせられた。歩調は足先に負担を強せず.起伏のないなだらかな丘を連想させている。
     ここは真っ直ぐ下るに限る。幅広い防火帯に薄くジグザグ跡を見付けるも..直進し腰を軽く浮かせ蹴り降りている。

    奥多摩湖を足元に石尾根南面の山並み
   664m圏コブの鞍部手前で

   石尾根の鷹ノ巣山.榧ノ木山.城山.将門馬場.六ッ石山.トオノクボ. 水根山榧ノ木尾根から倉戸山大麦尾根の南面に連なる尾根。
     六ッ石山秦ノ木尾根とトオノクボの南尾根。地名もそうだが山波を眺めながら山名を憶えるのは大変だった。記憶が最後まで残っていたのは奥多摩湖のみ。
     殆どが帰宅して忘れる始末。.地図を読みながらとは異なり.現物を眺めながら憶える贅沢さがある。周りは四方.全て知らず.山名も初めての言葉が続く。

   尾根末端から湖畔の岬を南岸沿いに右に遊歩道を回り込みと右端の小河内ダムにでる。今回で2度目の奥多摩入。
     擦れ違う人もいず.心軽やかに下れ.此処へんでは勿体ない程の居心地よく尾根を踏んでいた。
     誰もが愉しく歩める尾根道に.意外と緩やかな斜面の下り.地図に難路とされている方が可笑しいのでは。

   ただ2ケ所だけ落葉が被いルートが不明瞭な所があり注意を要した。そこは道幅が狭まり右に折れカーブする地点。
     右手に折れ.急下降し山腹をジグザグに切れば.大久保橋手前の入江.最も奥の湖畔道に下りられる。
     落葉が多く踏み跡は消されている。道標は皆無. ただ枝尾根に入らないよう気を使えさえすればよかった。

   664m点コブの手前の南東寄りの鞍部にでて.右手に古い赤布のマーキングを見付けている。地形図「奥多摩湖」の破線路の表示と異なり.
     尾根筋から離れ.右に少し巻き込み気味に窪地状の地形から山腹を下っていた。後日大分経ってから知る大平尾根の3つ又作業道の分岐.
     右手は小尾根から水久保沢を下り湖畔にでている。左破線路で再び尾根に戻っている。

   少し南側に戻るよう尾根筋を下り.確りした小径から最後はジグザグに急坂を右側に降りると湖畔の遊歩道にでられた。
     ここは湖畔の案内板によるとダムサイドから「いこいの広場」まで6.0kmの散策路で2.9km地点に当たり.
     軍手も使わず.1時間半の予定が半分で湖畔に降りている。

      標石
   尾根の末端近く,右の谷へ入り込むあたりで.真新しい標石が傾き設けられていた。三角点標らしからぬ場所と新しさ。
     側面に「東京市」と彫られているが標石は新し過ぎ謎をも生んでいる。

   東側.のコバルトな緑の大平尾根奥多摩湖東側の入り江へ降りる

      湖畔
   杉林の樹間から湖畔が望めると突然.湖畔周遊遊歩道にでる。都水道局が管理し.すこぶる遊歩道の整備はよい。
     やはり役所仕事である。小河内貯水池管理事務所の案内板にはこのコースを「溝八新道」と記されていた。

   ただ尾根を降りてからの湖畔道は長い。湖畔沿いに巻き込む道。ヘビ沢を過ぎと水久保沢が対岸とは目の前の距離に見える。
     膨らんだ湖畔の入江を巡る遊歩道は3k.峠から下りた時間とほぼ同し時間を費やし湖畔を歩むことになった。

   水久保橋2キロ地点を抜け.東屋を過ぎると御前山大ブナ尾根のサス沢山南面をトラバースするコースの登山口を右手に合わせる。
     そして細村沢1キロ地点の入江右岸に出て直ぐ車道が現れとダムサイドも真近だった。
     北秋川から陣馬尾根を詰め小河内峠からダムを越え青梅街道の水根に至るこのルートは破線県道205号線にもなっている。

   突然娘より間違い電話あり.下山したと妻に伝言を頼む。
     小河内ダムを正面に眺め.大ブナ尾根の末端登山口のゲートを過ぎれば.堤高頂を渡り.左岸端にある奥多摩湖バス停にでた。

      難路.廃道は?
   好奇心で始まった今回の山行は御前山での助言を受け.更に深刻な事態になると思わせたが予想を遥かに越える呆気ない下山で終えている。
     奥多摩三山を教わり初めての御前山。地図の点線を見付け.気をよく入山したが予想に反し.楽過ぎた落ち込みの方が大きかった。

   ただ小河内峠を出てから誰とも会わなかったことだけが救いだったと思う。奥多摩で.1人締めした山を味わっている。
     私の考えでは恐らく湖畔の南岸遊歩道が初冬から半年間閉鎖されている。それ故.山道を縦割り行政が通行止させていた。

      廃道
   昨年は4月下旬開放され.今年は昨日の14日から開放されている。そして遊歩道には小河内峠への道標が今年新たに2ケ所立てられた。
     2本目のコースがあることになる? 水窪沢沿いを登る下流側の道標コースで.ツメで探した限りでは山道が整備されているとは思えなかった。

   通行止となり何年か? 枝木は落ち.倒木も加わって.上流は藪に被われている。
     不適切な道標に役所の繋がりが欠けているのでは。今年購入した「山と高原地図」には.この大平尾根は破線で表示されている。
     尾根はポピラーな尾根径.谷筋のコースは藪山そのものである。登山口として立派な道標があれば.立派な山道があると人は勘違いするだろう。

   小河内峠に至る南岸歩道が通行止になる以前は御前山への登山口の一つとして面白いコースだった。
     通行の季節限定に伴い.これから山道も整備されること思い願う。又小河内貯水池管理事務所の看板には大平尾根を「清八新道」と記されていた。

   湖畔を歩き大ブナ尾根の登山口にでると目の前がダムサイド。ゲートにでるまでダムサイドは見られなかった。対岸に渡ればバス停.奥多摩湖にでる。
     振り返ると今下ってきた大平尾根(小河内尾根)は短いながらどっしりした幅広台地の続きとして.描かれ湖畔に落ちている。

   後日談として2016年9月の話として.水久保沢の橋を渡って石垣の坂道を登り.水久保沢左岸をじんわりじんわり.直進の道と戻るよう分け道標に従いう。
     天平尾根の枝尾根に乗ると809m点北側の790m圏で天平尾根に乗る。後は防火帯を詰めれば小河内峠にでる。ダムサイト40分+1時間30分.


       奥多摩湖
   正式名称は小河内貯水池. 東京都の水源は利根川水系を主とされているが渇水期の水瓶として極めて重要な役割を担う人造湖。
     水道専用貯水池としては日本最大を誇る。又都交通局の多摩川第一発電所も併設されてをり.発電された電力は東京電力に売却され.
     送電線奥多摩線を通り6k下流にある氷川発電所から送電線多摩川線に乗り多摩地区に送電されている。

   発電所からの巨大な余水吐の吐出し
   右上が青梅街道.桃ケ沢バス停より・・2020.03.06/8:20
   非常用洪水吐は堰体と別に設置されている。右上が青梅街道

   現在の発電所風景

   多摩川第一発電所の運転開始60周年を迎え公開された写真.2025年
     
   建設中の摩川第一発電所(昭和32年)                建設中の水圧鉄管(昭和31年)

      小河内ダム
   重力式コンクリートダム.堤高149m.堤頂長353.0m.クレストゲートに相当する巨大なローラーゲートも補助ダムとして設けられた。
     建設計画は昭和初期に遡る。旧小河内村の用地買収.神奈川県との水利権.戦争激化による建設工事中断等が続く。

   1938年(s18年)11月の着工から19年掛け1957年(s32年)11月に竣工した。
     このダム工事で小河内村646戸が湖底に沈み.多くの人達が故郷を離れた悲しい歴史をもっている。

      奥多摩水沢貨物線
   小河内ダム建設のため氷川(現jr奥多摩)から奥多摩湖北側の水根間に造られた路線距離627kmのダム工事運搬線の貨物線。
     都が国鉄に依託して造り.所有者は都→西武鉄道→奥多摩工業に移り.今は廃線になっている。
     又日原へは奥多摩工業曳鉄線もある。石灰石採堀氷川工場.

   正式名は「東京都専用線小河内線」で1952年(s27年)に開通し.1957年(s32年)もで運行。ダム竣工後は西武鉄道に譲渡。
     青梅線の終点氷川から先の奥多摩工業の裏を抜け.日原川を渡りΩの形で大きくカーブして多摩川沿いに戻り遡っている。

   そして青梅街道の山側を隧道や橋染で縫うよう奥多摩湖まで綴られた廃線。今も左岸の旧街道「奥多摩むかし道」から所々で眺めることができる。
     廃線内や奥多摩工業内には今でもひっそり貨物車両やディーデル機関車が放置され.廃線としてはレールもかなり遺構として残されていた。

     2011年08月.山の神尾根から小中沢右岸作業道を下った折.境の集落上部に跨ぐ第一境トンネルを潜り.集落でてその橋桁を見上げている。
     又12年10月には現役のRHC秋合宿に参加し.石尾根を末端まで下り.奥多摩水沢線の橋梁を潜ってもいる。
     15年08月.八丁尾根から濃霧でタル沢尾根が下れず.石尾根を末端まで下り橋梁までは同じコースで駅にでている。
     16年03月.小中沢左岸径路から榛の木尾根を下り2から奥多摩むかし道を並行して下る軌道に隧道.橋梁の一部を歩みもしていた。

     都交通局の小河内ダムの第一発所から多摩川線で氷川発電所 ・・小河内貯水地の水道水源林と林道 ・・海沢の氷川発電所
     氷川発電所からは東電の奥多摩線でjr古里変電所と結ばれている。・・奥多摩線の巡視路の旅

      14:35小河内ダム.西東京バス¥340.14:52=15:10jr奥多摩:36=青梅=立川=三鷹=神田=17:50御徒町.

   当日.新宿駅の橋架替工事の為新宿通過の各快速列車は運行中止になる。故青梅線.中央線も運休に。
     今日は腿に重みがあるものの痛みは起きなかった。翌日も腿の痛みはなく故40数年前に骨折した左足首が痛し。
     最後の遊歩道3kがきつかった。地形図「奥多摩湖」「武蔵御岳」.山と高原「奥多摩」

      jrホリデーパス
   「jr東日本ホリデーパス」は土.休日.夏休み.年末年始期間などの一日券
     東京近郊の指定エリアで快速.普通列車を自由に乗り降りできる。料金は¥2.300. 山の場合は奥多摩や大月の往復で元が取れる計算になる。

   「jrホリデーパス」は2012年03月11日利用分をもって販売を終了。2月17日より「休日おでかけパス」を発売2.600
     往復だけの利用としての価値は失われている。

     今回の概念図・・鋸尾根から惣岳山まで
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