・・奥多摩御岳山周辺Top ・・奥多摩山域ルート略図.山行表

     黄葉の奥多摩.御岳山と七代の滝・・子供達と晩秋の落葉踏む
                   s60年(1985年)11月04日.快晴. m私.真佐子9歳.隆史.博史8歳

    御岳山と大岳山
   日の出山より御岳山

       御岳山と大岳山
   鶴峠で大菩薩山塊と隔てている三頭山から更に東方へ延びる背稜の境界尾根は御前山.鋸山,大岳山へと続き御岳山に至っている。
     「多摩三山」と呼ばれる岳を連ね.多摩川とその支流.秋川に挟まれた背稜にある。
     又遡るべき沢としては乏しいが.東京からの日帰りハイクとして賑わいをみせていた。

     御岳山
    雲取山からの帰り.青梅線白丸付近の車窓から・・2008.02.12

     三筋6:10一御徒町.周遊券4人¥4250=神田=立川.青梅線=御嶽.多摩バス10:00¥550
     =滝本,御岳登山鉄道ケ(旧奥多摩観光開発).¥900=御岳12:18一奥ノ院一大岳山,昼食13:30一七代ノ滝
     一16:09上養沢,西東京バス\900 :32=五日市(武蔵五日市).五日市線=立川=浅草橋一19:46三筋・・記録隆史

   低山でも御岳からの紅葉溢れる山波に落葉の素晴らしい探策を味わう。
     長尾平分岐から黄葉に染まる雑木林を抜け.枯葉の柔らかい感触に踏み込む感触が.体全体に伝わり.湧き上がる心地良さを味わっていた。

   七代ノ滝.養沢川→北秋川→多摩川

   登山電車からやや登り気味の舗装された山道を歩み.土産物屋の間を通り抜けると御嶽神社にでる。
     そして左に折れ長尾分岐への径に入ると裸土に変わった。ファファの落葉溢れる小径に踏み込む。

      落葉
   縦走路から横断する下りの山道は確りしているはずだが枯葉に覆われ迷う。
     柔らかい陽差しが森を閉ざし.黄葉と落葉の香りが急に深みを感じさせていた。

   踏み込む靴底の感触が柔らかく被る落葉のジュウタンと触れあう快さ。
     小道で迷い枝木の張り出しはあるものの気にすることなく.気持ちは秋ずくしに満喫させられていた。

   急な鉄梯子を下り.落差50m.大小7段の七代ノ滝の下に降りている。深い森の中にいた。
     大樹に陽を閉ざさらさせる養沢川沿いの小道を歩む。程よい湿気が尚更気持をよくさせている。

   上養沢発16時3分の路線バスに間に合わせようと隆史が急にダッシュした。
     真佐子.隆史に続き私もダッシュ。走りに走ったが間一髪.数分の差で路線バスに間に合わなかった。
     風呂も食堂もバス停近くにはなかった。当然.タクシーを拾える場所でもない。

   道端に腰を据え.広葉樹に被われた秋深い山間からの展望を.皆飽きもせず眺めている。
     清流の流れに.里の清々しさも加わり.焦らず寛げば又格別の風情が流れ込んできた。子供達が諦めだした頃.臨時のバスに迎えられる。
     程よい疲労が大岳川沿いを下るバスの揺れが加わり心地よくさせている。秋の早い日暮れは五日市駅に出て真暗闇になっていた。

   真佐子からの忠告・・これからはカメラ.万歩計.地図.磁石を必ず持参すること。
     その後.バス停「養沢」では2015年12月に.アプローチの逆コースとして五日市から入山し.大岳山御坂尾根から馬頭刈尾根を降っている。

       奥多摩三山.町村境界尾根・・大岳山とその周辺Top

     奥多摩三山由来記について
   「私は三頭山.御前山.大岳山をもとめて『奥多摩三山』と名付けてみた。北に高水三山.南に戸倉三山がある現在.真ん中が寂しい感じがするし
   奥多摩の背骨たるあの尾根に何もないのも残念だし.石尾根から見た前記の山やまは.まことに奥多摩三山と呼んでも恥ずかしくない山容である。
   と威張っても決して過言でないと思う。(以下略) 拙作「続奥多摩雑感」より抜 ・・山岳雑誌「山と高原」朋文堂.1956年11月号掲載・・秋山平三

     「奥多摩三山」と名を初めて知ったのは2007年03月の川乗山山行で頂に立ち.傍にいた中年夫妻に四方に見える山並み全てを教えて頂いた。
   清里.清泉寮周辺の清掃ハイクが切っ掛けとなり.再び山登り始めている。全く無知と云ってよい奥多摩へ.手軽な日帰りの東京近郊の山々へ.

     川苔山は登り始めた第一歩だった。翌月には奥多摩湖々畔を眺めたいと奥多摩駅から直接.鋸尾根から御前山に登り.
   午後には小河内峠から.水窪山天平尾根(小河内尾根)を湖をって点線都道で小河内ダムにでている。

      初めての奥多摩.川苔山 ・・三頭山Top三頭山笹尾根Top
   御前山
     2007年04月. jr奥多摩駅から鋸尾根を経て御前山―水窪山天平尾根から奥多摩湖bs
     2012年01月. 惣岳bsから惣岳山シゲクラ沢右岸尾根―湯久保尾根から尾根通・・小岩bs

   大岳山
     2009年12月. 海沢谷園地から周回.大岳山北石尾根―鍋割山鍋割尾根から大楢峠。翌日は青梅市近郊の馬引沢林道を散策
     2025年10月. jr白丸の氷川発電所から棚澤城山西尾根.北尾根.松ノ木尾根と越沢.寸庭から夕陽向ヒノ尾根.石積沢両岸尾根.丹三郎尾根とjr古里変電所
     2010年08月. jr奥多摩駅から九竜山江戸小屋尾根を経て大岳山―日の出山北尾根からjr御嶽駅

    馬頭刈尾根の上半は2015年.下半は2019年
     2015年12月. 大岳鍾乳洞から大岳山御坂尾根―南尾根.馬頭刈尾根916m峰北東尾根を経て三ッ合鍾乳洞・・神谷.怒田畑.軍道.十里木bs
     2019年12月. 西沢入林道から東側の916m点峰(鶴脚山)北東尾根―馬頭刈山泉沢尾根をアタゴ山へ下り.秋川左岸歩道と青木平・・乙津.荷田子.十里木

    神戸川流域(赤井沢)・・大岳山南西面の支尾根
     2018年03月. 神戸岩入口からトバノ岩山クレド沢右岸尾根―町界尾根の大ダワ.鞘口山を経て.クロノ尾山中尾根からクロノ尾沢右岸尾根を下降・・周回
     2022年09月. 橋詰bsから山ビコ尾根を乗り九竜尾根と合流し.江戸小屋尾根を詰め鞘口山.膝の故障からクロノ尾山中尾根を下り神戸へ

   市界尾根(青梅市・日の出町)・・御岳山・日の出山・三室山
     1985年11月. ロープウェーに乗り.子供達と落葉踏む黄葉の奥多摩御岳山.七代ノ滝から上養沢bsへ
     2010年08月. jr奥多摩から九竜山.江戸小屋尾根を詰め大岳山―御岳山から日の出山北尾根を下降・・,jr御嶽
     2016年10月. 滝本bsから御岳山.日の出山を経て高峰.梅ノ木峠を下り返し三室山から吉野梅郷に下りjr日向和田駅へ・・OB親睦ハイク

     2020年05月. 日の出町の平井川左岸尾根・・三室山南尾根から幾つもの林道・峠を越える通矢尾根―白山神社から新井
     2020年05月. 日の出町の平井川右岸尾根・・高峰北尾根から日の出山金毘羅尾根・コンドン尾根・幸神尾根―幸神入林道から幸神・jr五日市
     2023年02月. 平井川を横断・・白岩滝bsから麻生南尾根.梵天山北東尾根.肝要・梅ケ谷峠を越え.長洲丘陵.赤ボッコ東尾根から馬引沢,畑中3bs

   RHC忘年会山行                      幼馴染との忘年会山行
     2009.12.海沢園地から大岳山の周回―翌朝.馬引林道散策     2007.12.三ツ峠表参道―府戸尾根からカチカチ山を経て富士急河口湖
     2010.12.下仁田を起点に西上州鹿岳と荒船山           2008.12.道坂峠から御正体山ヤラ尾根―山中湖から三国山稜
     2011.12.塩乃沢温泉を起点に西上州天丸山と烏帽子岳

    RHC忘年会山行・大岳山北面の海沢園地から2つの北尾根を周回
            大岳山北石尾根から鍋割山(南)鍋割尾根と繋げ.大岳山を周回する。翌朝.長淵丘陵まで馬引沢峠をピストン.

  大パノラマの大岳山と落葉を蹴る鍋割尾根, 園地から海沢探勝路を経て大岳山北石尾根
     鍋割山で宴を催し.鍋割尾根から海沢園地へ周回・・翌朝は馬引沢林道を探索.  2009年12月19〜20日.L滝島sL鈴木m見城.松村

   滝島先輩より忘年会山行へ行こうと高水三山の計画書が届く。jr青梅駅改札口に9時集合とある。
     宿はかんぽ「青梅」で高水三山の登山コースマップが添えてあった。

   マイカーでの移動を考えると高水三山ースは今まで登っている同じコースしか取れず.一昨年も池田氏の下見山行で同コースを歩んでいる。
     秋から初冬に掛け.同じコースを三度歩くのに忍びず.大岳山に変更させて頂いた。

   海沢園地(うなざわ)を起点に探勝路から大岳山・御岳山を回り,大楢峠から園地に戻るコースを選んでいる。
     檜原村と奥多摩町との境界.奥多摩山域にある標高1266.5mの山.奥多摩三山の1つが大岳山。私にとっては初めての大岳山になる。

   曇天に雨の日が重なり不安定な天候が続く関東地方は漸く3日前から西高東低の気圧配置に変わり.冬型らしい天気図になってきた。
     降雪を待ち望んでいたスキー場は例年より1週間から10日ほど遅れのオープン。東京では今朝.今年の最低気温を記録した。

   冷却が進み東京では好天が続き始めている。日陰との温度差に憂慮する季節になってきた。
     ただ東京近郊の奥多摩の山域に入るには西高東低の気圧配置で恵まる季節になってきた。

      12月19日快晴. jr新宿.ホリディー快速「おくたま1号」¥890.7:44=8:42青梅T.S両氏と合流.=9:35海沢園地P.

   jr新宿駅ホームで見城先輩と待ち合わせ.ホリディー快速で青梅駅へ。改札口で滝島先輩と同期鈴木に迎えられ.車で青梅街道を遡る。
     多摩川とjr青梅線に挟まれた街道は軍畑を過ぎると谷間は狭まり.冬枯れの裸林に被われた渓谷美に飾られた。

   御嶽駅前を過ぎると左前方に多摩川の流域が広がり.奥多摩大橋を左手に眺めると川井駅にでる。
     ここは多摩川の支流大丹波川の出合.この上流では昔.子供達と鉈やライターも持たせ.家族でキャンプし過ごしたことがある。
     又再び山に登り始めた頃には蕎麦粒山へと真名井沢北稜を詰め.その後は大丹波川左岸の惣岳山神塚尾根を下ってもいた。

   青梅街道が赤杭尾根の末端南側を回り込むとjr古里の駅にでる。手前がJRの変電所で奥多摩線最後の送電線がjr古里線に入線している。
     又1999年頃までjr古里線は奥多摩線と呼ばれ.多摩川第一発電所.氷川発電所で発電された電力を運用されていた。

   鳩の巣駅の広場前に街道が通り抜けている。先の町道との合流地点から右手奥に青梅線の「踏み切り」が見える。
     山と再会して初めて単独で登ったのが川苔山。その下山で集落に入り.電車の警笛を聞き.慌てて踏切を渡っていた。
     ここでは発車寸前で販売券機が故障し.電車を待たせ切符なしで乗車したことがある。

   又この辺の街道筋では幾つもの「もえぎの湯」の看板を見ている。昨年先輩の下見山行で雲取山から下山の折.立ち寄った日帰り風呂。
     今回は青梅の湯に浸かる。街道が更に川畔に近ずくと高台に小さなjr白丸駅にでた。
     駅から歩けば園地登山口まで.海沢沿いのアプローチは以外と長い。車ゆえ大分省くことができた。

   本仁田山から南方に延びる尾根の末端を回り込み.日向が近ずくと左前方に真新しく建て直された巨大なな海沢大橋が見下ろされた。
     低い送電線日原線を潜り渡っている。右岸にでて旧道と合わさると左手に氷川発電所が現れ.周りには幾つもの送電線が絡み合っている。

   園地に立てられていた絵地図

氷川発電所周辺図                            . 
 @日原送電線1号鉄塔

 氷川発電所に平行する2つの送電線 
 A多摩川送電線1号鉄塔からjr古里変電所へ送電
 B1号鉄塔と平行する多摩川第一線17号鉄塔・・入電

 C地下導水管(第一発電所〜氷川発電所貯水池へ)

      送電線
   氷川発電所の裏の狭い肩には送電線多摩川線1号鉄塔と多摩川第一線17号鉄塔が2基並んで建てられている。
     氷川発電所の管轄は東京電力.それ以外の多摩川沿うの発電所は多摩川第一発電所を含め全てが東京都交通局と異にしている。
     2つの違った送電線が並行し逆に電流が流れているのが面白い。

   どちらも小さな四角鉄塔で多摩川第一線17号鉄塔は小河内ダムの多摩川第一発電所からの電力は多摩川第一線.1回線に乗せ.
     最終17号鉄塔から氷川発電所と繋がれている。
     17号鉄塔は又180度向きを変えたUターンしての鉄塔として珍しく多摩川送電線と並んで逆方向へ送電させている。

   多摩川線最初の1号鉄塔は多摩川第一発電所からの電力と氷川発電所で発電された電力は共に送電線多摩川線に入り
     川苔山赤杭尾根末端の鉄塔でJR古里線に接続されている。分岐線はjr古里駅東端の変電所に入線して.jr青梅線の最奥受電地点になっている。

   又別線の奥多摩工業,日原地区へは日原川沿いの送電線日原線(1回線)として送電され.1号鉄塔は海沢大橋寄りにあった。
     昨年の東丹沢の大山北尾根に入り.気になり始めた送電線。改めて多様多彩の送電線があることを知ることになる。

   この氷川発電所は1931年(s06年)07月運転開始した水力発電で.水路式.落差107.70m.調整池式。
     取水は奥多摩湖,多摩川第一発電所からの放水は氷川発電所に導水され.一時海沢谷左岸の貯水池に入り発電所に落ちる。放流は多摩川へ
     都が買収し多摩川第二発電所となる予定だったのが水利権の関係で.東電の管轄のまま現在は東京発電所が所有している。

      白丸ダム
   この下流の鳩ノ巣との間には都交通局が1963年(s38年)に竣工した電力用の白丸ダムがある。重力式コンクリートダム.堤高30.3m
     堤頂長61.0m.同局の多摩川第三発電所及び白丸発電所に送水されている。

   下流の御岳2にある奥多摩第三発電所に導水路トンネル及び水圧鉄管を使い取水.s38年02月に運転開始し.東電に送電されていた。
     1943年には第一発電所を無人化.第三発電所から遠隔常時監視制御方式を取っている。
     又白丸ダム直下には地下に白丸発電所が建設され.観光用に放流していた水力を利用し2000年より運転開始。落差24.25mで1日130KW.

   2011年06月.東日本大震災による電力不足を少しでも補うため都交通区は鳩ノ巣渓谷に観光用に放流しているため電力量は小さく
     日の丸調整地から3倍の落差になる第三発電所へ.その分も導水管を通し発電するようなった。
     一般家庭500所帯分に相当する1500KWの出力増になり.都は環境省と国土交通省の許認可を得て実行した。東京新聞06.20

      海沢林道
   氷川発電所の向かいの海沢神社から天地山への登山道があり.発電所の溜池近くで林道登計大加線を分けている。
     ダートの支線は大加の地区を抜け鋸尾根上の愛宕神社がある登計峠が終点になる。又登計の地区と結ばれ氷川側に下りている。

   更にアメリカキャンプ場を抜け奥多摩霊園への幅広い舗装道路を左に分けると海沢沿いに林道海沢線の起点がある。
     急に細くなった林道の終点が大樽峠。車1台が漸く抜けられる古い山道に入る。海沢トンネルを潜り一度右岸に渡り.雑木の森を抜けている。

   途中で天地川出合付近では.三ノ沢尾根に取り付く木橋を車窓から見下された。たが探すも判らなかった。
     今年は丹沢から離れ,奥多摩の経路を歩こうと思っている。その取付きは大岳山南尾根.小怒田ノ尾根から大岳山に立ち.鍋割山鍋割尾根から
     一度下って.再び三ノ沢尾根に入り鋸尾根を下るルート。大楢峠からダイレクトに三ノ沢尾根末端に下れられれば尚更よいが?



     海沢園地登山口.9:47 
   
10:17
 掘り起こされた雀蜂の巣
       海沢探勝路から大岳山越え
    海沢園地P9:35一10:40奥二股:50一11:20北石尾根:30一11:45支稜線一11:55大岳山一12:45鍋割山北尾根取付き.大13:45

       海沢園地
   林道は海沢園地からUターン状に180度回転し.登り詰めれば大楢峠まで続いている。・・下山のルート.
     その園地の幅広い道路沿いの空地に鈴木の新車が一台だけが駐車した。駐車場を考えてのカーブ空地だろうか。

   園地から取付きの川沿いを臨むとトイレと雨除けの古い吹さらしの小屋があるだけの見捨てられたような荒地だった。
     裸木と枯木が絡み,初冬になれば訪れる人も殆どいないような場所。園地からの周りを見渡すと名ばかりの景勝地に思える。
     山蔭に包まれた谷間の大地は冷たく氷付き.侘しさだけを強調しているような索莫とした所だった。

      海沢谷
   チャートと呼ばれる硬い堆積岩の地層が渓谷に沿って帯状にあるという。硬さに違いがある地層の所では風雨,流水の浸食により段差が生じ.
     これが滝ができる構図になっている。園地を過ぎると5〜10分間隔で連続して海沢三滝(三釜の滝・ネジレノ滝・大滝)が特異性のある名瀑を創り.
     更に奥にある不動ノ滝を含めれば海沢四滝になる。

     朝方の日陰径
   滝壺脇を抜け.10:08

   右岸から堰堤を越え.木橋を渡って対岸に渡り.三ッ釜の滝からネジレの滝の道標を見る。最初は探勝路として三ッ釜の滝12.5m.ネジレの滝6m.
     大滝20mと滝巡りの為の散策路だったのだろう。整備はされている。ただ園地としてはこれから開発が奨められる四滝だと思われる。
     ここからは大岳山へ誘導される登山道が北石尾根伝いに造られていた。

   道標も新しく確り踏み固められた登山道だった。(山と高原地図には破線ルート)
     小さなワサビ田が幾つも見られ.園地脇を走るモノレール軌道はワサビ田用だったのだろう。 山径に並行して登っている。

   又鋸尾根東面の支尾根へ入る踏む跡も多く見受けられた。。深く抉られた岸壁を激しく流れ下るネジレの滝は今なお活発な浸食が進む。
     何年後の新しい姿を見られるかは計り知れないが.自然のエネルギーの大きさを実感させられる滝にも思えた。
     ネジレの滝の先には「←大岳山.海沢園地→」と道標が立ち.裏側が井戸沢尾根の取付きで.北東へ浅い踏み跡が延びている。

    海沢左岸沿い
   海沢源流を詰める,左脇にモノレールがあり.10:22

   歩き始めは谷間が北側に面しているため日陰に閉ざされ登っていても肌寒い。汗はでず.土下の霜柱も氷り付いている。
     何時もは体重を乗せれば靴底からバリバリ割れる音を聞くも.今朝は氷り付いた急斜面で土氷に却って足を取られがちになった。
     トラバースの探勝路から本流右岸に枠木沢が望められた。河原に下り北石尾根側の本流右岸沿いを遡る。

    奥二俣で1本
   二俣からは左上に巻き込むよう登る.10:39

   本流大滝の上840m付近にでて1本取る。右俣は若宮沢で大岳山から鋸山への2つ目のコブ.若宮ノ頭に突き上げている。
     2本の枝沢が落ちているのが見上げられた。奥の沢が本流のようだ。初級ルート.

   海沢探勝路の突き上げは水量の多い右俣を分け.北石尾根と二俣中間尾根に挟まれた左俣を最後まで詰め.一度北石尾根に乗る。
     ここにも真新しい道標が立てられていた。尾根に乗り明るくなると気も晴れ晴れし.後と「0.8k」で尾根でて頂稜に飛び出した。

   丁度頂の巻道になる北西の肩への中程になる。ここ辺は地図上ではまだ未整備で.最後の急坂になる手前と大岳山の肩に出て道標があっただけで.
     道標等のマーキング類は海沢園地内の中だけで.その先はなかった。

    北石尾根に乗る
   枠木沢との中間尾根枝尾根の1075mコル.11:14

     大岳山北西の肩の大岳山南腹道の分岐. 探勝路の下降地点1215m圏にでる。
   「←大岳山.御岳山・鋸山.御前山→」の道標が山側に立てられていた。今は入口を塞ぐよう移設されている。頂まで210mほど.

    大岳山々頂
   2等三角点標石1266.5m.基準点「大岳」11:44
    大岳山の頂は私達と同じような多くの登山者で座る場所もないほど溢れ蠢いている。

  
   山頂からの南側の展望.11:54・・拡大写真

      大岳山
   大岳山々頂にでて初めてハイカーと出会う。そして座れる所もないほどの満杯のハイカーと出会う。
     紺碧のキャンパスに小さな積雲の形片が散りばめられ.浮上がる白い淡雲が天空を舞い.体一杯に眩い陽射しを浴びている。
     陽溜まりと素晴らしい展望を求め.多くのハイカーがそれほど狭い頂ではないが.狭い頂を引き占め会い蠢いていた。

   南面からの眺望が見事に開かれている。潅木林に絡む御前山の大きな山容が右肩に横たわり.広大な大地と逆光の頂稜に照り付け埋め尽くしている。
     眩しく却って見えずらいが陽当たりを求めるハイカーには都合がよい。文句を云せぬ眺望が広いがりを見せていた。
     相州大山に続く丹沢山塊.道志の山々.君臨する富嶽に御坂の山地に大菩薩連嶺の山並が大地に引き占め合うよう重なり連なっている。


   又右端には山頂と絡む多摩三山の境界尾根がほぼ直線状に三頭山へと重なり合い.冬晴れに恵まれ何処もが明るい遠望に恵まれていた。
     三頭山笹尾根は長く高尾山まで延びている。左の窪地が和田峠.更に手前に絡む戸倉三山.手前右手に並ぶのは浅間尾根になる。
     手前の陣馬.奥多摩の山々と.一昨年までは殆ど知らなかった山々であり尾根だった。

   その奥が三頭山からの笹尾根.更に先が牛寝通り末端尾根へと綴られていた。笹尾根を歩み,まだ知り得ぬ山並の尾根をを更に歩むようなる。
     写真を見て.一年強で奥多摩の山々の山名もすらすら云えるようなっていた。こうなると更に知りたくなるのが常。
     既に体自身が山の深みに引き込まれていた。

   大岳山はその山容から昔は「鍋冠山」と呼ばれ.千葉上越.下越地方では航行する船の目印になっていた。
     逆にいえば山頂からの展望にも恵まれている。それ故人気があり登山者も多く
     この展望も素晴らしいが山頂には数え切れないほどの.ハイカーで溢れ.座る居場所もないほど混乱していた。

   時計の針は正午を指している。一番最初にK先輩が「登山者が多過ぎる。休まず歩こう!」と語る。
     T氏は「御岳山のテーブルで昼食を摂ろう!」と言い出した。兎も角.空腹感はあるものの.誰もが多過ぎるハイカーでここでの休む気を失っている。

   頂を横切り鍋割山へと北東に延びる大岳山町村境尾根の山陰に入る。すると日向が恋しくなり.一変にして冷蔵庫に居るような寒気に襲われた。
     暗い杉の植林帯に入ると尚更陽が恋しくなる。山頂直下の東側の懐には蔵王権現を祀る大岳神社を過ぎる。

   登りに返し深い樹林帯を綴る薄暗い樹間の隙間から明るい裾野を越えた彼方に煌めく関東平野が望まれる。
     その遠望される先.仄かに新宿の高層ビル群を覗き込む。狭い視野だが遠方が眺められ.K氏が叫ぶ。「高層ビルが見えるぞ!」と。

   登山道は鍋割山に繋がる大岳山町村界尾根の1210m圏峰の御坂尾根の岩のゴロゴロした1150m圏辺りで越えている。
     そして中沢ノ頭1067mと1060m圏のコブの間の介場峠(あくばとうげ)を越えている。東方に養沢神社に下るのが中沢ノ頭サルギ尾根。

   尾根径は右手に養沢側の杉林.左手は今登ってきた海沢側の雑木林と林層の境を歩むようなる。
     更に町村界尾根を北上し鍋割山1084mにでる.その手前の1080m圏の鞍部の分岐から右に回り込むのとロックガ-デンの入口.或いは奥の院に至る。

   先のコースも面白そうだが.今は下山より早く日向で昼食を摂るほうが先だった。
     その右に回り込む北側のコブが鍋割山. 縦走路から気持外れてをり.日当たりよくハイカーは一人もいなかった。
     鍋割尾根北尾根の頭に当たる.ここを陣取り昼食用の宴を催すことにした。これから忘年会のフルコースがここで始まる。

    円錐形の立派な大岳山
   鍋割尾根取付きで.11:55
    裸林を透し臨む西側の大岳山
    大岳山のせ西肩下は浅間尾根.松生山(まつばえやま)933.7m

   鍋割山は展望に余り恵まれぬ小狭い頂だった。樹間を透し大岳山と逆側に御岳山が望まれる。誰も居ぬ静かな頂がよい。
     山名の由来は「奥多摩町誌」によると反対の東面から見上げられた。鍋割山から大楢峠に至る山容が緩やかな三日月形の形をなし.
     あたかも伏せた鍋の半面のようであることから名付けられたと思われる」と解説されていた。

    鍋割山・茶場ノ峰
    
    落葉の煌く頂から御岳山.12:51

    鍋割尾根の取付き.13:23

      昼食
   鍋割山の奥にデンと座るともう誰も動かなくなった。肌寒いが木漏れの陽射しが気分だけでも体を暖めている。
     上着を被ると要領よく陣取った真中にはコンロや食器類が並べられ.食卓は落葉土の上がテーブル替わりになる。

   食糧等も各々のザックから吐出され.まずコンロ2にメーンのオデンを2組づつ煮込む。大根,コンニャク.卵,練り物を摘みにビールで乾杯する魂胆。
     ただ寒過ぎてビールの渋みが判らないほど体は冷えている。その冷たい飲物に変わって.オデン汁ができし麺を食べる。
     
   麺との相性はひと掛けの柚と長ネギの大盛がよく美味い。アッと云うまに平らげる。
     やはり畑から持ちだした長ネギのS氏の考えは当たっていた。これからは食当として担当をお願いしたいものだ。

   ゼザートは私が持参した大粒善哉汁.1人用の小さな「カップ入り善哉」を直火で鍋で温める。そして最後はコーヒーと。
     T.S両氏の献立に満足。ただ全てを食べ終えて落ち着くも.ただ一言云えば熱燗が欲しかった。

   誰もが頷く寒さだった。日洩れ日を受けても肌寒い。コンロはフル活動し食べ続けること1時間。
     満腹感に仰ぐ空。樹冠を抜けその先の一色に染まる紺碧の蒼空しかなかった。そこに私の紫煙が緩やかに昇りゆく。

    鍋割山鍋割尾根・・北尾根
   初めは径らしいが? 22日冬至.13:40
   12:45鍋割山北尾根13:45一14:25林道一14:40大楢峠一15:10海沢園地=青梅街道軍畑大橋=吉野街道.かんぽの宿「青梅」

      下山路
   遅い入山と長い食事が冬至を迎え.日没を逆算すると御岳山へ回ると車を停めた園地に戻ると日暮れギリギリになる。
     目の前の北側へ延びる鍋割尾根の細い踏み跡を下ることにした。昼下がりでもまだ大地はガリガリと音を響かせていた。
     霜柱の急斜面を崩しつつ下る。昨年の冬至は暖冬で真夏のような陽射しを浴び.肌着で見城さんと百蔵山へ登っていた。今日は昼過ぎて5℃と寒い。

    大岳山南尾根より
   鍋割尾根上部の樹間より.13:41

   頂北面の痩せ尾根はなだらかな幅広い尾根に変わる。ここは自然豊かな広葉樹林帯が広がりを見せていた。
     全ての樹葉を落とした裸林に枯葉が山道を埋め尽くし.厚い落葉の層が踏み跡を隠している。山靴が中程まで深く潜り.蹴る落葉が快い。

   疎らな樹間を透し望める多摩川沿いの麓は明るく柔らかな陽射しを浴びているのが見下ろされた。
     雲が出てきた言えども.蒼空はまだまだ広がっている。裾野から尾根伝いに目で綴ると御岳の頂に.宿坊らしき家屋群が見上げられた。

   鍋割山北尾根を下る
   急斜面の灌木の樹海を潜る.14:09

   山の神の石祠を幾つが越え.1010m圏の小コブを過ぎ.次の黒薙那ノ頭.961mを越す。地図にコブ名が印されていたが目印はない。
     狭まった尾根はやや傾斜を増し下ると小さな岩コブ混ざりの陰る樹林帯に入り込む。
     ルートが判りずらくなった。よく見ぬと惑わされる踏み跡に径を探し.右へ回り込む。

   T,S両氏は露岩を右手に抜け.K氏は更に右下に下り踏み跡を見付けている。
     急な扇状に広がる落葉の斜面を下ればあっと云う間に山径.御岳からの裏参道にでてしまっていた。

   本来は東方に延びる尾根の途中.左右の立木に黄色いテープが巻かれてた。そこを左にUターンして斜面上の踏み跡を辿れば再び尾根に乗る。
     後は大楢峠を経て.最後まで下れば城山を越え鳩ノ巣地区にでる。それを無視し下ってしまていた。トップは既に大分下を下っていた。

    御岳山裏参道
    
    御岳山から参道と間伐材の林班界標柱.4:22

   程好い下りで手袋も使わずして山径にでた。予定より少し手前で御嶽神社の参道に入ったようだ。
     大楢峠から御岳山の宿坊まで約4kmで高低差は僅か100m。
     裏参道が尾根筋の右側に回り込み.左の樹間越に大塚山が見えてくると御岳山は近い.宿坊の裏手を抜けると御嶽神社の参拝路にでる。

   左に下る参道は白ナギノ頭836mの東山腹沿いを高巻くよう歩み.そして大楢峠への中程まで進むと幾つもの赤のテープ.マーキングを見る。
     ここも北尾根に登る取り付き地点になっているのだろう。尾根通しに下れば大樽峠にでる筈だった。峠には鳩ノ巣城山と越沢へ下る分岐がある。

   早く下り過ぎたことを語る必要はなかった。3人がそれぞれ踏み跡を探し.先を下ってゆく。擦れ違う人も居ず静かな尾根だった。
     11月頃にはキノコ狩りに入る人も居るらしい。

      御嶽神社裏参道
   御岳山からの谷間の山腹を綴る山道と兼ねた参道を歩む。越沢(こいざわ)右岸の高みを綴る確りした山腹道。
     裏参道とはjr鳩ノ巣駅から吊橋を渡り.坂下の集落を抜けると山道に変わり.尾根に乗ったところで寸庭からの道と合わさっている。
     やがてキャンプ場を左に分け.対岸に越沢バットレスを見上げ大樽峠に至る。植林から自然林に変われば御嶽山神社の前にでる。

   綺麗に間伐された立派な杉の植林帯,木洩れ日と云うより.高木林で陽射しは全く失われていた。
     太く形よい杉の幹が真っ直ぐ天高く伸びていた。その中.枝打ちされていないのは太めの檜.疎らだが混る立木がある。

    鍋割尾根大楢峠
   海沢林道終点.14:44
    大楢峠には名の由来である楢の大木が分岐直ぐ先にあるとか

      大楢峠
   北尾根に並行するようなだらかな参道を巻けば大楢峠にでる。ここは十字路で尾根を左右に分け.白丸と鳩ノ巣へ下る山径を分けている。
     右手の小径は其の儘越沢左岸へ下る山道.越沢林道から越沢バットレスを右手.対岸に見てjr鳩ノ巣駅にでている。
     直進は尾根通しは大楢尾根とも呼ばれ鳩ノ巣城山.3等三角点標石519mを経て.北尾根の末端へと多摩川の対岸に下ればjr鳩ノ巣駅にでる。

   大楢峠から左手直角の林道は海沢園地へ戻る林道が綴られ.海沢林道の起点にもなっていた。
     トラックの入る巾広い林道は朝方登り始めた海沢三滝の入口.の海沢出合までは30分ほどででる。
     海沢園地と同様にモノレール軌道の起点でがあり.薄暗い高木の杉の植林帯の中を縫っていた。

   大楢峠の傍にはコナラの巨樹に.大楢峠の由来となっている大楢の大木があるらしいが見逃している。
     短い山旅でも下山は嬉しいもの。自然と現わす笑い顔に誰もが顔をほこばらしている。

   海沢園地への途中で山葵田を横切る

   林道から海沢園地へ.2月19日15:03

      下山
   海沢園地への帰路.658m点コブを時計と逆回りで巻き込む所で.西方へ延びる小尾根で海沢林道下部に短縮して下る細い踏み跡を見付けている。
     徒歩で白丸まで下るには利用できるルート.地形図を読むと多分天地沢出合下流250m程の地点に降りる筈。

   海沢園地から再びマイカーで青梅街道に戻っている。途中で海沢隧道を潜ると右岸の雑木林で.朝方ドラマか? 撮影していた人々に出会う。
     想像ではドラマの死体発見現場と言った雰囲気の所だった。撮影が終わったらしい。
     林道にはまだ後片付けの終わらぬカメラ・資材類がゴロゴロ転がっていた。・・地形図「武蔵御岳」

   かんぽんに宿「青梅」に宿り.翌日は馬引沢林道を散策
     アルカリ性単純温泉と真湯を使用.透明度の高いぬるみの濃い湯.加水.加温

   風呂と言えばT先輩の出腹は大分絞まってきた。6月の鳥甲山山行で逢った時に比べると見るからに違いスマートになっている。
     本人に言わせると菜食主義者になったとか? 今日の忘年会は特別の日かもしれない。
     それから長い酒宴が始まった。中ビール2.酒10.¥1.5000それに持参したウィスキーと日本酒が知らぬ間に空になる。


      12月20日快晴. 青梅市近郊の里山.天狗岩を馬引沢林道からピストンと朝酒の小澤酒造.・・長渕丘陵.赤ぼっこ天狗岩Top

   小澤酒造を見学したいと云うK先輩の希望を適えるにはまだ朝方で時間が早過ぎていた。
     その前に昔40年ほど前に出掛けた日向和田の天狗岩へ出向いてみる。情けないが覚えているのは各一場面の状況のみ。
     三つ道具でトレーニングした岩場とその右脇に落ちる滝. 足元まで車で着けたか? は殆ど覚えていなかった。

    馬引沢林道(旧鎌倉街道)
   二俣にある馬引沢林道ゲート.12月20日9:48

      探索
   昨日梅郷を抜けてきた吉野街道を再び遡る。水織さしえ美術館より馬引沢林道を辿る予定で進む。
     だが山里のうねり道が多く.入山経路が判らない。地元の人に尋ねると車道はないが2つのルートがあそうだ。
     その1つは途中で行き止まる。ここは後から思うと稲荷神社からの登山道のようだ。天狗岩まで要害山を経ての行程では1時間半程.

   戻り再び山間に入る道を見付けるも行き詰りで判らないでいる。4人で地図を広げ.尋ね探策する。
     再び地元の人に尋ねると手前の神社脇に広い道路があった。探すも車止めで車の入り口がない。深い杉林に被われていた。

   2度ほど神社前を往復し.神社の周りを歩いて探りだす。
     すると神社の奥.黒木の中に幅広い明治橋があり.そこからは多摩川万年橋方面から入る林道のガードレールを見付けだしていた。

   馬引沢林道(まひきざわ)は大分前のゲートで閉鎖されていた。
     神社から入る林道への道も落葉に埋まり.石抗が埋められ通行できぬよう止められていた。徒歩になる。

   林道はおびただしい苔類が生え被われている。古を感じさせる林道は広い河原沿いを遡っている。
     そこは陽を通さぬ寒い森の中.竹林を抜けると小沢が幾つも合わさる広い河原状の丘稜帯にでる。

     丘陵に引き込まれた馬引沢
   右岸を綴る馬引沢林道.9:43

      馬引沢林道
   林道を奥へ10分ほど歩くと散歩している地元の人に出会う。何故こんな寒い所を通っているのか判らず聞くところ,
     30分も辿れば天狗岩の手前の「赤ぼっこ」が見え.所沢球場が見える素晴らしい丘に上に立つ。

   ちょっと道を探すだけと思いチョッキだけの姿で外に出てしまっている。肌寒く体を丸め奥まで入ってしまったことが仇になった。
     新緑の頃.もう一度訪れたい場所だった。街道から徒歩1時間10分で馬引沢峠へでられた。
     よい雰囲気のしなびた林道は車に戻ると私の心に秘密の場所が1つ増えたような気がした。

   青梅市と日の出町を分ける長淵丘陵の尾根に天狗岩.赤ぼっこがある。
     西側は青梅日の出線(梅ケ谷峠).東方は秋川街道が横断し.裏側の南側には日の出町産業廃棄処分場と接している。

   馬引沢峠へは沢沿いに馬引沢林道を遡る。峠の直ぐ端には駒木分岐があり.
     吉野街道駒木より駒木野林道1線.2線が登っている。ここも通行止。

   この周辺は登山入門コースとして.又自然のサイクリングロードとして雑誌等に記載されてもいた。徒歩ではjr宮ノ平(みやのひら)からが近く.
     吉野街道を横断し馬引沢林道を経て送電鉄塔旧青梅線31号への巡視路を使い赤ぼっこに立つ。
     馬引沢峠に行くよりも近道の感じ。高水三山の展望が素晴らしい筈だ。

   尾根上の分岐

   明治橋から簡易舗装道を1.8kの登ると馬引沢峠に着き,峠より1.8kで赤ぼっこの分岐に立つ。
     「赤ぼっこ0.8k」道標で右に従えば409.5mの赤ぼっこ.三等三角点であり.山頂らしくないが見晴は素晴らしい。

   引き返し「天狗岩0.k」の道標で再び右に入り.木段を登り返すと天狗岩。突端の岩上まで進むと多摩川北岸の低い山並.
     青梅線の線路.日向和田の市街地.更に日光連山まで広く見渡せる。・・新ハイキング選書第28巻より

    最後のもう1杯
   多摩川々畔の澤乃井ガーデンにて.0:53

   馬引沢林道から戻り.澤乃井の左岸の河原テラス. 澤乃井ガーデンに落ち着いた。甘酒に熱燗と朝から迎え酒.
     忘年会らしき終わりになる。採り立てのユズ.小5個を¥150購入

      jr青梅駅で解散.特快「青梅」11:33=12:40神田

   帰路.明年2月21日の青梅マラソンに備え.下見するランナーの多いことに気づく。寒いせいか街を歩む人は居ず.走るのはランナーのみ。
     又青梅駅では思いもよらず絶妙のタイミングでホームに立つと5分と待たずして特快「青梅」が入線した。・・地形図「武蔵御岳」

     奥多摩三山Top