| 赤谷川流域下流の南端の山々.大峰山と吾妻那山. ・・赤谷川流域Top ・・赤谷川左岸尾根末端地形図 翌日は安定した陽射しに芽吹き始めた赤谷川流域の南端の新緑の大峰沼から大峰山.吾妻耶山を周回する。 L見城m.滝島.鈴木.松村.田島 迫る雨堤にデポし.白毛門ピストン 大峰沼から大峰山.吾妻耶山を周回・・谷川連峰の展望と山ビル 宿.湯檜曽温泉「湯の陣」は湯檜曽川右岸の河原台地にあり.部屋の大き過ぎるガラス窓からは裏山に溢れる新緑と尾根裾が望まれている。 窓枠一杯に新緑に萌える若草色の山肌が緑の壁を創り.窓縁から溢れ出すよう飾り立てられていた。 見上げる尾根筋には2本に分かれたJRの送電線信濃川線の谷側に連なる送電線一回線が横切っている。 雨に叩かれた樹葉は朝日を浴び.葉の一葉.一葉が雨粒を乗せ煌めき輝き.そして又鉄塔をも朝陽を反射させ煌めき聳えていた。 飲み放題.各サービスを受け.1人¥5.900 登山口から吾妻耶山コースを選ぶ大峰山・妻耶山へ 大峰山登山口Pで.立松君の見送りを受ける入山オジカ沢ノ頭からの尾根 吾妻耶山.大峰山に通じる尾根は利根川本流と支流赤谷川とに挟まれ.国境稜線から続く長い尾根の末端にある。 北面に位置する阿能川岳との間には赤谷越があり.更に尾根は小出俣山を越えて俎ー.オジカ沢ノ頭に国境稜線に至っている。 赤谷川源流の国境稜線からは荒々しい岩肌や峡谷を築き.中流の小出俣山.阿能川岳へと尾根を繋げ.この台地まで延びている。 これらの山々には沢沿いにルートを求め.過って残雪期と初秋に訪れ横断していた。 赤谷越から南東に延びる尾根の末端は赤谷川出合の月夜野に没している。 一昨年の春,谷川岳西黒尾根の帰路.この吾妻耶山を南側から登ろうと.登山口近くの「見晴荘」に宿るも.明け方から濃霧強く入山を諦めていた。 又秋口には会津浅草岳の帰路.やはり三国峠を越え.赤谷湖から北側の仏岩隧道を潜っている。 ここは北側から入る吾妻耶山の登山口. その時は登らず奥利根に入り「奥利根ゆけむり街道」.照葉峡の紅葉を観賞していた。 既に見捨てられているような山々.低山だが私にとっては忘れられていた山域だった。 吾妻耶山の頂から改めて阿能川岳を真近に望んでいた。憧れと青春とが入り混じった赤谷川の岳.残雪期の岳を思う。 今日の参加メンバー大峰沼左岸 大峰沼の標高は1.000mほどT氏の影と浮島 ![]() 5月30日(水).快晴 「湯の陣」8:30=9:20大峰山登山口P:30一9:50大峰沼一10:10大沼越:20一10:50大峰山一11:00小:10 一11:50吾妻耶山.大12:50一ノルン水上スキー場一13:50登山口P. 大峰山の山麓には大峰沼があり.湿原植物と日本最古の浮島がある。円周2k. 近くの古沼はモリアオガエルの生息地があった。 又大峰沼野生動物植物保護地区に指定され.大峰沼浮島に自生するサワギキョウ.ツルコケモモたど貴重な湿原植物の保護がなされている。 シダの緑深い浅い谷間を登る大峰沼休憩所から湖板を半周して対岸から尾根に取り付き.大沼越にでると道標の対は「湯宿」とある。素朴な地名だった。 昔何度となく通った赤谷川流域の川古温泉からの街道で.赤谷湖下流の県道は月夜野へでている。 幾度も通っている筈が地形の概念が掴めずにいた。当時は国鉄後閑駅を起点に路線バスやタクシー.ヒッチハイクで入.下山を繰り返していた。 大峰越からの稜 ![]() 若葉の萌える大峰山の稜 若草色の台地 木漏れと若葉萌ゆる裾野の台地.谷間から尾根にでて峰を越す。標高か低いせいか.広葉樹林の茂る大地に全てが覆われている。 尾根にでても深い樹林に覆われ眺望は得られない。谷間から沼畔への径.尾根にでても覆い被さる厚い樹林帯に包まれ.その樹海を綴る径。 落葉松からブナの森.何処も豊かな緑多い大地が続いている。新緑の豊かさを肌で感じ.時を忘れ歩む仲間達。 ふと緑溢れる色彩にひたり切っていると誰もが口数は少なくなっていた。 熊笹覆う大峰山 道標と径を隔てた反対側にある目に付きにくい三角標広い頂には各種の鉄塔が多く建つ頂 大峰山の手前に展望台があった。ただここも周りの樹林の育ちがよく.閉ざされた展望台はその役目を失っていた。 確りした鋼鉄製の展望台だが.ある意義が失われている。それは見ても判る低さ.鈴木が登るも確認するだけで顔を横に振った。 展望台と名付く所で視界が閉ざされている所は意外に多い。丹沢三峰への尾根・御池から尾瀬沼への径・大菩薩の大志戸林道にもあった。 何処も建てた時は眺望が良かった筈である。今は周りの樹木が育ち過ぎ.視界は閉ざされていた。登山口の大峰沼では展望台を指す道標があった。 道標だけでも消す必要があると考えるが展望台が又地名にもなっている。健全の時からの道しるべ.欠けるのは難しいだろう。 落葉松林 裾野から尾根径まで若葉薫る緑に覆われ.落葉松林の先は更に薄暗い熊笹が被い.大岩が転がるアヅマヤ山弁才天にでる。 吾妻耶山手前の鞍部が赤谷越. 標識には左に折れれば赤谷.高原千葉村へ.右折すればスキー場経由大峰沼へでるとある。 真っ直ぐ進めば広葉樹林に包まれた吾妻耶山に至る。 吾妻耶山1341m 昼食・・結飯.味噌汁.コーヒー 3つの大きな石祠がある吾妻耶山 山頂には石柱の門が立ち.案内板からの由来をみると.この地は御殿上と云われていた。沼田城主真田伊賀守が寛文年(0662年). ここ吾妻耶神社社殿を建立されている。社殿は立派なものであったが三社の神殿はその後.数回の野火に焼かれたりし 歴代の沼田藩主の助成を受けて村々では修復されていた。 現在吾妻耶神社の石殿は明治24年に建立されている。一社は石倉,小川.寺間村.月夜野。一社は羽場.新巻村. もう一社は相俣村に関りこの石宮と共に東側の麓に向き並んで建立されていた。 真田家の「六連銭」が刻まれてをり.真田家の再建.建立の功績を伝えている。 先ほど峠手前の西側斜面にゴロゴロした所に大石の産出跡があった。そこで砕石し建てられたのだろうか。 立派な大きな石造りの祠を構えていた。 山ヒルに吸われたT氏の痛々しい傷跡ヤマビル 頂での昼食はコンビニで購入した結飯に缶ビール.イセエビの味噌汁を摂る。 炊事が終わったところで滝島先輩が左足の足首上に血が滲んでいるのに気が付き.私もその姿を見ることになる。 不思議がるT氏の顔付だが他に気を取られ痛みもなく.擦り傷を負ったと軽く診ていたようだ。 その場は絆創膏で済ましたが傷はなく.刺されたような小さな穴がありマヤビルと判明した。出血するも痛みはない。 登山口に戻り焼酎で消毒.綺麗に血を落とすと再び出血する有様。間違いなくヒルだった。吸うだけ吸ったヒルは消えている。 又下りの大峰沼畔に「ヤマビル注意!」の看板を見付けていた。 先週釣り仲間が丹沢早戸川の国際マス釣り場の河原に寝転んで.ヒルに血を吸われている。今思えば全く同じ症状だった。 改めて自分の手足を探り見詰める私。 阿能川岳と谷川岳天神尾根 吾妻耶山からの展望高倉山奥が白毛門.笠ケ岳.朝日岳 手前が阿能川で.阿能川岳の東尾根北面が谷川流域・・生津俣川大窪沢から阿能川岳西側鞍部を越え谷川温泉へ抜けている,1973.08 俎ー.谷川岳・・右奥が白毛門.笠ケ岳.朝日岳 阿能川岳の東尾根阿能川山流域 小出俣山と阿能川岳.手前が三岩山 万太郎山〜谷川岳左下が赤谷越 昔の1/5万地形図を持参していた。地図には阿能川岳の北側を横断した赤線を最後に下山路としては赤谷川.川古温泉までが 歩んだ南限として示されている。今回新たに大峰山や吾妻耶山が赤い登山道として地図の右下に付け加えられた。 昔辿ったルートを顧みて.改めて山のよさを知しる。地図には昔からの藪山.小出俣山.阿能川岳のルートが記され甦っていた。 吾妻耶山の頂からの眼前に阿能川岳が真近に広がりを見せている。薮濃い残雪の岳に登行欲を掻き立てられた。 立松君の言葉「春山に行きたい!」が改めて新鮮な言葉として受け止める言葉になる。 今は藪山だがピッケル.アイゼン.ワッパかスノーシューを持ち.残雪期に入ればまだ登れる阿能川流域の山がある。 後日.改めて調べると意外に春山ルートとして.仏岩ポケットパークPからの入山が多いことを知る。 上州三峰山 吾妻耶山の下りで利根川を隔てた三峰山. 左奥が板沢山.更に霞む奥が迦葉山. 右下の裾野は後閑 上州三峰山(みつみねやま)1015mは追母峰(おうほぽう).吹返峰.後閑峰の3つのなだらかな峰から成る台形型のテーブルマウンテン。 石神峠から武尊山.尼ケ禿山1466.0m.板沢山1146.6mと続く尾根の末端にあり.裾野は小松.下牧から真近の後閑になる。 裏側に隠れる尼ケ禿山から派生する尾根の末端は迦葉山。間東百名山.群馬百名山.同山名は関東では秩父三峰山.大山三峰山.丹沢三峰山がある。 樹間から望む利根川上流々域 ![]() 尾瀬至仏山から武尊山の稜 中央が大穴.手前に水上.右下が湯原・・ノルン水上スキー場がある 窓のような樹間の隙間を透し東面に広大な大地が開かれる。 麓を流れる利根川はうねり.それに合わせ山並みが重なり合い.上流へ幾つもの支流を繋げ埋め尽くしている風景。 手前の足元の湯原からは阿能川が入り込み.山頂の北側からはその阿能川岳のガッチリした山容で望まれていた。 その裏側に流れる谷川には谷川温泉があり.水上が出合になる。 本流上流の大穴からは左へ湯檜曽川沿いの山々が入り込み.昨日登った白毛門がその奥に聳えている。 本流源流は更に遠く.雪稜に覆われた山々へと綴られていた。 稜から東麓のノルン水上スキー場を横切り木漏れの頂稜を離れ.開放的なスキー場に下りる。 刈り払われた高原からはこれまた雄大な眺望に恵まれていた。目線が下がったせいか里にでた風景になる。 それと広葉樹林に覆われた山々を歩み.下るにつれ今日初めて開かれた広い天空を仰いでいる。 南側から歩んできた大峰山 遠方遥か彼方が霞む赤城山陽当たりのよいゲレンデの斜面に野草が茂る。イタドリが点々とひときは大きく頭をだし伸び栄えている。 教わる間々,黒っぽい茎の太いものを探し.根元から千切る。そして皮を剥き齧ると口の中に酸っぱさが広がった。 ゼンマイは更に多く茂っている。足を停めれば幾らでも採れる。最初は分からなかったがあるわあるわ。 今が丁度よい時期とのこと。湯通しして冷たくして食べるとよい。おかかを乗せ少しの醤油を落とす。直ぐ束ねるほど採れた。 武尊山から延びる山並 ノルン水上スキー場至仏山.笠ケ岳〜武尊山〜日光白根山. 前衛が武尊山から延びる高檜山.尼ケ禿山 鳥居 最後に見渡す限りの山並みを見納めにしゲレンデを横切り.下り気味にスキー場上部を横断し.栗生沢林道を南下した。 林道沿いの鳥居平には石の鳥居があり.1基だけが林道脇にポツンと建てられていた。 不思議に思い後日調べたところ.当時吾妻耶神社の参道として建てられたが何度立て直しても1基になってしまうことから 「一本鳥居」と呼ばれていた。手前に「吾妻耶山.大峰沼」の道標あり。 直ぐ大峰沼分岐に合わさった。後は簡易舗装混ざりの林道を下れば朝方の登山口にでる。 今回は全員が60年代だが私より若いメンバーが参加している。過って幾度も共に登っている仲間達が出揃っていた。 1/5万地形図「四万」. 写真TとM・・21.021歩 下山アプローチ 13:50大峰山登山口P=jr上毛高原=14:20永井食堂=渋川・伊香保IC=鶴ヶ島IC=15:45東上線若葉.解散:50 =16:30東武池袋20:05=8:26jr御徒町. 迫る雨堤にデポ.白毛門ピストン 大峰沼から大峰山.吾妻耶山を周回・・谷川連峰の展望と山ビル |