・・笹子川真木川流域Top ・・林道桑西線に係る尾根と谷

   続々.林道桑西線に係る尾根と谷V・・恵能野川の中間尾根から市界尾根・南大菩薩連嶺を南下し滝子山
      白縫姫伝説の恵能野川から林道桑西線末端にでてアモウ沢左岸尾根―滝子山南尾根を下る 2012年08月01日.松村

    恵能野川.恵能野子神社からアモウ沢とコクトチ沢の中間尾根・・山ノ神と堰堤群
    アモウ沢乗越から滝子山南陵

     このとこと東京近郊では南大菩薩連嶺東面の真木川右岸流域の尾根と谷を選び歩んでいる。
   初めに中央に位置する大谷ケ丸南東尾根を詰め.掘抜ドウミの古道に小沢ドウミの林道桑西線を越えている。
   そして前回は北側に並行する林道の起点から破魔射場丸南東尾根に入っている。そして2つの古道を知る。雷鳴轟く豪雨に見舞われてもいた。

     今回は大谷ケ丸南東尾根を巻き込む恵能野川出合.遊仙橋から前半は恵能野沢沿いを林道終点まで遡っている。
   送電線を潜り.大堰堤で林道桑西線の終点に出合い.アモウ沢とコクトチ沢との中間尾根からアモウ沢乗越脇のコブまで詰めることにした。
   所謂林道桑西線に係る尾根と谷. そこを繋ぐ古道と巡視路.白縫姫物語の伝説の地を歩み.滝子山に立ち南稜を下る。

   真木川を渡っての游仙橋バス停.7:19
    向かいの游仙橋.右岸から恵能野の集落に入る

     真木川とその支流の恵能野川出合付近は,朝方から暑い陽射しを浴びるも長閑な山村風景が広がっている。
   「真木」とは牧場の転訛とされ.「恵能野」とは山の幸は豊富で平和な里から(能く恵まれた里)という意味で.真木に比べると
   耕作地は狭いが緩やかに延びる台地は陽日を受ける里でもある。

     「間明野」は真木の福正寺本堂が火災で焼失した折に「太布の名号」が炎から舞い上がり.北方に飛び.名号が落下した場所が夜になると
   名号が光り周りをてらしたことから.その地を「間明野」と名付けられている。

    恵能野の集落
   恵能野川下流左岸から右岸沿いの集落.7:20
   左側の尾根が滝子山東陵. 右側が大谷ケ丸南東尾根の末端

    8月01日(水)快晴昼頃曇る
     jr御徒町¥1450 4:36=4:39神田:50=5:44豊田大月行:50=大月.富士急山梨バスハマイバ前行¥3707:00=7:19遊仙橋bs.

     前回は間明野手前の切身沢出合から切身峠に向かい.右手に連なる大谷ケ丸南東尾根に乗っている。
   それ故恵能野に入るには切目峠越えをした方が楽だと前回の教訓から時間の節約にもなるのは分かっていた。

     それでも初めてのこと.真木川に流れ込む恵能野川出合から集落を抜け.突端のアモウ沢乗越まで遡ることにした。
   霧雨の予報に反し,猛暑になっている。陽射しを遮ることのない.雲1つない蒼空に恵まれる。

     曇天を狙っての空. 予報では曇後小雨.気温が下がるとのことで入山した。それが朝から大地の照り返しは強い。
   帽子のツバを背に.朝陽を遮るよう小さな抵抗を試みている。緩やかに扇状に広がる集落は真夏の陽射しを真面に受け.眺めているだけでも暑苦しい。

    恵能野子神社
   左岸に渡った集落の上部.橋脇に建立されている.7:42

    遊仙橋バス停〜アモウ沢乗越手前肩
      遊仙橋bs7:19一7:42恵能野子神社一7:50直された鉄橋一8:00水道管ホース一8:05割れ落ちた橋一8:30棚ノ滝.崩れる桟橋
      一8:40棚上沢出合一9:02山ノ神:12一9:11標柱18号分岐一9:15標柱19号分岐一9:26アモウ沢.コクトチ沢出合一9:42巨大堰堤群
      一9:48中間尾根取付き一10:05古道分岐一11:00左に突き出る大石.大:25.

     桑西下真木線の遊仙橋バス停から真木川の深い谷間が見下ろされた。恵能野集落への里道に入ると左に鎌倉山595mが見上げられる。
   帰宅してから分かったことだが『山菩薩連嶺』には「鎌倉の滝ちいうのか.一町余りの間に四ケ所あり,落口は川床が見えぬほど深く
   その美形は御岳昇仙峡に匹敵する」とあり.真木七不思議の1つ.大蛇伝説が残されている。

     又恵能野は白縫姫伝説の里. 鎮西八郎源為朝が伊豆大島に流刑され.妻の白縫姫にまつわる伝説がこの流域に残されている。
   この恵能野川を遡ればアモウ沢乗越. 滝子山の肩には鎮西池に2人を祀る白髪神社が建てられていた。


     鎌倉山の鞍部にカーブミラーがあり.その10m先の石階段を登れば大谷ケ丸南東尾根の末端に乗る。
   700mでアンテナ施設を過ぎ.北東からの枝尾根を合わせ西に向かい.石神山816mに導かれ.下った所が堀切状の切目峠(石神峠)にでる。
   間明野と恵能野を結ぶ過っての峠路で.現在もこの先.恵能野川に下る峠路は活用されている。

     下流に集まる恵能野の集落を左岸から右岸に抜け.再び左岸に渡ると集落から外れた。
   その渡った右脇には集落を見守るよう小陣まりとした恵能野子の神社が鎮守している。真新しい朱色で塗り飾られた可愛らしい神社.

     ここを境に道幅も狭まり.人里とも遠のき裸土になる。150mほどで「鎌倉古道」の表示を見て.更に200m程は入ると谷間のうねり合わせ.
   滝子山東尾根.ソモウノ峰・鞍吾山の裾を巻く小径と合わる。恵能野川は小川に変わり小橋が現れた。

   橋板が改修され右岸へ.7:50

    右岸に渡る最後の小橋
     この橋も数年前までは鉄骨剥き出しに壊れ,床板はボロボロに穴が空き.沢底が見える状態だったようだ。
   二重に重ね改修されていた。ただこの先.上流側に橋はあっても壊れ.浅いが渡渉の連続を強いられるようなる。

     この橋から上流側は人の力と云うより.土地の利用は植林以外は全くなされていない流域になっていた。
   先の橋は全て崩れるか.流されている。又崩れて軽トラも入れず.人道としての必要とされるのは巡視路だけだった。

     ここから鞍吾山には右岸に渡り直ぐ左の畑沿いの踏み跡に入る。畑を過ぎると山径になって稜線にぶつかる。
   尾根筋にアンテナ施設を見て倒木多く.特筆するべきもない湯持山787mを左に巻き.明瞭な道形から左前方に踏み跡を分け急登で鞍吾山に立つ。

     右岸からは快い雑木林の中を綴り.もう軽トラも入れぬが幅広い山道を歩む。
   暫くして如何にも古く昔から放置された廃車を何台も見る。どれもナンバーどころかタイヤもなければガラスもない。
   昔修理工場があったと聞く.その名残りらしい。

     鞍吾山から派生した北東の尾根が河原に張りでした所を過ぎ.堰堤の少し上流で恵能野川にぶち当たる。
   後で分かるも.対岸にある切目峠の登り口は探すも分からなかった。

     堰堤の所にテープのマーキングが右手に認められ.この印が切目峠の取付きだった。沢に下り飛び石伝いに左岸に渡り峠へと。
   10分ほどで峠越えし.5分ほど下れば金山神社にでる。間能野への道. 恵能野川出合.遊仙橋にでるより早い。

     恵能野の集落口は歩いてきた道.遊仙橋から林道を綴る。又間能野へは切目峠越えをして.歩いて行ける良さがある。
   間能野には小学校があり.このコースを通学していた。

   何に使われていたのか転がる大きなパイプ

     堰堤の少し上流で恵能野川を左岸に飛び石伝いに渡る。その渡渉地点には大きなパイプが野ざらしに放置されていた。
   対岸に立ち周りを探るも.この時点では切身峠への分岐が判らなかった。
   ルートは2つあると云う。丁寧に探せばよかったと後で後悔する。そのまま遡行してしまっていた。

    鉄塔巡視路標柱が道標に
   葛野川線18号.19号鉄塔の分岐まで右岸へ

     暫くして左手に入渓して初めて黄色いL字で強化プラの巡視路標柱を見る。東電標柱には「18.19分岐まで約50分→」とある。
   標柱が道標の代わりをなしている。又人里離れると古道は送電線鉄塔の巡視路にもなっていた。

     葛野川揚水式発電所からの送電線は楢ノ木尾根を越えて大谷ケ丸南東尾根から恵能野川を跨ぎ.
   右岸の滝子山東陵.東南陵を経て.笹子川南面に向かい新山梨変電所脇で西群馬幹線に入線している。

     リニアカーにも耐容できるよう最近造られた送電線巡視路であり.作業道である。
   古道と兼ねているが17号と18号鉄塔への登りルートは新たな巡視路と思われる。その鉄塔群を守る巡視路が奥深く入り込む。

    恵能野川右岸へ
   朽れ落ちた橋.上流側を飛び石伝いに.8:05

     朽れ落ちた橋が堰き止めるよう沢を塞いでいる。橋の真ん中から砕けるよう2つに割れた姿がみすぼらしい。
   その上流側を飛び石伝い右岸へ渡った。

   左岸へ.浮石届かず右足浸かる

    浅い渡渉
     この右岸の径は短く.水深は浅く流れも緩やかだが浮石伝いに対岸に移るには.浮石が少な過ぎていた。
   程よい所を探すも同じような状況が続いている。上手く渡れる所があった。そこも最後の一歩が岸まで届かず。後と何10cmかが長過ぎていた。
   運を決し渡るがやはり最後の一歩で少し流水に浸かってしまう。右足の靴口が潜る程度.一瞬の持ち上げれば登山靴の中に水が入るのを免れた。

    棚ノ滝を巻く朽れた桟橋
   荷車の幅が保たれていた.8:30

     左岸沿いの径. 古くから崩れ骨格だけを現している桟橋にでる。左前方に棚ノ滝が望められ.流心が強く.恵能野川の核心になっていた。
   桟橋は小型車が通れるほど幅広く.鉄製で土台の骨組が組まれていた。その山側縁を通り滝上にでる。
   一寸寂しいルートだが今回は沢登ではなく.古道を含め新たに造られた巨大鉄塔の巡視路の探索にある。

   恵能野川本流.8:36

     その先左岸は白いザレに塞がれ.右に高巻くルートがあったが河原を石伝いに歩む。
   距離は短いものの沢の中央に立ち.飛び石伝いに跨ぐ姿. 白く泡立つ飛龍が涼しさをかもちだしていた。

    棚上沢
   雨が降らねばチョロチロの流れ小沢

     再び左岸沿いに立ち.やや高めの縁を歩む。単純な山腹径が沢に並行して走っていた。
   沢の瀬々らぎの音色を聴きながら高木の木陰径を歩む径。 気温は20度代に抑えられ.湿気も低い。

     ほぼ平らな同じように綴る山腹径は距離を稼いでいる。その途中で小さな窪溝が北面から一直線に落ちる場所にでた。
   細い流水が心細く谷に落ちるのを見る。地図を見ると地形から見て棚上沢らしい。棚上沢左岸尾根は植林の急登で始まるがまもなく雑木になる。
   恩賜林のコンクリート標43号を見て840m圏. その間々尾根筋をたどって主尾根にでると同標51号がある。

    ここにもあった道標変わりのL字鋼標柱
   左岸から右岸に渡渉する方向が示されている.8:53

    巡視路分岐
     初めての長い一直線の山腹道. 小高い木陰の清々しい径. 大久保山南面の沢沿いを歩む。
   左脇に「←18.19」の巡視路標柱を見る。先程をと同じ道標の役目を担っていた。

     左への矢印の先は本流河原の対岸に移る。右の作業道は小沢ドウミに至る小沢沿いのルートを分けている。勿論橋はない。
   又左岸の支流,山椒沢出合付近からは18号鉄塔に至る巡視路があり.山椒沢右岸尾根は岡松ノ峰へ突き上げている。

    山ノ神
   直ぐ現れた山ノ神.9:02

     本流右岸に移り.沢沿いとは思えぬ平な大地に踏み込むと程なく真向かいは1本の大木に隔てられた。
   御神木の直下には守護禮の如く.丸い石祠と崩れた青いトタン屋根の祠が祀られ守られている。
   ただ残念なのは他人事ながら崩れ壊れているにも拘らず.手入れはなされていなかった。本像は見当たらず。

   広い踏み跡の中央に茂る緑濃い竹林.9:14

     今までの森林帯とは全く異質な雰囲気を持った竹林帯を抜ける。
   目の前に開かれだした大写しの緑深い景色が新たに新鮮な気持ちをもたらしていた。
   そして後に続く竹林と植林の混合する台地. 竹林の衰退が伺える。生きているものの生存競争か?

     檜林に所々茂る小さな竹林の小さな群れは何処もが斜めに傾き倒れ掛かっている。
   成長した大木の植林帯に竹林の根がはび込むも隙間を更に狭べ.竹林が成長すればするほど根の範囲は狭まっている。
   倒され枯れる運命のようにも思われた。

    アモウ沢乗越と大久保山への分岐                  更に先の標柱分岐
    
   18号.19号鉄塔分岐.9:11                    400mほど先にある標柱・・19号鉄塔分岐.9:15

     L字標柱左手は「↑19約15分(片道).18約40分→」とある。記号から見ると横U字で更に真っ直ぐ進む.

    巡視路分岐18鉄塔
     巡視路分岐はコクトチとトヨミ沢との長く緩やかに延びる中間尾根の末端が巡視路分岐で標柱が立つ。
   右に折れれば葛野川線18号鉄塔への巡視路になり.暫く進むと再び恵能野川本流と出合い.左岸に渡る。
   そして本流沿いに進むとサンショ沢にでる。その間々左岸の河原上の緩い巡視路を歩めば山椒山への取付だった。

     ここにも標柱があり.急登となりツメは鉄塔基部南西の肩にでる。
   前回切目峠から大谷ケ丸南東尾根を綴った時はこの尾根を下り.サンショ沢左俣から岡松ノ峰1345m.南尾根を詰めている。6月下旬

    更に400mほど先にある作業道との分岐
     標柱に記されたもう1つの19号鉄塔への巡視路はそのまま直進すれば5分ほどで.左に折れる処に新たな標柱が現れる。
   左の窪地は樹林に被われ.又木漏れの丘稜のような森で.よく見定められぬが黄色い「19」の標柱で作業道との分岐にでる。

     そこは巡視路の切り開きになる。まばゆく照り付ける明るい谷間が臨まれる。
   この巡視路は送電線真下の東側をほぼ並行して詰めると滝子山東尾根に乗り19号鉄塔の東側にでる。10月上旬

   アモウ沢とコクトチ沢の出合.9:26

     左に19号への標柱を分け直進する。左前方に現れた苔生える大石.2つを認め.過ぎると白いザレが露出した崩壊地にでる。
   ここは左上に高巻く踏み跡径に従った。

     そして丘陵のような馬の背を暫く進むと小さな窪溝のような所にでて.アモウ沢とコクトチ沢の出合にでる。
   少々細すぎる気もすがこれがコクトチ沢だろう。そして緩やかな起伏の尾根末端に入ると尾根上と云うより平原上の丘陵になる。

   檜の植林帯

     谷間は左右に遠のき.檜混ざりの大木の植林帯の森の中になる。
   踏み跡径の左脇下に白いプラに墨で「BM.5 H=10418.5m(株)森林テクニクス」とあった。個人所有の広い台地を示していた。
   枝打ちされた枝々に倒木が踏み跡径を塞ぐ。この辺は樹林に被われ.赤テープのマーキングが多く見られるようなった。

   雑木林に変わり

     やや傾斜が付き緩やかに延びる斜面に変わると急に雑木の森に変わっている。
   目線まで落ちてきた樹葉は緑に溢れ.漏れる陽射しが所々大地に落ち.陽だまりを創っている。
   ホッとする深緑の世界を覗かしていた。

     休みたくなるような秘密の場所だった。そこは又薄いカーテンで囲まれているようだった。
   突然緞帳を落としたような風景になる。この緑豊かな森を一歩踏み出すと信じられぬ程広いゴーロの谷間が開かれた。
   カール状の大地は人工的に開拓された巨大な堰堤群に塞がれた。

    アモウ沢の巨大堰堤群
   手前の堰堤が一番新しい.9:42

     手前に林道桑西線が通り.破魔射場丸南東尾根の末端にある林道の起点から綴られ.このアモウ沢の堰堤群がドン詰りになる。
   堰堤の先正面は滝子山方面. S状に右奥に詰めればアモウ乗越になる。

     iに絶句させられた。
   手前の一番新しい堰堤には「平成19年度復旧治水事業.恵能野支流治水工事.谷止工.山梨県」と記されていた。

    アモウ沢とコクトチ沢の中間尾根
   林道の直ぐ先.右手に開かれた巨大堰堤がある

    林道桑西線
     北から延びる林道桑西線はここで留まっていた。ここの堰堤工事以降は林道延伸工事も行われずに留まっていた。
   起点は桑西日向部の真木川左岸. 真木小金沢林道半ばのゲート手前から真木川を渡り.小沢ドウミを越え.
   恵能野川上流の枝沢を幾つも横切り.ここまで刻まれきている。

     アモウ沢乗越に立つにはガレ沢を遡るか.右手のアモウ沢左岸尾根を登るかになる。
   林道を右に折れ道なりにUターンすると舗装も途切れ.その50m先.左手の土手に細く斜上する踏み跡があり.取付き地点になる。

     新しい送電線が完成されたにも拘らず.古道と兼ねた巡視路として恵能野の手の行き届きは鈍かった。
   橋はなく路肩や桟橋の崩れを見てきた。桑西日向部からのこの林道が大きな役割を果たしている為だろう。

   太い幹にアルフャベットの記号が下部から記されている

    アモウ沢左岸尾根
     巨大堰堤まで恵能野川を遡行し.アモウ沢左岸尾根に取付く。
   急登で始まる尾根筋は枝木の張り出しはあるものの藪は少なく.急登で登り続ける割には楽だった。
   又大木が尾根の半ばまで茂り.一定の間隔で幹には取付きから若番からのアルフャベットが赤ペンキで印されていた。

    古道の分岐
   尾根から離れ.左脇に枝2本の塞がれた踏み跡径がある.9:15

     大檜の幹に「J」と赤く塗られた場所でコクトチ沢からアモウ沢に尾根を横切る薄い踏み跡を見付ける。
   そして痩せ尾根の上に2本の枝が並行して置かれているのは意識的に置かれていた。それは通行止めを意味し.又道であったことを意味している。

     尾根から見る限りコクトチ沢方面は古道の形跡は全く分からなかった。
   左手アモウ沢方面には崩れた先に短い4本の丸太が窪溝を渡っている桟橋がここからも臨められた。
   このルートは米背負峠から掘抜ドウミを経て.この尾根を越えアモウ沢乗越へでる古道だろうか?

    吹切尾根と間明野
   谷は間明野の集落. 右上が花咲山
    左下は大谷ケ丸南東尾根末端. 手前の葛野川線は18号.19号鉄塔間.

     急登の樹間を透しても,望む遠方の山並みはなかなか見られなかった。樹葉の被う盛夏の山.
   望めても樹間の.それも枝々の隙間に限られていた。それ故眺望は樹葉の枝木の絡む窓からになる。
   視界はあるものの延び茂る枝々で.樹葉の装いにカメラを構えるチャンスも少なかった。それでもシャッターを押しているが。

   平沢ノ嶺とホリヌキ?

     尾根筋の様相

    根曲り這う尾根とワイヤ
   古い錆びた残置ワイヤーが立木に絡まっている.10:40

  

    黒岳とガスに包まれた雁ケ腹摺山
   大峠
    手前は大谷ケ丸南東尾根・・ホリヌキの登り(右下は小沢ドウミ)

    大久保山・・大谷ケ丸南東尾根
   左下が林道桑西線が通る小沢ドウミ

    大久保山と山椒山
   左上がセーメーバン

    破魔射場丸南東尾根と大谷ケ丸南東尾根. 右上のバックが百蔵山の裾になる
    大久保山と大きな葛野川線18号鉄塔. 正面が山椒山南西尾根・・前回ここを下り岡松ノ峰南尾根を詰める

    東面に開かれた山々
   狭い樹葉の窓から

    桂川葛野川出合付近
   上の写真右に続く

     尾根の後半に入ると露岩が現れ始め.露岩の大きさも様々になる。
   その樹林の間を縫い.時折眺望が得られた。それは尾根を覆う狭い樹葉の隙間から望められた山々だった。

     隣接し聳える山容も余りにも部分的で地図と合わせ知る限りになる。
   眺望を楽しむと云うよりは山があり.谷があればまずカメラに収めた。それほど樹葉は重なり眺望が楽しめぬ季節になっていた。

     大谷ケ丸南東尾根と恵能野川地形図
     恵能野川.恵能野子神社からアモウ沢とコクトチ沢の中間尾根・・山ノ神と堰堤群
     アモウ沢乗越から滝子山南陵