立山連峰・・太郎兵衛平からの下りで若い月の輪熊と遭遇.折立へ
     折立で滝島.鈴木両氏の迎い車に合流. 富山県北東部有峰湖.有峰線有峰=国民宿舎「白樺ハイツ」=芦峅寺=立山IC=鶴ケ島IC

    室堂から浄土山,五色ケ原
    五色ケ原から越中沢岳越えのスゴ乗越
    スゴ乗越から薬師岳越えで繋ぐ
    太郎兵衛平から折立下山・・下りで若熊に追われる・滝嶋先輩.同期鈴木の迎い車

    夜明けの雲ノ平
  
    富山市大山地区の山々.5:08

     8月27日(月).快晴後晴
      太郎小屋6:40一7:15小:25一8:30森林限界一8:50三角点1870.6m標.熊:9:00⇔:35一9:40折立休憩所.
    日の出
     ここ太郎兵衛平の大地からの日の出は神秘的な夜明けを想像するには何か欠けたものがあるような気を起こさせている。
   アルプス山脈の幅広い大地の西端から望む風景。 中央に雲ノ平があり.囲むよう3000m近い山並みが重なり合っている。

     ここ太郎兵衛平から山稜を望むに.日の出は東側の峰々から昇り.周りを赤らめ.更に白光しピンク色に変えていた。
   白みを帯びた陽光は峰々に立体感を創りだし.昇りだした朝日は見上げる岳々の台地に煌きと共に姿を現している。
   幾つもが重なり連なる山波の先からの日の出. 最後に日陰だった私の目の前にその陽光を現した。

     それまでの間.その峰々の隙間のような空間に陽光が少しずつ這い広がり.白み漂う空間に変え.日の出を迎える。
   それ故.鮮やかな紅色の空と黒く塗りつぶされた.昨日・一昨日の山陰から出る雄大な日の出はここでは望められなかった。

    雲ノ平の先の遠望T
   左景・・太郎平小屋前から.5:09
   水晶岳とワリモ岳.鷲羽岳. 手前が祖父岳.

    雲ノ平の先の遠望U
   右景
   三俣蓮華岳に双六岳

    下山の天候
     今朝は朝からガスが湧き始めている。特に下山する折立方面の裾野は層雲に広く覆われ.有峰湖を望むことはできなかった。
   ただ下山するには心地よい。やや風があり.足を停まれば肌寒い。

     4日前の入山日は朝方から雲1つない快晴の空に迎えられていた。
   昼近くまでは稜を縦走するも谷間から湧き立つガスもなく.直射の陽射しを受け真夏の頂稜散歩を満喫している。
   それが日一日と30分ほどのズレを持ち.湧くガスは早まっている。

     昨日は又2時半頃.太郎平小屋で20分ほどの物凄いスコールがあった。私は昼寝をし気が付かなかったが。山中初めての雨.
   今年は太平洋高気圧気団がまだ日本海沿岸まで覆い.夏の勢力を保持し.雷雨に遭うことも遠くからの雷鳴をも聞くこともなかった。

    大阪森山
   6:40
    ガス被う左手が真川の上流になり有峰湖が横たわっている

     広大な高原状となっている太郎兵衛平から北西に張り出しす小屋前の尾根を下る。なだらかな太郎兵衛平の草原を木道で横切り.
   ガラ場状の斜面を暫く下ると尾根らしくなる。その後も傾斜は落ち緩やかな丘陵の草付に変わり.尾根は大らかに広がる幅広い尾根径を歩む。
   尾根末端は有峰湖東畔に没し.手前に折立線の終点には折立休憩所が設けられている。

    大日岳
   豊かに広がる山並みの風景.7:00
    真川左岸沿いと遥か向いは湯川谷.出合が常願寺川になる.

    剣岳が大きく望まれる
   大日岳と立山を従えた剣岳. 五光岩ベンチより.7:05
    右の斜面は薬師岳からの裾野

    剣岳をアップに最後の斜景
   劔岳を最後に最後の斜景.7:05

     高度が落ちるにつれ背後に聳えていた薬師岳の大きな山容も望めなくなる。
   右手の源流は真川のうねるりに合わせ.幾つもの尾根が薬師岳から延び.重なり分け合うよう落ちている。
   その遥か先には剣岳を囲む南面の山々が嶺を築き.霞み朧にな姿を現していた。

   仰ぐ太陽.8:08

     最後に望んだ薬師の岳. 一瞬黒い雲が流れ込み太陽を隠している。
   緩やかな草原に池塘の台地を下り終え.登山道は森林限界を抜け樹林帯に入る。
   針葉樹林の立木が尾根筋に続き.登山口まで高度差1.000mほど。だが思いのほか下る傾斜はきつくなかった。

     深い樹林帯に入り.綴る山道も小径に変わってる。折立に下る前にコーヒータイムを取る積りでいた。そして登り擦れ違う登山者が多くなる。
   有峰登山口からマイカーや始発のバスで登ってきたハイカーだろう。路線バスを利用する場合は富山駅からは2時間.有峰口からは1時間掛かる。
   今日は鶴ケ島から滝島先輩と同期鈴木の迎い車がくる。

     太郎兵衛平は薬師岳だけでなく.雲ノ平を抜けての山間や谷間。三俣蓮華岳方面へ抜ける主要なルートにもなっている。
   それにしてもお盆を過ぎてもハイカーが多いのには驚かさせられている。殆どが中高年層.今日も既に30人程のハイカーと擦れ違っていた。

   密度濃い樹林帯から下界へ.8:55

    ツキノワグマ
     太郎兵平から下りでは針葉樹林から公葉樹などが続く尾根道の急坂に変わっている。次はコーヒータイムにしようと
   再び三角点台地から急坂を下り.窪状のように挟まれた小径の両側を樹林の枝々が貼り出していた。狭く300m程下った所で前を歩いていた
   ハイカーから「熊だ!」と声が飛び散ってきた。私の前を下っていたハイカーが登り返して来た。4人.5人と駆け上がってくる。

     熊の体格は大人ほどの大きさ。黒い塊が四ッ足で肩を揺すりながら山径を登ってくる。我々も急ぎ戻っている。
   つい先ほどまで熊防御用スプレーの話で持ちきりだったがそれが現実のものになる。幾らか広がりを持つ高台にでて.直ぐさま笛を取だし命一杯吹く。
   そして三角点台地の降り口に立ち.更に腹に力を入れ吹いた。

     熊は前方15m程の所で止まることなく.径を塞ぎ更に体を揺しながら向ってきた。後がない。もう一度大きく息を吸い吹く。
   すると右に被さる樹葉に熊は方向を変え.藪の中に飛び込む。私のいる場所から距離にして10mもなかった。
   何故か心は落ち付いていた。熊は雲の道へ回り込み逃げている。私1人が降り口に戻り.自然の間々の動作で力強く笛を吹いていた。

     今まで藪に入る時は一度か二度. 熊が出そうな鞍部に立つ前に笛を吹くか.大声を掛けている。3年前だったと思う大菩薩の藪尾根で.
   イノシシと出偶わしたと思ったら大きな熊に驚かされている。目線の右側前方に笹薮がそこだけを大揺れさせ笹葉を動かしていた。
   最初は小笛から大きく笛を吹き.それが耳に入ったのか? 谷間の方に向きを変え逃げ去った。熊と向き遭い笛で立ち向かったのは今度で2度目。

     今回は逃れる場所がなかった。私の後には逃げてきた人の壁ができていた。ホッと尻もちを着く。そして「熊は右に逸れた!」とそこに留まっていた
   10数人の登山者に伝えている。何故.そんなにも落着き.自分が逃げなかったは判らない。ただ三角点台地に熊が上ったら大変なことになっただろう。

     小熊もまだ親離れしたばかりと思われる。好奇心が大せいでいたのが助かったと思う。ただ残念だったのは仲間の1人から「笛を吹いたから
   熊が近寄ってきた!」と真面目に聞かされた時だった。英雄を気取っているのではない。それなら私の前に立ち止って欲しかった。
   ガイドと云いながら直前まで熊話で盛り上げていたのは彼。その自慢のスプレーさえ持参しなかった。そして一番先に逃げている。。

     昔.同輩大川と晩秋の那須連峰に入り.大峠付近の痩せた尾根筋で目の前に大熊と出くわしている。
   あの時は目線で遭っていた。驚きが先に立ち.2人は全く動くこともできなかった。

     手も足も硬直したまま.熊が尾根を横切り,見えなくなっても暫くは動けずにいた。逃げる動作もなかった。
   去っても暫くは動けず.動き始めはジャンケンし先頭を決めてもいた。
   又遭遇することがあり動ければ一番先に逃げ出すかも知れない。否や間違いなくそうするだろうと思っている。

     改めてここでコーヒータイムを取る。暫くして振り返ると今下ってきた小径に熊が現れ.登り去るのを見ている。
   ここ三角点標の東側の藪に獣道が既にあるのだろうか? 再び折立へ下り始めた時.熊が横切った所には獣道口が臨まれた。

     折立登山口バス停前.10:42

    登山口
     再び樹林帯を綴り.程なく愛知大遭難石碑前を過ぎ.薬師岳の登山道「太郎坂」.折立登山口にでる。
   立派なトイレと休憩棟があった。「山と高原地図」昭文社には売店と示しているが自販機が1台あるだけだった。
   休憩棟は薄暗く.雨が降れば蒸すが荒天の場合よい退避所になる。ここで着替えを済ましている。

     高木に囲まれた木陰があるのが嬉しかった。登山口Pは車で溢れ林道まではみ出している。
   最近長距離になればなるほどマイカー登山が増えているのが伺えた。

     地鉄バス有峰線は日に2便のバスあり.10時30分発の始発のバスが現れると10人ほど降りている。
   2本の内.富山駅直通は15時10分のみで.朝10時30分発は有峰口駅からの電車経由。8/21〜8/31迄

     賑やかだった登山口も閑散とし私達だけになった。裾に下り陽射しは更に強くなる。
   着替えたK先輩は木陰にある石の長椅子に横たわっている。T君は陽影を求め.バスが出た後の路上にザックを枕にして彼も寝転ぶ。

    有峰林道
     富山県富山市と岐阜県飛騨市跨り.有峰林道は総称で複数の林道で構成されている。有料舗装道路小型¥1.800
   有峰登山口は折立林道の終点でもあり.真川林道に交差している。真川林道は一般車は通行止

     右の林道ゲートには検問があり.真川右岸沿いに下れば湯川谷にでる。頻繁に作業車の往来があった。
   又左岸の林道は右岸を北ノ俣岳の上流に詰めている。

     林道折立線は和田川沿いに(小見線)に繋がり.起点亀谷(かめがい)を下って有峰口へでる。
   道路幅は狭く信号による相互交通になり.砂防ダムの脇は旧道か? 林道沿いに廃トンネルが幾つも繋がりある。

     又有峰ダムの天端を渡り.分線した林道湖週西岸線は湖週南岸線と繋がり.湖畔を南下し東谷を遡っている。
   林道東谷線として飛越隧道を潜っている。ここは北ノ俣岳からの県界尾根.神岡新道の飛越側の登山口。
   県越した林道は大規模高山大山線と名を変え.岐阜県神岡へ下っている。
   ・・降雪地帯で半年以上の間冬季閉鎖.ダム以外に観光施設はない。各林道は20:00〜6:00閉鎖

    有峰ダム
     有峰ダムは常願寺川水系和田川に建設された堤高140m.堤頂長500mの大型重力式コンクリートダム.
   富山県は大正9年に有峰村を全村買い上げ.電力不足を補うため昭和の初めに堤高50mのアーチダムに着工.
   ただ資金繰りが難しく中止になっている。

     その後.堤高110mの大型重力式コンクリートダを県が企画し.1938年(s13年)の着工.
   この時期は第二次世界大戦で資材不足で20%ほど完成し中止している。

     1956年(s35年)北陸電力に引き継がれ社運を掛けた工事が行われた。堤高140mに変更し.旧堤体を包み込む形で工事を再開.
   世界銀行の借款を受け.3年後1959年に施工した。

     旧有峰ダムの堤体の存在は今も見ることができる。ダムの両脇が折れ曲がっており.横から見るとZ字型に見える。
   発電用ダムで和田川第一発電所.第二発電所.有峰第一発電所.第二発電所に送水され.合計で53万5千KWの電力を発生させ.揚水式発電所を除き.
   只見ダムに続き第2位を維持している。又有峰湖は山を隔てた東に隣接する黒部湖より大きく10%程増。

   乗合バスの出た後の木陰で.11:03

     下山アプローチ・・中央の有峰周辺概略図アップ
       10:40折立線有料1.800.迎い車11:10=国民宿舎「白樺ハイツ」12:30=富山地鉄立山P=北陸道立山IC
       =11:30有磯海SA.海鮮丼14:00=16:00上信越道小布施SA「ハイウェーオーシャンス」:30=関越道18:50鶴ケ島IC
       =北京料理「青龍」=東武鶴ケ島¥500. 20:50=21:30jr池袋=10:00帰宅・・片道500km.

     登山口折立へのアプローチはマイカーを除くと富山地鉄立山線古見駅より有峰を経る路線バスを利用するコースと高山線猪谷駅より
   神岡鉱山軌道を利用して有峰一折立に至るコース。他に真川沿いに直接折立に至るコースがある。最後のコースは長く乗物の便がなく割愛。

     やはり小見からのコースが時間的にも一番利用されている。小見駅前発のバスで和田川沿いに1時間で有峰に着く。
   このバスは一応有峰行になっているが折立まで運行してくれている。有峰一折立間は北電の管理道路のため別料金を払うことになる。
   ただ後に直通運行されている。もしなければ折立まで約50分歩くことになる。

     もう1つのコースは高山線猪谷駅から神岡鉱山軌道で土(ど)まで行き.そこから大多和峠を越えることになる。歩いて有峰まで約丸一日。
   4.5人パーティなら猪谷駅からタクシーで2時間ほどで有峰に着く。有峯ダムの堰堤を横切ると小見からのコースと合流する。

    迎い車
     程なく滝島先輩.同期鈴木の乗る迎い車が現れる。私達との待ち合わせは正午.暑い下山を嫌い登山口で長く待つことを
   覚悟して早めに下山した。2人には後日談としてやはり悪いことをしてしまっていた。正午集合で1時間前に到着すると事前に知らされていた。
   熊と遭遇した三角点地点へ少し歩く積りでいたらしい。山道でバッタり逢う。2人は意外な演出を考えていたようだ。

     トランクが開かれ持ち込まれたクーラーボックスには今回も冷たいビールにツブトマトや巨峰の摘みが詰められている。
   美味い.冷たいと頂く私達。ただトマトの売れ行きは今一.キョトンとするT氏。K氏が行動食として沢山持参した経緯を説明する。

     食べきれず暑さに痛んだトマトが放棄されていた。それ故手数は少なく「すまん!」.「すまん!」と謝る先輩がいた。
   その間に私は気分よく2本目の缶ビールを頂いている。

   北陸道有磯海SA.14:04
   遠く海岸線に細かく波打つよう海原が望められる能登半島.

    街道沿い
     立松君の車を回収しに立山駅に向かう。途中で有峰林道のゲートを潜り.亀谷温泉.国民宿舎「白樺ハイツ」で入浴を済ます。
   ゆったりした宿舎にこれ又大きな湯殿.のびのびと手足を伸ばし浸かる湯。「もう何もいらないと!」幸せ一言に尽き.
   小さな湯舟だが体を洗いさっぱりと。 ただ露天風呂は透明のプラで窓と云うか出入口は全て塞がれ.冬の吹雪の為の工夫だろうが
   そのまま置き去りになれていた。

     朝方5時に埼玉高麗をでて.5時間を費やして私達を迎いに来て下さった。私達を迎え再び北陸道を戻る。
   今までとは違い同じルートをUターンし.何も言わず.朝方通った高速道を戻っている。何時ものことだが感謝に堪えない。

    芦峅寺
     途中T字路で国道43号線を右折すると芦峅寺にでる。ここで作られた和カンジキは幾つも使わさせて頂いていた。
   壊れれば修理し.又購入していた。縄文時代に既にあったと云われ.猟師が使用していた独特の形をなしている。

     曲木を組み合わせた輪カンジキ.ワッパはオーバーシューズを履いた靴を紐で固定するタイプ。
   時代と共にアルミポールから耐衝撃性ナイロン合成素材が主流になった。最近は西洋カンジキのスノーシューが縄張りを広げている。
   ワカンより浮力が強く.ラッセル能力が高いものの.急斜面だと取り回しがよくないことや重さに弱点がある。

     親不知へと国道を通る積りでいたが平日の午後になると閉店している店が多いと聞き.北陸道有磯海SAで昼食を摂る。
   海鮮丼で舌鼓し立松君と別れ山行はここで解散した。外の気温は34℃.

     5日間山に篭り.薬師岳を越えてきた。下山しても今回は足の痛みや疲労は全く感じず.健康そのものの足だった。
   再び山に登り始め初めてのこと。それが車内で長く座りぱなしの姿勢が足を固めさせ.関節に負担を掛けさせていた。右足の関節が痛む。

     SAに寄り足を伸ばせば痛みは治まるが暫く座ると再び足の皿が痛くなる。
   彼等は私の倍座っているにも拘らず.私だけに痛むのも.迎い車の中.贅沢な痛みかも知れない。

     鶴ケ島ICに下り.T氏の地元中華料理「青龍」でご苦労さん会を催す。地元で通いなれた店のようだ。
   彼のカラーをそのまま出せる店畑からのお裾分けもあるそうだ。鈴木は呑まずに我慢してくれている。
   アッと云う間に2時間が経ち.帰宅は22時になる。

   高速道¥10.000.燃料¥10.000・・山行費¥12.000+¥31.000+7.000


     今回の立山〜薬師岳間の縦走で欅平から上高地まで北アルプスを綴る空白地域が埋まり.結ばれたと考えている。
   ただ終えて改めて調べると別山乗越〜真砂岳間が残されていた。

     立山連峰 剣岳〜槍ケ岳・・新穂高.高地

   B1966年08月. 室堂―真砂沢出合bc.剣岳東面の尾根と谷―仙人池―欅平
・・前剣岳―真砂岳間未踏破一ノ越横断
   A1969年07月. 馬場島―剣岳早月尾根―長次郎雪渓―内蔵助平―黒四ダム
   @2013年07月. 馬場島⇔北方稜線大猫山・・・大猫山―八ッ峰ノ頭間未踏破
   C1967年08月. 追分―立山⇔五色ケ原. ―烏帽子岳―太郎兵衛平⇔薬師岳
     2009年08月. 新穂高―三俣蓮華岳―水晶岳―赤牛岳―黒四ダム
   D2012年08月. 室堂―浄土山―五色ケ原―越中沢岳―薬師岳―太郎兵衛平―折立
   E1967年08月. 追分―太郎兵衛平⇔薬師岳.―三俣蓮華岳―槍ケ岳⇔大喰岳.―新穂高平
     1970年10月. 上高地―横尾本谷右俣―槍ヶ岳千丈沢―高瀬川湯俣―濁
     2007年08月. 上高地―天狗池―南岳―キレット―北穂高岳―奥穂高岳―上高地・・・周回

     室堂から浄土山.五色ケ原
     五色ケ原から越中沢岳越えのスゴ乗越
     スゴ乗越から薬師岳越えで繋ぐ
     太郎兵衛平から折立へ下山・・下りで若熊に追われる・滝嶋先輩.同期鈴木の迎い車