| 立山連峰を南下し浄土山から薬師岳へ・・立山Top 立山〜越中周辺地形図 室堂から浄土山を経てザラ峠―五色ケ原.越中沢岳を経て読売新道を眺めつつ.五色ケ原〜薬師岳間の空白部を埋める。太郎兵衛平から折立へ. 2012年08月23〜26日 L松村m見城.立松.(迎え車で滝島.鈴木) 立山室堂から浄土山.五色ケ原・・入山トラブルと弁当.草原とライチョウ親子 五色ケ原から越中沢岳越えのスゴ乗越 スゴ乗越から薬師岳越えと繋ぐ 太郎兵衛平からは折立へ下山 立山連峰 室堂からの入山は1966年08月と翌年08月.そして今回と3度目になる。1966年には寝台列車で剣岳東面に入り.欅平へ抜けている。 そして67年にRHCの主将を任された私達は夏合宿に鈍行夜行列車で立山温泉から立山三山を経て南沢岳.大喰岳へと北アルプスの雲上を大きくS状に縦走した。 その折は立山温泉から入山しザラ峠から五色ケ原をピストン。そこから北上し黒四から後立山へS状に絡め.中盤で太郎兵衛平から薬師岳をピストンした。 その後は合宿の集中地.新穂高へと縦走したため.立山連峰の空白部分として.その間の五色ケ原から薬師岳間の間だけが残されていた。 後立山は一昨年に蓮華岳から南沢岳へと縦走して昔の踏み跡と繋がれて.親不知から上高地まで地図上では赤線で結ばれていた。 又3年前の08月にはその間を連ねる読売新道を新穂高から黒部川K四ダムまで先輩・同期と縦走している。 この立山周辺の山々は幾つもの山行を積み重ねてきた。今回は夜行登山バスを利用しての回想する山々でもある。 立山から薬師岳に繋ぎなぎ.又並行する読売新道を一緒に歩んだ仲間達と共に.長大な尾根を間近から懐かしく懐古したいと思っている。 メンバーは仕事の関係で鈴木に代わり.後輩の立松君が加わる。本来は北俣岳(上ノ岳)から神岡新道まで下りる企画を立松君の参加で. 車の回収ができず中断して薬師岳止まりになってしまった。それは結果的に迎い車の配慮にも欠けてもいた。下山も立山に戻ることになってしまっている。 同じ往路通うことになり申し訳く.地元でガイドをすると云う彼はその後もトラブルメイカーになってしまった。マイカー泊りで東京から来た者が室堂は1時間待つことになる。 当日の弁当も然り。私は買出しを済まし立松君は装備をお願いしたが.出発直前にコッヘルがないと云いだす始末。ガイド仲間もいる筈が調達できず.私の2人用を持参。 3人の炊事は2度手間で作らねばならず.2度手間の不便を味わい.山中で昼食を抜いている。 最終的には炊事どころか茶類を沸かすのも億劫に.持参したコンロは一回しか使用せず.ゆっくり山を味わうどころか山小屋には早過ぎる時間に着いている。 好天にも係わらず下山してから食材を分け合っている。食料・装備を供え.その上コースまでも短縮し.雑用が多過ぎる山行になってしまった。 山で遊ぶのではなく.決めたコースを詰めるだけの昼寝に変わっている。ただ慰められたのが迎い車。 今回も滝島先輩・鈴木に迎い車の手配をして頂き.何時ものことながら感謝に堪えない。5日後の27日正午に折立での待ち合わせをお願いした。 立山三山 室堂ターミナル前から.8:15剣岳.別山.真砂岳.富士のノ折立.大汝山.雄山 上ノ小平付近.室堂で富山湾.日本海が遠望できたものの.その後海原を見ることはなかった。 山中では連日.素晴らしい山並みの眺望が見られた割には水平線は常に霞みに包まれていた。 8月23日(木).快晴 秋葉原ロータリー.¥12.000=竹橋毎日新聞社.毎日アルペン号.見城先輩と合流22:30=信越道. 8月24日(金)快晴 7:10室堂ターミナルで立松君と合流.8:25. jr秋葉原駅ロータリーに着き驚く。多くの登山者が群れをなし.夜行の出発点の送迎車を待っている。又案内人もいた。 3年前この時期に同じコースで新穂高に出向いている。その時は私を含めて乗客は3人だった。 初めてのことで本当にバスが来るのか心配だった。それが今日は臨時のバスも出ると云う。 今日.明日.明後日と涸沢でフェスバルが模様しされていそうだ。それにしても北アルプスの人気は凄い。 前回より車は新しくクーラーの調整もよくホッとする。又室堂行の登山者もかなり多くなっていた。 竹橋毎日新聞社内で見城先輩と合流.竹橋を出発した夜行バスは信越道.北陸道を抜け.途中4ケ所の休憩後立山ICから一般道へ。 直接室堂に入るため富山地鉄立山駅の先.称名川沿いの桂台で室堂線のゲートに至る。6時の開門まではまだ時間があった。 外の気温は13℃.ゲート脇にはバスの通行料が大きく示されていた。1台¥50.400とある。桁が違うのではと驚く私. この料金が春の雪トンネルに化けるのだろうか? 一般車は通行不可. 何故か? 更に北軽を出発したT君は前日魚津で一泊,。8/16日から始発のケーブルは1時間遅れ.室堂には8時20分頃になると電話が入り. 突然知ることになる。マイカーで来ている筈.現地に宿りながら約束の時間に着けぬとは如何したのだろう。彼を待つ現地で電話をもらっている。 余りにも雑過ぎる態度.そこまで迷惑をかけてまで一緒に登る必要があるのだろうか? それも後輩である。 先輩からの要望があったとは云え図々し過ぎる。バスの運転手に事情を話し便乗を願うも頭を横に振られ諦めるしかなかった。 後輩一人.気儘な自分勝手な大名山行を行っている。ここでも時間を守れず。謝るどころか.東京から室堂ターミナルに着き1時間, 彼を待つことになる。ここにきて断る訳にもいかず.情けなすぎる山行になった。 浄土山 立山連峰を南下する..8:35立山室堂〜五色ケ原 室堂.Tと合流8:25一9:10小:20一9:55浄土山10:00一10:40鬼岳東面一11:05鬼岳.獅子岳鞍部大:30一12:20小:30 一13:00小:10一13:40五色ケ原.五色ケ原山荘. 大日岳と奥大日岳 殆ど雪解けした残雪と室堂.9:01左手が富山湾.大日の隠れた背が能登半島 煌めく陽差し 8月下旬になるもまだまだ陽射しは強い。先輩は草津で避暑し.T君は北軽生活.体調を整えてやって来た。 山に入り眩い陽射しを浴び.カルデラに照り付ける石ゴロの登山道を歩む。浄土山経由で早くも立山連峰の稜にでた。 ひと汗も.ふた汗も汗がでる。入山して慣れぬ体.絞れば幾らでも汗がでた。 垂れる汗は吸収タオルで助かるが共に同じ立場.稜にでるまでが中高年には辛い登りになった。 赤谷山と剣岳.別山 みくりが池ザック 入山前日にザックを購入している。今回の山小屋生活3泊は昼食のみを自炊にした。 そのため食料が少なく.私の持つ50リッターでは荷はザックの2/3程でブカブカだった。又30リッターでは余りにも小さ過ぎる。 40リッターと45リッターとでザックの購入に悩み.40リッターを購入。 45リッターでは3.4泊で自炊する大きさになる。それは私が持っている寸胴で袋のような50リッターと同じようなものだった。 今までのザックは何を出すにもザックを開かねばならないもの。購入したザックは脇にフックがあり.小袋もある。 休む都度.水や地図.小物を取り出せる便利さがある。・・購入08.21.グレゴリーザック40リッター.アートスポーツ本店¥18.690 一ノ越・・雄山と浄土山を分ける 室堂展望台と分かれ.9:50遠方は後立山の赤沢岳とスバリ岳.針ノ木岳 室堂展望台を右に分け.浄土山に立つと雄大な立山の山懐に入る。 懐かしい山々に心が揺さぶられた。岳々に刻まれた昔の印象が追憶され.顧みる記憶は糸口が解れるよう想いだされていた。 そしてアルプスの岳の大きさを改めて知らされる。 これから4日間歩む立山連峰が望まれる・・9:56 ![]() 左から龍王岳.重なる鬼岳.獅子岳・・鷲岳.五色ケ原.鳶岳 その南は越中沢岳.間山.北薬師.薬師岳 中央奥に左に平行するのが赤牛岳と重なる水晶岳・・読売新道 その中間遠の山は黒部五郎岳.更に遥か先左側奥が笠ケ岳 素晴らしい眺望は初日から恵まれている。これから綴る山並が薬師岳を越え.連呼して望まれた。行く先々を楽します。 アルプスを南北に並行する読売新道はまだまだ遠方だがここからよく尾根を見き分けることができた。そのを間近に眺め登ることになる。 両側に後立.立山を従う中央の尾根が読売新道の尾根。 1年置き読売新道.後立の船窪.裏銀の稜. 今回の立山から薬師岳越えを試み.終えればアルプスの南北に並行する3連山目を縦断する。 読売新道のある 北尾根と立山連峰.薬師岳 左端は槍穂高連峰五色ケ原と薬師岳 後立山の針ノ木岳.9:56 白いツルリンドウ ヤマハハコ チシマギキョウ ミヤマリンドウ チングルマの実の穂.花殻 ミヤマトリカブト タチフウロ鬼岳 昔はこの時期でも肩まで残雪が残されていた.10:27過ってこの鞍部.御山谷のコルで幕営している 昔の幕営地 竜王岳.鬼岳の鞍部には1967年8月18日に幕営していた。雪渓がツメまで埋まり.その真横に天張っている。 当時追分からここまでトラブル続きで3日間を費やしていた。常願寺川に入りザラ峠から内蔵ノ助平へ抜け後立へでる予定でいた。 転落による食料の紛失と耳に虫の入るアクシデントが重なり.入山当時は立山温泉分岐でまず泊まり. 翌日は小屋跡飯場.対岸地点までしか入れず.距離にして数kの地点で2日間を費やしていた。そしてザラ峠から五色ケ原をピストンし. 薬師岳とは逆方向に立山から穂高に向うため.ここ鞍部に天張っていた。 近年御山谷の万年雪が確認されたが雪渓は短い。当時は今日と1週間ほどの違いだが豊富な残雪に谷全体が被われていた。 鞍部に立ち谷間を臨み.改めて温暖化の厳しさを知らされる。 ミヤマキンバイ キバノコマノツメ?鬼岳に間の浄土山・・龍王岳 獅子岳北肩で大休止.11:16船窪小屋から立山連峰.東面写真 弁当 鬼岳を越え獅子岳との広い鞍部で昼食を摂る。空腹感はあるが2人の食欲は大勢だった。 前日魚津に宿ると云うT君に頼んでおいた昼食用弁当は念を押し.コンビニの場所まで伝えておいたのだが何を考えたのか前日に購入冷蔵庫に保存。 米粒がカチカチに乾き食べられたものではなかった。マイカーで来るとその為にも念を押しお願いしたのだがその意味もなくなっている。 歯の調整中の私にはきつく焼肉丼の焼肉だけを摂る。又時間遅れると最初から分かれは室堂で弁当を購入できたのだが。 それも後のまつり.夏山の弁当には何時も悩まされている。彼はこの数年でここまで自己主義になってしまったのか? 入山したばかりで怒鳴ることもできず。先輩は孫のよう怒らず.諦めているのか?無言を山中通している。「若さでガンバレ!」T君. ミヤマウイキョウ ミヤマダイモンジソウザラ峠 峠の先が五色ケ原.12:08昔湯川谷沿いから登ってきたせいか.もっと広く感じられたザラ峠 今ザラ峠越えをするルートは失われない。湯川谷沿いは学生当時から廃道化が進んでいた。 又中ノ谷から針ノ木谷を抜けるルートは平までの古来からのルートは絶え.登山道は五色ケ原から刈安峠を越えるルートに変わっている。 五色ケ原 足元を横切ったライチョウの子供達.13:29 五色ケ原Top前回と云っても55年前の1967年の8月に訪れている。その折は五色ケ原山荘で後輩の診療後.この五色ケ原で一休みしている。 残雪も今思えは夏でも多かった。その脇を3羽の子ライチョウがヨチヨチ歩きで走り回り.這松に入るまで.そっと親鳥が見守っていたのを想いだしていた。 今回は子ライチョウの数は5羽と多い。親鳥を探すとやはり少し離れた所で.追い掛けるでもなく追い掛けていた。 五色ケ原山荘.13:34五色ケ原山荘 草原の幅広い山道を綴ると五色ケ原のほぼ中央に五色ケ原山荘がある。丁度45年前3年生の時.北アルプス全山縦走の夏合宿が行われている。 入山に察し下級生の耳に虫が入るアクシデントが初日に起き.寝転ぶ痛みを訴え.五色ケ原山荘の京大診療所でお世話になっていた。 山荘は当時としては大きい方で2年前に増改築が行われた真新しい山荘だった。 当時の赤く塗られ屋根はまだ珍しく目立ち,緑広がる草原にポッンとあった真新しい山荘が記憶に残されている。 その後全面的に改築.大増築され.今は収容120人と更に大きな山小屋に成長していた。 草原を向く山側に玄関があり.その前で山道が分かれている。左手がはャンプ場を経て黒部湖.平へ。 右手は明日進むスゴ乗越への縦走路になる。真っ直ぐ小屋の玄関に入ると右側に靴置場があり.直ぐ2階への階段があった。 奥は中程右に入るとトイレ。燃焼浄水式のトイレで山小屋とは思えぬ清潔感に溢れている。又便秘気味で何度か通い.朝方すっきりしている。 そこから右に回り込んだ所に風呂場があった。燃料の無駄を防ぐため登山者の宿泊が大体把握できる4時前後に集中して入浴が許された。 男女ともそれぞれ20分間内の入浴になる。湯殿も綺麗で新しい。驚いたのは山小屋には似つかわしくないほどの大きなステンレス製の湯舟。 浸かるだけだが湯が多いのがよく.贅沢さを感じさせられている。 中央通路の突き当たりが食堂兼談話室. 大きな窓からは綴ってきた立山の山々から黒部川を隔てる後立の山並みが飛び込に描かれていた。 特に朝食時に夜明けを迎え.針ノ木岳が大きく山陰を描き.聳える高みが大きく.目立ち望まれた。2食付¥9.000. 2階の東側の個室「越中沢岳」に通される。地元魚津に住む青年.佐野君と相部屋になるが彼は気持ちのよい青年だった。 くどい中高年に言葉少なく付き合ってくれている。体格はよく2度目の登山だと云う。 前回は薬師岳を折立からピストン。今回は室堂から五色ケ原をピストンし同じ径を戻ると云う。 何か勿体ないが彼なりの考え方があってのこそ。個室で缶ビール¥800を購入乾杯した。その後はウィスキーに. 朝焼けの後立山連峰 25日4:34スバリ岳,針ノ木岳と重なる蓮華岳. 小さい三角形は北葛岳. 間が浅間山 蓮華岳の右肩から落ちる斜面が「蓮華の天下り」で高度差524mある 夜空 夕飯の食堂は万点の星に迎えられる。北東を見上げる夜空. 3000mの澄み切った夜空が小屋の大きな窓枠一杯に散りばめられ. 星屑がところ狭しと輝いている。何が何だか分からぬ星屑の数.その小さな欠片の星が星座を隠すが如く輝いている。 夏の星座に混ざり冬の星座オリオン座がこれも又窓枠をはみ出す大きさで煌めいている。 久し振りに星重なる万点の星を仰ぐ。仲間二人の瞳も輝いている。明日の好天ををも約束させていた。 帳の落ちた立山三山 ![]() 山荘前より・・25日4時41分 夜明けの星 この時期は東の高いところに明け方前から1つの大きな星が君臨するかのよう望まれる。明けの明星・金星. 周りは他に星は見当たらなかった。昨夜の満天の星が嘘のよう消え伏せている。 冬には日没と共に現れる木星がオリオン座と同様に夏空に白光し.目立つ一等星の存在感を示している。 そして周りが白みだすと夜明けを迎え.変わって太陽が顔を煌かせ現れる。 明けの明星は東空の地平線近く.視界さえあれば.小さな星だがやはり苦労することなく望める星だった。ここからは山陰に入り望めない。 既に陽が射し始めて 再び仰ぐ立山・・25日6時06分 後立烏帽子岳より黒部川対岸.五色ケ原の写真 立山室堂から浄土山.五色ケ原・・入山トラブルと弁当.草原とライチョウ親子 五色ケ原から越中沢岳越えのスゴ乗越 スゴ乗越から薬師岳越えと繋ぐ 太郎兵衛平からは折立へ下山 |