立山連峰.今回は晴天に恵また薬師岳・・薬師岳.読売新道.裏銀地形図

   並行する読売新道を望みつつ森林限界を抜け.間山を経て念願の北側からの大きなカールを持つ薬師岳に立つ。
      そして過って暴風雨の大荒れの中.ピストンした太郎兵衛平へ下りる。

     室堂から浄土山.五色ケ原
     五色ケ原から越中沢岳越えのスゴ乗越
     スゴ乗越から薬師岳越えで繋ぐ・・学生時代の回想・夕焼けの北薬師岳・笹原の太郎兵衛平
     太郎兵衛平から折立へ下山

    大地の深みを思わす裏銀の稜
   スゴ乗越小屋.5:23
    不動岳.南沢岳に烏帽子岳.右へ登って三ッ岳
    後立,不動岳から望む南沢岳越えの薬師岳~立山・・東面の稜.写真

      8月26日(日).快晴
        スゴ乗越小屋6:05一6:30間山:40一7:30小:40一8:10北薬師岳:20一9:10小:20一9:30薬師岳10:00
        一11:00小:10一11:30沢:20一12:10太郎兵衛平.太郎小屋.
    夜明け
     スゴ乗越小屋の庭先からは昨日の五色ケ原とは全く違った感覚の朝焼けを迎えていた。
   シラビソの森に開かれた台地. 左手には昨日越えてきたスゴノ頭からの尾根と右手には間山から派生する尾根とに挟まれている。
   その空間はまだ闇の窓。スゴ沢の谷間を真正面に向え.黒部川を隔てた後立の山々が望まれる。

     まだ日の出前のひと時.谷間に横たわる読売新道の尾根も闇の中だった。
   濃紅の空との境には墨一色に染まる後立の山陰は大きく連なる激しい起伏の流れで望まれる。

     大きなコブが2つ。不動岳と南沢岳が大きい。又烏帽子岳の三角峰も.ここからは顕著に大きく望まれた。
   ニセ烏帽子岳の右の窪地には一昨年宿った烏帽子小屋がある。近年歩んだ峰々を目で綴るのも楽しいものだった。この時の山行は単独行だった。

    越えてきた越中沢岳とスゴノ頭
   前日のテラスから.18:20
    又もやテラスからの飛行機雲

   左景・・朝方の同山.5:00
    スゴノ頭右肩は越中沢岳から東に派生する尾根にある木梚山

    木梚山と針ノ木岳方面
   右景・・朝方のスゴ乗越小屋食堂より

    間山と北薬師岳
   昨日はここまで登り見上げた岳.薬師岳を目指す.25日16:48

    間山と北薬師岳
   日の出と共に朝焼けが下りてくる大きな岳.5:40

     今日は薬師岳まで少し長いアプローチになる。登り一方で誰もが長いコースと考えていた。自然と昨日より早く4.5-5-5.5で5時半に小屋をでる。
   直ぐ昨日訪れた展望台を抜け.小尾根を越えるとシラビソの森とも別れ.右手(西)に草原が広がりだす。
   前方に円形状のふくよかな2つの起伏が重なるよう見上げられる。朝焼けを受け.紅葉のように赤く燃えさせる山肌を覗かしていた。

   朝方の陽光に霞む裏銀三ッ岳.5:57

    広大な立山連峰の西裾尾根
   6:33
    大日岳.剣岳.立山三山. 龍王岳.右上が獅子岳. 手前へ鷲岳.鳶岳 越中沢岳.越中沢岳

    薬師岳
    1967年08月.立山から大喰岳縦走・・太郎兵衛平より薬師岳ピストン
    2012年08月.室堂から薬師岳越え

    北薬師岳と間山池
   間山より.6:34

    間山池
     間山に掛かる森林帯を抜けると這松に草付.ザラ地混ざりの稜にでる。視野は四方に開け.直接主尾根に当たる陽射しは
   更に強さを増していた。それでも偶に抜ける風が心地よい。その足元に小さな池塘があった。驚くことに頂稜の片隅にである。

     頂稜を綴る幅広い尾根が狭まりだし,稜にでて初めて小さな池塘を見ている。場所柄.何故ここに池塘があるのか?
   水が留まり何故涸れないのか? 不思議に思う。雨水だけなら強い陽射しに照らされ.既に干し上がっている筈だった。

     又水が流れ集まり留まっている地形でもなかった。湧水とは言えぬ場所,残雪は既にない。それでも何処かに繋がる水系がある筈だが?
   カールでもなく.間山の東縁である。地形図にも間山池と記されている。6m程の短い水溜り。8月下旬でまだ池として確保していた。
   気にせねば通り過ぎてしまう小池だが考えるとトンチになった。

    越えてきた北方の立山の峰々
   雄大な雲上漫歩.6:52

   今日も藍色の夏空.7:02
    上弦の月がスナップ写真から食み出していた

     間山を登り返し北薬師岳の径.黒部川を巻き込むよう登ると左手後方.頭上高いところに上弦の月を望む。
   真っ青な空を背に昼近く.全体に白みを帯びた半透明に欠けた月を見る。今日は8/24日で上弦の月.中潮になる。
   まだ夜道は心細いが欠けた左側が少しずつ膨らみ.後一週間も過ぎれば満月になる。

    立山と黒部川を綴る山々
   夏の陽炎が出てきそうな霞.7:06
    中央にはみ出す五色ケ原

    強い陽射しに霞む赤牛岳.水晶岳・・読売新道2009.08
   左奥が裏銀.7:42
    右遥か奥に槍穂高連峰が連なる

    北薬師岳
   薬師岳北面の稜.8:19
    背は北ノ俣山.右に延びる尾根が神岡新道への県界尾根
    右中段は太郎兵衛平で肩遥か前方下に太郎小屋がに見下ろされた。

    間食
     1本取りレモンを齧る。1個の両端,頭と尻の皮を剥ぎ1/3に切り.各々に手渡す。
   酸っぱい中.甘味が口の中に伝わり.口の中をさっぱりさせていた。気がよかったのか今回はT君も手を差しだす。

     彼はツマミ兼行動食として美味いサラミ類を持ち込むも.酢っぱいものを嫌い.甘味の食べ物にも手を付けず.ビスや飴にも手が遠のいている。
   そして喉の渇きを嫌い断る煎餅を間食にする強者だった。栄養はあるが団体としての行動食の思考が違っている。
   チョコを依頼しビックリする彼。ただ酒好きでホッとしている。呑めばツマミはドッとでてくるが。

   薬師金作谷カールから薬師岳を望む.8:42

    カール
     薬師岳には東側に3つの大きなカールがある。北側から金作谷カールに中央カール,南東稜カールがある。
   北薬師岳に立ち.今までとは違った西風を受けている。足元に広がるのが壮大に開かれた金作谷カール。
   途中の岩稜帯で先輩が小石に混ざる水晶を見付け.私は彼のザックに丁寧に仕舞い込む。

     薬師岳の頂まで描かれた頂稜の弧がカールの大きさを示している。そのを登る豆粒のような人影が望まれた。
   後一歩で頂にでる。勇心を押さえ.列を崩さぬよう頂に立つ。

     薬師岳2926.0m
    10:00
    巻き上がる巻雲                      薬師岳Top

     学生時代に太郎兵衛平から薬師岳をピストンしている。当時の記録を見ると登り1時間13分.下り40分.
   「ムチに打たれた早馬の如く.風雨の叩きつける稜線を駈け上がり.幾つも偽臭いピークを越え1時間ばかりで頂に立っている。
   当時は期待していた頂からの立山連峰は望めず.暗く荒れた山稜は全てが乳白色のガスに包まれていた。

     日記によると頂でツエルトを被り.女子パーティより差し入れの乾パンを食べている。味はないが新崎.斎藤はがむしゃらに食べた。
   一息入れ晴天の時の眺望を想像しながらCs10へ戻っていた。」と日記に記されていた。
   ・・太郎小屋c9. 7:05⇔8:18薬師岳8:45. 一9:25.

     薬師岳で山頂の岩陰を利用して.今回初めて行動中にコンロを点けた。蒼空に炎は快調な音色をだしている。
   紅茶にビスケット.ひと時の休息を味わう。今日も早い。昼前後に山小屋に着けるだろう。
   今のところ皆の昼食の希望はソーメンからタラコスパゲティに変わっている。希望を入れ小屋で食べることにした。

   薬師岳南面の広大なザラ場.10:18
    下の鞍部に薬師小屋が見下ろされる

  

    ザラ場
     薬師岳から南東稜の間.ガラ場の左手が中央カール。その南東稜2855m圏コブから派生する尾根で南東稜カールを分けている。
   ガラ場の斜面は広く.カール底を覗み込むことはできなかった。

     上部の裂石の広い尾根筋をジグザグに下るとの赤い屋根の薬師岳山荘が望まれた。
   やや尾根らしくなるも登山道を外さない限り.カール底は望めなかった。
   立山三山と同様.薬師岳も頂は広い範囲で砂礫帯のガラ場に囲まれている。足が笑う前に尾根らしくなる。

    雲ノ平を囲む山々
   三俣蓮華岳.双六岳.黒部五郎岳.11:10

    遭難碑
     薬師岳第2ピークを過ぎると第1ピークに大きなケルンが建てられていた。愛知大遭難碑の代わりをなしていた。
   1963年01月.私の高校時代に当時サンパチ豪雪と呼ばれた吹雪の中.愛知大山岳部は正月山行として薬師岳をピストンしていた。
   吹雪で登頂は諦めたものの.南東稜に迷い込み.13名全員が凍死する大惨事を起こしている。

     当時はまだ太郎兵衛平には山小屋はなく.その後1965年に太郎小屋が建てられた。
   私は1967年08月合宿で太郎平から薬師岳をピストンしていた。その折は雨混ざりの烈風に遇い.大ケルンは判らないでいた。
   又今回は折立に下山する。登山口から太郎坂に入った所に一三塔の愛知大遭難碑が祀られていた。

   ザラ場から一度沢沿いの灌木帯に入る.11:40

     冷たく流れ出した沢水で洗顔する。K先輩からやや硫黄の匂いが付き.「飲むな!」の号令が。
   沢のゴーロが暫く続いていた。再び樹葉茂る緑の林層に囲まれる。

   太郎平小屋.12:12

    太郎平小屋
     太郎兵衛平のキャンプ場は昔と同じ太郎兵衛平の北側.薬師峠にあった。
   そこから少し南側の台地に太郎平小屋がある。太郎平小屋は黒部川源流.雲ノ平への拠点で.折立から5時間ほどの距離に位置する。
   45年ほど前(s42年)は裸土でなく草付きに建てられた小さな小屋だった。

     太郎兵衛平は江戸時代に太郎兵衛という山師が金銀の試掘を行った事から名付けられている。残念ながら成果はなかったらしい。
   11坪余りの小さな「太郎小屋」が1955年(s30)に建てられ.s33年の雪による倒壊で今の場所に移転されている。

     又s40年に「太郎平小屋」と改名された。それが新たに新築され更に増築されていた。
   今の収容人数は150名を超し.日本医大診療所に富山警察の山岳警備臨時派出所も設けられている。

     山小屋の玄関は東に面し広い裸土の広場がその前に開かれている。この台地から上廊下上流を囲む山々の源流に枝沢が扇状に延びている。
   広場からは大きなカールが幾つも望まれ.毎日が大パノラマを展開させていた。

     小屋の正面左側は食堂.中央に広い土間の玄関があり.右手が受付.売店で角が診療所になる。
   土間から中央の通路を進むと右手に靴置場が並び.左手には2階への階段口があった。過ぎると洗面所.その先に登山者の為の炊事場がある。

     その間の通路を左に折れ,右に回り込むとトイレにでる。初日と今日は座椅子でよかった。水は何処も豊富だった。
   炊事場の真向かい右手が登山者の為の寝床になる。やはり細くなった通路が中央にあり.両側は2層で4人×4に仕切った寝床があった。
   その奥は向い合せに2つずつ個室がある。

     昨日は250名が宿泊した。布団1組に2人で寝たと云う。アルプスの拠点とは言え盆を過ぎても.まだシーズンオフになっていなかった。
   小屋内は中高年で溢れている。小屋の話では今日は150名.ゆっくり寝られますと先ほどの一番奥の個室に案内された。
   初日と同様に予約が少しばかり配慮されていたようだった。

     昨年同じ時期に東北朝日連峰に入山している。その折は5日間で山行中.縦走路で擦れ違う人は0。
   山小屋の宿泊者は私達のみ。山域によりこの違いを改めて悟らされている。

     毎日昼頃には山小屋に到着。ひと時落ち着くと2人は昼食を摂るよりより昼寝を希望し.私も従っている。その間に20分ほど.凄いスコールがあった。
   目覚めが雨上がり.トタンを叩く音も治まり.雨雫の音だけが耳に響いていた。その後は今夜も万点の星に迎える。

    明け方の雲ノ平を囲む山々
   27日5:40
    ワリモ岳.鷲羽岳. 窪み返し三俣蓮華岳.双六岳・・中央の窪みに見るのは北鎌尾根

    電話
     滝島先輩に太郎平小屋に到着.明日は間違いなく下山すると連絡する。先輩の軽やかな声が返ってきた。
   明日逢う。何かワクワクした気持ちが湧き上がる。妻にも予備日を使わず下山すると連絡した。

     話の途中で電源が切れてしまった。昨日の朝.受信音を聞き.改めて電源を切ったが残りは僅かだった。
   ・・NTTドコムは玄関付近で通話可

     南沢岳より読売新道と立山薬師岳写真
     室堂から浄土山,五色ケ原
     五色ケ原から越中沢岳越えのスゴ乗越
     スゴ乗越から薬師岳越え・・学生時代の回想・夕焼けの北薬師岳・笹原の太郎兵衛平笹原
     太郎兵衛平から折立下山