笹子峠に繋がる尾根群
  後半は笹子峠南西側に延びる稜と尾根・・笹子隧道落盤事故現場
    寂峰の雲母山から京戸山―ヤナギ平でひと息付き.カヤノキピラノ頭から小雪舞う中尾根ノ頭中尾根を下降・・笹子追分

   日陰雁ケ腹摺山から雲母山
   京戸山から中尾根ノ頭中尾根・・ヘリの騒音と落盤事故

    雲母山々頂
   又は「大明神山」.奥が南側の空沢峠へ.11:15

       雲母山から京戸山の頂稜
    11:10雲母山:35一11:44京戸山林道一11:53京戸山林道登山口一12:38分岐一12:41京戸山一13:05ヤナギ平:25
    一13:48カヤノキピラノ頭:55.

      左側から檜林が延びている所が東尾根のツメ. 寂峰の雲母山に独り立ち,空沢峠から京戸岩崎林道へ下りている。
   そして下の林道に並行台地からの笹子峠側に繋がる山並みの大展望を味わう。

    雲母山を取り囲む3つの林道
     京戸岩崎林道(笛吹市)は延長8.5kmで勝沼町の県道306号.市宮宿から京戸川沿いに遡りっている。
   二本木山と雲母山との間を越えた所で京戸岩崎林道(甲州市)を大口沢沿いに下り.京戸岩崎林道(甲州市).延長4.432kmと繋がれ
   上岩崎の県道で結ばれている。又支線は雲母山の南側峠を越え.雲母山の東側に巻き込んでいた。

     又京戸岩崎林道(笛吹市.一宮町)から京戸山林道(一宮町側)が延び.直ぐ先に京戸山登山口ゲートがある。
   まだ京戸山林道(大和側)とは短い距離だが結ばれていず工事中だった。

     京戸山林道は県道212号.日影笹子線を左に分け.大持沢側から北側の沢に入る境界尾根手前までのピストン林道。
   又大持沢を遡る林道はカヤノキピタノ頭からの北尾根を下れば利用できるし.ヤナギ平1470mの東.1487m圏コブ北尾根も利用できるだろう。

    大菩薩嶺連山と日川尾根末端の山々
   左景.林道の高みより.11:47

      大菩薩連嶺・・沢山の右鞍部が石丸峠.その手前下が日川源流の上日川峠で日川尾根を南に派生させている。
    一段下がり日川尾根と末端は源次郎岳から南下する境沢ノ頭への尾根。末端は古部山で南東尾根と南西支尾根の徳並山とを分けてをり
    裾野は日川流域の大和町中心部。

    南大菩薩連嶺と笹子川両岸の山々
   中景

     滝子山の右手前が本社ケ丸と大沢山・・一宮町側の京戸山林道から下4枚共は11:44
   中央左の西群馬幹線の赤白202号鉄塔は大蔵高丸南西尾根にある。

     雲母山の肩に戻り.南側に延びる主尾根の尾根筋を下る。
   雲母山南鞍部,空沢峠付近は花崗岩が風化した岩砂が多く.以外と明るい場所。花崗岩=長石,石英.雲母で構成されるのが通称は御影石。
   空沢峠から南方に向かうと平坦な台地にで尾根の左下に一段下がった京戸山林道に入る。東側は伐採地が広がりタルにでている。

     京戸林道を僅かにたどると京戸岩崎山林道の旧林道がタルで横切り.先程は登ってきた林道へと結ばれ雲母山東尾根を巻き込んでいた。
   綴る対岸が二本木山(タカノカミ)。

     その鞍部からは更に南に延びる尾根沿いの左(東側)に舗装された立派な林道が並行してできている。
   京戸山林道登山口と結ばれ.私は尾根筋を忠実に南下せず.林道から東面に望める眺望を楽しみつつ歩む。

    林道
     京戸岩崎山線(笛吹市側)は笛吹市一宮町千米寺から二本木山1078mを廻り甲州市へと続く林道。延長7939m.幅員4.0m
   (勝沼町側)は甲州市勝沼町上岩崎側から開設している京戸岩崎山線と繋がり抜ける林道。

     京戸山林道(一宮町側)は笛吹市の京戸岩崎山線から分岐しているピストン林道。延長1.5km.未舗装.幅員4.0m
   (大和町側)は県道212号の笹子峠近くから京戸山方向へ延びる林道。幅員4.0m

    大谷ケ丸と滝子山
   京戸山林道から南大菩薩連嶺末端アップ
    中尾根ノ頭中尾根の西群馬幹線幹線
    手前が笹子峠への稜・・小路沢ノ頭北尾根に更に重なる笹子雁ケ腹摺山北尾根

    南大菩薩連嶺最南端の頂稜・・日川に落ちる笹子沢北岸の山並
   広い扇状の台地

     背は南大菩薩連嶺・・大谷ケ丸の双耳峰から三角錐の滝子山。下ってお坊山と米沢山.その右下の雄大な山容は笹子雁ケ腹摺山。
   超高圧の送電線西群馬幹線が大菩薩連嶺から笹子峠を横切り.御坂山域に入る地点の鉄塔群が眺められている。中央が209号鉄塔.
   左の鉄塔は笹子雁ケ腹摺山北尾根に立ち.右の鉄塔と繋がる鉄塔は下山予定の中尾根ノ頭中尾根にも建てられていた。

     その左に長く植林帯を持つ尾根は小路沢左岸尾根.通称jr鉄塔尾根で右の窪みが笹子峠
    笹子峠が大菩薩山塊と道志山地の境をなし.手前は大持沢源流になる。右下がこの流域を横切る京戸山林道

    一宮町側の京戸山林道
   上の写真右下の林道をアップ

     京戸岩崎線(一宮町側)から更に雲母山の頂稜を越え.京戸山林道(一宮町側)に延びるがまだ途切れている林道
   この先京戸山林道(大和側)からは延長工事が行われている。

    通称「タル」
   右脇が京戸山林道登山口.11:53
    京戸山林道(一宮町側)ゲート

     文献.山行記録によると今まで日影から入る京戸山林道は平成18年更新の1/2万5千地形図に記載された林道(古部土地線)まで記されている。
   ここから境界尾根から張り出す藪尾根を登り.北側へ尾根伝いに進めば雲母山に立つ。私の下ってきたコースになる。

     今は京戸川林道(京戸岩崎線)と結ばれ,雲母山と京戸山を繋ぐ鞍部が「タル」と称し,京戸山林道のゲートが付けられていた。
   「日本山岳案内第三集」に「タル」とは1150mを算する日影村から石くら村(昔あった村で現在の中央道,釈迦堂パーキングエリア付近)に至る峠。
   ここから西南方左手の尾根を伝って村界線に出ると右に続く達澤山へ」とあることから「タル」としている。

     ゲート右脇の登山道口はナットウ箱山(ばこやま.京戸山)の東寄りの1430m圏に登る尾根。40分程で南側の主稜の分岐(肩)にでられた。
   又北北東に向きを変えた境界尾根は1160m圏コブで.極端に南東の尾根に乗れば日影に降りられる。

     970m圏で支尾根は3つに分かれ中央尾根から自然観察路に入り,県道日影笹子線に出て左折710mし
   旧甲州街道でて駒飼宿から甲州街道にでるとjr甲斐大和駅にでる。雲母山から下り2時間.

    二本木山と雲母山
   1430m圏の尾根から振り返す.12:33
   左肩は甲州街道.徳岩院近くの石尊山登山口から茶臼山を経て.二本木山(タカノカミ)1.078mに至る。

     登山道を登り始めて直ぐ.単独行者に擦れ違う。彼はカヤノキピラノ頭から京戸山に登り.京戸山林道を下ると云う。
   今日会った最初で最後のハイカーだった。午後になると霞みも強くなり.頭上の蒼空は失われている。

    これから綴る笹子川南岸の山々
   反対南側からの展望

     達沢山.京戸山.ボッコノ頭.そして右肩が大沢山
   右上が御坂黒岳北稜で山肌に刻まれているのが唐沢林道. 右下が日尻山北東尾根.日尻山北尾根からの眺め・・2012.11.19/10:40

    京戸山
    
    京戸山の肩の分岐.12:34                 京戸山々頂で奥に離れナットウ箱山

    異なる山名標
     主稜の分岐からアッと云う間に京戸山の頂に立つ。小さな板に「京戸山」と彫られた山名票が立木に掲げられていた。
   その下に「京戸山系」と.また一段空けて「標高1430.0m」とあり.間の「最高標点」の文字は消された別の山名標があった。
   直ぐ先の4等三角点標のある頂には別名「ナットウ箱山」と呼ばれてをり.一宮町の山名標が掲げられている。

     一宮町誌には達沢山と共に「ナットウ箱山」の山名が表記されていた。
   又「京戸山」とは本来京戸川源流一帯を呼ぶ名前で.京戸入会と呼ばれる恩賜林組合があったことかららしい。

     最近この4等三角点標のある峰を「京戸山」と呼ぶようなる。
   「甲斐の山山」では「京戸山」.何故そのような「ナットウ箱山」と呼ばれているのか? 謎の山名になっている。

     京戸山は東西に細長い平頂で北側の京戸川沿いは急稜を落とし.雑木林に覆われている。
   南側のタツ沢源流は緩やかな傾斜を持ち.広大な檜の植林帯になっていた。下の写真がその顕著さを現わしている。

   笹子御殿より望む京戸山,雲母山.日影雁ケ腹摺山
   又下流の扇状地は地理の教科書で扇状地の説明に引用され.典型的な河川の扇状地の地形が見られている。

     京戸山の西側に広がる達沢山1356mは登.下山の最短路として便利になり.近年立沢林道を経て登るハイカーが増えている。
   石和温泉から富士急山梨バス富士吉田行に乗り.立沢バス停で下車。立沢右岸沿いの林道に入り.2つの堰堤を越した先が終点で.
   左手の山腹をジグザグに取れば頂にでる。登り2時間弱.

    1.439m圏峰
   この先檜の植林帯は退き.雑木に覆われていた.12:49

    大持沢の柳沢と西沢の中間尾・・核心北ルート
     京戸山からカヤノキビラノ頭の主稜線を北側から入山するルートはアプローチとしてはjr甲斐大和駅からになる。
   落合橋.古道橋.駒飼橋.天狗橋を経て古部土地林道を右に分け.そして「飯田コンクリート」を過ぎて県道212号線へ日影笹子線のゲートを抜けている。

     大持橋を渡って.1時間20分.直ぐ右後方の山道に入ると80m先で山道と離れる。ここが各入山までのルートになる。
   古道橋は小路沢左岸尾根(jr鉄塔尾根)の尾根末端口になり.1469m圏コブの主稜手前,北へ延びる小尾根は大持沢の柳沢と西沢の中間尾根。
   柳沢沿いの山道から右下の柳沢を渡渉し中間尾根へ。途中の立木に「境界見出標26」あり.藪のないすっきりした尾根。大持沢橋から2時間5分. 

    振り返る京戸山
   落葉松の被う1.439m圏峰より.13:09

    屋敷入山
   ミズナラにブナの1470m圏.13:20

    屋敷入山
     屋敷入山或いはヤナギ平.1460m地点は京戸山とカヤノピラノ頭との丁度中程にあり.狭まった間隔では1439m圏峰と1487m圏コブの間に位置している。
   T字の緩やかな小広い台地の最高地点. 美しく落葉松が森を創り.一色に染まる落葉松の色彩は深みがあり.初めて訪れた私を感動させている。
   冬木の似合う落葉松林の森という感じの台地.

     山々を綴って来て岳と思わせる雰囲気がよいのか? 理屈なしに腰を降ろせる場所だった。帰宅してから屋敷入・ヤナギ平と知る。
   ビールは当然,京戸山ではなく.ここを選び呑んでいる。恩石標をテーブルにして足を伸ばし一気に呑み干した。

    左の遠いい山陰が御坂黒岳.右は釈迦ケ岳
   落葉松被う屋敷入山より.13:09
    屋敷入山から南方に延びるコブは矢ノ沢山,1248.2m

    屋敷入山の南尾根
     屋敷入山から南に派生する尾根は金川の支流達沢と屋敷入沢を分け.金川右岸の達沢に没している。
   平尾根伝いに矢ノ沢山を経て立沢林道に入り,鉄板橋から達沢橋を渡れば「達沢山」の道標があり.御坂みち(旧鎌倉往還)立沢バス停にでられる。
   達沢から下流に1.5kmほどで黒岳北稜の登山口は唐沢林道の起点がある。・・登り2時間10分

    大持沢の本流・柳沢中間尾根・・1487m点北尾根
     県道212号線のゲートを抜け大持沢橋を渡って.直ぐ右後方の山道に入る。80m先で山道と離れ左手の緩やかな高みに向かう。
   170m先で沢への道を見送って左前方の山道を行くと300m先で山道と離れ.右前方の窪地に向かい進む。
   発動機が放置されている付近から大持沢の本流に下り.渡渉して25分. その間々本沢と柳沢の中間尾根を辿る。1時間40分.

   屋敷入山の落葉松林.13:09

     ヤナギ平から南に顕著に下る尾根はやや低い広場のような台地で.落葉松林が奇麗に植林され直立している。
   その先に地形図にない小さなコブがあることが広くヤナギ平の地形の良さをも助けているようだ。
   窪んだ大地は盆地を思わせ.秘密の基地ができそうだ場所。見渡せる場所で全体を含めてヤナギ平と呼んでもよさそうな所だった。

     コブから落葉松林の背を眺めるとは御坂黒岳から芦川北側の山稜が綴られていた。眺めるこの下の南尾根にも踏み跡がありそう。
   南南西に下る尾根は1290m地点で左右に尾根を分け.鎌倉住還の立沢か.三ッ星に下りている。対岸はカムイみさかスキー場になる。

    雑木絡む雲母山と日陰雁ケ腹摺山
   北方の入山ルートを振り返る.13:27

     ヤナギ平からミズナラ.ブナの見事な自然林の茂る1487m圏の小さなコブを越す。この見た目にも小さなコブは周辺の標高が.
   最も高い所にあるにも掛かららず.無名峰のコブ(旧一宮町)。北へ延びる尾根にも踏み跡があり.林道へ抜けている。

     尾根は細い痩せたガラ場を抜けている。右手の樹間越えに金川の谷間が見下ろされていた。
   対岸にカムイみさかスキー場の雪白く被るゲレンデが望まれ.人工の積雪は周りの山肌とは一線を引き異常な色合いを示している。
   人工雪が広大な大地に撒かれ.その白さはスキーシーズンの到来を告げてもいた。

    カヤノキピラノ頭
   落葉松に被われた三境1411m.13:48

       カヤノキピラノ頭を経て中尾根ノ頭中尾根
    13:48カヤノキピラノ頭:55一14:28中尾根ノ頭一14:37もう1つの中尾根ノ頭一15:17西群馬幹線212号鉄塔基部
    一15:40狩野川林道.巡視路標柱一16:00甲州街道R20一16:30jr笹子:48.

     ヤナギ平から1487m圏コブを越す。共にこの辺りでは最高地点だが.どちらも三角点標石のない台地
   1487m圏コブからは北へ延びる尾根の末端へと踏み跡を綴れば.大持沢から京戸山林道に下りられる。

    三境
     ザラ場から小さな岩場を越すとカヤノキピラノ頭1411mにでる。自然豊かな雑木に包まれ巨樹が点々と姿を現わし.越すとカヤノキピラノ頭にでる。
   小高い落葉松林に囲まれ.刈り開かれた台地。ここは三境とも云われ.笛吹市.大月市.甲州市の3つの境界が交わり.三境呼ばれ見通しはよい。
   ただ今は既に周りは濃いモヤに覆われていた。

     三境から東側に進めば中尾根ノ頭を経て北上し笹子峠へ。その先は大菩薩連嶺に変わる。
   又南側に長く延びる稜は摺針峠を下り返しボッコノ頭へ。今歩んできた山道とも合わせ.ここには立派な道標が立ち.自分の行き先を示していた。

    カヤノキピラノ頭北尾根
     この尾根は途中で林道が横切るため.笹子沢川からは1本の尾根通しでカヤノキピラノ頭に至ることはできない。
   A点から左手の緩やかな高みを登る。前半は植林が多く.945.0点を過ぎると尾根筋は左に折れている。

     右側には植林が続き1052m点を通過し雑木が広がると無名の好展望台がある林道1095mにでている。
   正面が擁壁のため林道を650mほど行き.ひとつ西側の尾根を乗ッ越す所にに至ると擁壁が切れていた。
   植林.ブナ.露岩は右に回り込み1時間55分に主稜にでる。

    霞む笹子川左岸尾根
   左景.カヤノキピラノ頭より・・下2景共.14:00

     以外と変わった方向から見下ろせるようなった大菩薩連嶺最南の山並・・小路沢ノ頭・米沢山に重なる笹子雁ケ腹摺山・お坊山・東峰
    中央が笹子雁ケ腹摺山の肩に建つ西群馬幹線の209号鉄塔で.送電線は対岸の新山梨変電所に入り西丹沢の新富士変電所へ抜けている。

     緩やかに丸みを持った頂は刈り払われた疎林に包まれ.南面は中木林の植林帯で展望には恵まれている。
   ただ今は厚い雪雲に覆われだし眺望は今一になる。それでも小金沢連嶺から繋がる末端の滝子山が目立つ大きさを持ち望まれていた。

     大きく望めるのが真近な本社ケ丸. 昨年師走に登った大沢山の北東尾根に重なる御坂の山々も目に入る。
   何処もが霞み,薄い墨絵のような淡い色合いを示し.晴天の岳とは異にしている。
   師走に入り足を停めれば肌寒く.今にも降り出しそうな雪粒に薄い立体感を見詰めて改めて惹かれる思いを起こさせていた。

    大沢山(女坂山)北東尾根
   右斜面はボッコノ頭.手前の鞍部は摺鉢峠
    南東方面を望んでいるため大沢山の北東尾根は左側を下っている。

    中尾根ノ頭からの中尾根
   笹子川右岸の源流の山々.南面の山々

     背は笹子川右岸越えの高川山と鶴ケ鳥屋山. 中央下に延びるのが中尾根ノ頭からの中尾根で1092m点コブを挟んで.
   笹子雁ケ腹摺山の肩から降りてきた211号鉄塔が建つ。大沢山北東尾根に建つのは更に霞む213号鉄塔。

   ヤノキピラノ頭より東の尾根に入り中尾根ノ頭中尾根1278mの取付き地点に至る。はっきりした横枝が通行止を示していた。

    3つの中尾根ノ頭
     中尾根ノ頭は山名標も.道標もなく.ベンチが1つだけが備えられた小さなコブの頂だった。
   中尾根ノ頭と呼ばれる山名は同尾根に現在3つの同山名を持つコブが肩がある。

     この頭の北側隣の1278m圏コブは最近山梨県が指定した中尾根ノ頭. 2008年「山と高原地図」にもここに改訂されていた。
   標高は私が立つ頭と共に同位. もう1つはここから東へ派生する350mほど下った1260m圏の中尾根の肩にある。

     この尾根の肩.分岐で手製の道標「中尾根ノ頭の字の下に.小さく左にカヤノキピラノ頭,右に笹子峠」と立木に示されていた。
   笹子峠コースは左に折れる枝尾根に乗れば実際は笹子峠と追分との間の新田川橋に下にでいる。

     又東に乗る主尾根を下るルートれば鉄塔巡視路から林道経由で新田にでていた。不思議なことに各々に同名の山名標が付けられている。
   そしてあってもよい場所には何も印がなく.ベンチがあるだけで.又不可思議な所だった。

    地名の同名語
     数年前,奥多摩に西原峠が2つあることを知り.歩み調べたことがある。
   地名の改名はその当時の権力者の力に因るとことが多いことを知る。

     如何に昔からの言い伝えられていても長が定めれば理由に係らず変更させられている。公の地図はそれに従わざる得ないことが多い。
   その為昔から言葉で残された地名との間には地元の人を悩ませ紛らわしく.苦労を掛けることにもなる。

     地元に今でも残されている昔からの言葉.それは変えられた以前の言葉として生き.歴史を重ねる言葉として語られ伝えられていた。
   地名では特に山名や峠名が安易に改名され.また新しく付け加えられている。新たに名付けられたもう1つの「西原峠」。
   管轄権の異なる2つの尾根を隔てる同じ峠名が誕生し.西原峠の近くには松姫峠も同市長により命名されている。

     昔は権力の象徴だったが.最近は観光を含めて,違った意味で.場所を改名されることも多い。
   地元の語りと訪れる人との会話には如何しても隔たりが生じる。これは峠の両隣の集落で呼び合い.山名が異なり呼ばれているのとは異にした。
   そして残された言葉は生の言葉として生き続けている。

      もう1つの中尾根の取付き地点・・B
     14:38
    頂稜の分岐から10分程下った尾根分岐地点. 右の尾根を南東にルートを取る

     中尾根に入っても降り始めた雪粒は降り止まることはなかった。気温が低く上がらない為だろう。
   また極小の雪粒が舞い..元の枯葉に積り.濡れた落葉で足を滑り易くしていた。落葉の下の土壌も凍り硬く固まっている。
   最後の急斜面は気を抜くと正直滑る。

   尾根沿いに長く間伐された尾根の南斜面.14:54

     尾根筋の右手(南)斜面は間伐された木材がゴロゴロと転がり.見通しの利く山腹斜面が意外と長く続いている。
   帳の落ち始める前に笹子駅に着く計算はできている。焦ることはないが枯葉のクッションを利用しボンボン下る。
   スピードと傾斜を考え.膝をうまく利用すれば歩む足も速くなった。

   新山梨変電所に入る送電線の鉄塔群と前方はもう1つの中尾根
   209号鉄塔基部より見下ろす・・202.03.29/11:40
    新田沢を隔て中尾根と大沢山南東尾根に建つ西群馬幹線の鉄塔群

    西群馬幹線212号鉄塔
     15:17
    異様に見える冷たい幾何学的な構図

     3時過ぎ212号鉄塔にでる。周りの薄暗さは幾何学的な巨大な鉄の塊を見て.更なる寒さが伝わってくるようだった。
   仰ぐも明るく照り返す巨塔の姿はもう臨められず。

    西群馬幹線
     中尾根の1093m圏コブから北西に延びる尾根に211号鉄塔が建ち.そこを抜けて笹子嶺の西肩を越え大菩薩連嶺を北上している。
   昼頃林道にでて望んだ巨大鉄塔群へと繋がっている。先は千曲川を下り.西上州国境を越え.碓氷峠付近を更に北上した西群馬開閉所と結ばれていた。

     又大沢山北東尾根の213号鉄塔を繋ぐ送電線は三ッ峠山東尾根を抜け.御正体山から甲相尾根を越え,新富士変電所が終番になる。
   我が国最初に建設された1000KV送電線. 主に柏崎原子力発電所から首都圏西部に至るルートのうち南側を構成する送電線。

     左端は新山梨変電所から刈置山の頂に向かい送電線御坂線と都留線が共用鉄塔群を支えに昇っている。
   山越えをして金川沿いの共用鉄塔から国へは御坂線で.郡内には都留線に分かれ.山梨県内の各地に送電されていた。

   杉林の前にして落葉散り.小雪が舞う美しい落葉松林.15:23

     檜の黒木を抜けた後の落葉松林は明るい世界に取り戻されている。
   空も白みが増し.薄暗い中にも明るさが生み出されていた。降る雪も激しさは失い.心地よい粉雪が舞う。

    大沢山の紅葉する北東尾根
   最後を飾る落葉松林から.15:29

    狩屋野川林道ゲート
   左上.大沢山の北東尾根に乗る213号鉄塔.15:43

    狩屋野川林道
     林道の起点脇には西群馬幹線212号の巡視路標柱「212号に至る」の標柱が立ち,ここが中尾根の取付き地点であることを示している。
   薄暗い杉並木道を5分程で抜けると閉ざされたゲートがあり.又獣用棚扉を開けて新田へと明るくなった里道にでる。
   新雪はまだ極小の雪粒を守り舞うよう注いでいる。ここからは50分ほどの里道でjr笹子駅にでる。

    大沢山北東尾根                  
   甲州街道への里道で.15:44
    右後方・・狩屋野川の対岸を横切る北東尾根に乗る超高圧送電線213号鉄塔

    尾根を跨ぎ続くjr大-勝線
   次の52号鉄塔は大沢山北東尾根の末端に乗る.15:56
    前方・・石切尾根1541m末端に建つjr大-勝線51号鉄塔

    送電線銀座
     ゲートを潜ると頭上の高くに架かる西群馬幹線が跨ぎ.右手の高台には大沢山北東尾根の940m地点に続く213号鉄塔を見る。
   ここから見上げるだけでも巨大鉄塔の大きさは凄い。圧巻する強大な砦のような姿だった。
   更に下ると左後方を振り返ると先ほど下ってきた中尾根に212号鉄塔が君臨するよう聳えていた。

     新田の里道からは四方を見渡すと大小幾つもの種類の送電線の鉄塔が眺められている。
   正面に国道.甲州街道が近づくと見上げる真向かいにトクモリ南尾根がこちらを向い笹子川に没している。
   その右隣りがお坊山南尾根。その裾尾根には道路公団笹子線の小さな鉄塔群が点々と横切るよう綴られていた。

     又国道にでる右手前には大沢山北東尾根の末端に建つjr大-勝線の53号鉄塔も真近に仰げられた。
   真横から見上げているせいか基部の周りは綺麗にU字状に刈り払われていた。この送電線の老番鉄塔が朝方登りだした取付き地点になる。
   藪山を登り始めて巡視路を知り.鉄塔を知り.送電線に関心を持つようなった。その中.新田への里道はまるで鉄塔銀座のようだった。

    トクモリ南尾根とお坊山東峰南尾根
   追分地区を望む.15:48
   裾野の枝尾根を横切る送電線は道路公団笹子線鉄塔群
   笹子新田の集落から右上はお坊山東峰の南尾根と南東尾根

    トクモリ南尾根末端
   U字にターンする甲州街道の半ばにでる.15:59

     トクモリ南尾根末端に乗る道路公団笹子線15号.14号鉄塔。左へ下りた所に公団の変電設備があり.公団線の終番鉄塔がある。
   左端の谷間に新笹子トンネル口があり.初鹿野へ抜けている。手前の国道をバックを大きくUターンすると.右奥にあるjr笹子駅にでられる。
   車の往来は多く珍しいく観光バスが通過するのを見る。

    落盤事故
     国道にでると車の往来は上下線とも激しく.今まで夕暮れに何度も通っているものの.今回のように街道だが歩む人と会うことは殆どなかった。
   今日は異にしている。まず街道に立つ人の数が多いこと。歩んでいるのではなく皆立ち停まっている。ここで改めて下り新笹子トンネルの崩壊事故を知る。

     見上げる中央高速道に車の往来はない。ここで一日中.ヘリの騒音やサイレンを聞き続けていた訳が判った。
   国道は渋滞気味.日曜日の夕方で観光バスの多さにも頷ける。

     追分を過ぎると周りは救助の警察.消防庁に公団.タクシーと車が停められる場所には何処もビッしり車が付けられていた。
   又国道も少し幅広い場所は臨時に車が列をなし停められている。屋根の上にパノラマアンテナを付ける報道車も見られる。

     地元の人が事故の詳細を熱を込め説明して下さった。ボルトの欠陥が天井板の崩壊を招いたとか。既に3名の犠牲者がでていることも。
   まだ救助に専念していると云う。朝方から続いている救助活動に被害者が最小限に治まればよいが。
   日没と共にjr笹子駅に着き.肩に幾らか付いた粉雪を落としている。

     ・・「笹子トンネル天井板落下事故」報告書によると中央高速道の登り線,笹子トンネルの東京側,抗口から約1150m付近で140mわたり落下。
   残念ながら翌日の報道は死者9名.重軽傷者2名に被害者は拡大し.開通以来初めての大惨事をもたらしていた。

     16:30jr笹子\1890.:48=17:42高尾快速:50=18:52神田.

    笹子トンネル
     我が国の近代化に貢献した遺産を各地の活性化に役立てる事を目的にjr東日本からは中央本線の笹子トンネル
   (大月市推薦)を含む18施設が認定された。jr笹子隧道・・近代化産業遺産に平成20年度追加認定.経済産業省・・jr笹子駅掲示板より.

   地形図「笹子」.山と昭文社高原08「大菩薩嶺)」・・32.988歩.催眠剤「ロゼレス服用」
   中尾根ノ頭中尾根慨略図

     日陰雁ケ腹摺山から雲母山
     京戸山から中尾根ノ頭中尾根・・ヘリの騒音と落盤事故