| 当日は笹子落盤事故の現場と月の輪熊と遭遇し対峙した日・・甲斐.御坂山地Top 御坂山地・・日川流域と御坂山地北部の山々 ![]() 京戸山.雲母山.日影雁ケ腹摺山・・2014.01.12/水野田山々頂より. 御坂山地最西北端の日川南岸の鶴瀬橋から前岩崎山・日影雁ケ腹摺山を越え雲母山を目指していた。 積雪に覆われた高速道下の凍る冷感に震え.谷底から陽差しを求め.向かいの高き枝尾根を選び逃れる。が.今度は月輪熊と遭遇し対峙 運よく助かり背稜の京戸山・ヤナギ平から中尾根ノ頭中尾根を下降し.笹子にでている。中央道トンネルの落盤事故を追分で知る。 2012年12月02日.松村 日陰雁ケ腹摺山から雲母山・・熊と対峙・笹子落盤事故 京戸山から中尾根ノ頭中尾根 今回の山行は前回.黒駒釈迦ケ岳の頂に立ち,そこから遠望し.気の惹きつけられた御坂山地,北部の山並を探る。 日は更に短くなる。師走に入りアプローチとして.山に入る路線バスの運休が各地で続いている。 入山 私にとって笹子峠西面は今までは大沢山から本社ケ丸を結び.清八峠から三ッ峠山.御坂山.黒岳に至る曲線の山域だけに絞られていた。 まだ殆どが未知の山域だった。西北側の達沢山方面は明春.桃の花が咲く季節に訪れたいと思っている。 それ故迦ケ岳から望んだ京戸山.その北面の山々に目を向けている。。日陰雁ケ腹摺山から雲母山に登り詰め.三境から中尾根ノ頭中尾根を下る。 朝方.中央高速道から取付いた直後には高速道で隧道の落盤事故が起きていた。上空の騒々しさは知るものの.下山して追分で知ることになる。 又高速道を横切った雪積もる谷間は冷凍庫にいる寒さ。寒さを避けるためルートを変更している。 谷間を横切り枝尾根に乗ると朝の陽光が差すと共に.そこで大熊と遭遇し,対峙することになる。 向い遇い.恐ろしくも土俵際に立ち.対峙する破目になる。熊の方が襲われる直前で避けてくれ助かっている。今回は入山そこそこに大変な目に遭っていた。 日川流域から笹子川へ抜ける山稜は逆コースを含め何度か通っているが.今回は新たに勝沼と大和の市界尾根を歩んでいる。 雲母山の位置は大まかには笹子峠の西面の京戸山から二本木山へと繋がれた.ほぼ直角に折れる尾根上に位置している。 2等三角点標石1213.7mがあり.一帯は花崗岩(長石.石英.雲母)に覆われた眺望の利かぬ.山自体は平凡で見過されてしまうような頂だった。 笹子峠側.日川の左岸流域 笹子雁ノ腹摺山・・2012.03.29/11:40笹子沢西岸の山並・・御坂山地西南部 笹子川左岸のお坊山からの遠望.2010.12.01/13:00手前の米沢山と左手に隠れた笹子雁ケ腹摺山. 奥中央は京戸山(ナットウ箱山)から北方に延びる尾根で雲母山・岩崎山(日陰雁ケ腹摺山)と延び 日川の鶴瀬地区に没している。右端のコブは前岩崎山の1014m点コフで゙鶴瀬地区の中央道から取付いていた。 層雲に隠れそうな赤石岳から甲斐駒ケ岳.白峰三山と広河内岳。ここからでも眩い白さが放されていると分かる。 南側へ少し離れた塩見岳・赤石岳方面は独立峰の峰の如く顕著に雪白さが目立ち遠望された。荒川三山は半ば前衛の山々に隠れている。 新ハイキング誌265号には「甲斐大和駅の頭に,おだやかな円頂をもたげる山がある。ふもとの日影集落の名を冠して.通称は日陰雁ケ腹摺山。 本名を「岩崎山」.古くは「山杉」と呼ばれていた。ただ1/5万「都留」図幅には山名おろか標高すら見出すことはできない。」と案内の没頭に掲げていた。 「中央線の山を歩く」の著者は「この日陰雁ケ腹摺山にして,もしも容姿衆に秀でていたら巷間.つとに知られた存在であり得ただろう。 成長著しい植林一色の今また.「山杉」のイメージを払拭しきれず.始終.野暮ったさがつきまとう。」と山名で惹かれて登る山ではなかった。 と謡い地味すぎる山を又著者自身が賞賛しているようにも思える。 現実に今使用している1/2万5千の地形図「笹子」には日陰雁ケ腹摺山.雲母山・京戸山と山名さえも記されず. 雲母山から笹子に下山するまでの山域は標高点が記されたのみの地域となっている。 御坂山地・・大洞山.カヤノキビラノ頭.京戸山 左下のjr甲斐大和駅から国道沿いに勝沼盆地方面へ右中央が徳並ノ頭南尾根の右尾根・・徳並ノ頭から甲州高尾山へ.2011.03.06/7:44 小路沢ノ頭北尾根 左.駅前通りと右.甲州街道の分岐を振り返る.7:2012月02日(日)快晴後曇一時雪 jr御徒町始発¥1890 4:36=4:39神田:44=5:59高尾松本行6:14=7:11jr甲斐大和. 朝モヤ濃く車窓から眺める表道志の丘陵は霜が降りて白く硬く凍る大地で埋め尽くされ.更に続く山並をも閉ざしいる。 朝霧が切れた東空に白みが漂い朝の明るさを取り戻すも.陽光はまだ東側の山の向こう側に沈んでいる。 jr鳥沢駅を過ぎ.桂川の河原が急に開かれると新桂川橋染にでて.列車は轟音を撒き散らし渡って行く。 河川を見下ろすと鵜が15羽ほど群れをなし.低飛行で下流に移動する姿が見下ろされた。貪欲な鵜達は今日この河川を狙うのだろうか? 狙われた河川は貪欲な鵜が群がり.魚の大小に係らず全滅に近い状況に落とさせられ.常に魚のいない死んだ河川に変えられていた。 暫く釣行りとも離れているが私の経験では.上州地方の鳥川周辺や相模の海岸河川が特に多く.目立ち過ぎるのはヤマベやフナの被害。 頭上に蒼空が広がり大月の市街地を過ぎると今年は何度も通い続けていた真木川沿いの山々が清く望まれた。滝子山の稜が真近に迫る。 ひときは大きな滝子山にお坊連山を見上げ.御坂山地と大菩薩山塊を繋げる笹子トンネルを潜ると甲州甲斐大和駅にでた。 ホームに降り立ったのは私一人だった。師走を迎えると.これからの入山は.この姿が常道になっている。 日陰雁ケ腹摺山と前岩崎山 大和小学校前より.7:14甲斐大和から雲母山 7:11jr甲斐大和駅一7:22徳波橋一7:35鶴瀬橋一7:50巡視路標柱.取付き一8:40NHKテレビ中継所:50一9:10前岩崎山 一10:00日陰雁ケ腹摺山:10一10:32林道一10:52林道急Uターン地点一11:10雲母山:35. jr甲斐大和駅の改札口を抜けた跨線橋から正面に日影集落(駒飼宿)を囲むよう岩崎山から前岩崎山に掛けての大らかに波打つ山並が望まれた。 今回はこの尾根の末端から歩む積りでいる。今年一番の寒気を迎えて今朝は0℃を切っていた。 暖房の利き過ぎた列車を降りると強い寒気に襲われた。羽毛のジャケットを身に付け.両手には軍手をはめ.市道から街道へと勝沼方向へ歩む。 朝日に焼ける前衛の880m尾根・・岩崎山南隣りに2つ目のコブが派生する 日川流域宮本より.7:22日影の集落からの入山コース 雲母山への登山ルートは日川沿いに幾つものルートがある。 日川大和橋を渡り日影(駒飼宿)の集落から入るルートは880m圏コブを目指してから岩崎山と1090m圏コブの間に入るルート。 又日影笹子線から分かれる京戸山林道を遡るルートは1100m峰の東.境界尾根上に至り.境界伝いに雲母山を目指すルート。 もう1つは岩崎山の北尾根からのルートになる。今回は尾根末端に建つjr大-勝線鉄塔のその右枝尾根から取付いた。 今回登る北尾根とは別にその先勝沼側の共和から入る登山口があるようだ。 林道と結ばれ小径は消えているが前岩崎山に至る西側から登るルートで.前岩崎山1014mに乗れば市界尾根にでられる。 駅前から直線的にもう見慣れた諏訪神社に大和小学校前を過ぎ.市道から国道20号線,甲州街道に入る。 小さな徳波橋を渡ると南面の視界が開かれ.横切る中央自動車道の先に小路沢左岸尾根が大きく扇状に尾根末端を広げている。 朝日で眩しく目を細めて見る逆光の左手の丘陵は今年の春先に笹子御殿から下りている。そしてここの大和橋を渡っていた。 その右手正面にはこれから目指す岩崎山の山並が同じように朝の日差しを命一杯浴び.オレンジ色強く焼けていた。 日川下流流域の入山取付き地点・・先は塩山盆地 ・・お坊山手前の背稜から・・12.01/11:392010年の師走に甲斐大和駅から小路沢ノ頭北尾根を詰め.笹子雁ケ腹摺山から米沢山.トクモリ山.お坊山東峰南東尾根へと縦走した折 背稜のお坊山の手前から日川下流を望み撮影。右下は笹子峠から下流へ流れる大和町鶴瀬付近. 高速道が分かれる二又付近が標高577.5m点で.塩山に下る左線のトンネル前には日川橋が架かる。 日川の右岸沿いに走るのが中央高速道,左岸沿いはR20号線.甲州街道.更に.jr中央本線が並ぶ。 jr中央東線は更に右の山腹を潜り.一度渡瀬で顔をだし新深沢トンネル.新大日影トンネルと潜り.勝沼の盆地に至る。 高速道が分かれる山陰のトンネル内が笹子落盤現場。更にトンネルを抜けた所で高速道を左.御坂方面に横切っている。その直後に事故が起きた模様. 谷間に送電線が連なり.そこから山へと綴る積りがラッセルが深く難渋し.更に左奥の枝尾根に逃れ尾根に取付いてた。そこで熊と遭遇する。 塩山方面へと立合橋を渡ると街道に歩道がなくなり.直接路面を歩むようなる。 丁度通勤時間帯に入ったのか車の往来が激し.スピードを落とさぬ車達にやや恐怖感を抱かされ歩く。 鶴瀬地区に入ると甲州街道は御坂山地の山陰に入り.ここからは陽射しとも遠ざかり. 山陰に入った途端.身振りを起こさせた。 一度中央高速道の上下線が離れて近づいた先で.右前方に「望月ドックスクール警察犬訓練所」の看板を見ている。 中央高速道を横断 塞がれた正面は獣柵と桃畑.7:40少し戻り.左の獣柵扉から自動車道上り線を潜る 左眼下の日川の谷間には赤い鶴瀬橋が以外と谷間奥深くから見下ろされている。 街道と分かれて地形図に習い下り左岸に渡ると角に犬の訓練所があり.右手に折れると細い簡易舗装が延びていた。 隧道の落盤事故 高速道上り線の脇伝いにくねり.下った所の正面は桃畑でぶち当たっている。その左脇に掛けては獣棚に囲まれていた。 少し戻り左手の高速道「上り大月33」の坑道を潜っている。この上り線の東京方面の笹子トンネル内130m間で.崩壊事故という大惨事が起きたとか? 潜って数10分後のことだった。 後の話によると8時3分頃とある。横断坑道を潜り.下り線の架橋を渡った時の時計の針は7時50分を指している。 渡った直後に落盤事故が起きていた。その後1時間ほどして.前岩崎山の手前の尾根筋では何かが慌ただしいと空を見上げていた。 それから一日中.ヘリが頭上を旋回していた。下山した夕方に笹子で改めて.この悲惨な大惨事を知ることになる。この話は又後で。 下り線の陸橋から中央の溝を隔て取付く.7:49横断して左奥に82鉄塔.右上の81号鉄塔の尾根末端に乗る 高速道を横切る道は1本道.その先で下り線は架橋を渡っている。下りの高速道の車の往来は少なかった。 陰る谷間の架橋から笹子峠越えの甲州側の谷間を望み.V字峡から扇状に開かれた谷間の先には勝沼の盆地が見下ろされている。 山陰のこことは異なり明るい朝陽を浴びる盆地は見るからに暖かい日差しの中に包まれていた。 写真を忘れている。沢底はバリバリに氷結した残雪に埋る架橋下からいきなり尾根に取付く段取りだったが山陰の谷間を埋める積雪は浅いものの.冷気の凍る吹き溜まり. 先への踏み跡は積雪に埋もれ別世界を作っていた。脇には送電線jr大-勝線「82号.81号鉄塔」のL字型標柱が立ち.巡視路を少し登ると再び分岐にでた。 左(東)よりに下れば涸れた窪溝を横切っる82号鉄塔への登り返しで.その先に又81号鉄塔がある。そこを横切るには藪下の絡みが酷くかった。 膝下まで潜る谷間にトレースはなかった。雪面もまだ薄暗く右肩に延びる尾根を仰ぐとその尾根は既にサンサンと朝陽を浴びている。 神々しいまでの陽光が煌きが仰がれた。足を停めれば寒さに耐えられず震える体。 巡視路の谷間を左手に分け.一目散に最初から明るい尾根へと逃げることにした。薄い踏み跡を見付け.更に高揚しステップを切り這い上がる。 jr大-勝線 82号鉄塔はjr大月変電所からjr勝沼変電所を繋ぐjr送電線鉄塔の1基。66KV2回線の送電線 笹子峠から小路沢左岸尾根(jr鉄塔尾根)を下り日影よりの日川左岸沿いに延び.ここ82号鉄塔を抜けてjr勝沼変電所と結ばれている。 ・・今年の早春にはトクモリ南尾根からこのjr鉄塔尾根.小路沢左岸尾根を下り日影へ下りていた。 向かいは前岩崎山への北西尾根 840m地点から分岐する真南に延びる尾根に乗る.8:10小尾根 予定していた尾根より1本西側に並行する枝尾根. 巡視路を左に分け.隣の西側の尾根に移動した。 この尾根は82号鉄塔からの尾根の1つ先の840m地点で合わさっている。直ぐ踏み跡はなくなり.落葉積もる急登を強引に詰め尾根上にでた。 雪混じりの喘ぐ登りだが短い。尾根に乗ると藪のないスッキリした冬枯れの冬木被われた尾根になる。乗ると周りは自然林に囲まれ包まれている。 谷間からの登り.見るからに明るくなった台地は朝陽を浴びる木洩れ日が暖かみを与えてくれている尾根だった。 雪も消え谷間との別世界の尾根に踏み込んでいる。踏み跡もない尾根。見た目より土壌は柔らかい。却ってクッションが強過ぎ歩き難し。 ただ枝木の張り出しに下枝は思いのほか少なかった。 落葉松に赤松が多い。やや傾斜が落ちると右手に前岩崎山から派生する西尾根(市界尾根)が並行し.山肌は陽光に煌めいている。 紅葉よりやや黄味の色合いが勝っていた。 棚横手山.右上が宮宕山 左下は共和.長柿の集落.8:48北面を望むとこことは別に又紅葉美を増させる勝沼尾根が.向かう左肩下がりで見渡された。 樹間の隙間から望む左下の日川渓谷沿いの集落. 川底も朝方の柔らかい日差しを浴び始めていた。共和・長柿辺りの集落だろう。 少し西側に目を向けると今度は植林帯との境目に勝沼尾根とその尾根越しに甲州高尾山の山並が大きく姿を現した。 山頂付近を横切る水平な林道が目障りに刻まれ.それが特徴ある山肌を現していた。 月の輪熊 藪尾根を覚悟していたが尾根に立つと,尾根はすっきりして見通しは良い。日当たりの明るい藪絡まぬ尾根になっている。 最初の急登で汗を掻き.羽毛からチョッキ.ジャンバーに着替えている。程よいペースで進み.尾根は幾らか平坦な傾斜を保っている。 ホッとするものの見上げる尾根の前方に.何か黒い塊が蠢いている。咄嗟に熊と判った。 下を向いていた熊は首を捩じるよう頭をもたげた。それと同時に目と目が遭い.大きな顎口から「ヴァォー!」と叫び声が飛び散った。 大の字に背を伸ばす威圧的な鋭い叫び声だ。よく映像で見るライオンの叫び声に似ている。 目が遭い.向い合わせの熊がゆっくり前進し近づいてくる。ゆっくりだが間違いなく間が迫り.近ずきつつある。 目の前に大熊がいる。私は素手で立ち止った間々.如何すればよいのか分からず.見詰めているだけだった。熊は鋭く目を離さない。 更に距離は縮まってきた。熊と向かい合い土俵際に立つ。如何するべきか? 体は硬直し動けなくなっている。 後数mに迫ると間を空けず.熊に倣い咄嗟に私も大きく「ウォー」と叫び返していた。無意識の動作で熊の真似をしていた。 少し体を屈め腹一杯に大気を吸い.両手を目一杯に広げ.叫び返す。我ながら悠然とした堂々とした構えだったと思う。 その叫び声が何故か? 勝ったと思えぬが大熊が私の目の前に両足を揃え.一瞬止まり.斜めに前足を落とし横切った。右に逸れ谷へ消え伏せる。 黒い背が見え.四つん這いでゆっくり肩をうならせ突進してくると思われた。それが右に幸運にも避けてくれていた。 動けぬ私は熊が見えなくなっても動けずにいる。ポケットから笛をだし.ひと笛小さく.大きく笛を吹く。 今年は夏にも北アルプス薬師岳で熊に追い掛けられている。熊を刺激するなとよく聞くが咄嗟に出た声。 何もせずジッとしているわけにもいかなかった。今回は晩秋と云う一番悪い時期に幸運にも如何にか最悪な事態は免れた。 人も生き物,動物である。圧巻の厳しい寒さの朝方は本能的に暖かさを求めるのは当たり前のこと。生き物は皆同じ動作を示す。 人も同じだった。この時期になると一度荒天になり降雪になると積った雪は融雪することなく年を越すようになる。沢底なら尚更だろう。 痩せ尾根から大らかな鞍部にでる所などでは地表が雪原化すると獣の行動がよく分かる。 兎も鹿も.獣たちは居心地の良い場所に集まり.足跡は大地に幾つも交わり残されていた。 よい条件の所はその足跡が交差させ.幾つも交わり合わさっている。それは積雪期でも.無雪期の水場や日当たりのよい所でも同じことだった。 今回も雪中に熊は悠然と足跡を残している。それでも集まる生き物たち。厳冬期に入ればそこは尚更.楽園になるのだろう。 前岩崎山への尾根.8:59延びる尾根は更に傾斜を増し藪絡みと云うより.足元の不安定な枯葉が深く詰まる尾根になる。 気を取り直し歩むも.その後にも熊の糞を見ている。踏み跡が残されていたとしても薄く判りずらかった。 自分で歩き易い所を求め.細かく右に左にと移り登る尾根。そして840m地点で左から予定していた82号鉄塔からの尾根と合わさる。 ここからは本来の目指していたルートに合わさると電柱が点々と急斜面を登り綴られていた。 傾斜は変わらぬが踏み跡が落葉の下に認められるようなる。やはり踏み固められた山径は気持ち楽な登りになった。 NHK中継地手前の急斜面で.遥か彼方にヘリコプターの遠いい爆音を聞き.9時少し前には次第に爆音が近づいて来きた。 新山梨変電所か,近くの林道工事の為と思い,何も気にしていなかった。・・後で分かったことは笹子トンネル崩壊事故の報道機関の一番機だった。 それから電柱を3.4本過ぎると910m地点のNHK中継地点の台地にでる。山梨大和テレビ中継放送所とあり.展望は眺められぬが1本取っている。 前岩崎山 裸林と落葉径.8:55幾らか傾斜は緩み.尾根筋を大らかに右手から回り込むと正面に前岩崎山が望まれた。 尾根幅も広がり雑木の美しい森に変り続いている。ミズナラにブナが美しい。又先で珍しくコナラの林を潜っている。 数多く飛行するヘリ 前岩崎山への尾根筋を歩む間.ヘリの爆音が大きく小さく揺れ動く風の波に乗り.数機のヘリが大空に舞っているのが伺えた。 樹林帯から樹冠を見上げ大空を仰ぐも.密度ある樹冠の隙間からは視界が狭ばめられ.本体のヘリを見付けることはできなかった。 それでも数機のヘリが旋回している有様は爆音だけでも想像できた。 日陰雁ケ腹摺山で1本取り.頭上を見上げた時は爆音がけたたましかったが.狭い空間からは1機.2機.3機と編隊を組んでいるのか認められた。 次々に勝沼方面に飛び去るのが見上げられている。4機目まで確認した。更に周りに耳を傾けると5機目も飛んでいるようだ。 何かが可笑しい。近く何処かで.何かが起きている。? 前岩崎山 9:09前岩崎山 巻き終えた所が前岩崎山1014.1m. 小平地の頂には透明な衣装ケースの蓋に「岩崎山前山. 赤松の幹に針金で結び付けられていた。その直ぐ傍に4等三角点標が設置されている。9時.今日初めての頂に立つ。 真南に聳える日陰雁ケ腹摺山 本名は岩崎山,古来は「小杉」.9:13前岩崎山から更に南側に向かい.奥へと深く入り込むと杉に赤松の密生する植林帯に入り込む。見出標に恩賜柱標が設置されていた。 大和町と勝沼町の境界尾根にでて.正面に日陰雁ケ腹摺山を見つつ.進むようなる。 左手の急斜面の肩からは樹林の切れ目に.大和初鹿野方面の街並が視界一杯に遠望さて足を止めている。 勝沼尾根枝尾根末端.日川沿いの谷間 笹子峠からの笹子沢川出合付近.9:33日川の狭い流域に寄せ合う街並.この辺は大菩薩山嶺と御坂山地の境をなしている。 狭い谷間には里道に街道.中央高速道が川沿いに綴られ.日川右岸沿いには笛駒線と日川線の送電線併用鉄塔が数多く連なるのが見下ろされる。 背の右岸は大和に初鹿野.手前は日影の集落になり.手前の尾根には880m峰が聳えている。・・登山道は前岩崎山と日陰雁ケ腹摺山の間に綴られている。 南側に尾根筋を取ると急に尾根幅は狭まりだし.尾根の右側は雑木林.左は檜の樹林に変わる林層の境が尾根筋に続く。 尾根の真向かいには岩崎山が頭上高くに望まれるようなった。小コブを1つ乗り越え.下り返すと左手下に大きく樹林が被さるよう開かれた展望台にでる。 足元には今朝の甲斐大和駅から綴ってきたアプローチが見下ろされ.集落を綴る甲州街道が日川沿いに描かれる。 今回は狭い谷間を綴ってきた街道沿いを埋める集落に鉄橋に学校.お寺と大きな建物が見下ろされている。犬看板のあった場所は覗き込めなかった。 気が付いた訓練所の看板を2度折れている。ここからは県道を探り.国道を綴ればコースの分る絵地図にもなっている。 日川右岸の山腹に延びる枝尾根の谷に近い各小コブにはそれぞれに送電線鉄塔が建ち.日川尾根末端発電所から遡れば大月の駒橋発電所と結ばれている。 裾野の河原から逆に日川沿いの山並を見上げると南大菩薩連嶺の主尾根へと結び付き.雄大に重なり合う山並が見上げられるようなる。 大菩薩から初鹿野周辺の縦の眺望 日川右岸沿いの山並と白蛇沢流域集落から見上げる風景は大志山.東大志山.古部山南東尾根に竜門山.大天狗山。手前が勝沼尾根1050m圏峰の南尾根。 右上の鉄塔は大谷ケ丸西尾根の末端に乗る西群馬幹線204号鉄塔。右に進む送電線は笹子雁ケ腹摺山の北尾根を越え.肩から笹子川源流に抜けている。 今まで幾度も見詰めてきた山々も見る方向が変わることで.視点が変わり.改めて望む山々に別の発見が生まれ探りだす歓びをも生みだしていた。 1つの山を見詰めると隣の山に目は移り.過ってのルートから更に異なるルートが脳裏に浮き上がり連鎖する面白みもある。 1本の送電線を綴って見ているだけでも楽しい。鉄塔のある枝尾根を詰めれば支尾根が合わさり.又別の主尾根にも合わさっている。 未知の山域でも鉄塔さえ見付ければ下るルートは幾らでも取れ.避難ルートとしての安心感が生まれている。そうすれば登るルートは幾らでも取れた。 飽きることのない眺望は目の保養にはこの上もない。山上に居るにも係らず.遠望していると次に登る山はと更なる好奇心に掻き立てられていた。 何時までも続く深い落葉径.9:36やや頑張った登りの後.日陰雁ケ腹摺山にでる。小さな露岩に落葉に埋まり.強まる傾斜は気を抜くと足が滑り取られがちになった。 疲れがでてきたのだろうかか? 丁寧に膝を折り登ることが大切だった。するとペースも上がり.尾根筋の突き当たりに岩崎山が現れた。 日陰雁ケ腹摺山又は岩崎山の2つの山名標 9:56右側は笹子雁ケ腹摺山.お坊山.東峰の稜 「日陰雁ケ腹摺山」と書かれた古い板版雁ケ腹摺山 山頂は赤松に被われた樹林帯。三角点もなく細長い平頂.「岩崎山」の山名標が.驚いたことにネジで確り幹に直接固定されていた。 反対側は雑木林.古板に焦たて標識で「日陰雁ケ腹摺山 1.155M」と書かれ.その背の樹林の隙間から南大菩薩連嶺が映りだされていた。 日陰雁ケ腹摺山の本名は「岩崎山」。古くは「山杉」と呼ばれているた。 近くの大菩薩山稜にも同じ山名を持つ雁ケ腹摺山.牛奥雁ケ腹摺山.笹子雁ケ腹摺山がある。この頂からは笹子雁ケ腹摺山が眺められている。 日陰雁ケ腹摺山は甲州街道沿いの勝沼.或いは初鹿野辺りから堂々とした風格をし望まれる。今日も見つつのアプローチだった。 渡り鳥は北の国から牛奥ノ雁ケ腹摺山や雁ケ腹摺山・笹子雁ケ腹摺山を越え.ここ岩崎山も越えたのだろうか? 各々の集落から望むと.大菩薩山嶺を越えてきた雁の群れが岩崎山をも越えるのを見詰めつつ季節を感じていたのだろう。 日陰雁ケ腹摺山は「甲斐の山山」では「地図に山名もなく.標高点もない.地図上では.はっきりしない峰である。 甲州街道沿いの初鹿野.勝沼方面から見ると堂々たる山に見える」とある。 これらは冒頭でも述べたように「新ハイキング誌」や「中央線の山を歩む」でも謳っている。 確かに初鹿野方面からは立派に望める山だった。今朝.甲斐大和の駅舎前からその姿を望みつつ.ここまで歩んできた。 霞む京戸山 落葉松林と檜の密生する境を下る.10:26尾根幅とは別に樹林に被われた狭い踏み跡は1つのコブを越すと穏やかな起伏の尾根径になっていた。 藪絡みのない歩き易い径. 東側から南へ緩やかに下り.時間を稼げる径にもなっている。 正面の樹冠高いところにはまだ遥かに遠いい京戸山の稜が望められ.左は雑木.右の側面は檜林に深く覆われている。 雲母山東北東面 檜の樹海に漸く望めた窓から.10:29右側を見つつ下ってきた。その檜の側面の切れ目から1ケ所.雲母山(うんもやま)が樹海の中に漸く見上げられるようなる。 西側の谷間には林道が走っている筈だった。見付からず不安が募るが地図を読み.右に折れて再び南方に向かい下る地点まで降りてきた。 そして漸く南下したタルで.右手直ぐ真近に林道を見出している。 京戸山林道から繋がる雲母山東面に走る林道 尾根鞍部より.10:32鞍部の右に見付けた林道。細い林道が北側の谷へ下りている. 下った所は幅1mほどの裸土の道. 林道は南方に向かうと平坦な森の中を右へ大きくカーブし描かれている。 その森の中で点々と結ばれた真新しい赤テープを見付けていた。この1点が目立ち過ぎ.他に見ないことを考えると森林関係の印かも。 又は雲母山の南鞍部への印か? 調べることもなく無視して雲母山の東尾根を目指す。 雲母山東尾根取付き 1つ目の右にカーブする地点.10:37雲母山の東尾根 林道の北側U字にカーブする最初の角に尾根通しの浅い踏み跡を見付けている。ここから東尾根に取付く。 取付きには古いテープがあり.入ると間伐と枝打ちした倒木や枝木が絡む藪に被われる。まずは高みへと攀じ登る。 檜混じりの灌木帯 雲母山東尾根を着実に詰める,10:45 時たまススキの中をも漕ぐ.10:49植林に被われた日陰雁ケ腹摺山の北面 右に延びる尾根を回り込む.10:50岩稜ではなく.自然林の根元なり灌木を掴み攀じ登っている。 両手で藪を漕ぐようなると傾斜はやや落ち.尾根らしくなるも尾根に乗った感触はまだ薄かった。 楽な方向を探り探り足を高みへと踏み込めば踏み跡らしきものを探っては登り詰めている。 京戸岩崎林道が境界尾根を越してきた一宮町側の京戸山林道 ![]() 正面が境界尾根.左上が京戸山 地形図で最後に左側から大きくUターンする地点10:52・・右端角は林道で途切れる雲母山東尾根,再び登り詰めている。 1430m圏のコブに至る尾根と京戸山・ナットウ箱山1412.4m 林道カーブの盛り上がりから右端上が雲母山.10:55手前の東西に横切る尾根が境界尾根 笹子峠から繋がる御坂山地最北部の山並 ![]() 京戸山林道より.10:53 上写真の左方アップ・・笹子御殿から笹子峠.中尾根ノ頭へ ![]() 米沢山北尾根.お坊山.笹子雁ケ腹摺山北尾根.小路沢ノ頭北尾根.小路沢左岸尾根(jr大-勝鉄塔尾根)。と笹子峠に重なる滝子山 左上に鉄塔は笹子雁ケ腹摺山の南肩に建つ西群馬幹線209号鉄塔。 そして藪尾根から開放された場所にでた。ここは立派過ぎる林道が右(東)に大きくUターンする尾根角にでる。 カーブ地点では広く伐採され.林道のジャリ道も幅広く.整然とて築かれている。先ほどの所と比べ同じ林道とは思えないほど手が入り大きい。 ここにも取付きに褪せたテープがあり.奥にもテープがあるが無視しても気にする必要はなかった。 林道の為削った三角の山腹の頂点が東尾根の筋になる。それに沿い詰めれば雲母の頂に立つ。ここも浅い踏み跡が延びている。 更にアップ・・南大菩薩連嶺.末端西面 林道より米沢山北尾根と笹子雁ケ腹摺山北尾根. 手前に横切るのが小路沢左岸(鉄塔)尾根 笹子雁ケ腹摺山北尾根に乗る西群馬幹線208号鉄塔.米沢山北尾根には207号鉄塔が乗る。小路沢左岸尾根に乗るのはjr大-勝線の鉄塔群 笹子トンネル上空のヘリコプター 取材のヘリコプターと騒音.10:56甲州高尾山.宮宕山.中央は源次郎岳. 右に入り境沢ノ頭からの古部山. 手前が勝沼尾根で日川はこれらの山並に東側を大きく回り込み遡上している。 取材のヘリコプター 朝方から頭上高くにヘリコプターの轟音が響き渡り聞いている。中央自動車道で落盤事故が起きたのを知ったのは妻の電話から。 テレビの中継を見て今朝入山した近くの山と知り.電話を掛けたらしい。上り線のトンネル内で鉄製の吊り天井板が崩壊し.車が下敷きになり巻き込まれている。 車両火災も発生した。天井板は金属で吊り下げる講造になってをり.何らかの理由で負荷が掛かり崩落に繋がっている。 今朝の入山は中央高速車道を渡った所が取付きだった。取付きが7時50分.この数分後.起きたことになる。 熊との遭遇も治まりホッとして.踏み跡の薄い右尾根を詰めている時.ヘリの爆音を頭上に聞いている。まだ9時前だった。 それまでは何処か工事用運搬ヘリか.変電所が近くにあり鉄塔関係と考えていた。 妻から一報が入った時はヘリが一機から二機に増えた時だった。「高速道が落盤し大惨事になった!」と。 それは時が経つにつれ.ヘリは数を増し.けたたましい爆音が頭上のあっち.こっちから響き渡っている。時折頭上を通るヘリのけたたましさ。 事故が近過ぎてのことか? 一定の場所に留まっている騒音ではなかった。甲府方面へ帰還するヘリの騒音を樹冠から数えると6機に跨っている。 そして給油したのか? 甲府方面から戻って来たヘリ群は爆音と共に再びその機体を頭上に現している。 カヤノキピラノ頭に着いたのが14時.新雪が舞い始める。その頃はヘリの数も減り.1機か.2機だったと思う。 中尾根を下り国道にでて.異様な雰囲気を感じ.初めて実感として大惨事を知る。そう云えば車のサイレンの音も途切れ途切れに朝から聞き取れていた。 何度も聞くことで聞き慣れてしまったのかも。 雲母山の肩.林道にでる踏み跡との合流地点.11:12雲母山 素朴な細長い小さな小平地.11:53支尾根筋は灌木混ざりで右に逃げ檜の樹林帯に入るも.その隙間はない。灌木絡みに.ススキも掻き分けて登り切ると最後は肩にでた。 南方からの確りした踏み跡に合わさり.取付きから40分ほどで東尾根の頂に立つ。 北方を見る日陰雁ケ腹摺山 雲母山々頂より.11:24雲母山1213.7m 東側だけが檜の樹林帯で.周りは自然林の冬木に包まれる頂だった。小枝を踏めば響き渡るような静けさを持つ頭に立つ。 灌木の樹林越えに歩んで来た岩崎山から東側に回り込んだ尾根は裸木に囲まれた小さな頂だった。 倒木に腰を降ろした眺める南面の山肌はここに比べ何処もが緑の杉林に埋め尽くされ.山肌全てが一面に植林されていた。 その岩崎山を真向かいに見ている。大地の落葉に座り直し大休止する。今回も主食はサンドイッチ. のんびりテルモスから湯を注ぎ.スープとコーヒーをたて続けに呑んでいる。ビールはより高い所で呑みたいとここでは我慢した。 風はないが防寒具は必要だった。既に蒼空は閉ざされ薄暗く.薄日がほんの少し留まるだけの頂に変わっている。 低山だが誰も居ない頂。他の人にも遇わず.頂に立ったことに感謝した。寝転ぶほど体は暖かくないが両脚を伸ばし天を仰ぐ。 雲母山を囲む3つの林道 京戸岩崎林道(笛吹市)は延長8.5kmで勝沼町の県道306号.市宮宿から京戸川沿いに遡りっている。 二本木山と雲母山との間を越えた所で京戸岩崎林道(甲州市)を大口沢沿いに下り.京戸岩崎林道(甲州市).延長4.432kmと繋がれ 上岩崎の県道で結ばれている。又支線は雲母山の南側峠を越え.雲母山の東側に巻き込んでいた。 又京戸岩崎林道(笛吹市.一宮町)から京戸山林道(一宮町側)が延び.直ぐ先に京戸山登山口のゲートがある。 まだ京戸山林道(大和側)とは結ばれていず工事中だった。 京戸山林道は県道212号.日影笹子線を左に分け.大持沢側から北側の沢に入る境界尾根手前までのピストン林道。 又大持沢を遡る林道はカヤノキピタノ頭からの北尾根を下れば利用できるし.ヤナギ平1470mの東.1487m圏コブ北尾根も利用できるだろう。 日陰雁ケ腹摺山〜雲母山・・お坊山から望む2012.06 京戸山.雲母山.日陰雁ケ腹摺山と前岩崎山・・水野田山より2014.01 日陰雁ケ腹摺山から雲母山・・熊と対峙・笹子落盤事故 京戸山から中尾根ノ頭中尾根 |