| ハガネ山から続く1本の長い尾根・・藪絡みの里山と平尾根の丘陵台地を結び綴る 文台山西峰でコナラの疎林に囲まれ昼食―北西尾根に入り.930n圏峰・尾崎山を経て.夕陽を浴びる鹿留川.古渡の集落へ 細野からハガケ山大沢右岸尾根 ハガケ山から文台山西峰へ 西峰から930n圏峰.尾崎山と古渡の集落・・富士急東桂 文台山西峰 ミズナラ.コナラ林と御正体山.12:42昼食 裸林の木洩れ日に御正体山を真向かいに望みながら,逆光を浴びて西峰の頂台地に腰を降ろしている。 今回はテルモスと久し振りコンロを持参した。気温が上がらないことを考慮し.行動中の飲水は贅沢に湯とし.昼食はラーメンを作る。 日清「ラ王」味噌味に沢山の野菜を盛り.ベーコンに生卵を加える。 足元を広げ.股の真ん中にコンロを点け.コッヘルから直接箸でほうばった。熱く体が温まると共に新たな活力が湧きだしている。 コナラ林に囲まれ,誰も居ない頂に1人.木洩れ日の日差しを浴びている。静かだ! 風の音もなく.まだ小鳥の囀りも聞こえない。 見上げる冬木の樹冠の先に蒼空が開かれている。裸林の枝々が蒼空に染まるよう綺麗なモザイクを描いている。 桂川都留市流域を望む 文台山西峰から見下ろす里.12:00手前が都留市の街並み.右中央が玉川.左上が中津森. 手前の尾根末端は二十六夜山から西に延びる尾根。 左手南北に延びる鉄塔は送電線山中線。 文台山西峰から尾崎山 12:00文台山西峰三角点大:45一13:15迷い戻った地点一西に道標を下り迷う40分.一14:18踏み跡分岐一14:26東伐採帯 一14:30(930m圏峰)一14:24尾崎山:34一15:50古渡の集落一15:56古渡橋一16:08国道一16:16富士急東桂駅. ハガネ〜分台山〜倉見山への稜線を展望・・玉川集落の高台より.2013.04 都留自然歩道は谷村東山稜に延びる延長12kmの探索路で九ケ所の登り口があり.何処からも軽ハイキングが楽しめられる。 今回は文台山で.朝方通った細野川沿いの「文台山登山口」からのコースと合わせ.尾崎山から古渡に至る都留自然歩道を歩むことにした。 尾根上の分岐 尾崎山へは北面の急峻な尾根を一気に下降することから始まっている。登山道と云うよりは踏み跡径. テープはここから頻繁に現れる。 細野からの分岐にでて初めて「登山道」のプレートを見ている。頂以外では初めて.1150m地点のここでこのブレートを見ていた。 踏み跡も確りし藪も少なくなった。露岩が現れた1080mで尾根は分かれるが.一時そのまま北東尾根を下ってしまっている。 頻繁にあったテープがなくなり.直ぐ可笑しいと気ずき登り返した。分岐にはUターンする2つのブレートが間近にあったが2つの道標の間隔は 間近に位置し縦.横に方向をZ字に変え.見ずらく立てられていた。 気が付いていたが文台山を発ったことで先が安易になり.調子に乗ってしまっている。雑に見た道標の位置に意味があった。 北東尾根と分かれる地点に1枚のプレートがあり.北東に少し下った所で向きを変えるプレートがあった。 改めて先を探るとテープが点々と幾らか戻る気持ちで付けられていた。少し戻り気味にUターンし.北西の尾根に乗る。 尾崎山と930m圏峰 背は三ッ峠〜清八山・・左下が東桂.13:18930m圏峰 930m圏峰から浅い尾根を見付ける.13:56テープ道を失い1本 急斜面の下りが続く。途中で右手に針金が固定している所にでる。 ここは右にトラバースし,左に折り返して露岩帯を過ぎる所.真っ直ぐ下り時間をロスする。そこから少し左側を30mほど下っていた。 改めて1本取り.周りを見渡すと,歩む靴先は谷へと落ちている。対岸正面には尾崎山と930m圏峰が望まれていた。 ここから右手に真近に延びる尾根は近くにあるにも拘らず.冬木の枝茂みが多く重なり.確認せず下ってしまっていた。 遠く.谷を隔てた向かいの930m圏峰から南東に連なる浅い尾根の方が.こちらと結ばれているよう思え.気にもしていなかった。 この下は常緑の植林帯が面をなし.地図と磁石を見返すこと数回. 決断するまで長い時間を要している。 最後に見たテープまで戻ることにした。そして東側に幾らかの盛り上がりを見付け.そこを目指し斜下する。そして再び北東に進む踏み跡を見出した。 小野への分岐 正面先が小野への作業道.14:18左側のマークからが930m圏峰への尾根 鹿害用の透明なテープが檜の幹に巻きつけてある樹林帯を緩やかに下ると平尾根になり.御正体山若宮神社から小野へ下る 仕事道との分岐にでる。迷い易く.地形図には910m地点から北東へ小野の集落にでる破線路が記されていた。 予定のルートに戻ると幾つものテープ類があった。破線路(地形図)との分岐には横枝が添えてある。 直角に左に折れ.尾崎山のコースにへ。すると895m点で「登山道」のプレートを見て.右に幼木が育つ.展望の素晴らしい伐採跡地にでた。 伐採地から東北面の展望・・道志二十六夜山西尾根と中ノ沢ノ頭 ![]() 大菩薩連峰から権現山稜. 小さな尖っ突きの権現山.右手前が表道志の高指. 鈴懸峠越えをして大桑山.高畑山.倉岳山・・14:29 手前が道志支稜の高取山から連なり.サイマル山から朝日川へ長い尾根を落としている。 右手奥が道志二十六夜山と今倉山山稜。手前左が935m峰肩. 右が ここから北側の視界はすこぶる広い. 奥秩父の主脈から奥多摩.甲武相国境に霞む山々が大きく開かれている。 左遠方に構える大菩薩連峰が扇状に広がり.南大菩薩連山から楢ノ木尾根に延びる山並が大きく描かれていた。 百蔵山.扇山を囲む権現山稜が小さく.その手前には中央線沿線沿いの表道志系の山々が奥多摩の山々を遮るよう延び, 九鬼山から倉岳山,高柄山へと顕著ね起伏の波を描き.道志主稜の二十六夜山.今倉山は一番手前にデンと腰を据えていた。 遠く近く重なり合う山並が一望される。 東方・・道志二十六夜山西尾根と今倉山稜.中ノ沢ノ頭 右方アップ・・道坂峠からの林道菅野盛里線望まれた右尾根は文台山,東峰から北東に延びる尾根で矢花峠から細野.朝方の分れた登山口に下りられる。先程の分岐からは手前の沢沿いにを下り. 中小野の御正体山若宮神社に下りられる。写真上に横ぎり刻まれているのは道坂峠からの林道菅野盛里線。 下弦の半月 右方の右・・14:29下弦の半月は言葉遊び的の言葉で満月から1週間ほどで下弦の月になり.更に半月になると上弦の半月になる。 だが以外にも輝きつける上弦の半月をこの頃見ることは少なかった。雲が被らない限り.平等に見られる筈だが今回は久し振り. 天空蒼空を望む。又新月から1週間ほどで.月の面が上に位置すれば上弦の月になる。 北東方・・前道志の山々と猿焼山西尾根 右景 足元から中央面・・中央が九鬼山から連なる前道志の山々 中央の細い尾根が朝日川ベリに戸沢川とに挟まれた城ケ丸.猿焼山から西に富士急赤坂まで延びる尾根 目では見下ろされた中央の赤い屋根は日帰り温泉「芭蕉月待ちの湯」.昨年の7月にここを起点とし松山北尾根・今倉山北尾根を周回している。 その手前白い大地でで望めるのが都留CCと並ぶ都留GC。 大菩薩連嶺・・雁ケ腹摺山・大樺ノ頭から楢ノ木尾根・瀬戸境 中景左面に続き・・大樺ノ頭南尾根.大峰瀬戸境. 権現山稜.奥秩父飛龍山.雲取石尾根 南大菩薩連峰の黒岳・白谷丸から雁ケ腹摺山・大樺ノ頭 左景・・伐採地跡より左面・・滝子山東尾根.大谷ケ丸.破射魔射場丸南東尾根.大蔵高丸.黒岳.大峠.雁ケ腹摺山.大樺ノ頭南尾根.大峰 右下の独立峰が高川山 尾崎山に重なる三ッ峠山と本社ケ丸 14:44急登して尾根筋が左へ回り込み.右手の鹿棚沿いを進むと930m圏峰にでる。頂に山名標はないが.「登山道」の道標プレートがある。 ここからは平尾根に変わり.枝の張り出しが少しはあるものの.ムチになるほどの藪絡みには見られず。 又北西以外にも頂からは北東に長い尾根を派生させ.細長い平尾根の713m圏点から2つの枝尾根を派生させていた。 手近の東北東の枝尾根を下れば小野の集落にでる。又北北東へルートを選べば送電線山中線の巡視路に乗り.谷村町駅にでられる。 又途中から十日市場駅・都留文科大学前駅にも下りられるようだ。 この巡視路は「中央線の山を歩く」藤井寿夫著によると一昔前.拡幅整備が行われ都留市自然歩道として整備されたが 当時から利用者が少なく見放されていたらしい。 尾崎山.三角点標石967.8m 15:26尾崎山(高野山)は赤松に覆われ眺望は悪い。残念だが後に知る「都留市21秀峰」の展望台があると知るも.気が付かず通り過ぎている。 三ッ峠山.本社ケ丸.鶴ケ鳥屋山 都留市街地を望み.15:37尾崎山から北側に足を踏み込むと直ぐ北東の尾根に乗る。緩やかな下りが続き.樹間を透して桂川流域に広がる河川丘陵が見下ろされた。 十日市場や桂町の街並みは斜陽した日差しに.何処もが明るく照り尽くされていた。 910m地点で尾根は北側に二分する。北東の尾根を下ると十日市場へ下りるルート。そこを分け左へ北北西の尾根を取っている。 850m付近で急坂になり踏み跡も薄くなった。途中780mで共同アンテナにでる筈だったが見過ごしたのか分からなかった。 三ッ峠山 古渡の集落に降りる.15:50このアンテナ地点から2つの尾根を分けている。北側の尾根は古渡乗越経由で古城山へ。 後から考えるに.このルートの最後は送電線巡視路もあり.先が分からなくとも高度差もなく強引に下れただろう。 古渡自治会館前を通り古渡橋にでる。ただ登りの場合はここからは登山口が分かりずらいだろう。 左にルートを取ると尾根筋は次第に西側に向き.700m地点では薄い踏み跡を更に左尾根に取っている。 右尾根に乗れば電柱沿いに.直接鹿留川.古渡橋前付近に下りられた。 私の通った左尾根は真っ直ぐ西へ下れば古渡の神社にでるらしい。私は植林された斜面を最後まで尾根伝いに下っいる。 古渡の集落が真近に見えだすと.人家との境を抜け逆T字路にでた。ここは集落の中央を東西に分け抜ける舗装された広い道路。 左角先に火の見櫓があった。 鹿留川両岸の老樹の桜並木?T字路の突き当たりが鹿留川.正面には三ッ峠山が大きな裾野を広げ.大地に胡坐をかくよう夕陽を浴び.どっしり構えていた。 右手に折れると直ぐ古渡橋があり.渡る所に太い老樹が立つ。巨樹の桜の木で.地元の遺徳を讃えた「神戸・三枝候頌徳碑」が脇に建つ。 同じような幹の太い老樹は渡った左岸にもあった。河原の流心を覗くと岩盤が小さな廊下を創り.110mほど下流は「おなん淵」とある。 「緒名淵.尾長淵.おながふち」とも呼ばれ.5mの滝が掛かり.両側は高さ10m.幅40mの屏風のような柱状節理の岩に囲まれ.滝壷は蒼い渕。 小さな渓谷を創り.ここは「娘とお膳」の伝説が言い伝えられている。 「おなん淵」から340m進むと.道の辻に小塚があり.3本のエノキが立ち.巡礼塔.百番供養塔.常雲供養塔.六地蔵尊.馬頭観音など幾つもの石仏がある。 石碑が祭られていた。これが都留市指定史跡に「早作の石仏群」とあり.「榎塚」.「1本地蔵」と呼ばれている。 斜陽で赤らむ三ッ峠山 古渡の集落より.16:06右手頭上の小さな古城山(鐘山)583mが尾根末端にあり.仰ぐと意外に高く存在感を示していた。 その裏から続く送電線は私の頭上高くを跨いでいる山中線。 山中線は都留市駅近くの深田変電所から山中変電所を結ぶ66KVの送電線で.鉄塔78基を持つ。 桂橋 道なりに左前方に進むと桂川.桂橋を渡っている。川床は岩盤で敷き占められ.底の起伏が川幅一杯に波打ちたせている。以外に流れは早い。 激流の如く流れている。その岩底が続く直ぐ下流側が鹿留川の出合。今橋から田原ノノ滝上にかけ.徳富蘇峰が命名したという蒼竜峡がある。 川幅40m.1.25kmにわたる桂川の渓谷は地質的には第三紀の御坂層群で.これに第四紀の新富士火山の猿橋溶岩流が覆っている。 桂川の奔流が浸食し魚の鱗のような見える奇岩が両岸に綴られていた。 洛陽を迎える九鬼山 国道139号線.「御坂みち」から振り返る.16:12桂橋を渡り.でた所が国道139号線.角が古渡入口バス停になる。左折して国道を富士山(富士吉田)方面へ。 先に見える横断歩道橋前が桂川小学校で.渡れば富士急東桂駅にでる。 陸橋を登るのが面倒で手前の信号を渡り.酒屋でビールを仕入れ東桂駅にでた。 富士急東桂駅・・駅前の国道は賑やかでヤマザキ.すき屋等あり.16:19北尾根から前半の文台山までは下調して入山したが後半は疎かになり.当日地図と磁石を持ち.歩く格好になってしまった。 故.各ポイントとなる場所を把握することもなく.後半は尾根地伝いに綴っている。不安はなかったが小さなミスはある。 それも終えれば愉しい記憶として残された。高度計を持たず地図と睨めっこするのも楽しい。 程よい知識は必要だが過ぎると山はつまらないくなる。1人で歩む時こそ.その贅沢さを味わえられる。 今回も1人旅.山で擦れ違う人とも遇わず.アプローチでも大月駅にでるまでハイカーの姿は見られなかった。贅沢な山旅を終えている。 16:16富士急東桂駅¥650. :36=17:16jr大月:36=18:12高尾.快速:13=19:30神田. 列車がホームに入線するまでの間.今まで歩いていた暖かさも失われ.ホームに立つと肌寒かった。 待つ間に重ね着すればよいものの.我慢を強いられている。 列車は暖房されていたがやや弱く気が落ち着かず.改めてジャケットの下に羽毛のチョッキを着ている。車内で着るとは? 自分ながら列車が入線するまで待つ必要もなかった。・・乗って直ぐ日没を迎えている。 大月行の鈍行は新車両の「229富士急」で.床は板の間で木目が美しく白地で明るい。 富士急行線は新型車両6000系を導入。外観の基調は富士山のブルーを採用.床や吊り輪など随所に木材を使用していた。 運転開始日はその車両番号に合わせ.2012年2月29日だったと頂いたパンフレットに記載されていた。 地形図「都留」「御正体山」.山と高原地図08「富士山.御坂.愛鷹」.08「高尾.陣馬」・・25.194歩 尾崎山と裾野の十日市場.東桂の風景写真・・猿焼山西尾根より2013.04 細野からハガケ山大沢右岸尾根 ハガケ山から文台山西峰へ 西峰から930n圏峰.尾崎山と古渡の集落・・富士急東桂 |