| 榧ノ木山ノボリ尾根から鷹ノ巣山石尾根を南北に横断.稲村岩尾根を下り東日原へ ブナ林の榧ノ木山ノボリ尾根をラッセルし.鷹ノ巣山から積雪が増す稲村岩尾根をトレース下る。そして稲村岩分岐で滑落遭難現場に遭遇. 昨年はネズミサス尾根を登り.凍雪でアイゼンなく鷹ノ巣山稲村尾根の下りを諦めている。改めて「雨降り」からリベンジした。 ラッセルの榧ノ木山ノボリ尾根とトレースされた鷹ノ巣山 深雪の鷹ノ巣山稲村岩尾根を下る・・巳ノ戸沢での滑落事故.救助ヘリと救助隊 鷹ノ巣山々頂.12:29鷹ノ巣山の頂に立ち初めて登山者と出会う。頂にいる間は常に8名前後のハイカーが憩んでいた。眺望はすこぶるよい。 逆光に露質オーバー.人の目とレンズの違いが歴然としてい現れている。写真を撮るもカメラのファインダーは画像が見えず. 勘で押すしかなかった。隣りで構えていたハイカーも聞こえたのかよう.同じ愚痴をこぼしていた。 南東方面 左景1・・12:32左側から日ノ出山.御岳山から男具那ノ峰.大岳山と続き御前山 手前は石尾根・・六ッ石山.城山.水根山 真南方面.正面が奥多摩湖対岸に聳える三頭山 左景2三頭山町界尾根と榧ノ木山ノボリ尾根.右手が赤指尾根 正面に向かい立つ榧ノ木山ノボリ尾根を雨降りbsから詰めてきた。その尾根を正面に望む。尾根末端のコブは栂山1013m。 榧ノ木山から南西に峰谷川へ延びる支尾根で.主尾根は榧ノ木尾根として.雨降谷の左岸沿いを倉戸山を経て.2尾根に分かれ奥多摩湖に没している。 水根山,榧ノ木山ノボリ尾根.中央が三頭山と奥多摩湖を囲む山並になる。三頭山.後方は浅間尾根.笹尾根.丹沢山塊,権現山稜.道志山塊.富士山。 足元の奥沢の源流からは時計と逆方向に峰谷川を下り.対面の三頭山との間に横たわる奥多摩湖に流水している。右山腹は浅間尾根. 南西方面・・蒼天と富士 中景前衛は御正体山.鹿留山と杓子山.三ッ峠山。右手前が雁ケ腹摺山. 富士山下.左の2つコブは楢ノ木尾根の大峰.泣坂ノ頭。一番下に横たわっているのが牛寝通り.中央左の高い山が御正体山と鹿留山。 冨嶽をズーム西南西方面・・多摩川上流流域の山並 右景1大菩薩連嶺・・中央の円錐形は雁ケ腹摺山.右に移り黒岳と牛奥ノ雁ケ腹摺山.窪む前が小金沢山小さなコブは天狗棚。 熊沢山の先が大菩薩嶺になる。雁ケ腹摺山の斜め右下が大マトイ山.更に鹿倉山 浅間尾根と赤指尾根 榧ノ木ノボリ尾根浅間尾根・・日陰名栗山南尾根.赤指尾根.登り尾根.鹿倉山.牛寝通り.楢ノ木尾根. 背は富士山と大菩薩連嶺 2012年04月の鷹ノ巣山々頂からの展望写真 西北西方面・・飛龍山.三ッ石山と雲取山石尾根 右景2・・巳ノ戸谷日陰名栗山ヤケト尾根.高丸山.本ツツジ.七ッ石山.ヨモギノ頭.小雲取山 北西方面・・長沢脊稜 稲村尾根取付き地点.13:30長沢脊稜と大ブナ尾根 雲取山.芋木ノドッケ.天祖山.13:33稲村岩尾根 鷹ノ巣山13:30一13:57ヒルメシクイノタル一15:15稲村岩分岐:20一遭難現場一16:05巳ノ戸尾根取付き分岐:15 一16:22巳ノ戸橋一16:40東日原bs17:22. 日原への鷹ノ巣山稲村岩尾根の下り口.13:34東京近郊の山でアイゼンを付けるのは初めてだった。最近では2008年08月に飯豊山石転び雪渓を学生時代の8本爪アイゼンで登っている。 その後に軽アイゼンを購入.東京近郊の雪山低山を幾度も尋ねるも.アイゼンを使用することは今までなかった。 今回は使用しなくてもよい条件だったが履いていた。一度何処かで使用したか.傷もあるも.記憶は定かでなかった。 ボケ始めたのだろうか? 全てをボケで片づけてしまうは楽だが。 ヒルメシクイノタワ1562m 巳ノ木尾根分岐.13:57鞘口ノクビレまで深く雪面が落ちている. ヒルメシクイノタル・・頂からゆっくり稲村岩尾根を下り.30分程下るとヒルメシクイノタルにでる。ここは稲村岩尾根と鷹ノ巣尾根との分岐, 鷹ノ巣尾根はここから八丁山へと尾根を派生させている。見た目は主尾根に見える稲村岩尾根しか見ることはできなかった。 針葉樹林が生い茂り.新雪の覆われた台地. 鷹ノ巣尾根のツメは急激に傾斜を落し.起伏より膨らみを広げ.巳ノ戸尾根へと連ねている。 鷹ノ巣尾根へのトレースは付いていなかった。ヒルメシクイノタル西面の斜面に全く踏み跡は見られず。 特に北西面を丁寧に探るがトレースはない。薄暗い樹林が密生し.先が見下ろせぬ斜面. 少し下りてから鷹ノ巣尾根の尾根筋を確認している。 70〜80mほど下に樹林の切り開きに雪白き斜面が見下ろされ.尾根筋は右に曲り.北東側へと尾根筋を延ばしている。 この条件だと逆に登る場合.雪積る急登で尾根の形はなさず.短いながら雪壁を築き.大変な苦労を強いられることになろう。 下れる時間は間々ある。ただ未知のルート.1つのミスが日没を早ませることは間違いない。鞘口のクビレへは再び諦めることになる。 ヒルメシクイノタルまで戻り.稲村岩尾根を下ることにした。又ヒルメシクイノタルの由来は単純な言葉で.昔木こりが消耗し体力を補うため. ここで昼飯を食ったのが由来と言われている。 背は狩倉山山ノ神尾根.14:42自然林の尾根上は樹冠を透し明るい空が開け.昼下がりの日差しを浴びている。又東面よりも雑木で明るい。 ただ灌木の絡みが強く.昨年登った鷹ノ巣谷右岸のネズミサス尾根さえ.奥に並行するカラ沢尾根と重なりよく見定めることはできなかった。 六ッ石山 3つの尾根が横切っている・・ネズミサス尾根.カラ沢尾根.タル沢尾根.14:41雪表に反射する陽差はトレースした窪溝に立体感を造り.木陰がトレースに交差し.積雪の多さが更なる雪白さを現している。 尾根を刻むトレースは北東へ稲村岩に向い.蛇行しては直進を繰り返し.延々と下っていた。 そして次第に日が陰りだすと斜陽した日は遠ざかり.木陰の陰りに忍込む黄昏は急激に陰を落とし始めていた。 谷間へ下ると私にとって.西陽とか.斜陽の言葉はもう失われている。山陰になった寒さだけが襲い.そして早い帳を迎えようとしていた。 滝入ノ峰ヨコスズ尾根末端 右下は日原の集落.15:09巳ノ戸沢対岸は巳ノ戸尾根 八丁山巳ノ戸尾根1280m.15:18滑落遭難現場 右上は滝入ノ峰.15:23巳ノ戸谷.真横でホバリングする東京消防庁の救助ヘリ 稲村岩分岐 尾根筋は既に山陰に入っていた。稲村岩尾根を下り.最後の1本を稲村岩のコルで取る。 今年は根雪になったのが早いせいか.昨年に比べるとずっと積雪量が多い。 雪山と触れる機会が最近少なくなったせいか.冬山のよさばかり感じ取っていた。 雪被る稲村岩尾根はラッセルされている。そこを綴る雪山の充実感を今.味わっている。 ここから巳ノ戸谷へ下れば里にでる。バナナとアンパンが手元に残っていた。ザックからテルモスを出し白湯でバナナを食べる。 日原に至る分岐の北東に位置するのが稲村岩. 右手.東側の谷間は鷹ノ巣谷になる。 日原へのトレースは西側の巳ノ戸谷に導きかれ.谷底から沢沿いを右回りに稲村岩をぐるりと巻き込んで.巳ノ戸谷の出合.日原川巳ノ戸橋に降りている ヘリが煩くなり腰を上げた西側の下り口. 分岐下で滑落した遭難の現場に出偶わした。私が足を停めた地点が滑落地点だった。 遭難現場 ヒルメシクイノタル付近で1機のヘリコプターが行き通う爆音を聞いていた。聞きそびれそうな遠方から聞いている。稲村岩尾根を下る道中では 何度となく東面の上空からその轟音を耳にしてもいた。近づけば遠のく爆音.その爆音は稲村岩を回り込み次第に甲高くなる。 上空に待機していたヘリの轟音が突然,大きく響き渡り.空気を割りながら.大きな音の塊りを持って. 私の頭上から降りてきた。耳元に響き渡り.雷鳴の如く空気を割る轟音に自然と体は震わせている。 分岐を下る西側を覗き込む。そこには目線の少し上に轟音をまき散らす大型の赤いヘリが現れ.私の脇. 空中に留まりホバリングした。真近で巨大過ぎる機体は東京消防庁と示され.扉を開けた赤ヘリが空中に留まり.旋風をもまき散らした。 この分岐のコル.足元の下斜面.直ぐ下には既に12.3人の救助隊員が忙しく動き回り.救助作業を行っていた。 登山者の1人が丁度私が立つ登山道の足場から滑落し.立木にぶつかったらしい。距離にして80m程.救助の真最中だった。 救援ヘリが稲村岩を回り込み.巳ノ戸谷に入り.稲村岩西壁上空の周りを旋回し続けている。 一時この地点に留まり.再び大空で待機し.戻ることを繰り返していた。 警察官が私の所まで登ってきた。実況見分をすると私の足元の写真を撮る。私は脇に避けている。 その先は雪面を切り.滑り落ちた滑落跡が一直線に引かれ残されていた。遭難者の1人は命には別条はないが骨折しているとのこと。 稲村岩西壁 巳ノ戸沢右岸.15:34遭難救助 遭難者をヘリに吊り上げるのが大変だった。雑木の茂る谷.冬木で見透しはよい。 閉ざすものはないが立木の枝々が上下左右に長く伸びている。そこを避け遭難者を吊り上げるのは至難の業だった。 20から30mのザイルを谷側に張り.滑落地点から更に上部に移動させていた。 ヘリからザイルが降ろされ航空隊員がストレッチャと共に一度降り.ヘリは再び上空へ舞い上がり旋回する。 その間にも救助隊は伸びる枝の疎らな地点へ遭難者を移動させる作業が続けられていた。 登山道の片隅で見学させて頂いている私はジッと動かず見詰めているも肌寒い。日陰の谷間はまだ一面の積雪に覆われている。 まだ時間は掛かりそうだった。腰を上げたところで今度は青梅消防署の所員が実況見分に現れた。 報告書作成の為.同じように写真を撮り.現状を把握している。 20分ほどで退散し離れると第2次救助隊が10名ほど登ってきた。道を開け先へ勧める。各々がザイルを幾本も束ね背負っている。 消防救助隊のようだ。もう1人の遭難者は歩けるもののビビリ.動けなくなったらしい。その為ザイルをフイックスしに現れた。 その要領は早く上手い。立木を支点にしロープの輪にザイルを通しては遭難地点の谷間まで見る見るザイルを延ばされた。 もう日没1時間前になっていた。骨折者1人でも.人命を考えると多くの救助隊員(少なくとも25〜30名)が動き. 大変な救助作業だと改めて感じさせられた。 昔高校生時代に北岳バットレスで滑落事故が起き.救助に加わったことがある。タンカーを造り.寝袋に入った遭難者をザイルを絡めて. 大樺沢雪渓を降ろしている。日没少し前に救助隊が現れ.雪渓末端で救助隊と交代した。 その時は梅雨期だが12人前後の救助隊員で編成され.私と友は芦安の宿で共に宿っている。 救助活動の間.山から下りる人も少なかった。私を含め2パーティが下っている。救助隊員は登山道で出会う都度. 「里まで雪で埋まっています。「最後の最後まで気を付けてください!」と言葉を何度も掛けて頂いた。 上空.樹林を縫い 真下.稲村岩分岐下.登山道より稲村岩尾根からの転落事故 「岳人」2013.05月号に記載された元警視庁青梅警察署山岳救助隊員.金邦夫氏の山岳遭難記録 鷹ノ巣尾根から南東に派生した急峻な尾根は鷹ノ巣谷と巳ノ戸谷に挟まれ.突端に稲村岩を立ち上げ日原川に落ち込む。 奥多摩登山ではこの稲村岩尾根コースが最も急登とされている。 2月10日午後2時08分.その稲村岩尾根から転落したと携帯電話で110番通報が入った。通報者は本人.男性Kさん50歳で. 場所は稲村岩の分岐付近の斜面だという。鷹ノ巣山から下山中.アイゼンは着けていたものの積雪のため登山道から足を踏み外して滑落。 足を骨折したようで.自力での下山は不可能とのこと。よく滑落事故のある.稲村岩の肩からジグザグに巳ノ戸谷に下降する急斜面と思われた。 入山準備をし.奥多摩消防に連絡していたら.けたましくサイレンを鳴らし日原街道に入ってゆくパトカーがある。 若い佐藤祐紀隊員から「先行します」と無線が入った。相変わらず素早い。後発5人が日原に着いたら.奥多摩消防署の救助隊も 入山準備をしているところだった。佐藤隊員は既に入山したという。 40分も登れば現場に着く。巳ノ戸谷沿いの林道にでると雪がでてきた。6本爪アイゼンを着け.稲村岩を回り込む。 現在は廃道になっている巳ノ戸沢林道に架かるの木橋の所から稲村岩の肩の方を見上げると.中間付近の雪の斜面に何人かの人が見える。 あそこが現場だろう。ジグザグに登り.途中から現場をトラバースする。 薄く積もった雪の下が凍っているうえ.急斜面なので6本爪アイゼンをでは相当の注意が必要だ。 現場には先に到着した佐藤隊員と遭難者.消防の宮村隊長らがいた。私は佐藤隊員に「どうだい.負傷箇所と程度は?」と聞いた。 「左下髄部を骨折しています」と云う。後続の消防隊員なども続々と到着した。消防庁のヘリも上空に飛来している。 現場は凍った急斜面なので応急処置もままならない。近くに適当な場所もない。ここからヘリにホイストで吊り上げて収容するしかないだろう。 フィックスザイルを何本か張って,そこにセルフビレイを取り.作業に入る。ヘリから吊り上げ用のストレッチャを持った航空隊員がホイストで下降してきた。 幸い冬枯れで木立の葉は落ちているので空は見渡せる。いったんヘリは離脱した。 高い木を避け.タンカーを10mほど上まで引き上げヘリを待つ。ヘリが再進入してきた。大型ヘリなので風圧がすごい。 50m程上空でホバリングする。雪が舞いあがる中.遭難者Kさんと航空隊員がホイストに吊られ上昇する。 ヘリの中に取り込まれ.そのままヘリは下流に飛び去った。午後4時30分であった。 私は登山道まで戻り.Kさんの滑落地点まで登ってみた。稲村岩のコルから少しくだっつたところで.雪で細くなった登山道から 滑落したものだった。滑落恨が真直ぐ下に続いていた。80mほど落ちているだろうか。ここはよく事故の起こる場所だ。 救助活動はアルプスなどの高山ではほとんどヘリによる捜査.救助が主力になっている。 中級山岳地帯の奥多摩の山は森林限界以下で.東京都の水瓶.小河内ダムがあるため水源林が保護されていて巨木が多い。 それだけヘリ救助は困難な面もある。それでも今までは半数がヘリによる救助活動になった。ヘリの機動力に山岳救助は本当に助けられている。 ・・奥多摩観光協会が主催する「名人.達人観光ガイドの会」の季刊誌の記録を加除訂正し紹介されていた。 巳ノ戸沢 左岸沿うに綴る昔の巳ノ戸谷林道.15:48橋を渡った脇と中央付近の黒ずんでいるのは昔の石垣 分岐からの雪径は北側の急斜面をジグザグに下り.谷底に着くなり丸太橋を渡る。そして左岸沿いに 旧巳ノ戸谷林道を下る谷底に着くなり急に薄暗くなった。日はとっくに西方の山陰に隠れ.谷間は黄昏だしていた。 旧巳ノ戸谷林道 巳ノ戸谷の源流タワミ越え.鞘口ノクビレまでは通行可. クビレに「←巳ノ戸ノ大クビレ.鷹ノ巣山.日原バス停→」の道標あり。 巳ノ戸ノ大クビレへのトラバース.巻道は崩壊激しく「危険のため通行禁止.東京水道局」とあった。 一度左岸を高巻き沢に戻る.15:43最後の1本 雪径から落葉径に変わった辺が巳ノ戸尾根に登る作業道の分岐だった。丁度稲村岩の真北を過ぎ.見えなくなった付近. 時計を見ると後12分で東日原発のバスがでる。遭難事故現場で時間を食い。後発のバスは後1時間以上先になる。 ゆっくり腰を降ろし.最後の1本を取る。杉林の沢沿いで更に薄暗さは増すが稲村岩から離れ.巳ノ戸谷の明るい出合が見下ろされていた。 稲村岩尾根末端の稲村岩 東日原の集落より.16:33ネズミサス尾根.鷹ノ巣山と稲村岩尾根に八丁山巳ノ戸尾根 天目山から望む稲村尾根の南面写真・・2012.05 アイゼンを外し.スパッツを取る。サブザックにアイゼンをブル下げ.下るのも何年振りだろう。 谷底出合の巳ノ戸橋を渡り.登り返せば日原街道にでる。バス停までの途中の空地は何処も点々と救助用の車が停められていた。 小型パートーカーが5台.青梅山岳救助隊と書かれた車に救急車.少し離れた下流の駐車場には消防自動車が3台停められていた。 カラ沢左岸尾根 カラ沢左岸尾根末端.16:03タル沢左岸尾根末端 一番東側の尾根.右側がカラ沢尾根背の背負っているのが狩倉山山ノ神尾根・・2011.08 日原から南面を見上げると.石尾根カラ沢ノ頭〜将門馬場間に詰めるネズミサス尾根.カラ沢尾根.タル沢尾根と3つの尾根が並び. 雪壁のように望まれた。右側のネズミサス尾根とカラ沢尾根とは上流で合わさりカラ沢ノ頭へ突き上げている。 ネズミサス尾根は昨年の4月に入り.奥多摩湖倉戸へ抜けていた。 本仁田山と日原川 東日原バス停広場より.16:44日原川沿いに下流を望むと西日を浴びる本仁田山1224.5m(奥)に丁度重なるよう残雪被る平岩山1075.0mが 珍しい姿て眺められた。先の駐車場には救助のためだろう消防車が3台見える。一日中晴天に恵まれた。 16:40東日原bs¥450. 17:22=17:49jr奥多摩18:06=18:45青梅.直通快速:48=20:03お茶ノ水. 美味い水「萬寿の水」があると聞き地元の人に尋ねると普通の沢の水だと云う。この飲水は日原地域では昔「子安の清水」と称す。 ただ一ケ所清水の井戸として生活用水としてきたが人口の増加に伴ない.明治41年に向山の岩間より湧き出る清水を引き込んでいるそうだ。 夏でも冷たく.癖もなくそれ程味はない。気分だけでもとポリに入れ替える。 その間でも地元の人に遭難救助について.色々質問された。ヘリは去り.残されたハイカーも無事に下山したようだ。 17時22分東日原発バスが来る。私と同じ単独行者はヨコスズ尾根を往復して来たらしい。 下った道中三度もお会いした若い女の子2人組と救助を終えて下山したパーティ.そして私を含め6人,4パーティが乗車した。 今日は3連休の半ばで女車掌が乗車していた。ガラガラの路線バスは川乗谷出合付近で日没を迎え.谷間は真暗闇になる。 車窓から臨めるのは道路工事現場の灯りのみ.一寸先は闇のようだった。今日は旧暦の新月にあたる。 軽アイゼン.簡易スパッツ.テルモス. 地形図「奥多摩湖」「武蔵日原」.山と高原07「奥多摩」.革登山靴ハングワ・・24.219歩 ラッセルの榧ノ木山ノボリ尾根と鷹ノ巣山 深雪の鷹ノ巣山稲村岩尾根を下る・・巳ノ戸沢での滑落事故.救助ヘリと救助隊 |