葛野川支流浅川川流域・・桂川葛野川流域Top 桂川鶴川流域Top

     2008年12月. 猿橋駅から猿橋経由七久保から百蔵山を周回・・葛野川出合左岸
     2011年02月. 権現山北尾根から権現尾根,尾名手尾根・・・鶴川支流尾名手川を囲む山々を周回
     2013年01月. 曽倉山西尾根から扇山―800m圏コブ北尾根.浅川瀬戸線と葛野川左岸古道・・浅川川源流から葛野川中流左岸
     2013年05月. 浅川川大入沢二俣中間尾根から麻生沢二俣中間尾根―駒宮から奈良子入口・・葛野川支流浅川川右岸

       百蔵山からの道志山地の大展望と地名との繋がりがよりどころになる桃太郎伝説の山麓

    前日は大菩薩峠で雪山の新雪を踏み.今朝は冬至を迎え.肌着での異常な猛暑に見舞われる。そして郡内の百蔵山に立つ
      松姫峠への迎い車と猿橋で気を使い突然停まった路線バス・・岩殿山から己ずつ百蔵山に変更する 2008年12月21日.L松村.m見城.

     12.20.新大菩薩峠と牛ノ寝通り・松姫峠
     12.21.下和田から甲州百蔵山ピストン・・冬至の珍道中と道志連山の大展望

    百蔵山南南面
   車窓から・・2017.06.04/6:51

     大弛峠から北奥千丈岳石楠花新道を綴った折.朝方の中央東線・新桂川橋梁(鳥沢鉄橋)から上流側を望む。
   右手は422.0m三角点峰. 百蔵山の山麓は小向・宮谷地区. 左奥は葛野川を隔てた大菩薩連嶺。対岸の丘陵は「四季の丘」.

    百蔵山南西面.下和田〜宮谷地区
   左端が中央高速道の葛野川橋
    鈴ケ尾山北西尾根へ向かいjr猿橋駅南口脇から・・2013.03.05/7:28
    路線バスが停まったのが下和田の右端の猿橋脇. 中央高速道を渡り裾野を左へと綴り.葛野川までたどり登道にでている。

    百蔵山西南西面・・800.1m三角点峰・907m点峰・本峰1003.4m
   葛籠峠から下り日影から葛野川を隔てる・・2015.03.22/14:50
    後の感想では「頂からの展望がよく.市営グランドから周回した。そのコースが目の前に取るよう望まれた。」とある。

    大菩薩峠牛ノ寝通りを越えてきた翌日は南高北低の気圧配置になり.前日とは異なり異常な気温の上昇を体験する。
      前線に伴う発達した対流雲の影響で太平洋側は気温が上昇.冬至で東京は19.8℃.11月下旬並みになり山里では更に上昇した。

    扇山の西方に連ねる百蔵山の頂からは秀麗たる富士山の姿を頂点に.広く道志の山並が延々と眺められている。それも木陰の下で眺望。
      大月市選定の「秀麗富嶽十二景」に掲げられ.更に「山梨百名山」.「郡内三山.北都留三山・・権現山と扇山」と選ばれている台地。

    又この地方には桃太郎が鬼を退治するという昔話残されていた。百蔵山(もも→桃)と近隣の地名から,この辺には桃太郎伝説が伝えられている。
      百蔵山桃太郎は扇山の麓に犬目集落(犬).桂川沿いには鳥沢集落(雉)猿橋集落(猿)があり.仲間の揃った桃太郎は九鬼山の(鬼)を
      岩殿山で鬼退治したとある。珍道中の末.この百蔵山に登ることになった。・・桃太郎伝説の山麓.

    目指す里山は岩殿山から変更し百蔵山へ
   宿前の中風呂バス停.上りの始発バス,6:33

     12月21日(日).快晴
      中風呂bs松姫旅館.富士急山梨バス@560. 9:18=9:50新猿橋bs傍一名勝猿橋一10:35小:45一11:40(907m峰に肩)
      一11:55百蔵山.大12:45一13:25百蔵浄水場:35一猿橋一14:25jr猿橋:37.

      通らぬバス停
   朝風呂に浸かりながら考え今日の予定を百蔵山から岩殿山に変更した。
     中央本線の真近な駅に歩いて直接下れる駅前の岩殿山を見付け.登り1時間弱でjr大月駅からも見上げられる岩山。

   宿主人が宿前のバス停に時刻を調べに出向いてくださった。9時18分発1本.これを過ぎると午後となる。
     バス停で待つ間もなく.終点上和田に向う路線バスと擦れ違い直ぐ戻ってきた。そのことから珍道中が始まっている。

   路線バスは以外と集落の多い葛野川右岸沿いの旧道を下って行く。昨夜の「曇後雨」の傘マークの付いた天気予報は丸ったく外れていた。
     宿の窓から見上げると朝霜の覆う山肌の上に雲1つない蒼空が広がり.今日は昨日以上に朝方より生暖かい。

   バス停「岩殿上」が岩殿山の登山口になっている。乗り越してはと車内放送に耳を立て待つも.今だ「岩殿上」の言葉を聞き出すことはできなかった。
     バスは広い葛野川の河原沿いから中央高速道を潜る。その時初めて可笑しいとに気が付いた。岩殿山は高速道の手前でバスを降りる筈だった。
     宿主人は岩殿山を百蔵山と勘違いし.私も先輩も路線路が違うのを知らず,その間々間々乗車している。

   「新猿橋」と次の行先が車内に流される。もう間違いはない。路線バスは「岩殿上」バス停を通らぬ路線を走っている。
     国道沿いに真っ直ぐ大月に出るのではなく.路線バスは田無瀬から左岸の県道505号線.小和田猿橋線に入り,猿橋駅経由の大月行だった。
     宿の主人に教えて頂いた路線とは全く違った県道の街道を走っている。再びトラブルの元に,

   路線バスは葛野川出合まで左岸沿いを綴り.旧道から新猿橋を渡る迂回のルートで.甲州街道をjr猿橋駅へ向かっていた。
     岩殿山を諦め再び百蔵山を目指すか? 先輩に即返事を求めていた。地元の老人が言葉を出し.百蔵山に登るなら降りろと促す。
     もうバスは新猿橋を渡り.次の「猿橋駅」を告げていた。

   私達の会話から「百蔵山!」,その言葉にバスの運転手は直ぐ反応した。即バス停ではない路肩にバスは停車する。そして扉が開かれた。
     気を察してか.「あうん ・・」の行動に,私達の考える余裕もなくザックを背負い込まさせていた。

   咄嗟に降りた先輩と私。バス代2人分¥1200を支払うも¥80のお釣りは機械から出てこなかった。
     「諦める!」と言葉を掛けると私のお釣りに運転手はにっこり顔。私はサービスしますと降りた。

   突然降りた為場所も登山口も判らなかった。街角のガソリンスタンドまで戻り先を問う。
     そこは新猿橋西.目の前に国の名勝に指定されている「猿橋」が目の前に架かり.「猿橋」の下流側が甲州街道の猿橋に降ろされた。

    名勝猿橋
   大月市猿橋町の桂川猿橋.10:07

      甲州街道
   江戸から甲州を経て信州の諏訪で中仙道に繋がれる甲州街道は内藤新宿から下諏訪まで45の宿場を数える。
     八王子市から山梨県塩山市までの間の甲州道中は時代によってルートが幾つか替わり.古くは大菩薩を越えていたと云われている。
     佐野川へ抜ける和田峠を越えたともあり.青梅街道を脇往還とした時代もある。

   本来の路は何処からでも繋がり.この間の谷筋をゆく路が山間部へ入ると支尾根に懸かるように歩いていた。
     沢沿いは危険で歩けなかった檜原から秋川間は浅間尾根を古甲州道中として大菩薩へと続き.永く人々が歩いた歴史ある古道になる。

   江戸の頃の旧甲州街道は小仏に関が置かれた駒木野宿から小仏峠を越えている。
     小仏.笹子の峻険な峠路を越え.あるいは鶴川を越えで大月より甲府勝沼に至っている。平均して当時は3日掛かったと云う。

   大月宿は日本橋から26番目の宿場で元々は隣宿から分宿された宿場, 現在はこちらの方が栄えている。
     又車社会になり明治時代になってからは小仏峠ではなく.大垂水峠を越える街道が整備された。現在の国道1号線になる。桧原の峠道

      猿橋
   その道中大月手前にある猿橋は桂川.旧甲州街道に架かる重要な要の橋だった。
     それ故度々起こる大洪水から橋を守る為.わざわざ険しい場所に架橋しなけねばならず.苦労は並大抵のものでなかったようだ。

   見聞せねば判らぬ地形に.驚きと同時その技に驚嘆させられている。橋脚を使わずに両側から張り出した四層の羽木によって支えられていた。
     猿が繋がって対岸に渡る姿を見て造ったという説もある。

      偶然「猿橋」脇を通る。
   江戸時代には日本三奇橋の1つと知られ.鎌倉時代には既にあったとも云われている。現存する唯一のはね橋
     洪水を避け短い間隔で架けることができた.険しく深い渓谷の上に造られた。
     上30.7m.幅3.3m.水面から31m.橋脚なしとしては吊橋以外にはね橋と言う形式が取られている。

   1932年(s07年)国の名勝に指定され古い猿橋を継承するものとして.H鋼に木板を取り付けられ.
     岸の基盤をコンクリートで固められ.1984年に架け替えられている。

   他2つの奇橋は錦帯橋.山口県岩国市の錦川に架橋された木道のアーチ橋
     かずら橋,徳島県三好市西祖谷山村の祖谷に架かる「かずら橋」サルナシ等の蔓類を使って架けられた原始的な吊橋がある。
     又栃木県日光市の大谷川に架かる神橋は「はね橋」形式の古橋で.例幣使街道の終わりに当たっている。・・「日光への歩き旅.1986.07」

    葛野川河口から上流を仰ぐ
      葛野川高速道下より朝方とピストンしてきた午後の南大菩薩東面の山々
   小和田猿橋線に入り.10:26
    下和田から対岸は畑倉.小和田地区

    南大菩薩連嶺東面の山々
   午後下山時にアップ
    右手前は小和田に落ちるセイメイバン南東尾根

      百蔵山
   百蔵山は牛ノ寝尾根から松姫峠を経て長く延びる尾根は権現山へと続き.権現山から南方に延びた扇山の西尾根末端に位置している。
     葛野川出合付近が登山口にあたり.大きく見て鶴川と桂川の分水尾根上に架かっている。
     百蔵山の頂から眺望は素晴らしい。道志の山並や桂川沿いの街並みを眼前に望み下山した。

   百蔵山は扇山.権現山とともに北都留三山とも云われ大月市選定の「秀麗富嶽十二景」に取り上げられ.更に「山梨百名山」にも選ばれている。
     又桃太郎伝説を残す山としても知られ.桃太郎(百蔵山)が犬(犬目)と猿(猿橋)と雉(鳥沢)を共に鬼(九鬼山)を退治したと云われていた。

      迂回して辿る道
   名勝「猿橋」を見聞し.道標に導かれ旧甲州街道から人家の間を縫い.登り坂で送電線jr上野原-大月線下(66KV2回線)を潜る。
     下山後の帰路には直ぐ傍の旧道を綴っていた。参道を登ると中央高速道脇の「出世大明神」では暮れの大掃除していた。再び先を尋ねる。
     登山口は中央道を潜り北側に沿って葛野川方面へ。向かいには花咲山(梅久保山)が独立峰の如く眺められている。

   教えて頂いた道は中央道を挟んで平行する道路.再び戻る形を取っていた。
     初めから百蔵山へ登る気なら.西側から登る福泉寺のバス停が途中にあり.南側から登るバス停もあるがその時は路線の違いを知った時だった。

   路線バスで迷い始めた所である。そこまで予備知識なく.尋ねた尋ね歩み戻ってきたことになる。
     帰宅後歩んだ道なりを地図に書き込むと狐の包まれたような描きを示していた。

   葛野川出合の河原にでると朝の柔らかい陽射しを浴びる楢ノ木尾根や.その前衛のセイメイバン南東尾根・東尾根の山々が集落越えに望まれた。
     雁ケ原摺山からは南に姥子山が登り尾根を下り.大垈山から東へ延びるのが宮地山.林沢戸集落に結ばれている。
     大岱山から更に南下し送電線深城線と並行して.セイメイバンを経て南下する尾根は大月駅前の岩殿山まで綴られている。

      本来のコース
   jr駅からの逆コースの場合は猿橋駅北口の駅前通りを進み.国道20.甲州街道に出たら右の鳥沢方面に歩む。
     直ぐ現れるコンビニの角を左折し.宮下橋で桂川を渡り.遥かに高い中央道の下を潜る最短コース。ガイドブックを読めば直ぐ分かるコースだった。
     葛野川と桂川に合流している。本流沿いに下れば直ぐ渓谷となり.そこに名勝の猿橋がある。

   潜って葛野川に架かる百蔵橋を渡り.車道を緩やかに登ると県道小和田猿橋線(乗車した路線バス線)に突き当たる。
     右に折れると直ぐ左へ分岐する大月市営総合グランドへの車道が入っていた。角に百蔵山の道標があり,
     本来は中風呂で乗車し.その前の葛野集落へのバス停で下車すればよかった。長い長い入山までのアプローチが珍道中を生んでいた。

    葛野川対岸の臨む岩殿山と富士山
   電柱付近の麓が賑岡町岩殿.登山口.10:47
    
異常気象が暖かさから肌着の暑さに.

      暑さ
   バス停「新猿橋」から山腹を巻く緩い登りが続いている。葛野川出合にでて.広い車道をUターンする形で登り詰めると市営グランドにでた。
     アスフルトの長い道が緩やかに蛇行し七保町下和田地区に向かっていた。朝から照り返しの暑さが増してきた。
     冬なのに真夏の陽射しを浴びている。朝風呂に入った為だろうか。汗が額からボタボタ垂れる。それにしても暑く馬力がいる。

   学生時代,東北水沢から禿高原へ抜けたをり.朝より暑い陽射しを浴び.我慢できず花山ダムに飛び込んでから行動したことがある。
     里道を歩み.留まることなく垂れ続く汗に苦労した。風呂でなく真水に浸かったのが更に悪くしたと反省させられた。

   当時は若く真夏だったが今回は12月の鉱泉に浸かっていた。垂れる汗は登りが続く限り留まることを知らなかった。昨夜は酒も大分呑んでいる。
     どんな理屈を付けても体の蒸す暑さは修まらないでいた。背中に汗を掻く。
     朝の霜柱から徐々にジャケッツトを脱ぎ.チョッキを脱ぎ.シャツまで取って.最後は肌着になっている。こんなことがあるのだろうか?今日は冬至である。

    山ノ神コースの水場
   907m峰肩へ.11:08

      山径
   大通り分岐.市営グランドの横から道標に従い.左側の新興住宅地の細い車道に入る。道標がないと全く判らぬ場所だった。
     道なりに住宅地の間を縫い.小型車が如何にか通れる程の道幅をうねると先で正月用の飾り松を庭先で切っている人達に出会っている。
     「枝が長過ぎる!」.「否や綺麗な方がよい!」と会話を耳にした。

   車道が詰り和田美術館の裏手を通るとその先から漸く山径に変わっている。樹林帯になり簡易水道のタンク脇を抜け.更に傾斜は増しだした。
     路線バスを降りてから登りが続く。まだ平坦な場所に出会っていなかった。普通なら呼吸を整える場所が自然にそれなりにあるのだが。

   薄暗くなった杉林の中に地元の人によって造られた水場を抜けている。ヒシャクで飲む水が一層旨味を膨らましていた。
     昔山ノ神があり.傍の林の中に祠があったらしい。百蔵山は頂まで檜の植林帯をジグザグに高度を上げ和田沢ノ頭へ詰めていた。

    風景と似合わず猛暑
   山頂直下の尾根にでて.11:51

   谷沿いから明るい小尾根伝いに変わるとコナラ・赤松のなかを登りから陽光を透すようなり.落葉松林の中を抜けていた。
     頭上からの木洩れ日に蒼空を臨み.バスで通ってきた福泉寺から綴られた登り尾根のツメ. 大同山907m峰直下の鞍部にでる。
     大同山を越えているのは葛野地区に通じる山道だった。広葉樹林に赤松混じる尾根筋は更に明るさを増し.15分程で百蔵の頂に立つ。

    桂川流域南面の里と道志の山々
  
   百蔵山より逆光で濃い露みの空.12:08

   眼下の桂川の高みに道志の山々が広く開かれ望まれる。前衛となる前道志の山々が目一杯に横たわり.その奥に道志の主稜線が続く。
     道志川左岸の山稜は赤薙ヶ岳.朝日山.菜畑山。今倉山からは二十六夜山と続き.その先はなだらかに鹿留川へ没している。

   更なる左奥には丹沢の高き山並が聳え.蛭ヶ岳を始め先月訪れた丹沢の山々が群がるよう連なり個性ある姿を覗かしていた。
     ただ大室山.加入道山は道志の赤薙ヶ岳に隠れ.山の起伏は分からぬが頭だけを突き出している。

   逆光の陽射しが強く眩しい。一週間後に再び登ることになる御正体山や杓子山が富士の前衛として大きな山容で従えている。
     富士を覆う雄大積雲が乱れるよう切れ.雪白い山肌が裾野へと広がり望まれた。

      山梨リニア実験線
   手前中央本線沿線は倉岳山.高畑山から九鬼山へと延び桂川に没している。その山中には山梨リニア実験線が潜っている。
     リニア中央新幹線については先月11月に「jr東海は2025年.東京=名古屋間の開通を目指し.10年代前半に着工する。」と発表された。
     逆算して地下トンネルの採削が多く.工事の長期化を予想してのことだろう。

   2系列になる見込みで東京=名古屋間を40分で結ぶノンストップ型と途中4駅(神奈川.山梨.長野.岐阜の各県1駅)に各駅停車する60分型になる。
     東京=大阪間.一直線で結ぶと1時間07分. 2025年までに名古屋まで開通されるとjr東海が発表した。・・2009.10.13
     又リニア中央新幹線の動力源は大型揚水発電として葛野川発電所等からの送電線を含め確保が始まっていた。

   九鬼山へ北上する手前の尾根は馬立山。重なる御前山.神楽山。その裾にJRが開墾した広い住宅用造成地がある。
     澄んだ高い蒼空が広がっている。ただ午後の陽射しは強く.裸眼でなくサングラスでも眩しい。逆光で霞みおぼろに見える。

     百蔵山々頂


  
    真冬の肌着姿で昼食を摂っている
 九鬼山の肩に馬立山.御前山と神楽山

 沢井沢ノ頭から分れる御前山と菊花山.12:57

   鯨の背のような百蔵山の頂で憩う。足元に見下ろすのは猿橋.強瀬地区
     左前方上の高台はjr「パラトラルひゅう桂台」で直下がjr猿橋駅.右下は菊花山.その末端にjr大月駅がある。

   南面その絶景を前にして枯草にもたれ昼食にした。
     肌着の者が居ればシャツだけの人もいる。又セイター着の人も居れば防寒着を着ている人もいた。ただ陽溜まりの陽射しは暖かい。
     各々のグループが輪になり語らい笑い食事を摂っている。その姿が絵となり長閑さ一言に尽きる。

   かき揚げキツネ力うどん. 餅は丹沢山行の反省からその場で1/4に切り.最後にかき揚げを乗せている。
     かき揚げの真空パックは考慮の余地あり.崩れを確保する必要があり天婦羅類は合わず。先輩は食後のコーヒーでアンパンも平らげた。
     レモンは時期方ミカン.リンゴに変わっている。

    扇山を真向かいに迎え
   左手は吊尾根から扇山へ.右は登ってきた下和田へ下る東肩の分岐.13:01
    扇山との鞍部には宮谷峠.旧逢坂峠がある

   百蔵山と扇山を結ぶ縦走路. 僅かに雑木を縫い左へ折れれば扇山へ。右に入ると尾根とはいえ.山頂直下のすこぶる急斜面の下降になる。
     這根が足元に浮き上がる斜面で.フィックスロープが続いて設けられていた。
     曲根の左から作業道が入り.百蔵山から南方に派生した尾根を下れば山腹を巻き谷合沿いに下りている。

    確りした山道が続く
   素朴な裏山を感じさせる雑木の森.13:31

   先輩が途中で山葡萄の蔓を見付ける。小径を遮るよう伸びていた。50cmもある太い蔓に驚く先輩
     秋に来れば見事だろう。ただ場所がら実るも直ぐ採られてしまう場所にある。

    登る筈だった駅前の岩殿山
   市営グランドから下和田の下り道.13:46
    桂川を隔て左端が沢井峠.その奥が馬立山. 右上が霞む滝子山.裾が笹平

      バス停.下和田
   雑木林から「いこいの森キャンプ場跡」の施設北東端にでて登山道を下りた。後は巾広く舗装された車道を道なりに進むと百鞍浄水所にでる。
     過っての大月林業センターの跡地に造成されていた。ここを抜けと今朝通った大通りの分岐を見出してもいた。

   時計の針先は1時37分を指している。下和田のバス停で時刻表を見ると丁度猿橋駅行バスの発車に間に合っていた。
     ただ土.日曜日は運休とのこと。再び往路を下ることになる。昨日までの予定では上流側の福泉寺より百鞍山へ登る手筈になっていた。
     それが岩殿山に変わり.又猿橋からの百蔵山越えをした。

   ここに来て「下和田」の地名を知る。葛野川の上流に「上和田」の集落がある。今朝乗車した始発のバス停は「上和田」.
     支流の大沢川で出合付近が「小和田」.一番下の河口が「下和田」になる。
     葛野川流域全体に名付けられた「和田」の地名.その係わり合いに何か因果関係があるのだろうか?

    jr猿橋駅北口駅舎
   南口jr「パラトラルひゅう桂台」分譲地のため立派に建て替えられた.14:31
    14:25jr猿橋:37.@1.460=15:04高尾.中央特快:15=16:09御茶ノ水.

      jr猿橋
   旧甲州街道から再び名勝「猿橋」を見聞し.遠巻きにjr猿橋駅にでる。最近建て替えられた立派な新しい駅舎。
     北口の駅舎の形は名勝「猿橋」を模して造られていた。現在は無人駅
     みどりの窓口もあったらしいが売店もなくなっている。売店へと国道までピストンし.着いて上り列車の入線まで8分の時間しかなかった。

   街道のコンビニへビールの買出しにでる。真っ直ぐ駅前通りを進めば街道に突き当たり.右折し次の角向がコンビニ。
     駅に売店があると考え購入せずミスをしている。コンビニの会計している時.先輩が後4分と告げた。私のカードはまだザックの中だった。
     先輩を残し慌てて駅に戻る。秒単位の競争が以外と息切れさせず登山靴でも走らせている。ただ最後の駅階段で5段を残し足が止まっている。

   喘ぎ.ザックを解き財布を抜き取る。登山とは違った動きがゼイゼイと口を開けさせていた。
     最後まで落ちの付いた山行になる。車窓から眩い西陽を受けながら乾杯.喉を潤した。アプローチを含め全てをこれで終えた。

      猿橋駅
   明治35年10月.国鉄中央本線.鳥沢=大月間開通と同時に猿橋駅(えんきょう)として開業.大正07年08月に猿橋(さるはし)に改称する。
     島式ホームで旧ホームを残し留置線を有し.南北にそれぞれ駅広場がある。管理は大月駅.

   猿橋駅は1990年半ばまで四方津や鳥沢のような小陣まりした駅だったがその後郡内で一番近代的な駅ビルになった。
     猿橋南面の神楽山北東の麓にはJRが開発した住宅用地,「パラトラルひゅう桂台」があり.そのお影でもある。

   大規模な造成が行われ,当時は猿橋駅始発の列車を含め計画が成されていたが.通勤には余りにも不便で販売は不評で終える。
     2001年04月に「パラトラルひゅう桂台」へ居住者用輸送機関として磁気ベルト方式,無人のモノレールが導入される。
     だが不安定で開業は1ケ月で運休。2003年01月に漸く復旧し06年まで運行する。無料.

   百蔵山からは桂川を隔て「ひゅう桂台」の丘がよく眺められていた。山腹を開墾し上部側2/3程が不買されたまま残されていた。
     それ故駅舎等の投資も間々ならず.無人駅へ。

   コンロ.小コッヘル.軽アイゼン.ストック.ヤッケは不要.各水500cc×2.
   ノースフェースマンテンジャケット.@33.000さかい屋.山小屋での暖房を考えると中間着が必要.特に避難小屋や幕営で。
   下山後.西高東低の冬型が強まり.筋雲は太平洋まで延び大寒波となる。24日以降は暮れを前に各スキー場はホットしていることだろう。
     ・・1/5万地形図「大菩薩嶺」.山と高原08「大菩薩嶺」.

     12.20.新大菩薩峠と牛ノ寝通り・松姫峠
     12.21.甲州百蔵山・・冬至の珍道中と道志連山の大展望