| 楢ノ木尾根の上半を詰める。藪山から遊歩道化が進み.展望に恵まれる尾根 南尾根から背稜に乗り.唐松立.森の大樺ノ頭.雁ケ腹摺山へ・・尾根上の鉄塔巡視路を歩み深城線・葛野川線鉄塔基部に立つ 林道奈良子線から泣坂ノ頭南尾根を詰める 楢ノ木尾根に乗り唐松立.大樺ノ頭へと上半を登り詰めた雁ケ腹摺山・・葛野川流域の展望と小金沢シオジの森 姥子山から奈良子線.真木小金沢線林道を下り桑西 楢ノ木尾根唐松立 泣坂ノ頭下りで.11:06楢ノ木尾根.唐松立〜西沢ノ頭写真・・大岱山分岐の苗場より.2012.01 雁ケ腹摺山楢ノ木尾根 10:55泣坂ノ頭一11:25小コブ一11:52深城線29号鉄塔一12:43唐松立葛野川線5号鉄塔13:00 一13:40大樺ノ頭一雁ケ腹摺山. 泣坂 泣坂ノ頭からナラ.ミズナラの大木がある急斜面を下れば.切り通状の泣坂ノタルにでる。 「甲斐の山山」小林経雄著によると「この急坂を泣坂というがその由来は大樺あたりから狩に疲れて返るとき, この急坂に掛かるとつらく泣きたくなるからだという。」と記している。 現実的なストレートな坂名だった。普通は登り坂なり.石転び・転付など間接的な言葉が多く使われている。 「泣」の付く字は感傷的なものが強く響き伝わってくる。心を奪われ泣く泣く登る.或いは別れ離れなければならない言葉など。 奥多摩には猟場への道として.地形的に「登り尾根」と名ざす尾根が奥多摩湖の北岸に2つある。 2.3年前に新玉川橋から三頭山に登った折.登山道に合流してから「オツネノ泣き峠」の道票を見ている。ここでは現実的な地形ではなく感情的な涙。 若い僧と恋に陥り.和尚は修行に差支えると峠越えの寺に移し.通うおつねは夜明けに別れで泣く泣く三頭の急坂を越えていた。 切り開きの泣坂ノタル.11:12小金沢道 北面一帯が落葉松の若木帯に変わると切り通しのタルには確りした踏み跡径が横切っていた。 岩科氏の著書によると泣坂ノタルは古くからの小金沢中腹林道が昭和8年頃開通した。その名残りだと云う。 矢竹の集落から泣坂ノタルまでを「古い道」としてをり.小金沢側の林道とはこの泣坂ノタルで結ばれていた。 この山道は三ッ石タツマ下の小金沢側の今の巡視路から泣坂ノタルとを並行して結び.今は通う人もなく廃道化されている。 古い道 「古い道」は泣坂ノタルから二階谷と山椒沢との間のコシホネ1370m付近下.即ち泣坂ノ頭南尾根の1250m付近で. 泣坂ノ頭を回り込み,南尾根をその間々横切り山椒沢に入っている。このルートは南尾根の1067mコブ直ぐ北側の枝沢に突き上げている。 出合あたりまで山椒沢を下り.対岸に渡り.ほぼ水平状に小尾根を越え.大サス沢に入り.ハナタテ岩の下の矢竹の集落に至るルート。 北面を望む. 米代長峰と牛寝通り 最初の1360m圏コブより.11:18牛寝通りの大マテイ山と奈良倉山 米代長峰の白草ノ頭とイネツチノ頭 ![]() 最初のコブ.11:28 1409m点コブ手前の登りで.11:37 11:41 11:44深城線29号鉄塔 11:52尾根上を西側に向かう.1409m点コブ先の1390m圏に建つ. 三ッ石タツマ 11:55深城線鉄塔 楢ノ木尾根上の29号鉄塔基部からの眺望はない。頭上は幾らか更に薄暗くなってきた。 高雲の空の中層に黒い雨雲らしきものが漂い始めている。午後になり降らなければよいが? 深城線29号鉄塔から僅かで巨石が2つ。そしてと離れてもう1つ.尾根筋を塞いでいた。 その脇の立木の幹に黄色いテープに「ここは三ッ石タツマ」とマジックで書き添いがあった。 更に10mほど進むと東電の「29号.28号に至る」の古い鉄塔巡視路標柱がある。 南側に延びる用グラツリ尾根には深城線鉄塔が幾つもが建ち.巡視路が綴られている。この送電線はナラ立1205mからセイメイバンへの尾根を下り. 大月市街地に建つ笛駒線120号鉄塔から分岐された送電線。この深城線は一般的な発想と異なり里から山へ.発電所へと送電されている。 1つ先の枝尾根にも北側に下る巡視路標柱があり.「30号.31号鉄塔に至る」の葛野川線の巡視路標柱があった。 ここは踏み跡径を含め全てが送電線の巡視路になっている。29号鉄塔からの楢ノ木の尾根筋は更に歩き易い踏み跡になっている。 この送電線は里に向かうにつれ鉄塔番号は弱番となり.里から葛野川揚水式発電所へ送電されている。 前途したように里から発電所へと.トンチのような形態になっている。夜間の揚水用に用いられているようだ。 11:58 12:12 12:26葛野川線5号鉄塔 ![]() 平頂の唐松立に建つ.北西を向く鉄塔.12:43 葛野川線鉄塔 深城線に続き再び鉄塔基部に立つ。唐松立1597m.地名からすると伐採により落葉松林が剥ぎ取られたのか? 興ざめする風景だが.その上に500KVの巨大な葛野川線5号鉄塔が建てられ.笹子の新山梨変電所内で西群馬幹線220号鉄塔と結ばれている。 超高圧の電力は後のリニア中央新幹線の開通に伴い.その動力供給を担っているようだ。 山頂,基部からの眺望はすこぶるよい。前方に雁ケ腹摺山. 足元には奈良子林道が刻まれ.S字に回り込む山並を望んでいる。 北側は葛野川二俣で分れた本流は土室川と川名を変え.米代長峰と牛ノ寝通りを隔て.両尾根筋を長く横たわせていた。 その尾根を越えた遥か先には.北秩父に抜ける雲取山が望まれた。 唐松立.鉄塔基部と付近からの展望 北面の牛ノ寝通り.米代長峰 5号鉄塔基部より左上部の独立峰に見えるのは大菩薩連嶺最北地に位置する黒川鶏冠山。 一段下りる尾根は石丸峠からの牛ノ寝通り.榧ノ尾山から大マテイ山。手前が米代長峰の白草ノ頭とカネツケノ頭。 谷間は小菅川の上段から葛野川右俣の土室川.中段と手前左俣の小金沢。小金沢沿いにある葛野川揚水発電所からの送電線は 谷間に重なる3号.4号鉄塔鉄塔から唐松立に建つ5号鉄塔と繋がれている。 南面のjr中央東線を囲む山々 ![]() 左遠方の雲に隠れる丹沢山塊. 道志山地は右手前の御正体山に鹿留山. 右側は大菩薩連嶺.左景は権現山に扇山.百蔵山. 中央は楢ノ木尾根と宮地山から大岱山へ延びる野脇ノ峰東尾根. 右手前が雁ケ腹摺山から登り戸を下る姥子山。 権現山に重なる三ッ森北峰と扇山・百蔵山 左景・・小俣川奈良子川流域権現山に重なる三ッ森北峰の権現山稜と吊尾根(権現山南尾根)で隔てる扇山と百蔵山。 権現山稜手前の山並は楢ノ木尾根下半の瀬戸境・・泣坂ノ頭南尾根.西沢ノ頭.水無山.尾越山. 右側端は用グラツリ尾根.右下の白い部分が大ダウタルになり.その上に乗る右端に被さる山容は宮地山。 宮地山は野脇ノ頭から大岱山を経て東へ延びる東尾根の末端で小俣川二俣に没している。 山並の雄大さに細い山襞までが様々な緑の色合いを重ね.霞む薄暗さが山並の奥深さを更に現している。 振り返ると手前の谷間は右俣奈良子川.宮地山北尾根が落ち麓の末端が矢竹の集落。尾根裏が奈良子の集落になる。 扇山と百蔵山 右景の右アップ・・扇山の左側が権現山に至る吊尾根で.曽倉山のコブからは浅川の中間尾根が没している。扇山から右の吊尾根は百蔵山へ繋がれていた。 百蔵山へ分かれる右斜面に落ちるコタラ山東尾根は葛野川の支流.浅川出合に没している。中段の左端から緩やかな葛野川へ落ちるのは 瀬戸境の尾越山付近。小俣川で対峙するのが宮地山。左下は用グラツリ尾根. ナラ立1205m・・用グラツリ尾根 上の写真の右下景背は左遠方は百蔵山. 中央は宮地山と大岱山. 送電線深城線 手前奈良子川に隔てられた用グラツリ尾根ナラ立1205m.左端は深城線26号鉄塔.尾根上は22号〜25号鉄塔. ナラ立を挟む西肩が22号と23号鉄塔.右側が1327m峰になる。山に電気が登る珍しい送電線で. 大月駅前の笛駒線の分岐鉄塔から天神山の1号鉄塔と結ばれ.逆に里から葛野川発電所に送電されている。 姥子山東峰東尾根と西峰 左遠方は鳥屋ノ丸.12:34道志山地の左遠方は鹿留山.杓子山と三ッ峠山。左手前は葛野川線の6号鉄塔. 姥子山東峰東尾根の背には 田無瀬からのセイメイバン南東尾根と林沢戸からの東尾根がある。その奥に聳えるのは御坂山地.最南端の高川山東尾根。 吹切尾根に聳える鳥屋ノ丸 上の写真の左景アップ葛野川線が跨ぐ山並のルート・・ 葛野川揚水発電所から楢ノ木尾根唐松立を跨ぎ.写真で見る姥子山東峰東尾.土川左岸尾根.更に右岸尾根から奥の吹切尾根鳥屋ノ丸の肩. 右側を跨ぎ真木川を越え.笹子川右岸沿いの笹子にある東山梨変電所に向かっている。 泣坂ノタルから唐松立までの北面一帯は落葉松林で.最初のコブと2つの鉄塔付近以外は眺望が薄い。 南面はミズナラやシラカバが目立ち.尾根幅は広くなり.平坦な散策的な尾根を歩むようなった。 「右.送電線4号鉄塔に至る」の標柱が立つ三ッ石タツマ辺りからは次第に下草のスズタケが現れだしていた。 本沢と姥子山の東尾根 左景アップの谷間・・奈良子川本沢.12:41背は大岱山と棚沢山で.右端の鞍部が金山峠。私の頭上に架かる5号鉄塔からの葛野川線は6号.7号と綴り 姥子山東尾根の金山峠の脇に建つ8号鉄塔へ延び.鳥屋ノ丸の肩へと連なっている。 姥子山東肩.1327m峰 上の写真中央アップ・・葛野川線5号鉄塔から見下ろす7号・8号鉄塔6号鉄塔は本沢を挟み奈良子林道の脇に建つ ガラッと変わった自然林豊かな森へ 昔のよい猟場が続く.13:02深い落葉を踏みしめ.スズタケの藪を抜けると私の愛でる踏み跡は秘密にしたいような山上の森にでる。 曇天でも晴天でも関係なく.又眺望のあるなしもどうでもよい素敵な場所にでた。 下草が生い茂り.まだまだ若草色に萌える台地。万物に精霊が潜んでいそうな雰囲気をかもちだしている。 小金沢シオジの森 後の調べで分かったことだが右手の葛野川源流の石小屋沢沿いに「小金沢シオジの森」が広がっている。 樹齢140年を超えるシオジが群生し.大樺ノ頭の手前.1591mコブを頭にした右手の谷間にある。真木小金沢林道.周遊観測路. 大峠から雁ケ腹摺山.大樺ノ頭を越える。シオジの入り口には踏み跡だけで,途中から現れるが目印はない。 石小屋沢沿いに「シオジの森」に入り.枝沢の下荒出沢,沢上ノ荒出沢.向ノ沢を横切り.大峠に戻れる。3時間20分のコース. ここまでのアプローチが長いだけ自然が残されたのだろう。 更に尾根上とは思えぬ広い草原の台地にでる.13:.05大樺ノタル 唐松立から大樺ノ頭に登る手前の大地は殆ど傾斜もなく更に幅広い尾根筋になっていた。 草原にカヤトが広がりよい猟場だったと思われ.歩む居心地は申し分ない。広い台地状の尾根に別天地が開かれていた。 何もせず寝転びたくなる光景が次々と現れている。 大月市の道標「←大樺ノ頭.大樺ノ頭→」があり.その脇には「4・・」しか読めぬ巡視路標柱が北側を指していた。 後4つの鉄塔を綴れば葛野川発電所に至る。発電所からの送電線.鉄塔番号は深城線とは逆に若番から始まっていた。 「大樺ノタル」は奈良子では「石小屋ノタル」と呼ばれ.戦前の伐採場.猟場でもあった。 近代的林道が造られるまでは古くから矢竹からの山道として.作業道の役目を担ってもいた。 鳥沢,猿橋周辺・・桂川葛野川出合付近 桂川.笹子川.葛野川出合.13:30左側の重なる山並は百蔵山と宮地山と棚沢山. 手前はナラ立. 中央がぼやけるが菊花山. 右側が高川山で手前が岩殿山 大樺ノ頭 別名は3等三角点峰.大カンバ.丸岳大樺.1776.7m.13:40大樺ノ頭. ダケカンバ.ナナカマド.シラベなど自然林に囲まれ.下生えは短いスズタケが主の平頂空地。 「大菩薩連嶺」岩科著では「雁ケ腹摺山」のことを今朝入山した奈良子では「雁腹」(がんば)と呼ばれていた。 又「大樺ノ頭」は単に「大樺」.大峰から南下する尾根は「瀬戸境」と呼ばれ.「楢ノ木尾根」という呼称は現れず「大樺尾根」とされている。 当時は狩も大樺ノ頭付近までが中心だったのだろう。今は使われているか.分からぬが? 「此の峰(尾根のこと)丸岳ヨリ和田山ニ至ルマデ北面ノ沢々総テ小金沢ト云フ.木材ヲ出スコト年ニ数万丁積年無尽」とある。 近世から近代までの木材搬出法は製材して人の背で運ぶか.丸太のままシュラを滑り落とし. 谷間に集まった木材をシッポウという即製の堰を切って.水と一緒に流す方法だった。 奥多摩や他の山域でもこの方法が主に取られているた。その後.木馬道.軌道の時代を経て.現代の林道時代に移っている。 大分遅く昭和57年.林道真木小金沢線が全通すると同時.木材搬出の運搬方法は全く変わってきた。 又大月市は大峠周辺の登山道も整備し.大峠から徒歩1時間で雁ケ腹摺山に登れ.今は誰でも登れる山になっている。 そして楢ノ木尾根も脚光を浴びるようなった。 スズタケから草付きになり再びスズタケ道を歩む.13:53雁ケ腹摺山 大樺ノ頭の鞍部よりコメツガに埋まる雁ケ腹摺山.14:03黒木が被う北面 大樺ノ頭の南側から葛野川下流流域の山々を一望し.下りだすと深いカヤトの中に入る。 そして今までの幅広い自然豊かな尾根から緩やかな痩せ尾根になり.小笹の茂る明るい鞍部から黒木の茂る雁ケ腹摺山にでた。 林道奈良子線から泣坂ノ頭南尾根を詰める 楢ノ木尾根に乗り唐松立.大樺ノ頭へと上半を登り詰めた雁ケ腹摺山・・葛野川流域の展望と小金沢シオジの森 姥子山から奈良子線.真木小金沢線林道を下り桑西 |