| ・・武田氏陣営の御前山と道志山塊の展望 大月市街地を中心として四方に対峙する山々 2013年08月. 梅久保山・・雁ケ腹摺山吹切尾根末端の低山 2013年09月. 菊花山・・九鬼山北尾根末端の低山 2014年01月. 岩殿山(天神山)・・大垈山から南下する深城線鉄塔尾根末端の低山 2015年02月. むすび山・・高川山東尾根末端の低山(御前山) 戦国史と伝説の台地 大垈山から南方へ派生する鉄塔尾根を南下―末端の天神山から兜岩.鎧岩.ツリガネ岩を経て岩殿山.丸山公園・・大展望と眼下.大月の街並 林地区からセイメイバン東尾根を経て深城鉄塔尾根 葛籠峠から更に南下し笹平・稚児落とし 稚児落としから尾根末端の天神山と岩殿山・・伝説と御前山.南半球の大展望.深城線鉄塔全線 稚児落し〜天神山 花咲山から浅利の下りで花咲山南東尾根の末端の浅利に下り展望台より撮影・・2013.03.30/10:43 浅利川 稚児落としの東脇に深城線の2号鉄塔が建ち.天神山山頂には1号鉄塔が建てられている。 背には百蔵山.扇山の大きな山容が構え.目立つ手前の岩峰が岩殿山。天神山から左に折れ.岩壁を攀じり.筑坂峠を経て岩殿山に立つ。 右下を貫くのは中央高速道の浅利川に架かる大月橋. 渡って天神山の下を隧道で潜り.岩殿山へ抜けている。 稚児落し 浅利川沿いのスラブの岩場より.13:54天神山側からの伝説では「呼ばわりの谷「稚児落し」.13:58 更に南下し岩殿山へ 13:58稚児落し一14:15天神山一14:25兜岩分岐一14:50築坂峠一15:17丸山公園分岐:35⇔15:20岩殿山. 一15:50丸山公園一16:00登山口一16:15jr大月駅. 稚児落しと葛籠峠 よく知られた伝説に岩殿山の西北西1.5キロに屏風のような絶壁を三方にめぐらした「稚児落し」があり.ここで談話すると四方に響くため. 村人は「呼ばわり谷」と呼んでいた。天正10年(1582年)3月に岩殿城落城の時.城主小山田信茂の千鳥夫人は家来の小幡弥三郎を呼び. 「お前はこの葛籠を背負って.子供2人を連れて.私と一緒に落ち延びてくれ。私はこの藤丸を背負っていくから」と申し伝えた。 千鳥と弥三郎が「呼びわり谷」の上にたどり着くと脊中の藤丸が泣き出し.泣き声があたりに鳴り響いた。 敵兵に見付かることを恐れた千鳥は「私はここで自害するが.お前は2人の子供を連れて.首尾よく落ちてくれ。 ただし背中の葛籠には大事なものが入っているので粗末しないように」と申し伝えると泣いている藤丸を谷の底に投げ落とし. 自分も喉を切って自害した。 弥三郎は2人の子供を手に取って尾根伝いに北へ向かったが子供とはぐれ.重い葛籠は肩に食い込みついに思いあまって投げ捨てた。 地元では千鳥が乳飲み子を投げ捨てた「呼ばわり谷」を「稚児落とし」.弥三郎が葛籠を投げしてた峠を「葛籠峠」と呼ぶようなる。 葛籠の中には」何が入っていたかは謎の間々である。・・「バリエイションルートを楽しむ」松浦本 鉄塔尾根末端と天神山 右下は浅利川出合と大月市街地.13:50鉄塔尾根の末端に建つ深城線2号.1号鉄塔。背は道志西側の山々・・左は高畑山と大桑山. 右上は馬立山田野倉尾根に乗る九鬼山 右端中央は高川山から繋がる末端のむすび山(武田氏の烽火台) 桂川右岸流域・・道志の山々と九鬼山北尾根 右に切り開かれたスラブの岩場より.13:55右端奥がはハガネ山. 反対に右手前は花咲山の東裾に当たり浅利の集落になる 深城線2号鉄塔基部 基部より振り返る3号・4号鉄塔.14:04天神山 浅利川左岸沿いに高く切れ立った尾根伝いを下り.2号鉄塔基部を過ぎると最南端にあたる天神山590mにでる。 登山道がL字状に左に折れる角には浅利天神様のコンクリート製の堅牢な祠があった。 中には菅原道真公が納められ.大月の市街地を向き祀られている。 この急稜の台地の近くにはもう1つ山越えの道があったらしい。「通りの天神」と云っていた乗越が? 現在中央道が通り.地形は全く変貌してしまっている。岩殿地区に.その頃の峠道らしき一部が残されていた。その登り口に天神がある。 足元には稚児落しに続くガレ落ちる絶壁が連なり.藪絡みの茂みの下に浅利隧道を潜る中央道が見下ろされた。 ここからは鋭い土壁の藪で落ちている。 丁度浅利川の対岸. 花咲山から岩殿山の下を貫く中央道を見下ろした風景が対面になる。・・2013.08 「大雪警報」 下山して10日後.2週間続きて関東甲信地方は豪雪で大荒れになった。低気圧(8日3時.1002hpa)が発達. 本州南岸を北東進し.東京23区に「大雪警報」が発表され.45年振りの積雪27pを記録した。 又14日には再び南岸低気圧の影響を受け「大雪警報」が関東甲信地方に発表され.甲府の最深積雪は114pを記録する。 今までの倍以上の積雪で山形を抜き.秋田.新潟に迫る勢いの新記録を樹立。 国道20号線大月インター前の国道は完全に積雪に埋もれ.中央道から出られず.関東では珍しく延長40kmにも及び車数百台が立往生する。 国道では大月警察のパトカーが遭難.レッカー.除雪車も進めず.自力で逃れる他なかった。・・山梨日日新聞.東京14時で1002hpa. 15日17時のテレビニュースでは雪に埋まる中央道大月橋外側の上り線で.車が列をなし.点々と立往生する姿を偶然見ている。 ヘリの映像からアップして映し出されていた。丁度花咲山側から見下ろす風景だった。 列車は運休.道路は高速を問わず閉鎖され.各地区に陸の孤島が出現している。 当日は又町会の沖縄旅行に出掛ける筈だったが休航で中止。又例会となった鹿沢温泉でのOB親睦会は信越道が動かず中止。 見城先輩からの電話では草津温泉で雪崩が起き.又積雪多く草津の街に戻れず待機とのこと。・・2014.02.15/20:30. 17日.JRは四方津=小淵沢間は終日運転中止. 高尾=四方津間は運転の見込み.青梅線は青梅止まりとなる。 中央道は全線通行止. 陸自は郡内各地の国道除雪に出動した。不謹慎だが喜んでしまったのが私. 高尾山で積雪1mと聞き.信州に行かないで済むと一番でカンジキを持ち出掛けている。 深城線1号鉄塔 jr大月駅前の笛駒線120号分岐鉄塔から深城線1号鉄塔に接続.14:20南大菩薩連嶺東面の山並 天神山東肩の1号鉄塔基部より中段が吹切尾根の鳥屋ノ丸と野脇ノ峰 送電線深城線 天神様の石祠裏側から左に折れると直ぐ.やや高台大月からの最初の送電線深城線1号鉄塔が建つ。 今回はセイメイバンから天神山までの前半.13基の鉄塔を踏み跡.巡視路.登山道と重ね合わせ歩んできた。 中盤は一昨年の1月.やはりセイメイバン南東尾根から入り.北上して13号から19号まで6基を通り大垈山にでている。 又昨年の6月には後半を狙い.泣坂ノ頭南尾根から25号鉄塔基部を通り.姥子山に回って31号鉄塔まで21基は確認していた。 残る葛野川発電所までの葛野川右岸沿い4基. 32〜35号までの鉄塔が未確認で残された。 桂川・・大月〜猿橋流域. 前道志大月地区・・西北端山稜 右景・・天神山東肩より大月市街.14:29左奥の小さな峰が高畑山で.右に並び丹沢の大室山と赤鞍ケ岳。飛んで沢井沢ノ頭の右には大桑山.今倉山・西峰に赤岩が連なる。 大月市街地と対峙する菊花山・・昨年夏.猛暑トレーイングの花咲山に続き.翌月には向かいの菊花山周辺にも入っている。 井沢峠越えをし馬立山から九鬼山東尾根へ。菊花山の各支尾根に建つのは送電線谷村線の鉄塔群(谷村発電所〜駒橋発電所間). 又手前中央左の鉄塔ビルが東電の大月支社.右手に延びているのがjr大月駅ホーム。 岩殿山・・猿橋方面 左景・・天神山東肩より.14:25大月の市街地区から桂川下流を見下ろす。左鞍部が筑坂峠. 右上は前道志.秋山山稜 右の裾野は桂川流域の街並. 中央右上の水平に整地された台地は猿橋のびゅう桂台。中央右は桂川高月橋. 岩殿山は300mと比高に過ぎない台地だが.桂川を対岸にして錐っと聳えている。戦国時代の舞台であった往来の雰囲気を抱き, 「甲陽軍艦」には駿河の久能城.上野の吾妻城とともに要塞堅固を誇る三名城の1つに数えられていた。 一六世紀には武田氏.小山田氏の戦略拠点として岩殿城が築かれている。武田側の東方.景信山から続く御前山。 深城線鉄塔巡りの前半.全てを終え.無事1号鉄塔まで歩み終える。やがて南面に切り立った兜岩の岩稜帯に入った。 岩殿山への分岐にでて.道標は兜岩の裏表を通る2つのルートに分かれていた。「左兜岩林内」と「右兜岩場」. 岩場にルートを選び.天神山→兜岩.ヨロイ岩.ツリガネ岩が続くようなり.2ケ所で林間コースと分かれ.jr上-大線77号鉄塔を過ぎて筑坂峠にでている。 →岩殿山→丸山公園「ふれあいの館」→岩殿城跡入口へ。写真岩殿山の山腹.手前の植林帯との林相の境を下り.丸山公園へ降りていた。 下流側の鉄塔はjr上-大線78号鉄塔。この先の駅前のjr大月変電所と結ばれている。 兜岩.鎧岩.ツリガネ岩 天神山東肩より.14:30右上は百蔵山と扇山. 右下は筑坂峠。鞍部先の白い棒線はjr上一大線の鉄塔群 鎖場ルート 14:42ロープと鎖で下降.側壁をトラバースする。硬い確りした岩肌に確り留められた器具。 又足場のないスラブの所にはコの字の鉄製の器具が壁に埋め込まれ.足場を作っていた。高度感は抜群.股下に空間が広がる世界を見る。 距離は短いが工夫されたルート。その先も2つに分かれ岩場ルートを辿っている。 築坂峠 送電線jr上一大線77号鉄塔.14:54左奥が権現山稜の三ッ森ノ頭.麻生山. 左下は下和田・葛野地区と突き上げる百蔵山.扇山 jr送電線 兜岩に続く岩壁のトラバースを終え.鞍部を下ると南北に尾根越えするjr送電線77号鉄塔基部にでる。 上一大送電線はjr上野原変電所から宮谷.下和田.畑倉と抜けて.岩殿山の北側を回り込み.築坂峠の西コブ(530m圏コブの西側)に建つ. 今までの鉄塔に比べ古く浅焼けた鉄塔の脇を通っていた。又ここ77号鉄塔からは桂川側の78号鉄塔を経てjr大月変電所に送電されているた。 筑坂峠にでて,ここからは右手(南)に確りした踏み跡が合わさっていた。下調べでは巡視路から中央道の下を潜る破目になるらしい。 ロスが多過ぎる下山路になっている。又逆の北側へ下る「甲斐の山山」に記載されている畑倉の春日神社への径は廃道になっている。 それでも岩殿トンネルの開削前は築坂峠越えが浅利と畑倉を結ぶ要路だった。 筑坂峠から登山道で南側に回り込む。地形図に記載されている以外は下調べもせず先のコースは全く分からなかった。 駅構内で頂いたパンフレットには地図の記載がないが兎も角.丸山へ下れるコースがあるだろうと進んでいる。 径伝いに歩み.考える間もなく丸山公園の分岐を見付け.ホッとした。ここから岩殿山をピストンし.大月の街にでることにした。 自然の巨岩を利用した岩殿城の城門跡.15:21現地の表示の「築坂」とは岩殿城の大手門があった史跡 岩殿山 jr大月駅の北東に聳える標高634mが岩殿山。かつては自然の地形を生かした山城があり.武田氏の重臣.小山田氏が城主。 難攻不落の要害城と呼ばれ.関東の三名城のひとつに数えられている。 又夫人の千鳥にまつわる稚児落しと葛籠峠の伝説は戦国時代の虚しさを忍ばせていた。 今日その舞台に立ち.踏み込んで来ただけに.最後に岩殿城跡に立ち.一層侘しさが募りだしていた。 この地には陰陽師.セイメイバンや葛籠峠の伝説.赤鬼退治の語りなどもあり.その伝説の地を尋ねてきた。 展望は云うに及ばす申し分ななかった。ただ冬期というのに寒暖の差が大き過ぎ.モヤが早くから掛かっていた。 今日は午前中の寒さも忘れ.午後からは上着は脱ぎ.羽毛のチョッキで過ごしている。何処をもが見渡せるが霞みは強かった。 岩殿山から望む山々は何処も見覚えのある山々に変わっている。数年前までは何処を見詰めるにも地図を要していた。 それが山名の知らぬ山を探す方が少なくなっていた。液晶カメラは霞みに加え.逆光で殆ど画像が見えず感で撮っている。 大月市秀麗富嶽一二景・・一二景も知らずして数えれば残り高川山の頂のみになる。 「お伊勢山」は山頂からの写真看板が取付き地点と変わらず.通り過ぎている。 武田氏陣営の烽火台・御前山 十六世紀には武田氏.山田氏の戦略拠点として岩殿城が築かれた。 岩殿山の本丸には今は無線中継施設が建ち.その西側の少し高くなった所が烽火台とされている。 武田氏陣営の中央東線沿いの烽火台を中心に列記している。
地形図「上野原」には新矢ノ根峠の北東方.直線距離にして1kmの所に御前山がある。このほか桂川に沿って2つの御前山が記されてをり. 通称四方津御前山.斧窪御前山と呼ばれている。「甲斐国志」巻之五十四に「御前山と称する山処々ニアリ恐ラクハ烽火台ノ跡ナリベシ」と 書かれているが.なぜ烽火台を御前と称したかは分かっていないとある。 ・・中央東線沿線の案内板・・梁川駅から笹子駅間,駅.街道 岩峰と480m圏コブ 2つの岩場ルートを越え岩殿山から振り返る.15:07岩殿山から東北方面のパノラマ・・大月市街 ![]() びゅう桂台の左上のコブは猿橋城山(武田氏の烽火台).右端は高川山東尾根の末端でむすび山にやはり烽火台がある。・・菊花山からの展望 前道志.西北端山稜・・対峙する菊花山 右景・・物見台より.15:23神楽山676.9mと駒橋御前山(厄王山)730m 中景手前の裾野は強瀬. 上流側の送電線谷村線鉄塔近くに駒橋発電所がある 前道志.秋山山稜・・大桑山と高畑山 中景の左アップ高畑山北尾根・・大桑山からは猿橋城山に至る北西尾根と3つの北尾根がある。 倉岳山と3つの北尾根 左景の左景高柄山733.2m.矢平山北尾根860.2m.舟山818m. 中央は倉岳山北東尾根・北尾根・北西尾根が延び.穴路峠を下り返せば高畑山. 北面の展望・・宮地山の奥が楢ノ木尾根・瀬戸境 15:30葛野川右岸大沢川沿いの山並 背に高く聳えるのが宮地山タカザス沢右岸尾根と南東尾根。重なる右奥が楢ノ木尾根と.更に葛野川左岸尾根になる。 手前がセイメイバン南東尾根と今回取付いた東尾根が末端にちょっと望まれた。東尾根は林集落から入山. 中央下の小和田にある東光寺裏が南東尾根の取付きで.小和田の集落をよく見ると5.6軒並ぶ真中に.若草色の屋根がある東光寺見えた。 大沢川沿いに集落が点々と群がり.東奥山.小和田と畑倉と下り.葛野川対岸が葛野地区になる。 上の写真を見て.この2年間で6つのコースを歩んでいる。楢ノ木尾根.奈良倉山以外はみな冬期に限られていた。 この流域付近では猟師や獣達ともまだ出偶すことはなかった。鹿以外では丹波.笹子周辺で猪,熊に何度か遭っている。 それに比べ奥多摩地区では確率が高く.入山の都度猟師に遇うほどだった。猟師に遇えば猟場を聞き避けて登り返している。 瀬戸境・セイメイバン南東尾根の末端部 右景アップ写真.15:30瀬戸境・・水無山と尾越山 葛野川支流の小俣川奈良子川出合付近と大沢川流域・・下瀬戸・葛野・畑倉地区 天神山と笹平 岩殿山より.15:31笹平から浅利川左岸尾根(深城線鉄塔尾根)の尾根末端.天神山に回り込み.終着の岩殿山に立っている。 見納めの大月南側に回り込んだ桂川本流流域 最後の丸山公園遊歩道より.15:32逆光の田野倉と足元の大月市街地 大月市街地 丸山公園分岐より見下ろす駅前通り.15:39向かいが菊花山の裾と岩殿山との狭い間に密生する大月の市街地。 中央右上のタワービルと通り向かいのビルが東電の大月支社.その斜め上にjr大月駅ホームが見下ろせた。 右下,足元直下が丸山公園・・「岩殿山ふれあい館」と上部の盛り上がりが丸山444.4mで桜の宴は見事らしい。 手前の植林帯の林相の境を下り.丸山公園を経て市街地に降りている。 丸山公園の石段 岩殿山からの下りはピストンのよく整備された丸山公園遊歩道を下る。下り始めて直ぐ.珍しく右ヒザを痛めている。 硬い石段を下ると足に掛る反復が強く伝わり.動けなくなる。坂道ではまだ痛みを感じないが階段は疲れが顕著に現れた。 道幅広く立派な階段も傾斜が強過ぎ.できるだけ階段の狭い側縁の坂を歩くよう気を配る。 又里から長い階段は飽きぬよう色々工夫して造られた節がある。一般の石段とは別に長めの階段だったり.舗装された坂道に裸土の坂道. 又路面に点々と浮石を埋め込み.ステップ替わりにした変化も考え.時には緩い歩道も造られていた。それでも足は降参していた。 中腹にある丸山公園にでる。この下には中央道の岩殿隧道が走り.台地には中世の城をイメージした「岩殿山ふれあい館」が建てられていた。 丸山をぐるりと一周し.頂から30分ほどで岩殿隧道を跨ぎ.最後の石段から国道139号線.通称大月線の岩殿城跡入口にでている。 国道を右に入ると直ぐ.右上に無料駐車場があり.左には桂川(相模川)高月橋が架かっていた。渡った南詰の信号で高月橋.右折している。 直進すれば大月橋入口交差点から甲州街道R20にでて.更に右折を繰り返せば大回りして大月駅の玄関口にでる。 橋から右折後は道なりに進むと左手に東電大月支社があり.通りの右斜め前には高い鉄塔と並ぶJRと東電の変電所がある。 深城線1号鉄塔に繋がる笛駒線202号鉄塔が目の前に見上げられた。斜陽した陽射しを受け.鉄塔群は赤味を帯び共に煌めき輝いていた。 夕日を浴びる岩殿山 jr大月駅上り線ホームより.16:24高尾山・スカイツリーと同じ高さの岩殿山は標高634m,。右奥は百倉山. 右裾の大きな建物は東電の大月支社で.隣りに変電所がある岩殿山をの手前を横切る笛駒線。鞍部を越すのがjr上-大線の送電線。 東電大月支社の手前.角を左折し.支社の裏側に回り込むとJRの踏切がある。 後は渡って右折し線路沿いの短い商店街「さつき通り商店街」を抜けると大月駅舎の広場脇にでる。 どの建物も夕陽を浴び.溢れる陽射しに逆光の眩しさを受けていた。 裏側から見た岩殿山と畑倉の集落 小和田山々頂 ?からの眺め・・2012.01.13/8:11写真から見てjr大月駅の裏側に当たるセイメイバン南東尾根に当たる小和田山の頂から見詰めてい折る。 ここからの岩殿山の裏(南)側は大月市街地で.大月駅の中央通りの真向かいに菊花山が聳え.馬立山田野倉尾根が重なるよう眺められる。 その上に九鬼山東尾根.二十六夜山西尾根.杓子山西尾根と続く。 缶ビールを購入して.上り線ホームに立つと10分ほどで県内を走る通勤電車が入線する。 駅ホームの周りは落陽を前に.山も建物もオレンジ色に濃く焼け付けられていた。レールの向かい北側にはJRと東電の変電所がある。 2つの笛駒線鉄塔から分岐する深城線とjr大月線が分岐し繋がっている残照に輝く.その鉄塔群を最後に見届けている。 大岩山.花咲山と天神山.遠く間は大谷ケ丸だろう? 日没に陰る東電大月支社前より.16:09裾野に連なる笛駒線・送電線jr大一笹線鉄塔群と右上の建つ深城線1号鉄塔 深城線と笛駒線 ホームからは又.花咲山と天神山に挟まれ滝子山が望まれた。送電線笛駒線118号.119号.120号鉄塔がjr大月駅前に現れ. 右上の天狗山に建つのは先ほど裏側から見上げた深城線1号鉄塔になる。 今月の初めの入山はこの上流にあたる笹子川奥の日川尾根末端の山々を歩んでいる。 送電線笛駒線に係るコースで初鹿野発電所から柏尾発電所まで結ばれ.初鹿野では水圧鉄管脇を登り.柏尾では鉄管脇を降りている。 笛駒線は滝子山の脇大鹿峠を越え.笹子川左岸沿いに大月にでて.この120号鉄塔を分岐し.天神山に登り葛野川発電所に至っている。 又この笛駒線の終番は桂川対岸と近く.菊花山の裾にある駒橋発電所と結ばれている。 結果的には送電線を追ってきた山々と.ここで1つの区切りを持つことになる。 裏側がjr大月変電所 jr大月駅上り線正面ホームより左がJR.右裏が東電の大月変電所. 左から駅構内にある架線用電柱. 中央が笛駒線199号鉄塔. その奥の山上に深城線1号鉄塔が建つ。 右手前の小さいjr鉄塔は右端の線路内の架線への引き込み線用. その右脇がJRに送電される笛駒線121号の分岐鉄塔. その右奥が深城線に分岐する笛駒線200号鉄塔で.山上の深城線1号鉄塔に繋がれている。 深城線1号鉄塔からの送電線は山奥へ北上し.巨大な葛野川揚水発電所に鉄塔35基で繋がれ送電されていた。 送電線笛駒線・・笹子付近と電圧の種類 送電線深城線・・大月.笛駒線120号鉄塔〜葛野川揚水発電所.全35基(確認地点)工期 平均高さ38m.66kV2回線
16:15jr大月:33=17:15高尾.快速:16=18:22お茶ノ水. 今回は大菩薩連嶺を南下し幾つもの伝説のある地を歩んできた。 前回は「セイメイバン」に係る陽陰師の語りを聞き.今回は岩殿城の城主.小山田信茂の妻.千鳥の悲惨な伝説を知る。 「葛籠峠」と「稚児落し」.共に峠路の深い谷に係わる伝説を持っていた。 屏風のようなスラブの絶壁に三方が囲まれ.ここで談笑すると四方に響くため村人は「呼ばわり谷」と呼んでいた。 「稚児落し」とも呼ばれ.そこで伝説が始まっている。又全国に幾つもの語りのある「大月桃太郎伝説」も前に幼馴染から聞き.今回踏み込んでいる。 「百蔵山」から巨大な桃が鶴島(上野原)の河原でお婆さんに拾われ.育てられた桃太郎は鬼の内乱で(九鬼山)を追われ(岩殿山)に 棲みついた赤鬼の退治にでる。途中で犬(犬目集落)に雉(鳥沢集落).そして猿(猿橋集落)を団子(談合坂)を与え供にしている。 争いことや不幸な自然現象が昔から語りとして.その土地に根付き.又因縁として幾つも残されてきた。 日差しはあるものの午前中はマイナスの気温が続き.その語りの地を歩んできた。又送電線の鉄塔を見つつ下りてきた。 昼下がり漸く暖かくなるも遠望の霞みは更に強くなっている。山は小鳥の囀りもなく.静まり返り.大地は寒さで硬く固まっていた。 残り雪は消え.擦れ違うハイカーも最後に岩殿山で出会い.互いに挨拶を交わし別れている。 何時もだと独り日暮れる黄昏時に侘しくバスを待っていた。 それに比べ直接駅に降りる姿に何か気持ちホッとさせるものがあるようだ。 車内でボックスに足を伸ばし.地形図を追うっていると野脇ノ峰から派生する尾根の末端と宮路山から岩殿山とも繋がり. 残るルートは鳥屋ノ丸から端倉峠間だけまでに狭まっていた。新たな登るルートが頭に浮かびだし.相模湖付近で日が落ちた。 ・・・地形図「大月」.山と高原08「大菩薩嶺」. セイメイバン東尾根zzz23.桜沢峠〜天狗山zzz24. 軽アイゼン.テルモス500cc.ポリ500cc.カシオソーラーPRW-30001JF(アマゾン¥28.800). 革登山靴ハングワ・・26.926歩 林地区からセイメイバン東尾根と深城鉄塔尾根 葛籠峠から更に南下し笹平.稚児落とし 稚児落としから天神山・岩殿山・・伝説と御前山・南半球の大展望・深城線鉄塔全線 |