大菩薩嶺.最上部の直ぐ北側の小コブ・・1980m圏コブにダイレクトに登攀

  急遽.大黒茂谷の上流部で野宿・・明け方は早朝.荒れ放題の大菩薩嶺を直登
   大黒茂谷「丹波68/69」林斑界標から北尾根の最上部のコブを詰め.北西支尾根から大菩薩嶺に立つ。.ルートは「丸川山荘」へ変更

    高指山南東尾根と丹波大菩薩道
    ノーメダワから小室川谷.三ノタルを横断し大黒茂谷上流bs
    再び北尾根の1980m圏コブ北西尾根から大菩薩嶺を目指す・・丸川荘から「大菩薩の湯」

    1980m圏コブ北西尾根末端
   前日の最終地点に戻る.16:36
    大菩薩嶺の北西支尾根末端の「丹波68/69」林斑界標

    大菩薩嶺の北西尾根を詰め丸川峠へ
     4時を過ぎ.まだ早いが体がうずうずし始める。昨日は晩飯を抜き.空腹感も大分進んでいた。昨日の昼食用のスパゲティを茹でる。
   味は鱈子スパゲティとさっぱりした具材だがこれしかなく我慢するしかなかった。
   落葉が多く.何処もコンロを置くには不安定な場所だが工夫して.如何にか膳を取ることができた。

     淀んだ明け方前のおぼろなな明るみに河原は原型を見せ始め.仰ぐ空に星空も消え伏せている。
   好天に恵まれ星空を仰ぎながら夜を過ごし.風もそれほど吹かず.気にはしていた気温はそれほど下がらず助かっている。
   カッパだけだが明け方少し眠ったようだ。夜半の心配をよそに清々しい目覚めを迎えていた。

     樹冠の先は丁度夜明けの境を迎え.曇天のような灰色の暗い色合いも.もう少し時間が経てば蒼空に変わるだろう。
   改めで流水を味わうとソフトで癖のない美味い水だった。これでお茶を沸かし.すすりながらツエルトを体に巻き付け.白みだす夜明けを待った。

     大菩薩嶺北尾根・・二度目の筈が重なる三度目のバリエーション
       三ノタルを横断し.野宿の後は再び「丹波68/69」林斑界標まで戻り北尾根のツメへ。大菩薩嶺1つ手前のほぼ頂のコブ.北西尾根を詰める。

     11月02日(土).快晴
      ビバーク地点6:00一6:38「68/69」林斑界標一7:37猛烈な笹薮帯抜ける一8: 苔と岩稜帯一8:44(1980mコブ)
      一9:31尾根が見える一10:20大菩薩嶺一11:35丸川荘12:10.
    夜明け
     昨日は春が戻ったような陽気で正に小春日和だった。その分夜半は冷え込むと思われたが.それほど気温が下がらず助かっている。
   夜明けの遅い谷間は今朝もまだ山陰に閉ざされ薄暗く.陽射しには恵まれぬが時間と共に樹冠を透し蒼空が望められるようなった。
   空腹感も抑えられ体は快調. まずは昨日の突端まで戻り.先を決めるしかないだろう。

    北西尾根下部
   猛烈なススタケ藪.7:34

    北西尾根末端の河原に立つ「68/69」林斑界標.
     昨夜,戻ってきた踏み跡を詰めるが学校左尾根沿いを登って仕舞い.慌てて最初のルートを探っている。
   40分ほどで前日迷った地点に戻った。昨日の黄昏時.16時36分と今朝6時38分と2度訪れていた。

     改めて地図を読み.藪漕ぎのスズタケの密生する地帯に入る。
   後で考えれば昨夜木橋まで戻ったルートを再び模索してもよかった。左(西)に分かれる巡視路がある筈だった。

     藪に突進すると薄い踏み跡が所何処にある。ただ巡視路と繋ぐ迷い易い地点とは言え.この猛烈さは考える余地のない所だった。
   やはりルートから外れている。ただ今の段階では一刻でも早く丸川荘に連絡することが必要だった。
   ただ頭の中は今.電話の圏内に入る為に.一刻も早く高度を上げるしかなかった。

     破れかぶれで迷った地点から高度を上げている。ルートが分かったとしても.早く伝達できる所に優先させる必要があった。
   行先は電話が通じた後に考えればよかった。

     今いる場所は大菩薩北尾根の頂からの最初のコブ.1980m圏コブから北西に派生する尾根の末端にいる。
   1時間費やし藪漕ぎでスズタケの藪斜面を抜けていた。

    大菩薩嶺北尾根中間部
   暗闇の中北に明るみが.8:12
    北西尾根から目指す大菩薩嶺の山腹を綴る山陰の北尾根.中間尾根が見下ろされた。

     少しホッとし周りを見渡すと北尾根の中間部分が望まれた。
   下草の起伏に落葉の重なる柔らかいクッションは歩き難いがススタケ藪よりましだった。まだ先は如何なっているか分からぬが登るのみ。
   丸川峠から登り「大黒茂のセリ」の黒木林から覗いた1980m圏コブ

   明るみが増し.8:24

     8時.尾根の中程で電話を受信する。「丸川荘」の主人からだった。「随分心配したぞ!」.「今何処にいる!」。
   「申し訳ありません!」.「径先が分からなくなり.大黒茂谷左岸道を抜けられば前回歩んだ道。青梅街道にでられると思い下りましたが
   スズタケの藪に遮られ.途中で野宿しました。」

     「今朝はできるだけ早く.電波の圏内に入れるよう目の前の尾根を登っているところです。」
   「上にでたら直ぐ山荘に向います。」と。「よかった。待っているぞ!」と会話は弾んでいる。
   記録を見ると4回目の電話を受信していた。

    北西尾根中部
   8:25
    尾根上部に.当たり前の朝の明るさが舞い戻る

     ホッとすると同時.ここまでくれば山陰にあたる北尾根の枝尾根を詰め.頂まで登らなければならなかった。木陰下.陽差しは全くない。
   コメツガの深い樹林帯に入る。黒木が主体となり苔むしる青苔に厚く覆われ.起伏と露岩が次第に多くなり.直線的に登るのが困難になった。
   深林特有の冷んやりした大気が朝方の冷え込みで一層冷たさを感じさせている。冷気が隅々まで凍みなぎっていた。

     コブの頭が見えてからが長かった。踏ん張り.両手を使う急斜面。先の上に先が現れる状態が続き休むことなく登る。
   一歩一歩.上へ上へと枝木を支えに.足場の不安定な場所を攀じ登るしか方法はなかった。

    1850m圏コブからエンマ御殿まで連なる山並
   樹間からの左景.8:45
    主尾根の右側が大黒茂谷で見えぬ右手は大菩薩嶺北尾根の稜になる。
    主尾根は1850m圏コブ.1744mコブ.山陰で見えぬ1614m峰東隣りの1610m圏コブ.

    エンマ御殿の尾根
   右景・・泉水横手山林道

     泉水谷を隔て1614m峰と黒川鶏冠山大久保尾根.1216mコブがナガ尾根
   遠方は石保戸山と藤尾山(天狗棚山).手前がエンマ御殿1574m清右衛門尾根になる。

     そして北尾根の最初のコブにでる。確りした踏み跡は大袈裟ではなく登山道の如く思えた。
   この北尾根には4年前に歩んでいる。右手に大きく構える斜面が大菩薩嶺。あそこまで辿れば丸川峠へ下る登山道にでられる。

     コメツガやシラベの原生林.1980m圏コブを過ぎるとシャクナゲも見られるようなった。張り切っていた気が抜けたよう体力が抜けて行く。
   踏み跡を見付け安心感が芽生えたのか? 一歩一歩に体重が加わり.足に重く圧し馬力がいた。

    北西尾根上部
   ツガ森のジャングル.9:31

    大菩薩嶺
     東側の山腹にトラバースの横径というより,踏み跡が綴られ.疲れた安易さがその中に誘われ歩むようなる。
   尾根伝いの踏み跡より.馬力の必要なルートに入ってしまっていた。

     連絡が取れ,焦る必要はないが体は重くなる。北尾根より難しいルートで頂に登っていた。
   頂を少し越える感じで小室川谷側の雷岩よりから頂に戻る形で立っている。
   尾根取付きの「68/69」林斑界標から北尾根小コブまでの間.目印になるマーキング類は何も見当たらなかった。

     ハイカーで山頂は溢れていた。輪を描き昼食を摂るグループも多い。頂で多くのハイカーと出会う。
   山名標は「大菩薩嶺」を示し.ゆっくりと頂を横切るよう逆に北側から越えている。
   又頂から北尾根の取付く地点とも分かれ.丸川峠へ通じる登山道を下る。

    大菩薩嶺から丸川峠へ
   丸川峠への登山道.10:52

     走る必要もなく時間もあるが.下りは速足になる。頂からガラ場を過ぎると歩き易い登山道になった。
   以前,丸川峠から登った時は黒木の生い茂る暗い痩せ尾根の感じを抱かせたが今は明るく道幅も広い尾根に変わっていた。
   9月の晩夏と初冬の違いがそう感じさせているのかも知れない。

   尾根筋の大黒茂谷側.10:52

    泉水谷牛首谷源流
   泉水谷側.11:09
    尾根から望む猛烈な藪

    牛首谷と大黒茂谷
   丸川峠から.11:10
    1537m峰とエンマ御殿1574m

     時折右手に望める谷間は泉水十文字に集まる地形だろう。
   丸川峠手前.右手の谷間で深い熊笹帯を見下ろすと樹林の間を抜け.陽当たりよい丘陵台地の山並が望まれた。
   十文字を越えた1637mとその先はエンマ御殿1574mに違いない。

    丸川峠のカヤト
   11:35〜12:10

     ススキの草原が現れ.明るい丸川峠にでる。昼下がりの日差しが草原に溢れ.煌めく揺れる穂先が長閑な風景に思えた。
   丸川峠は泉水谷と塩山とを結ぶ古い峠路が横切っている。丸川峠を北上し水源林林道を辿れば天庭峠(てんにわ)寺尾峠にでる。

     両峠とも明治時代には泉水谷と塩山とを結ぶ駄馬道が通じていたが.その後荒廃したと云う。今は峠名だけが残されていた。
   そのススキの草原を少し下ると記憶に残されていた青い屋根の「丸川荘」が木陰越に見え隠れしていた。

    「丸川荘」
     水を一杯飲み.ザックを玄関脇に置き.衣服を整え.山荘の引き戸を開ける。
   喜んで迎えてくれたご主人。ひと昔前の詳しい地図を広げ.あれやこれやと説明しルートを探り語り合う。
   この地区の昔の会所小屋は次々と閉鎖され.最近は維持.管理を合わせ舗装林道に改修されつつあるようだ。

     予約した食事代を払い.自慢のコーヒーをご馳走になる。35分ほどだが楽しい時間を過ごす。
   1泊2食付き¥6.615.米は宮城県産ササニシキを釜戸で炊く。その食事は食べ損じている。

   冬期暖房代10/21〜4/20まで¥525. 2部屋で最大25名収容
   母屋は外見上ほとんど変化していないがトイレは綺麗に整備されている。無線のバッテリーは太陽電池を使用するランプの宿。

    問題は「68/69」林疎界標先と
ビバーク地点
     沢の流れは気にしていなかったがビバークして改めて考えさせられた。ビバーク地点は沢の右岸で.流水は左から右へ流れていた。
   浅瀬の流水を右手でポリを斜めに傾け.水を汲んでいる。大黒茂谷の左岸道を遡って来た筈だが?
   下流は北側になる筈だが頭が混乱し.現状を正しく見詰めることができなかった。

     又対岸に渡る木橋があり,朝方も同じルートで(左)岸に渡り.下調べの通り「68/69」地点にでている。それも昨日を含めると2度目。
   大黒茂谷の合流地点と「68/69」林疎界標は間違いなく合っている。この不可思議な流れも.調べる必要が生じていた。

    丸川荘から裂石へ下山
     11:35丸川荘12:10一林道一13:31(188号鉄塔巡視路標柱)一13:51大菩薩登山道.裂石一「大菩薩の湯」bs15:03.

    日差しを満杯に受ける山道
   裂石への下り径.12:45

     裂石へ南西に延びる日当たりのよい尾根を下る。大菩薩嶺北尾根を過って下っている。その時の丸川峠への山道を下る。
   尾根を挟むみそぎ沢も.ミゾ沢も.谷間は繊細さを放された色合いの紅葉で溢れている。
   登山道は乾き下る足元から四方どこを見ても.秋色の美に彩られ囲まれていた。

     日川尾根
   裂石への径で.12:52

    午後の柔らかい日差しを浴びる
   林道に下り駐車場前の里道にでる.13:18

     麓の林道に下るとまだ緑に満ちた樹葉に囲まれる。日差しを透し.透き通すような淡い若草色の世界が広がっていた。
   何処もが目に優しい癒しの色合いで木洩れ日を創っている。

    西群馬幹線
   1272mコブの西肩前後に建つ巨大鉄塔群.13:31

     重川支流芦倉沢沿いの林道のつずら折から望む送電線西群馬幹線188号と189号鉄塔。
   撮影場所に188号鉄塔巡視路の標柱がある。

    日川尾根に這い上がる霞む送電線鉄塔群
   右景・・日川尾根.14:18
    青梅街道「大菩薩ノ湯」手前より

     左端が先程の188号鉄塔. 中央が日川尾根に乗る前の砥山西尾根に乗る190号鉄塔だろう。
   日川尾根を横断するのは191と192号鉄塔になる。右上鉄塔隣が中日川峠.

   中景・・日川尾根と源次郎岳
    日川尾根後半〜源次郎岳.恩若峰

     裂石,大菩薩登山口にでる。週末だが昔の賑わいはない。大菩薩嶺の拠点であるにも拘らず.今日も閑散としていた。
   裂石からのjr塩山行路線バスは1時間待ち。それ故青梅街道(大菩薩ライン)に入り.「大菩薩の湯」へ向い歩む。
   街道では下り線でネズミ捕りが行われていた。その脇で重川を望むと左端に先程の188号鉄塔が望まれ.数年前に日川尾根を下っていた。

     西群馬幹線はこの先.日川尾根を越え,南大菩薩連嶺を南下して.本社ケ丸の肩を越え.鹿留山から山伏峠を越えている。
   送電線は新富士変電所と結ばれている。そこから改めて首都圏や京浜工業地帯に送電されている。

   左景・・日川尾根と甲州高尾山
    源次郎岳から恩若ノ峰南西尾根

     甲州市営バス「大菩薩の湯」bs¥300. 15:03=jr塩山15:38=16:10大月.快速=18:08神田.
    左目
     今朝北尾根を抜けた折.取付きで猛烈なスズタケのジャングルを潜っている。
   その折強引に登り.跳ねたスズタケが目の脇を突っつき.激しい衝撃を受けていた。
   その後治まり忘れていたがここ「大菩薩の湯」に着き.山を下りた安心感からか.その左目が痛み始めていた。

     風呂を控えて.バスを待つも.目は腫れ開けられなくなる。帰宅して翌日は自宅に自粛し.漸く目が開けられるようなった。
   日毎に改善され.翌後日(連休)には右目も治まるが念の為5日に検眼すると.もう完治に近いとのこと。
   一週間空け再診を受けることになった。

     今回は近場でありながら山懐深い所に入った気分に浸り.太古のからの原生林に触れた野宿も悪くはなかった。
   一日半.丸っきり人とも遇わず.快晴の2日間.巡視路を歩き回り.紅葉に満ちた山域に触れてきた。ただ妻には心配かけることになった。

     小菅村バスと西東京バス・・小菅川に下る場合
   村営バス   橋立上=橋立下=川久保=金風呂間(西東京バスと接続)=jr奥多摩.全線¥100+¥680=¥780.
   西東京バス 小菅=川久保=金風呂=jr奥多摩. 日4便.¥950で差額¥170.

     小菅の奥,橋立上から小菅までは徒歩10分の距離.下山後の午後2便あり,距離と運賃共に時間さえ合えば有利になる。
   ただし平日と土.日.休日ではかなり運行時間が異なるので要注意・・最初の計画では利用する積りでいたが裂石に下りている。

     2日間の主食は1日目の昼のうどんと2日朝のスパゲティ. 今回は間食を含めやや少な過ぎていた。体の調子がよく助かっている。
   又帰宅した翌日.妻は緊急時用のazuma製「アルミ寝袋」を購入した。

   地形図「丹波」「柳沢峠」「大菩薩峠」.山と高原08「大菩薩嶺」
   大菩薩嶺北尾根zzz13.ノーメダワ周辺zzz14.小菅川zzz15.zzz18.小菅川上流右岸zzz16.エンマ御殿zzz10.4zzz17
   スカパ登山靴.11/1・・30.499歩.11/2・・18.909歩

     高指山南東尾根と丹波大菩薩道
     ノーメダワから小室川谷.三ノタルを横断し大黒茂谷上流bs
     再び北尾根1980m圏コブ北西尾根から大菩薩嶺を目指す・・「丸川荘」から「大菩薩の湯」