丹波ぢ菩薩道を下り荷渡し場の分岐から牛ノ寝通りへ.小菅川源流経路伝いに回り込む

   甲州裏街道・丹波山道から小菅川源流経路
     旧大菩薩峠に立ち.丹波山大菩薩道の荷渡し場から新雪に埋まる熊沢山南山腹の経路を綴り.牛ノ寝通りへ

     上日川峠から富士見新道.旧大菩薩峠
     丹波大菩薩道から小菅川源流を横断・・新雪被る経路
     牛ノ寝通りから小菅川上流右岸と左岸道

    親不知ノ頭
   旧大菩薩峠から大菩薩峠へ.11:30

  

       小菅川源流
    10:55避難小屋.大11:30一11:40大菩薩峠一12:05荷渡し場一12:33棚沢一13:03ガレ場一13:17天狗棚沢
    一13:21牛ノ寝通り1530m付近.

     入山の道中.バスの運転手から「昨日は三鷹駅の事故で.定刻を40分遅れて上日川峠に向い.頂は前日の新雪が積り.
   昼まで煌めき輝いていた。」と教えて頂いた。私も本来なら頂で今季初めての処女雪を踏んでいる筈だった。事故で諦め戻り帰宅している。
   その一日遅れの残骸が斑に雪塊を残していた。

     僅かに登り返すと親不知ノ頭にでる。ここに残雪があることを考慮すると東側の山陰. 小菅川源流は残雪に埋もれていることだろう。
   不安が募る。まだ見ぬ巡視路の難易の程度も分からず.又川久保まで周回できぬのではと案じていた。
   横断するには予定より時間を掛かりそうだ。その場合の下山ルートを考える。

     地図を読むと牛ノ寝通りを1時間ほど下った所に狩場がある。そこから狩場沢左岸沿いの巡視路を下れば白糸滝P下の小菅林道にでられる。
   この巡視路は確りした石垣道のようだ。その上尾根歩きと違った枝尾根と裾野では紅葉美が味わえるかも。
   万が一の場合は走れる。17時15分発のバスに十分間に合うだろう。ホッとし分からぬ源流に入ることにした。

    親不知ノ頭からの大展望・・小金沢連嶺と日川尾根
   親不知ノ頭から大菩薩湖.11:35

     賽ノ河原の南側コブ. 親不知ノ頭までの斜面は以外と快い雪面に覆われていた。そして立ったコブからは壮大な展望が開かれる。
   今日,幾度も見渡している山並は少し違った場所から眺めると新たな新鮮味を味わっている。
   又横断.縦断を重ね合わせる内.見る目の立体感も養わされていた。

    小金沢連嶺と日川尾根に囲まれた大菩薩湖
     大菩薩湖は葛野川揚水式発電所の上池にあたり.500KV送電線葛野川線で笹子川上流の新山梨変電所に送電されている。
   ダムで水没する前の小金沢はまれに見る美しい渓谷だった。昔は黄金沢とも呼ばれ.落葉松林の樹林帯に囲まれていた。

     遥か昔になるが50年前の3月.高校時代に同級生が集まり裂石登山口から小金沢連嶺を越え初狩駅に下りている。
   浅いラッセルを築き湖のなかった雪原を見つつ南下し.湯ノ沢峠から初狩駅へ下りていた。
   ここから見える巨大鉄塔群は全て西群馬幹線の送電線鉄塔で西丹沢の新富士変電所に送電されている。

    上湖の大菩薩湖と日川尾根上半
   中景・・大菩薩湖アップ

     中央が源次郎岳. 南下すれば徳並沢ノ頭. 西方へ派生する尾根は恩若ノ峰へ。
   右の土色が上日川峠.その上の鉄塔は2週間振りに見る西群馬幹線192号鉄塔。

     日川尾根下半・・甲府盆地と恩若ノ峰
   右景・・遠方は南アルプス
    奥中央はは源次郎岳から派生した尾根. 恩若ノ峰から甲府盆地の東方.塩山に突き出し落ちている

    熊沢山と新大菩薩峠
   左景・・(新)大菩薩峠.11:38

     (新)大菩薩峠に建つのは介山荘. 左手が小菅川源流で.右下が今登り詰めた大菩薩湖に流れるヒンマワシ沢源流。
   左遠方が葛野川左岸尾根・・正面の頭は権現山

     圧倒的な大きな山容を誇る熊沢山. その東面の葛野川流域の山々は樹林に閉ざされ望めぬが小菅川源流の山々を足元に望む。
   これから進むルートは小菅大菩薩道(丹波大菩薩道)から牛ノ寝通りへ.源流を横断する。そのルートを見で追うことができる。
   贅沢な眺望だ。先程は稜に出て富士見新道のルートを追い。今は下るルートを追っている。知らずして満足感を味わっていた。

    旧大菩薩峠からの東方・大展望・・源流と小菅川流域
   左景・・旧大菩薩峠より.11:49

     左上が雲取山石尾根. 小菅川に隔てられた左下が丹波大菩薩道.むかし道。右手が牛ノ寝通り.中央が鹿倉山.
    牛ノ寝通り・・榧ノ尾山1429.4mは玉蝶山の山陰になる。左奥が奥多摩三山

    雲取山石尾根と丹波大菩薩道
   左上アップ
    旧大菩薩峠北側コブよりサカリ山と1327m圏峰との鞍部が追分

     大菩薩峠から丹波大菩薩道.むかし道が尾根筋を綴り.追分(サカリ山と1327m圏コブの間)から北側の丹波へ抜けている。
   追分から先は中指山から今川峠へ続く村界尾根で水源林巡視路が尾根伝いに下りている。

    牛寝通り全景
   小菅川源流

    町界尾根と牛ノ寝通り
   中景.11:40
    御前山,大岳山〜三頭山

     牛ノ寝通り末端は葛野川左岸尾根を下り.権現山手前で分れ中央東線の扇山.百蔵山にでる。
   更に目を左へ向かれば小菅川を隔てた奥多摩の山々が広がり.雲取山石尾根から奥秩父の山並が開かれていた。

    葛野川左岸尾根と支流浅川川左岸尾根
   右景
    妙見ノ頭から少し先の丹波大菩薩道に入った地点より

      これからのルートは丹波大菩薩道に入り.荷渡し場から小菅川源流を横断し.榧ノ尾山手前で牛ノ寝通りに乗る。
   そして小菅川右岸沿いのアカドチ沢右岸尾根を下り.左岸水平歩道から小菅林道に降りる.冬木の旧峠から紅葉真っ盛りの小菅川流域へ。

    小菅(丹波)大菩薩道・・コメツカの林
   甲州裏街道・旧峠越えの山道.11:54

     大菩薩峠から小菅(丹波)大菩薩道に入る。古道は又確りした登山道として整備されていた。
   昔馬荷が通った道。本道だけでなく昔は幾つもの枝道が造られていたのだろう。通わなければ幻の道になる。

    牛寝通り越しの葛野川中流の山々・・権現山稜
   右手が熊沢山.11:57

     左手は葛野川左岸尾根・・佐野峠.西原峠を越え権現山稜へ. 右の斜面は麻生山鋸尾根だろう。
   右手の三角錐は楢ノ木尾根の大峰.手前の斜めは泣坂ノ頭北尾根になる。楢ノ木尾根はここで大きく曲がり瀬戸境に南下する。
   尾根末端が葛野川支流の小俣川出合になる。バス停は奈良子入口.右奥は扇山.

    荷渡し場
   小菅区分の林班標柱と道標.腕木「山道」は源流を回り込む作業路

     「バリエーションウォーキング」のkomada氏によると東京都水源林環状林道は大正年間に開通した佐野峠〜柳沢峠〜七ッ石山を巡る
   水源林道の一角で.大菩薩付近は一貫して山腹を巻いている。今も使われている水源巡視路で.荷渡し場→牛ノ寝玉蝶山下の環状林道。

     この直ぐ下がフルコンバ.丹波大菩薩道と小菅大菩薩道との分岐. 旧青梅街道.甲州裏街道としても当時盛んに活用されていた。
   私が初めて大菩薩.小金澤山に夜行で登ったのが1964年春の高校初め。
   当時使用したs34年3月30日発行の1/5万地図「丹波」は「フルコンバ小屋」として表示されている。

     周辺の山名としては鶏冠(黒川)山.大菩薩嶺.砥山だけが記載され.大菩薩峠に石丸峠が示されているだけだった。
   今の地図には「荷渡し場」どころか「フルコンバ」の名すらない。


   昔の落ちた道標.12:05
    バックは牛ノ寝通り・・小菅川源流を横切る

     旧大菩薩峠から10分弱で荷渡し場(ニワタシバ)にでる。
   岩科小一郎氏の「大菩薩連嶺」に記述されている昔の交易の場。以外に狭い場所だった。

     「←大菩薩峠↓山道.小菅村→」の道標があり.大菩薩峠は頂稜を行けば旧大菩薩峠へ。巻けば新大菩薩峠にでる。
   山道は小菅川源流を巻く巡視路を指し.小菅村はフルコンバ分岐を指している。奥には「8/7」林斑界標柱が立てられていた。

     山道の向かいには「ニワタシバ」の地名標が示された古い道標は風化して落ちていた。
   休む間もなく「山道」の道標に導かれ.右後方に延びる小菅川源流の作業道に入る。

    熊沢
   右後方へ水源林巡視路に入り熊沢を横切る.12:15

     荷渡し場からフルコンパへの道を分け.東南東に延びる尾根に乗り.巨岩を南側に回り込んで小菅川本谷の河原に下りる。
   黒木に被われ.深山に入った雰囲気が足元にも伝わり.柔らかく優しい土壌の感触が少し荒れるも.心を軽やかにしていた。

     要所,要所には石垣が築かれていた。まずは熊沢の河原に下りてからは左岸沿いに20mほど下り.対岸に渡り.
   又尾根を巻き込んで行く。ルートは幾つもの尾根を回り込み.同じようなパターンが繰り返されていた。

   振り返り見下ろす立派な石積みのある巡視路.12:26

     伏流したシラベ沢を渡ると熊沢山から延びる北東の尾根を回り込む。石垣で支えられた山道になった。
   大勢の労力を使った贅沢な山腹道になる。周りは残雪の白さが増し.肌寒い。

     熊沢山の北東尾根は1900m付近で3つの枝尾根に分かれ.北側の沢が涸れたシラベ沢.南側の沢が棚沢になる。
   中央の尾根を回り込むと抉り落ちる狭い棚沢にでた。

     棚沢
   桟橋が重なり合う棚沢の沢底を踏む.12:33

   右岸に続く階段桟道

    棚沢と桟道
     棚沢に回り込むと桟道になり桟橋が連続するようなる。沢渡りの沢底はL字に桟橋どうしで結ばれていた。
   ここは高度1524m地点. 沢沿いを見上げると.散りばめられた残雪が加わり.幽谷さを物語っていた。

     左岸沿いに桟橋が連続する。ここは高度の恐怖心ではなく.間々確りした桟橋だが濡れ凍り,踏み込むに少し勇気がいる。
   残雪が凍り.更に大きな結晶のような氷が桟橋の上を被っている。まるで氷の大粒が乗っていた。

     真上に足を踏み出さなければ滑る。靴底をフラットに乗せるよう歩む。長い道中.気を抜くと靴底が斜めに踏み滑る。
   時間を掛けゆっくり確実に踏み込まなければ先に進めなかった。

    熊棚沢
     棚沢右岸尾根(北東尾根の南側の沢)を巻くと谷間に僅かな水流を見せる熊棚沢にでる。
   この沢は詰めると熊沢山の頂に出られるらしい。この付近が最も深い源流部の核心部だろう。

    天狗棚沢
   涸れ沢.12:53

     天狗棚沢は涸れ沢だがゴーロの沢筋はV字状が広がり明るい沢になる。突き上げた上が石丸峠。
   ここまでが沢登としては面白いそうだ。下流の出合付近に20mを超す天狗滝と呼ばれるナメ滝がある。

     この下の対岸の下り道が少し分かりずらい。崩壊が激しく.右岸沿いの道形は崩されている。ゴロ石に倒木が絡み渡りずらかった。
   少し沢沿いに下り返し.右上に道口を見付けた。ここで僅かに流れる沢の音を聞く。
   渡って対岸の谷間を覗き込むと樹林の梢越えに中指山の山波が望められた。先日川久保から入山したコース.

   ガレ場て切れた作業路.13:03

     玉蝶山北側の大らかな尾根を回り込む。シンナシ沢を横切る。「これより上流に水がないこと」に由来するとか。
   殆どが水平道でペースは捗るがこの崩れ落ちたガレ場に突然突き当たった。
   水平道が綺麗に切り落とされ.向かに途切れた山道が伺える。ガレ場中央に踏み跡が付けられているが危険この上もない。

     よく見つと上部に崩壊防止用の網の面が敷き占められていた。そこを攀じ上り.遠巻きに上部をトラバースした。
   ガラ場上部の更に上には高巻きの踏み跡が綴られている。取り付き地点から僅かに戻ると大巻きに巻き道が作られていた。

   緩やかな尾根の尖突きに小菅区分「19/20」林斑界標の標柱が立つ.3:13
   左前方に初めて牛ノ寝通りが望まれる。又明るみが左手の天空から射し込み広がりを見せている。

    玉蝶沢
   13:17

     又小さな玉蝶沢で巡視路は極端に東側に折れている。山名は川辺に美しい蝶が舞っていたのでこの名が付けられたらしい。
   再び緩やかな登りが続くと尾根が近ずき.北側の斜面から牛ノ寝通りにでられ.思いの外残雪も疎らで.予定時間の狂いもなく.横断することができた。

    牛ノ寝通りに乗る
   経路の分岐・・こちらの腕木は「山道」.13:21

     出た所には立派な「←牛ノ寝・松姫峠.大菩薩峠→」の道標に「山道」は来た道を指していた。1530m地点
   過って2008年12月に見城先輩と牛ノ寝通りを下り.松姫鉱泉に宿って翌日は百蔵山に登っている。

     その時のこの分岐を想い出していた。当時「山道」の広義過ぎる道標が平然と立ち.何を意味しているのか分からず.
   記憶に留めていた。再び山に入るようなり.歩き始めた頃だった。確りした真新しい道標に「山道」の道標を読む。
   登山道と山道との違いがよく分からなかった。・・牛ノ寝通りTop

     多分作業道だろう? その後も牛寝通りを下ると何度も現れ.「山道」に出会い.不思議に思っていた。
   それから数年経ち.今はそれらしき道を歩くようなっている。

     上日川峠から富士見新道
     小菅大菩薩道から小菅川源流を横断・・新雪被る経路
     牛ノ寝通りから小菅川上流右岸と左岸道